世界の諸英語 (world_englishes) の種類は数あれど,スコットランド英語 (scots_english) は英語史において特別な位置づけにある.というのは,イングランド英語を除けば,スコットランド英語は,直接的に古英語に由来する唯一の英語変種だからである.一般的にはイギリスで話される英語の(訛った)1変種にすぎないという見方が普通だろうが,歴史的にみればイングランド英語と並んで最長の連続性を誇る由緒正しい変種なのである.その略史については「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) を参照されたい.
この由緒正しい Scots English については,OED に匹敵する堂々たる歴史的な辞書が編纂されている.2つ紹介しよう.1つめは,DOST こと Craigie et al. 編の A Dictionary of the Older Scottish Tongue である.カバーする時代は,スコットランド英語がイングランド英語とは異なる独立した変種として発展した中世後期から,独立性を失っていった1700年頃までである.ただし,情報収集方針は時代によって異なっており,1600年までは包括的に収録されているといってよいが,17世紀分についてはスコットランドに特化した地域変種の辞書となっている.
また,編纂方針について変遷が重ねられてきたという事情もある.編纂の前半期には,同一の語源に遡るものでも語形が異なる場合には,異なる見出しを立てるという方針が採られていたが,R の項に差し掛かってからは新編集長の Dareau のもとで to と till を同じ見出しのなかで扱うなど異なる方針が採られることになった.背景には,編纂作業に関わる時間やリソースの逼迫があったようだ.
一方,1700年以降のスコットランド英語を担当しているのが,もう1つの辞書,SND こと Scottish National Dictionary である.こちらも歴史的原則に立って編纂されているが,スコットランド英語がすでに独立性をほぼ失っていた時代を対象としていることもあり,1地域変種辞書というべき位置づけとなっている.
この DOST と SND を合わせて,スコットランド英語版の OED とみなしてよいだろう.実際,両者は Dictionary of the Scots Language の名のもとに統合され,オンラインでアクセスできるようになっている.
ちなみに,LALME や LAEME に対応する,古いスコットランド英語についての方言地図も作成されており A Linguistic Atlas of Older Scots (LAOS) としてこちらからアクセスできる.
以上,Durkin (1152--53) を参照して執筆した.
・ Craigie, William A., Adam Jack Aitken, James A. C. Stevenson, and Marace Dareau, eds. A Dictionary of the Older Scottish Tongue. Oxford: OUP, 1931--2002. Available online as part of Dictionary of the Scots Language at https://dsl.ac.uk/ .
・ Grant, William and David D. Murison, eds. The Scottish national Dictionary: Designed Partly on Regional lines and Partly on Historical Principles, and Containing All the Scottish Words Known to be in Use or to have been in Use Since c. 1700. Edinburgh: Scottish National Dictionary Association, 1931--76. Supplement 2005. Available online as part of Dictionary of the Scots Language at https://dsl.ac.uk/ .
・ Williamson, Keith. A Linguistic Atlas of Older Scots, Phase 1: 1380--1500 (LAOS). 2007. Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laos1/laos1.html .
・ Durkin, Philip. "Resources: Lexicographic Resources." Chapter 73 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1149--63.
「#2995. Augustan Age の語彙的保守性」 ([2017-07-09-1]) で触れ,「#203. 1500--1900年における英語語彙の増加」 ([2009-11-16-1]) より確認されるように,18世紀は語彙の増加が相対的に低迷していた時期といわれる.前時代に語彙を借用しすぎたという事情もあるし,18世紀自体が言語文化的に保守的だったということも指摘されている.
18世紀の語彙的低迷は主として OED に基づいて得られた洞察であることから,OED の語彙収集方法や編纂技術上の限界から,語彙が低迷しているように「見える」にすぎず,さらにデータを掘って調査を進めていけば,実は語彙的低迷の事実などなかったのではないか,という可能性も浮上してきそうだ.
しかし,Durkin (1154) は,以下のように巨大な18世紀のテキスト・データベース ECCO の力を借りてもやはり18世紀の語彙的低迷は本当のことらしいと考えている.
The availability of databases of historical texts is changing all the time, and is having a truly transforming effect on the OED's historical lexicography. There remain some areas of difficulty and of controversy. Notoriously, the coverage of 18th-century vocabulary in the first and second editions of the OED is not so comprehensive as its coverage of other periods . . . ; however, availability of the majority of surviving printed 18th-century material in electronically searchable form (especially through Eighteenth-Century Collections Online [ECCO], Gage Gengage Learning 2009) suggests that there is genuinely a dip in lexical productivity in the 18th century, at least in those varieties and registers which are reflected by surviving printed sources. In many instances where the documentation of the OED presented a gap in the 18th century, it remains impossible to fill this gap, even with the help of such resources as ECCO. Exploring and explaining this further will be a major task for English historical lexicology.
ただし,引用でも示唆されているように,低迷うんぬんが話題となっているのは,あくまで英語の標準書き言葉における新語の語彙量であることには注意しておきたい.それ以外の使用域 (register) ではどうだったかは,別の問題となる.
・ Durkin, Philip. "Resources: Lexicographic Resources." Chapter 73 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1149--63.
標記について,Smith (47--48) の参考文献表よりいくつか抜き出し,整理し,リンクを張ってみた(現時点で生きたリンクであることを確認済み).本ブログでは,その他各種のオンライン・リソースも紹介してきたが,まとめきれないので link を参照.とりわけ Chaucer 関連のリンクは「#290. Chaucer に関する Web resources」 ([2010-02-11-1]) をどうぞ.
英語の語彙には,実はたくさんの日本語単語が入り込んでいる.あまり知られていないが,近代英語(主に後期だが)以降,日本語は英語に対して有力な語彙提供者なのである.この事実については「#45. 英語語彙にまつわる数値」 ([2009-06-12-1]),「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]),「#142. 英語に借用された日本語の分布」 ([2009-09-16-1]),「#2165. 20世紀後半の借用語ソース」 ([2015-04-01-1]) などの記事で触れてきた.
Durkin (395--98) が,英語に借用された日本語の単語について OED3 のデータをもとに論じている.主たる単語について初出年代を挙げているので,ざっと年代順に並べてみよう.
bonze 坊主 (1588) , tatami 畳 (1614) , furo 風呂 (1615) , bento 弁当 (1616) , maki-e 蒔絵 (1616) , mochi 餅 (1616) , mikan みかん (1618) , sake 酒 (1687) , soy 醤油 (1696) , katakana カタカナ (1727) , koi 鯉 (1727) , samurai 侍 (1727) , shubunkin 朱文金(金魚の一種) (1817) , hiragana ひらがな (1822) , yukata 浴衣 (1822) , hara-kiri 腹切り (1856) , noh 能 (1871) , seppuku 切腹 (1871) , mirin みりん (1874) , ju-jitsu 呪術 (1875) , sayonara さよなら (1875) , futon 布団 (1876) , netsuke 根付け (1876) , shiitake 椎茸 (1877) , rickshaw 人力車 (1879) , sashimi 刺身 (1880) , sumo 相撲 (1880) , tofu 豆腐 (1880) , kimono 着物 (1886) , geisha 芸者 (1887) , judo 柔道 (1888) , nori 海苔 (1892) , banzai 万歳 (1893) , sushi すし (1893) , soba 蕎麦 (1896) , tsunami 津波 (1897) , haiku 俳句 (1899) , kabuki 歌舞伎 (1899) , ikebana 生け花 (1901) , wasabi わさび (1903) , kanji 漢字 (1920) , tempura 天ぷら (1920) , udon うどん (1920) , kendo 剣道 (1921) , basho (相撲の)場所 (1940) , kamikaze 神風 (1945) , bonsai 盆栽 (1950) , aikido 合気道 (1955) , karate 空手 (1955) , dashi だし (1961) , teriyaki 照り焼き (1961) , ramen ラーメン (1962) , umami 旨味 (1963) , ninja 忍者 (1964) , shiatsu 指圧 (1967) , shabu-shabu しゃぶしゃぶ (1970) , teppan-yaki 鉄板焼き (1970)
日本語からの借用語の数としては,日本が開国した1854年辺りを境にぐんと増えたことは理解できるだろう.また,開国以前には,借用語は日本文化を紹介する書物に現われるにすぎなかったが,以後にはより広い英語文献に記録されるようになったという違いもある.日本の飲食物,衣服,芸術,武道への関心の強さが,この一覧から見て取れるだろう.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
[2019-04-07-1]の記事に引き続き,Will you . . . ? 依頼文の発生について.OED によると,この構文の初出は1300年以前の Vox & Wolf という動物寓話にあるとされる.Bennett and Smithers 版の The Fox and the Wolf より,問題の箇所 (l. 186) の前後の文脈 (ll. 171--97) を取り出してみよう.
'A!' quod þe wolf, 'gode ifere, Moni goed mel þou hauest me binome! Let me adoun to þe kome, And al Ich wole þe forȝeue.' 175 'Ȝe!' quod þe vox, 'were þou isriue, And sunnen heuedest al forsake, And to klene lif itake, Ich wolde so bidde for þe Þat þou sholdest comen to me.' 180 'To wom shuld Ich', þe wolf seide, 'Ben iknowe of mine misdede?--- Her nis noþing aliue Þat me kouþe her nou sriue. Þou hauest ben ofte min ifere--- 185 Woltou nou mi srift ihere, And al mi liif I shal þe telle?' 'Nay!' quod þe vox, 'I nelle.' 'Neltou?' quod þe wolf, 'þin ore! Ich am afingret swiþe sore--- 190 Ich wot, toniȝt Ich worþe ded, Bote þou do me somne reed. For Cristes loue, be mi prest!' Þe wolf bey adoun his brest And gon to siken harde and stronge. 195 'Woltou', quod þe vox, 'srift ounderfonge? Tel þine sunnen, on and on, Þat þer bileue neuer on.'
物語の流れはこうである.つるべ井戸に落ちてしまった狐が,井戸のそばを通りかかった知り合いの狼を呼び止めた.言葉巧みに狼をそそのかし,狼を井戸に落とし,自分は脱出しようと算段する.狼にこれまでの悪行について懺悔するよう説得すると,狼はその気になり,狐に懺悔を聞いて欲しいと願うようになる.そこで,Woltou nou mi srift ihere, / And al mi liif I shal þe telle? (ll. 168--69) という狼の発言になるわけだ.
付近の文脈では全体として法助動詞が多用されており,狐と狼が掛け合いのなかで相手の意志や意図を確かめ合っているという印象を受ける.問題の箇所は,will を原義の意志の意味で取ると,「さあ,あなたには私の懺悔を聞こうという意志がありますか?そうであれば私は人生のすべてをあたなに告げましょう.」となる.しかし,ここでは文脈上明らかに狼は狐に懺悔を聞いてもらいたいと思っている.したがって,依頼の読みを取って「さあ,私の懺悔を聞いてくださいな.私は人生のすべてをあなたに告げましょう.」という解釈も可能となる.もとより相手の意志を問うことと依頼とは,意味論・語用論的には僅差であり,グラデーションをなしていると考えられるわけだから,ここでは両方の意味が共存しているととらえることもできる.
しかし,直後の狐の返答は,依頼というよりは質問に答えるかのような Nay! . . . I nelle. である.現代英語でいえば Will you hear my shrift now? に対して No, I won't. と答えているようなものだ.少なくとも狐は,先の狼の発言を「懺悔を聞こうとする意志があるか?」という疑問と解釈(したふりを)し,その疑問に対して No と答えているのである.狼としては依頼のつもりで言ったのかもしれないが,相手には疑問と解釈されてしまったことになる.実際,狼はその答えに落胆するかのように,Neltou? (その意志がないというか?)と返している.
もし狼の側に依頼の意味が込められていたとしても,その依頼という含意は,文脈に支えられて初めて現われる類いの特殊化された会話的含意 (particularized conversational implicature) であって,一般化された会話的含意 (generalized conversational implicature) ではないし,ましてや慣習的含意 (conventional implicature) でもないように思われる.今回の事例を Will you . . . ? 依頼文の初例とみなすことは相変わらず可能かもしれないが,慣習化された構文,あるいは独り立ちした表現とみなすには早すぎるだろう.
・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.
現代英語には法助動詞 will を用いた依頼を表わす形式として,Will you do me a favor? などの表現がある.比較的親しい間柄で用いられることが多く,場合によっては Will you shut up? のようにややきつい命令となることもある.一方,公的な指示として Will you sign here, please? のようにも用いられ,ポライトネスの質や程度が状況に応じて変わるので,使いこなすのは意外と難しい.形式的には未来の意ともなり得るので,依頼の意図を明確にしたい場合には please を付すことも多い.
この表現の起源は,2人称の意志を問う意志未来としての Will you . . . ? にあると考えられる.一方的に頼み事を押しつけるのではなく,あくまで相手の意志を尊重し,それを問うという体裁をとるので,その分柔らかく丁寧な言い方になるからだ.疑問文の外見をしていながら,実際に行なっているの依頼・命令・指示ということで,ポライトネスを考慮した典型的な間接発話行為 (indirect speech act) の事例といえる.
OED の will, v1. によると,I. The present tense will. のもとの6bに,依頼の用法が挙げられている.
b. In 2nd person, interrog., or in a subord. clause after beg or the like, expressing a request (usually courteous; with emphasis, impatient).
a1300 Vox & Wolf in W. C. Hazlitt Remains Early Pop. Poetry Eng. (1864) I. 64 Thou hauest ben ofte min i-fere, Woltou nou mi srift i-here?
a1400 Pistill of Susan 135 Wolt þou, ladi, for loue, on vre lay lerne?
1470--85 Malory Morte d'Arthur i. vi. 42 Sir said Ector vnto Arthur woll ye be my good and gracious lord when ye are kyng?
1592 R. Greene Philomela To Rdr. sig. A4 I..craue that you will beare with this fault.
1600 Shakespeare Henry V ii. i. 43 Will you shog off?
1608 Shakespeare King Lear vii. 313 On my knees I beg, That you'l vouchsafe me rayment, bed and food.
1720 A. Ramsay Young Laird & Edinb. Katy 1 O Katy wiltu gang wi' me, And leave the dinsome Town a while.
1823 Scott St. Ronan's Well III. iv. 96 I desire you will found nothing on an expression hastily used.
1878 T. Hardy Return of Native III. v. iii. 144 Oh, Oh, Oh,..Oh, will you have done!
依頼表現としての Will you . . . ? が,依頼動詞の従属節内に現われる will から発達した可能性も確かに理論的にはありそうだが,OED の用例でいえば,従属節の例は4つめの1592年のものであり,時間の前後関係が逆のようにみえる.また,初例は1300年以前とかなり早い時期だが,おそらく表現として定着したのは近代英語に入ってからだろう.ただし,疑問ではなく依頼という語用論的な機能や含意 (implicature) がいつ一般化したといえるのかは,歴史語用論研究に常について回るたいへん微妙な問題であり,明確なことをいえるわけではない.関連して「#1976. 会話的含意とその他の様々な含意」 ([2014-09-24-1]),「#1984. 会話的含意と意味変化」 ([2014-10-02-1]) も参照.
連日話題にしている "aureate termes" (あるいは aureate_diction)と関連して,OED で aureate, adj. の項を引いてみた.まず語義1として原義に近い "Golden, gold-coloured." との定義が示され,c1450からの初例が示されている.続いて語義2に,お目当ての文学・修辞学で用いられる比喩的な語義が掲載されている.
2. fig. Brilliant or splendid as gold, esp. in literary or rhetorical skill; spec. designating or characteristic of a highly ornamental literary style or diction (see quotes.).
1430 Lydgate tr. Hist. Troy Prol. And of my penne the traces to correcte Whiche barrayne is of aureat lycoure.
1508 W. Dunbar Goldyn Targe (Chepman & Myllar) in Poems (1998) I. 186 Your [Homer and Cicero's] aureate tongis both bene all to lyte For to compile that paradise complete.
1625 S. Purchas Pilgrimes ii. 1847 If I erre, I will beg indulgence of the Pope's aureat magnificence.
1819 T. Campbell Specimens Brit. Poets I. ii. 93 The prevailing fault of English diction, in the fifteenth century, is redundant ornament, and an affectation of anglicising Latin words. In this pedantry and use of 'aureate terms', the Scottish versifiers went even beyond their brethren of the south.
1908 G. G. Smith in Cambr. Hist. Eng. Lit. II. iv. 93 The chief effort was to transform the simpler word and phrase into 'aureate' mannerism, to 'illumine' the vernacular.
1919 J. C. Mendenhall Aureate Terms i. 7 Such long and supposedly elegant words have been dubbed ???aureate terms???, because..they represent a kind of verbal gilding of literary style. The phrase may be traced back..in the sense of long Latinical words of learned aspect, used to express a comparatively simple idea.
1936 C. S. Lewis Allegory of Love vi. 252 This peculiar brightness..is the final cause of the whole aureate style.
1819年, 1908年の批評的な例文からは,areate terms を虚飾的とするネガティヴな評価がうかがわれる.また,1919年の Mendenhall からの例文は,areate terms のもう1つの定義を表わしている.
遅ればせながら,この単語の語源はラテン語の aureāus (decorated with gold) である.なお,「桂冠詩人」を表わす poet laureate は aureate と脚韻を踏むが,この表現も1429年の Lydgate が初出である(ただし laureat poete の形ではより早く Chaucer に現われている).
Dixon (242--44) より,英語に関する辞書史の略年表を掲げる.あくまで主要な辞書 (dictionary) や用語集 (glossary) に絞ってあるので注意.とりわけ18世紀以降には,ここで挙げられていない多数の辞書が出版されたことに留意されたい.それぞれのエントリーは特に記載のないかぎり単言語辞書を指しており,出版年は初版の年を表わす.
c725 | Corpus Glossary. Latin to Latin, Old English, and Old French. |
c1000 | Aelfric's glossary. Latin to Old English. |
1499 | Anonymous. Promptorium Parvalorum [ms version in 1430]. English to Latin. |
1500 | Anonymous. Hortus Vocabularum [ms version in 1440]. Latin to English. |
1535 | Ambrogio Calepino. Dictionarium Latinae Linguae. Monolingual Latin. |
1538 | Thomas Elyot. Dictionary. Latin to English. |
1552 | Richard Huloet. Abecedarium Anglo-Latinum. English to Latin. |
1565 | Thomas Cooper. Thesaurus Linguae Romanae & Britannicae. Latin to English. |
1573 | John Baret. An Alvearie or Triple Dictionarie. English, Latin, and French. |
1582 | Richard Mulcaster. Elementarie. [List of English words with no definitions.] |
1587 | Thomas Thomas. Dictionarium. Latin to English. |
1596 | Edmund Coote. The English Schoole-maister. |
1604 | Robert Cawdrey. A Table Alphabeticall. |
1613 | Academia della Crusca. Vocabulario. Monolingual Italian. |
1616 | John Bullokar. An English Expositor. |
1623 | Henry Cockeram. The English Dictionarie. |
1656 | Thomas Blount. Glossographia. |
1658 | Edward Phillips. The New World of English Words. |
1676 | Elisha Coles. An English Dictionary. |
1694 | Académie française. Dictionnaire. Monolingual French. |
1702 | John Kersey. A New English Dictionary. |
1721 | Nathan Bailey. A Universal Etymological English Dictionary. |
1730 | Nathan Bailey. Dictionarium Britannicum. |
1749 | Benjamin Martin. Lingua Britannica Reformata. |
1753 | John Wesley. The Complete English Dictionary. |
1755 | Samuel Johnson. Dictionary. |
1765 | John Baskerville. A Vocabulary, or Pocket Dictionary. |
1773 | William Kenrick. A New Dictionary of English. |
1775 | John Ash. The New and Complete Dictionary. |
1798 | Samuel Johnson, Junr. A School Dictionary. |
1828 | Noah Webster. American Dictionary. |
1830 | Joseph Emerson Worcester. Comprehensive Dictionary. |
1835--7 | Charles Richardson. A New Dictionary of the English Language. |
1847--50 | John Ogilvie. The Imperial Dictionary. |
1872 | Chambers's English Dictionary. Robert Chambers and William Chambers. |
1888--1928 | Oxford English Dictionary. James A. H. Murray et al. |
1889--91 | The Century Dictionary and Cyclopedia. William Dwight Whitney. |
1893--5 | A Standard Dictionary. Isaac K. Funk. [Later known as Funk and Wagnalls.] |
1898 | Webster's Collegiate Dictionary. [No editor stated.] |
1898 | Austral English. Edward E. Morris. |
1909 | Webster's New International Dictionary. William Torey Harris and F. Sturgis Allen. |
1911 | The Concise Oxford English Dictionary of Current English. H. W. Fowler and F. G. Fowler. |
1927 | The New Century Dictionary. H. G. Emery and K. G. Brewster. |
1933 | The Shorter Oxford English Dictionary. C. T. Onions. |
1935 | The New Method English Dictionary. Michael West and James Endicott. |
1938--44 | A Dictionary of American English. William A. Craigie and James R. Hulbert. |
1947 | The American College Dictionary. Clarence Barnhart. |
1948 | The Oxford Advanced Learner's Dictionary. As. S. Hornby. |
1951 | A Dictionary of Americanisms. Mitford M. Mathews. |
1965 | The Penguin English Dictionary. George N. Garmonsway. |
1966 | The Random House Dictionary Unabridged. Jess Stein. |
1969 | The American Heritage Dictionary. Anne H. Soukhanov. |
1971 | Encyclopedic World Dictionary. Patrick Hanks. |
1978 | Longman Dictionary of Contemporary English. Paul Proctor. |
1979 | Collins English Dictionary. Patrick Hanks. |
1981 | The Macquarie Dictionary. Arthur Delbridge |
1987 | COBUILD English Dictionary. John Sinclair. |
1988 | The Australian National Dictionary. W. S. Ramson. |
1995 | The Oxford English Reference Dictionary. Judy Pearsall and Bill Trumble. |
1999 | The Australian Oxford Dictionary. Bruce Moore. |
現代英語では廃れているといってよいが,中英語から近代英語にかけて,祈願の may ならぬ祈願の might という用法があった.OED の may, v.1 の語義24で取り上げられているのを読んで知った.OED より引用しよう.
24. Used (since Middle English with inversion of verb and subject) in exclamatory expressions of wish (sometimes when the realization of the wish is thought hardly possible). poet. Perhaps Obsolete.
This appears to have developed from the hypothetical use (sense 20a).
c1325 (?c1225) King Horn (Harl.) (1901) 166 (MED) Crist him myhte blesse.
c1450 (?a1400) Wars Alexander (Ashm.) 1607 (MED) Ay moȝt [a1500 Trin. Dub. mot] he lefe, ay moȝt he lefe, þe lege Emperoure!
1600 Shakespeare Merchant of Venice ii. ii. 88 Lord worshipt might he be, what a beard hast thou got.
1720 Pope tr. Homer Iliad VI. xxiv. 261 Oh!..might I..these Barbarities repay!
1852 M. Arnold To Marguerite in Empedocles 97 Now round us spreads the watery plain---Oh might our marges meet again!
祈願の might の出現と発達に関連して,祈願の may がどのように関与しているのか,していないのかは,おもしろい問題である.上記の OED の説明として言及されている語義20aというのは条件節における用法であり,つまり If S might V の代替表現としての Might S V という統語構造のことを指す.may 祈願文についてこのような発達の説明は聞いたことがないので,つまるところ,OED は might と may の祈願文はそれぞれ異種の経路で発達したと考えていることになる.確かに,1720年の might I の例のように1人称単数が主語に用いられるケースは may 祈願文では見たことがなく,このような might の用法は厳密にいえば「祈願」とは別の発話行為を表わしているのかもしれない.
ただし,might には倒置されていない用例も見られることから,「条件節の倒置」説だけではすべてを説明することはできなさそうだ.あるいは,その後の段階で may の祈願文と合流したという可能性もあるかもしれない.祈願の might は現代までに事実上の廃用となっているというが,なぜ廃用となったのかにも興味がある.
「#1867. May the Queen live long! の語順」 ([2014-06-07-1]),「#2256. 祈願を表わす may の初例」 ([2015-07-01-1]),「#2484. 「may 祈願文ができるまで」」 ([2016-02-14-1]) でもすでに触れてきたが,祈願の may の構文の成立過程の1つは,従属節における用法(I wish that S may V のような構文)からの発達に求めることができる.少なくとも OED はそのように考えており,松瀬 (82) も Stage 3 から Stage 4 への推移において同じ発達があったとみているようだ.ただ,OED ではその時期を中英語から近代英語への過渡期に置いているのに対して,松瀬はもう少し早めの中英語期に置いているという違いがある.
祈願の may の構文の原型とされる従属節における用法について,OED では古英語から現代英語までの例を,may, v.1 の語義9bに挙げている.以下に引用する.
b. In clauses depending on such verbs as beseech, desire, demand, hope, wish, and their allied nouns. . . .
OE Ælfric Catholic Homilies: 1st Ser. (Royal) (1997) x. 258 Hwæt wilt ðu þæt ic þe do? He cwæð: drihten þæt ic mage geseon.
1432 Charter Educ. Henry VI in Paston Lett. (1872) I. 32 The said Erle desireth..that he may putte hem from..occupacion of the Kinges service.
1549 Bk. Common Prayer (STC 16267) Celebr. Holye Communion f. xxiv Graunt that they maie both perceaue and knowe what thinges they ought to do.
1636 in M. Kytö Variation & Diachrony (1991) 111 I desire they may goe for shares and victuall them selves.
1771 [T. Smollett Humphry Clinker I. 197 But, perhaps, I mistake his complaisance; and I wish I may, for his sake.]
1782 W. Cowper Conversation in Poems 218 He humbly hopes, presumes it may be so.
1908 W. McDougall Introd. Social Psychol. p. vii I hope that the book may be of service to students of all the social sciences.
1970 N.Y. Times 21 Sept. 42/2 Through the new page.., we hope that a contribution may be made toward stimulating new thought.
1984 Guardian 27 Jan. 26 They found a shovel raising hopes that the lost men may have dug themselves into a snow hole.
一方,問題の主節における祈願の may の構文については,OED は語義12のもとで挙げており,初例を1521年としている.一部「#1867. May the Queen live long! の語順」 ([2014-06-07-1]) でも掲載したが,語義12の全体を引用しておこう.
12. Used (with inversion of verb and subject) in exclamatory expressions of wish (synonymous with the simple present subjunctive, which (exc. poet. and rhetorically) it has superseded).
This use developed from sense 9b, as is shown by early examples, such as quot. 1521, in which the subject precedes may, and antecedent formulae (e.g. quot. 1501) which have a that-clause.
[1501 in A. W. Reed Early Tudor Drama (1926) 240 Wherfore that it may please your good lordship, the premisses tenderly considered to graunt a Writ of subpena to be directed [etc.].]
1521 Petition in Hereford Munic. MSS (transcript) (O.E.D. Archive) I. ii. 5 Wherefore it may please you to ennacte [etc.; cf. 1582--3 Hereford Munic. MSS (transcript) II. 265 Maye [it] pleas yo(ur)r worshipes to caule].
1570 M. Coulweber in J. W. Burgon Life Gresham II. 360 For so much as I was spoyled by the waye in cominge towards England by the Duke of Alva his frebetters, maye it please the Queenes Majestie [etc.].
1590 Marlowe Tamburlaine: 1st Pt. sig. A5v Long liue Cosroe mighty Emperour. Cosr. And Ioue may neuer let me longer liue, Then I may seeke to gratifie your loue.
1593 Shakespeare Venus & Adonis sig. Diijv Long may they kisse ech other for this cure.
1611 M. Smith in Bible (King James) Transl. Pref. sig. ⁋3 Long may he reigne.
1637 Milton Comus 32 May thy brimmed waves for this Their full tribute never misse.
1647 Prol. to Fletcher's Womans Prize in F. Beaumont & J. Fletcher Comedies & Trag. sig. Qqqqq2/1 A merry Play. Which this may prove.
1712 T. Tickell Spectator No. 410. ⁋6 But let my Sons attend, Attend may they Whom Youthful Vigour may to Sin betray.
1717 Entertainers No. 2. 7 Much good may it do the Dissenters with such Champions.
1786 C. Simeon in W. Carus Life (1847) 71 May this be your blessed experience and mine.
1841 Dickens Old Curiosity Shop i. viii. 121 'May the present moment,' said Dick,.. 'be the worst of our lives!'
1892 Catholic News 27 Feb. 5/5 May this smash-up of his facts remain as a warning to him.
1946 W. H. Auden Litany & Anthem for S. Matthew's Day May we worship neither the flux of chance, nor the wheel of fortune.
1986 B. Gilroy Frangipani House vii. 30 May your soul never wander and may you find eternal peace.
1712年の例で,Let my Sons attend, Attend may they という部分で勧告の let と祈願の may が言い換えのように並置されているのが示唆的である.「#2478. 祈願の may と勧告の let の発達の類似性」 ([2016-02-08-1]),「#3416. 祈願の may と勧告の let の意味論的類似性」 ([2018-09-03-1]) を参照.
・ 松瀬 憲司 「"May the Force Be with You!"――英語の may 祈願文について――」『熊本大学教育学部紀要』64巻,2015年.77--84頁.
昨日の記事「#3400. 英語の中核語彙に借用語がどれだけ入り込んでいるか?」 ([2018-08-18-1]) で取り上げた Durkin の論文では,英語語彙史の実証的調査は,OED と HTOED という2大ツールを使ってですら大きな困難を伴うとして,方法論上の問題が論じられている.結論部 (405--06) に,諸問題が要領よくまとまっているので引用する.
One of the most striking and well-known features of lexical data is its extreme variability: as the familiar dictum has it 'chaque mot a son histoire', and accounting for the varied histories of individual words demands classificatory frameworks that are flexible, nonetheless consistent in their approach to similar items. Awareness is perhaps less widespread that the data about word histories presented in historical dictionaries and other resources are rarely 'set in stone': sometimes certain details of a word's history, for instance the details of a coinage, may leave little or no room for doubt, but more typically what is reported in historical dictionaries is based on analysis of the evidence available at time of publication of the dictionary entry, and may well be subject to review if and when further evidence comes to light. First dates of attestation are particularly subject to change, as new evidence becomes available, and as the dating of existing evidence is reconsidered. In particular, the increased availability of electronic text databases in recent years has swollen the flow of new data to a torrent. The increased availability of data should also not blind us to the fact that the earliest attestation locatable in the surviving written texts may well be significantly later than the actual date of first use, and (especially for periods, varieties, or registers for which written evidence is more scarce) may actually lag behind the date at which a word or meaning had already become well established within particular communities of speakers. Additionally, considering the complexities of dating material from the Middle English period . . . highlights the extent to which there may often be genuine uncertainty about the best date to assign to the evidence that we do have, which dictionaries endeavour to convey to their readers by the citation styles adopted. Issues of this sort are grist to the mill of anyone specializing in the history of the lexicon: they mean that the task of drawing broad conclusions about lexical history involves wrestling with a great deal of messy data, but the messiness of the data in itself tells us important things both about the nature of the lexicon and about our limited ability to reconstruct earlier stages of lexical history.
語源情報は常に流動的であること,初出年は常に更新にさらされていること,初出年代は口語などにおける真の初使用年代よりも遅れている可能性があること,典拠となっている文献の成立年代も変わり得ること等々.ここに指摘されている証拠 (evidence) を巡る方法論上の諸問題は,英語語彙史ならずとも一般に文献学の研究を行なう際に常に意識しておくべきものばかりである.OED3 の編者の1人である Durkin が,辞書は(OED ですら!)研究上の万能なツールではあり得ないと説いていることの意義は大きい.
・ Durkin, Philip. "The OED and HTOED as Tools in Practical Research: A Test Case Examining the Impact of Loanwords in Areas of the Core Lexicon." The Cambridge Handbook of English Historical Linguistics. Ed. Merja Kytö and Päivi Pahta. Cambridge: CUP, 2016. 390--407.
英語語彙における借用語の割合が高いことは,本ブログの多くの記事で取り上げてきた.この事実に関してとりわけ注目すべき質的な特徴として,借用語が基本語彙にまで入り込んできているという点が挙げられる(例えば「#2625. 古ノルド語からの借用語の日常性」 ([2016-07-04-1]) を参照).諸言語の比較研究によれば,借用語が基本語彙に入り込むという事例は,非常に稀かといえばそうでもなく,ある程度は観察されるのも事実であり,従来しばしば指摘されてきたように,英語がきわめて特異であると評価することはもはやできない.とはいえ,そのような事例が通言語的には "unusual" (Durkin 391) であるというのも傾向としては確かである.
Durkin は,標記の問いに答えるべく OED と HTOED を用いて実証的な調査を行なった.まず,'Leipzig-Jakarta list of basic vocabulary' と呼ばれる通言語的に有効とされる基本語彙のリストを参照し,そこから100の核心的な意味を取り出す.次に,その各々の意味が,英語語彙史においてどのような単語(群)によって担われてきたかを両辞書によって同定し,その単語の語源情報(借用語か否かなどの詳細)を記録・整理していく.そして,現在,借用語が100の核心的な意味のどれくらいをカバーしているのかを割り出す.その結果は,Durkin (392) によれば次の通り.
To summarize the results of this exercise very briefly . . ., looking in detail at the 100-meaning 'Leipzig-Jakarta list of basic vocabulary' in this way suggests that, while only twenty-two of these meanings appear never to have been realized by a loanword in the data of the OED as summarized in the HTOED, there are only twelve cases where a good case can be made for a loanword being the usual realization of the relevant core meaning in contemporary English:
(from early Scandinavian): root, wing, hit, leg, egg, give, skin, take; (from French): carry, soil, cry, (probably) crush
見方を変えれば,100の核心的な意味のうち78までが,部分的であれ何らかの借用語によって担われているということだ.ここから,借用語が幅広く核心的な意味領域を覆っているということが分かる.しかし,その借用語が,そのような核心的な意味領域を表わす単語群のなかでも典型的・代表的な語であるかどうかは別問題であり,そのような数え方をすると,上記の12語ほどに限定されるということだ.
もっとも,語彙や意味について何をもって「核心」や「基本」とみなすのかは難しい問題であり,それによって結果の数値も変わり得ることはいうまでもない.この問題その他について,以下のような記事で様々に取り上げてきたので参照を.
・ 「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1])
・ 「#1961. 基本レベル範疇」 ([2014-09-09-1])
・ 「#1965. 普遍的な語彙素」 ([2014-09-13-1])
・ 「#1970. 多義性と頻度の相関関係」 ([2014-09-18-1])
・ 「#2659. glottochronology と lexicostatistics」 ([2016-08-07-1])
・ 「#2660. glottochronology と基本語彙」 ([2016-08-08-1])
・ 「#2661. Swadesh (1952) の選んだ言語年代学用の200語」 ([2016-08-09-1])
・ 「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1])
・ 「#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合」 ([2009-11-15-1])
・ 「#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合」 ([2010-06-30-1])
・ 「#845. 現代英語の語彙の起源と割合」 ([2011-08-20-1])
・ 「#1202. 現代英語の語彙の起源と割合 (2)」 ([2012-08-11-1])
・ Durkin, Philip. "The OED and HTOED as Tools in Practical Research: A Test Case Examining the Impact of Loanwords in Areas of the Core Lexicon." The Cambridge Handbook of English Historical Linguistics. Ed. Merja Kytö and Päivi Pahta. Cambridge: CUP, 2016. 390--407.
標題は「#3020. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (1)」 ([2017-08-03-1]),「#3021. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (2)」 ([2017-08-04-1]) と関連させての話題.19世紀における英語文献学や英語史という分野の発達は,大英帝国の発展と二人三脚で進んでいたという事実が指摘されてきた.児馬 (43) が同趣旨のことを次のように説明している.
19世紀ヨーロッパのナショナリズムを形成するのに中心的だったのが Oxford English Dictionary (OED) を編纂した James Murray (1837--1915), The English Dialect Dictionary (1896--1905) を編集した Joseph Wright であった.19世紀は英語の辞書・方言学・文献学・文法の黄金時代であり,Murray の OED 編集期間は大英帝国の時代 (The Age of Empire (1875--1914)) と大体一致するのである.OED は,1888年に A New English Dictionary (NED) として第1巻を出版し,1928年に完結し,その後補遺を加えて全11巻として,1933年に完成した.〔後略〕
大英帝国の拡張と言語科学の発展が並行している.Furnivall (1825--1910) が初期英語テキスト協会 (The Early English Text Society: EETS) を設立したのも1864年,イギリス方言協会の設立も1873年のことであった.Anglo-Saxon を Old English と呼び変えたのも,このような国家と言語を一体化する傾向と無関係ではないかもしれない.
OED や EDD の編纂は,形式的には決して国家プロジェクトではなく,個人的な事業にちがいなかったものの,大英帝国を背負ってなされた企画という点では,事実上の国家プロジェクトに近い性格をもっていたということができる.
現在,私たちは英語史を含めた英学の研究において,日々 OED (の改版)の恩恵にあずかり,"Old English" という呼称も当たり前のように使っているが,これらのツールや用語が確立してきた背景に,帝国主義の歴史が深く関わっていることは銘記しておかなければならない.
・ 児馬 修 「第2章 英語史概観」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.22--46頁.
近代英語期の著名な辞書といえば,Johnson (1755), Webster (1828), OED (1928) が挙がるが,これらの狭間にあって埋没している感のあるのが標題の辞書である.しかし,英語辞書編纂史の観点からは,一定の評価が与えられるべきである.
Charles Richardson (1775--1865) は,ロンドンに生まれ法律を学んだが,後に語学・文学へ転向し,文献学を重視しつつ私塾で教育に携わった.Johnson の辞書に対して批判的な立場を取り,自ら辞書編纂に取り組んだ.Encyclopædia Metropolitana にて連載を開始した後,1835年より分冊の形で出版し始め,最終的には上巻 (1836) と下巻 (1837) からなる A New Dictionary of the English Language を完成させた.1839年には簡約版も出版している.
この辞書の最大の特徴は,単語の意味の歴史的発展を,定義によってではなく歴史的な引用文を用いて跡づけようとしたことである.「歴史的原則」(historical principle) にほかならない.用例採集の範囲を中英語の Robert of Gloucester, Robert Mannyng of Brunne まで遡らせ,歴史的原則の新たな地平を開いたといってよい.そして,後にこの原則を採用し,徹底させたのが OED だったわけだ.
Richardson は Webster には酷評されたという.また,"a word has one meaning, and one only" という極端な原理を信奉したために,様々な箇所に無理が生じ,語源の取り扱いに等にもみるべきものがなかった.しかし,Johnson と Webster という大辞書の後を受け,来るべき OED へのつなぎの役割を果たした存在として,英語史上記憶されるべき辞書(編纂家)ではあろう.
Knowles (141) は,Richardson の OED への辞書編纂史上の貢献を次のように述べている.
The Oxford dictionary was an outstanding work of historical scholarship, but it was not the first historical dictionary. This was Charles Richardson's A new dictionary of the English language, which appeared in 1836--7, and which attempted to trace the historical development of the meanings of words using historical quotations rather than definitions. The original intention of the Philological Society in 1857 was simply to produce a supplement to the dictionaries of Johnson and Richardson, but it was soon clear that a complete new work was required.
以上,『英語学人名辞典』 (288--89) の Charles Richardson の項を参照して執筆した.
・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.
・ 佐々木 達,木原 研三 編 『英語学人名辞典』 研究社,1995年.
19世紀後半から20世紀前半にかけて,著しく発展した比較言語学や文献学の成果を取り込みつつ OED や EDD の編纂作業が進んでいた.言語学史としてみると実に華々しい時代といえるが,強烈な帝国主義と国家主義のイデオロギーがそれを支えていたという側面を忘れてはならない.Romain (48) は,次のように述べている.
The energetic activities of intellectuals such as James Murray, Joseph Wright, author of the English Dialect Dictionary, and others were central to the shaping of European nationalism in the nineteenth century, a time when, as Pedersen (1931--43) puts it, 'national wakening and the beginnings of linguistic science go hand in hand'. Historians such as Seton-Watson (1977) and Anderson (1991) have observed how nineteenth-century Europe was a golden age of vernacularising lexicographers, grammarians, philologists and dialectologists. Their projects too were conceived as children of empires.
Willinsky (1994) singles out the OED, in particular, as the 'last great gasp of British imperialism'. It captured a history of words that fit well with the ideological needs of the emerging nation-state. As Willinsky observes (1994: 194), the OED speaks to a 'particular history of national self-definition during a remarkable period in the expansion and collapse of the British empire'. Murray's tenure as editor of the OED coincided roughly with the period which historian Eric Hobsbawm (1987) has called the Age of Empire, 1875--1914. With the OED, Murray and other editors were engaged in establishing England and Oxford University Press's claim on the English language and the word trade more generally.
「#644. OED とヨーロッパのライバル辞書」 ([2011-01-31-1]) の冒頭で「19世紀半ば,ヨーロッパ各国では,比較言語学発展の波に乗って,歴史的原則に基づく大型辞書の編纂が企画されていた」と述べたが,「比較言語学発展の波」そのものがヨーロッパの帝国主義の潮流に支えられていたといってよい.帝国主義と比較言語学は蜜月の関係にあったのである.
普段,言語研究に OED を用いるとき,その初版が編纂された時代背景に思いを馳せるということはあまりないかもしれないが,この事実は知っておくべきだろう.
OED についてのよもやま話は,「#2451. ワークショップ:OED Online に触れてみる」 ([2016-01-12-1]) に張ったリンクをどうぞ.EDD については,「#869. Wright's English Dialect Dictionary」 ([2011-09-13-1]),「#868. EDD Online」 ([2011-09-12-1]),「#2694. EDD Online (2)」 ([2016-09-11-1]) を参照.
・ Romaine, Suzanne. "Introduction." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Cambridge: CUP, 1998. 1--56.
本日,大学のゼミの授業で「OED Online に触れてみる」と題して講習会を行うにあたって,補助的な資料を作って配布する予定なので,以下にHTML版を掲載しておきたい.配布用のPDF版はこちらからどうぞ.OED を利用した調査(結果)の実例へのリンクを多く張ったので,参考になれば.
「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1]),「#2369. 英語史におけるイタリア語,スペイン語,ポルトガル語からの語彙借用の歴史」 ([2015-10-22-1]) で,Culpeper and Clapham (218) による OED ベースのロマンス系借用語の統計を紹介した.論文の巻末に,具体的な数値が表の形で掲載されているので,これを基にして2つグラフを作成した(データは,ソースHTMLを参照).1つめは4半世紀ごとの各言語からの借用語数,2つめはそれと同じものを,各時期の見出し語全体における百分率で示したものである.
関連する語彙統計として,「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1]) で触れた Wordorigins.org の "Where Do English Words Come From?" も参照.
・ Culpeper Jonathan and Phoebe Clapham. "The Borrowing of Classical and Romance Words into English: A Study Based on the Electronic Oxford English Dictionary." International Journal of Corpus Linguistics 1.2 (1996): 199--218.
英語のフランス語との付き合いは古英語最末期より途切れることなく続いている.フランス語彙借用のピークは「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1]) や「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]) で見たように1251--1375年だが,その後も,規模こそ縮小しながらも,借用は連綿と続いてきている.中英語以降の各時代のフランス語彙の借用については,「#1210. 中英語のフランス借用語の一覧」 ([2012-08-19-1]),「#1411. 初期近代英語に入った "oversea language"」 ([2013-03-08-1]),「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1]), 「#678. 汎ヨーロッパ的な18世紀のフランス借用語」 ([2011-03-06-1]) を参照されたい.
今回は,現代英語におけるフランス借用語の話題を取り上げたい.Schultz は,OED Online を利用して,1900年以降に英語に入ってきたフランス語彙を調査した.Schultz がフランス借用語として取り出し,認定したのは,1677語である.Schultz の論文では,それらを14個の意味分野(とさらなる下位区分)ごとに整理し,サンプル語を列挙しているが,ここでは12分野それぞれに属する語の数と割合のみを示そう (Shultz 4--6) .
(1) Anthropology (11 borrowings, i.e. 0.7%)
(2) Metapsychics and parapsychology (11 borrowings, i.e. 0.7%)
(3) Archaeology (30 borrowings, i.e. 1.8%)
(4) Miscellaneous (46 borrowings, i.e. 2.7%)
(5) Technology (62 borrowings, i.e. 3.7%)
(6) La Francophonie (63 borrowings, i.e. 3.8%)
(7) Fashion and lifestyle (77 borrowings, i.e. 4.6%)
(8) Entertainment and leisure activities (86 borrowings, i.e. 5.1%)
(9) Mathematics and the humanities (92 borrowings, i.e. 5.5%)
(10) People and everyday life (154 borrowings, i.e. 9.2%)
(11) Civilization and politics (156 borrowings, i.e. 9.3%)
(12) Gastronomy (179 borrowings, i.e. 10.7%)
(13) Fine arts and crafts (260 borrowings, i.e. 15.5%)
(14) The natural sciences (450 borrowings, i.e. 26.8%)
20世紀のフランス借用語の特徴は何だろうか.1つは,Schultz が "the vocabulary recently adopted from French is characterized by its great variety, ranging from words related to everyday matters to highly specific terms in technology and science" (8) とまとめているように,意味分野の幅広さが挙げられる.食,芸術,自然科学が相対的に強いが,全体としてはマルチジャンルといってよい.ただし,マルチジャンルであることは中英語期のフランス借用語の特徴にも当てはまることから,これは英語史におけるフランス語彙借用に汎時的にみられる特徴といってもよいかもしれない.
注目すべきは,借用語のソースとして,標準フランス語のみならず,フランス語の諸変種やクレオール語なども含まれていることだ.カリブ諸島,カナダ,ルイジアナ,アフリカなどのフランス語変種からの借用語が少なくない.中英語期にも,中央フランス語のみならず,とりわけ初期にノルマン・フランス語 (norman_french) からも語彙が流入していたが,近代以降「フランス語」の指す範囲が拡がるとともに,借用元変種も多様化してきたということだろう.
現代世界の借用元言語としての英語を考えてみても,従来はイギリス標準英語やアメリカ標準英語がほぼ唯一の借用元変種だったかもしれないが,現在ではピジン語やクレオール語も含めた各種の英語変種が借用元変種となっている事実がある.それと同じことが,フランス語についても言えるということなのではないか.
・ Schultz, Julia. "Twentieth-Century Borrowings from french into English --- An Overview." English Today 28.2 (2012): 3--9.
標題に関する,OED2 の CD-ROM 版を用いた本格的な量的研究を発見した.Culpeper and Clapham によるもので,調査方法を見るかぎり,語源欄検索の機能を駆使し,なるべく雑音の混じらないように腐心したようだ.OED などを利用した量的研究の例は少なくないが,方法論の厳密さに鑑みて,従来の調査よりも信頼のおける結果として受け入れてよいのではないかと考える.もっとも,筆者たち自身が OED を用いて語彙統計を得ることの意義や陥穽について慎重に論じており,結果もそれに応じて慎重に解釈しなければいけないことを力説している.したがって,以下の記述も,その但し書きを十分に意識しつつ解釈されたい.
Culpeper and Clapham の扱った古典語およびロマンス諸語とは,具体的にはラテン語,ギリシア語,フランス語,イタリア語,スペイン語,ポルトガル語を中心とする言語である.数値としてある程度の大きさになるのは,最初の4言語ほどである.筆者たちは,OED 掲載の2,314,82の見出し語から,これらの言語を直近の源とする借用語を77,335語取り出した.これを時代別,言語別に整理し,タイプ数というよりも,主として当該時代に初出する全語彙におけるそれらの借用語の割合を重視して,各種の語彙統計値を算出した.
一つひとつの数値が示唆的であり,それぞれ吟味・解釈していくのもおもしろいのだが,ここでは Culpeper and Clapham (215) が論文の最後で要約している主たる発見7点を引用しよう.
(1) Latin and French have had a profound effect on the English lexicon, and Latin has had a much greater effect than French.
(2) Italian, Spanish, and Portuguese are of relatively minor importance, although Italian experienced a small boost in the 18th century.
(3) The general trend is one of decline in borrowing from Classical and Romance languages. In the 17th century, 39.3% of recorded vocabulary came from Classical and Romance languages, whereas today the figure is 15%.
(4) Latin borrowing peaked in 1600--1675, and Latin contributed approximately 7000 words to the English lexicon during the 16th century.
(5) Greek, coming after Latin and French in terms of overall quantity, peaked in the 19th century.
(6) French borrowing peaked in 1251--1375, fell below the level of Latin borrowing around 1525, and thereafter declined except for a small upturn in the 18th century. French contributed over 11000 words to the English lexicon during the Middle English period.
(7) Today, borrowing from Latin may have a slight lead on borrowing from French.
この7点だけをとっても,従来の研究では曖昧だった調査結果が,今回は数値として具体化されており,わかりやすい.(1) は,フランス語とラテン語で,どちらが量的に多くの借用語彙を英語にもたらしてきたかという問いに端的に答えるものであり,ラテン語の貢献のほうが「ずっと大きい」ことを明示している.(7) によれば,そのラテン語の優位は,若干の差ながらも,現代英語についても言えるようだ.関連して,(6) から,最大の貢献言語がフランス語からラテン語へ切り替わったのが16世紀前半であることが判明するし,(4) から,ラテン語のピークは16世紀というよりも17世紀であることがわかる.
(3) では,近代以降,新語における借用語の比率が下がってきていることが示されているが,これは「#879. Algeo の新語ソース調査から示唆される通時的傾向」([2011-09-23-1]) でみたことと符合する.(2) と (5) では,ラテン語とフランス語以外の諸言語からの影響は,全体として僅少か,あるいは特定の時代にやや顕著となったことがある程度であることもわかる.
英語史における借用語彙統計については,cat:lexicology statistics loan_word の各記事を参照されたい.本記事と関連して,特に「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1]) を参照.
・ Culpeper Jonathan and Phoebe Clapham. "The Borrowing of Classical and Romance Words into English: A Study Based on the Electronic Oxford English Dictionary." International Journal of Corpus Linguistics 1.2 (1996): 199--218.
ヨーロッパの主要な言語のなかで,ドイツ語は英語の借用語ソースとして意外と目立たない.歴史的にある程度の規模でドイツ借用語が現われるのは後期近代英語からであり,それ以前は僅少である.英語もドイツ語もゲルマン語派 (Germanic) に属し共通の起源をもつということが広く知られている割には,両言語間で借用という横の関係は希薄である.
英語にドイツ語の語彙的影響が著しくないことは Jespersen (143) や荒木ほか (258) などの英語史概説書でも触れられている通りだが,ドイツ語借用が少ないとはいってもフランス語やラテン語と比べての話しであって,実際にはある程度の数は主として専門用語として入ってきている.近年においても然りのようだ (Algeo 80; 「#874. 現代英語の新語におけるソース言語の分布」 ([2011-09-18-1])) .「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1]) で紹介した Wordorigins.org の "Where Do English Words Come From?" でも,次のように述べられている.
Other European languages remain steady, contributing 3--4% of new words throughout the centuries. The exception is German, which starting in the eighteenth century begins to increase its contribution to English vocabulary, reaching 3% of new words all by itself, and nosing ahead of French by the twentieth century.
上の同じ記事より入手した OED に基づく語種別統計でドイツ借用語の歴史的推移をグラフ化すると,以下のようになる.
宇賀治 (115--17) によれば,ドイツは16世紀に鉱山術や冶金術に長けていたので,その影響が17--18世紀における英語語彙に反映されている(グラフでの若干の高まりも16世紀からである).17世紀以降は食品名の借用も多い.また,ドイツは19世紀に哲学や医学を含む諸学問で飛躍的な発展を遂げたため,専門的な用語や概念が英語へも流れ込んだ(グラフ上も19世紀にピークを迎える).通常の借用のほか,翻訳借用 (loan_translation) が多いのもドイツ語からの借用の特徴といえるかもしれない.以下,分野別にドイツ借用語(翻訳借用も含む)を列挙しよう.
[鉱山・冶金]
cobalt, gneiss, meerschaum, quartz, zinc
[哲学・文芸批評]
folksong, gestalt, leitmotif, nihilism, objective, subjective, superman, transcendental, zeitgeist
[比較言語学]
ablaut, schwa, strong [weak] (declension), Umlaut
[教育制度]
kindergarten, semester, seminar
[物理学・化学]
aniline, dynamo, ohm, protein, relativity, saccharine, sarin, uranium
[医学・薬学]
aspirin, heroin, pepsin, Roentgen-ray [X-ray]
[食品]
delicatessen, frankfurter, hamburger, lager, noodle, pumpernickel, sauerkraut, schnitzel
ドイツ借用語について紙幅を割いている英語史概説書は多くないが,Carr, Charles T. The German Influence on the English Vocabulary. London: Clarendon, 1934. という研究書があるようである.
関連して,「#150. アメリカ英語へのドイツ語の貢献」 ([2009-09-24-1]),「#756. 世界からの借用語」 ([2011-05-23-1]) も参照されたい.
(後記 2015/09/06(Sun):Begoña Crespo ("Historical Background of Multilingualism and Its Impact." Multilingualism in Later Medieval Britan. Ed. D. A. Trotter. Cambridge: D. S. Brewer, 2000. p. 29.) によれば,すでに中英語期の15世紀にも,高地ドイツ語からの鉱物学に関する用語がある程度入っていたという.)
・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.
・ 荒木 一雄,宇賀治 正朋 『英語史IIIA』 英語学大系第10巻,大修館書店,1984年.
・ Algeo, John. "Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Cambridge: CUP, 1998. 57--91.
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