昨日の記事「#4821. something of a(n) は「ちょっとした」なのか「かなりの」なのか?」 ([2022-07-09-1]) に続いて,この成句に関する話題.今回はその歴史に迫りたい.
OED によると,something, n. (and adj.) and adv. の語義2cにこの用法が挙げられている.初出は1711年で,比較的新しい.
c. something of a(n), to a certain extent or degree a (person or thing of the kind specified).
1711 J. Addison Spectator No. 106. ¶6 Sir Roger, amidst all his good Qualities, is something of an Humourist.
1780 Mirror No. 70 As he was something of a sportsman, my guardians often permitted me to accompany him to the field.
1801 M. Edgeworth Prussian Vase in Moral Tales III. 46 I am something of a judge of china myself.
1826 B. Disraeli Vivian Grey I. ii. xiv. 195 Dormer, who was..something of an epicure, looked rather annoyed.
1931 R. Campbell Georgiad iii. 55 Even the devil dwindles to a duiker, Who prides himself as something of a spiker.
1939 R. G. Collingwood Autobiogr. iv. 27 I had become something of a specialist in Aristotle.
1959 Listener 17 Dec. 1083/3 It had been, I admit, something of a party.
1978 Lancashire Life Sept. 51/1 During the last war he became something of a legend, working incredible hours and doing general and orthopaedic surgery, as well as obstetrics.
1711年の初出と分かった以上は,まさに1710--1920年の英語をカバーするコーパス CLMET3.0 の出番である.早速 CLMET で something of a(n) を検索し,こちらのコンコーダンスラインを得た.第1期 (1710--80) から24例,第2期 (1780-1850) から59例,第3期 (1850--1920) から80例と,時間とともに着実に用例が増加している.
コンコーダンスラインをざっと眺めて,something of a(n) の意味が何ともいえずよく伝わってくる第1期からの例を見つけたので,挙げておこう
When we hear the Epithets of a fine Gentleman, a pretty Gentleman, much of a Gentleman, Gentlemanlike, something of a Gentleman, nothing of a Gentleman, and so forth; all these different Appellations must intend a Peculiarity annexed to the Ideas of those who express them; though no two of them, as I said, may agree in the constituent Qualities of the Character they have formed in their own Mind.
ここでは,昨日の記事で論じたように,nothing of a(n) との対比を前提に something of a(n) が理解されていることがよく分かる.
4月27日(水)に公開された YouTube 番組「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」では「受験生のみなさーん!関係代名詞の文法問題を間違えた時の対処法ですよー【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 18 】」と題して関係代名詞の話題を取り上げました.なかなか多く視聴されているようで,ありがたい限りですが,実際に2人でおもしろいことをしゃべっています(笑).ぜひご覧ください.
標準英語で関係代名詞といえば which, who, whom, that, そしてゼロ(いわゆる関係代名詞の省略)辺りが挙げられますが,このいずれが用いられるかという選択には,複数のパラメータが複雑に関わってきます.関係代名詞節の内部での役割が主格なのか目的格なのかということはもちろん,制限/非制限用法の違い,先行詞が有性か無性かなどの統語意味論的パラメータが複雑に関与してきます.さらに,あまり注目されませんが,実は使用域 (register) という語用論的パラメータこそが,関係代名詞の選択にとても重要や役割を果たしているのです.
Longman Grammar of Spoken and Written English (608--21) には,コーパスを用いた関係代名詞選択に関する調査結果が詳細に示されています.今回はそちらを参照しながら,全体として最も使用頻度の高いとされる which と that に焦点を当て,両者の分布を比べてみましょう.
which と that は多くの場合入れ替え可能ですが,学校文法で教わるとおり,原則として which は先行詞が無性の場合に限られ,また制限用法のみならず非制限用法としても使えるという特徴がみられます.一方,that は先行詞を選びませんが,制限用法に限定されます.
しかし,which と that の分布の違いについておもしろいのは,そのような統語意味論的な要因と同じくらい使用域という要因も効いているということです.which は保守的で学術的な含みがあり,学術散文での非制限用法に限定すれば,70%を占め,that を圧倒しています.一方,that は口語的でくだけた含みがあり,例えばフィクションでの非制限用法に限定すると,75%を占めます.
また,アメリカ英語かイギリス英語かという違いも,which vs that に絡んできます.ニュースでの非制限用法に注目すると,アメリカ英語のほうが明らかに that を好み,イギリス英語では which を好みます.会話で比べると,ますますアメリカ英語では that が好まれ,イギリス英語の2倍の頻度で用いられます.
全体として,LGSWE (616) は which vs that 対決について次のように総括しています.
The AmE preference for that over which reflects a willingness to use a form with colloquial associations more widely in written contexts than BrE.
関係代名詞の選択の陰には使用域というファクターがひそんでいたのです.
ちなみに,今晩18:00に公開される YouTube #19 は関係代名詞の話題の続編となります.お楽しみに!
・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan, eds. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
英語新聞の歴史的なコーパスがいくつか公開されている.17世紀後半から18世紀にかけての新聞テキストを集めた Zurich English Newspaper Corpus (= ZEN) は,よく知られているものの1つである(その他の新聞コーパスについては CoRD などを参照).また,コーパスとして編まれていなくとも近現代の新聞は次々とアーカイヴ化されており,新聞を用いた英語史研究は今後増えていくことが予想される.
英米の主な新聞を創刊年順にまとめておこうと思い『英語便利辞典』 (pp. 194--96) を参照して一覧を作った.(発行)部数は,英国紙については2005年7月4日から31日までの平均「販売部数」,米国紙については2004年9月1日から2005年3月31日までの平均「販売部数」となっており,少し古い情報であることに注意.あくまで参考までに.
[ 英国の主な新聞 ]
創刊年 | 紙名 | 部数 | 特徴 |
1783- | The Herald | 73,963 | 日刊;創刊から途切れることなく刊行されている世界最古のスコットランド英字紙. |
1785- | The Times | 698,043 | 日刊;歴史が最も古い,影響力のある新聞の一つで,大判からタブロイドに変えてから人気が高い.中道右派が基調.London Times, The Times of London と呼ばれることもある. |
1791- | The Observer | 445,738 | 英国初の日曜紙;海外の報道に強い高級紙.左派が基調. |
1817- | The Scotsman | 66,053 | 日刊;スコットランドで大きな影響力をもち,responsible journalism (責任あるジャーナリズム)の模範例と見なされる. |
1821- | The Guardian | 358,345 | 日刊;インテリ向けの高級紙.同紙の愛読者を Guardian reader (中流階級で教育ある左寄りの人)と言うこともある. |
1822- | The Sunday Times | 1,338,616 | 英国を代表する高級日曜紙;The Times の姉妹紙.中道右派が基調. |
1843- | The News of the World | 3,701,099 | 日曜紙;有名人のゴシップや醜聞など低俗な記事が売りのタブロイド紙.名誉毀損で訴えられることも多い. |
1855- | The Daily Telegraph | 912,319 | 日刊;The Guardian, The Times とともに英国三大高級紙の一つと称される.右派(保守)・中流階級的報道がベース. |
1888- | The Financial Times | 410,306 | 日刊;英国の伝統ある経済専門誌.英国の経済政策に影響を与えると言われる. |
1896- | The Daily Mail | 2,420,601 | 日刊紙;社説は党派に左右されない大衆タブロイド紙.充実した海外報道で有名. |
1900- | The Daily Express | 835,937 | 日刊;ニュースの煽情的な扱いで知られる大衆紙. |
1903- | The Daily Mirror | 1,752,948 | 日刊;政治的には中道左派.読者の興味をそそる人の話題などを多く取り上げる大衆タブロイド紙. |
1964- | The Sun | 3,343,486 | 日刊;若い世代の読者にねらいを定めた大衆タブロイド紙で,スターのゴシップ記事でも有名. |
1986- | The Independent | 255,603 | 日刊;英国の日刊全国紙としては一番歴史が浅い高級タブロイド紙.中道左派が基調. |
創刊年 | 紙名 | 部数 | 特徴 |
1847- | The Chicago Tribune | 平日版 573,744,土曜版 515,253,日曜版 953,814 | 日刊;米国中西部を代表する保守系新聞. |
1851- | The New York Times | 平日版 1,136,433,土曜版 1,047,574,日曜版 1,680,582 | 日刊;Washington Post と並んで,米国で最も伝統を誇り,影響力の強い高級紙として定評がある.日曜版の高級書評紙 Book Review も有名. |
1877- | The Washington Post | 平日版 751,871,土曜版 686,327,日曜版 1,000,565 | 日刊;首都ワシントンを発行地とする高級紙として,国内政治関係の記事が詳しい.ピューリッツア賞受賞のウォーターゲート事件報道がよく知られている. |
1881- | The Los Angeles Times | 平日版&土曜版 907,997,日曜版 1,253,849 | 日刊;The New York Times に次ぐ米国二大新聞の一つで,米国西部を代表する.リベラルな論調で,カリフォルニア州民,ロサンゼルス市民の信頼の置ける情報源になっている. |
1889- | The Wall Street Journal | 平日版 2,070,498 | 日刊全国紙;世界的に評判の高い経済専門誌で,実業家・経済人の間で最も広く購読されている.アジア版,ヨーロッパ版などもある. |
1908- | The Christian Science Monitor | 平日版 59,179 | 日刊国際史;他紙と異なり,海外ニュースは通信社に頼らず,世界各国に駐在する自社記者の記事を主に掲載する.Eメール版,PDA版,PDF版も利用可. |
1919- | The New York Daily News | 平日版 735,536,土曜版 574,959,日曜版 835,121 | 日刊;別名 New York's Hometown Newspaper として知られるタブロイド紙.政治的には中道穏健派で,見出しや写真の扱いに定評がある. |
1982- | The Washington Times | 平日版 103,017,土曜版 80,377,日曜版 42,775 | 日刊;首都ワシントンで歴史がある Washington Post 紙に対抗して発行された.政治・政策の報道が詳しい. |
1982- | USA Today | 平日版(金曜を除く) 2,199,052,金曜版 2,612,946 | 日刊全国紙;大判の新聞 (broadsheet) に始めて全色彩を使ったパイオニアで,写真や図などが多く読みやすい.同紙が実施するさまざまな世論調査でも知られる.発行部数は全米第一位. |
複数のコーパスを用いたキーワード分析は,私も何度か行なったことがある (cf. keyword) .特定のコーパスに特徴的に現われるキーワードを,別の一般的なコーパスとの対比によって統計的に抜き出してくる手法で,うまくいくと言語文化的な観点からおもしろい結果が出る.
今回は,Polzenhagen and Wolf の論考を読んでいて,ICE (International Corpus of English) が提供するカメルーン英語のコーパスからキーワードを抜き出した調査が紹介されているのを見つけたので,それを紹介したい.対比のための参照コーパスとして,イギリス英語の FLOB とアメリカ英語の FROWN が用いられている.
さて,調査の結果だが,カメルーン英語のキーワードとして以下の単語群が上位に浮かび上がってきたという (161) .
・ community
・ communal
・ family
・ relative
・ kin / kinship / kinsman / kinspeople
・ brotherhood
・ marriage
・ marry
・ marital
・ husband
・ wife
・ parent / parental / parenting
・ maternity / maternal
・ Birth
・ child / childhood / childless
・ Offspring
意味の場として共通項をくくり出せば「親族」と「共同体」といったところだろうか.カメルーン社会の顕点が明らかになっているといってよいだろう.民族誌や認知人類学にも洞察を与えてくれる興味深い結果といえる.ただし,対比のための参照ポイントが英米変種(文化)であること,つまり結果が相対的なものであることは,常に意識しておく必要があるだろう.
・ Polzenhagen, Frank and Hans-Georg Wolf, "World Englishes and Cognitive Linguistics." Chapter 8 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 147--72.
連日 World Englishes に関する話題を取り上げている.比較的新しい分野であるとはいえ,この分野でのコーパスを用いた研究には少なくとも数十年ほどの実績がある.その走りは,1960年代以降,世紀末にかけて徐々に蓄積されてきた,主として英米変種に焦点を当てた各100万語からなるコーパス群,いわゆる "The Brown family of corpora" だったといってよいだろう (cf. 「#428. The Brown family of corpora の利用上の注意」 ([2010-06-29-1])) .
この "Brown family" は,次なる大型プロジェクトにもインスピレーションを与えた.「#517. ICE 提供の7種類の地域変種コーパス」 ([2010-09-26-1]) で紹介した International Corpus of English である.1990年に Sydney Greenbaum が計画を発表して以来,イギリス英語とアメリカ英語はもちろん,現在までにカナダ英語,東アフリカ英語,香港英語,インド英語,アイルランド英語,ジャマイカ英語,ニュージーランド英語,ナイジェリア英語,フィリピン英語,シンガポール英語,スリランカ英語など様々な英語変種の100万語規模のコーパスが編纂されてきた(一部のものはダウンロード可能).互いに比較可能な形でデザインされており,ICECUP という検索ソフトウェアも用意されている.本ブログの ice の記事も参照.
続いて,2013年にこの分野における近年の最大の成果である GloWbE (= Corpus of Global Web-Based English) がオンライン公開された.「#4169. GloWbE --- Corpus of Global Web-Based English」 ([2020-09-25-1]) で紹介した通り,20カ国からの英語変種を総合した19億語からなる巨大世界英語変種コーパスである.現在,このコーパスは世界英語に関する研究でよく利用されている.
このように World Englishes を巡るコーパスの編纂と使用が促進されてきたが,今後,この方面ではどのような展開が予想されるだろうか.Mair (118--19) は今後の展開(あるいは希望)として3点を挙げている.
(1) 諸変種の歴史の初期段階のコーパスの編纂が待たれる
(2) 諸変種の実態についてウェブ上のデータを利用することがますます有用となってくる
(3) 諸変種の多くについてマルチリンガルな状況で使用されているのが実態である以上,従来の英語のモノリンガル・コーパスという枠組みではなく,英語を含むマルチリンガル・コーパスというつもりで編纂されていくべきである
とりわけ (3) は,伝統的な「英語学」を学んできた私のような者にとっては,ショッキングな,目から鱗が落ちるような未来像でもある.World Englishes 研究は,すでに英語学の枠からはみ出し,"sociolinguistics of globalisation" (Mair 119) というべき目標へと踏み出していることを示唆する.そして「英語史」の研究も,世界英語を考慮に入れる以上,こうした動向と連動して,ますます開かれたものになっていくのだろう.
・ Mair, Christian. "World Englishes and Corpora." Chapter 6 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 103--22.
8ヶ月ほども前の話しで恐縮だが,昨年9月20日(日)にオンラインで開催された2020年度駒場英語史研究会にて,特別企画「電子コーパスやオンライン・リソースを使った英語史研究 ― その実践と可能性」に発表者として参加させていただいた.私の専門とする英語史の時代が中英語期なので,その時代の方言地図とタグ付きコーパスを紹介する趣旨で「LAEME & LALME を用いた英語史研究入門」と題して話す機会をいただいた.タイトルにある LAEME と LALME というものは,中英語を代表する2つの姉妹方言地図につけられた名前である.研究会では,とりわけ妹分である初期中英語期の LAEME の紹介に焦点を当てた,
研究会の様子はすでに「#4166. 英語史の各時代のコーパスを比較すれば英語史がわかる(かも)」 ([2020-09-22-1]) で簡単に報告したが,私の発表で用いたスライド資料について,活用されないよりはされたほうがよいと思ったので,こちらにて公表しておきたい.以下はスライドの各ページへのリンク.
・ 1. 駒場英語史研究会特別企画「電子コーパスやオンライン・リソースを使った英語史研究 ― その実践と可能性」LAEME & LALME を用いた英語史研究入門
・ 2. 本スライド資料
・ 3. 中英語 =「方言の時代」
・ 4. LAEME & LALME =「方言の時代」に使える最強の研究ツール
・ 5. LALME (書籍版)の外観
・ 6. LAEME & LALME との私的なお付き合い
・ 7. LAEME & LALME が提供してくれるもの
・ 8. LAEME & LALME のすごい点(学史上の意義)
・ 9. LAEME & LALME の強みと弱み
・ 10. LAEME のデータ点とサイズ (cf. #856)
・ 11. LAEME コーパスの「代表性」 (#1263)
・ 12. LAEME のタグ体系
・ 13. The Owl and the Nightingale (MS Cotton) の冒頭2行
・ 14. 対応する LAEME の tag file
・ 15. LAEME で(やろうと思えば)できることの例
・ 16. LAEME でやりにくいことの例
・ 17. LAEME の機能紹介
・ 18. お題1 3単現語尾の通時・方言分布 (#2142)
・ 19. お題2 nighti(n)gale の n (#797)
・ 20. お題3 through の異綴字はどれだけあったか? (#53)
・ 21. お題4 between の異形態はどれだけあったか?
・ 22. お題5 third の音位転換はいつ,どこで起こったか?
・ 23. お題6 初期中英語の「キーワード」抽出
・ 24. LAEME & LALME を利用したその他のミニ研究
・ 25. 参考文献・サイト
高度に専門的なツールなので取っつきにくいのは承知ながらも,LAEME を用いるとこんなことができますよ,ということでブレストしてみた「15. LAEME で(やろうと思えば)できることの例」に目を通していただければと.
英語を学ぶ上で,類義語 (synonym) というのは厄介です.訳語としては同じなのに,実際にはニュアンスの違いがあるというのだから手間がかかります.一般に言語において完全な同義語はないとされますが,意味が微妙に異なる類義語というのは,思っている以上に多く存在します.
日本語で考えてみれば,類義語の多さにはすぐに気づくでしょう.「疲れる」の類義語を挙げてみましょう.「くたびれる」「くたばる」「へたばる」「へばる」「グロッキー」「バテる」「疲労する」「困憊する」「へとへとになる」「ふらふらになる」「疲れ切る」など,それぞれ独特のコノテーションがありますね.
英語で「疲れた」といえば,第一に tired が思い浮かびますが,他に exhausted, drained, weary, worn out, shattered, pooped, fatigued などもあります.学習するには厄介ですが,各々独自のコノテーションをもっており存在意義があるようです.昨日の「英語史導入企画2021」のためのコンテンツは,学部生による「「疲れた」って表現,多すぎない?」です.こちらもご覧ください.
このような類義語に関心をもったら,まず当たるべきは学習者用の英英辞典です.例えば Longman Dictionary of Contemporary English (= LDOCE) などでは,たいてい主要な見出し語(例えば tired)のもとに,THESAURUS という類義語コーナーが設けられており,各類義語の使い分けが簡潔に記されています.
thesaurus というのは,ずばり類義語辞典のこと.とすれば,類義語辞典そのものに当たるのが早いといえば早いですね.例えば,Oxford Learner's Thesaurus によれば,各類義語のニュアンス,用例,コロケーションが細かく解説されています.以下のように,どんどん記述が続いていきます.かゆいところに手が届く辞典ですね.
さらに詳しく調べたいのであれば,各類義語が用いられている「現場」からの事例を多数集めて分析することが必要になります.こうなるとコーパスの利用が有用です.まずは,イギリス英語とアメリカ英語の各々について,BNCweb と COCA というコーパスに当たってみるのがお薦めです.
「英語史導入企画2021」の開催中ということで,かなり高度な研究ツールながらも歴史的類義語辞典なるもの紹介しておきましょう.Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary (= HTOED) です.詳細は「#3159. HTOED」 ([2017-12-20-1]) をどうぞ.
この4月を通じて宣伝してきた「英語史導入企画2021」も,そろそろ折り返し地点にたどり着きます.大学院と学部の英語史ゼミのメンバーが日々「英語史コンテンツ」を提供するという,年度初め限定のキャンペーンを展開しています.
4月6日に公表された初回コンテンツは,「#4362. 「英語史導入企画2021」がオープンしました」 ([2021-04-06-1]) で紹介した「be surprised at―アッと驚くのはもう古い?(1)」でした.英語学習者の誰もが習う be surprised at ですが,最近では be surprised by も多くなっているという衝撃の事実(?)を指摘した大学院生によるコンテンツでした.
それを受けて昨日アップされたのは,同院生による第2弾「be surprised at―アッと驚くのはもう古い?(2)」です.前回は現代英語の諸変種に焦点を当てた「共時的」な内容でしたが,今回はいよいよ英語史的の醍醐味ともいえる「通時的」なアプローチでの分析です.おお,そうなのか!という驚きの事実が明らかになります.英語史導入企画としてナイスです,ぜひどうぞ.
私もその洞察に刺激を受け,18--19世紀辺りの分布はどうだったのだろうと,後期近代英語のコーパス CLMET3.0 でちらっと検索してみました.70年刻みの3期に分け,(be 動詞はあえて指定せず)surprised at と surprised by でヒット数を単純に比較してみました.
Period | surprised at | surprised by |
---|---|---|
1710--1780 | 158 | 40 |
1780--1850 | 189 | 55 |
1850--1920 | 157 | 30 |
この4月にゼミの学部生・院生で立ち上げた「英語史導入企画2021」より,昨日アップされたコンテンツとして「「社会的」な「距離」って結局何?」を紹介します.悲しいかな,今を時めく語となってしまった日本語「ソーシャル・ディスタンス」と英語の social distance/social distancing に関する話題です.英語のこの2つの表現について,OED を用いて丁寧に情報を整理してもらいました.
この話題は,およそ1年前から日本国内のみならず世界中で話題にされていましたね(あれから早1年ですが,まだ「渦中」ならぬ「禍中」というのが悲しい現実です).日本語では「ソーシャル・ディスタンス」が定着した感がありますが,英語では social distancing という表現のほうが一般的です.distance という純粋な名詞というよりも distancing という動詞由来の名詞を用いることで「距離を取る」という動詞本来の動作・行為が前面化していると考えられます.ただし,いったん日本語に取り込まれれば,もともとの英語における名詞と動詞名の区別などは吹き飛んでしまうわけなので,音節数の少ない「ソーシャル・ディスタンス」のほうが好まれたということではないかと,私は理解しています.
コロナ禍に見舞われたこの1年余,言語学者もただただ巣ごもりしていたわけではありません.「#4129. 「コロナ禍と英語」ならこれしかないでしょ! --- OED の記事より」 ([2020-08-16-1]),「#4339. American Dialect Society による2020年の "Word of the Year" --- Covid」 ([2021-03-14-1]) などから分かる通り,むしろ精力的といえる仕事がなされてきましたし,Coronavirus Corpus なるコーパスも出現しているのです.このコーパスは,2020年1月から現在までのコロナ関連のニュースを集めた9億7300万語からなるコーパスです.単純検索にすぎませんが,social distance は17,180件,social distancing は243,636件がヒットしました.つまり,後者のほうが15倍近く多く用いられていることが確認されたのです.
この1年間,人類がなすべきだったことは social distancing ではなく physical distancing ではなかったのかという表現の選択に関する問題点は,早い段階から WHO も指摘しており,私自身もずっと気になっていました.しかし,上記コンテンツでも述べられている通り,social distancing のように「一度定着してしまったものを違う語に置き換えることは容易ではないの」でしょう.
本来の「形容詞+名詞」からなる名詞句 social distance/social distancing は「社会的な距離(を取ること)」という予測可能な意味をもっていたはずです.しかし,この表現は実態としてはもっぱら「物理的な距離(を取ること)」(典型的には2メートルと言われていますね)を意味します.つまり,意味的な予測可能性が減じているのです.名詞句ではなく,複合名詞という単位に近づいていると言い換えてもよいでしょう.つまり,語彙(項目)化 (lexicalisation) の例なのです.
ちなみに,social distance/social distancing は,本ブログでも,現在の感染症とは無関係に社会言語学上の用語として用いてきた経緯がああります.「#1127. なぜ thou ではなく you が一般化したか?」 ([2012-05-28-1]) と「#1935. accommodation theory」 ([2014-08-14-1]) で用いていますので,そちらも参照.
「英語を呑み込む 'tsunami'」と題するコンテンツが,昨日「英語史導入企画2021」の第11作目としてゼミ大学院生よりアップされました.英単語としての tsunami の使用について歴史的に迫る好コンテンツです.調査とインスピレーションのために使われているリソースは,Twitter に始まり,COHA (Corpus of Historical American English), GloWbE (= Corpus of Global Web-Based English), OED (= Oxford English Dictionary), 地震データベース,映画と幅広いです.内容としては,自然科学と社会科学と人文科学を融合させた総合的英語史コンテンツというべき,非常に啓発的な出来映えとなっています.まさに「英語史導入企画2021」の趣旨にピッタリ! ぜひ皆さんに読んでもらいたいと思います.
同コンテンツ内でも触れられている通り,日本語「津波」が英語 tsunami として英語に借用され,初めて用いられたのは1897年のことです.明治期には数々の日本語の単語が英語に持ち込まれましたが,この単語もその1つです(cf. 「#3872. 英語に借用された主な日本語の借用年代」 ([2019-12-03-1])).しかし,英語に借用されたからといって,必ずしも当初から頻繁に用いられていたわけではありません.コンテンツ内でも触れられているように,tsunami が「津波」を意味する一般的な語として用いられるようになったのは,つい最近のことといってもよいのです.
それまでは「津波」を意味する英単語としては tidal wave を用いるのが普通でしたし,現在でもこの tidal wave は tsunami と共存しています.しかし,よく考えてみると tidal wave というのは誤解を招きやすい表現です.「潮の(大)波」と言われれば何となく納得しそうにもなりますが,「潮」は津波とは相容れない定期的な海洋現象で,これがなぜ「津波」を意味するようになったのか判然としません.実際,Durkin (397) などは tidal wave を "misleading" と評価しています(←この箇所を教えてくれた学生に感謝!).
A special case is shown by tsunami (1897), which, since it denotes a widespread natural phenomenon, can be used freely in English without any implicit associations with Japanese (or even generalized Eastern) culture, and is now preferred by most speakers to the misleading term tidal wave.
なぜ近年になって,tsunami が tidal wave に代わり急速に用いられるようになってきたのでしょうか.これは,まさに上記のコンテンツが英語史的なアプローチにより解決しようとしている問題です.
以下は私のブレスト結果にすぎませんが,この問題に関わってきそうな他の英語学的な観点をいくつか挙げてみたいと思います.いずれも tsunami という語のインパクト・ファクターに注目する視点です.
・ 意味論的にいえば,tsunami は tidal wave の denotation こそ基本的に受け継いでいるものの,津波の強力さや恐ろしさなどを想起させる種々の connotation が加わっており,独自の存在価値をもつ語として受容されるようになってきたのではないか.
・ 形態論(語形成論)的にいえば,tidal wave のような複合語ではなく,単体語であるということ(日本語としてみれば「津」+「波」の2形態素だが)は,上記の種々の connotation を(分析的ではなく)総合的に含み込んでいることとマッチする.
・ 音韻論的にいえば,「#3949. 津波が現代英語の音素体系に及ぼした影響」 ([2020-02-18-1])」で触れたとおり,onset における /ts/ の生起は英語史的にはかなり新しい現象であり,それだけで多少なりとも異質で目立つことになる.近年の借用語であることが語頭で一発で示されることにもなる.それと連動して,語頭の綴字 <ts> も英語らしくないので,やはり借用語であることが視覚的にも一目瞭然となる.これらが当該単語のインパクトに貢献している.
・ 韻律的にいえば,おもしろいことに同じ3音節でも tídal wàve (強弱強)と tsunámi (弱強弱)は正反対である.このように韻律上の差異があることも,相対的に後者の新鮮さを浮き彫りにしているのかもしれない.
・ 社会言語学的にいえば,地質学や海洋学などの特殊レジスターに属する単語という位置づけから,一般レジスターへ進出したとみることができる.
以上,当の海洋現象は望ましくないものの英単語としては広まってしまった tsunami について,英語史・英語学してみた次第です.tsunami については「#1432. もう1つの類義語ネットワーク「instaGrok」と連想語列挙ツール」 ([2013-03-29-1]) の記事でも軽く触れています.
なお,上記の Durkin の言及について教えてくれた学生から,あわせて「Tsunami or Tidal Wave? --- 舘林信義」というウェブ上の記事も教えてもらいました.たいへん貴重な情報.多謝.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
仮定法現在の用法,いわゆる "mandative subjunctive" が現代アメリカ英語で安定的に用いられている事実について,本ブログでは通時的な観点から以下の記事で取り上げてきた.「#325. mandative subjunctive と should」 ([2010-03-18-1]),「#326. The subjunctive forms die hard.」 ([2010-03-19-1]),「#345. "mandative subjunctive" を取り得る語のリスト」 ([2010-04-07-1]),「#3042. 後期近代英語期に接続法の使用が増加した理由」 ([2017-08-25-1]),「#3351. アメリカ英語での "mandative subjunctive" の使用は "colonial lag" ではなく「復活」か?」 ([2018-06-30-1]) .
この問題について Hundt (595--97) が Brown 系コーパスを用いて行なった調査の概要を読む機会があった (cf. 「#428. The Brown family of corpora の利用上の注意」 ([2010-06-29-1])) .1930年代から1991年までの英米両変種(書き言葉)の通時比較調査である.should 使用と比べての mandative subjunctive 使用の割合は,アメリカ英語ではすでに1930年代より8割に近づく高い値を示しており,1991年にはほぼ9割に達している.一方,イギリス英語では,1930年代で2割を超える程度の値であり,その後は増加したとはいえ1991年の時点で4割弱にとどまっている.mandative subjunctive の使用については,共時的にも通時的にもアメリカ英語のほうが著しいといってよい.
Övergaard の先行研究によると,アメリカ英語での mandative subjunctive の増加は1900年から1920年にかけて起こっており,その背景としてドイツ語,フランス語,スペイン語,イタリア語など仮定法を保持している言語を母語とする中西部の移民たちの存在が指摘されている (Hundt 597) .
おもしろいのは,上記の「仮定法現在」のみならず,If I were you のような「仮定法過去」の were の残存についても,英米変種間で似たような傾向がみられることだ.イギリス英語では,1930年代には were 使用が8割ほどあったが,1990年代には5割強へと大きく減らしている.一方,アメリカ英語でも1930年代の83.4%から1990年代の74%へ落ちているとはいえ,減り幅は小さい.
いずれの事例からも,20世紀のアメリカ英語(書き言葉)が "a relatively 'subjunctive-friendly' variety" (Hundt 597) であることがわかる.
・ Hundt, Marianne. "Change in Grammar." Chapter 27 of The Oxford Handbook of English Grammar. Ed. Bas Aarts, Jill Bowie and Gergana Popova. Oxford: OUP, 2020. 581--603.
・ Övergaard, Gerd. The Mandative Subjunctive in American and British English in the 20th Century. Uppsala: Almqvist and Wiksell, 1995.
本棚を整理していたら,Early Modern English Medical Texts: Corpus Description and Studies Including a CD-Rom . . . . なる本が出てきた.ハードカバーで厚さを測ってみたら3.4cm.購入してからほとんど開いたこともなかった本だが(実際いつ買ったのだろう?),コーパスの CD-ROM がついているというので開いてみた.確かに初期近代英語期の医学テキストコーパスがついている.本のほうは,そのコーパスについての解説とコーパスを用いたケース・スタディからなっている.
今回は,まだ使ってもいないこのコーパスについて,本書の冒頭よりざっと概要を紹介する.
The Corpus of Early English Medical Texts (CEEM) is a three-part series of historical corpora of medical writing 1375--1800. The corpus was initiated about fifteen years ago at the University of Helsinki for the ongoing research project of Scientific Thought-styles: The Evolution of English Medical Writing by Irma Taavitsainen and Päivi Pahta. This project aims to gain new knowledge of the development of the language of science and medicine in a long diachronic perspective, and for this end an extensive electronic database was needed. The work has progressed in phases. The first corpus, Middle English Medical Texts (MEMT, 1375--1500), was published on CD-ROM in 2005 by John Benjamins. Early Modern English Medical Texts (EMEMT) is the second component of CEEM. The third, Late Modern English Medical Texts (LMEMT, 1700--1800), has already been initiated and will be released in due course. (Taavitsainen and Pahta, vii)
なるほど,今回注目している EMEMT は,3つからなるシリーズの第2弾で初期近代英語期 (1500--1700) の医学テキストをカバーするジャンル限定のコーパスということのようだ.450ほどのテキスト,総語数200万語からなる堂々たる歴史コーパスである.一見狭いジャンルであるかのように「医学テキスト」のコーパスと謳ってはいるが,当時の科学思考を代表するジャンルとしてみれば,その応用範囲は案外広いかもしれない.シリーズのほかの2つのコーパスとそのプロジェクトについて,CoRD (Corpus Resource Database) に解説があるということで,そちらへのリンクも張っておく.
・ Corpus of Early English Medical Writing (CEEM)
・ Middle English Medical Texts (MEMT)
・ Early Modern English Medical Texts (EMEMT)
・ Late Modern English Medical Texts (LMEMT)
目下使い途はないのだが,むりやり使い途を考えてみるというのもコーパス隆盛時代の頭の体操.考えてみたい.
・ Taavitsainen, Irma and Päivi Pahta, eds. Early Modern English Medical Texts: Corpus Description and Studies Including a CD-Rom Containing Early Modern English Medical Texts (EMEMT) Corpus Compiled by Irma Taavitsainen, Päivi Pahta, Turo Hiltunen, Martti Mäkinen, Ville Marttila, Maura Ratia, Carla Suhr and Jukka Tyrkkö.'' Amsterdam: Philadelphia: John Benjamins, 2010.
標記の -lily 副詞の話題について,最近の記事「#4268. -ly が2つ続く副詞 -lily は稀である」 ([2021-01-02-1]),「#4270. 後期近代英語には -ly が2つ続く副詞 -lily がもっとあった」 ([2021-01-04-1]),「#4271. -ly が2つ続く副詞 -lily の事例を Helsinki Corpus で検索」 ([2021-01-05-1]) で取り上げてきた.今回は,昨日の記事「#4281. ICAMET --- 中英語散文コーパス」 ([2021-01-15-1]) で紹介した ICAMET から例を集めてみる.
Perl 対応の正規表現として "\b\S+(?<!s)l[iy]l[yi](ch?)?(e(r|st)?)?\b" を検索式として与え,結果を取り出してみると111の例が挙がってきた.異綴字としてまとめると,以下の41種類である.
folily, folyly, holily, holyly, holyliche, seliliche, holili, hallyly, semlyly, lawlyly, iolily, hoolily, holylye, holylyche, fullyly, worldlyly, worldlily, wilyly, willyly, wilili, vnwortlily, vnreulili, semelily, selyly, selily, selili, sclyly, reulily, reulili, priuelyliche, li3tlyliche, iolyly, hoolyly, holilie, holiliche, hallily, folyliche, folyli, foliliche, folilich, folili
語彙項目としてまとめると,folily (40), fullyly (2), holily (41), iolily (3), lawlyly (2), li3tlyliche (1), priuelyliche (1), reulily (2), sclyly (1), seliliche (8), semlyly (3), vnreulili (1), vnwortlily (1), worldlily (2), wilili (3) となる.これまで集めてきたよりも多くの種類が出てきてくれたので,まずは今回の ICAMET の使用は成功としておきたい.
コンコーダンスラインを眺めると,近くに別の -ly 副詞(-lily ではないもの)が現われるケースが散見された.散文テキストということもあり脚韻というほどではないにせよ,一種の統語的な語呂といった要因が作用している可能性がある.いくつか例を挙げておこう(括弧内は ICAMET のファイル名).
・ And with þis wurd þis knyght was confusid, & holilie and stronglie he tuke þe ordur and vttirly forsuke all þis werld. (Alpha2)[ 固定リンク | 印刷用ページ ]
・ lyghtly and folyly to curse another. (Caxtdoc)
・ how after that they leued chastely, clenly, and holyly in thaire manere (Caxtkni)
・ pacyently and holyly without grudchyng (Caxtpro1)
・ Spoushod is a stat þet me ssel wel klenliche / and wel holylyche loki uor manie skeles (Danayen)
・ firste for to lyue holili, and after to preche trueli (Lollard)
・ Alle þat wolen lyue piteousli or holili in Crist schul suffre persecucyon. (Lollard)
・ Iff any man holily lyue & ri3twysly, Alsso warst synnars despise he nott. (Misfire)
・ whanne þei ben vnmesurably and vnreulili a3ens doom of resoun, (Pecdon1)
・ frely forgife vnto þe þinge þat þou has anese hym mysdone, folily & vnkyndely. (Rollebok)
・ þis wondyrful oned may nou3t be fulfilled parfitely, contynuelly, holyly in þis lyfe, (Rollhor1)
・ þat þay say to þame na wordes of myssawe ne vnhoneste ne of displesance vnauyssedly, / bot serue þame mekely and gladly and lawlyly; (Rollhor1)
・ and ther-for the preste muste go to that body holily and deuoutly with grete reuerence and drede, as mych as he may, (Specchri)
・ not to lyue worldlyly ne lustly ne proudely, but to lyue in bisy trauel to kepe þer sheep & wynne hem heuene; (Wyclif2)
ICAMET (= Innsbruck Computer Archive of Machine-Readable English Texts) は,約780万語(私の持っている古い Version 2.4 は約600万語ほど)からなる中英語散文コーパスである.2012年以来手元に置いていたもののほとんど活用する機会のなかったコーパスだが,同コーパスを用いた谷の論文によって思い出した次第.当時 CD-ROM で購入した有料コーパスだが,ICAMET 以外にも tagged Brown Corpus, Wall Street Journal, Switchboard tagged が含まれていた.ICAMET のファイル形式は doc と rtf で,テキストの annotation が COCOA 方式で与えられている.
中英語テキストを含むコーパスといえば代表的なものとして以下が思い浮かぶが,このラインナップに ICAMET が加わるとなかなか強力な布陣だ.
・ Helsinki Corpus (HC) の中英語部分
・ The Penn-Helsinki Parsed Corpus of Middle English, second edition (PPCME2)
・ Corpus of Middle English Prose and Verse
・ The Middle English Grammar Corpus (MEG-C)
・ The Parsed Corpus of Middle English Poetry (PCMEP)
上記コーパスにはそれぞれの特徴があるが,今回は ICAMET に注目する.まず,ジャンルとしては中英語散文のみが含まれているという点が特異である.規模については,Version 2.4 に基づいた谷 (63) によれば,次の通り.
世紀 | 12 | 12--13 | 13 | 13--14 | 14 | 14--15 | 15 | Total |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ファイル数 | 3 | 8 | 9 | 1 | 14 | 13 | 111 | 159 |
茯???? | 110,454 | 58,692 | 344,268 | 3,996 | 704,137 | 378,080 | 4,349,808 | 5,949,435 |
% | 1.9 | 1.0 | 5.8 | 0.1 | 11.9 | 6.4 | 73.1 | 100 |
先日,大学院生より教わった19世紀を中心とするイギリス文学のオンラインコーパス The CLiC web app を紹介.英文学史上,とりわけ英語小説史上とても重要な同世紀からの小説群が多く登録されている.主要な著者を挙げてみると,Anne Brontë, Anthony Trollope, Arthur Conan Doyle, Beatrix Potter, Benjamin Disraeli, Bram Stoker, Charles Dickens, Charlotte Brontë, Emily Brontë, George Eliot, Henry James, Jane Austen, John Ruskin, Joseph Conrad, Lewis Carroll, Mary Shelley, Oscar Wilde, Robert Louis Stevenson, Rudyard Kipling, Thomas Hardy, William Makepeace Thackeray と華々しい.
文体論研究を念頭においたコーパスで,作品や著者ごとにサブコーパスを選択できる.まだ本格的に使っていないが,上記インターフェースや説明書きから推察するに,例えば次のようなこともできそう.
・ Texts タブにより,テキストそのものを表示できる
・ 引用符内外のテキスト(地の文と台詞)を区別して検索対象として指定できる
・ Keywords タブにより,参照コーパスを別途設定しつつ,ある作品(群)の keywords を収集・一覧できる
・ Clusters タブにより,n-gram による共起表現の検索や計算ができる
本来は,研究テーマが先にあり,その研究に役立つコーパスが存在するか,あるいは入手可能か,という問いが生じ,その答えが Yes であれば,それをどのように使えるか具体的に考え,そして実際に使ってみるというのが基本的な手順となるだろう.一方,ある新しいコーパスを見つけたら,それはどんなコーパスで,何ができる(できない)のかを問うてみて,その上で○○な研究をする際には使えそうだな,と当たりを付けておく逆の手順も,エクササイズとして有効.
先月出版された今井著『英語独習法』が広く読まれているようだ.認知科学に基づく効果的な英語学習の指南書である.私も読了したところだが,目を引いたのは「第5章 コーパスによる英語スキーマ探索法 基本篇」と「第6章 コーパスによる英語スキーマ探索法 上級篇」である.そこでは,学習者に求められるのは受け身の学習ではなくコーパスを利用した能動的な学習であると説かれ,具体的なオンラインコーパスの利用法が伝授される.ターゲットとなる単語についてコーパスが与えてくれる頻度,共起,例文,関連語などの情報をもとに,その単語に関するスキーマを自ら習得していくことが大事である,という趣旨だ.そこで挙げられているコーパスを含めたオンラインツールのうち,無料で利用できるものを挙げておきたい(今井,259--60).
・ Weblio 英和・和英辞典
・ Cambridge English Dictionary
・ SkELL (= Sketch Engine for Language Learning)
・ COCA (= Corpus of Contemporary American English)
・ WordNet: A Lexical Database for English
本書の5,6章のほか「探究実践篇」と題する50ページを超える部分では,英語学習のみならず英語学の研究テーマとなり得る種類の話題がいくつか取り上げられており,英語学・英語史を専攻する大学生にとっても有用である.コーパスを利用した研究のヒントとなるだろう.
本書を貫くキーワード「スキーマ」は「氷山の水面下の知識」とも言い換えられている.英語の単語や表現を真に習得するためには,それを取り巻く百科辞典的な知識たる「スキーマ」を習得することが必要である.英語の単語や表現の習得のためには,確かに必要である.
(ここからは我田引水にて失礼.)一方,英語という言語を理解するためには,英語のスキーマを理解しておく必要がある.英語を取り巻く社会言語学的な環境であるとか,英語を英語たらしめてきた歴史(=英語史)に関する知識である.これは氷山の水面下にある百科辞典的な知識であり,自然には身につけることができない.やはり能動的に学んでいく必要がある.
本書を読み,英語史は「英語のスキーマ」「英語という氷山の表面化の知識」の一部を構成するものだったのだな,と気づいた次第.
・ 今井 むつみ 『英語独習法』 岩波書店〈岩波新書〉,2020年.
「#4268. -ly が2つ続く副詞 -lily は稀である」 ([2021-01-02-1]),「#4270. 後期近代英語には -ly が2つ続く副詞 -lily がもっとあった」 ([2021-01-04-1]) で取り上げてきた話題の続き.今回は Helsinki Corpus を利用して,通時的に -lily 副詞の用例を集めた.
問題の接尾辞は,古い英語では現代的な -ly のみならず,-li, -lic, -lich, -liche など様々な綴字で現われていた(cf. 「#1773. ich, everich, -lich から語尾の ch が消えた時期」 ([2014-03-05-1]),「#1810. 変異のエントロピー」 ([2014-04-11-1]),「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1])).そこで,歴史的な異綴字を広くカバーする Perl 対応の正規表現として "\B(?<!s)l[iy]l[yi](ch?)?(e(r|st)?)?\b" を設定した.これで Helsinki Corpus に検索をかけたところ,古英語からは該当例が1つも挙がってこなかったが,中英語以降からいくつかの用例が得られた.
[ M1 (1150--1250) ]
・ CMSAWLES(14658): ter hire; turne+d <P 178> ham treowliliche to wit hare lauerd. & to +teos fowr sus
[ M2 (1250--1350) ]
・ CMAYENBI(7376): te+t +tet we loki ine oure herte holylyche +tane holy gost +tet is oure wytnesse.
[ M3 (1350--1420) ]
・ CMBOETH(11516): , "see now how thou mayst proeven holily and withoute corrupcioun this that I ha
・ CMBOETH(49069): is, or elles thei scholden fleten folyly. "For whiche it es that alle thingis se
・ CMCLOUD(50919): peke +tus childly, & # as it were folily and lackyng kyndly discrecion; for I do
・ CMCTPROS(21119): surably, <P 234.C1> for they that folily wasten and despenden the goodes that th
・ CMCTVERS(35881): at moste I thynke. I have my body folily despended; Blessed be God that it shal
・ CMWYCSER(2866): eth herynne +tat God may not iuge folily ony man; and so, as oure wille ha+t ned
・ CMWYCSER(45437): kyng, he wolde not +tus reigne worldlily, ne # hym was owed no sych rewme, si+t
[ M4 (1420--1500) ]
・ CMGAYTRY(5492): +tat Haly Kirke, oure modire, es hallyly ane thorow-owte +te werlde, that es, #
・ CMGAYTRY(8961): +te thre +tat ere firste, awe vs hallyly to halde anence oure Godd, and +te Seue
・ CMROLLPS(48489): . bot be ware that +ge deme # not folily him that is goed, wenand that he be ill
・ CMROLLTR(3701): erue +tam mekely, and gladly and lawlyly, +tat +tay may wyn +tat Godde hyghte to
[ E1 (1500--1569) ]
・ CEFICT1A(24697): that some curatys that loke full holyly be but desemblers & ypocrytis. <S SAMPL
[ E2 (1570--1639) ]
・ CEBOETH2(7618): Looke how proonest thou that most holyly & without spot, that we say God is the
[ E3 (1640--1710) ]
用例なし
以上のように,Helsinki Corpus で確認する限り,歴史的にも -lily 副詞は低頻度だったようにみえるが,この段階で一般的なことを結論づけるのは控えておきたい.各時代に注目したもっと大規模なコーパスを利用し,頻度をとった上で結論づける必要があるだろう.
これまで数回にわたって「-ly が2つ続く副詞 -lily」問題について考えてきたが,語源・語形成の観点から1つ留意しておくべき点がある.今回あるいはこれまでの記事で例示してきた副詞のうち follily, holily, jollily, melancholily, oilily, sillily 等については,外側の -ly を取り除いた後に基体形容詞の末尾に残る -ly は,実は形容詞を作る接尾辞 -ly そのものではなく,語幹の一部だったり,あるいはそれに別の接尾辞 -y が付随したものだったりする.このような語源的組成も -lily 副詞の許容可能性に影響してくるものと疑われるが,どうだろうか.今後も考え続けていきたい.
「#4268. -ly が2つ続く副詞 -lily は稀である」 ([2021-01-02-1]) の記事で,接尾辞 -ly が2つついて -lily の形態を示す副詞が,現代英語においては稀であることを確認した.調音上の都合による haplology (重音脱落)の効果とみてよいだろう.
しかし,古い英語においても同じ「調音上の都合」が効いていたかどうかは別途調べなければならない.というのは,中英語テキストを読んでいると,-lily のような副詞に出会うことがままあるからだ.歴史の過程で haplology を経た形態が一般的になってきたのではないかと,私は疑っている.
まずは,現代の直近の時代である後期近代英語について調べてみたい.同時期のコーパス CLMET3.0 に登場してもらおう.このコーパスに対して,(いろいろ試行錯誤した挙げ句にたどりついた)"\B(?<!s)l[iy]l[yi](ch?)?(e(r|st)?)?\b" という Perl 対応の正規表現にて検索をかけてみた.その結果を,3つの時期ごとに整理したのが以下である.
・ 第1期(1710--1780年): surlily (11 times), livelily (3), sillily (2), immortalily (1), jollily (1) --- total 18 examples
・ 第2期(1780--1850年): surlily (13), holily (3), jollily (2), sillily (2), lovelily (1) --- total 21 examples
・ 第3期(1850--1920年): sillily (2), surlily (2), jollily (1), melancholily (1), lovelily (1), oilily (1), statelily (1) --- total 9 examples
前回の記事 ([2021-01-02-1]) で示した現代英語の BNCweb から取り出した事例と比べてみると分かるように,後期近代英語期にも -lily として現われる副詞の種類には緩い傾向がありそうだ.jollily, sillily, surlily などは低頻度ながらも,どの時期にも現われている.
約1億語からなる BNCweb から取り出せたのは実質的に15例,約3,400万語からなる CLMET から取り出せたのは48例.この単純な調査と比較だけで一般的に結論づけることはできないが,後期近代英語期では現代英語期よりも -lily 副詞が現われていた(許容されていた?)ようにみえる.
昨日の記事 ([2020-12-28-1]) に引き続き続き,入門書などのタイトルに用いられる標記の表現について.昨今の本では定番文句となっているが,その走りがいつだったのか気になってきた.いくつかの歴史コーパスでざっと調べてみたが,そのうち2つを紹介.
まず現代にほど近い時期から.後期近代英語のコーパス CLMET3.0 で検索してみると,第3期 (1850--1929) から "Atheism made easy" が挙がってきた.さらにさかのぼって第1期 (1710--1780) からも Farriery made Easy なる例が得られた.
となれば,もっと早い時期の例を求めて初期近代英語期の EEBO corpus に当たってみたくなる.そこで探し出したのが,Thomas Edwards (1599--1647) なる著者が1644年に出した "Antapologia, or, A full answer to the Apologeticall narration of Mr. Goodwin, Mr. Nye, Mr. Sympson, Mr. Burroughs, Mr. Bridge, members of the Assembly of Divines wherein is handled many of the controversies of these times, viz. ... : humbly also submitted to the honourable Houses of Parliament" という本だ.(当時の本は,タイトルというよりは説明書きというべき,このように長いものが多い).その一部を引用する.
dialling made easy: or, tables calculated [.] # for the latitude of oxford, (but will serve without sensible difference for most parts of england:) by the help of which, and a line of chords, the hour-lines may quickly and exactly be described upon most sorts of useful dials: [.] # with some brief directions for making two sorts of spot-dials:
EEBO から取り出したこの文脈は完全なものではなく,明確には分からないところもあるのだが,dialling は日時計・羅針盤による時間測量の技術のことのようだ.すでに当時より XXX Made Easy が現代のような定番文句になっていたかどうかは怪しいにせよ,その走りの1例とみることはできるのかもしれない.
さらに中英語までさかのぼってみようと思ったが,ここで時間切れ.ここまででも十分にさかのぼった感あり.
アメリカ式綴字 color とイギリス式綴字 colour をめぐる問題について,本ブログでは何度も取り上げてきた.綴字の米英差の代表例としてよく知られており,分かりやすい問題であるということもあるが,英語史的には意外と深掘りできる魅力的な問題だからでもある.
しかし,最も基本的な事実確認 --- 現代のアメリカ英語とイギリス英語で color と colour の各々の分布はどうなっているのかの調査 --- を行なわずいたことに気づいた.ということで,今回は現代アメリカ英語の代表的コーパス COCA と,イギリス英語の BNCweb で調べてみることにした.colo(u)r の屈折形,派生語,複合語を含めて網羅的に行なうのが理想だが,今回はレンマ検索を利用して,colo(u)r, colo(u)rs, colo(u)red (以上は屈折形として), colo(u)rful, colo(u)rless, discolo(u)r の6種類の語形の取り出しにとどめた.
COCA による <color> と <colour> の頻度 | |||
語形 | <or> | <our> | <or> 比率 |
COLOR | 124,778 | 4,792 | 0.9630 |
COLORS | 33,225 | 1,886 | 0.9463 |
COLORED | 5,553 | 179 | 0.9688 |
COLORFUL | 10,871 | 412 | 0.9635 |
COLORLESS | 1,000 | 57 | 0.9461 |
DISCOLOR | 110 | 0 | 1.0000 |
BNCweb による <color> と <colour> の頻度 | |||
語形 | <or> | <our> | <our> 比率 |
COLOR | 115 | 11,332 | 0.9900 |
COLORS | 24 | 4,396 | 0.9946 |
COLORED | 14 | 2,432 | 0.9943 |
COLORFUL | 6 | 1,093 | 0.9945 |
COLORLESS | 4 | 166 | 0.9765 |
DISCOLOR | 1 | 19 | 0.9500 |
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