hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 / page 3 (3)

geolinguistics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-09-17 10:36

2013-07-15 Mon

#1540. 中英語期における言語交替 [reestablishment_of_english][language_shift][geolinguistics]

 昨日の記事「#1539. ethnie」 ([2013-07-14-1]) で「エスニー」という言語地理学の概念と用語を導入したが,これは言語交替 (language shift) の問題を取り扱う上でとりわけ重要である.個人やその集団を,一方では母語が何であるかに焦点を当てるエスニーという観点から,他方では民族という観点から分類し,その組み合わせやその変化を動的にとらえると,言語交替を有効に記述することが可能になる.
 ブルトン (54) は,ウクライナ人,ロシア人,ウクライナ語,ロシア語の間に生じている言語交替を例にとって図式化を試みているが,ここでは応用編として中英語期にイングランド人,フランス(ノルマン)人,英語,フランス語の間で生じていた言語交替を図示しよう.

Language Shift in ME (Table)

 大文字 E, F はそれぞれの民族を表わす記号,小文字 e, f はそれぞれの言語を表わす記号である.この組み合わせの種類と変化により,言語交替の段階が記述される.左上の Ee は,英語のみを話していたイングランド人を表わす.中英語期の大多数の庶民が,ここに属する.しかし,上位のフランス語と接する機会の多い中流階級などに属するイングランド人は,フランス語を第2言語として習得し,Eef のバイリンガルとなっていった.理論的には,さらに段階が進めば,英語とフランス語の習得の順序が逆転し,フランス語が第1言語として,英語が第2言語として習得されるという状況,すなわちイングランド人による英語文化の放棄という方向へ進んでいたかもしれないが,実際にはそこまでには至らなかった.
 では,ノルマン征服後,イングランドへやってきたフランス(ノルマン)人の言語交替はどのように進んだか.まずは,彼らは第1言語としてのフランス語しか操らない右下の Ff として分類される.だが,12世紀以降,徐々に英語がイングランド社会で復権してゆくにつれ,彼らのなかには英語を第2言語として習得するものも現われるようになった(Ffe の段階).さらに英語化が進んでゆくと,英語を第1言語,フランス語を第2言語として習得するものが現われ(Fef の段階),最後に英語のモノリンガルになっていった(Fe の段階).これが,中英語期に実際に起こったフランス人の英語文化受容の流れである.中世イングランドでは,以上のように,英語とフランス語のあいだでイングランド人とフランス人による言語交替が進行していたのである.
 言語交替の方向と拡散力は,1言語使用者と2言語使用者の数の比で決まる.ブルトン (70) によれば,拡散指数とは,第2言語としての話者数を第1言語としての話者数で割った値である.中世イングランドで考えると,征服後しばらくの間はフランス語を第2言語として習得するイングランド人(分子)が増加したために,全体としてフランス語の拡散指数も大きくなった.つまり,それなりにフランス語の拡散力があったということである.しかし,後に英語の復権が進むにつれ,英語を第2言語として習得するフランス人(分子)の数が上回るようになり,むしろ英語の拡散指数のほうが大きくなった.
 上の図式には通時的な次元が直接には表わされていないが,先に英語からフランス語への言語交替という弱い潮流があり(上段の左から右への2本の矢印),次にフランス語から英語への言語交替という強い潮流(下段の右から左への3本の矢印)が生じたということを念頭に解釈すると,わかりやすいだろう.あわせて,以下の図も参照.

 Language Shift in ME (Figure)

 ・ ロラン・ブルトン 著,田辺 裕・中俣 均 訳 『言語の地理学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1988年.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-07-14 Sun

#1539. ethnie [sociolinguistics][geolinguistics][terminology]

 人種,部族,民族,国家,言語などの相互関係は複雑である.この複雑な蜘蛛の糸を解きほぐしたり,どのように絡まっているのかを考察するのが社会言語学の仕事だが,そのためにはそれぞれの概念に対応する人間集団を表わす表現が必要である.ある人種の成員,部族の成員,民族の成員,国家の成員というのは理解しやすいが,言語の成員という言い方はない.言語の話者集団の成員とか言語共同体の成員と呼ぶことはできるが,もっと端的な表現が欲しい.そこで,エスニー (ethnie) という術語が生み出された.ブルトン (51) によれば,エスニーという呼称は,以下の集団に対して与えられるべきである.

言語学的単位であることをその特徴とし,発生の起源や人類学的等質性による集団(人種)とは異なるもの,次に親族関係による結びつき(氏族,部族)でもなく,また文化的特徴の複合体(民族)でも政治的特徴の複合体(国民)でもないような集団に対してである.厳密な意味でエスニーは,言語学者や民族学者の言う《共通母語集団 (G.L.M.)》,もう少し曖昧ないい方では《民族言語集団》もしくは《言語共同体》と同じものである.したがってエスニーとは,その人類学的起源や地理的状況や政治的属性がどうであれ,同じ母語をもつ個々人の集合体ということになる.


 了解さえしていれば共通母語集団 (G.L.M. = "groupe de langue maternelle") や言語共同体という呼称でもよいが,「エスニー」という表現で概念をカプセル化してしまえば確かに便利である.これにより,従来,「英語母語話者集団」と訳されてきた "native (or L1) speakers of English" は「英語エスニー」と端的に訳すことができる.
 厳密な定義ではエスニーはある言語を母語として話す集団を指すが,第2言語としての話者集団をも含めた緩い定義で用いることもできるかもしれない.ただし,その場合にも母語話者なのか非母語話者なのかを分けるのが適切なことがあるだろう.ブルトン (52) は,前者を ethnophone (母民族語話者),後者を allophone (非母民族語話者)と呼んでいる.この用語によれば,"native (or L1) speakers of English" は「英語エスノフォンヌ」,"L2 speakers of English" は「英語アロフォンヌ」と呼ぶことができる.そして,両者合わせた "speakers of English" は,緩い意味での「英語エスニー」として呼ぶことができる.
 異なるエスニー間の言語活動や社会言語学的状況について異同を調べるといった,言語地理学の課題に対するアプローチから生まれた概念であり用語である.便利に利用できそうだ.

 ・ ロラン・ブルトン 著,田辺 裕・中俣 均 訳 『言語の地理学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1988年.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2012-12-01 Sat

#1314. 言語圏 [linguistic_area][phonetics][borrowing][world_languages][geolinguistics]

 昨日の記事「#1313. どのくらい古い時代まで言語を遡ることができるか」 ([2012-11-30-1]) で,言語圏 (linguistic area) という考え方を導入した.今日は,これについてもう少し説明を加えたい.
 地理的に隣り合う言語どうしが長いあいだ接触し続けると,言語特徴が互いに似通ってくるのではないかと想像することができる.多くの言語特徴が束になって言語境界を越えて往来し,結果的に周辺の言語がまとまった類似性を示すということがあるだろう.このようにして生じたと想定される地理空間のことを,言語圏と呼んでいる."linguistic area" のほか,"Sprachbund", "diffusion area", "adstratum", "convergence area" などとも呼ばれることがある.言語圏という概念は,借用されやすい語彙よりも,とりわけ音声や文法において顕著な類似性が見られる場合に言及されることが多い.
 よく知られている言語圏としては,昨日の記事で触れたインド諸語に関する South Asian (or Indian subcontinent) linguistic area のほか,Balkan linguistic area, Baltic linguistic area, Ethiopian linguistic area, Mesoamerican linguistic area, Northwest coast (of North America) linguistic area などが挙げられる.とりわけ Balkan linguistic area は有名である.バルカン半島には, いずれも印欧語族には属するが,Serbo-Croatian, Macedonian, Bulgarian (Slavic) ,Romanian (Italic),Greek (Hellenic), Albanian (Albanian) など異なる語派の諸言語がひしめき合っている.系統的には互いに遠いといってよいが,何世紀ものあいだ隣接して暮らしてきたことにより,いくつかの共通の特徴をもつにいたった.これらはバルカン的特徴 (Balkanisms) と呼ばれている.バルカン的特徴は,たとえ系統的には近い関係であっても圏外の諸言語には観察されない特徴である.その1つとして,Albanian, Bulgarian, Macedonian, Romanian に共通して見られる冠詞の後置を挙げておこう.他のヨーロッパ諸語で冠詞の後置をおこなうのは地理的に遠く離れた北欧諸語のみであるから,バルカン言語圏を想定しない限り,この特徴は説明できない.
 もう1つ有名なのは,南アフリカで話されている Sotho, Zulu, Xhosa などの Bantu 諸語や,Bushman, Khoikhoi などの Khoisan 諸語にまたがって行なわれている舌打ち音 (click) である.世界の言語のなかでも非常に珍しい発音であり,これが1地域の諸言語に共通して用いられているのは偶然とは考えられない.[2012-03-17-1]の記事で取り上げた「#1055. uvular r の言語境界を越える拡大」も言語圏に関する話題である.
 以上,主としてトラッドギル (188--93) を参考にして執筆した.

 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.
 ・ P. トラッドギル 著,土田 滋 訳 『言語と社会』 岩波書店,1975年.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2012-03-15 Thu

#1053. 波状説の波及効果 [wave_theory][geography][dialect][sociolinguistics][rhotic][lexical_diffusion][geolinguistics]

 言語変化は波状に周囲に伝わって行くという波状説 (the wave theory; Wellentheorie) や方言周圏論について,「#999. 言語変化の波状説」 ([2012-01-21-1]) ,「#1000. 古語は辺境に残る」 ([2012-01-22-1]) ,「#1045. 柳田国男の方言周圏論」 ([2012-03-07-1]) の記事で取り上げてきた.波状説は,比較言語学の前提としていた the family tree model に対する反論として提唱されたものだったが,言語の変化にも他の文化の伝播と同様に地理的な側面があるという,今考えてみればもっともな主張に学問上の立場を与えたという点が評価される.
 波状説は,言語変化の伝播についての様々な側面に光を当ててきた.以下に,波状説が言語変化の研究に与える波及効果や含蓄について,私の考えるところを挙げよう.

 (1) 「古語は辺境に残る」 (archaism in marginal areas) の原則を打ち立て,方言研究に弾みを与えた.
 (2) 言語変化の伝播の地理的側面についての諸説を生み出す母体となった.例えば,波状説に対する the gravity model や,その the gravity model に対抗する the counterhierarchical model,政治的境界が及ぼす border effect など.広く言語地理学 (linguistic geography) の発展に貢献した.
 (3) 波状説の原理は,地理方言レベルの伝播だけでなく社会方言レベルの伝播にも応用できる可能性がある.例えば,[2010-06-07-1]の記事「#406. Labov の New York City /r/」で紹介した調査で,社会経済的な階層の下から上に向かって(最上は別として) /r/ の比率が高かった事実は,rhotic 発音が階層を縫って波状に広がっているのではないかという仮説を支持する.
 (4) 語彙拡散 (lexical diffusion) は,本来,地理的側面は関係なく,語彙体系のなかを縫うように進む音韻変化を説明する理論として提唱されたが,地理的な波状説とも類似性があるように思われる.波紋の半径が2倍,3倍と拡がればそれぞれ面積は4倍,9倍と大幅に拡大するように,語彙拡散でもある段階で勢いがつき "take-off" すると,拡大の速度が急激に上がり,語彙の大半を一気に呑み込む.

 波状説が言語変化の地理的拡大の唯一の型ではないことは知られているが,(2) で述べたように,言語変化の研究に地理的空間という次元を取り戻した功績は大きい.Britain は,その論文の冒頭で,現在でも社会言語学において地理的空間の次元への関心は乏しいと指摘している.

The geographical dimension of space has been an almost wholly unexplored dimension in sociolinguistics. This is a somewhat surprising state of affairs since modern sociolinguistics can rightfully claim roots in a number of (seemingly) spatially-aware antecedents: the cartographic tradition of early dialectology, early linguistic anthropology, the cultural geography of Vidal de la Blache . . . and so on. Almost without exception, and rather than having been critically explored as a potential social variable, space has been treated as a blank canvas onto which sociolinguistic processes are painted. It has been unexamined, untheorised and its role in shaping and being shaped by language untested.


 地理的空間を言語変化拡大のカンバスとしてではなく絵の具としてとらえる観点を育てていく必要がある.

 ・ Britain, Dave. "Geolinguistics and Linguistic Diffusion." Sociolinguistics: International Handbook of the Science of Language and Society. Ed. U. Ammon et al. Berlin: Mouton de Gruyter, 2004.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2011-11-24 Thu

#941. 中英語の言語変化はなぜ北から南へ伝播したのか [geography][me][wave_theory][geolinguistics][3sp]

 古英語後期から中英語初期をへて中英語後期に至るまで,多くの言語変化がイングランドの北から南,より正確には北東から南西へと伝播していった.人称代名詞の sheshe を参照)や they[2011-04-10-1]を参照)の普及,3単現の -s の拡大,複数形の -s (Hotta の研究を参照)の伸長,古ノルド語からの多くの語彙の借用,そして英語史上最大の変化と言えるかもしれない屈折の水平化や文法性の消失も,北部・東部の方言が牽引した.現代のイギリス標準英語にかつての北部や東部の方言の痕跡が色濃いのは,中英語期に見られたこの「方向性」ゆえである.
 しかし,なぜ北から南という方向なのか,伝播の原動力は何なのかという問題は,謎である.言語地理学 (linguistic geography or geolinguistics) では,言語変化は波紋状に伝播するという the wave theory が古くから唱えられている.それによれば,イングランドという池の北部に大きな石が投げ込まれ,その余波が何重もの波紋を描いて徐々に周囲へ,特に南部へと広がって行った,と説明できる.実際に,上記の諸変化は,概ね波状理論の示すとおりに伝播していったことが知られている(少なくとも,複数形の -s の伝播については拙著で確認した).だが,投げ込まれた石がなぜこれほどまでにエネルギーをもったのかが不明である.社会言語学では,通常,そのようなエネルギーは社会的に影響力のある地域(典型的には都市部)に発し,そこを起点として余波が地方へと伝播してゆくものと考えられており,南部のロンドンから北部の田舎へという方向ならば理解できるのだが,事実は逆である.なぜなのか.
 この問題については拙著 (175) でも言及しているが,そこで引用した Thomason and Kaufman (274) からの一節を紹介しよう.

Until about 1225 innovations starting in the South were spreading northward (e.g., /aː/ > /oə/, 'ɣ' > w/y), after 1250 practically all innovations in English were starting in the North and spreading southward (e.g. lengthening of short stressed vowel in open syllable, dropping of final unstressed schwa, degemination, spread of third person singular present tense -es at the expense of -eth). No explanation (except that York, England's second city, is located in Deira) can as yet be offered for why the North should have been so influential on the Midlands and South from 1250 to 1400, since it was much poorer than the rest of England, and was constantly being raided by the Scots, with whom the Northerners (ruefully, one supposes) shared a dialect.


 他所で,Thomason and Kaufman (289) は,Sawyer (174--75) を参照しながら次のようにも述べている.

. . . there was a great growth of quite profitable sheep-farming at the hands of Norse-origin or even Norse-speaking entrepreneurs in the eleventh century in the Lincolnshire Wolds (which lie in Lindsey, the major town being Louth) and in the Yorkshire Wolds (which lie in the East Riding of Yorkshire part of Deira, the major town being Bridlington), which lie right across the Humber from each other . . . .


 こうした議論を受けながら,私は拙著 (175) において,しどろもどろに次のような意見を述べるにとどまった.

I cannot offer a strong alternative, but it is possible that as carriers of Norsified English in the North and East passed innovative linguistic features to neighbouring areas through person-to-person communication, the receiving areas willingly picked up the Norsified features as "faddish." For the time being, however, I would like to leave this question open.


 この問題について最近 O'Neil (266) に見つけた別の意見を紹介しておこう.

Now why the northern Middle English system became that of all England is not at all clear. . . . After the return to English as the language of the English realm there may have been a (mistaken, note) feeling that it was in the north that real English resided, thus leading to it becoming the accepted model toward which the rest of England moved. This is an explanation of sorts, albeit not a very satisfactory one (1).


 引用最後の (1) は脚注への参照で,その脚注には以下のようにある.

(1) It is, however, difficult to reconcile this explanation --- such as it is --- with the general London antipathy toward the northern dialects of Middle English. (266)


 謎は深まる一方である.

 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
 ・ Sawyer, P. H. The Age of the Vikings. 2nd ed. London: Edward Arnold, 1971.
 ・ O'Neil, Wayne. "The Evolution of the Germanic Inflectional Systems: A Study in the Causes of Language Change." Orbis 27 (1980): 248--86.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow