言語学・韻律論における休止 (pause) あるいは休止現象 (pausal phenomena) とは,話者が発話の途中におく無音区間である.生理学的な観点からみれば,休止は発話中の息継ぎのために必要な時間とも言えるし,次の発話のための準備の時間とも言えるだろう.言語学的な観点からみると,言語音が発せられないのだから何も機能を果たさないかのように考えられそうだが,それは誤りである.黙説や無言が修辞的な効果をもちうるように,休止もまた言語学的な機能を果たす.
佐藤 (57) によれば,休止とは「話し手にとって,プロミネンスと連動して効果をあげるための無音区間であり,聞き手にとって,聴取した内容を整理し,記憶を強化するために必要な時間」と定義される.この定義では,休止が話し手の産出,聞き手の理解に重要な役割を果たしていることが明示されている.統語上,意味上,談話上のプロミネンス(卓立)を標示するのを前後からサポートする機能といえるだろう.
休止のもつもう1つの言語学的機能は,文法的な境界を標示することである (Crystal 355) .話者は,文の構造上の切れ目で休止を入れることにより,聞き手の分析にかかる負担を減らしてあげることができる.Crystal はこの機能を juncture pause と呼んでいるが,橋本萬太郎の用語でいえば「#976. syntagma marking」 ([2011-12-29-1]) に相当するだろう.この機能は強勢や抑揚など他の韻律的な手段によっても実現されうるのだから,休止も,音声上はゼロであるとはいえ,これらの手段と同列に位置づけるのが妥当だろう.
また,通常の発話では一語一語の間に休止を入れているわけではないが,潜在的にはどの語境界(場合によっては形態素境界)にも休止を置くことができるので,語 (word) を同定する潜在的機能をもっているともいえる.これは potential pause と呼ばれる.この概念は,語の内部で休止を置くことが絶対にできないということを含意するものではないが,語の内部よりは語の境界で休止するほうがずっと普通であることは間違いない.語(の境界)を定義するということは言語学上の最大の難問の1つだということを「#910. 語の定義がなぜ難しいか (1)」 ([2011-10-24-1]),「#911. 語の定義がなぜ難しいか (2)」 ([2011-10-25-1]),「#912. 語の定義がなぜ難しいか (3)」 ([2011-10-26-1]),「#921. 語の定義がなぜ難しいか (4)」 ([2011-11-04-1]),「#922. 語の定義がなぜ難しいか (5)」 ([2011-11-05-1]) の記事で扱ってきたが,休止という「言語らしくない」現象がこの問題に鍵を与えてくれるというのが興味深い.
休止がより長く,より意図的に置かれると,それは談話的・修辞的な意味を帯び始め,黙説や無言というカテゴリーへ移行するだろう.ここでは考察を割愛するが,改めて論じるべき休止のもう1つの言語学的な機能である.
なお,広い意味での休止は,文字通りの無音のもの (silent pause) だけでなく,ah や er などのつなぎ語 (filler) として実現される有音の休止 (filled pause) も含みうる.filled pause は,上述の構造的な機能 (juncture pause) からは少なくとも部分的に独立しており,もっぱら躊躇を示すので,区別して hesitation pause と呼ぶこともある.
・ 佐藤 武義(編著) 『展望 現代の日本語』 白帝社,1996年.
・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
言語学において韻律 (prosody) とは,超分節的 (suprasegmental) な種々の音声特徴のことを指す.以下に,6種類を列挙しよう (Crystal 73--74) .
(1) pitch, tone, intonation などの音の高低は,以下に詳しく見るように,広く言語的な目的に利用されている.
(2) stress, loudness, accent などの音の強弱は,英語では語の強勢などに現れる.accent はしばしば stress と同一視されるが,厳密には高低 (pitch) と強弱 (stress) とを組み合わせた韻律的特徴である.
(3) tempo などの音の速度は,速くすれば緊急や苛立ち,遅くすれば思慮深さや強調などが含意される.
(4) rhythm や beat は,pitch, stress, tempo を組み合わせた韻律的特徴で,言語間の変異が著しい.英語のように強勢が等間隔で現れる stress-timed rhythm,日本語のように音節が等間隔で現れる syllable-timed rhythm などの区別がある.
(5) pause, silence などの休止もある種の意図や感情を表わすのに用いられる.
(6) timbre(音色・声色)は感情表現には資するものの,言語を言語たらしめる慣習的な性質や対立的な性質が認められないので,言語的というよりはパラ言語的 (paralinguistic) な特徴というべきである.
このうち,言語においてとりわけ差異的・関与的である (1)--(4) をまとめて,韻律的特徴 (prosodic features) と呼んでいる.では,これらの韻律的特徴の機能は何か.様々な機能があるが,8つを挙げよう (Crystal 76--78) .
(i) 感情を表わす.興奮,退屈,驚き,友好,慎みなど多くの感情を伝える.
(ii) 文法構造を標示する.音の高低や休止などにより,文法的な差異を作り出す.例えば,英語や日本語など,多くの言語で平叙文と疑問文とを区別するのに,それぞれ下がり調子と上がり調子の intonation をもってする.関連して,「#976. syntagma marking」 ([2011-12-29-1]) を参照.
(iii) 語に形を与える.語の強勢位置に関する規則をもつ言語では,語の同定に関与する.そのような規則をもたない英語のような言語でも,「#926. 強勢の本来的機能」 ([2011-11-09-1]) でみたように,言語的な機能を果たす.
(iv) 語の意味を区別する.世界の言語の半数以上を占める声調言語 (tone language) では,音調が語(の意味)を区別する役割を果たしている.日本語の「箸」「橋」「端」の差異を参照.また,日本語を含め多くの言語が声調を利用している.
(v) 意味に注意を引く.文中のある語句に韻律的な卓越を与えることによって,情報の新旧を示す談話的な機能を果たす.
(vi) 談話を特徴づける.ニュース報道,実況放送,説教,講義などはそれぞれ特有の韻律を示す.
(vii) 学習を助ける.リズム感のよい語呂などを利用すると,暗記や学習が容易になる.したがって,韻律的特徴は,言語習得においても重要な役割を果たす.
(viii) 個人を同定する.韻律は,話者の社会言語学的な所属や話者の用いる使用域 (register) を指示する (indexical) 機能をもつ.
言語における韻律はしばしば旋律や音楽と比較されるが,両者は2つの点で決定的に異なる.第1に,音楽は繰り返されることを前提として作られるが,言語については通常そのような前提はない.第2に,音楽は固定周波(絶対的な音調)に基づいて演奏されるが,言語の韻律は相対的なものである.
・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.
[2013-05-19-1], [2013-06-02-1], [2013-06-03-1]の記事を受けて,再び taboo の言語学的意義について.Brown and Anderson の言語学事典の "Taboo: Verbal Practices" の項を読み,taboo の言語学的な側面に新たに気付いたので,3点ほどメモしておく.
(1) 南アフリカの Sotho 語においては,女性が義理の父親の名前を口にすることは禁じられている.このような taboo は,Papua New Guinea の Kabana 語など他の言語にも見られる現象である ([2013-05-19-1]) .さて,この義父の名前が「旅人」を意味する Moeti だった場合,普通名詞としての moeti (旅人)も忌避されるようになるが,さらに eta (旅する),leeto (旅(単数)),maeto (旅(複数)),etala (訪れる),etile (旅した(完了形)),etisa (訪れさせる),etalana (互いに訪れ合う)など,その女性にとって忌避すべきと感じられるほどに十分な形態的関連がある一連の語句もともに忌避されるようになる.ここでは単なる音声的な類似以上に,形態的な関連というより抽象的,文法的なレベルでの類似性が作用していることになる.
(2) 同じく Sotho 語の例で,上記のような女性は,taboo とされている語を口にすることは許されないが,文字で書くことは許される.これは,書き言葉が話し言葉よりも間接的な機能を果たしていることを示唆する.各媒体のもつ語用論的な機能の差異を示す例として,興味深い.
(3) 中国語や日本語では,「死」との同音により「四」を忌み嫌う.部屋番号や祝いの席で四の数を避けるということは広く行なわれている.日本語の「梨」も縁起の悪い「無し」を連想させるとして,「有りの実」と言い換えることは「#507. pear の綴字と発音」 ([2010-09-16-1]) で見たとおりである.これらの背景には,同音異義という語彙の問題がある.同音異義は,程度の差はあれあらゆる言語に見られ,必ずしも taboo を招く間接的な要因となっているわけではないが,中国語や日本語に特に同音異義が多い点は指摘しておく必要がある.また,中国語の「死」と「四」は分節音としては同一だが声調は異なるということ,日本語の「梨」と「無し」もアクセントは異なるということは,同音異義の関連づけに際して,超分節的な韻律よりも分節音のほうが重視される傾向があるということを示唆する.これは,音韻や韻律の属する階層という理論的な問題に関わってくるかもしれない.
なお,Brown and Anderson の記事についている taboo に関する書誌は有用.
・ Brown, E. K. and Anne H. Anderson, eds. Encyclopedia of Language and Linguistics. 2nd ed. Elsevier, 2006.
昨日の記事[2012-06-08-1]に続いて,binomial (2項イディオム)の構成要素の順序と音声的条件の話題.昨日は「1音節語 and 第1音節に強勢のある2音節語」という構成の binomial が多く存在することを見た.この著しい傾向の背景には,強弱強弱のリズムに適合するということもあるが,Bolinger の指摘するように,「短い語 and 長い語」という一般的な順序にも符合するという要因がある.もっとも典型的な長短の差異は2要素の音節数の違いということだが,音節数が同じ(単音節の)場合には,長短の差異は音価の持続性や聞こえ度の違いとしてとらえることができる.Bolinger の表現でいえば,"openness and sonorousness" (40) の違いである.
分節音を "open and sonorous" 度の高いほうから低いほうへと分類すると,(1) 母音,(2) 有声持続音,(3) 有声閉鎖音・破擦音,(4) 無声持続音,(5) 無声閉鎖音・破擦音,となる.この観点から「短い語 and 長い語」を言い換えれば,「openness and sonorousness の低い語 and 高い語」ということになろう.Bolinger (40--44) は,現実には存在しない語により binomial 形容詞をでっちあげ,構成要素の順序を替えて,英語母語話者の被験者にどちらが自然かを選ばせた."He lives in a plap and plam house." vs "He lives in a plam and plap house." のごとくである.結果は,統計的に必ずしも著しいものではなかったが,ある程度の傾向は見られたという.
でっちあげた binomial による実験以上に興味深く感じたのは,p. 40 の注記に挙げられていた一連の頭韻表現である(関連して,[2011-11-26-1]の記事「#943. 頭韻の歴史と役割」を参照).flimflam, tick-tock, rick-rack, shilly-shally, mishmash, fiddle-faddle, riffraff, seesaw, knickknack. ここでは,2要素の並びは,それぞれの母音の聞こえ度が「低いもの+高いもの」の順序になっている.この順序については,phonaesthesia の観点から,心理的に「近いもの+遠いもの」とも説明できるかもしれない (see ##207,242,243) .
音節数,リズム,聞こえ度,頭韻,phonaesthesia 等々,binomial という小宇宙には英語の音の不思議がたくさん詰まっているようだ.
・ Bolinger, D. L. "Binomials and Pitch Accent." Lingua (11): 34--44.
同じ形態類の2語から成る表現を (2項イディオム)と呼ぶ.##953,954,955 の記事では,押韻に着目して数々の binomial を紹介した.binomial は "A and B" のように典型的に等位接続詞で結ばれるが,構成要素の順序はたいてい固定している.必ずしもイディオムとして固定していない場合にも,傾向として好まれる順序というものがある.なぜある場合には "A and B" が好まれ,別の場合には "D and C" が好まれるのだろうか.音節数や音価など,特に音声的な条件というものがあるのだろうか.
Bolinger は,現代英語の傾向として「短い語 and 長い語」の順序が好まれることを指摘している.この長短の差は,典型的に音節数の違いとして現われる.その典型は「1音節語 and 第1音節に強勢のある2音節語」である.名詞を修飾する形容詞の例をいくつか挙げれば,a bows-and-arrows project, cold and obvious fact, drum-and-bugle corps, floor-to-ceiling window, fresh and frisky pups, furred and feathered creatures, a red and yellow river, strong and bitter political factor, up-and-coming writer などがある (Bolinger 36) .他にも例はたくさんある.
black and sooty, blue and silver, bright and rosy, bright and shiny, bruised and battered, cheap and nasty, cloak and dagger, drawn and quartered, fast and furious, fat and fulsome, fat and sassy, fine and dandy, fine and fancy, free and easy, full and equal, gay and laughing, grim and weary, hale and hearty, high and handsome, high and mighty, hot and bothered, hot and healthy, hot and heavy, hot and spicy, lean and lanky, long and lazy, low and lonely, married or widowed, plain and fancy, poor but honest, pure and simple, rough and ready, rough and tumble, slick and slimy, slow and steady, straight and narrow, strong and stormy, tried and tested, true and trusty, warm and winning, wild and woolly
一覧してすぐにわかるが,いずれの binomial も強弱強弱の心地よいリズムとなる.もちろん tattered and torn, peaches and cream, merry and wise, open and shut, early and later などのように,強弱弱強となる binomial もあるにはあるが,例外的と考えてよさそうだ.
この「1音節語 and 第1音節に強勢のある2音節語」という順序の傾向について,Bolinger (36--40) は母語話者の実験によっても確認をとっている.イディオムというほどまでには固定されていない2項について,"A and B" と "B and A" の並びを両方示して,どちらがより自然かを母語話者に選ばせるという実験である.いくつかの条件で実験を施したが,傾向は明らかだった.binomial において,prosody の果たしている役割は大きい.
・ Bolinger, D. L. "Binomials and Pitch Accent." Lingua (11): 34--44.
言語において強勢の機能は何か.Martinet (105--06) によれば,それは複数あるが,最も基本的な機能は "contrastive" あるいはより正確に "culminative" であるという.拙訳とともに,関連箇所を引用する.
La fonction de l'accent est essentiellement contrastive, c'est-à-dire qu'il contribue à individualiser le mot ou l'unité qu'il caractérise par rapport aux autres unités du même énoncé; une langue a un accent; et non des accents. Lorsque, dans une langue donnée, l'accent se trouve toujours sur la première ou la dernière syllabe du mot, cette individualisation est parfaite puisque le mot est ansi bien distingué de ce qui précède ou ce qui suit. Lá où la place de l'accent est imprévisible, doit être apprise pour chaque mot et ne marque pas la fin et le début de l'unité accentuelle, l'accent a une fonction dite culminative: il sert à noter la présence dans l'énoncé d'un certain nombre d'articulations importante; il facilite ainsi l'analyse du message. Que sa place soit prévisible ou non, l'accent permet, en faisant varier l'importance respective des mises en valeur successives, de préciser ce message.
強勢の機能は本質的に対比の機能である.すなわち,強勢は,それに特徴づけられている語や単位を,同じ発話内の他の単位との対比により個別化することに貢献する.したがって,言語は1つの強勢をもつのであり,複数の強勢をもつものではない.所与の言語において,強勢が常に語の最初あるいは最終の音節に落ちるとき,語は先行するものや後続するものから明確に区別されるのであるから,この個別化の機能は完全となる.強勢の位置が予測不能であり,単語ごとに学習されねばならず,強勢を受ける単位の最後と最初を明示しない場合には,強勢は頂点表示と呼ばれる機能をもつ.つまり,強勢は,発話の中にいくつかの重要な調音が存在するということを気づかせる働きをしているのであり,それによってメッセージの分析を容易にしているのである.強勢の位置が予測可能であれ不可能であれ,強勢は,連続する音価それぞれの重要性を違えさせながら,このメッセージを明確にしてくれる.
しかし,Martinet (106) は,英語などの言語では強勢の位置によって語を区別する (distinctive) 例があり,これは強勢の副次的な機能を示すものであるとも述べている.強勢の位置によって品詞の変わる increase, permit の類 (diatone) がその典型だ.しかし,強勢を示すすべての言語に共通する特徴として考えるのであれば,強勢の主たる機能は "contrastive" あるいは "culminative" といってしかるべきだろう.このような言語一般の大局観を通じて,英語における強勢の特徴が浮き彫りになるように思われる.
・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.
英単語の強勢にまつわる歴史は非常に込み入っている.[2009-11-13-1]の記事「アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」や[2011-04-15-1]の記事「英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」で言及にしたように,中英語以降,Germanic Stress Rule と Romance Stress Rule の関係が複雑化してきたことが背景にある.しかし,語強勢の話題が複雑なのは,通時的な観点からだけではない.現代英語を共時的に見た場合でも,多様な analogy による強勢位置の変化と変異が入り乱れており,強勢の位置に統一的な説明を与えるのが難しい.そして,現代英語の語強勢に関する盤石な理論はいまだ存在しないのである.
では,韻律論の理論化を妨げているとされる多様な analogy には,どのようなものがあるのだろうか.Strang (55--56) によれば,主要なものは3種類ある.
(1) GSR に基づく,強勢の前寄り化の一般的な傾向.
"a tendency to move the stress toward the beginning of a word, as in; /ˈædʌlt/ beside /əˈdʌlt/, /ˈækjʊmɪn/ beside /əˈkjuːmɪn/, /ˈsɒnərəs/ beside /səˈnɔːrəs/" (55).
(2) 名前動後の語群に基づく機能分化的な傾向(diatone の各記事を参照).
"Variable stress-placement is exploited for grammatical purposes, in a series of items with root stress in nominals (usually nouns and substantival modifiers) and second-syllable stress in verbs, e.g., absent, concert, desert, perfect, record, subject . . ." (55).
(3) word-family の構成要素間に生じる強勢位置の吸引力.
". . . [analogical pull] of the word family an item belongs to. . . Word-analogy is responsible for variations such as applicable, subsidence (first-syllable stress, or a variant with a second-syllable stress on the model of apply, subside. Secret, borrowed in ME with second-syllable stress, has shifted to first syllable stress; its derivative secretive (a 15c formation), kept the older stress as late as OED, but is now tending to follow the example of the commoner secret, with first-syllable stress" (56).
3種類の類推は互いに排他的ではなく,むしろ干渉しあうことがある.例えば,名詞と動詞の機能をもつ romance は現代英語では双方ともに第2音節に強勢の落ちるのが主流だったが,アメリカ英語では名前動語化の流れがある.そのように聞くと (2) の影響が作用していると言えそうだが,動詞も合わせて強勢が前化している証拠も部分的にある.とすると,(1) の類推が作用している言えなくもない.(3) の観点からは,romance の強勢前化傾向が引き金となって,romancer, romancist, romantic, romanticism などの強勢が前へ引きつけられるという可能性が,今後生じてくるということだろうか.個々の単語(ファミリー)の問題だとすると,確かに強勢位置のルール化は難しそうだ.
・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
英語の韻律の型の変遷は,英語の言語的変化そのものと連動している.
古英語の典型的な韻律は,詩行に一定数の強勢が配される強勢韻律 (accentual meter) であり,かつ語頭子音を合わせる頭韻 (alliteration) に特徴づけられていた.ところが,中英語になると韻律の主流は古英語以来の強勢韻律に加え,詩行に一定数の音節が配される音節韻律 (syllabic meter) の要素が入り込んでくる.なおかつ,語末の母音(+子音群)を合わせる脚韻 (rhyme) が一世を風靡した.見方によれば,古英語から中英語にかけて韻律が180度の転換を経験したかのようであり,この転換の背後には相応の言語的変化があったのではないかと疑われる.
古英語から中英語にかけての時代は,英語史において劇的な変化の時代だが,韻律の転換にかかわる項目を厳選すれば以下の2点に絞り込める.
(1) 屈折の衰退に伴い単音節語が増えた
(2) フランス語からの大量の借用語により,最終音節あるいは最後から2番目の音節に強勢をもつ語が増えた
まず (1) についてだが,古英語の後の強勢は,接頭辞を除き原則として第1音節に落ちた ([2009-10-26-1], [2009-10-31-1]) .この特徴は頭韻にとっては都合がよかったが,脚韻にとっては不都合だった.脚韻を担当する語尾部分が,強勢のない屈折語尾により占められることが多かったからだ.ところが,中英語期にかけて屈折が衰退してくると,それ自身が強勢をもつ単音節語が多くなる.これは頭韻にとって特に不利になる変化ではないが,脚韻にとっては有利は変化となった.また,屈折の衰退は付随的に前置詞や助動詞の発達を生みだし,統語的にも「前置詞+名詞」や「助動詞+動詞」のような弱強格 (iamb) が増加し,脚韻にとって好都合な条件が整っていった.
次に (2) についてだが,これは,フランス語からの大量借用により,英語にフランス語型の強勢パターンがもたらされたということを意味する ([2011-04-15-1], [2009-11-13-1]) .語の後方に強勢をもつフランス借用語は脚韻にはうってつけの材料となった.この (1) と (2) の要因によって,全体として語の終わりのほうに強勢をもつ語が増え,脚韻に利用できる語彙資源が豊富になった.
英語の詩における音節韻律と脚韻は,直接的にはフランス・イタリア詩の伝統に倣っての導入である.しかし,言語的に相応の受け入れ態勢が整っていなければ,中英語にみられたような円滑な導入と定着はなかっただろう.古英語から中英語にかけての言語変化は,新しい韻律を積極的に呼び寄せたとは言えずとも,それが活躍する舞台を設定したとは言えるだろう.
「30分」は half an hour と表現されるが,特に米語や形容詞で修飾される環境では a (good) half hour とも用いられる.しかし,冠詞の前に数量形容詞が置かれる例は,他にも all the boys, both the books, many a time などがあり共通の統語的特徴を示している.この統語的特徴の背後には,韻律的な要因が働いているように思われる.上記の例のいずれも,この語順を取ることで強弱格 ( trochee ) となり,英語の一般的なリズムによく適合する.このように語順を整序したり,意味統語的に必要のない冠詞などの無強勢の音節を挿入することによって韻律を整えるという例は,英語では少なくない.
Bolinger (151--53) は韻律の都合によって説明されうる代替構文をペア(ただし一部非文も含む)で掲げている.右側がより韻律的な代替表現である.
an aloof person vs. an aloof kind of person It's a compact book. vs. It's a compact little book. a half hour vs. half an hour without doubt vs. without a doubt mother mine vs. pal o' mine Outside these I have no preference. vs. Outside of these I have no preference. Beware the Ides of March vs. Beware of Brutus a little bread vs. a bit of bread a dozen eggs vs. a gross of eggs a morsel bread vs. a piece of bread I dare not tell her. vs. We dare to judge. He dared adventure himself. vs. The players dared to satirise. the lessons these things have taught us vs. the lessons these things have taught to all of us He's gone fishing. vs. He's gone a-fishing. Why did you have to go tell her? vs. Why did you have to go and tell her? Who was it that told you? vs. Who was it told you? a quite long report vs. quite a long report *very a long report vs. a very long report *a so pretty girl vs. so pretty a girl so pretty a girl vs. such a pretty girl *a that pretty girl vs. that pretty a girl *a too remote place vs. too remote a place *an enough good reason vs. a good enough reason a good enough reason vs. a reason good enough
[2011-04-09-1]の記事「独立した音節として発音される -ed 語尾をもつ過去分詞形容詞 (2)」や[2011-06-12-1]の記事「過去分詞形容詞 -ed の非音節化」などでも触れたように,韻律は多くの場合,積極的に語順の変更を促す要因というよりは,別の要因によって引き起こされている一般的な変化の方向に多少なりとも抗い,ともすれば消えていく可能性のある代替的な語順を保持させる要因として作用していると考えられる.韻律による説明は,例外が多く「規則」と呼ぶには弱すぎるが,おそらく英語に限らず言語に普遍的に作用していると考えられるほどに応用範囲が広く「傾向」以上の説明力は有しているのではないか.
a Jàpanese stúdent などにおける強勢の back shifting や,Amelia's love makes the burning sand grow green beneath him and the stunted shrubs to blossom. における最後の不定詞標示 to の挿入など,韻律の関わると目される事例は数多い.
・ Bolinger, Dwight L. "Pitch Accent and Sentence Rhythm." Forms of English: Accent, Morpheme, Order. Ed. Isamu Abe and Tetsuya Kanekiyo. Tokyo: Hakuou, 1965. 139--80.
英語の強勢パターンの規則は,原則として "left-prominent and morphologically governed" であり,これは Germanic Stress Rule (GSR) と呼ばれる.これは,[2009-10-26-1], [2009-10-31-1]でゲルマン語の特徴の1つとして説明した「語幹の第1音節に強勢がおかれる」に等しい.しかし,[2009-11-13-1]の記事で見たように,主に中英語以降,フランス・ラテン借用語が大量にもたらされるようになり,英語の韻律論に "right to left and phonologically governed" を原則とする Romance Stress Rule (RSR) が加わった.以降の英語韻律論の歴史は,相反する2つの強勢規則が互いに干渉しあう歴史である.そして,相克は現在にまで続いている.
Halle and Keyser の画期的な研究以降,中英語に導入された RSR が英語の韻律論に大変革をもたらしたとする,上記のような見方が有力となっているが,Minkova によれば,中英語での RSR の効果は過大評価されているきらいがあるという.むしろ,GSR の底力を評価すべきであるという意見だ.このように考える根拠はいくつかある.Minkova (169--73) の議論をまとめよう.
(1) RSR と GSR は必ずしも相反するものではない.例えば,3音節語では効果が表面的に一致する例がある.máidenhòod (by GSR) and víolènt (by RSR) など.
(2) 接頭辞に強勢を置かない準規則をもつ GSR は,しばしばロマンス借用接頭辞にも適用され,特に動詞借用語では普通である.現代英語の confirm, deduct, displease, enlist, expose などの強勢位置を参照.(しかし,後に名詞や形容詞では強勢が第1音節に移行した.「名前動後」の話題については,[2009-11-01-1], [2009-11-02-1]を参照.)
(3) 中英語の比較的早い時期に英語に入ったフランス借用語は,本来語に同化しており,GSR によって強勢が第1音節に移行していた.
(4) 中英語では RSR と GSR の競合によりフランス借用語が一様に強勢位置の揺れを示すかのようにいわれることがある.これを示す典型的な例として挙げられるのは,Chaucer の詩行 "In dívers art and in divérse figures" (FrT 1486) である.しかし,詳しく調べると語によって揺れの程度は異なるし,韻律上の位置(押韻位置にあるか否か) と強勢の揺れの分布を調査すると,多くの揺れが韻律上の要請に起因するものであることがわかる.実際の話し言葉では,指摘されている広範な揺れはなかったと考えられ,GSR の適用によりすでに第1音節に強勢が落ちていた借用語も多かったろう.
RSR の導入による中英語韻律論の動揺は言われるほど破壊的なものではなかったという見解だが,RSR が従来とは異なる革新的な強勢パターンをもたらしたことは確かである.特に顕著な革新的パターンは,3音節からなる借用語で真ん中の音節に強勢の落ちるケースである.以下の語は,少なくとも借用された当初は第2音節に強勢が落ちていただろう.calendar, sinister, memento, placebo. また,本来は3音節語だったが,最終音節が消失して2音節語になってからも強勢の位置は変わらずに第2音節に落ちたままの語も少なくなかった.divers(e), legend(e), maner(e), honour(e), montayn(e), natur(e), tempest(e), sentenc(e), solemn(e). これらの語は,従来の英語韻律論からすると異質な強勢パターンに従っており,RSR が英語の韻律に一定の衝撃をもたらしたことは確かである.
しかし,Minkova は,中英語の段階では全体として従来の GSR がいまだ圧倒的であり,RSR は破壊的な影響力を獲得していないと主張する.英語韻律論に大きな動揺があったとすれば,大量のラテン語借用 ([2010-08-18-1], [2009-08-19-1]) を経た Renaissance 以降のことだろう.
. . . in spite of the influx of 10,000 Romance loanwords, words of Germanic origin continued to constitute the bulk of the core vocabulary of Middle English, accounting for seventy-five to ninety-five per cent of the wordstock, depending on register. It was only during the Renaissance that the balance began to shift in favour of non-Germanic patterns, bringing about the co-existence of two typologically different systems of stress in modern English. (172--73)
この動揺から,現在にまで続く数々の混乱が生まれた.先述の名前動後もそうだし,同根の派生語間での強勢位置の差異もそうである.以下は後者についての Minkova の言及.
Seen in the larger context of prosodic typology, however, the accentuation of derived Romance words introduced a major new paradigm of stress-shifting in English. For the first time in the history of the language words derived from the same root started to exhibit disparate prosodic contours: móral--morálitèe, párish--paríshonèr, sólemn--solémpnitè, vólume--volúminòus. (173)
・ Halle, M. and S. J. Keyser. English Stress: Its Form, Its Growth, and Its Role in Verse. New York: Harper and Row, 1971.
・ Minkova, Donka. "The Forms of Speech" A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 159--75.
aged, beloved, crooked, dogged, jagged, learned, naked, ragged, wicked, wretched などの過去分詞形容詞が2音節として発音される件について,[2011-01-30-1]の記事に補足する.先日の記事では,なぜこのような一部の語群でのみ,第2音節の母音が保持されたかについて疑問を呈した.いずれも高頻度語とはいえず ( Frequency Sorter で確認済み),頻度は関係なさそうだ.ただし,限定用法と叙述用法の差が関与している可能性があることは,記事の最後で示唆した.
形容詞としての用法の違いが音節の問題にどのように関与しうるかを理解するには,韻律 ( prosody ) ,リズムの都合 ( eurythmy ) という観点を導入する必要がある.限定用法として用いられる形容詞は,通常,直後に名詞がくる.直前にはアクセントの弱い冠詞や指示詞のあることが多い.典型的な例として a lovely girl を考えると,アクセントが弱強弱強と続く弱強格 ( iamb ) で現われる.これは,英語で最も典型的で耳に心地よい韻律の1つである.この位置にくる限定形容詞が第1音節にアクセントをもつ2音節であるほうが,英語の韻律上,都合がよいことがわかるだろう.aged, naked, wicked など問題の語群は,まさにこのような「都合のよい」音節構造をなしている.しかも,多くが主として限定用法に用いられる.my aged aunt, their beloved Ireland, a crooked nose, the jagged edges, a learned journal, a naked body, a ragged jacket, a wicked witch, the wretched animal など.英語の過去分詞語尾ではないが,-id 語尾をもつラテン借用語 solid, squalid, timid, vivid における第2音節も,おそらく同じ理由で保持されたと考えられる (Minkova 327--28) .
過去分詞形容詞の語尾に -ed だけでなく -en も含めると,叙述用法 ( predicative use ) と限定用法 ( attributive use ) のそれぞれで用いられる形態の差はより鮮明になる.Minkova (327) に挙げられている例を以下に示そう.
PREDICATIVE | ATTRIBUTIVE |
---|---|
The case is proved. | a proven case |
The sailor is drunk. | a drunken sailor |
His knee is bent. | one bended knee |
The main had burst. | a bursted main |
[2009-10-26-1]の (4) で見たように,ゲルマン系の言語として,本来,英語のアクセントは語の第1音節に落ちるはずである.ところが,古英語後期より,ラテン語やフランス語からおびただしい数の借用語が英語に流入し,「第1音節にアクセントあり」の原則が崩れてきた.というのは,ラテン語やフランス語などのロマンス系の言語では,むしろ後方の音節にアクセントが落ちるのが原則だからである.より具体的には,ロマンス語には,後方の音節の重さに応じて,最終音節 ( ultima ),語尾から二番目の音節 ( paenultima ),語尾から三番目の音節 ( antepaenultima ) のいずれかにアクセントが落ちるといる規則がある.英語は,ロマンス系諸語との長い言語接触の歴史から,GSR ( Germanic Stress Rule ) と RSR ( Romance Stress Rule ) を複雑に合わせもつ言語へと発展してきたのである ( Lass 125 ).
ロマンス諸語からの借用語は,英語に入ってからも,もとの言語のとおりに RSR に即した後方アクセントを示してきただろうと予想されるが,必ずしもそうではない.例えば,近代英語期には,次の語群で GSR に即したかのような語頭アクセントがおこなわれたことが確認されている (Lass 128--29).かっこ内は Lass が参考にした資料の出版年である.
abbreviation (1764), academy (1665, 1687), acceptable (1746), accessory (1687, 1746), accommodate (1764), adjacent (1665, 1710), allegorical (1764), complacency (1665), contribute (1570), controversy (1665), conuenient (1570), corruptible (1746), defectiue (1570), delectable (1570), distribute (1570), diuert (1570), excusable (1570), mischance (1570), obseruance (1570), perspectiue (1570), phlegmatic (1784), proclamation (1570), quintessence (1710), refractory (1687), sequester (1570), splenetic (1784), suggestion (1570), unawares (1710)
現代標準英語では,上記のいずれの単語においてもアクセントは第1音節にないことに注意したい.Lass によれば,1780年代に GSR が衰退し始め,RSR が優勢になってきたという.また,詳しい根拠は示していないものの,Nevalainen によれば,近代英語期の「比較的教育程度の低い人々」が特に GSR を好んだという.
現代でもアクセントの位置に決着のついていない語は存在する.上に挙げた controversy は,現在 cóntroversy とも contróversy とも発音されうるが,ラテン語起源であることからの予想に反して,GSR に従った前者が「正しい」と見なされている.近年まさに「論争」を呼んだ語である.
古英語後期に始まり,近代英語期にも多くの正音学者 ( orthoepist ) を論争へ駆り立てたゲルマン対ロマンスのアクセント対決は,いまだに完全な決着をみないまま,英語母語話者のみならず英語学習者を悩ませ続けている.
・Lass, Roger. "Phonology and Morphology." 1476--1776. Vol. 3 of The Cambridge History of the English Language. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.
・Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006. 130.
昨日[2009-11-01-1]に引き続き「名前動後」の話題.昨日は「名前動後」のモデルがすでに古英語に存在していたことを確認した.派生名詞には接頭辞の強形が付加され,派生動詞には弱形が付加されたということだった.だが,この体系的な分布そのものは,どのように説明されうるだろうか.
Campbell によれば,接頭辞が付加されるタイミングが,名詞と動詞とで異なっていたのではないかという.of-, be- などの接頭辞は,本来は副詞・前置詞として語幹と独立して機能していたと考えられる.後に意味的関連の強さから,その副詞・前置詞が接頭辞として語幹に付加され,一語へ統合された.ところが,一語へ統合されるタイミングが名詞と動詞とでは異なっていた.名詞の派生は一足早かったので,ゲルマン語の第1音節アクセントの原則の適用に間に合ったが,動詞の派生は遅く,語幹そのものの第1音節アクセントがしっかりと固まってしまった後に,ちょろっと弱い接頭辞が付加されて派生動詞ができあがったのである.
ただ,この仮説を採用するにしても,なぜ名詞の派生が動詞の派生よりも一足早かったのかという次なる疑問が生じる.タイミングという切り口で説明を一歩だけ高い次元に持ち上げることができたとしても,究極的な説明を突き止めることは難しそうだ.
タイミングが早いか遅いかによって,ある言語変化の適用を受けるか免れるかが決まるという他の例としては,[2009-06-14-1]を参照.
・Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959. 30--31.
受験英語業界で「名前動後」と呼ばれる現象がある.現代英語では,綴りは同じだが品詞の異なる語が存在する.特に名詞と動詞のペアの場合,名詞ではアクセントが前の音節に,動詞ではアクセントが後ろの音節に落ちることがあり,こうしたペアを「名前動後」と呼んでいる.英語では「名前動後」に相当する便利な名称はなく,次のように説明的になってしまう.
diatonic homograph pairs that exhibit the alternating stress pattern between noun (paroxytonic) and verb (oxytonic)
例を挙げるとキリがない.
absent, accent, addict, annex, combat, combine, concert, contract, contrast, convert, discard, discount, discourse, dismount, export, finance, implant, import, intercept, interchange, misprint, object, overturn, permit, protest, reject, research, retract, transplant, transport, etc.
英語は,初期中英語期に起こった屈折語尾の消失により,容易に品詞転換 ( conversion ) の可能な言語となった.これは言語としては希有の現象であり,特に近代英語期以降,語を派生させるのにフル活用されてきた.名詞と動詞で綴りが同じであることはこれで分かるとしても,両者のあいだでアクセントの位置に区別がつけられたのはどうしてだろうか.
その淵源は古英語,いやそれ以前にある.
昨日の記事[2009-10-31-1]で見たように,古英語の単語では原則として第1音節にアクセントが落ちたが,接頭辞による派生語では,その接頭辞が強形として使われているか弱形として使われているかによって,アクセントの位置が変わった.接頭辞が強形として用いられている場合にはその接頭辞にアクセントが落ち,弱形として用いられている場合には語幹の第1音節にアクセントが落ちたのである.興味深いのは,派生名詞の接頭辞には強形が,派生動詞の接頭辞には弱形が,体系的に付加されている点である.以下,対応する派生名詞と派生動詞のペアを,アクセントの位置に注目して比べてみよう.
名詞 | 動詞 |
---|---|
ˈǣwielm "fountain" | aˈweallan "to well up" |
ˈæfþunca "source of offence" | ofˈþyncan "to displease" |
ˈætspyrning "offence" | otˈspurnan "to stumble" |
ˈandsaca "apostate" | onˈsacan "to deny" |
ˈbīgenga "inhabitant" | beˈgān "to occupy" |
ˈorþanc "mind" | aˈþencan "to devise" |
ˈwiþersaca "adversary" | wiþˈsacan "to refuse" |
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