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speech_act - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-10-13 11:14

2015-02-21 Sat

#2126. FTA と FTA を避ける戦略 [pragmatics][politeness][face][speech_act]

 ポライトネス理論の重要な道具立てとして,「#1564. face」 ([2013-08-08-1]) という概念が重視されてきた.face work の議論では,面子を脅かす行為,face-threatening act (FTA) が注目され,様々に研究されるようになってきた.
 FTA には,(1) positive face を脅かすもの,(2) negative face を脅かすもの,(3) 両方を脅かすものがある.(1) には不賛成,非難,批判,不一致,侮蔑など,(2) には助言,命令,要求,提案,警告など,(3) には不満,中断,脅威などがある.これらは主として聞き手の面子を脅かす行為だが,話し手自らの面子を脅かすものもある.例えば,お世辞を受け入れたり,謝意を表明したり,告白するという行為は,話し手の面子に関わる行為である.
 人々は FTA を避ける,あるいはその効果を和らげるために,様々な言語的・非言語的戦略を用いて日常生活を営んでいる.Huang (117) に掲載されている "Brown and Levinson's (1987: 60) set of FTA-avoiding strategies" の図は,それらの戦略を分類したものである.少々改変した図を示そう.

FTA Avoiding Strategies
 面子を脅かす可能性が高い行為であればあるほど,それを和らげるためにより精巧で困難な戦略が要求される.上の図でいえば,下に行けば行くほど面子を脅かす度合いが高く,それを和らげるための戦略も高度になる.換言すれば,下の方にある5の戦略が最も気遣いのある手堅い戦略となり,上の方にある1の戦略が最もぶっきらぼうで戦略的効果は小さい.
 ある学生が友人に講義ノートを貸してもらいたいという状況を想定しよう.上の図の戦略1〜5に対応するのは,例えば次のような文である(Huang 118) .

1. On record, without redress, baldly:
   Lend me your lecture notes.
2. On record, with positive politeness redress:
   How about letting me have a look at your lecture notes?
3. On record, with negative politeness redress:
   Could you please lend me your lecture notes?
4. Off record:
   I didn't take any notes for the last lecture.
5. Don't perform the FTA:
   [John silently looks at Mary's lecture notes.]


 1から5に向かって,相手の面子を保つ効果の高い,心遣いのある丁寧な表現・行為となっているのがわかるだろう.一般的に,間接的な表現や行為ほどFTA を和らげる効果がある.ただし,注意したいのは,戦略1が必ずしも戦略2以降と比べてポライトではないとは言い切れないことだ.仲の良い相手に頼む場合には,むしろ戦略3のような表現はよそよそしいだろうし,戦略2や,ときには戦略1ですら,ふさわしい表現となる.そのような状況では,むしりあからさまに要求するという戦略は望ましいものとなる.
 考えてみると,人と人が交流しているときには,いつでも互いにFTAを行っている,つまり面子を脅かしているといっても過言ではない.ということは,交流を円滑にするためにFTAを避ける,あるいは和らげる戦略も,常に展開しているということになる.そのような戦略はときに失敗することもあるが,多くの場合それなりに成功するものであり,それとともに交流も円滑に流れてゆく.このような人間どうしの複雑な行動が日々半ば無意識に行われているということは,驚くべきことである.「FTAを避ける戦略」という言い方はなんともネガティヴだが,「互いの face を守る努力」 (face-saving act or FSA?) ととらえれば,日々の人々の営みがポジティヴに感じられる.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

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2014-10-14 Tue

#1996. おしゃべりに関わる8要素 SPEAKING [ethnography_of_speaking][speech_act][communication]

 おしゃべり (speech) には様々な種類がある.噂話もあればヤジもあるし,謝辞もあればお世辞もある.演説,告白,討論,説教,エレベーターピッチまで様々だ.では,これらの種々のおしゃべりを分類するのに,どのような基準が考えられるだろうか.別の言い方をすれば,これらコミュニケーション上の出来事がどのようにその目標を達成しているのか理解する上で関与的な要素は何だろうか.社会言語学者 Hymes は,頭字語 SPEAKING のもとに8つの要素を認めている.Hymes を要約した Wardhaugh (259--61) の記述にしたがって,簡単に説明しよう.

 (1) Setting and Scene. 前者はおしゃべりが行われている時間と場所を指し,後者は抽象的で心理的な環境を指す.例えば,女王のクリスマスのメッセージや米大統領の年頭教書は,特有の Setting と Scene をもっている.日本でいえば,天皇陛下の新年のお言葉も特有な Setting と Scene をもっている.

 (2) Participants. 話し手と聞き手.会話では両者が順番に発話するのが通常だが,演説や講義では主におしゃべりは一方通行で,かつ聞き手は複数である.留守番電話では,話し手と聞き手というよりは,メッセージの送り手と受け手というのが適当だろう.祈りにおいては,聞き手は神である.

 (3) Ends. そのおしゃべりを通じて慣習的に期待されている目的,あるいは話し手が個人的に目指している目的.例えば法廷における発言は,判事,陪審員,被告,原告,証人のいずれによってなされるかによって大きく異なる目的をもつ.結婚式における誓いの発話は,社会的な目的を有していると同時に,新郎新婦の個人的な目的を有している.

 (4) Act sequence. 具体的に使われた表現について,それがどのように使われたのか,現行の話題とどのような関係があるのかという観点をさす.そのおしゃべりでは,どのような表現が発話されており,実際に何が行われているのかという視点である.語用論でいう発話行為 (speech_act) の考え方に通じる.「#1646. 発話行為の比較文化」 ([2013-10-29-1]) を参照.

 (5) Key. メッセージを伝える際のトーンや様式や気分など.おしゃべりが気軽か深刻か,あるいは精確か,衒学的か,儀式的か,軽蔑的か,皮肉的か等々.種々の非言語的な行動,身振り,姿勢などを伴うこともある.

 (6) Instrumentalities. コミュニケーションの回路の選択肢.話しことばか書き言葉か,電話か電信かなどの媒介の選択肢にとどまらず,用いる言語,方言,コード,使用域の選択肢をもさす.code-switching は,複数の instrumentalities を使い分けるおしゃべりの仕方ということになる.

 (7) Norms of interaction and interpretation. おしゃべりに付随する特定の行動や特性,及びそれらに関する規範をさす.声の大きさ,沈黙,視線合わせ,話し相手との立ち位置に関する物理的距離などにちての規範などが含まれる.「#1633. おしゃべりと沈黙の民族誌学」 ([2013-10-16-1]),「#1644. おしゃべりと沈黙の民族誌学 (2)」 ([2013-10-27-1]) を参照.

 (8) Genre. 発話のジャンル.詩,ことわざ,なぞなぞ,説教,祈祷,講義,社説などの明確に区別される発話の種類をさす.

 人々はこれら SPEAKING の各要素に常に注意を払いながらおしゃべりしていると考えられる.Wardhaugh (261) の言うように,おしゃべりは極めて複雑な営為である.

What Hymes offers us in his SPEAKING formula is a very necessary reminder that talk is a complex activity, and that any particular bit of talk is actually a piece of 'skilled work.' It is skilled in the sense that, if it is to be successful, the speaker must reveal a sensitivity to and awareness of each of the eight factors outlined above. Speakers and listeners must also work to see that nothing goes wrong. When speaking does go wrong, as it sometimes does, that going-wrong is often clearly describable in terms of some neglect of one or more of the factors. Since we acknowledge that there are 'better' speakers and 'poorer' speakers, we may also assume that individuals vary in their ability to manage and exploit the total array of factors.


 文法や語彙を学習しただけでは言語をマスターしたとはいえない.上手におしゃべりするためには,SPEAKING に敏感であることが必要である.関連して「#1632. communicative competence」 ([2013-10-15-1]) と「#1652. 第2言語習得でいう "communicative competence"」 ([2013-11-04-1]) を参照.

 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

Referrer (Inside): [2016-12-19-1]

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2014-09-11 Thu

#1963. 構文文法 [bnc][construction_grammar][syntax][cognitive_linguistics][prototype][web_service][speech_act][generative_grammar]

 構文文法 (construction grammar) は,この四半世紀の間で発展してきた認知言語学に基づく文法理論である.Lakoff, Fillmore, Goldberg, Kay などによって洗練されてきた.
 構文という捉え方そのものは,統語論において長い伝統がある.構造言語学では当然視されていたし,その流れを汲んだ「文型」の考え方も,語学教育を通じて広く知られている.しかし,生成文法の登場により,従来の構文や文型は相対化され,二次的な付帯現象として扱われるようになった.
 しかし,1970年代後半の認知言語学の誕生により,構文は単に形式的な観点からだけではなく,機能的・意味的な観点からアプローチされるようになった.特定の構文は,深層構造から生成されるのではなく,それ自身の資格において特定の意味に直接貢献する単位であるという考え方だ.例えば,Me write a novel?! という一見すると破格的な構文は,それ自体が独自の韻律(主部と述部が上昇調のイントネーションを帯びる)を伴い,「あざけり」を含意する.また,There's the bell! のような構文は,人差し指を上げる動作とともに用いられることが多く,「知覚の直示性」を表わす,といった具合だ.構文文法では,構文そのものが意味,語用,韻律などを規定していると捉える.
 ただし,構文が意味などを規定しているといっても,その規定の強さは変異する.例えば,Is A B? の構文は典型的に質問の発話行為を表わすが,Is that a fact? は,通常,質問ではなく話者の驚きを表わす(いわゆる間接的発話行為 (indirect speech_act)) .このように,構文文法は,構文とその意味の関係もプロトタイプ的に考える必要があると主張する.また,定型構文となると,そのなかの語句を他のものに交換できなくなるなど,意味的,統語的に融通のきかなくなるケースもある.例えば,Thanks a lot, Thanks a million からの発展で Thanks a billion は可能だが,*Thanks a hundred は不可能となる.day in day out, month in month out は可だが,minute in minute outcentury in century out は不可である,等々 (Taylor 225--28) .
 構文文法は上記のように生成文法へのリアクションとして生じてきたが,近年では生成文法の側でも構文文法と親和性のある反語彙論や分散形態論などの理論が発展してきている.構文復権の徴候が顕著になってきたといえるだろう.
 構文文法の枠組みで BNC の例文に構文情報を付したデータベースが,http://framenet.icsi.berkeley.edu/ で公開されており,こちらのインターフェースよりアクセスできる.数十の注目すべき英語構文が登録されている.

 ・ Taylor, John R. Linguistic Categorization. 3rd ed. Oxford: OUP, 2003.

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2013-10-29 Tue

#1646. 発話行為の比較文化 [ethnography_of_speaking][speech_act][pragmatics][face][performative][adjacency_pair]

 「#1632. communicative competence」 ([2013-10-15-1]),「#1633. おしゃべりと沈黙の民族誌学」 ([2013-10-16-1]),「#1644. おしゃべりと沈黙の民族誌学 (2)」 ([2013-10-27-1]) の記事で,ethnography of speaking の分野がカバーする領域を垣間見た.今回は,発話の比較文化という観点から,もう1つの話題を取り上げる.発話行為 (speech act) の異文化比較である.
 発話行為の類型は,Austin の古典的なものやそこから発展させた Searle のものが知られている(Huang, pp. 106--08 を参照).そのような類型への関心は,種々の発話行為があらゆる言語とその話者に共有されていることを示唆しているようにも聞こえるが,実際には多くの発話行為は文化に依存する.結婚などの儀礼的,慣習的な場面での発話行為が文化によって異なることは容易に理解されるだろうが,それほど慣習化されていない場面における発話行為にも文化間の相違は見られる.以下,Huang (119--25) に従って,4種類を取り上げよう.

 (1) ある文化に存在する発話行為が,別の文化に存在しない場合.例えば,約束という発話行為は,日本語にも英語にもあるし,他の多く言語にも存在する.しかし,フィリピンのイロンゴト族 (Ilongot) にはそれがない.イロンゴト族の社会では誠実さや真実よりも社会的な関係のほうが重視され,結果として約束という発話行為がそもそも存在しないのだと考えられている.もう1つ例を挙げれば,オーストラリアのアボリジニー,ヨロンゴ族 (Yolngu) では,感謝という発話行為がないといわれる.
 また,他にみられない特殊な発話行為をもつ文化もある.オーストラリアのアボリジニー,Walmajarri において,「親戚関係に基づく権利あるいは義務として要求する」という特異な発話行為があり,遂行動詞 (performative verb) japirlyung によって表わされる.この遂行動詞は,"I ask/request you to do X for me, and I expect you to do it simply because of how you are related to me" ほどの意味を表わす.これらの例は,主として西洋文化の視点から組み立てられた発話行為の類型論の有効性に異を唱えるものとなる.

 (2) 同じ状況に対して,文化によって異なる発話行為がなされる場合.例えば,人の足を踏んでしまったとき,西洋でも東アジアでも,通常は謝罪という発話行為がおこなわれる.ところが,西アフリカのアカン族 (Akan) では,謝罪ではなく同情の発話行為がなされる.また,食事会に招待されて,最後においとまするとき,英語では食事への感謝と賛辞を述べるのが通常だが,日本語では「お邪魔いたしました」と侵入行為を認める発言をする.同様に,日本語では,贈り物をもらったときなどには,感謝よりも「すみません」の謝罪のほうを好む.

 (3) 同じ発話行為に対して,文化によって異なる反応が示される場合.褒め言葉を述べられると,英語では感謝しながら受け入れるのが普通だが,中国語,日本語,ポーランド語などでは受け入れを拒否する(例:「まあ,すてきなお庭をおもちですね」「いえいえ,まったく手入れをしていないもので」).ちなみに,依頼に対してノーといえない日本語話者が,自分に向けられた褒め言葉にはノーということを好むというのがおもしろい.
 また,申し出に対して1度は儀礼的な拒否がなされることが多いのも中国語や日本語の伝統的にして典型的な反応である.「申し出→儀礼的な拒否→申し出→儀礼的な拒否→受諾」という流れ (adjacency pair) そのものが,文化的に埋め込まれていると考えられる(cf. 三顧の礼).

 (4) 同じ発話行為であっても,直接的になされるか間接的になされるか,その度合いが文化によって異なる場合.依頼,謝罪,不平などの face-threatening act (FTA) について異なる言語間の比較研究が,1980年代以降,とりわけ Cross-Cultural Speech Act Realization Project (CCSARP) の名の下で推し進められてきた.依頼についていえば,8つの言語変種 (German, Hebrew, Danish, Canadian French, Argentinian Spanish, British English, American English, Australian English) を比較したところ,Argentinian Spanish が最も直接的で,Australian English が最も間接的だった.
 日本語の「善処します」は,文字通りには「じょうずに処理する」という意味を表わすが,政治家が用いれば間接的な拒否の発話行為となる.これは,相手の依頼に対して直接ノーと言いにくい日本語にとって,間接的,語用論的な方略なのである.実際に,これが日米の外交問題に発展した事例がある.1974年,ニクソン大統領が佐藤首相に対して日本の繊維市場の自由化を求めた.佐藤首相は否定的な意味合いで「善処します」と答え,それは I do my best. と通訳された.その後,何も動かない日本に対してアメリカがいらだちを募らせ,抗議をするに至った.当時までに,発話行為の ethnography of speaking がよく研究され,その成果が日米異文化理解に役立つ知恵として両首脳の耳に達していれば,このような誤解は生じなかったろう.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

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