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world_englishes - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2025-06-06 08:58

2021-08-10 Tue

#4488. 英語が分布を縮小させてきた過去と現在の事例 [history][world_englishes][irish_english][japanese][french][spanish][portuguese][pidgin]

 英語は,現代世界のリンガ・フランカ (lingua_franca) として世界中に分布を拡大させている.英語はある意味では,はるか昔,紀元前の大陸時代より,ブリテン諸島のケルト民族や新大陸の先住民をはじめ世界中の多くの民族の言語の分布を縮小させ,自らの分布を拡大させてきた歴史をもつ.
 一見すると「負け知らず」の言語のように思われるかもしれないが,必ずしもそうではない.他の言語との競争に敗れて分布を縮小させたり,ときに不使用となる場合すらあったし,現在もそのような事例がみられるのである.今回は,この英語(史)の意外な事例をいくつかみていきたい.参照するのは Trudgill の "English in Retreat" と題する節 (27--29) である.
 歴史的に古いところから始めると,12--15世紀のアイルランドの事例がある.Henry II は,1171年にアングロ・ノルマン軍を送り込んでアイルランド侵攻を狙い,その一画に英語話者を入植させた.しかし,彼らはやがて現地化するに至り,英語が根づくことはなかった.英語としては歴史上初めて本格的な分布拡大に失敗した機会だったといえる(cf. 「#1715. Ireland における英語の歴史」 ([2014-01-06-1]),「#2361. アイルランド歴史年表」 ([2015-10-14-1])).
 ぐんと現代に近づいて19世紀のことになるが,私たちにとって非常に重要な --- しかしほとんど知られていない --- 英語の敗北の事例がある.舞台はなんと小笠原群島である.この群島はもともと無人だったが,1543年にスペイン人により発見され,その後,主に欧米系の人々により入植が進み,19世紀には英語ベースの「小笠原ピジン英語」 (Bonin English) が展開していた.しかし,19世紀後半から日本がこの地の領有権を主張し,島民の日本への帰化を進めた結果,日本語が優勢となり,現在までに小笠原ピジン英語はほぼ廃用となっている.詳しくは「#2559. 小笠原群島の英語」 ([2016-04-29-1]),「#2596. 「小笠原ことば」の変遷」 ([2016-06-05-1]),「#3353. 小笠原諸島返還50年」 ([2018-07-02-1]) を参照されたい.
 現在の事例でいえば,カナダのケベック州が挙げられる.フランス語が優勢な同州において,英語が劣勢に立たされていることはよく知られている(cf. 「#1733. Canada における英語の歴史」 ([2014-01-24-1])).住人の帰属意識を巡る政治・歴史問題が関わっており,「世界の英語」といえども単純に分布を広げられるわけではないことをよく示している.
 また,あまり知られていないが,中央アメリカのカリブ海沿岸にも,英語母語話者集団でありながら言語的・社会的に劣勢に立たされている人々の住まう土地が点在している.彼らのルーツは19世紀後半よりジャマイカなどから中央アメリカの大陸沿岸地域へ展開した人々で,しばしば奴隷として社会的地位の低い集団とみなされていた.現在でも,関連する各国の公用語であるスペイン語のほうが威信が高く,当地では英語使用に負のレッテルが張られている.関連する記事として「#1679. The West Indies の英語圏」 ([2013-12-01-1]),「#1702. カリブ海地域への移民の出身地」 ([2013-12-24-1]),「#1711. カリブ海地域の英語の拡散」 ([2014-01-02-1]),「#1713. 中米の英語圏,Bay Islands」 ([2014-01-04-1]),「#1714. 中米の英語圏,Bluefields と Puerto Limon」 ([2014-01-05-1]),「#1731. English as a Basal Language」 ([2014-01-22-1]) を挙げておく.
 ほかにも,19世紀半ばにアメリカ南北戦争で敗者となった南部人がブラジルに逃れた子孫が,今もブラジルに英語母語話者集団として暮らしているが,同国の公用語であるポルトガル語に押されて劣勢である.また,1890年代に社会主義的ユートピアを求めてパラグアイに移住したオーストラリア人の子孫が今も暮らしているが,若者の間では土地の言語である Guaraní への言語交替が進行中である.
 英語は過去にも現在にも「負け知らず」だったわけではない.

 ・ Trudgill, Peter. "The Spread of English." Chapter 2 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 14--34.

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2021-07-27 Tue

#4474. 世界の ESL 地域の概観 [esl][new_englishes][world_englishes][variety]

 世界のいくつかの国・地域には,英語非母語話者であるが,国内の公用語,教育の言語,共通語などとして広く英語を用いている人々がいる.このような国・地域は ESL (English as a Second Language) 地域と呼ばれている.実は ESL 地域は,おそらく多くの読者が思っている以上に,世界中に広く分布している.ここで Trudgill and Hannah (127--28) に依拠して世界中の ESL 地域を概観してみたい.

   In the Americas, English is an important second language in Puerto Rico, and also has some second-language presence in Panama. In Europe, in addition to the United Kingdom and the Republic of Ireland where English is spoken natively, English has official status in Gibraltar and Malta and is also widely spoken as a second language in Cyprus. In Africa, there are large communities of native speakers of English in Liberia, South Africa, Zimbabwe and Kenya, but there are even larger communities in these countries of second-language speakers. Elsewhere in Africa, English has official status, and is therefore widely used as a second language lingua franca in Gambia, Sierra Leone, Ghana, Nigeria, Cameroon, Namibia, Botswana, Lesotho, Swaziland, Zambia, Malawi and Uganda. It is also extremely widely used in education and for governmental purposes in Tanzania and Kenya.
   In the Indian Ocean, Asian, and Pacific Ocean areas, English is an official language in Mauritius, the Seychelles, Pakistan, India, Singapore, Brunei, Hong Kong, the Philippines, Papua New Guinea, the Solomon Islands, Vanuatu, Fiji, Tonga, Western Samoa, American Samoa, the Cook Islands, Tuvalu, Kiribati, Guam and elsewhere in American-administered Micronesia. It is also very widely used as a second language in Malaysia, Bangladesh, Sri Lanka, the Maldives, Nepal and Nauru. (In India and Sri Lanka, there are also Eurasian native speakers of English.)


 これらの地域の多くでは,英米標準英語ではなく,土着化した独自の英語 (indigenised English) が発展してきたし,現在も発展し続けている.これらは "New Englishes" とも称され,世界で話されている英語の多様化に貢献している.
 これらの個別の ESL 地域や変種について,本ブログで取り上げてきたものも多いので,esl の記事群,とりわけ以下の記事もご参照を.

 ・ 「#56. 英語の位置づけが変わりつつある国」 ([2009-06-23-1])
 ・ 「#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト」 ([2009-10-21-1])
 ・ 「#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代」 ([2009-11-28-1])
 ・ 「#1589. フィリピンの英語事情」 ([2013-09-02-1])
 ・ 「#2469. アジアの英語圏」 ([2016-01-30-1])
 ・ 「#2472. アフリカの英語圏」 ([2016-02-02-1])
 ・ 「#1591. Crystal による英語話者の人口」 ([2013-09-04-1])

 ・ Trudgill, Peter and Jean Hannah. International English: A Guide to the Varieties of Standard English. 5th ed. London: Hodder Education, 2008.

Referrer (Inside): [2021-12-06-1]

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2021-07-25 Sun

#4472. ENL, ESL, EFL という区分の問題点 [model_of_englishes][world_englishes][new_englishes][variety]

 現代世界に多種多様に存在する英語変種をどのようにモデル化してとらえるか,世界英語 (World Englishes) をいかに区分するかという問題は,多くの考察と論争を引き起こしてきた.本ブログでも model_of_englishes の各記事で取り上げてきたが,モデルそれ自体も多種多様である.
 最も広く知られているのは「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1]) による Kachru の同心円モデルである.ENL (English as a Native Language) の円を核として,その周囲に ESL (English as a Second Language) が,さらに周縁部に EFL (English as a Foreign Language) が配置されているモデルだ.それぞれ Inner Circle, Outer Circle, Expanding Circle とも称される.
 このモデルはとても分かりやすく,一般にも広く受け入れられているが,専門家からは異論も多い.Schreier (2117--19) の議論に依拠し,要点をまとめておきたい.

 (1) 例えば南アフリカ共和国は典型的な ESL 地域といわれるが,同国の人口の全体が ESL 的な英語使用を実践しているわけではない.少数派ではあるが英語母語話者もいるし,教育を受ける機会のない少なからぬ人々は英語を話さない.ESL や EFL といった区分は,英語使用に対する現実には存在しない一様な遵守を前提としてしまっている.

 (2) 人口のうちどれくらいの割合の人々が英語を話していれば,ESL 地域であると呼べるのか.単純な数の問題ではないように思われる.むしろ英語使用がその社会にどのくらい統合されているか,という社会言語学的な点が重要なのではないか.社会のどの層が英語をよく使用し,どの層があまり使用しないのか等の考慮も必要だろう.

 (3) Kachru モデルは,ENL, ESL, EFL といった区分がカテゴリカルかつ不変であるとの前提に立っているが,これは現実を反映していない.例えばアイルランド英語は,現在でこそ ENL 地域としてみなされているが,歴史的にはアイルランド語からの言語交替を経てきたのであり,その過渡期にあっては ESL 地域と呼ぶのがふさわしかったろう.また,タンザニアはイギリスからの独立後スワヒリ語を公的な言語として採用し,結果として英語の存在感は独立前よりも小さくなっているが,これはタンザニアが ESL 地域から EFL 地域へと位置づけを変えているということではないか.

 要するに,Kachru モデルは地域の社会言語学的状況の一様性やカテゴリカルで不変の区分を前提としているが,実際には状況は一様ではないし,区分もそれほど明確ではなく,時とともに変わりもする,という批判だ.もっとダイナミックで柔軟性に富むモデルが必要だろう.
 ダイナミックな代替モデルとしては,例えば「#414. language shift を考慮に入れた英語話者モデル」 ([2010-06-15-1]) や「#1096. Modiano の同心円モデル」 ([2012-04-27-1]) が提案されている.また,関連して「#56. 英語の位置づけが変わりつつある国」 ([2009-06-23-1]) も参照.

 ・ Schreier, Daniel. "Second-Language Varieties: Second-Language Varieties of English." Chapter 134 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 2106--20.

Referrer (Inside): [2022-03-18-1]

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2021-07-23 Fri

#4470. アジア・アフリカ系の英語にみられるリズムと強勢の傾向 [prosody][phonology][stress][syllable][rhythm][world_englishes][new_englishes][variety][esl][diatone]

 現代世界には様々な英語変種があり,ひっくるめて World Englishes や New Englishes と呼ばれることが多い.アジアやアフリカには歴史的な経緯から ESL (English as a Second Language) 変種が多いが,多くのアジア・アフリカ系変種に共通して見られる韻律上の特徴がいくつか指摘されている.ここでは2点を挙げよう.1つは "syllable-timing" と呼ばれるリズム (rhythm) の性質,もう1つは語の強勢 (stress) の位置に関する傾向である.以下 Mesthrie and Bhatt (129) を参照して解説する.
 syllable-timing とは,リズムの観点からの言語類型の1つで,英米標準英語がもつ stress-timing に対置されるものである.前者は音節(モーラ)が等間隔で繰り返されるリズムで,日本語やフランス語がこれを示す.後者は強勢が等間隔で繰り返されるリズムで,標準英語やドイツ語がこれを示す(cf. 「#1647. 言語における韻律的特徴の種類と機能」 ([2013-10-30-1]),「#3644. 現代英語は stress-timed な言語だが,古英語は syllable-timed な言語?」 ([2019-04-19-1])).
 アジア・アフリカ系の諸言語には syllable-timing をもつものが多く,それらの基層の上に乗っている ESL 変種にも syllable-timing のリズムが持ち越されるということだろう.例えば,インド系南アフリカ英語,黒人系南アフリカ英語,東アフリカ英語,ナイジェリア英語,ガーナ英語,インド英語,パキスタン英語,シンガポール英語,マレーシア英語,フィリピン英語などが syllable-timing を示す.このリズム特徴から派生する別の特徴として,これらの変種には,母音縮約が生じにくく,母音音価が比較的明瞭に保たれるという共通点もある.世界英語の文脈では,syllable-timing のリズムはある意味では優勢といってよい.
 これらの変種には,語の強勢に関しても共通してみられる傾向がある.しばしば標準英語とは異なる位置に強勢が置かれることだ.realíse のように強勢位置が右側に寄るものがとりわけ多いが,カメルーン英語などでは adólescence のように左側に寄るものもみられる.また,これらの変種では標準英語の ábsent (adj.) 対 absént (v.) のような,品詞によって強勢位置が移動する現象 (diatone) はみられないという.
 全体的にいえば,基層言語の影響の下で韻律上の規則が簡略化したものといってよいだろう.これらは日本語母語話者にとって「優しい」韻律上の特徴であり,今後の展開にも注目していきたい.

 ・ Mesthrie, Rajend and Rakesh M. Bhatt. World Englishes: The Study of New Linguistic Varieties. Cambridge: CUP, 2008.

Referrer (Inside): [2022-08-11-1]

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2021-07-19 Mon

#4466. World Englishes への6つのアプローチ [world_englishes][variety][sociolinguistics][lingua_franca][contact][linguistic_ideology][linguistic_imperialism]

 現代世界に展開する様々な英語変種,いわゆる "World Englishes" の研究は,この40年ほどの間,主に社会言語学の立場から注目されてきた.世紀をまたぐこの数十年間,リングア・フランカとしての英語は存在感を著しく増し,世界を席巻する社会現象というべきものになった.英語研究においても明らかにその衝撃が感じられ,例えば World Englishes に関する学術雑誌が続々と発刊されてきた.English World Wide (1979),English Today (1984) ,World Englishes (1985) などである.
 World Englishes は(応用)言語学の様々な角度から迫ることができる.英語史も様々な角度の1つであり,本ブログでも種々に取り上げてきた次第である.Mesthrie and Bhatt の序説 (1) によると,World Englishes へのアプローチとして6点が挙げられている.

 ・ as a topic in Historical Linguistics, highlighting the history of one language within the Germanic family and its continual fission into regional and social dialects;
 ・ as a macro-sociolinguistic topic 'language spread' detailing the ways in which English and other languages associated with colonisation have changed the linguistic ecology of the world;
 ・ as a topic in the filed of Language Contact, examining the structural similarities and differences amongst the new varieties of English that are stabilising or have stabilised;
 ・ as a topic in political and ideological studies --- 'linguistic imperialism' --- that focuses on how relations of dominance are entrenched by, and in, language and how such dominance often comes to be viewed as part of the natural order;
 ・ as a topic in Applied Linguistics concerned with the role of English in modernisation, government and --- above all --- education; and
 ・ as a topic in cultural and literary studies concerned with the impact of English upon different cultures and literatures, and the constructions of new identities via bilingualism.


 このような概説は,実に視野を広げてくれる.私など World Englishes を主として英語史の立場から見るにすぎなかったが,とたんに多次元の話題に見えてくるようになった.各分野の概説書の第1ページというものは,しばしば啓発的である.

 ・ Mesthrie, Rajend and Rakesh M. Bhatt. World Englishes: The Study of New Linguistic Varieties. Cambridge: CUP, 2008.

Referrer (Inside): [2021-10-19-1] [2021-09-27-1]

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2021-04-09 Fri

#4365. ピジン語やクレオール語に関心をもったらこれを! [pidgin][creole][hel_education][world_englishes][review][khelf_hel_intro_2021]

 授業で英語ベースのピジン語 (pidgin) やクレオール語 (creole) の話しをすると,多くの反響がある.私たちが知っている標準英語とはあまりに異なっており,必ず「それ,英語?」という反応が返ってくるのだ.英語の一種のようでありながら英語でない,あるいは逆に,英語ではないのに何となく英語ぽい,という中間的な存在が好奇心を誘うのだろう.
 本ブログでも,ピジン語やクレオール語については様々に扱ってきた.まず,入門編から応用編までを取りそろえたこちらの記事セットをお薦めしておこう.関連するすべての記事を読みたい方は,pidgincreole をどうぞ.
 ピジン語やクレオール語に関して書かれた本としては,英語史的な観点に立った入門編として,唐澤 一友(著)『世界の英語ができるまで』をお薦めする.英語史研究のトレンドともなってきている世界英語 (world_englishes) に焦点を当てた読みやすい著書である.
 4月6日に立ち上げた「英語史導入企画2021」の一環として,毎日ゼミ生から英語史コンテンツがアップされてきている.昨日公開されたコンテンツが,ピジン語とクレオール語に関する「それ,英語?」である.上述の唐澤氏の授業と著書に影響を受けたという学生によるピジン語とクレオール語の導入コンテンツで,非常に易しく書いてくれた.英語史の観点からピジン語・クレオール語に洞察を加えている箇所はとりわけ重要.ぜひ皆さんもご一読を.

 ・ 唐澤 一友 『世界の英語ができるまで』 亜紀書房,2016年.

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2020-09-25 Fri

#4169. GloWbE --- Corpus of Global Web-Based English [glowbe][corpus][ice][englishes][world_englishes][variety][ame_bre][spelling]

 「#4166. 英語史の各時代のコーパスを比較すれば英語史がわかる(かも)」 ([2020-09-22-1]) で触れた World Englishes のコーパス GloWbE (= Corpus of Global Web-Based English) を少し試してみた.(先日の駒場英語史研究会にて本コーパスを導入していただきました菊地翔太先生(明海大学)には,改めて感謝します.)
 このコーパスは20カ国からの英語変種を総合した19億語からなる巨大コーパスで,変種間の比較が容易に行なえる仕様となっている.変種間比較についていえば,私はこれまで「#517. ICE 提供の7種類の地域変種コーパス」 ([2010-09-26-1]),「#1743. ICE Frequency Comparer」 ([2014-02-03-1]) などで取り上げたように ICE (International Corpus of English) しか知らなかったのだが,コーパスの世界は急速に進化しているようだ.GloWbE のインターフェースは,COCA (Corpus of Contemporary American English) や COHA (Corpus of Historical American English) などと共通なので,そちらに慣れたユーザーであれば,とっついやすいはずだ.
 きわめて単純な使い方ではあるが,GloWbE の最大の売りである変種間比較を colorcolour のスペリングに関して行なってみた.一般に color はアメリカ式,colour はイギリス式のスペリングといわれるが,この2変種間の比較に満足せず,20変種間で比べてみようという試みだ.インターフェースより単純に Chart 出力機能を選択し,各々のスペリングで検索し,返された図表を眺めるだけなのだが,それだけでも十分におもしろい.まずは,アメリカ式 color の図表から.



 次に,イギリス式 colour の図表を挙げよう.



 横方向の中央辺りに東南アジアの国々が集まっており,歴史的にはイギリス式が多いと予想される地域なわけだが,実はアメリカ式スペリングのほうが優勢のようだ.近年の英語のアメリカ化 (americanisation) の影響が疑われよう.一方,左側には(米国を除く)アングロサクソン系諸国が集まっており,そこでは予想通りにイギリス式が優勢である.右側に集まっているアフリカ諸国では,両スペリングの差はさほど大きくない.
 color vs colour の問題を米英間の問題として論じる時代は過ぎ去りつつある.凄いツールが出てきたものである.

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2020-07-09 Thu

#4091. DOST と SND --- スコットランド英語版の OED [scots_english][oed][dictionary][lexicography][lexicology][world_englishes][laos]

 世界の諸英語 (world_englishes) の種類は数あれど,スコットランド英語 (scots_english) は英語史において特別な位置づけにある.というのは,イングランド英語を除けば,スコットランド英語は,直接的に古英語に由来する唯一の英語変種だからである.一般的にはイギリスで話される英語の(訛った)1変種にすぎないという見方が普通だろうが,歴史的にみればイングランド英語と並んで最長の連続性を誇る由緒正しい変種なのである.その略史については「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) を参照されたい.
 この由緒正しい Scots English については,OED に匹敵する堂々たる歴史的な辞書が編纂されている.2つ紹介しよう.1つめは,DOST こと Craigie et al. 編の A Dictionary of the Older Scottish Tongue である.カバーする時代は,スコットランド英語がイングランド英語とは異なる独立した変種として発展した中世後期から,独立性を失っていった1700年頃までである.ただし,情報収集方針は時代によって異なっており,1600年までは包括的に収録されているといってよいが,17世紀分についてはスコットランドに特化した地域変種の辞書となっている.
 また,編纂方針について変遷が重ねられてきたという事情もある.編纂の前半期には,同一の語源に遡るものでも語形が異なる場合には,異なる見出しを立てるという方針が採られていたが,R の項に差し掛かってからは新編集長の Dareau のもとで totill を同じ見出しのなかで扱うなど異なる方針が採られることになった.背景には,編纂作業に関わる時間やリソースの逼迫があったようだ.
 一方,1700年以降のスコットランド英語を担当しているのが,もう1つの辞書,SND こと Scottish National Dictionary である.こちらも歴史的原則に立って編纂されているが,スコットランド英語がすでに独立性をほぼ失っていた時代を対象としていることもあり,1地域変種辞書というべき位置づけとなっている.
 この DOST と SND を合わせて,スコットランド英語版の OED とみなしてよいだろう.実際,両者は Dictionary of the Scots Language の名のもとに統合され,オンラインでアクセスできるようになっている.
 ちなみに,LALME や LAEME に対応する,古いスコットランド英語についての方言地図も作成されており A Linguistic Atlas of Older Scots (LAOS) としてこちらからアクセスできる.
 以上,Durkin (1152--53) を参照して執筆した.

 ・ Craigie, William A., Adam Jack Aitken, James A. C. Stevenson, and Marace Dareau, eds. A Dictionary of the Older Scottish Tongue. Oxford: OUP, 1931--2002. Available online as part of Dictionary of the Scots Language at https://dsl.ac.uk/ .
 ・ Grant, William and David D. Murison, eds. The Scottish national Dictionary: Designed Partly on Regional lines and Partly on Historical Principles, and Containing All the Scottish Words Known to be in Use or to have been in Use Since c. 1700. Edinburgh: Scottish National Dictionary Association, 1931--76. Supplement 2005. Available online as part of Dictionary of the Scots Language at https://dsl.ac.uk/ .
 ・ Williamson, Keith. A Linguistic Atlas of Older Scots, Phase 1: 1380--1500 (LAOS). 2007. Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laos1/laos1.html .
 ・ Durkin, Philip. "Resources: Lexicographic Resources." Chapter 73 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1149--63.

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2019-12-28 Sat

#3897. Alternative Histories of English [hel_education][review][history][sociolinguistics][world_englishes][variety]

 この2日間の記事 ([2019-12-26-1], [2019-12-27-1]) で「歴史の if」について考えてみた.反実仮想に基づいた歴史の呼び方の1つとして alternative history があるが,この表現を聞いて思い出すのは,著名な社会言語学者たちによって書かれた英語史の本 Alternative Histories of English である.
 この本は,実際のところ,反実仮想に基づいたフィクションの英語史書というわけではない.むしろ,事実の記述に基づいた堅実な英語史記述である.ただし,現在広く流通している,いわゆる標準英語のメイキングに注目する「正統派」の英語史に対して,各種の非標準英語,すなわち "Englishes" の歴史に光を当てるという趣旨での「もう1つの歴史」というわけである.
 しかし,本書は(過去ではないが)未来に関するある空想に支えられているという点で,反実仮想と近接する部分が確かにある.このことは,2人の編者 Watts and Trudgill が執筆した "In the year 2525" と題する序論にて確認できる.以下に引用しよう.

   If the whole point of a history of English were, as it sometimes appears, to glorify the achievement of (standard) English in the present, then what will speakers in the year 2525 have to say about our current textbooks? We would like to suggest that orthodox histories of English have presented a kind of tunnel vision version of how and why the language achieved its present form with no consideration of the rich diversity and variety of the language or any appreciation of what might happen in the future. Just as we look back at the multivariate nature of Old English, which also included a written, somewhat standardised form, so too might the observer 525 years hence look back and see twentieth century Standard English English as being a variety of peculiarly little importance, just as we can now see that the English of King Alfred was a standard form that was in no way the forerunner of what we choose to call Standard English today.
   There is no reason why we should not, in writing histories of English, begin to take this perspective now rather than wait until 2525. Indeed, we argue that most histories of English have not added at all to the sum of our knowledge about the history of non-standard varieties of English --- i.e. the majority --- since the late Middle English period. It is one of our intentions that this book should help to begin to put that balance right. (1--2)


 正統派に属する伝統的な英語史の偏狭な見方を批判した,傾聴に値する文章である."alternative history" は,この2日間で論じてきたように,原因探求に効果を発揮するだけでなく,広く流通している歴史(観)を相対化するという点でも重要な役割を果たしてくれるだろう.
 本書の出版は2002年だが,それ以降,英語の非標準的な変種や側面に注目する視点は着実に育ってきている.関連して「#1991. 歴史語用論の発展の背景にある言語学の "paradigm shift"」 ([2014-10-09-1]) の記事も参照されたい.なお,このような視点を英語史に適用する試みは,いまだ多くないのが現状である.

 ・ Watts, Richard and Peter Trudgill, eds. Alternative Histories of English. Abingdon: Routledge, 2002.

Referrer (Inside): [2021-12-04-1]

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2019-11-27 Wed

#3866. Lumbee English [variety][world_englishes][ethnic_group][ame]

 アメリカ英語の民族変種の1つとして "Lumbee English" と呼ばれる変種があることを Smith and Kim (296--97) によって知った.
 ミシシッピ川の東側における最大のアメリカ先住民とされるラムビー族 (Lumbee) の中心地は,失われた植民地として有名な Roanoke からさほど遠くない,North Carolina の Robeson 郡である.彼らの話す言語は,先住民族固有の土着の言語ではなく,あくまでアメリカ英語である.しかし,それは同民族と結びつけられている独特なアメリカ英語であり,Lumbee English と称されるものである.Robeson 郡の人口構成は複合的であり,40%はアメリカ先住民,35%はヨーロッパ系アメリカ人,25%はアフリカ系アメリカ人とされる.この3者が3様のアメリカ英語変種を話しており,その1つが Lumbee English というわけだ.
 同郡の他の変種と重なる言語特徴も少なくないが,Lumbee English には標準英語とは異なる次のような項目が観察される.

 ・ be 動詞の was/is の規則化(were/are は用いられない): they was dancin' all night.
 ・ 現在分詞に接頭辞 a- を付す語法: my head was just a'boilin.
 ・ 否定の were の規則化: she weren't here.
 ・ 完了の beI'm been there.
 ・ 語彙: ellick (クリーム入りコーヒー)

 若い世代の話者による Lumbee English は,同郡で話されているアフリカ系アメリカ人の英語変種と重なる部分も多いようだが,それでも十分な独立性を保っているために,独自の変種とみなされている.複数の民族の交わる複合的な言語接触から生まれた,独特のアメリカ英語変種として興味深い.

 ・ Smith, K. Aaron and Susan M. Kim. This Language, A River: A History of English. Peterborough: Broadview P, 2018.

Referrer (Inside): [2021-08-12-1]

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