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morphology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-23 11:02

2010-09-08 Wed

#499. bracketing paradox の英語からの例をもっと [morphology][derivative][back_formation][word_formation][parasynthesis]

 [2010-06-19-1], [2010-09-07-1]で扱った bracketing paradox について,Spencer を参照して英語からの例をもっと挙げてみたい.形態論上,語彙論上いろいろな種類の例があるようだが,ここでは分類せずにフラットに例を挙げる.

wordmorphological analysissemantic analysis
atomic scientist[atomic [scient ist]][[atomic science] ist]
cross-sectional[cross [section al]][[cross section] al]
Gödel numbering[Gödel [number ing]][[Gödel number] ing]
hydroelectricity[hydro [electric ity]][[hydro electric] ity]
macro-economic[macro [econom ic]][[macro economy] ic]
set theorist[set [theory ist]][[set theory] ist]
transformational grammarian[transformational [grammar ian]][[transformational grammar] ian]
ungrammaticality[un [grammatical ity]][[un grammatical] ity]
unhappier[un [happi er]][[un happy] er]


 atomic scientist の分析が示唆するように,sciencescientist の形態上の関係は必ずしも単純ではない.単に基体 ( base ) に接辞 ( affix ) を付加して語形成するわけではないからである.ここに bracketing paradox にまつわる形態理論上の難しさがある.次の各例は,想定される基体に接辞を付加するだけでは生成されない明確な例である.

derivativebase
baroque flautistbaroque flute
Broca's aphasicBroca's aphasia
civil servantcivil service
electrical engineerelectrical engineering
general practitionergeneral practice
medieval sinologuemedieval China
modern hispanistmodern Spain/Spanish
moral philosophermoral philosophy
nuclear physicistnuclear physics
serial composerserial composition
Southern DaneSouthern Denmark
theoretical linguisttheoretical linguistics
urban sociologisturban sociology


 結果として生じる派生語のほうが短くなってしまう例すらあるので,[2009-08-12-1], [2009-08-13-1]などで見た逆成 ( back-formation ) の例とも考えられる.実際に Spencer はこれらの語形成( personal noun に関するものに限るが)を,"a novel type of word formation process, a productive back-formation" (680) と結論づけている.
 通時的な関心からみると,"a novel type of word formation process" という表現が気になる."novel" には比較的最近の新しい傾向という含みがあるが,この語形成の生産性が通時的に伸長してきたという事実はあるのだろうか.直感的には,現代の職業や役割の細分化にともなって atomic scientist のような複合語的 personal noun の需要が増えてきているということは言えそうである.

 ・ Spencer, Andrew. "Bracketing Paradoxes and the English Lexicon." Language 64 (1988): 663--82.

Referrer (Inside): [2020-06-03-1]

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2010-09-07 Tue

#498. bracketing paradox の日本語からの例 [morphology][derivative][japanese][word_formation][parasynthesis]

 [2010-06-19-1]bracketing paradox という現象を取り上げた.派生や複合など複雑な構造をもった形式において,意味と形態の構造が一致しない現象である.unhappiest は,意味的には間違いなく [[un-[happi-A]]A-est]A ( unhappi-est ) だが,形態的には [un-[[happi-A]-est]A]A ( un-happiest ) でなければおかしい.
 この問題に関心をもち関連する Spencer の論文を読んでみたら,これまでに様々な理論的な説明が与えられてきたことがわかった.しかし,いまだに完全な解決には至っていないようである.
 同じ論文で bracketing paradox について日本語からの例が挙げられていたので紹介したい (665 fn) .「小腰(こごし)をかがめる」という表現で,「小」は「腰をかがめる」という動詞句全体にかかって「ちょっと腰をかがめる」ほどの意味である.ここでは大腰に対して小腰なるものを話題にしているわけではなく,「小」と「腰をかがめる」の間に統語意味上の切れ目がある.ところが,「こごし」と連濁が生じていることから,形態的には「小」と「腰」は密接に関係していると考えざるをえない.ここに意味と形態の構造の不一致が見られる.
 なるほどと思い,類似表現を考えてみたらいくつか思いついた.「小腹がすく」や「小気味悪い」は連濁を含んでおり,同様の例と考えてよいだろう.「小耳にはさむ」も,連濁を含んではいないが類例として当てはまりそうだ.他にも「小?」でいろいろ出てきそうだが,「大?」では思いつかなかった.

 ・ Spencer, Andrew. "Bracketing Paradoxes and the English Lexicon." Language 64 (1988): 663--82.

Referrer (Inside): [2020-06-03-1] [2010-09-08-1]

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2010-06-21 Mon

#420. 20世紀後半にはやった二つの語形成 [word_formation][morphology][pde][prefix][compound][phrasal_verb]

 Carstairs-McCarthy (108--09) によると,20世紀後半に顕著な語形成が二種類認められるという.一つはラテン語やギリシャ語に由来する一部の接頭辞による派生,もう一つは特定のタイプの headless compound である.
 19世紀以来,super-, sub- といったラテン語に由来する接頭辞や,hyper-, macro-, micro-, mega- といったギリシャ語に由来する接頭辞による派生語が多く作られた.superman, superstar, super-rich, supercooling などの例があり,それ以前の同接頭辞による派生語 supersede, superimpose などと異なり,本来語に由来する基体に付加されるのが特徴である.このブームは現在そして今後も続いていくと思われ,特に giga-, nano- などの接頭辞による派生語が増えてくる可能性がある.
 headless compound は exocentric compound とも呼ばれ,pickpocket, sell-out などのように複合語全体を代表する主要部 ( head ) がない類の複合語のことである. sell-out, write-off, call-up, take-over, breakdown など「動詞+副詞」のタイプは対応する句動詞が存在するのが普通だが,そうでないタイプもあり,後者のうち -in をもつ複合語が1960年代ににわかに流行したという.sit-in, talk-in, love-in, think-in のタイプである.
 いずれの流行も,近代英語期以降の語形成の一般的な潮流に反しているのが特徴である.ラテン語やギリシャ語の接頭辞は同語源の基体に付加され,その派生語は主に専門用語に限られてきたし,複合語も対応する句動詞が存在するのが通例だった.語形成の傾向にも大波と小波があるもののようである.

 ・ Carstairs-McCarthy, Andrew. An Introduction to English Morphology. Edinburgh: Edinburgh UP, 2002. 134.

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2010-06-19 Sat

#418. bracketing paradox [morphology][derivative][parasynthesis]

 英語形態論の理論に bracketing paradox という問題がある.語を形態分析するときに,意味と形態の関係に不一致が生じるという問題である.形態分析に,樹形図 ( tree diagram ) やその簡易版としてのラベル付き角かっこ ( labelled bracketing ) が用いられることからこの名がついている.
 unhappiness という語を考えよう.この形態分析は単純で,[[un-[happi-A]]A-ness]N ( unhappi-ness ) と分析される.語根の happi にまず un- が接頭辞付加され,その上で -ness が接尾辞付加されるという順番である.先に -ness を付加して,それから un- を付加するという分析 [un-[[happi-A]-ness]N]N ( un-happiness ) は不適切である.なぜならば,名詞に un- を接頭辞付加する例はきわめて少なく,一般的でないからである ( ex. unease, unrest, unconcern ) .
 では,unhappiest はどうだろうか.unhappiness と同様の分析(左下図) [[un-[happi-A]]A-est]A ( unhappi-est ) で問題ないだろうか.確かに unhappiest は意味の上では unhappy の最上級を表すのであり,happiest の否定を表すわけではないので,unhappi-est という形態分析は意味分析とも一致しており申し分ないように見える.しかし,問題がある.最上級の接尾辞 -est は三音節の基体には付加することができないからである.三音節の形容詞の最上級は most を用いる迂言法が規則である.だが,だからといって代案(右下図)の [un-[[happi-A]-est]A]A ( un-happiest ) という形態分析を採用すると,意味分析との食い違いが生じてしまう.un- によって三音節になる形容詞については特例が働くということだろうか.理論的には悩ましい問題である.

Trees of unhappiest

 ・ Carstairs-McCarthy, Andrew. An Introduction to English Morphology. Edinburgh: Edinburgh UP, 2002. 134.

(後記 2010/06/23(Wed):Bracketing paradox の説明記事を WikipediaLexicon of linguistics でみつけた.)

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2009-11-04 Wed

#191. 古英語,中英語,近代英語は互いにどれくらい異なるか [typology][germanic][inflection][morphology]

 授業で古英語,中英語の順にテキストを読み進めていくと,ほとんどの学生が,古英語から中英語に移ったときに現代英語にぐんと近づいたと感じる,と口にする.古英語を初めて読むとまるで英語とは思えないが,中英語は初めて読んでも現代英語とのつながりが感覚として感じられる,ということもよく聞かれる.では,主観的な感覚ではなく客観的な基準で,古英語,中英語,近代英語の異なり具合を評価できないだろうか.いいかえれば,言語類型論的に,英語の各段階はどのくらい似ていてどのくらい異なっているのだろうか.
 誰しもが認める「客観的な基準」を設けるのは不可能であり,どこまでも主観がついて回るという限界を前提としつつ,Lass の評価を紹介する.Lass (30) は,10の言語特徴を選び出し,それを基準にして,主要なゲルマン語の「古さ」 ( archaism ) を数値化した.その結果,以下のようなランキング表が得られた( Nevalainen に要約されている図表より).

RankLanguage(s)
1.00Gothic, Old Icelandic
0.95Old English
0.90Old High German, Modern Icelandic
0.85
0.80
0.75
0.70
0.65
0.60Middle High German, Modern German, Middle Dutch
0.55
0.50
0.45
0.40
0.35Middle English, Modern Swedish, Modern Dutch
0.30
0.25
0.20
0.15Afrikaans
0.10
0.05
0.00Modern English


 これによると,近代英語と中英語の差は 0.35 で,中英語と古英語の差は 0.6 であるから,多くの学生の感覚が客観的に裏付けられたことになる.

 ・Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006. 2, 9--10.
 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41.

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