本年度も大学で英語史概説の講義が始まった.いつも初回には英語の「素朴な疑問」を学生より収集しているが,しばしば多くの学生から重複した疑問が寄せられる.およそ本ブログのどこかで回答したり解説を加えたりしているので,今回とりわけ目に付いた3つの「素朴な疑問」について,簡単なコメントを付し,関連するブログ記事へのリンクを張っておきたい.
[ 素朴な疑問1 ] 英語のアルファベットはなぜ A, B, C . . . Z という並び順になっているのか?
一言でいえば,英語がラテン語からアルファベットを借りたときに,およそその並び順だったから.そして,そのラテン語はギリシア語からアルファベットを借りたときに,およそその並び順だったから.さらに,そのギリシア語は・・・と続けていくと,最終的には紀元前1700年頃に北セム諸語を表記した原初のアルファベットがおよそその並び順だったから,ということになる.では,その原初のアルファベットにおける並び順の論理はといえば,なかなか一意に定めがたい.以下の記事を参照.
・ 「#2105. 英語アルファベットの配列」 ([2015-01-31-1])
・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1])
・ 「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1])
・ 「#1832. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (1)」 ([2014-05-03-1])
・ 「#1833. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (2)」 ([2014-05-04-1])
[ 素朴な疑問2 ] なぜ eleven, twelve は,*oneteen, *twoteen などではないのか?
これも難しい問題だが,英語の属するゲルマン語派において12進法の伝統があったことが関与する.12進法の体系と,後にキリスト教とともにもたらされたと考えられる10進法の体系が衝突し,混合型の数詞体系ができあがったとのだろう.これに関していずれも間接的な視点からではあるが,以下の記事を参照.
・ 「#2286. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc.」 ([2015-07-31-1])
・ 「#2304. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc. (2)」 ([2015-08-18-1])
・ 「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1])
・ 「#2477. 英語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-07-1])
・ 「#2491. フランス語にみられる20進法の起源説」 ([2016-02-21-1])
・ 「#2474. 数字における「底の原理」」 ([2016-02-04-1])
[ 素朴な疑問3 ] なぜ be 動詞は is, am, are ほか様々な形があり使い分けなければならないのか?
古英語では be 動詞に限らず,一般の動詞が主語の文法的・意味的な特性に応じて異なる形に活用しなければならなかったが,後の歴史においてそのような活用が大幅に失われ,現在に至る.しかし,超高頻度語である be 動詞に限っては,古い活用がかなりよく保たれている.したがって,この素朴な疑問を英語史的な観点からパラフレーズすると,「なぜ be 動詞以外では様々な形が消失してしまったのか?」となる.以下を参照.
・ 「#2600. 古英語の be 動詞の屈折」 ([2016-06-09-1])
・ 「#2601. なぜ If I WERE a bird なのか?」 ([2016-06-10-1])
・ あわせて,拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』の「4.2節 なぜ If I were a bird となるのか?」も参照
いよいよ本年も終わりに近づいてきているので,この辺りで December (12月)の語源の話題を提供しよう.
この英単語は,ラテン語で decem (10)を第1要素として作られた合成語 *decemmembris (< *decem-mēnsris < decem + mēnsis) に遡ると考えられる.このラテン単語がフランス語を経由して英語に入ってきたのは中英語の最初期のことで,Peterborough Chronicle の1122年の記述に初出している.古英語では,この月は se ǣrra ġeōla (the earlier Yule) と称されていた.
decem の印欧語根は *dekm̥ であり,英語本来語としては ten, -teen, -ty, tithe (cf. 「#3105. tithe と tenth」 ([2017-10-27-1])) 等が関係するほか,実は hundred (そしてラテン語経由で cent その他)も,さらには thousand も関係する.この問題については,「#100. hundred と印欧語比較言語学」 ([2009-08-05-1]),「#1150. centum と satem」,「#2240. thousand は "swelling hundred"」 ([2015-06-15-1]),「#2285. hundred は "great ten"」 ([2015-07-30-1]),「#2286. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc.」 ([2015-07-31-1]),「#2304. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc. (2)」 ([2015-08-18-1]) を参照されたい.
さて,この印欧語根 *dekm̥ を受け継ぐラテン語からの借用語を挙げれば,decemvir (十大官の一人), decimal (10進法の), decimate (多くの人を殺す), decuple (10倍の), decussate (十字形に交わる), denarius (デナリウス), denier (ドゥニエ貨), dicker (10個の一組), dime (ダイム,10セント硬貨), Dixie (飯ごう), dozen (ダース,12個), duodecimal (12進法の).ギリシア語からは,dean (学部長), decade (10年), decanal (学部長の), dodecagon (12角形), doyen (古参者), Pentecost (ペンテコステ,五旬祭)が英語に入っている.
日本語で陰暦12月を表わす「師走」(しわす)の語源は未詳とされる.よく知られている民間語源によれば「師馳す」,つまり師匠(の僧)が経をあげるために走り回る月であるという.この解釈は平安末期の『色葉字類抄』にすでに「俗に師馳と云ふ,釈有り」として知られていた.他の説としては,四季の果てる「四極」(しはつ),すべてをなし終える「為果つ」(しはつ)や「年果つ」(としはつ)に基づくとするものなどがある.
月名シリーズの他の記事も参照.「#2910. 月名の由来」 ([2017-04-15-1]),「#2890. 3月,March,弥生」 ([2017-03-26-1]),「#2896. 4月,April,卯月」 ([2017-04-01-1]),「#2939. 5月,May,皐月」 ([2017-05-14-1]),「#2983. 6月,June,水無月」 ([2017-06-27-1]),「#3000. 7月,July,文月」 ([2017-07-14-1]),「#3046. 8月,August,葉月」 ([2017-08-29-1]),「#3073. 9月,September,長月」 ([2017-09-25-1]),「#3103. 10月,October,神無月」 ([2017-10-25-1]),「#3167. 11月,November,霜月」 ([2017-12-28-1]) .
年の瀬に November (11月)の話題というのも妙だが,11月に書き忘れていたので,お許し願いたい.
この英単語は,ラテン語の数詞 novem (9)に基づいた November あるいは Novembris (mēnsis) が,フランス語を経由して1200年頃に Novembre として英語に入ってきたものである.ラテン語での語形成は *novem-ri-s の子音間に b が添加されて -mbr- となったものだろう(このような語中音添加 (epenthesis) については「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) を参照).「月」を表わすこの語の後半要素の起源については,「#3073. 9月,September,長月」 ([2017-09-25-1]) の説明を参照されたい.
ラテン語novem の印欧語根は *newn̥ であり,英語本来語としてはもちろん nine が関係する.ラテン語からの借用語としてこの語根を保持している単語には nonagenarian (90歳代の), nones (ローマ暦で9日前の日(月によって第5日か第7日に相当する)), noon ((午前6時から数えて)第9時;後に正午の意へ), novena (9 日間の祈り) がある.また,ギリシア語からの借用語としては ennead (九つ一組)がある.
古英語では Blōdmōnaþ (blood month) と呼ばれ,何やら穏やかではないが,これはアングロサクソン人が冬支度として動物の生贄を捧げた風習と関連するという.
日本語で陰暦11月を表わす「霜月」は,ストレートに霜降月(しもふりつき)に由来するとも考えられるが,様々な語源説がある.ヲシモノツキ(食物月)の略ともされるし,10月を上の月と考えて11月を下の月としたという説もある.
昨日の記事 ([2017-11-15-1]) で,基本語順の類型論について Greenberg の古典的研究に触れた.Greenberg は30の言語を対象に,数種類の語順を比較した.その結果,「(日本語のように)SOV型の言語であれば後置詞をもつ可能性が高い」などの類型論上の含意 (typological implication) が多数認められることを明らかにした.Greenberg (107--08) のまとめた比較表を以下に挙げる.
Language | VSO | Pr | NA | ND | N Num |
---|---|---|---|---|---|
Basque | III | - | x | x | - |
Berber | I | x | x | x | - |
Burmese | III | - | x1 | - | -2 |
Burushaski | III | - | - | - | - |
Chibcha | III | - | x | - | x |
Finnish | II | - | - | - | - |
Fulani | II | x | x | x | x |
Greek | II | x | - | - | - |
Guarani | I | - | x | - | 0 |
Hebrew | I | x | x | x | - |
Hindi | III | - | - | - | - |
Italian | II | x | x3 | - | - |
Kannada | III | - | - | - | - |
Japanese | III | - | - | - | -2 |
Loritja | III | - | x | x | x |
Malay | II | x | x | x | -2 |
Maori | I | x | x | - | - |
Masai | I | x | x | - | x |
Maya | II | x | - | - | -2 |
Norwegian | II | x | - | - | - |
Nubian | III | - | x | - | x |
Quechua | III | - | - | - | - |
Serbian | II | x | - | - | - |
Songhai | II | - | x | x | x |
Swahili | II | x | x | x | x |
Thai | II | x | x | x | -2 |
Turkish | III | - | - | - | - |
Welsh | I | x | x3 | x | - |
Yoruba | II | x | x | x | x |
Zapotec | I | x | x | x | - |
1. Participle of adjective-verb, however, precedes and is probably as common as adjective following.
2. Numeral classifiers following numerals in each case. The construction numeral + classifier precedes in Burmese and Maya, follows in Japanese and Thai, and either precedes or follows in Malay.
3. In Welsh and Italian a small number of adjectives usually precede.
全体として,5種類の語順のあいだに弱からぬ相関関係があることを見て取ることができる.対象となった言語は30個にすぎないとはいえ,異なる系統や地域からの言語が選択されており,それなりに信頼することのできる調査結果として受け入れられている.
関連して,「#2786. 世界言語構造地図 --- WALS Online」 ([2016-12-12-1]) で紹介した The World Atlas of Language Structures (WALS Online) も参照.
・ Greenberg, Joseph P. "Some Universals of Grammar with Particular Reference to the Order of Meaningful Elements." Chapter 5 of Universals of Language. Ed. Joseph P. Greenberg. 2nd ed. Cambridge, Mass.: M.I.T. P, 1966. 73--113.
標題の2語は,いずれも「10分の1」が原義であり,「十分の一税」の語義を発展させた.語源的には密接な関係にある2重語 (doublet) である(「#1724. Skeat による2重語一覧」 ([2014-01-15-1]) の記事,および American Heritage Dictionary より tithe の蘊蓄を参照).
昨日の記事「#3104. なぜ「ninth(ナインス)に e はないんす」かね?」 ([2017-10-26-1]) で,ninth に相当する古英語の語形が,2つ目の n の脱落した nigoða という形であると述べた.tenth に関しても同様であり,基数詞 tīen(e) (West-Saxon), tēn(e) (Anglian)に対して序数詞では n が落ちて tēoþa (West-Saxon), tēogoþa (Anglian) などと用いられた.後者 Anglia 方言の tēogoþa が後に音過程を経て tithe となり,近代英語以降に受け継がれた(MED より tīthe (n.(2)) を参照).
一方,tenth は,初期中英語で基数詞の形態をもとに規則的に形成された新たな形態である(MED より tenth(e を参照).
tithe は「十分の一税」を意味する名詞としては,1200年ころに初出する.中世ヨーロッパでは,5世紀以降,キリスト教会が信徒に収入の十分の一の納税を要求するようになっていたが,8世紀からはフランク王国で全キリスト教徒に課せられる税となった.教会が教区の農民から収穫物の十分の一を強制的に徴収するようになったのである.9世紀以降,その徴収権は教会からしばしば世俗領主へと渡り,18--19世紀に廃止されるまで続いた.
ややこしいことに,イングランドでは,ローマ・カトリック教会の聖職者がローマ教皇に対する上納金も「十分の一税」(しかし今度は tenth)と呼ばれていたが,宗教改革の過程で,Henry VII は教皇にではなく国王に納めさせるように要求し,制度として定着した.さらに,都市部に課される議会課税も tenth (十分の一税)と呼ばれたので,一層ややこしい(水井,p. 16).
我が国の消費税も10%になるということであれば,これは tithe と呼ぶべきか tenth と呼ぶべきか・・・.
・ 水井 万里子 『図説 テューダー朝の歴史』 河出書房,2011年.
このしょうもない(?)ダジャレの標題は,こちらのツイートより.これは実に難問.ninth の綴字については,確かに私も昔から不思議に思っていたのだが,そのまま放って置いた問題ではある(このような例は潜在的に無数あるのではないかと思われる).このツイートを見てから少し調べてみたのだが,解決は簡単ではない.それでも,考えてみたことを書き記しておきたい.
先に当面の結論を述べておくと,
(1) ninth の形態は中英語以降の比較的新しい語形成の結果であり,
(2) nine -- ninth の綴字の交替は five -- fifth と平行的と考えられ,
(3) ninth の <-nth> は seventh, tenth, eleventh などからの類推によるものではないか,
ということだ.以下,それぞれについて述べたい.
(1) まず考慮すべきは,ninth の語源だ.古英語で基数詞「9」は nigon,問題の序数詞「9番目の」は nigoð である.基数詞の語末の n は,序数詞では接尾辞 -ð の前で脱落しているが,これは seofoða, tēoða などと同様に規則的な音韻過程の結果である.ということは,現代英語の ninth, seventh, tenth などの序数詞の形態は,基数詞の形態をもとに,後から「作り直した」ものであることがわかる.古英語の形態は niȝeþe などとして中英語期にも受け継がれたが,一方で基数詞を範とした niȝonþe, ninthe なども形成され,1300年頃から用いられるようになった.MED によれば,当該語の見出しには次のような異綴りが確認される.
nīnthe (num.) Also nineth(e, neinthe, neinethe, neienthe, ninteth, nineinthe & niethe, nithe, neghed, (early) niȝethe, niȝothe, nigethe, nihethe, nihȝethe, noeȝthe, neiȝd, (infl.) niȝodan & niend, nind(e, neind, nend, neinind, neint, ninte, nent(e, nighend, neghend(e, neighend, neȝende, niȝente, neghent, nihend, neuent, (early) niȝende, niȝhende.
これらの様々な異形がしばらく並存していたが,近代英語の16世紀になると,現代に連なる ninth が普通となっていく.このように,ninth の形態の発生も定着も,比較的遅咲きである.
(2) 次に,基数詞 nine との関係を考える.古英語 nigon の形態から分かるとおり,もともと基数詞の語尾に <e> の綴字はなかった.中英語期に,語中の <g> で示される子音が母音化し,結果として長母音を示す nin などとなったが,ここでも <e> はなかった.しかし,これは無屈折の見出し語の形態における話である.数詞は形容詞の仲間であるから,当然,屈折した.複数屈折として nin に -e の語尾が付き nine などとなることは,fif に対する fife (> five) と同様に一般的であり,基数詞としてはこちらの形態がやがて定着した.しかし,序数詞に関しては,(1) で見たとおり,後からの「作り直し」だったわけだが,その範となったのは -e の付かない nin のほうだった.基数詞と序数詞の基体の異なりを説明するのは難しいが,1つには,nin と nine が揺れを示していた時期に各々のスペリングが形成され,定着したという事情がありそうだ.
もう1つの事情としては,「#1080. なぜ five の序数詞は fifth なのか?」 ([2012-04-11-1]) で論じた five -- fifth というペアとの平行性があるのではないか(『はじめての英語史』コンパニオン・サイトのリンク集の2.4節のところに張ったリンク等も参照).five -- fifth と nine -- ninth を比べると分かるとおり,基数詞では複数屈折の -e を含む形態が採用されており,序数詞では -e を含まない形態に -th が接続している.もちろん,音韻的に考えれば fifth では(歴史的に短化したので)短母音を示し,ninth では2重母音を示すという重要な違いがあり,完全な平行性を主張することはできないが,綴字において比較されうる関係にあることは指摘できる.
(3) 最後に,ninth の <-nth> は,seventh, tenth などの <-nth> からの類推によるものではないかとも考えられる.ninth を含めてこれらの <-nth> 序数詞の語末子音は近代英語まで [θ] のほか [ð] も行なわれていた(中尾,p. 383).このような音声的な振る舞いの共通性も,*nineth ではなく ninth を助長したのではないか.
以上,必ずしも強力な説明とはなっていないようにも思われるが,理屈を立ててみた.参考までに,各種資料から抜き出した断片をメモとして残しておく.
ninth adj. About 1300 nynthe; developed from Old English nigonthe (nigon nine + -tha) (Barnhart)
ninish, ninth. The final -e of nine is not carried over into these two forms. (Burchfield)
ninth nainþ. ME. niȝonþe (XII), a new formation superseding OE. niġoþe. (Hoad)
ME. nyne, nine, Chaucer, C. T. 24. Here the final -e is the usual pl. ending, and nyne stands for an older form niȝene, extended form of niȝen . . . . (Skeat)
・ 中尾 俊夫 『英語史 II』 英語学大系第9巻 大修館書店,1972年.21頁.
・ Barnhart, Robert K. and Sol Steimetz, eds. The Barnhart Dictionary of Etymology. Bronxville, NY: The H. W. Wilson, 1988.
・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.
・ Hoad, Terence Frederick, ed. The Concise Oxford Dictionary of English Etymology. Oxford: Clarendon, 1986.
・ Skeat, Walter William, ed. An Etymological Dictionary of the English Language. 4th ed. Oxford: Clarendon, 1910. 1st ed. 1879--82. 2nd ed. 1883.
月名シリーズ (month) の「10月」をお届けする.古英語では10月は,winterfylleð "winter fill" (冬の満ちた月)と呼んでいた.他の月名と同様に,後期古英語にはラテン語から October が入ってきている.古典期以降のラテン語では,September, November, December からの類推を経た Octembre という形態も用いられ,これが古英語で用いられた例もみつかる.OED の挙げている例では,類推ラテン語形と本来語形が並置されている.
OE Old Eng. Martyrol. (Julius) Oct. 225 On ðam teoðan monðe on geare bið xxxi daga; þone mon nemneð on Leden Octember, ond on ure geðeode Winterfylleð.
October の語幹の octo- は,ラテン語 octō- あるいはギリシア語 oktō- に由来し,「8」を意味する.これは,英語の eight と同根である.8番目の月が10月を表わしているのは,古代ローマ暦では年始を1月ではなく3月に定めていたからだ.oct(a)- として英語に入り込んでいる語も,次のようにいくつかある.
octaacetate, octachord, octad, octagon, octahedral, octahedron, octameter, octan, octane, octant, octave, octavo, octet(te), octocentenary, octogenarian, octonary, octoploid, octopod, octopus, octoroon, octose, octosyllabic, octuple
October の -ber 語尾については,「#3073. 9月,September,長月」 ([2017-09-25-1]) で触れた通り語源不詳だが,少なくとも October の場合に関しては音韻過程の結果とは考えられないので,September など他の月名の語尾からの類推だろう.
日本語で陰暦10月を表わす「神無月」は「神の月」の意ともされるが,一方で八百万の神々が出雲大社に集結する月であるため,他の国から神がいなくなるという意味であるとも俗に言われる.出雲では,したがって,むしろ「神在月」(かみありづき)と称されるのだと.ほかには,新穀で酒を醸す月を表わす「醸成(かもな)し月」からとも,雷のない月からとも言われ,諸説がある.
月名シリーズ (month) の「9月」をお届けする.「9月」を表わす語は,古英語では hærfest-mōnaþ "harvest month" (収穫の月)だった.しかし,古英語後期にはラテン語 September (mēnsis) が借用されている.中英語ではフランス語形 Septembre が普通だったが,近代英語になると再びラテン語形 September が採用された.ラテン語 septem は "seven" の意であるから,本来は「7番目の月」を表わしていた.現在の感覚からすると2月分ずれているように見えるが,これは古代ローマ暦では1月ではなく3月を年始としていたことに由来する.
「7」を表わす印欧祖語の再建形は *septm̥ であり,ラテン語形 septem から遠くない.なお,ギリシア語では印欧祖語の s は h に対応するため,「7」は heptá となる (cf. Heptarchy (七王国),s (七書);「#350. hypermarket と supermarket」 ([2010-04-12-1]) と「#352. ラテン語 /s/ とギリシャ語 /h/ の対応」 ([2010-04-14-1]) も参照) .印欧祖語形 *septm̥ の子音 *p は,ゲルマン祖語においては Verner's Law を経て有声摩擦唇音の *ƀ となる一方で,もう1つの子音 *t は,おそらく歯音接辞を付す序数詞形において4子音連続が生じてしまうために消失したことからの類推で落ちたものと考えられる (cf. Gmc *sebunða-) .結果として Gmc 古英語 *seƀun から,古英語 seofon,オランダ語 zeven,ドイツ語 sieben などが発達した.Verner's Law については,「#104. hundred とヴェルネルの法則」 ([2009-08-09-1]),「#480. father とヴェルネルの法則」 ([2010-08-20-1]),「#858. Verner's Law と子音の有声化」 ([2011-09-02-1]) を参照されたい.
なお,October, November, December にもみられる -ber 語尾については,ラテン語 mēnsis に基づく形容詞形 *mēns-ris において,隣接する子音群の同化により -br- が現われたのではないかと推測されているが,詳細は不明である.
日本語で陰暦9月を表わす「長月」は,夜長月(ヨナガツキ)の略(あるいは稲刈月(イナカリツキ)の略)と言われるが,これは中古以来の民間語源説にすぎないという見解もある.折口信夫によれば,9月が長雨(ナガメ)の時季でもあることと関連して名付けられたのだろうとされる.
「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1]),「#2474. 数字における「底の原理」」 ([2016-02-04-1]),「#2477. 英語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-07-1]) で,フランス語と英語などの記数法について考えた.今回は,先の記事でも少し触れたフランス語の20進法の起源(説)に関する話題である.
フランス語では,10 (dix), 20 (vingt), 30 (trente), 40 (quarante), 50 (cinquante), 60 (soixante) までは各々ある程度独立した形態を示すが,70は soixante-dix (60+10),80は quatre-vingts (4x20),90は quatre-vingt-dix (4x20+10) というややこしい作りである.また,61から79までの端数,81から99までの端数は,例えば79の soixante-dix-neuf (60+10+9) や99の quatre-vingt-dix-neuf (80+10+9) のように,一層ややこしい.端数の足し算にせよ,80を表わす表現にせよ,背後に20を単位とした考え方,すなわち20進法が潜んでいるということになる.フランス語の数詞体系は,10進法と20進法の混在とみなすことができそうだ.
しかし,上記はあくまで現代標準フランス語における数詞体系の記述であって,歴史的に固定していたわけではないし,現在でもフランス語諸変種を見渡せば異なる記数法が見いだされる.まず歴史を振り返ると,842年の『ストラスブールの誓約書』に始まる最初期のフランス語から数世紀の間,すでに20進法に基づく記数法が用いられていたようだ.12世紀には,quatre-vins (80) が見られたし,中世の北フランスのオイール語では dis huit vins (360) などの大きな数にも20進法が利用されている.一方で,ラテン語に由来する10進法を用いた setante, septante (70); oitante, uitante, octante (80); nonante (90) も併用されていたことに注意が必要である.この併用状態は,1539年の「ヴィレール=コトレの勅令」以降少しずつ整理されていったが,その整理の仕方は必ずしも一貫したものではなかった.識者の間で議論はあったようだが,17世紀には常識的には自然なものと思われそうな septante, octante, nonante は捨てられ,現行のものにほぼ落ち着いた.
一方,南仏のオック語,ベルギーのフランス語,スイスのフランス語など周辺の変種では,伝統のある quatre-vingts こそ採用されたものの,10進法に基づく septante と nonante が,soixante-dix と quatre-vingt-dix に対して勝利し,標準的な記数法として定着している.これらの変種での septante, octante, nonante の使用について,松田 (28) は Douzat の興味深い発言として次の文を引いている.「これらの数字はフランスの南部,東部,スイスのフランス語地域,ベルギーのような,もっともラテン語化され,ゴール語の基層浸透の最も少ない地域にしか定着していない.」
さて,フランス語に見られる20進法の記数法のそもそもの起源についてはどうだろうか.フランス語史のほぼ初めから例証されるものであるから,さらに前の時代に遡らなければならないだろう.松田 (27) は,バスク語,ブルトン語,デンマーク語に20進法の記数法が観察されることを述べた後で,次のように議論している.
このようにみてくると,20進法はフランス語に特有のものではなく,ヨーロッパの西部に今でも残る現象であることがわかる.ところでこうした環境の中にあって,祖語のラテン語にはない20進法を,フランス語はどこからとり入れたのだろうか.quatre-vingts や soixante-dix は,ヴァルトブルクやニュロップが12世紀に初出としているのであるが,実際にはそれよりかなり前から人口にのぼっていたはずである.その起源について,学者たちの意見はほぼ一致している.ローマ人がガリアの地に侵入する以前の住先民族ケルト人がもたらしたものとする説である.いくつかの部族に分かれていたケルト民族の中には,確かに20進法を採用していた部族もいた.特にウェールズのケルト人については,非常に古い写木によって確認されているという.しかしその昔ガリア地方にいたケルト人に関する資料は残っていない.それゆえ,フランス人の祖先であるガロ=ロマン人にケルト人から数詞が伝わったことを換証することは今のところ不可能なのである.ケルト起源説以外には,ロマンス語文献学者として知られているロールフス G. Rohlfs によるノルマン起源説がある.ヴァイキングと呼ばれたノルマン人は,紀元800年頃英仏海峡に出没しはじめたが,彼らの原住地はスカンディナヴィアとデンマークであった.彼らは,911年にシャルル3世との間で交わした取り決めによって,現在ノルマンディー地方と呼ばれている地域に定住した.Marcel Cohen によれば,ノルマンディー地方のカルヴァドス県の町 Bayeux には,12世紀までデンマーク語が残っていたという.定住後のノルマン人は,1066年にイギリスに攻め込むのであるが,同じ頃その一部はイタリア南部とシチリア島に向かい,サラセン人を駆遂してここにもノルマン王国を建設した.現在の南部イタリアやシチリアの方言に20進法がみられることを文法家たちは指摘している.フランス語の20進法がどこから来たかについて,ケルト説,ノルマン説のどちらをとるにせよ,問題はフランス語の誕生以前にさかのぼることであり,検証は困難なようである.
・ 松田 孝江 「フランス語の数詞について」『大妻女子大学紀要(文系)』27巻,1995年.19--32頁.
「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1]) でちらっと触れたが,英語にも score という単位で20を底とする数え方がある.聖書に基づく表現 threescore years and ten は人間の寿命としての70年のことであり,Abraham Lincoln による The Gettysburg Address の出だしの,Four score and seven years ago (87年前)という表現は広く知られている.これらの例が示すとおり,20個1組の単位としての score は単複同形であり,複数形に -s を採らない (see 「#12. How many carp!」 ([2009-05-11-1])) .この score の使用は確かに現在では古風で周辺的といえるが,20を底とする発想が英語の言語文化に存在してきたことは確かである.
score の語源は,英語ではなく古ノルド語にある.OED の score, n. によれば,古ノルド語の女性強変化名詞 skor (notch, tally, the number of twenty) が,後期古英語に同じく女性強変化名詞 scoru として借用されたものである.ゲルマン語根 *skurō,印欧語根 *(s)ker- に遡り,原義は「切る」である (cf. shear, share) .数字の記録のための割り符 (tally) に,20ごとに1つの切れ込みを入れていった慣習に端を発するのではないかという.OED 曰く,"[Presumably from the practice, in counting sheep or large herds of cattle, of counting orally from 1 to 20, and making a 'score' (sense 9 [=tally]) or notch on a stick, before proceeding to count the next twenty.]" .この語源から推し量るに,もともとの英語文化に20進法の発想があったというよりは,古ノルド語文化の影響下でそれを部分的に用いることになったというほうが妥当なようである.
なお,OED による古英語からの初例は,"[a1100 Bury St. Edm. Rec. in A. S. Napier Old Eng. Glosses 56 Þæt is..v scora [glossed quinquies uiginti] scæp..& viii score [octies uiginti] æcere gesawen.]" として挙げられている.初例におけるラテン語 viginti の訳語として score が当てられているのも示唆的ではある.中英語以降も,例には事欠かない (cf. MED の scōr(e (n.)) .
「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1]) の記事で,フランス語の vingt や quatre-vingts にみられる20進法の発想が言語接触に起因するという説があることを示唆した.問題の言語接触の相手は,一説にはノルマン人,一説にはケルト人であるとされ,いまだ定説はないようだが,もし前者であれば問題の言語はおそらく古ノルド語という解釈になるのだろう.この諸説に関して,Académie Française の Questions de langue に言及があるので,参照されたい.このHPを教えてくださった,中央大学のフランス語の先生に感謝いたします. *
昨日の記事「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1]) では,フランス語の数詞体系の一部にみられる20進法の原理について取り上げた.イフラーの『数字の歴史』を手にとってパラパラと眺めていると,世界には実に様々な数え方があるものだと思い知らされる.諸言語の数詞体系の背後にある10進法,5進法,20進法,60進法などの考え方は「底の原理」と呼ばれるが,なぜこのように多様な底が生まれてきたのだろうか.
人間が数を抽象化する際には,基数の原則と序数の原則という2つの原則がありうる.基数の原則とは,単位1を表わすもの(たとえば棒線)を必要な数だけ単純に並べていくという発想である.きわめて単純な方法だが,表わす数が大きくなると当然ながら単純さよりも不便さが上回ってくる.対して,序数の原則とは,1から順に増えていく整数に対して互いに独立した別個の記号をあてがう方法である.例えば,私たちの常用しているアラビア数字は,<1>, <2>, <3> などの間に互いに自明な形態的関連が見いだされないため,序数の原則に基づいているといえる.序数の原則は効率はよさそうだが,数と数字の対応関係を暗記しなければならないという短所がある.
このように両原則には一長一短あるため,実際には両者の長所が最大限に活かされるような形で数詞体系が構成されてきた.数個ほどの数に対して互いに独立した記号をあてがい,大きい数はそれらの記号を特定の順序で並列させる「桁」の概念を導入したわけだ.実用目的も考慮して,人間の頭に暗記を強いることのできるのは,せいぜい数個から数十個の間にとどまり,これが10進法や20進法などの底を生み出したのだろう.
したがって,世界の数詞体系に多様性があるとはいっても,大多数の言語に観察される「底」は,上に挙げたような数種類に限られるのが現実である.だが,3進法,7進法,18進法などがまず見られないのに対して,10進法,5進法,20進法,60進法などが比較的よく見られるのはなぜだろうか.
10進法はとりわけ普遍的である.これは,間違いなく人間の指の数と関係する.通常は両手の指を用いて数えるだろうから10進法が発達したのは自然だが,片手5本指で数えるということも突飛ではない.したがって,5進法も容易に理解できる.重要なのは,10進法にせよ5進法にせよ人間の偶然の解剖学的な特徴に依存しているにすぎず,数学的な利点は特に認められないということだ.数学的に考えるならば,約数の多い12や素数たる7などのほうが優れていると論じることもできるのだ.しかし,指はなにより人間の体についている身近な存在であり,しかも序数の原則に伴う暗記の負担を考慮すると,10という底はそれなりにバランスがとれているという利点がある.こうして,10はきわめて普遍的な底となっていると考えられる.
足指も含めて考えると,20進法という発想も悪くないように思われる.昨日の記事でも触れたように,実際にケルト語,アステカ語,マヤ語などでは歴史上の早い時期から20進法のアイディアをもっていた.しかし,上述の暗記の負担はぐんと大きくなる.したがって,20進法を採るにせよ,数詞の語形成においては部分的に10進法などが前提とされていることも多い.例えば,昨日の記事で解説したように,ラテン語 viginti (20) は語源的には2と10を表わす語に分解される.
最後に,シュメール語などにみられる60進法を考えよう.60の底では暗記の負担が尋常でないことは容易に察せられるし,実際には補助的なより小さい底も導入しているのだが,60進法には天文学や数学などの学術的観点から有益な側面があるようだ.イフラーが様々な説を紹介している.60は「最も多くの約数を含んだ数の中では最も小さく,最も扱いやすいものである」 (42) とか,「1年間の日数は,端数をとれば360であり,おそらくそれによって円の360度分割が行なわれたのであろうし,また円の6分の1の弦が半径に等しいという事実から,この数によって円を6分割することが行なわれ,その結果60という数が優勢になったのだろう」 (42) とか,「正三角形が形づくる角を10等分することによって平面の60等分が行なわれた」 (42) とか,「60が底として選ばれたのは二つの民族の結合から生じたことで,一方の民族が十進法を,他方が手指を使う特殊なやり方でしかも6に基づいた方式をもたらした」 (43) など.しかし,これらの説のいずれも,確たる計量法的根拠を与えているとはみなせず,60進法の由来について定説はないというべきである.
イフラーは詳しく扱っていないが,言語のなかには12進法の発想をもつものもあり (cf. dozen) ,これは上記の60進法と関連するのではないかと想像される(イフラー,p. 42).
・ イフラー,ジョルジュ(著),松原 秀一・彌永 昌吉(訳) 『数字の歴史 人類は数をどのようにかぞえてきたか』 平凡社,1988年.
フランス語の数詞体系が複雑であることはよく知られている.1例として,vingt (20) は,80を表わす quatre-vingts 「4つの20」にも見られるように,独立した単位を形成している.これはかつての20進法の名残といわれる.英語でも,古風な表現として three scores (60) のように20を単位とする score という語があるが,個別的で周辺的な20進法の事例にすぎない.フランス語などよりも体系的に20進法の数詞体系を保持しているのは,ヨーロッパではケルト語系のみだが,世界を見渡せばアステカ語が厳密な20進法の数詞体系をもつことが知られている.20を底とする数え方は,人間の手足の指の数に基づくと考えられる.
フランス語でも,20進法の残滓は,時代を遡れば現代よりも広範に見られたようだ.イフラー (37--38) は古いフランス語を引き合いに出し,次のように述べている.
ラテン語と同じくフランス語では <vingt (20)> という語の形は(ラテン語では viginti,後期ラテン語では vinti),20をもとにして数えた伝統の名残をなしている.なぜなら,この語は明らかに <deux (2)> (duo), <dix (10)> (decem) とは無関係だからである.それに,古いフランス語では,現代フランス語の quatre-vingts (80) のような形〔訳者註:〈四つの20〉の意味〕が,かなりたくさん見られた.例えば60, 120, 140は,一般に trois-vingts (三つの20),six-vingts (六つの20),sept-vingts (七つの20)と言われていた.そうしたわけで,パリ市の220名の警察官隊の通称が,〈11の20人隊 Corps des Onze-Vingts〉となったのである.さらに,ルイ9世治世下の13世紀,盲目の老兵300人を収容するため建てられた病院には,〈15の20人病院 Hôpital des Quinze-Vingts〉という奇妙な名が付けられた(このまま現在に至っている).
引用内の記述によれば,ラテン語 viginti は,duo (2) とも decem (10) とも無関係とされているが,再建された印欧祖語形 *wīkmtī は,*wi- (two) + *dkmt- (ten) に遡るので,実は語源的に無関係ではない.ただし,共時的な機能としては,2とも10とも関連づけられて解釈されてはいなかったと思われるので,やはりラテン語 viginti やフランス語 vingt は事実上独立した単位としてみてよい.なお,英語の vicennial (20年の)は,2と10のそれぞれの語根に現われる子音(字) (v, c) を保持している.
フランス語に部分的ながらも20進法の数詞体系が含まれているのは,いかなる理由によるのか.その歴史については詳しく調査していないが,言語接触に帰する諸説が唱えられてきたようだ.
英語史に関わる他の数詞の問題に関しては,「#100. hundred と印欧語比較言語学」 ([2009-08-05-1]),「#1150. centum と satem」 ([2012-06-20-1]),「#2240. thousand は "swelling hundred"」 ([2015-06-15-1]),「#2285. hundred は "great ten"」 ([2015-07-30-1]),「#2286. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc.」 ([2015-07-31-1]),「#2304. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc. (2)」 ([2015-08-18-1]) を参照.
・ イフラー,ジョルジュ(著),松原 秀一・彌永 昌吉(訳) 『数字の歴史 人類は数をどのようにかぞえてきたか』 平凡社,1988年.
「#2286. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc.」 ([2015-07-31-1]) で,70から120までの10の倍数表現について,古英語では hund- (hundred) を接頭辞風に付加するということを見た.背景には,本来のゲルマン語の伝統的な12進法と,キリスト教とともにもたらされたと考えられる10進法との衝突という事情があったのではないかとされるが,いかなる衝突があり,その衝突がゲルマン諸語の数詞体系にどのような結果を及ぼしたのかについて,具体的なところがわからない.
もう少し詳しく調査してみようと立ち上がりかけたところで,この問題についてかなりの先行研究,あるいは少なくとも何らかの言及があることを知った.印欧語あるいはゲルマン語の比較言語学の立場からの論考が多いようだ.以下は主として Hogg and Fulk (189) に挙げられている文献だが,何点か他書からのものも含めてある.
・ Bosworth, Joseph, T. Northcote Toller and Alistair Campbell, eds. An Anglo-Saxon Dictionary. Vol. 2: Supplement by T. N. Toller; Vol. 3: Enlarged Addenda and Corrigenda by A. Campbell to the Supplement by T. N. Toller. Oxford: OUP, 1882--98, 1908--21, 1972. (sv hund-)
・ Hogg, Richard M. and R. D. Fulk. A Grammar of Old English. Vol. 2. Morphology. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
・ Lühr, R. "Die Dekaden '70--120' im Germanischen." Münchener Studien zur Sprachwissenschaft 36 (1977). 59--71.
・ Mengden, F. von. "How Myths Persist: Jacob Grimm, the Long Hundred and Duodecimal Counting." Englische Sprachwissenschaft und Mediävistik: Standpunkte, Perspectiven, neue Wege. Ed. G. Knappe. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2005. 201--21.
・ Mengden, F. von. "The Peculiarities of the Old English Numeral System." Medieval English and Its Heritage: Structure, Meaning and Mechanisms of Change. Ed. N. Ritt, H. Schendl, C. Dalton-Puffer, and D. Kastovsky. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2006. 125--45.
・ Mengden, F. von. 2010. Cardinal Numbers: Old English from a Cross-Linguistic Perspective. Berlin: De Gruyter Mouton. (see pp. 87--94.)
・ Nielsen, H. F. "The Old English and Germanic Decades." Nordic Conference for English Studies 4. Ed. G. Caie. 2 vols. Copenhagen: Department of English, University of Copenhagen, I, 1990. 105--17.
・ Voyles, Joseph B. Early Germanic Grammar: Pre-, Proto-, and Post-Germanic Languages. Bingley: Emerald, 2008. (see pp. 245--47.)
Nielsen の論文は,研究史をよくまとめているようであり,印欧語比較言語学の大家 Szemerényi が Studies in the Indo-European Systems of Numerals (1960) で唱えた純粋に音韻論的な説明を擁護しているという.
すぐに入手できる文献が少なかったので,今回は書誌を挙げるにとどめておきたい.
昨日の記事「#2285. hundred は "great ten"」 ([2015-07-30-1]) で hundred の語源を話題にしたが,古英語 hund に関してもう1つ興味深い事実がある.古英語では,10の倍数を表わすのに,現代英語で9までの数詞に -ty を付加するのと同様に,-tiġ を付加した (Campbell 284--85) .twēntiġ, þrītiġ, fēowertiġ, fīftiġ, siextiġ の如くである.ところが,70以上になると,語頭に hund が接頭辞のように付加するのだ.しかも,その方法が100,110,120まで続くのである:hundseofontiġ, hundeahtatiġ, hundnigontiġ, hundtēontiġ, hundændlæftiġ, hundtwelftiġ.この語頭の hund- は無強勢に発音され,方言によっては -un となったり,消失するなど,古英語でも早くから弱化してはいたようだ.
「100」については,この回りくどい複合形 hundtēontiġ のほかに,当然ながら単純形 hund(red) も用いられていた.これは,ゲルマン民族では本来12進法が用いられていたことと関係するようだ.古いゲルマン諸語では「100」を hundtēontiġ のように複合語として表現するのが習慣であり,単純形 hund(red) に相当する語はむしろ「120」を表わしていた (cf. long [great] hundred) .この方式を遅くまで残していたのは古ノルド語で,そこでは「100」は tīu tigir (= *tenty),「120」は hundrað,「1200」は þūsund と表現されていた.『英語語源辞典』によると,ゲルマン民族は,後におそらくキリスト教の影響で10進法へと転向したのだろうとされる.
さて,古英語の hundseofontiġ, hundeahtatiġ などの表現に戻るが,60, 70, 80, 90, 100, 110, 120 において hund- が付加するということは,やはりゲルマン民族の元来の12進法との関連を疑わざるを得ない.背後にどのような理屈があって付加されているのかについては様々な議論があるようだ.
OED より †hund, n. (and adj.) の第2語義を再現しておこう.
2. The element hund- was also prefixed in Old English to the numerals from 70 to 120, in Old English hund-seofontig, hund-eahtatig, hund-nigontig, hund-téontig, hund-endlyftig (-ælleftig), hund-twelftig, some of which are also found in early Middle English.
[No certain explanation can be offered of this hund-, which appears in Old Saxon as ant-, Dutch t- in tachtig, and may be compared with -hund in Gothic sibuntê-hund, etc., and Greek -κοντα.]
・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
「#2240. thousand は "swelling hundred"」 ([2015-06-15-1]) の記事で,thousand は語源的には "great hundred" というべきものであることを紹介した.実は,hundred 自身も似たような語源をもっており,いわば "great ten" というべきものである.
古英語 では hund 単体で「百」を表わし,第2要素の red は任意だったが,こちらはゲルマン祖語 *-rað (reckoning, number) に遡る.すなわち,hundred は期限的には「百の数」ほどの迂言的複合語である.hund という語幹に関しては,印欧語比較言語学ではよく知られており,印欧祖語 *kmto- に遡るとされる.これがグリムの法則 (grimms_law) やその他の音変化を経て,古英語の hund に至る (cf. 「#100. hundred と印欧語比較言語学」 ([2009-08-05-1]),「#1150. centum と satem」 ([2012-06-20-1])).
ところで,*kmto- の子音部分 *km(t)- は「十」 (ten) を表わし,*kmto- で全体として "ten tens" ほどを表わす.*km(t)- が「十」を表わすことは,ラテン語の vīgintī (twenty), trīgintā (thirty), quadrāgintā (forty) や対応するギリシア語の数詞に現われる語尾からも知られる.
では,印欧祖語 *km(t)- が「十」を表わすとして,英語の ten やラテン語 decem の語形,とりわけ語頭の歯茎破裂音はどのように説明されるのだろうか.これらの語頭子音に対しては印欧祖語 *d が再建されており,「十」を表わす印欧祖語形として,この子音を含めた *(d)kmtom を想定することができる.ここからラテン語 decem は比較的容易に導くことができるし,英語 ten は *k が弱化して消失した形態からの発展と説明することができる.また,十の位の数詞に現われる -ty (< OE -tiġ) では,今度は鼻音が消失したことになる.
以上のように,印欧諸語では,十と百(と千)とは,語源的に互いに密接な関係にある.10を語根として,形態素を加えることで102 ("great ten" or "ten tens") を作り,さらに103 ("great great ten" or "ten of ten tens") を作ったのである.
・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
・ Klein, Ernest. A Comprehensive Etymological Dictionary of the English Language, Dealing with the Origin of Words and Their Sense Development, Thus Illustrating the History of Civilization and Culture. 2 vols. Amsterdam/London/New York: Elsevier, 1966--67. Unabridged, one-volume ed. 1971.
先日,thousand の語源が「膨れあがった百」であることを初めて知った.現代英語の thousand からも古英語の þūsend からも,hund(red) が隠れているとは想像すらしなかったが,調べてみると PGmc *þūs(h)undi- に遡るといい,なるほど hund が隠れている.印欧祖語形としては *tūskm̥ti が再建されており,その第1要素は *teu(ə)- (to swell, be strong) である.これはラテン語動詞 tumēre (to swell) を生み,そこから様々に派生した上で英語へも借用され,tumour, tumult などが入っている.ギリシア語に由来する tomb 「墓,塚」もある.また,ゲルマン語から英語へ受け継がれた語としては thigh, thumb などがある.腿も親指も,膨れあがって太いと言われればそのとおりだ.かくして,thousand は「膨れあがった百」ほどの意となった.
一方,ラテン語の mille (thousand) は,まったく起源が異なり,thousand との接点はないようだ.では mille の起源は何かというと,これが不詳である.印欧祖語には「千」を表わす語は再建されておらず,確実な同根語もみられない.英語には早い段階で mile が借用され,millenium, millepede, milligram, million などの語では combining form (cf. 「#552. combining form」 ([2010-10-31-1])) として用いられるなど活躍しているのだが,謎の多い語幹である.
hundred を表わす印欧語根については,「#100. hundred と印欧語比較言語学」 ([2009-08-05-1]),「#1150. centum と satem」 ([2012-06-20-1]) を参照.
英語史では,否定の統語的変化が時代とともに以下のように移り変わってきたことがよく知られている.Jespersen が示した有名な経路を,Ukaji (453) から引こう.
(1) ic ne secge.
(2) I ne seye not.
(3) I say not.
(4) I do not say.
(5) I don't say.
(1) 古英語では,否定副詞 ne を定動詞の前に置いた.(2) 中英語では定動詞の後に補助的な not を加え,2つの否定辞で挟み込むようにして否定文を形成するのが典型的だった.(3) 15--17世紀の間に ne が弱化・消失した.この段階は動詞によっては18世紀まで存続した.(4) 別途,15世紀前半に do-periphrasis による否定が始まった (cf. 「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]),「#1596. 分極の仮説」 ([2013-09-09-1])) .(5) 1600年頃に,縮約形 don't が生じた.
(2) 以下の段階では,いずれも否定副詞が定動詞の後に置かれてきたという共通点がある.ところが,稀ではあるが,後期中英語から近代英語にかけて,この伝統的な特徴を逸脱した I not say. のような構文が生起した.Ukaji (454) の引いている例をいくつか挙げよう.
・ I Not holde agaynes luste al vttirly. (circa 1412 Hoccleve The Regement of Princes) [Visser]
・ I seyd I cowde not tellyn that I not herd, (Paston Letters (705.51--52)
・ There is no need of any such redress, Or if there were, it not belongs to you. (Sh. 2H4 IV.i.95--96)
・ I not repent me of my late disguise. (Jonson Volp. II.iv.27)
・ They ... possessed the island, but not enjoyed it. (1740 Johnson Life Drake; Wks. IV.419) [OED]
従来,この奇妙な否定の語順は,古英語以来の韻文の伝統を反映したものであるとか,強調であるとか,(1) の段階の継続であるとか,様々に説明されてきたが,Ukaji は (3) と (4) の段階をつなぐ "bridge phenomenon" として生じたものと論じた.(3) と (4) の間に,(3') として I not say を挟み込むというアイディアだ.
これは,いかにも自然といえば自然である.(3') I not say は,do を伴わない点で (3) I say not と共通しており,一方,not が意味を担う動詞(この場合 say)の前に置かれている点で (4) I do not say と共通している.(3) と (4) のあいだに統語上の大きな飛躍があるように感じられるが,(3') を仮定すれば,橋渡しはスムーズだ.
しかし,Ukaji 論文をよく読んでみると,この橋渡しという考え方は,時系列に (3) → (3') → (4) と段階が直線的に発展したことを意味するわけではないようだ.Ukaji は,(3) から (4) への移行は,やはりひとっ飛びに生じたと考えている.しかし,事後的に,それを橋渡しするような,飛躍のショックを和らげるようなかたちで,(3') が発生したという考えだ.したがって,発生の時間的順序としては,むしろ (3) → (4) → (3') を想定している.このように解釈する根拠として,Ukaji (456) は,(4) の段階に達していない have や be などの動詞は (3') も示さないことなどを挙げている.(3) から (4) への移行が完了すれば,橋渡しとしての (3') も不要となり,消えていくことになった.と.
英語史における橋渡しのもう1つの例として,Ukaji (456--59) は "compound numeral" の例を挙げている.(1) 古英語から初期近代英語まで一般的だった twa 7 twentig のような表現が,(2) 16世紀初頭に一般化した twenty-three などの表現に移行したとき,橋渡しと想定される (1') twenty and nine が15世紀末を中心にそれなりの頻度で用いられていたという.(1) から (2) への移行が完了したとき,橋渡しとしての (1') も不要となり,消えていった.と.
2つの例から一般化するのは早急かもしれないが,Ukaji (459) は統語変化の興味深い仮説を提案しながら,次のように論文を結んでいる.
I conclude with the hypothesis that syntactic change tends to be facilitated via a bridge sharing in part the properties of the two chronological constructions involved in the change. The bridge characteristically falls into disuse once the transition from the old to the new construction is completed.
・ Ukaji, Masatomo. "'I not say': Bridge Phenomenon in Syntactic Change." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 453--62.
序数詞を作る接尾辞に -th がある.最初の3つの序数詞 first, second, third は「#67. 序数詞における補充法」 ([2009-07-04-1]) でみたように語尾が特殊であり,fifth, twelfth も「#1080. なぜ five の序数詞は fifth なのか?」 ([2012-04-11-1]) でみたように基数詞の語幹末子音が無声化している点で例外的にみえるが,その他は基本的には基数詞に -th をつければよい.fourth, tenth, hundredth, millionth のごとく規則的である.
しかし,規則のなかの不規則と呼びうるものに,twentieth から ninetieth までの8つの -ieth 語尾がある.twentieth でいえば,発音は */ˈtwentiθ/ ならぬ /ˈtwentiəθ/ であり,序数詞語尾の e が発音されるために,全体として3音節となることに注意したい.なぜ素直に twenty + th の綴字および発音にならないのだろうか.
古英語では,20, 30, 40 . . . の基数詞は twēntiġ, þrītiġ, fēowertiġ のように,半子音 ġ で終わっていた.これらの基数詞を序数詞にするには,つなぎ母音を頭にもつ接尾辞の異形態 -oða, -oðe を付加し,twēntiġoða, þrītiġoða, fēowertiġoða のようにした.基数詞においては,後にこの半子音は先行する母音 /i/ に吸収されて消失したが,序数詞においては,この半子音と接尾辞のつなぎ母音の連鎖が曖昧母音 /ə/ として生き残ったものと考えられる.つまり,twentieth のやや不規則な綴字と発音は,歴史的には,10の倍数を表わす基数詞が,語尾にある種の子音的な ġ を保持していたことに部分的に起因するといえる.
しかし,実際の歴史的発展は,古英語から現代英語にかけて上の説明にあるように直線的だったわけではないようだ.というのは,古英語でもつなぎ母音のない twentigþa のような綴字はあったし,中英語では twentiþe, twentythe などの素直な綴字も普通にみられたからだ (cf. MED twentīeth (num.)) .むしろ,現在の形態は,16世紀になってから顕著になってきた.例えば,Shakespeare では,Quarto 版では twentith,1st Folio 版では twentieth (MV 4.1.329, Ham 3.4.97) と綴られており,通時的変化を示唆している.おそらくは,時代によって,方言によって,つなぎ母音の有無はしばしば交替したと思われ,初期近代英語期における語形の標準化の流れのなかで,つなぎ母音のある形態が選択されたということなのではないか.
以下,参考までに OED による序数詞接尾辞 -th, suffix2 の解説を貼りつけておく.
Forming ordinal numbers; in modern literary English used with all simple numbers from fourth onward; representing Old English -þa, -þe, or -oða, -oðe, used with all ordinals except fífta, sixta, ellefta, twelfta, which had the ending -ta, -te; in Sc., north. English, and many midland dialects the latter, in form -t, is used with all simple numerals after third (fourt, fift, sixt, sevent, tent, hundert, etc.). In Kentish and Old Northumbrian those from seventh to tenth had formerly the ending -da, -de. All these variations, -th, -t, -d, represent an original Indo-European -tos (cf. Greek πέμπ-τος, Latin quin-tus), understood to be identical with one of the suffixes of the superlative degree. In Old English fífta, sixta, the original t was retained, being protected by the preceding consonant; the -þa and -da were due to the position of the stress accent, according to Verner's Law. The ordinals from twentieth to ninetieth have -eth, Old English -oða, -oðe. In compound numerals -th is added only to the last, as 1/1345, the one thousand three hundred and forty-fifth part; in his one-and-twentieth year.[ 固定リンク | 印刷用ページ ]
「#643. 独立した音節として発音される -ed 語尾をもつ過去分詞形容詞」 ([2011-01-30-1]), 「#712. 独立した音節として発音される -ed 語尾をもつ過去分詞形容詞 (2)」 ([2011-04-09-1]), 「#752. 他動詞と自動詞の特殊な過去分詞形容詞」 ([2011-05-19-1]) で関連する話題に触れたが,現代英語には過去分詞の用法に応じて2つの異なる形態を示す drunk / drunken, bent / bended, proved / proven, beloved / belovèd のようなペアがある.短い前者は叙述的に,1音節分長い後者は限定的に用いられる傾向がある.以前の記事では,リズムと関連づけて,この使い分けについて論じた.
上記のペアはいずれも動詞の過去分詞形容詞の例だが,動詞由来ではない形容詞にも,2つの異形態をもつ例が近代英語に見られた.両者がどの程度関連するかはわからないが,使い分けがあるという点で類似しているので紹介したい.two / twain, my / mine, thy / thine, old / olden の各ペアにおいて,後者の形態は語尾に /n/ を含む分だけ長いという形態上の特徴があるが,用法としても後者は前者に比べていくぶん癖がある.荒木・宇賀治 (462) を参照して,それぞれの特徴をまとめよう.
(1) two / twain
twain は古英語 tweġen の男性主格・対格の形態に由来し,two は対応する女性・中性の形態に由来する.twain は two とともに中英語を通じて広く用いられ,近代英語期に入ってからも,(i) 名詞の後置修飾語として,(ii) 代名詞の後置同格語として,(iii) 叙述用法として,用いられていた.twain は two に押され続けてはきたが,用法を狭めながらも近代英語まで生き延びたことになる.
・ I have receivyd twaine your lettres. (1554 Cdl. Pole in Eng. Hist. Rev.)
・ lovers twain (MND. V. i. 151)
・ O Perdita, what have we twain forgot! (Wint. IV. iv. 673)
・ I must become a borrower of the night For a dark hour or twain. (Mac. III. i. 26--27)
・ Thou and my bosom henceforth shall be twain. (Rom. III. v. 240)
twain が脚韻のために利用されやすかったことは言うまでもない.
(2) my / mine, thy / thine
それぞれ古英語の人称代名詞の属格形 mīn, þīn に遡る.所有を表わす限定用法において,各ペアの前者の形態 my, thy では子音の前位置で /n/ が脱落したもので,後者の形態 mine, thine では母音の前で /n/ が保持されたものである.この使い分けは,13世紀頃から18世紀初期まで続いた.一方,単独で用いられる叙述用法では,mine, thine の /n/ を有する形態だけが選ばれ,現在に至る.
(3) old / olden
olden は15世紀前半に初出したが,常に頻度の低い異形態だった.Shakespeare では1度のみ "Blood hath been shed ere now, i' the olden time," (Mac. III. iv. 75) として現われ,おそらくここから the olden time という表現が広まったものと思われる.Scott にも olden times という例が見られる.19世紀に例外的に叙述用法が生じたが,現代英語では原則としてもっぱら上記の限定句内で用いられる.
いずれのペアでも長い形態には /n/ が語末に加えられているが,実際に音節を増やす(したがってリズムに関与しうると考えられる)のは (3) のみである.(3) では2音節の olden が限定用法としての使用に限られており,これは ##643,712 で示したリズムによる説明に合致する.(1), (2) では,音節は追加しないものの /n/ を付した長い形態のほうが,むしろ限定用法を失ってきたのが,(3) に比して対照的である.
・ 荒木 一雄,宇賀治 正朋 『英語史IIIA』 英語学大系第10巻,大修館書店,1984年.
現代の英語や日本語でも,時々ローマ数字 (Roman numerals) が使われる機会がある.例えば,番号,年号,本のページ,時計の文字盤などに現役で使用されている.現代英語からの例をいくつか挙げよう.
・ It was built in the time of Henry V.
・ For details, see Introduction page ix.
・ Do question (vi) or question (vii), but not both.
・ a fine XVIII-century' English walnut chest of drawers
ローマ数字は,ほんの数種類の文字と組み合わせ方の単純な原理さえ覚えれば,大きな数も難なく表わすことができるという長所をもち,ヨーロッパで2000年以上にわたる伝統を誇ってきた.10進法のなかに5進法が混在しており,後者にはギリシアのアッティカ式の影響が見られる.IV = 4, IX = 9 など減法も利用したやや特異な記数法である.以下に凡例を掲げよう.
1 | I |
2 | II |
3 | III |
4 | IV |
5 | V |
6 | VI |
7 | VII |
8 | VIII |
9 | IX |
10 | X |
11 | XI |
12 | XII |
13 | XII |
14 | XIV |
19 | XIX |
20 | XX |
21 | XXI |
30 | XXX |
40 | XL |
45 | XLV |
50 | L |
60 | LX |
90 | XC |
100 | C |
500 | D |
1000 | M |
1998 | MCMXCVIII |
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