hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 4 5 次ページ / page 4 (5)

gender - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-23 11:02

2014-06-24 Tue

#1884. フランス語は中英語の文法性消失に関与したか [personal_pronoun][gender][prescriptive_grammar][norman_french][norman_conquest][bilingualism][french][contact][inflection][singular_they]

 昨日の記事「#1883. 言語における性,その問題点の概観」 ([2014-06-23-1]) に関連して,英語では generic 'he' の問題,そしてその解決策として市民権を得てきている「#1054. singular they」 ([2012-03-16-1]) の話題が思い出される.singular they について,最近ウェブ上で A Linguist On the Story of Gendered Pronouns という記事を見つけたので紹介したい.singular they の例が Chaucer など中英語期からみられること,generic 'he' の伝統は18世紀後半の規範文法家により作り出されたものであることなど,この問題に英語史的な観点から迫っており,一読の価値がある.
 しかし,記事の後半にある一節で,フランス語が中英語期の文法性の消失に部分的に関与していると示唆している箇所について疑問が生じた.記事の筆者によれば,当時のイングランドにおける英語と Norman French との2言語使用状況が2つの異なる文法性体系を衝突させ,これが一因となって英語の文法性体系が崩壊することになったという.もっとも屈折語尾の崩壊が性の崩壊の主たる原因と考えているようではあるが,上のような議論は一般的に受け入れられているわけではない(ただし,「#1252. Bailey and Maroldt による「フランス語の影響があり得る言語項目」」 ([2012-09-30-1]) や,中英語が古英語とフランス語の混成言語であるとするクレオール語仮説の議論 ##1223,1249,1250,1251 を参照されたい).

So what you really have is an extended period of several centuries in which many people were more-or-less proficient in both Norman French and Anglo Saxon, which in actual fact meant speaking the highly intermingled versions known as Anglo-Norman and Middle English. But words that belong to one gender in one language don't necessarily belong to the same gender in the other. To use a modern example, the word for "bridge" in French, pont, is masculine, but the word for "bridge" in German, ''Brücke, is feminine. If you couple this with the fact that people had begun to stop pronouncing altogether the endings that indicate a word窶冱 gender and case, you can see how these features became irrelevant for the language in general.


 まず,当時のイングランドの多くの人が程度の差はあれ2言語話者だったということが,どの程度事実と合っているのかという疑問がある.貴族階級のフランス系イングランド人や知識階級の人々は多かれ少なかれバイリンガルだった可能性は高いが,大多数の庶民は英語のモノリンガルだった(「#338. Norman Conquest 後のイングランドのフランス語母語話者の割合」 ([2010-03-31-1]) および「#661. 12世紀後期イングランド人の話し言葉と書き言葉」 ([2011-02-17-1]) の記事を参照).英語の言語変化の潮流を決したのはこの大多数のモノリンガル英語話者だったに違いなく,社会的な権力はあるにせよ少数のバイリンガルがいかに彼らに言語的影響を及ぼしうるのか,はなはだ疑問である.
 次に,「#1223. 中英語はクレオール語か?」 ([2012-09-01-1]) でみたように,一般にフランス語の英語への直接的な言語的影響は些細であるという説得力のある議論がある.語彙や綴字習慣を除けば,フランス語が英語に体系的に影響を与えた言語項目は数少ない.ただし,間接的な影響,社会言語学的な影響は甚大だったと評価している.それは,「#1171. フランス語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-11-1]) や「#1208. フランス語の英文法への影響を評価する」 ([2012-08-17-1]) で論じた通りである.
 今回の性の消失という問題に対するには,フランス語によるこの間接的な効果,屈折語尾の消失を間接的に促したという効果を指摘するだけで十分ではないだろうか,

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-06-23 Mon

#1883. 言語における性,その問題点の概観 [gender][gender_difference][category][agreement][personal_pronoun][title][address_term][political_correctness][sociolinguistics][language_planning]

 言語と性 (gender) を巡る諸問題について,本ブログでは gendergender_difference の記事で考察してきた.そのなかには,文法性 (grammatical gender) という範疇 (category) ,統語上の一致 (agreement) ,人称代名詞 (personal_pronoun) の指示対象など,形式的・言語学的な問題もあれば,性差に関する political_correctnessMiss/Mrs./Ms. などの称号 (title) ,談話の男女差,女性の言語変化への関与など,文化的・社会言語学的な問題もある.言語における性の問題はこのように広い領域を覆っている.
 このように広すぎて見通しが利かない分野だという印象をもっていたのだが,Hellinger and Bussmann 編 Gender across Languages の序章を読んで,頭がクリアになった.章節立て (1) を眺めるだけでも,この領域の覆う範囲がおよそ理解できるような,すぐれた構成となっている.

1. Aims and scope of "Gender across languages"
2. Gender classes as a special case of noun classes
   2.1 Classifier languages
   2.2 Noun class languages
3. Categories of gender
   3.1 Grammatical gender
   3.2 Lexical gender
   3.3 Referential gender
   3.4 "False generics": Generic masculines and male generics
   3.5 Social gender
4. Gender-related structures
   4.1 Word-formation
   4.2 Agreement
   4.3 Pronominalization
   4.4 Coordination
5. Gender-related messages
   5.1 Address terms
   5.2 Idiomatic expressions and proverbs
   5.3 Female and male discourse
6. Language change and language reform
7. Conclusion


 この著書は "Gender across languages" と題する研究プロジェクトの一環として出版されたものだが,そのプロジェクトの主たる関心を5点にまとめると以下のようになる (Hellinger and Bussmann 2) .

 (1) 注目する言語は文法性をもっているか.もっているならば,一致,等位,代名詞化,語形成などにおける体系的な特徴は何か.
 (2) 文法性がない言語ならば,女性限定,男性限定,あるいは性不定の人物を指示するのにどのような方法があるか.
 (3) 中立的な文脈で人を指すときに男性がデフォルトであるような表現を用いるなどの非対称性が見られるか.
 (4) 性差に関わる社会文化的な階層やステレオタイプを表わす慣用句,比喩,ことわざなどがあるか.
 (5) 性差と言語の変異・変化はどのように関わっているか.言語改革についてはどうか.

 編者たちは,言語における性は,形式言語学上の問題にとどまらず,社会言語学的な含意のある問題であることを強く主張している.大きな視点を与えてくれる良書と読んだ.

 ・ Hellinger, Marlis and Hadumod Bussmann, eds. Gender across Languages: The Linguistic Representation of Women and Men. Vol. 1. Amsterdam: John Benjamins, 2001.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-07-09 Tue

#1534. Dyirbal 語における文法性 [gender][sapir-whorf_hypothesis][linguistic_relativism]

 古英語を含め印欧語族の諸言語には文法性 (grammatical gender) が存在する.その他の世界の諸言語にも文法性という文法範疇をもつものが少なくない.なぜ言語に文法性が存在するのかという一般的な問題は興味深いが,個別言語の文法性の体系を合理的に説明することは難しい.「#1135. 印欧祖語の文法性の起源」 ([2012-06-05-1]) の記事でその発生に関する「世界観」説を概略したが,共時的にみればおよそ脈絡のないのが文法性である.同じ印欧語族に属するものの,太陽を表わす名詞は,古英語で女性 (sunne) ,フランス語で男性 (soleil) ,ロシア語で中性 (coлhцe) である.
 性の数も言語によって異なる.「#487. 主な印欧諸語の文法性」 ([2010-08-27-1]) で見たように,印欧諸語で3性あるいは2性の区別が多いが,英語のように文法性が消失したものもある.印欧語族から外に目を移すと,さらに多くの性を区別する言語もある.そのような言語では男性,女性,中性のほかに弁別的なラベルを考えるだけでも一苦労であり,いっそのことI類,II類,III類などと名付けたほうがよい.
 文法性はしばしば話者集団の世界観や宗教観を反映するといわれるが,この点について社会言語学のテキストなどでよく言及される言語に,オーストラリア北西部の原住民によって話される Dyirbal 語がある(Ethnologue より Dyirbal およびオーストラリア北部の言語地図の右端を参照).この言語では,名詞が4つのクラスに分類されている.各クラスに属する名詞の典型例は以下の通りである(今井,p. 32 より).

 第一クラス…「バイ」 (Bayi) --- 人間の男,カンガルー,オポッサム(有袋類の小動物),コウモリ,ヘビの大部分,魚の大部分,鳥の一部分,昆虫の大部分,月,嵐,虹,ブーメラン,一部の槍
 第二クラス…「バラン」 (Balan) --- 人間の女,バンディクート(中型有袋類),イヌ,カモノハシ,一部のヘビ,一部の魚,ほとんどの鳥,蛍,サソリ,コオロギ,星,一部の槍,一部の木,水,火をはじめとした危険なもの
 第三クラス…「バラム」 (Balam) --- 食べられる実とその実がとれる植物,芋類,シダ,ハチミツ,タバコ,ワイン,ケーキ
 第四クラス…「バラ」 (Bala) --- 体の部位,肉,蜜蜂,風,一部の槍,木の大部分,草,泥,石,言語


 大雑把にいえば,第一クラスは人間の男性と動物,第二クラスは人間の女性,水,火,危険なもの,第三クラスは植物性の食べ物,第四クラスはそれ以外という分類だが,個々の名詞については例外と見えるものが多く,分類基準に一貫性がないように思われる.
 しかし,Dyirbal の世界観や神話を参照すると,理解できる項目が増えてくる.Dyirbal では魚は動物と考えられており,原則として第一クラスに所属している.また,関連して「釣糸」や「槍」も同じ第一クラスに所属することになる.ところが,オニオコゼやサヨリは危険な魚として第二クラスに入れられる.鳥が第二クラスに入っているのは,Dyirbal の神話では鳥が死んだ女性の精とみなされているからだ.また,月と太陽が夫婦であるというのも神話の一部である (Romain 27--28) .
 このような Dyirbal の文法性の区分法は,「#1484. Sapir-Whorf hypothesis」 ([2013-05-20-1]) を支持する論者にとっては貴重な証拠だろう.

 ・ 今井 むつみ 『ことばと思考』 岩波書店〈岩波新書〉,2010年.
 ・ Romain, Suzanne. Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics. 2nd ed. Oxford: OUP, 2000.

Referrer (Inside): [2017-02-17-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-06-22 Sat

#1517. 擬人性 [gender][personal_pronoun][etymology][mythology][personification]

 近現代英語では無生物の指示対象は中性として扱われるが,ときに擬人化 (personification) され,男性あるいは女性として扱われる場合がある.これを擬人性 (gender of animation) という.近現代英語の擬人性と初期中英語以前に機能していた文法性 (grammatical gender) とは,関与の認められるものもないではないが,両者は本質的に区別すべきものである.擬人性において付与されるのが男性か女性かを決定する要因には,以下の3点が認められる(『新英語学辞典』 pp. 469--70).

 (1) 神話・伝説・古典などの影響.moon は Phoebe, Luna, Diana との同一視から女性とされる.同様に love は Eros, Cupid より,war は Mars より男性とされる.なお,古英語 mōna は男性名詞,lufu は女性名詞だったので,語源的な関与は否定される.
 (2) 語源・語史的影響.Rome はラテン語の女性名詞 Roma より,virtue は古仏語の女性名詞 vertu より,darkness は古英語の女性名詞語尾 -nes より,それぞれ擬人性が与えられているとされる.しかし,このように語源・語史的影響を想定する場合でも,歴史的に連続性があるのか,あるいは語源への参照の結果なのか,あるいは両者を区別することはできないのかという問題は,個々の例について考慮する必要があるだろう.特に国名については,「#1028. なぜ国名が女性とみなされてきたのか」 ([2012-02-19-1]) を参照.
 (3) 心理的影響.対象に対する主観的感情に基づき,雄大・強烈なものを男性,優美・可憐なもの,多産なものを女性とするなどの例がある.男性として wind, ocean, summer, anger, death などが,女性として nature, spring, art, night, wisdom などがある.また,乗物や所持品など,運転者や所有者が愛着を表わすものに対して付与する性を心理的性 (psychological gender) と呼び,典型的に口語において男性の所有者が対象物を she と言及する例が多いが,所有者が女性の場合には he と言及することもありうる.関連して,「#852. 船や国名を受ける代名詞 she (1)」 ([2011-08-27-1]) 及び「#853. 船や国名を受ける代名詞 she (2)」 ([2011-08-28-1]) を参照.

 心理的影響による擬人性は主観的で任意であるため,ある意味で応用範囲は広い.ハリケーンや人工頭脳機器を女性に見立てる英語の傾向については,「#890. 人工頭脳系 acronym は女性名が多い?」 ([2011-10-04-1]) を参照.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-04-15 Mon

#1449. 言語における「範疇」 [category][number][gender][tense][aspect][person][mode][terminology][sapir-whorf_hypothesis][linguistic_relativism]

 言語学では範疇 (category) という術語が頻用される.もともとは哲学用語であり,日本語の「範疇」は,中国の『書経』の「洪範九疇」ということばをもとに,英語 category やドイツ語 Kategorie の訳語として,明治時代の西洋哲学の移入時に,井上哲次郎(一説に西周)が作ったものとされる.原語はギリシア語の katēgoríā であり,その動詞 katēgoreînkata- (against) + agoreúein (to speak in the assembly) から成る.「公の場で承認されうる普遍的な概念の下に包みこんで訴える」ほどの原義に基づいて,アリストテレスは「分類の最も普遍的な規定,すなわち最高類概念」の語義を発展させ,以降,非専門的な一般的な語義「同じ種類のものの所属する部類・部門」も発展してきた.
 英語の category も,まずは16世紀末に哲学用語としてラテン語から導入され,17世紀中葉から一般用語として使われ出した.現在では,OALD8 の定義は "a group of people or things with particular features in common" とあり,日常化した用語と考えてよい.
 では,言語学で用いられる「範疇」とは何か.さすがに専門用語とだけあって,日常的な単なる「部類・部門」の語義で使われるわけではない.では,言語的範疇の具体例を見てみよう.英文法では文法範疇 (grammatical category) ということが言われるが,例えば数 (number) ,人称 (person) ,時制 (tense) ,法 (mode) などが挙げられる.これらは動詞を中心とする形態的屈折にかかわる範疇だが,性 (gender or sex) など語彙的なものもあるし,定・不定 (definiteness) や相 (aspect) などの統語的なものもある.これらの範疇は英文法の根本にある原理であり,文法記述に欠かせない概念ととらえることができる.これで理解できたような気はするが,では,言語的範疇をずばり定義せよといわれると難しい.このもやもやを解決してくれるのは,Bloomfield の定義である.以下に引用しよう.

Large form-classes which completely subdivide either the whole lexicon or some important form-class into form-classes of approximately equal size, are called categories. (270)


 文法性 (gender) で考えてみるとわかりやすい.名詞という語彙集合を前提とすると,例えばフランス語には形態的,統語的な振る舞いに応じて,規模の大きく異ならない2種類の部分集合が区別される.一方を男性名詞と名付け,他方を女性名詞と名付け,この区別の基準のことを性範疇を呼ぶ,というわけである.
 category の言語学的用法が一般的用法ではなく哲学的用法に接近していることは,言語的範疇がものの見方や思考様式の問題と直結しやすいからである.この点についても,Bloomfield の説明がすばらしい.

The categories of a language, especially those which affect morphology (book : books, he : she), are so pervasive that anyone who reflects upon his language at all, is sure to notice them. In the ordinary case, this person, knowing only his native language, or perhaps some others closely akin to it, may mistake his categories for universal forms of speech, or of "human thought," or of the universe itself. This is why a good deal of what passes for "logic" or "metaphysics" is merely an incompetent restating of the chief categories of the philosopher's language. A task for linguists of the future will be to compare the categories of different languages and see what features are universal or at least widespread. (270)


 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2012-06-05 Tue

#1135. 印欧祖語の文法性の起源 [gender][indo-european][hittite]

 標記の問題は,多くの人が関心をもつ問題である.[2010-08-27-1]の記事「#487. 主な印欧諸語の文法性」でみたように,現代英語や少数の言語は例外として,印欧諸語の大部分が文法的な性 (grammatical gender) の体系を保持している.この自然性 (natural gender) とは一致しない,不合理にみえる名詞の分類法はいったいどのような動機づけで発生したのだろうか.諸説紛々としているが,1つの説として Szemerényi (155--57) の論に耳を傾けよう.
 再建された形態論に従えば,印欧祖語には男性 (masculine) ,女性 (feminine) ,中性 (neuter) の3性があったとされる.この3性体系は,Balto-Slavic や Germanic を中心に多く保持されているが,中性名詞が男性と女性へ割り振られて2性体系へと再編成された言語も,Lithuanian やロマンス諸語など,少なくない.
 さて,印欧祖語の3性体系は,その前段階として想定される共性 (common) と中性 (neuter) の2性体系から分化・発達したものと考えられる.というのは,古代の屈折クラスでは,男性と女性とは類似した屈折要素を示しているが (ex. patēr, mētēr; see also ##698,699) ,中性はそれらと対立していたからである.印欧祖語の段階ではすでに,共性から分化する形で女性が確立していたと考えてよいが,共性と中性の2性体系が前段階にあったという仮説には一理ある.
 共性から女性が分化・発達したのはなぜかという問題についても百家争鳴だが,伝統的な見解によれば,たまたま特定の音形をもっていた「女性」などを意味する語の形態がモデルとなり,そこに含まれる母音などが,他の名詞においても女性名詞を標示するものとして機能するようになったのではないかといわれる.
 では,原初の共生と中性の2性システムが,そもそも最初に生じたのはなぜだろうか.Meillet の見解はこうである.印欧祖語では,いくつかの重要な概念に対して,有生的 (animate) なとらえ方と無生的 (inanimate) なとらえ方の2種類が区別されており,それぞれに異なる形態が割り当てられていた.例えば,「火」はラテン語では ignis だが,ギリシア語には,まったく異なる語根を反映する pûr がある.同様に,「水」はラテン語 aqua に対してギリシア語 húdōr がある,等々.森羅万象を有生に見立てるか,無生に見立てるかという世界観に基づいて,共性と中性という2性体系が生じたということではないか.
 なお,文証される印欧語として最も古い Hittite は,共性と中性の2性体系である.これほど古い段階の印欧語が2性体系だったということは,印欧祖語の性体系の議論にも大きな影響を及ぼす.Hittite の2性体系は,印欧祖語の3性体系から女性が失われた結果を示すのか,あるいは印欧祖語がいまだ2性体系だった早い時代に分岐したことを示すのか.比較言語学のミステリーである.

 ・ Szemerényi, Oswald J. L. Introduction to Indo-European Linguistics. Trans. from Einführung in die vergleichende Sprachwissenschaft. 4th ed. 1990. Oxford: OUP, 1996.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2012-03-16 Fri

#1054. singular they [personal_pronoun][gender][political_correctness][number][agreement][prescriptive_grammar][singular_they]

 現代英語の問題としてしばしば取り上げられる singular they について.「#275. 現代英語の三人称単数共性代名詞」の記事 ([2010-01-27-1]) でも取り上げたが,現代英語には any, each, every, no などで修飾された形態的に単数である人を表わす名詞を,後で受けるための適切な代名詞がない.he で代表させようとすると男尊女卑と言われかねず,かといって she で代表させるのもしっくりこない.it だとモノ扱いのようで具合が悪い.性を問わない they を用いれば,伝統主義の規範文法家の大好きな数の一致 (agreement) という規則に抵触し,槍玉にあげられかねない.現実の語法としては,最後に挙げた singular they が勢力を得ているが,そのような問題の生じないように文を改めよという助言もよく聞かれる.
 このような現代的とされる語法上の問題は,実は現代英語で生じたものではなく,古い歴史をもっているものが多い.OED の "they, pers. pron." B. 2. によると,"Often used in reference to a singular noun made universal by every, any, no, etc., or applicable to one of either sex (= 'he or she'). See Jespersen Progress in Lang. §24." とあり,その初例は1526年である.細江 (254--56) には,近代英語からの例がいろいろと挙げられている.いくつかを抜き出そう.

 ・ Let each esteem others better than themselves.---Philippians, ii. 3.
 ・ Each was swayed by the emotion within them, much as the candle-flame was swayed by the tempest without.---Hardy.
 ・ Nobody knows what it is to lose a friend till they have lost him.---Fielding.
 ・ Everyone must judge of their feelings.---Byron.
 ・ No one in their senses could doubt.---Dickens.
 ・ Nobody will come in, will they?---Priestley.


 each などが先行しない単数名詞が they で受けられている例もある.

 ・ The feelings of the parent upon committing the cherished object of their cares and affections to the stormy sea of life.---S. Ferrier.
 ・ A person can't help their birth.---Thackeray


 they の数の不一致の問題は,英語の代名詞体系が否応なく内包する問題である.フランス語では,このような場合に便利な soi, son などの語が用意されており,問題とはならない.英語にとっての解決法は,問題の語法をまったく使わないという回避策を採らないとするのであれば,代名詞体系を改変するか,既存の体系内の運用で対処するかである.前者については,[2010-01-27-1]の記事で示したように,様々な語が提案されたが,文書で時折見られる s/he でさえ好まれているとは言い難い.後者の有力候補である singular they は,歴史的にも連綿と行なわれてきたし,その苦肉の策たることは誰しもが理解しているのであり,共感を誘う.その苦肉は,以下の例のなかにも見て取ることができる.

 ・ If an ox gore a man or a woman, that they die; then the ox shall be surely stoned.---Exodus, xxi. 28.


 Burchfield も認めている通り,すでに大勢は決せられているといってよい.
 関連して,愚痴を一つ.英語で論文執筆の際に,引用している著者の性別の見当がつかず,代名詞を用いるのをためらわざるをえない状況に困ることがある.日本語であれば「著者は」を繰り返してもそれほどおかしくないが,英語では the author を何度も繰り返すわけにもいかない・・・.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
 ・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2012-02-19 Sun

#1028. なぜ国名が女性とみなされてきたのか [personal_pronoun][she][gender][personification][latin][suffix][sobokunagimon]

 英語で,国名が女性代名詞 she で受けられてきた歴史的背景や,過去50年ほどのあいだにその用法が衰退してきた経緯については,##852,853,854 の記事で取り上げた.今回は,なぜ国名が歴史的に女性と認識されてきたかという問題に迫りたい.
 1つには,[2011-08-29-1]の記事「#854. 船や国名を受ける代名詞 she (3)」で触れたように,国家とは,為政者たる男性にとって,支配すべきもの,愛すべきものという認識があったのではないかと想像される.船やその他の乗り物が女性代名詞で受けられるのと同様の発想だろう.
 もう1つは,細江 (259) が「あの国民に対して女性を用いることなどは,明らかにラテン語の文法の写しである」と指摘するように,ラテン語で Italia, Græcia, Britannia, Germania, Hispania などが女性名詞語尾 -ia で終わっていることの影響が考えられる.文法性をもつヨーロッパの他の言語が国名をどの性で受け入れたかは,各々であり,必ずしも一般化できないようだが,文法性を失った英語において擬人的に女性受けの傾向が生じたのには,ラテン語の力があずかって大きいといえるかもしれない.
 ラテン語の語尾 -ia は,ギリシア語の同語尾に由来し,ギリシア語では -os 形容詞から抽象名詞を作るのに多用された.OED によると,Australia, Tasmania, Rhodesia などの国名・地名のほか,hydrophobia, mania, hysteria などの病名,Cryptogamia, Dahlia などの植物名,ammonia, morphia などの塩基性物質名の造語にも活用された.古典語では,この語尾は女性単数と中性複数を同時に表わしたので,症候群,植物の属,塩基物,国民の集合体など,集合物を抽象化して名付けるにはうってつけの語尾だったのだろう.
 ラテン語では -ia のみならず -a も女性語尾であり,これによる国名・地名の造語もさかんだった (ex. Africa, Asia, Corsica, Malta) .

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2011-10-04 Tue

#890. 人工頭脳系 acronym は女性名が多い? [acronym][personification][political_correctness][gender]

 昨日の記事[2011-10-03-1]で紹介した,20世紀 acronym 発展史を概説した Baum が,翌年に興味をそそる論文を書いている.SARAH (= search and rescue and homing; 「捜索救難帰投装置」), CORA (= conditioned reflex analogue; 一種の人口頭脳), ERMA (= electric recording machine, accounting; 自動記帳機) など,当時のコンピュータ技術の粋を搭載した機器の名称とされた acronym には,女性名が多いというのである.
 これは,偶然ではないだろう.開発に関わっている技術者はほとんどが男性だったと想定され,男性が乗り物や国家を女性として擬人化してきた傾向とも一致するからである(船や国名を受ける代名詞 については,##852,853,854 の記事を参照).では,これらの装置を女性と見立てる背景にある女性のイメージはというと,Baum (224--25) によれば次の通りである.

In general, the technological acronym seems to be growing more and more feminine, perhaps from much the same motivation as has encouraged meteorologists to appropriate girls' names for the yearly hurricanes. There is a sly and meaningful humor apparent in using a woman's name---Sarah, Cora, Erma---for what is really an intricate nervous system constructed of electronic tubes and thousands of feet of electric wire.


 なるほど.いや,あくまで Baum の意見です.引用者も怒られるかもしれませんが・・・.
 引用にあるように,人工頭脳よりもずっと公共性の高い話題であるハリケーンについては,米国は1953年に導入していた女性名付与の規則を1978年に廃し,男女名を交互に付与する命名法へと改めた(National Hurricane Center の記述によれば,女性名による命名の慣習は19世紀の終わりからあるという).女性名だけでは男女同権に反するというのが,改革当時の理由だったようだ.神経症と暴威 --- もちろん男性でもあり得るわけではあるが・・・.
 Baum の洞察はあくまで1956年のことなので,人工頭脳の命名について,その後の事情が気になるところである.日本では,ソニーの AIBO の名前の由来の1つに「相棒」が関わっているとのこと.

 ・ Baum, S. V. "Feminine Characteristics of the Acronym." American Speech 31 (1956): 224--25.

Referrer (Inside): [2014-06-28-1] [2013-06-22-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2011-08-29 Mon

#854. 船や国名を受ける代名詞 she (3) [personal_pronoun][she][gender][personification][political_correctness][corpus][statistics][lexical_diffusion]

 標題について[2011-08-27-1], [2011-08-28-1]の記事で話題にしてきたが,現代英語でこの用法の she が《古風》となってきている,あるいは少なくともその register が狭まってきているのはなぜだろうか.
 これには,1960年代以降,とりわけアメリカ英語で高まってきた言語の gender 論,男女平等という観点からの political correctness (PC) への関心がかかわっている.この観点から,人間の総称としての man(kind),女性接尾辞 -ess,職業人を表わす複合語要素 -man,一般人称代名詞としての he の使用などが疑問視され,数々の代替表現が提案されてきた.(関連する話題は,[2009-08-20-1]「男の人魚はいないのか?」, [2010-01-27-1]「現代英語の三人称単数共性代名詞」, [2011-04-17-1]「レトリック的トポスとしての語源」などの記事を参照.)
 この観点から she の特殊用法を見ると,船や国名を取り立てて女性代名詞で受ける理由はないではないかという議論が生じる.船乗りや国の為政者が主として男性だったという英語国の歴史を反映していることは確かだろうが,現在も旧来の慣習を受け継ぐべき合理性はないという考え方である.
 特に国名を受ける she の用法は,形式張った書き言葉という register に限ると,1960年代以降,激減してきていることが実証される.The Times corpus を用いてこれを検証した Bauer (148--49) によると,1930年までは国を指示する she の用法は標準的だった.実際,1900年から1930年の間で,国を指示する it の用例は3例のみだったという.ところが,1935年以降,it の例が断続的に現われだし,1970年にはshe を圧迫して一気に標準となった.she の用例が減少してきた過程は逆S字曲線を描いているかのようであり,語彙拡散 (lexical diffusion) を思わせる.以下のグラフは Bauer (149) のグラフに基づいて概数から再作成したものである.

Feminine References to Country Names in The Times Corpus


 ・ Bauer, Laurie. Watching English Change: An Introduction to the Study of Linguistic Change in Standard Englishes in the Twentieth Century. Harlow: Longman, 1994.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2011-08-28 Sun

#853. 船や国名を受ける代名詞 she (2) [personal_pronoun][she][personification][gender]

 昨日の記事[2011-08-27-1]で,現代英語の船や国名を受ける代名詞 she の起源は,古英語の文法性ではなく,中英語の慣習的な擬人法にあることを解説した.今回は現代英語での用法について,例文を挙げながら見ていきたい.
 船や車などの乗り物を指す she は,特に男性が用いるとされる.これは,乗り物を愛情の対象としてとらえているからと言われる.

 ・ Look at my sports car. Isn't she a beauty?
 ・ What a lovely ship! What is she called?
 ・ Hundreds of small boats clustered round the yacht as she sailed into Southampton docks.
 ・ There were over two thousand people aboard the Titanic when she left England.


 国名を受ける she は,国を政治・文化・経済的な観点からとらえる場合に用いられるが.地理的に見る場合には it が用いられる.

 ・ Iraq has made it plain that she will reject the proposal by the United Nations.
 ・ France increased her exports by 10 per cent.
 ・ Britain needs new leadership if she is to help shape Europe's future.
 ・ After India became independent, she chose to be a member of the Commonwealth.


 口語表現や Australian English では,通例は擬人化しないものでも it の代わりに she が用いられることがある.この場合,愛情や嫌悪などの感情が一層こめられる (Quirk et al. 318) .

 ・ Remember that battle? Yeah, she was a doozie.
 ・ She's an absolute bastard, this truck.


 このように,辞書を引けば例文は出てくるが,現在ではいずれも古風な用法になってきていることに注意すべきである.主要な学習者用英英辞書を引いてみると,OALD8 ではこの用法の記述がなく,LDOCE5 では "old-fashioned" のレーベル,Macmillan English Dictionary for Advanced Learners, 2nd ed. では "mainly literary" のレーベル,Merriam-Webster's Advanced Learner's English Dictionary では "somewhat old-fashioned" のレーベル,COBUILD English DictionaryCambridge Advanced Learner's Dictionary ではレーベルなしだった.辞書によってレーベルに差があるが,全体としてこの用法の register が限定されてきているらしいことが分かる.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2011-08-27 Sat

#852. 船や国名を受ける代名詞 she (1) [personal_pronoun][she][gender][personification]

 古英語には文法性があったが,中英語にかけて文法性がなくなり,代わりに自然性 (natural gender) が取って代わった,という言語変化は,英語史において非常に重要な話題である ([2009-05-23-1], [2009-05-26-1]) .英語史の授業で文法性や自然性の話しをすると,決まって寄せられるリアクション・ペーパーの問いがある.それは,船などの乗り物や国名を受ける代名詞として she を用いるという現代英語の慣習についてである.これが古英語に文法範疇として存在した文法性と何らかの関係があるのか? 今日の記事では,この問題について考えてみたい.
 結論を言うと,船や国名を she で受けるという慣習は,古英語の文法性の規則とはまったく関係ない.そもそも古英語で「船」 (scip) は中性名詞であり,女性名詞ではなかった.OED によると(以下に引用),船を受ける代名詞としての she の初例は1375年である.14--15世紀の数例については文法性をもつフランス語からの翻訳として解釈し得るものもあるが,慣習的な擬人法 (personification) と見るべきだろう.

2. Used (instead of it) of things to which female sex is conventionally attributed. a. Of a ship or boat. Also (now chiefly in colloquial and dialect use), often said of a carriage, a cannon or gun, a tool or utensil of any kind; occas. of other things.


 船などの乗り物や道具のほかに,魂,都市名,教会,国名,軍隊,月やその他の天体なども she で受けられてきた歴史があるが,いずれも古英語の文法性の残存とは考えられない.中英語からの豊富な例は,MED entry for "she" (pron.) 2(c) を参照.
 慣習的な擬人法というと,いつからどのように慣習化してきたかということが問題となる.西洋文学の伝統の一環として中世英語文学でも寓意的擬人化 (allegorical personification) が行なわれていた.上述したように,フランス語の慣習や文法性をそのまま英語へ翻訳したと解釈すべき例もあるが,性別付与が逆転している例もあり,慣習として一般化できないのも事実である.その辺りの事情は Mustanoja (49--50) に概説されているが,同じ名詞でも作品によって擬人化の性別付与が異なるなど,慣習とはいえ,かなりの自由度があったようだ.中英語の擬人的 she の用法については,語学的に迫るよりも文学的に迫ることが必要のようだ.現代英語での用法については,明日の記事で.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2011-02-06 Sun

#650. アルメニア語とグリムの法則 [grimms_law][substratum_theory][armenian][gender]

 昨日の記事[2011-02-05-1]で比較的影の薄い印欧語であるアルメニア語 ( Armenian ) を取り上げたが,この言語は英語史(ゲルマン語史)研究にある重要な示唆を与えてくれる.それは,ゲルマン語史上に名高いグリムの法則 ( Grimm's Law ) という音韻変化に関する問題である ( see [2009-08-08-1], grimms_law ) .
 グリムの法則は,印欧祖語の3系列の閉鎖音がゲルマン諸語でそれぞれ無気音化,無声音化,摩擦音化した一連の音韻変化を指す.これは,[2009-10-26-1]の記事の (5) で見たように,ゲルマン諸語にみられる顕著な特徴の1つである.この音韻変化は歴史時代以前に生じたため,なぜ,どのように生じたかについては文献の証拠に基づいて考察することはできない.ゲルマン諸語の最も重要な特徴について憶測しかできないというこの状況は非常にもどかしいものだが,この問題に一条の光を投げかける意外な言語がある.それがアルメニア語だ.
 アルメニア語では,ゲルマン語派に生じたグリムの法則とほぼ同じ音韻変化が歴史時代に生じた.例えば,印欧祖語の閉鎖音を保存している Sanskrit や Latin の語形と比べると Arm. berem / Skr. bhárāmi "I bear", Arm. kin / Skr. gna "woman", Arm. khan / Latin quam "what" などである.時間的にも空間的にも両方の音韻変化のあいだに因果関係はなく,あくまで独立して生じたと考えなければならないが,アルメニア語の変化はゲルマン語の変化よりも状況証拠が揃っているので,後者の解明にもヒントを与えてくれるのではないかと期待されるのである.
 アルメニア語の周囲の言語を観察すると,閉鎖音の系列が,印欧祖語の系列ではなく,音韻変化後に得られる系列に似通っている.つまり,アルメニア語はコーカサス地方の諸言語から音韻的な影響を受け,印欧風の音韻体系からコーカサス風の音韻体系へと推移したのではないか.より具体的には,アルメニア語話者によって征服されたコーカサス先住民がもとの言語の音韻体系を引きずったままアルメニア語に乗り換えたのではないか.これは,[2010-06-17-1][2011-01-24-1]の記事でも触れた基層言語影響説 ( substratum theory ) と呼ばれる仮説である.これ自体は推測でしかないものの,仮定されている基層言語が当時だけでなく現在でもコーカサス地方に確認できるという点が重要である.
 一方,ゲルマン語派に生じたグリムの法則についても substratum theory は提案されているものの,こちらは基層言語と仮定される言語が現在は周囲に存在しない.あくまで弱い仮説である.しかし,比較される音韻変化が時間も空間も隔たったアルメニア語で生じており,そこでの仮説はもう少し基盤の強い仮説だということになれば,グリムの法則についての基層言語影響説にも勢いがつくというものである.Meillet は次のように述べている.

Quant à l'Arménie, l'introduction d'un parler indo-européen s'y est produite à date historique; et, d'autre part, le système des occlusives arméniennes, qui est tout à fait particulier, est identique à celui d'un groupe de langues voisines, de famille autre, le groupe caucasique du Sud, dont le représentant le plus connu est le géorgien. L'action étrangère, que la théorie seule fait supposer pour le germanique, est donc indiquée par des faits positifs pour l'arménien. On conclura de là que la mutation consonantique du germanique est due au maintien de leurs habitudes d'articulation par les populations qui ont reçu et adopté le dialecte indo-européen appelé à devenir le germanique. (40--41)

アルメニアについていえば,印欧語の一方言がもたらされたのは歴史時代のことである.その上,アルメニア語の閉鎖音の体系は,完全に独自ではあるが,別の語族に属する近隣語群の体系,最もよく知られた代表言語としてグルジア語を挙げることができる南コーカサス諸語の体系と同一である.したがって,ゲルマン語については理論的な仮定にとどまらざるを得ない外国語の影響が,アルメニア語については積極的な事実によって示唆されるのである.ここから次のように結論づけることができる.ゲルマン語の子音推移は,ゲルマン語と呼ばれることになる印欧語一方言を受け入れて取り込んだ人々が自らの発音習慣を保持したことに起因するのだ,と.


 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-09-13 Mon

#504. 現代英語に存在する唯一の屈折する形容詞 [inflection][gender][adjective][french][ilame]

 [2010-07-27-1]の記事で,形容詞の比較級・最上級を示す -er / -est を形容詞の屈折と見なすべきかどうかについての議論があることを話題にした.これを除けば現代英語における形容詞の屈折は皆無といってよさそうだ.古英語では,形容詞は統語的に関連する名詞の性・数・格に応じて激しく屈折したし,さらにゲルマン諸語に特徴的な強変化屈折と弱変化屈折の使い分けも存在していたことを思うと,現代英語の状況は「屈折の消失」が英語史の流れを構成する大きな要素であることを改めて思い起こさせる.
 ところが,Bryson (26) によると,現代英語に屈折する形容詞が1つあるという.

In English adjectives have just one invariable form with but, I believe, one exception: blond/blonde.


 blond(e) 「金髪の,ブロンドの」はフランス借用語であり,借用元言語の文法にならって男性(名詞)を修飾するときには blond を,女性(名詞)を修飾するときには blonde を用いるというのが伝統的な使い分けである(発音は区別がない).しかし,この伝統は必ずしも守られなくなってきている.アメリカでは男女にかかわりなく一般に blond が用いられることが多くなってきており,イギリスでは逆に blonde が一般形として選ばれている.いずれにせよ,変化の流れとしては区別がなくなる方向に動いていると考えてよさそうだ.
 消えつつあるのかもしれないが一応いまだ存在する blond/blonde の区別を,現代英語に「残る」唯一の屈折する形容詞と表現しなかったのは,古英語以来の屈折とはタイプが異なるからである.数や格による屈折ではないし,性 ( gender ) による屈折とはいっても古英語的な文法性 ( grammatical gender ) ではなく現代英語的な自然性 ( natural gender ) による屈折にすぎない.しかも,この屈折は借用元のフランス語の文法を参照した「格好つけのまねごと」のように見える.古英語の形容詞屈折とは一線を画しており,屈折としての歴史的な連続性が感じられない.したがって,「残る」というのは必ずしも適切でないと判断した.
 OED でのこの語の初例は15世紀の Caxton だが,その後は17世紀後半まで現れず,そこでもイタリック体で綴られていることから,いまだに借用語との意識が濃厚だったにちがいない.現代英語でも,発音こそ区別しないが綴字で区別するということは意識的に保たれている区別であることを示しており,やはりフランス単語であることによって生じる「格好つけのまねごと」という色合いが強い.
 しかし,共時的にみれば性に基づく屈折であるには違いない.現代英語に存在する唯一の屈折する形容詞であるという事実は嘘ではない.この区別が今後失われていく可能性が強いことを考えると,伝統からの脱却,性差の廃止,例外的事項の規則化を示しうる言語変化の事例として注目すべきだろう.
 なお名詞としては男性に blond,女性に blonde を用いるのが一般的であり,形容詞用法とは異なり,区別はよく保たれている.

 ・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-08-27 Fri

#487. 主な印欧諸語の文法性 [gender][indo-european]

 現代英語英語は文法性 ( grammatical gender ) をもたない点で,印欧諸語のなかで唯一とは言わないまでも稀な言語である.古英語期には男性,女性,中性の3性を区別していたが,初期中英語期以来,屈折語尾の衰退に伴って文法性も曖昧となり,生物学的な性に基づく自然性 ( natural gender ) へ取って代わられた.英語学習者の立場からすると,文法性という一見して理不尽な文法カテゴリーが失われたことによって学習が楽になったことは間違いない.文法性の欠如が現代英語の主要な特徴の1つとされる所以である ( see [2009-09-25-1] ) .
 そもそも印欧祖語 ( Proto-Indo-European ) は男性,女性,中性の3性を区別していたとされ,その区別は古英語を含めた多くの言語に引き継がれた.しかし,別の多くの言語は3性の区別を2性に再編成したり,英語のように区別そのものを失った言語も少数だがある.今日は,印欧諸語の文法性の区分を一覧してみよう.
 以下は,Wikipedia より Grammatical genderNoun class: Languages without noun classes or grammatical genders を参考に語派ごとにまとめた表である.[2010-07-26-1], [2009-06-17-1]辺りの印欧語系統図を眺めながら確認されたい.Gender 欄の略記号は以下の通り.

 ・ MFN = 男性,女性,中性の3性を区別
 ・ MF = 男性と女性の2性を区別
 ・ CN = 共性(男性と女性が融合した "common gender" )と中性の2性を区別
 ・ 0 = 文法性の区別なし

LanguageSubfamilyGender
AlbanianAlbanianMF
HittiteAnatolianCN
ArmenianArmenian0
LatvianItalicMF
LithuanianBalto-SlavicMF
BelarusianBalto-SlavicMFN
BosnianBalto-SlavicMFN
BulgarianBalto-SlavicMFN
CroatianBalto-SlavicMFN
CzechBalto-SlavicMFN
MacedonianBalto-SlavicMFN
Old PrussianBalto-SlavicMFN
PolishBalto-SlavicMFN
RussianBalto-SlavicMFN
SerbianBalto-SlavicMFN
Serbo-CroatianBalto-SlavicMFN
SlovakBalto-SlavicMFN
SloveneBalto-SlavicMFN
SorbianBalto-SlavicMFN
UkrainianBalto-SlavicMFN
BretonCelticMF
CornishCelticMF
IrishCelticMF
Scottish GaelicCelticMF
WelshCelticMF
GaulishCelticMFN
Old IrishCelticMFN
AfrikaansGermanic0
EnglishGermanic0
DanishGermanicCN
DutchGermanicCN
Low GermanGermanicCN
SwedishGermanicCN
FaroeseGermanicMFN
GermanGermanicMFN
IcelandicGermanicMFN
NorwegianGermanicMFN
Old EnglishGermanicMFN
YiddishGermanicMFN
GreekHellenicMFN
BengaliIndo-Iranian0
PersianIndo-Iranian0
HindiIndo-IranianMF
PunjabiIndo-IranianMF
RomaniIndo-IranianMF
UrduIndo-IranianMF
GujaratiIndo-IranianMFN
MarathiIndo-IranianMFN
SanskritIndo-IranianMFN
CatalanItalicMF
CorsicanItalicMF
FrenchItalicMF
GalicianItalicMF
ItalianItalicMF
OccitanItalicMF
PortugueseItalicMF
SardinianItalicMF
SicilianItalicMF
SpanishItalicMF
VenetianItalicMF
LatinItalicMFN
RomanianItalicMFN


 方言や文語・口語の別によって言語内でも性の区別の仕方が異なることもあるので上記はあくまで参考に.現代英語のように性が消失したのは,Afrikaans, Armenian, Bengali, Persian くらいで稀である.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-01-27 Wed

#275. 現代英語の三人称単数共性代名詞 [personal_pronoun][gender][grammatical_change][political_correctness][singular_they]

 現代英語に起こっている文法変化としてよく取り上げられる話題の一つに,人を表す三人称単数代名詞がある.標準英語には人を表す三人称単数代名詞として he (男性)と she (女性)の二つがあるが,性を含意せずに使うことのできる代名詞は存在しない.一方,複数では性にかかわらず使うことのできる they が存在する.(人称代名詞体系の非対称性については,[2009-11-09-1], [2009-10-24-1]を参照.)

If anyone is interested in this blog, he can always contact me.


のような文を発する場合,伝統的な英語ではここにあるように he が使われてきた.だが,anyone は女性の可能性も半分あるわけで,それを受ける人称代名詞は he では不適切であるという議論が成り立つ.そこで,言語における男女平等を達成しようと,heshe の代わりとなる共生代名詞が様々な形で提案されてきた.Crystal (46) などから列挙すると:

 ・ co (used in some American communes)
 ・ E
 ・ et
 ・ he or she
 ・ heesh
 ・ hesh
 ・ hir
 ・ ho
 ・ jhe
 ・ mon
 ・ na (used by some novelists)
 ・ ne
 ・ per (used by some novelists)
 ・ person
 ・ po
 ・ s/he
 ・ tey
 ・ they (as a singular pronoun)
 ・ thon
 ・ xe

 どう発音するのか不明な例も含めて代案は乱立しているが,どれもしっくりこないということで広く支持されているものはない.当面の現実的な提案として,heshe を使わないですむように書き換えるべし,といわれることも多い.上の文であれば,If you are interested in this blog, you can always contact me.Those who are interested in this blog can always contact me. などがあるだろうか.
 どのように決着をみるかはわからない.いずれかの代案が採用されるのか,書き換え strategy で問題を回避するのか.前者であれば,(1) 複数の選択肢が提案され (variation),(2) いずれかが選ばれ (potential for change),(3) 文法体系のなかに定着し (implementation),(4) 人々のあいだに広まる (diffusion),という言語変化の一般的なステップ (Smith 7) を踏むことになるのだろう.

 ・Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997.
 ・Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-11-11 Wed

#198. its の起源 [spelling][personal_pronoun][punctuation][gender][genitive]

 昨日の記事[2009-11-10-1]で,人称代名詞 its の用法について触れた.そこに挙げた Shakespeare (First Folio ed.) からの引用では,its ではなく it's という綴字が用いられていることに気づいただろうか.First Folio 版を全体としてみると,apostrophe ありの it's が9例,なしの its が1例,確認される.当時は it's のほうが頻度が高かったことになる.
 apostrophe の有無は別として,そもそも its が所有代名詞として使われるようになったこと自体が,比較的あたらしい.its の初例は16世紀末であり,それ以前の古英語・中英語の時期は,his が用いられていた.この his は,[2009-09-29-1],[2009-10-25-1]でみたように,由緒正しい三人称単数中性の形態であり,三人称単数男性 his の転用というわけではない.同様に,歴史的には him は三人称単数男性の与格形であるとともに三人称単数中性の与格形でもあった.
 だが,中英語期に,文法性 ( grammatical gender ) が廃れて自然性 ( natural gender ) が名詞・代名詞のカテゴリーとして確立してくると,男性(人)と中性(非人)のものとで同じ代名詞の形態が共有されていることに違和感が生じてくる.実際に,Chaucer の代名詞体系 [2009-10-25-1] では,古英語で中性与格形だった him は姿を消している.そして,近代英語期にずれこみはしたが,違和感解消の圧力は,中性属格形だった his にも及んだ.中性の his を置き換えたのは,it という主格形に名詞の所有格語尾として定着していた -s を付けようという単純な発想に基づいて作られた its だった.
 中性としての himhis の消失・置換のほかにも,人と非人の区別を明確にしようという圧力は,先行詞に応じて関係代名詞 whowhich を使い分けるようになった過程にもみられる.これも,近代英語期に生じた過程である.
 以上の背景で its は16世紀末に現れ,17世紀中にはほぼ確立した.しかし,初期の綴字である it's も19世紀初まで散発的にみられたし,誤用として現在にまで根強く残っている.it isit has の省略形としての it's と,代名詞の所有格の its は,発音が同じこともあり,現在でも英語母語話者にとって最もよく間違えられる綴字の一つである.このよくある間違いについてはこちらの記事も要参照.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-11-09 Mon

#196. 現代英語の人称代名詞体系 [personal_pronoun][gender][paradigm]

 [2009-09-29-1], [2009-10-24-1]で古英語の人称代名詞の屈折表を,[2009-10-25-1]で Chaucer に代表させて中英語の人称代名詞の屈折表を示した.対比のために,現代英語の人称代名詞の屈折表も示しておこうと思ったので,以下に掲げる.

Paradigm of PDE Personal Pronouns

 伝統的な英語教育では,学習者は I -- my -- me -- mine などと唱えて覚えるが,形態論的に体系づけるとこのような配列となる.
 現代英語の人称代名詞を分類するカテゴリーには「人称」「性」「数」「格」があり,名詞よりもはるかに複雑である.「性」は,古英語にあったような文法性 ( grammatical gender ) ではなく,指示対象の生物学的な性によって定まる自然性 ( natural gender ) である.「男性」「女性」に対して「非人」というのは妙な用語だが,英語の non-personal をうまく訳せなかっただけである.
 [2009-10-24-1]では古英語の人称代名詞体系の非対称性に言及したが,現代英語の体系も多くの点で非対称的である.すぐに気づくのは,it に対応する所有代名詞の独立用法の形態が存在しないことだろう.また,二人称で単数と複数のあいだに形態的な区別がない ( you ) のは,現代英語の泣き所ともいえる.三人称女性単数で,目的格と所有格(限定用法)にも区別がない ( her ).
 このように細かいところを指摘すればきりがない.時とともに変化する宿命にある言語において,体系とは,きれいにまとまらないものなのだろう.

 ・Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985. 346.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-05-26 Tue

#28. 古英語に自然性はなかったか? [oe][gender]

 古英語における性は「文法性」( grammatical gender ) であり現代英語における「自然性」( natural gender ) と対比されるものである,というのが英語史の一般的な理解だろう.古英語では個々の名詞に男性,女性,中性のいずれかの文法性が付与され,その性に応じて修飾する形容詞が屈折変化するし,対応する代名詞も決定される.
 だが,やっかいなことに名詞の性は,必ずしもその指示対象 ( referent ) の生物学的な性とは一致しない.確かに,指示対象が男性であれば男性名詞であることが普通で,女性であれば女性名詞であることが普通だ.だが,これには例外がある.特に,男性でも女性でもない,つまり生物ではないモノや概念であれば中性だろうと予想すると,たいてい外れる.以下は,文法性の不可解なことを示す例である.

 ・指示対象は女性なのに中性名詞: wīf ( > PDE wife "woman" )
 ・指示対象は女性なのに男性名詞: wīfmann ( > PDE woman )
 ・指示対象は男性か女性なのに中性名詞: cild ( > PDF child )
 ・指示対象はモノなのに男性名詞: stān ( > PDE stone )
 ・指示対象は概念なのに女性名詞: lufu ( > PDE love )

 これらの名詞を冠詞や形容詞で修飾する場合,その冠詞や形容詞は名詞の性と一致することになる.例えば,古英語で "the woman" をいう場合,女性形の冠詞を使って sēo wīfmann というのではなく,男性形の冠詞を使って se wīfmann という.また,代名詞で後からこの名詞句を受ける場合,se wīfmann は「女性」を意味するが文法的には男性名詞であるという理由で,"she" ではなく "he" で受けることができる.これは,指示対象の生物学的性を考慮するだけで済む現代英語の自然性の感覚からすると,異常である.
 だが実際のところ,古英語でも,代名詞受けに関しては文法性だけでなく自然性での一致もあり得た.否,自然性での一致のほうが多かったのである.つまり,se wīfmann という名詞句を後から代名詞で受ける場合,現代英語のように "she" と女性代名詞が用いられることはあり得たし,実際そのほうが多かったのである.
 以上を考えると,古英語で自然性はなかったというのは言い過ぎということになる.主として文法性が機能していたが,代名詞受けについては自然性が生きて機能していた.とすると,性に関する英語の歴史は,単に文法性がよそから来た自然性に劇的に置き換えられた歴史ではないということになる.最初から文法性とともに共存していた自然性が文法性を徐々に呑み込んでいった,あるいは文法性が消えた後でも自然性は生き残った,と考える必要がありそうである.
 最後に,この話題についての関連する論文を挙げておく.Moore, S. "Grammatical and Natural Gender in Middle English." PMLA 36 (1921): 79--103.

(後記 2012/07/30(Mon):Baugh and Cable (166) に関連する引用あり.

The recognition of sex that lies a the root of natural gender is shown in Old English by the noticeable tendency to use the personal pronouns in accordance with natural gender, even when such use involves a clear conflict with the grammatical gender of the antecedent. For example, the pronoun it in Etað þisne hlāf (masculine), hit is mīn līchama (Ælfric's Homilies) is exactly in accordance with modern usage when we say, Eat this bread, it is my body. Such a use of the personal pronouns is clearly indicative of the feeling for natural gender even while grammatical gender was in full force. With the disappearance of grammatical gender sex became the only factor in determining the gender of English nouns.


 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-05-24 Sun

#26. 古英語の名詞屈折(2) [oe][inflection][case][number][gender][noun]

 昨日の記事[2009-05-23-1]で,古英語の名詞屈折における性・数・格の三点を概説した.今回の記事では,昨日の最後に触れた第四のポイント「屈折タイプ」について概説する.
 各名詞が特定の性に属しているのと同じように,各名詞は特定の屈折タイプに属している.ある名詞がどの屈折タイプに属するかは,名詞の基本形を見ただけでは判断がつかないことが多い.つまり,原則として一つひとつ覚えていく必要がある.この点は,性の場合と同じである.性は男性,女性,中性と三種類あったが,屈折タイプはいったい何種類あるのだろうか.以下の図は屈折タイプの概略図である(実際にはさらに細かく枝分かれする).

OE Nominal Inflection Type

 各性ともに,大きく強変化タイプと弱変化タイプに分かれる.強変化は屈折変化が比較的激しいタイプで,弱変化は屈折変化が比較的少ないタイプである.強変化はさらに細分化される.
 古英語の初級文法では,この複雑なタイプのすべてを覚えるのは困難なため,男性・女性・中性それぞれの代表的な強変化タイプの一つと,三性の間でほぼ共通の屈折変化を示す弱変化タイプ,計四つを最初に覚えることが重要である.図中に番号を振った(1)?(4)の四つである.

 (1) 男性強変化屈折 (a-stem) : stān "stone" に代表される,古英語の名詞の中で最も頻度の高い屈折タイプ.古英語名詞全体の36%を占める.屈折表はこちら
 (2) 女性強変化屈折 (ō-stem) : lār "teaching" に代表される,女性名詞の中で最も頻度の高い屈折タイプ.古英語名詞全体の25%を占める.屈折表はこちら
 (3) 中性強変化屈折 (a-stem) : scip "ship" に代表される,中性名詞の中で最も頻度の高い屈折タイプ.古英語名詞全体の25%を占める.屈折表はこちら
 (4) 弱変化屈折 (n-stem) : nama "name" に代表される屈折タイプ.三性でほぼ同じ屈折を示す.三性まとめて古英語名詞全体の10%ほどを占める.屈折表はこちら

 この基本4つの屈折タイプを覚えれば,古英語名詞のほとんどがカバーされることがわかるだろう.その他の屈折タイプは,基本4タイプのマイナーヴァリエーションと捉えておけばよい.(以上のパーセンテージの出典: Quirk, Randolph. and C. L. Wrenn. An Old English Grammar. 2nd ed. London: Methuen, 1957. 20.)

Referrer (Inside): [2024-02-05-1] [2009-06-06-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow