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lexicography - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-07-02 08:49

2010-11-24 Wed

#576. inkhorn term と英語辞書 [emode][loan_word][latin][inkhorn_term][lexicography][cawdrey][lexicology][popular_passage]

 [2010-08-18-1]の記事で「インク壺語」( inkhorn term )について触れた.16世紀,ルネサンスの熱気にたきつけられた学者たちは,ギリシア語やラテン語から大量に語彙を英語へ借用した.衒学的な用語が多く,借用の速度もあまりに急だったため,これらの語は保守的な学者から inkhorn terms と揶揄されるようになった.その代表的な批判家の1人が Thomas Wilson (1528?--81) である.著書 The Arte of Rhetorique (1553) で次のように主張している.

Among all other lessons this should first be learned, that wee never affect any straunge ynkehorne termes, but to speake as is commonly received: neither seeking to be over fine nor yet living over-carelesse, using our speeche as most men doe, and ordering our wittes as the fewest have done. Some seeke so far for outlandish English, that they forget altogether their mothers language.


 Wilson が非難した "ynkehorne termes" の例としては次のような語句がある.ex. revolting, ingent affabilitie, ingenious capacity, magnifical dexteritie, dominicall superioritie, splendidious.このラテン語かぶれの華美は,[2010-02-13-1]の記事で触れた15世紀の aureate diction華麗語法」の拡大版といえるだろう.
 inkhorn controversy は16世紀を通じて続くが,その副産物として英語史上,重要なものが生まれることになった.英語辞書である.inkhorn terms が増えると,必然的に難語辞書が求められるようになった.Robert Cawdrey (1580--1604) は,1604年に約3000語の難語を収録し,平易な定義を旨とした A Table Alphabeticall を出版した(表紙の画像はこちら.そして,これこそが後に続く1言語使用辞書 ( monolingual dictionary ) すなわち英英辞書の先駆けだったのである.現在,EFL 学習者は平易な定義が売りの各種英英辞書にお世話になっているが,その背景には16世紀の inkhorn terms と inkhorn controversy が隠れていたのである.
 A Table Alphabeticall については,British Museum の解説が有用である.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

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2010-09-21 Tue

#512. 学名 [scientific_name][lexicography]

 昨日の記事[2010-09-20-1]でオオアリクイの学名 ( scientific name ) を話題にしたが,この学名 ( scientific name ) というのは一体どのようなものか.
 学名は動植物の分類群において,万国命名規約に基づいてつけられる国際的な名称である.スウェーデン,ウプサラ大学の植物学教授リンネ ( Carl von Linné [1707-78] ) が1758年に考案した二名法 ( binomial nomenclature ) が用いられ,「属名+種名」で表わされる(通常イタリック体).語幹にはラテン語またはラテン語化したギリシア語その他の言語が使用される.より正確には「属名+種名+命名者」とするが,命名者の部分は省略されることが多い.例えばヒトは正確には Homo sapience Linne と表わされる.種 ( species ),属 ( genus ) に続く上位区分には,科 ( family ),目 ( order ),綱 ( class ),門 ( phylum ),界 ( kingdom ) がある.種の下位区分として亜種や変種があり,それを含めて表現する場合には3語目が付け加えられる.例えばローランドゴリラはゴリラの亜種とされ,Gorilla gorilla gorilla と表現される(以上,各種の事典・辞典より).
 学名はラテン語に基づいているとはいえ,地名や人名と同様に universal な識別 ID である.したがって,英語辞書に掲載される筋合いのものではないという考え方もある.その意味では,日本語辞書にもその他のどんな個別言語辞書にも掲載される筋合いのものではないということにもなる.学名は百科辞典か専門辞典の領分だという立場だ.
 一方で,学名が個別辞書に載っていれば使用者にとって便利であることも確かである.特定の何語にも属さないのならば,逆にいえばすべての言語に属するのだから英語辞書や日本語辞書にあってもよいだろうという理屈だ.英文を読んでいて Myrmecophaga と出てきたときに,英和辞書を引いて「アリクイ属」と出てくれば確かにほっとする.
 学名が豊富に掲載されている英語辞書といって思い出すのが Web3 ( Webster's Third New International Unabridged Dictionary ) である.かつて辞書編纂の照合作業で Web3 と取っ組み合ったことがあるが,倦むほどの学名に出くわした.まともに勉強していれば今頃ラテン・ギリシア語の連結形 ( combining form; see [2010-09-20-1] ) に強くなっていたかもしれないが,数に圧倒されてそれどころではなかった.それ以来,個人的には学名を英語の一部とはみなしたくなく,生物学の専門知識として関心の外に葬り去ろうとしてきた・・・.
 とはいえ,学術の高みにある学名が一般の語彙にまで「降り」てくるケースはある.Homo sapiens などは人口に膾炙しており,必ずしも高尚な術語という響きはない.次の例文は COBUILD の辞書より.

What distinguishes homo sapiens from every other living creature is the mind.


 また,国際保護鳥のトキ(朱鷺)(英語通俗名 Japanese crested ibis )の学名は Nipponia nippon といい,国内で野生種は絶滅してしまったものの日本を象徴するメッセージ性のある学名としてひときわ目立っている.
 動物園,水族館,植物園の案内にはたいてい学名が記されている.Web3 へのリベンジとして,これからは動物園の案内の学名に注目してゆこう.と,記事を書きながらちょっとだけ決意した.

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2010-08-24 Tue

#484. 最新のアメリカ英語の母音融合を反映した MWALED の発音表記 [pronunciation][phonetics][vowel][merger][ame][dictionary][lexicography]

 2008年にアメリカの老舗辞書出版社 Merriam-Webster から本格的な EFL 用の英英辞書 Merriam-Webster's Advanced Learner's English Dictionary ( MWALED ) が出版された.昨日の記事[2010-08-23-1]でそのオンライン版を紹介した.以下に検索ボックスを貼り付け.



 EFL 英英辞書はこれまでイギリス系出版社がほとんど市場を独占しており,アメリカ英語と銘打った EFL 辞書ですらイギリス系からの出版だった.MWALED の出版をもって,いよいよアメリカの出版社が独自に EFL 辞書市場に乗り込んできたことになる.アメリカの手による初のアメリカ英語 EFL 辞書ということで記述内容がいかに American であるかが問題になるが,発音表記について見ると,従来のイギリス系出版社によるアメリカ英語 EFL 辞書に比べて相当に American のようだ.Kokawa et al. ( pp. 38--41; Sugimoto 氏執筆担当 ) に拠って,General American ( GA ) における後舌低母音の融合の様子を概説しよう.
 キーになる語は,lot, palm, thought, cloth である.従来の EFL 辞書では GA と RP でそれぞれ次のように発音表記されてきた.

KeywordGARPExamples
lot/lɑt//lɒt/bomb, cot
palm/pɑːm//pɑːm/balm, father
thought/θɔːt//θɔːt/caught, taught
cloth/clɔːθ//clɒθ/loss, soft


 GA でも RP でも分布は異なるが,いずれも3種類の後舌低母音を区別していることになる.ところが近年の GA では,lot--palm merger が生じて /ɑː/ へ融合してきている.さらに,lot--thought merger も生じており,そこに cloth も巻き込んですべて /ɑː/ へと1元化してきているという.結果的に,多くの GA の話者はこれらの4語に代表される語群をすべて /ɑː/ として区別なく発音するようになってきている.
 近年に出版されたイギリス系のアメリカ英語辞書では,母音融合の進んでいるこの最新の状況が完全には発音表記に反映されておらず,比較的保守的であった.ところが,MWALED はこれらを一斉に /ɑː/ にまとめている.さすがにアメリカの手によるアメリカの辞書である.現状を反映して非常にシンプルであるが,イギリス英語の発音と比較する必要がある場合には気をつけなければならないだろう.
 一般に,辞書編纂 ( lexicography ) は記述的 ( descriptive ) な態度をとるか規範的 ( prescriptive ) な態度をとるか,2者のあいだでバランスを取る必要があるが,EFL 辞書ともなればバランスの取り方はさらに難しいだろう.MWALED は上記の後舌低母音については記述主義で打って出たが,読者はアメリカ英語を学ぼうとして規範を求める EFL 学習者である.いくら規範とはいっても,記述(現実)が変化すれば一緒に変化してゆくのが宿命なのだろうか.

 ・ Kokawa, Takahiro, Rika Aoki, Junko Sugimoto, Satoru Uchida, and Miyako Ryu. "An Analysis of the Merriam-Webster's Advanced Learner's English Dictionary." Lexicon 40 (2010): 27--84.

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2010-02-25 Thu

#304. OED 制作プロジェクトののろし [oed][lexicography]

 今日の記事は『オックスフォード英語大辞典物語』より.1857年6月,The Philological Society of London のメンバーであった Herbert Coleridge, Frederick Furnivall, Richard Chenevix Trench の三人が,それまでに英語世界で出版されていた辞書の問題点を議論した.彼らはただちに Unregistered Words Committee 「未収録語委員会」を設立して議論と調査の場を設け,同年11月には Trench が従来の辞書の問題点として次の7項目を公表した (68--71).これが,以降70余年にわたって続く,いや現在にまで続く The Oxford English Dictionary 制作プロジェクトののろしとなった.

 (1) 廃語が十分に記録されていない
 (2) 単語の家族(語群)が気まぐれにしか含まれてない
 (3) 初出例などの語史に関する記述が十分に過去にさかのぼれていない
 (4) 単語の重要な全体的意味と個別的意味が頻繁に見のがされている
 (5) 見かけ上の同義語どうしを区別することに注意が払われていない
 (6) 記述に重複が多く,重要な記述が犠牲になっている
 (7) 例文収集のために閲読されるべき文献の多くが読まれていない

 これを発表した時点では, Trench も周囲の同僚たちもこのプロジェクトが質量ともにどれほどの規模のものになるかは想像できなかったろう.まさか70年以上かかるとは予想もしなかったにちがいない.1928年の OED の完成は,「辞書は歴史の記念碑である.一つの見地から見た一国の歴史である」とする Trench の信念の結実にほかならない (72).
 上記の7項目は,逆にいえば,それまでの辞書にはない OED の特徴にもつながる.OED の歴史については,History of the Oxford English Dictionary も参照.

 ・サイモン・ウィンチェスター 『オックスフォード英語大辞典物語』 刈部 恒徳訳,研究社,2004年.

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