「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1]) でも言及したように分離不定詞 (split_infinitive) は規範文法のなかでも注目度(悪名?)の高い語法である.これは,to boldly go のように,to 不定詞を構成する to と動詞の原形との間に副詞など他の要素が入り込んで,不定詞が「分離」してしまう用法のことだ."cleft infinitive" という別名もある.
歴史的には「#2992. 中英語における不定詞補文の発達」 ([2017-07-06-1]) でみたように中英語期から用例がみられ,名だたる文人墨客によって使用されてきた経緯があるが,近代の規範文法 (prescriptive_grammar) により誤用との烙印を押され,現在に至るまで日陰者として扱われている.OED によると,分離不定詞の使用には infinitive-splitting という罪名が付されており,その罪人は infinitive-splitter として後ろ指を指されることになっている(笑).
infinitive-splitting n.
1926 H. W. Fowler Dict. Mod. Eng. Usage 447/1 They were obsessed by fear of infinitive-splitting.
infinitive-splitter n.
1927 Glasgow Herald 1 Nov. 8/7 A competition..to discover the most distinguished infinitive-splitters.
なぜ規範文法家たちがダメ出しするのかというと,ラテン文法からの類推という(屁)理屈のためだ.ラテン語では不定詞は屈折により īre (to go) のように1語で表わされる.したがって,英語のように to と動詞の原形の2語からなるわけではないために,分離しようがない.このようにそもそも分離し得ないラテン文法を模範として,分離してはならないという規則を英語という異なる言語に当てはめようとしているのだから,理屈としては話にならない.しかし,近代に至るまでラテン文法の威信は絶大だったために,英文法はそこから自立することがなかなかできずにいたのである.そして,その余波は現代にも続いている.
しかし,現代では,分離不定詞を誤用とする規範主義的な圧力はどんどん弱まってきている.特に副詞を問題の箇所に挿入することが文意を明確にするのに有益な場合には,問題なく許容されるようになってきている.2--3世紀のあいだ分離不定詞に付されてきた傷痕 (stigma) が少しずつそぎ落とされているのを,私たちは目の当たりにしているのである.まさに英語史の一幕.
分離不定詞については,American Heritage Dictionary の Usage Notes より split infinitive に読みごたえのある解説があるので,そちらも参照.
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow