hellog〜英語史ブログ

#4691. 2重否定にダメだしする標準英語は意外と少数派である[prescriptivism][prescriptive_grammar][negative][double_negative][world_englishes][world_languages][typology]

2022-03-01

 2重否定 (double_negative) については,一昨日開設した YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の初回となった「英語学」ってなに?--むずかしい「英語」を「学」ぶわけではありません!!でも少し話題に取り上げた.
 具体的にいえば,I don't have any money. あるいは I have no money. の意味で,I don't have no money. と言ってはいけないという規則だ.ダメな理由は,同じ節に否定辞が2つ(以上)あるにもかかわらず全体の意味としては1回の否定に等しい,というのは論理的に矛盾しているからだ,ということになる.
 しかし,本ブログの double_negative に関する記事においても,また同じく一昨日に私が Voicy の「英語の語源が身につくラジオ」で話した「井上逸兵先生と YouTube を開始,そして二重否定の話し」でも述べてきたように,2重否定は歴史的にも連綿と続いてきた当たり前の統語構造である.
 現代英語でも,標準英語の世界から一歩外に出れば,2重否定や多重否定はいくらでも例が挙がってくる.例えば Siemund (619) が引用している例を2つほど挙げよう.

 ・ Yes, and no people didn't trouble about gas stoves then. (Southeast of England)
 ・ We didn't have no use for it noways. (Appalachian English)

 また,歴史的にも中英語や近代英語ではごく普通の統語現象だった.初期近代英語からの例として,Siemund (620) が引いている例を1つ挙げる.

 ・ I thinke ye weare never yet in no grownd of mine, and I never say no man naye.

 さらに世界の言語を見渡しても,2重否定はかなり普通のことのようだ.Siemund (620) は206の言語を調査した先行研究を参照し,そのうち170の言語でその事例が確認されたことを報告している.一方,現代標準英語のように2重否定がダメだしされるのは,わずか11言語のみだったという.類型論的には,標準英語タイプが稀なのだ.
 では,なぜ現代標準英語はそれほどまでに頑なに2重否定を忌避するのだろうか.実際,これは重要な英語史上の問題であり,様々に議論されてきた経緯がある.2重否定がダメだしされるようになった歴史的背景としては「#2999. 標準英語から二重否定が消えた理由」 ([2017-07-13-1]),「#4275. 2重否定を非論理的と断罪した最初の規範文法家 Greenwood」 ([2021-01-09-1]) を参照されたい.

 ・ Siemund, Peter. "Regional Varieties of English: Non-Standard Grammatical Features." Chapter 28 of The Oxford Handbook of English Grammar. Ed. Bas Aarts, Jill Bowie and Gergana Popova. Oxford: OUP, 2020. 604--29.

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