16世紀初頭に印刷術が果たした文化的役割は計りしれない.『クロニック世界全史』 (431) は,標題にあるように,宗教改革,絶対王政,近代国語の形成,大航海時代を支えた技術としての印刷術に注目している.
印刷術が普及するにともない,パンフレット類にとどまらず宗教改革者の著作にも,ラテン語ではなく自国語が使われるようになった.ルターの場合,1518?21年の4年間にドイツ語の著作は56%だったが,22?26年の5年間には87%へと急増している.
さらに版数で比較すると,ドイツ語の著作の割合はそれぞれ74%と93%になり,ドイツ語版の需要がますます高まっていたことがわかる.儲けを考えた印刷業者も,わかりやすいドイツ語による出版を推進したことは明らかである.とくにルターの翻訳したドイツ語聖書は,近代ドイツ語を生みだすもとになったといわれる.
近代国語の誕生は,この時期ちょうど中央集権体制を築こうとしていた絶対君主にも好都合だった.一つの法典を制定し,それがどこの土地でも理解され,同一の裁決が下されることは,支配を有効にするため欠かすことができなかったからである.
こうして印刷術は大航海時代の動きにのって世界各地に広がり,支配の手段や文化伝達のために利用されるようになった.日本には1590年,天正遣欧使節を伴って帰国したイエズス会巡察師ヴァリニャーノによって印刷機が伝えられ,布教活動に力を発揮した.さらにこれらキリシタン版といわれる種々の印刷物は,当時の日本語の読みや意味を現代に伝える役割もはたしている.
近代国家の国語に基づく統治方式について,引用の第3段落にあるように「支配を有効にするために欠かすことができなかった」という点は重要だろう.「#2858. 1492年,スペインの栄光」 ([2017-02-22-1]) でも触れたように,近代国家(帝国)にとって「言語は帝国の武器」だったのである.印刷術が,言語や宗教などの文化面はもちろん,絶対王政や帝国主義といった政治面にも相当の波及効果をもたらしたことは否定できない.
関連して,「#2927. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上」 ([2017-05-02-1]),「#2937. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上 (2)」 ([2017-05-12-1]),「#3066. 宗教改革と識字率」 ([2017-09-18-1]),「#3100. イングランド宗教改革による英語の地位の向上の負の側面」 ([2017-10-22-1]) を参照.
・ 樺山 紘一,木村靖二,窪添 慶文,湯川 武(編) 『クロニック世界全史』 講談社,1994年.
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