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spelling_pronunciation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-05-21 09:53

2009-11-25 Wed

#212. 教育の普及とspelling pronunciation [spelling_pronunciation]

 昨日[2009-11-24-1]に引き続きの話題.今日は,教育の普及と綴り字発音の発生との関係を考えてみたい.
 英語にしろ日本語にしろ,現代の言語文化では,話し言葉 ( spoken language ) よりも書き言葉 ( written language ) が重視される傾向がある.口約束よりも文書の契約が重んじられ,耳学問よりも書物を通じた学問が推奨される.話し言葉はその場限りの不安定な存在であり,書き言葉は永続する安定的な存在であるという前提が,無意識のうちに共有されている.綴り字発音は,書き言葉を重視する現代の傾向の一つの現れとして位置づけられるだろう.
 英語における綴り字発音は,英語国における19世紀末の教育の普及が大きく関わっているとされる.国民の多くが文字に親しむようになり,書き言葉,書かれたもの,綴り字に対してこれまで以上に権威を認め,信頼を寄せるようになった.識字率の低い時代には,幼児の言語習得と同様に,人々は新しい単語を「耳」から覚えるのを常としたが,文字を読めるようになると,書物のなかで見たことも聞いたこともない語に出くわす機会が増えた.こうして新しい単語を「目」から覚える機会が増し,書き言葉を重視する傾向と相俟って,綴り字を頼りに発音する綴り字発音が行われるようになった.
 綴り字発音が広まったのは教育の普及ゆえであると述べたが,よりピンポイントに責任者をつきとめると,それは(英語)教師だろう.『現代英語学辞典』の "Spelling pronunciation" の項にこのような記述がある.

概して,綴り字発音は,無学者,あるいは(発音と綴り字との関係を知っている)学者の行うものではなくて,衒学的な人たち(たとえば教師など)によって始められることが多い.


 さらに,Bloomfield (487) の指摘も辛辣である.ある語の標準的な発音を知らないが,立場上,知っているふりをしなければ権威を保てない教師,特に下層階級出身の教師こそが,綴り字発音を広めたのだとする.

Especially, it would seem, in the last centuries, with the spread of literacy and the great influx of dialect-speakers and sub-standard speakers into the ranks of standard-speakers, the influence of the written form has grown --- for these speakers, unsure of themselves in what is, after all, a foreign dialect, look to the written convention for guidance. The school-teacher, coming usually from a humble class and unfamiliar with the actual upper-class style, is forced to the pretense of knowing it, and exerts authority over a rising generation of new standard-speakers. A great deal of spelling-pronunciation that has become prevalent in English and in French, is due to this source.


 時代が変わって21世紀の現在.いま起きている綴り字発音の首謀者もかつてと同様,衒学的な人たちなのだろうか?

 ・石橋 幸太郎 編 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.
 ・Bloomfield, Leonard. Language. New York: Henry Holt, 1933.

Referrer (Inside): [2010-05-11-1]

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2009-11-24 Tue

#211. spelling pronunciation [spelling_pronunciation][ame_bre]

 spelling pronunciation綴り字発音」については本ブログでも何度か触れてきた.
 綴り字発音は「綴字に合わせて,歴史的,伝統的,標準的な様式とは異なる様式でなされる発音」として定義される.現代英語で often の発音に起きている変化が代表的な例である.この語は従来 [ˈɔ:fn] と発音されてきたが,近年では [ˈɔ:ftən] と <t> を発音する方向へ変化しつつある.「書かれているのだから読もう」という素直な発想に基づく発音変化である.
 他には,accomplish がある.これは従来 [əˈkʌmplɪʃ] と発音されてきたが,近年の米語では [əˈkɑ:mplɪʃ] と発音されるようになってきている.<om, on> という綴字における母音は,somecompany にみられるように,歴史的には [ʌ] と発音されてきたが,stopTom などの [ɑ:] の発音からの類推で,このように変化してきている.
 上記のように,綴り字発音には二つの種類が区別される.種類ごとにいくつかの例を挙げよう.

(1) 黙字 ( mute letter ) が発音されるようになるタイプ.often の新発音の例.

単語従来の発音綴り字発音
clothes[ˈkləʊz][ˈkləʊðz]
forehead[ˈfɒrɪd][ˈfɔ:hɛd]
often[ˈɔ:fn][ˈɔ:ftən]
suggest[səˈdʒɛst][səgˈdʒɛst]
towards[ˈtɔ:dz][təˈwɔ:dz]


(2) 類似した綴字をもつ他の語からの類推 ( analogy ) によって発音が変化するタイプ.accomplish の新発音の例.

単語従来の発音綴り字発音
assume[əˈʃu:m][əˈsju:m]
ate[ˈɛt][ˈeɪt]
clerk[ˈklɑ:k][ˈclə:rk]
constable[ˈkʌnstəbl][ˈkɑ:nstəbl]
nephew[ˈnevju:][ˈnefju:]


 上に挙げた表は,従来の発音から綴り字発音へと発音が変化しつつあるという通時的な過程を示唆しているが,一方で地域変種間の差異を示唆しているという側面もある.従来の発音がイギリス発音で,綴り字発音がアメリカ発音であることが多い.Mencken は,綴字と発音の差を縮める方向に作用する綴り字発音の合理性を指摘し,イギリス英語に勝るアメリカ英語の特質として力説している ( 483--88 ).イギリス英語とアメリカ英語のこの対比は,特に地名によく現れている.両国に同じ綴字の地名がある場合,イギリス英語では歴史と伝統によってはぐくまれた不規則な発音が,アメリカ語ではストレートな綴り字発音が行われることが多い.

単語イギリス発音アメリカ発音
Derby[ˈdɑ:bi][ˈdə:rbi]
Eltham[ˈɛltəm][ˈɛlθəm]
Greenwich[ˈgrɪnɪdʒ][ˈgri:nwɪtʃ]
Thames[ˈtɛmz][ˈθeɪmz]


 とはいえ,近年ではイギリス英語もアメリカ英語の影響を受けることが多くなってきており,全体として綴り字発音の傾向は続くことが予想される.

 ・Mencken, H. L. The American Language. Abridged ed. New York: Knopf, 1963.

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2009-11-05 Thu

#192. etymological respelling (2) [spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling][doublet][emode][spelling_pronunciation][silent_letter]

 [2009-08-21-1]で取りあげた etymological respelling の続編.英国におけるルネッサンス時代はおよそ初期中英語期に相当する.ルネッサンスは古典復興運動であり,その媒体となったのが古典語,とりわけラテン語とギリシャ語だった.したがって,この時期に両古典語からの借用が多かったのはごく自然のことだった([2009-08-19-1]).しかし,ラテン語重視の時代の風潮は,なにも語の借用にとどまっていたわけではない.例えば,英文法書はラテン語文法をお手本に書かれた.そして,もう一つのラテン語重視の現れは,綴字に見られた.
 [2009-08-25-1], [2009-05-30-1]で見たように,近代英語期以前にもラテン語からの借用語はたくさんあった.そのなかでも特に中英語期にフランス語を経由して英語に入ってきたラテン語は,形態が崩れていることが多かった.伝言ゲームではないが,英語に入ってくる過程でフランス語などを経ると,どうしても原形が崩れてしまうのである.
 ルネッサンス期の学者たちはこれを嘆かわしいと思った.かれらは,権威のある古典ラテン語の「原形」を知っているので,英語で根付いていた「崩れた形」に我慢がならなかったのである.そこで,「原形」(=語源)を参照して,すでに英語に定着していた綴りを一方的に直した.この学者たちの営みを etymological respelling と呼ぶ.
 [2009-08-21-1]では debt 「債務」という語を例に etymological respelling のプロセスを解説したので,今回はいろいろと他の例を挙げることにする.以下の現代英単語はすべて etymological respelling の産物だが,各語についてどの文字が学者によって挿入・置換されたかわかるだろうか.

altar, Anthony, assault, author, comptroller, debt, delight, doubt, falcon, fault, indict, island, language, perfect, phantom, psalm, realm, receipt, salmon, salvation, scholar, school, scissors, soldier, subject, subtle, throne, victual


 学者たちは,ラテン借用語の綴字こそ改革したが,庶民の発音までをも改革し得たわけではない.多くの場合,庶民は相変わらず中世以来の「崩れた形」の発音を使い続けたのである.学者がいくら騒ごうが民衆にとって関心がないのは,いつの時代でも同じである.だが,せっかく綴字を改革したのだからそれにあわせて発音も変えようという殊勝な態度も一部にはあったようで,いくつかの単語では,挿入された文字に対応する発音もおこなわれるようになった.綴字にあわせて発音しようというこの考え方は,spelling pronunciation と呼ばれる.
 現代英語において綴字と発音の乖離は大きな問題であり,etymological spelling はこの問題に一役買っている([2009-06-28-2]).また,それを是正しようとする spelling pronunciation の作用も中途半端であり,かえって混乱を招いているともいえる.この問題の根が深いのは,上述のとおり深い歴史があるからである.「ルネッサンス期の学者の知識のひけらかし」といえば確かにそうだろう.しかし,当時の学者に罪を着せるという考え方よりは,当時の時代精神の産物と捉える方が,英語史をポジティブに味わえるように思われる.ときにはラテン語由来の英単語のかもすハイレベルな文体を味わうもよし,ときには island の <s> の不合理を嘆くもよし.人間と同じで,言語も一癖も二癖もあるからこそおもしろいのではないか.
 上記の語群でどの文字が挿入・置換されたか,その答えは以下をクリック.

altar, Anthony, assault, author, comptroller, debt, delight, doubt, falcon, fault, indict, island, language, perfect, phantom, psalm, realm, receipt, salmon, salvation, scholar, school, scissors, soldier, subject, subtle, throne, victual

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2009-05-11 Mon

#13. 英国のパブから ye が消えていくゆゆしき問題 [palaeography][spelling][spelling_pronunciation][thorn][th][pub]

 英国のパブがどんどん潰れているという新聞記事を読んだ.スーパーに出される格安のビール,経済不況,アルコール増税が原因らしい.1日平均6件が潰れているという.窮状はこちらの記事に詳しい.パブなしでは過ごせなかった留学時代を思い出すと,このゆゆしき事態に嘆かざるをえない.
 パブは "public house" の略語であり,英国の伝統的な酒場のことである.屋号や建物に歴史が刻まれているパブも多い.例えば,ロンドンで最古のパブとして知られているのが1528年創業の "Ye Olde Cheshire Cheese" である.
 今日の話題は,屋号に現れる最初の単語である.店の看板の画像をご覧ください.古いパブ,あるいは古さを装っているパブには,この Ye で始まるものが多い.発音は/ji:/として読まれるが,実はこれは定冠詞 the の異形である.これには歴史的背景がある.
 古英語には,現代英語にないアルファベット文字がいくつか存在した.そのうちの一つに,<þ> "thorn" という文字があった.これは,現代英語でいえば<th>という二文字に相当し,歯摩擦音の /θ/ や /ð/ を表した.<þ> は古英語以降も使われはしたが,フランス語から入った<th>に徐々に取って代わられていった.したがって,中英語の the に対しては,新形として <the> が,古形として <þe> が併存することとなった.

thorn 1thorn 2y
thorn thorn y

 さて,<þ> があまり使われなくなり,歯摩擦音を表す文字として忘れ去られようとしたとき,古風を装った書き手は,<þ> と形の似た <y> の文字を代用した.<ye> と綴って the を表すことで,<þ> の文字の伝統がかろうじて保たれたわけである.だが,<þ> 自体は最終的には忘れられ,その事情を何も知らない後世の人々は,<ye> の綴りを見て当然のごとく /ji:/ と発音した ( spelling pronunciation ).その慣習が現在に続いている.
 古風を売りにするパブが <ye> を使い続けている背景には,文字の消失と spelling pronunciation という英語史上の過程があったのである.

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