昨日[2009-11-24-1]に引き続きの話題.今日は,教育の普及と綴り字発音の発生との関係を考えてみたい.
英語にしろ日本語にしろ,現代の言語文化では,話し言葉 ( spoken language ) よりも書き言葉 ( written language ) が重視される傾向がある.口約束よりも文書の契約が重んじられ,耳学問よりも書物を通じた学問が推奨される.話し言葉はその場限りの不安定な存在であり,書き言葉は永続する安定的な存在であるという前提が,無意識のうちに共有されている.綴り字発音は,書き言葉を重視する現代の傾向の一つの現れとして位置づけられるだろう.
英語における綴り字発音は,英語国における19世紀末の教育の普及が大きく関わっているとされる.国民の多くが文字に親しむようになり,書き言葉,書かれたもの,綴り字に対してこれまで以上に権威を認め,信頼を寄せるようになった.識字率の低い時代には,幼児の言語習得と同様に,人々は新しい単語を「耳」から覚えるのを常としたが,文字を読めるようになると,書物のなかで見たことも聞いたこともない語に出くわす機会が増えた.こうして新しい単語を「目」から覚える機会が増し,書き言葉を重視する傾向と相俟って,綴り字を頼りに発音する綴り字発音が行われるようになった.
綴り字発音が広まったのは教育の普及ゆえであると述べたが,よりピンポイントに責任者をつきとめると,それは(英語)教師だろう.『現代英語学辞典』の "Spelling pronunciation" の項にこのような記述がある.
概して,綴り字発音は,無学者,あるいは(発音と綴り字との関係を知っている)学者の行うものではなくて,衒学的な人たち(たとえば教師など)によって始められることが多い.
さらに,Bloomfield (487) の指摘も辛辣である.ある語の標準的な発音を知らないが,立場上,知っているふりをしなければ権威を保てない教師,特に下層階級出身の教師こそが,綴り字発音を広めたのだとする.
Especially, it would seem, in the last centuries, with the spread of literacy and the great influx of dialect-speakers and sub-standard speakers into the ranks of standard-speakers, the influence of the written form has grown --- for these speakers, unsure of themselves in what is, after all, a foreign dialect, look to the written convention for guidance. The school-teacher, coming usually from a humble class and unfamiliar with the actual upper-class style, is forced to the pretense of knowing it, and exerts authority over a rising generation of new standard-speakers. A great deal of spelling-pronunciation that has become prevalent in English and in French, is due to this source.
時代が変わって21世紀の現在.いま起きている綴り字発音の首謀者もかつてと同様,衒学的な人たちなのだろうか?
・石橋 幸太郎 編 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.
・Bloomfield, Leonard. Language. New York: Henry Holt, 1933.
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