中田(著)『英単語学習の科学』に,先行研究に基づいた「最も役に立つ25の語のパーツ」が提示されている (76--77) .これは,3000?1万語レベルの英単語を分析した結果,とりわけ多くの語に含まれるパーツを取り出したものである.パーツのほとんどが,ラテン語やギリシア語の接頭字 (prefix) や連結形 (combining_form) である.
語のパーツとその意味 | 具体例 |
spec(t) = 見る | spectacle(見せ物),spectator(観客),inspect(検査する),perspective(視点),retrospect(回顧) |
posit, pos = 置く | impose(負わせる,課す),opposite(反対の),dispose(配置する,処分する),compose(校正する,作る),expose(さらす) |
vers, vert = 回す | versus(対),adverse(反対の,不利な),diverse(多様な),divert(転換する),extrovert(外交的な) |
ven(t) = 来る | convention(大会,しきたり,慣習),prevent(妨げる,予防する),avenue(通り),revenue(歳入),venue(場所) |
ceive/ceipt, cept = とる(こと) | accept(受け入れる,容認する),exception(例外),concept(概念),perceive(知覚する),receipt(レシート,受け取ること) |
super- = 越えて | superb(すばらしい),supervise(感得する),superior(上級の),superintendent(監督者),supernatural(超自然の,神秘的な) |
nam, nom, nym = 名前 | surname(苗字),nominate(指名する),denomination(命名,単位),anonymous(匿名の),synonym(同義語) |
sens, sent = 感じる | sensible(分別のある),sensitive(敏感な),sensor(センサー),sensation(感覚),consent(同意,同意する) |
sta(n), stat = 立つ | stable(安定した),status(地位),distant(離れた),circumstance(状況),obstacle(障害) |
mis, mit = 送る | permit(許可する),transmit(送る),submit(提出する),emit(放射する),missile(ミサイル) |
med(i), mid(i) = 真ん中 | intermediate(中級の),Mediterranean(地中海),mediocre(並みの),mediate(仲裁する),middle(中央,中間の) |
pre, pris = つかむ | prison(刑務所),enterprise(事業),comprise(構成する),apprehend(捕らえる,理解する),predatory(捕食性の,食い物にする) |
dictate, dict = 言う | dictate(書き取らせる,命じる),dedicate(捧げる),predict(予言する),contradict(否定する,矛盾する),verdict(評決) |
ces(s) = 行く | access(アクセス,接近),excess(超過),recess(休憩),ancestor(先祖),predecessor(前任者) |
form = 形 | formal(形式的な),transform(変形する),uniform(同形の,制服),format(形式),conform(一致する) |
tract = 引く | extract(抜粋,抜粋する),distract(気をそらす),abstract(要約,抽象的な),subtract(引く),tractor(トラクター,牽引車) |
graph = 書く | telegraph(電報),biography(伝記),autograph(サイン),graph(グラフ),geography(地理) |
gen = 生む | genuine(本物の),gene(遺伝子),genius(天才),indigenous(土着の,固有の),ingenuity(工夫) |
duce, duct = 導く | conduct(導く),produce(生み出す),reduce(減らす),induce(引き起こす,誘発する),seduce(誘惑する) |
voca, vok = 声 | advocate(主張する,唱道者),vocabulary(語彙),vocal(声の,ボーカル),invoke(祈る),equivocal(あいまいな) |
cis, cid = 切る | precise(正確な),excise(削除する),scissors(はさみ),suicide(自殺),pesticide(殺虫剤) |
pla = 平らな | plain(明白な,平原),plane(平面,平らな),plate(皿),plateau(高原,高原状態) |
sec, sequ = 後に続く | consequence(結果),sequence(連続),subsequent(その次の),consecutive(連続した),sequel(続編) |
for(t) = 強い | fortress(要塞),effort(努力),enforce(実施する,強いる),reinforce(強化する),forte(長所) |
vis = 見る | visible(目に見える),envisage(心に描く),revise(改訂する),visual(視覚の,映像),vision(視力,ビジョン) |
接頭辞 en- をもつ動詞について「#1877. 動詞を作る接頭辞 en- と接尾辞 -en」 ([2014-06-17-1]) で取り上げた.今回は,この接頭辞について形態理論の観点から迫りたい.
形態論では「右側主要部規則」 (right-hand head rule: RHR) という原則が一般的にみられ,それによると,形態的に複雑な語の主要部は右側の要素であるとされる.別の言い方をすれば,右側の要素が,語全体の品詞を決定するということでもある.たとえば,singer の主要部は右側の -er であり,これは行為者を表わす接頭辞であるから,語全体が名詞となる.peaceful の主要部はやはり右側の -ful であり,これにより語全体が形容詞となる.一般的にいえば,接尾辞は品詞決定能力をもっていることが多いということである.
では,接頭辞についてはどうだろうか.接頭辞は定義上右側の要素となることはありえないので,品詞決定能力をもたないはずである.しかし,先の記事 ([2014-06-17-1]) で列挙したように,基体に接頭辞 en- を付して動詞を派生させたケースは少なくない.改めて挙げれば,基体が名詞,形容詞,動詞のものを含めて encase, enchain, encradle, enthrone, enverdure; embus, emtram, enplane;, engulf, enmesh; empower, encollar, encourage, enfranchise; embitter, enable, endear, englad, enrich, enslave; enfold, enkindle, enshroud, entame, entangle, entwine, enwrap など多数ある.これは,上記の一般論に反して「左側主要部規則」が適用されているかのように思われる.
これに対する理論的な対処法の1つとして,基体における品詞転換 (conversion) あるいはゼロ派生の過程を想定するというものがある.形容詞の基体 rich に接頭辞 en- を付した動詞 enrich で考えてみよう.この対処法によれば,形容詞 rich には,まず動詞を派生させるゼロ接尾辞が付され,これにより表面的には形態の変わらぬまま動詞へ化ける.そして,その後,特に品詞決定能力をもつわけではない接頭辞 en- が付加されたにすぎないと考えるのである.このように解釈すれば,動詞を派生させるゼロ接尾辞がこの語の最も右側の要素となり,それが語全体の品詞決定能力をもつと仮定する,従来の右側主要部規則に適う.以上の3ステップの形態過程をまとめれば,次のようになるだろう(西原,p. 54).
(i) lexicon: [rich] A
(ii) suffixation: [[rich] A + 0] V]
(iii) prefixation: [en + [rich] A + 0] V] V
では,接頭辞 en- の機能はいったい何なのか,という疑問は残る.しかし,この理論的解決法は,embolden, enfasten, engladden, enlighten など,接尾辞 -en が付されてすでに動詞化している基体に対しても接頭辞 en- が付きうるケースについても整合性を保てる点ですぐれている.
関連して,品詞転換やゼロ派生について conversion の各記事を参照されたい.
・ 西原 哲雄 「第2章 語の構造について ――形態論――」西原 哲雄(編)『言語学入門』朝倉日英対照言語学シリーズ 3 朝倉書店,2012年.39--63頁.
昨日の記事 ([2018-11-18-1]) に引き続いての話題.ラテン語の接頭辞 ad- は,続く語根の頭音に応じて ac-, af-, ag-, al-, ap-, as-, at- などと姿を変える.対応する音声の同化 (assimilation) ゆえの異形態 (allomorph) である.例として,accuse, affirm, aggression, allude, appeal, assemble, attend などが挙げられる.逆にいえば,語根の頭音との関係で音便が生じない場合に,基底形の ad- が用いられるということだ.address にせよ,上記の単語群にせよ,接頭辞の子音字が重なって綴られている.おそらくこれらのほとんどが語源的綴字 (etymological_respelling) なのではないかと睨んでいる.つまり,古フランス語や中英語では問題の子音字はおよそ1つだけで綴られていたが,初期近代英語期にかけて,語源であるラテン語形を参照して子音字をダブらせたのではないかと.
この点について,Barnhart が断言的な記述を与えている.まずは,ズバリ address について.
The present spelling with -dd- is a refashioning of the prefix a- into ad- in English, after the Latin form, and occasionally occurs in Middle French.
そして,より一般的な解説が ad- の見出しのもとに与えられている.
Words formed with ad- found in modern English do not always reflect a direct passage from Latin into English. The prefix ad- was transformed to a- in Old French, and so appeared in words that entered Middle English through Old French. In the 15th century many of these words were respelled with the ad- to restore the connection with Latin. . . . When the process went too far, as in advance, English acquired a d that had no historical justification.
・ Barnhart, Robert K. and Sol Steimetz, eds. The Barnhart Dictionary of Etymology. Bronxville, NY: The H. W. Wilson, 1988.
なぜ address では <dd> と重子音字が用いられているのかというナゾについての回答が,数日前のYahoo!知恵袋でバズっていた(住所という英単語adressとaddressどちらが正しいスペルでしょうか?).真の答えは,大名氏のツイートに端的に示されている通りだろう.初期近代英語期にバズった語源的綴字 (etymological_respelling) である.
この発問の問題意識はわかる.フランス語や中英語では adresser, adressen などと <d> は1つであり,それでも良さそうなのに,現代英語ではなぜ <d> を重ねるのか.さらに語源的には同じラテン語の接頭辞 ad- を付したものでも,adapt, admire, adnominal, adopt, adverb などでは <d> が重なっていないという事情もある.
Upward and Davidson (101) に,ラテン語の接頭辞 ad- の付加と関連して次の記述がみられる.
・ Lat AD- attached to a stem beginning with D results in Lat and ModE -DD-: add (< Lat addere), addiction, address, adduce. (OFr and ME often wrote such words with single D.)
・ D has been doubled in developments from Fr where there has been a stress shift to the first syllable in ModE: boudin > podyng > pudding, sodein > sodayn > sudden.
・ Some words with single medial D (e.g. hideous, medal, model, study) were occasionally written with DD in EModE.
2点目と3点目の記述からわかることは,強勢位置に応じて,現代的な「綴字規則」どおりに子音字を重ねたり重ねなかったりする例が近代英語期に見られたということだ.一方,目下の話題に直接触れている1点目では,中英語や古フランス語では強勢位置の考慮がなされていたようだが,近代英語以降にはなされておらず,むしろラテン語の綴字に引きずられた結果であることが示されている.結果として成立した address, addict, adduce などの綴字は,強勢位置や母音の長さなどを反映する表音的な綴字というよりは,ad- までが接頭辞であり,それ以降の部分が語根であることを示す表形態素的な綴字というべきだろう.そして,それは語源的な綴字でもあった.
英語史の教科書などでは,接頭辞 ad- を参照して d を復元した語源的綴字の典型例として admonish, advance, advantage, adventure, advise などがしばしば挙げられる(最後の語については「#1153. 名詞 advice,動詞 advise」 ([2012-06-23-1]) を参照).しかし,語根がすでに d で始まる今回のような語において,接頭辞にまで d を復元し,結果として <dd> となる事例にはこれまで気づかなかった.むしろ,これこそラテン語の模倣欲が炸裂した語源的綴字の好例ということができるかもしれない.とまれ,一般的に ad- 語において語源的綴字として d が挿入された事例は,これまで私が思っていたよりもかなり多いようである.
・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
Wersmer (64, 67) や Nevalainen (352, 378, 391) を参照した Cowie (610--11) によれば,接辞を用いた新語形成において,本来系の接辞を利用したものと借用系のものと比率が,初期近代英語期中に大きく変化したという.
The relative frequency of nonnative affixes to native affixes in coined words rises from 20% at the beginning of the Early Modern English period to 70% at the end of it . . . . The proportion of Germanic to French and Latin bases in new coinages falls from about 32% at the beginning of the Early Modern period to some 13% at the end . . . . Together these measures confirm the emergence of non-native affixes as independent English morphemes over the Early modern period. They also seem to contradict claims that the native affixes in Early Modern English are just as, if not more productive, than ever . . . , although it is always less likely that words coined with native affixes would be recorded in a dictionary . . . .
この時期の初めには借用系は20%だったが,終わりには70%にまで増加している.一方,基体に注目すると,借用系に対する本来系の比率は,期首で32%ほど,期末で13%ほどに落ち込んでいる.全体として,初期近代英語期中に,借用系の接辞および基体が目立つようになってきたことは疑いない.ただし,引用の最後の但し書きは重要ではある.
関連して,「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]),「#3165. 英製羅語としての conspicuous と external」 ([2017-12-26-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]),「#3258. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (1)」 ([2018-03-29-1]),「#3259. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (2)」 ([2018-03-30-1]) を参照.
・ Wersmer, Richard. Statistische Studien zur Entwicklung des englischen Wortschatzes. Bern: Francke, 1976.
・ Nevalainen, Terttu. "Early Modern English Lexis and Semantics." 1476--1776. Vol. 3 of The Cambridge History of the English Language. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1999. 332--458.
・ Cowie, Claire. "Early Modern English: Morphology." Chapter 38 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 604--20.
接頭辞 in- は,原則として後続する基体がどのような音で始まるかによって,デフォルトの in- だけでなく, im (b, m, p の前), il- (l の前), ir- (r の前), i- (g の前)などの異形態をとる.意味としては,接頭辞 in- には「否定」と「中に」の2つが区別されるが,異形態の選択については両方とも同様に振る舞う.それぞれ例を挙げれば,inactive, inconclusive, inspirit; imbalance, immature, immoral, imperil, implode, impossible; illegal, illicit, illogical; irreducible, irregular, irruptive; ignoble, ignominy, ignorant などである.
in- の末尾の子音が接続する音によって調音点や調音様式を若干変異させる現象は,子音の同化 (assimilation) として説明されるが,子音の同化という過程が生じたのは,ほとんどの場合,借用元のラテン語(やフランス語)においてであり,英語に入ってくる際には,すでにそのような異形態をとっていたというのが事実である.むしろ,英語側の立場からは,それらの借用語を後から分析して,接頭辞 in- を切り出したとみるのが妥当である.ただし,いったんそのような分析がなされて定着すると,以降 in- はあたかも英語固有の接頭辞であるかのように振る舞い出し,異形態の取り方もオリジナルのラテン語などと同様に規則的なものととらえられるようになった.
ラテン語由来の「否定」と「中に」を意味する接頭辞 in- は上記のように振る舞うが,注意すべきは英語本来語にも「中に」を意味する同形態の in が存在することだ.前置詞・副詞としての英語の in が接頭辞として用いられる場合には,上記のラテン語の接頭辞 in- のように異形態をとることはない.つまり,in- は不変化である.標題の単語 input の in- は,反対語の output の out- と比べれば分かるとおり,あくまで本来語の接頭辞 in- である.したがって,*imput とはならない(ちなみにラテン語で out- に対応するのは ex- である).この観点から in-between, in-place, inmate なども同様に説明できる.
ただし,発音上は実際のところ子音の同化を起こしていることも多く,input と綴られていても,/ˈɪnpʊt/ に加えて /ˈɪmpʊt/ も行なわれている.
2月28日付の掲示板で,comfort(able) の m について質問が寄せられた.ラテン語に由来する接頭辞 com- の末子音は,p, b, m の前では computer, combine, communicate に見られるように m に保たれるが,それ以外の場合では後続音に応じて n, l, r などに変化したり,ときに失われたりするのが普通である.com- は f の前では con- となるのが通例であり,confer, conflict, confront, convict などに見られる通りである.しかし,comfort では f の前に m が現われている.これは,どういうことだろうか.借用元である対応するフランス単語は confort(able) と n で綴られているわけなので,ますます疑問が深まる.あわせて,英単語の m はいかように発音されるのか,という質問も受けた.
英語でなぜ m が見られるのかについては,少し調べてみたが,いまだ納得いくような解決を得られていない.ここでは,とりあえず m の発音の問題について先に解説しておこう.英語では,<m> の文字はほぼ1対1の関係で /m/ の音素に対応する.音素 /m/ の最も典型的な実現形は有声両唇鼻音 [m] だが,環境によってはそれ以外の異音 (allophone) としても実現される.直後に [f] や [v] のような唇歯音が続く場合には,/m/ は調音点の逆行同化 (assimilation) により有声唇歯鼻音 [ɱ] となるのが普通である.要するに,[f] を発音する口の構えで鼻から息を抜いてやればよい.この音を単独で調音することはないと思われるが,[f] や [v] が後続する位置では無意識のうちに [ɱ] の調音となっているはずである.comfort の m はまさにこの異音で実現される.
以下に,Jespersen と Cruttenden から,異音 [ɱ] について触れている部分を引用しよう.
Before [f, v], as in nymph, pamphlet, comfort, triumph, triumvir, circumvent [nimf, pæmflit, kʌmfət, traiəmf, traiˈʌmvə, səkəmˈvent], the [m]-closure is frequently formed not by means of both lips, but of the lower lip alone, which is applied to the lower edge of the upper front teeth. (Jespersen 395)
When followed by a labiodental sound /f,v/, the front closure may be labiodental [ɱ] rather than bilabial, e.g. in nymph, comfort, triumph, come first, circumvent, warm vest. Additionally pronunciations of infant, enforce, unforced, etc. with assimilation of [n] to [ɱ] can be regarded as having an allophone of /m/. (Cruttenden 212)
In connected speech /m/ frequently results from a final /n/ of the citation form before a following bilabial, e.g. one mile /wʌm ˈmaɪl/, more and more /mɔːr əm ˈmɔː/, ten pairs /tem ˈpeəz/, gone back /gɒm ˈbak/; sometimes /m/ is a realisation of word-final /ən/ or /n/ following /p/ or /b/, e.g. happen /ˈhapm/, ribbon /ˈrɪbm/, or, in context, cap and gown /kap m ˈgaʊn/ . . . . (Cruttenden 212)
注意したいのは,confer, conflict, confront, convict などにおいては,注意深い発音では,次に [f] や [v] が続くとはいえ,しっかり歯茎鼻音 [n] で発音されるのが普通ということだ.いずれにせよ,comfort(able) はやはり変わった単語である.
なお,日本語では通常 [f] や [v] の発音もないので,ましてや [ɱ] など現われることがないように思われるが,口を極端に横に開いた状態でマ行を発音すると,たいてい [ɱ] となる.口をニカッと左右に開き,満面の笑みで「初めまして」というときの「め」と「ま」の子音が否応なしに [ɱ] となってしまう.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.
・ Cruttenden, Alan. Gimson's Pronunciation of English. 8th ed. Abingdon: Routledge, 2014.
Oxford Dictionaries が毎年公表している Word of the Year によると,2016年の「今年の単語」は形容詞 post-truth である.定義は,"relating to or denoting circumstances in which objective facts are less influential in shaping public opinion than appeals to emotion and personal belief" とある.詳しい解説は Word of the Year 2016 is... を参照されたい.
この語は1992年に初出しているが,当時は文字通りの「真実が知られた後の」の語義で使われていた.今回の「真実が無関係となった時代の」という語義での使用が現われてきたのは,もっと最近,おそらく10年くらいのものではないか.いずれにせよ,この語が急激な広がりを示し始めたのは,つい最近,今年の5月以降であるという.典型的な用例は post-truth politics である.背景には,明らかにイギリスのEU離脱やアメリカの大統領選挙がある.この語が広く受け入れられた理由として,主にメディアやブログで多用されていることから,情報源としてのソーシャルメディアの台頭が挙げられるだろう.また,政治的には,既得権層が提示する事実に対する人々の不信があるとも評される.すぐれて時事的な語である.
英語史的には,post- というラテン語に由来する接頭辞による語形成が英語にすっかり定着したことを物語る例として興味深い.post- という接頭辞自体は近代英語期からあるが,純粋に「?の(時間的に)後の」という語義から,政治的な意味合いをもつ「?が無関係となった後の(時代)」という語義で用いられ,様々な語形成がなされるようになったのは,20世紀半ばからのことである.関連して,「#560. 接頭辞 post-」 ([2010-11-08-1]),「#561. 接頭辞 post- (2)」 ([2010-11-09-1]) を参照.
さて,post-truth のほかにノミネートされた語については Word of the Year 2016: other words on the shortlist に説明があるが,一通り挙げてみると,hygge, n., Brexiteer, Latinx, n. and adj., coulrophobia, n., adulting, chatbot, glass cliff, n., alt-right, n., woke, adj. である.
Oxford Dictionaries の "Word of the Year" はどのように選択され,決定されるのだろうか.Word of the Year: FAQ によると,その手順としては,Oxford Dictionaries のチームが,毎月,様々な媒体から編纂された1億5千万語ほどの Oxford English Corpus をもとにして頻度調査などを行ない,候補語をいくつか挙げた上で,ソーシャルメディアやブログなどにより一般から寄せられる提案を加味しながら議論するのだという.候補語の出所は典型的にはイギリスかアメリカが中心となるが,なるべくいずれかの国に使用の偏っている語ではなく,より広くアピールする語を選択するよう配慮しているということだ.
関連して,アメリカの American Dialect Society による Word of the Year も参照.こちらについては,本ブログ内の記事として ads woy をご覧ください.
10月6日付の朝日新聞に,JICA がミャンマー農業支援のために「除湿機」 を購入すべきところ「加湿機」を購入してしまい,検査院に指摘されたという記事があった.英語表記で,加湿機は humidifier,除湿機は dehumidifier なので,de- の有無が明暗を分けたという事の次第だ.日本語でも,1漢字あるいは1モーラで大違いの状況である.同情の余地もないではないが,そこには260万円という金額が関わっている.
接頭辞 de- は,典型的に動詞の基体に付加して,その意味を反転させたり,除去の含意を加えたりする.もともとはラテン語で "off" ほどに相当する副詞・前置詞 de- に由来し,フランス語を経て英語に入ってきた語もあれば,直接ラテン語から入ってきた語,さらに英語内部で造語されたものも少なくない.起源は外来だが,次第に英語の接頭辞として成長してきたのである.de- の語義は,細分化すれば以下の通りになる (Web3 より).
1. 行為の反転 (ex. decentralize, decode; decalescence)
2. 除去 (ex. dehorn, delouse; dethrone)
3. 減少 (ex. derate)
4. 派生の起源(特に文法用語などに) (ex. decompound, deadjectival, deverbal)
5. 降車 (ex. debus, detrain)
6. 原子の欠如 (ex. dehydro-, deoxy-)
7. 中止 (ex. de-emanate)
ここには挙げられていないが,「#2638. 接頭辞 dis- 」 ([2016-07-17-1]) で触れたように,de- は dis- と混同され,意味的な影響を受けたとも言われている.また,その記事でも触れたが,基体がもともと否定的な意味を含んでいる場合には,de- のような否定的な接頭辞がつくと,その否定性が強調される効果を生むため,「強調」の用法ラベルがふさわしくなることもある.例えば,decline では,cline がもともと「曲がる,折れる」と下向きのややネガティヴな含意をもっているので,de- の用法は「減少」であるというよりは「強調」といえなくもない.denude や derelict の de- も基体の含意がガン愛ネガティヴなので,de- が結果として「強調」用法と解されている例だろう.
問題の dehumidifier の de- を「強調」用法としてかばうことはできそうにないが,接頭辞の多義性には注意しておきたい.
接頭辞 dis- について,次の趣旨の質問が寄せられた.動詞に付加された disable や形容詞に付加された dishonest などにみられるように,dis- は反転や否定を意味することが多いが,solve に対して接頭辞が付加された dissolve にはそのような含意が感じられないのはなぜなのか.確かに,基体の原義は語源をひもとけばそれ自体が「溶解する」だったのであり,dis- を付加した語の意味には反転や否定の含意はない.
まず,接辞の意味の問題について前提とすべきことは,通常の単語と同様に多くのものが多義性 (polysemy) を有しているということだ.そして,たいていその多義性は1つの原義から意味が派生・展開した結果である.接頭辞 dis- についていえば,確かに主要な意味は「反転」「否定」ほどと思われるが,ソースであるラテン語(およびギリシア語)での同接頭辞の原義は「2つの方向へ」ほどである.語源的にはラテン語 duo (two) と関連し,その古い形は *dvis だったと想定される.つまり,原義は2つへの「分離」である.discern, disrupt, dissent, divide などにその意味を見て取ることができる(接頭辞語尾の子音は,基体との接続により消失したり変形したりすることがある).そこから「選択」「別々」の意味が発展し,dijudicate, dinumerate などが生じた.「分離」から「剥奪」「欠如」が生じるのは自然であり,さらにそこから「否定」「反対」の意味が発展したことも,大きな飛躍ではないだろう.こうして disjoin, displease, dissociate, dissuade などが形成された.
次に考えるべきは,上述の接頭辞の意味は,基体の意味との関係において定まることがあるということだ.もともと基体に「分離」「否定」などの意味が含まれている場合には,接頭辞は事実上その「強調」を表わすものとして機能する.dissolve はこの例であり,類例は少ないが disannul, disembowel などもある.基体の意味と調和すれば,接頭辞の意味が「強調」となるのは,dis- に限らない.
最後に,この接頭辞の形態と綴字について述べておく.英語語彙における dis- は,音環境に応じて子音語尾が消えて di- となって現われることもあれば,ラテン語の別の接頭辞 de- と合流して de- で現われることもある.また,フランス語を経由したものは des- となっているものもある (cf. 「#2071. <dispatch> vs <despatch>」 ([2014-12-28-1])) .関連して,語源的には別の接頭辞だが,ラテン語やギリシア語の学術的な雰囲気をかもす dys- がある(ときに dis- と綴られる).こちらは「病気」「不良」「異常」を含意し,例として dysfunction, dysphemism などが挙げられる.
以下に,Web3 から接頭辞 dis- の記述を挙げておこう.
1dis- prefix [ME dis-, des-, fr. OF & L; OF des-, dis-, fr. L dis-, lit., apart, to pieces; akin to OE te- apart, to pieces, OHG zi-, ze-, Goth dis- apart, Gk dia through, Alb tsh- apart, L duo two] 1 a : do the opposite of : reverse <a specified action) <disjoin> <disestablish> <disown> <disqualify> b : deprive of (a specified character, quality, or rank) <disable> <disprince> : deprive of (a specified object) <disfrock> c : exclude or expel from <disbar> <discastle> 2 : opposite of : contrary of : absence of <disunion> <disaffection> 3 : not <dishonest> <disloyal> 4 : completely <disannul> 5 [by folk etymology]: DYS- <disfunction> <distrophy>
enlighten 「啓蒙する」という動詞では,基体の light に接頭辞の en- と接尾辞の -en が付加されている.名詞が動詞化している例だが,同じような機能の接辞が2つ付いているのが妙といえば妙である.いずれかのみでも良さそうなものだし,実際に接尾辞 -en のみを付加した lighten という動詞が存在する.これらの接辞はどのように使い分けられているのだろうか.
実は,接頭辞 en- と接尾辞 -en の語源はまったく異なっており,接点がない.接頭辞のほうは,ラテン語の接頭辞 in- に由来し,古フランス語を経由して英語に入った借用接辞である.英語の前置詞 in と究極的には同根で「中へ」を原義とし,「中へ入る」「中へ入れる」という運動が感じられるので,動詞を作る接頭辞として機能し始めたのだろう.名詞の基体につくのが基本だが,形容詞やすでに動詞である基体につくこともある (ex. encase, enchain, encradle, enthrone, enverdure; embus, emtram, enplane; engulf, enmesh; empower, encollar, encourage, enfranchise; embitter, enable, endear, englad, enrich, enslave; enfold, enkindle, enshroud, entame, entangle, entwine, enwrap) .基体が動詞の場合,先に話題にした通り接尾辞 -en をともなっているものがあり,embolden, enfasten, engladden, enlighten のような形態が生じている(廃語になったものとして,encolden, enlengthen, enlessen, enmilden, enquicken, enwiden, enwisen もあり).enclose/inclose, encumber/incumber, enquire/inquire, ensure/ensure など en- と in- の交替する例もあるが,語源的には前者はフランス語形,後者はラテン語形である.
一方,接尾辞 -en は,他動詞を作る古英語の接尾辞 -nian に遡る(例えば,古英語の形容詞 fæst (fast) に対する動詞 fæstnian (fasten)).現在の鼻音は,接尾辞 -nian の最後の -n ではなく最初の -n が残ったものである.末尾の形容詞や名詞の基体につき,「?にする」「?になる」の意を表わす.例として,darken, deepen, harden, sharpen, sicken, soften, sweeten; heighten, lengthen, strengthen; steepen など.接尾辞そのものは上記のように古英語に遡るが,上に挙げた派生語の多くは後期中英語や初期近代英語での類推に基づく語形成の結果である.
「#526. Chaucer の用いた英語本来語 --- 接頭辞 for- をもつ動詞」 ([2010-10-05-1]) でも取り上げた接頭辞の話題.現代英語では生産的ではないが,かつてはおおいに栄えた接頭辞として for- がある.この接頭辞が担当する意味を列挙すると,禁止,拒絶,非難,排除,否定,無視,不正,偽り,離反,差し控え,省略,失敗,悪影響,そしてそれらの強調である.一言で,ネガティヴな接頭辞といってよいだろう.
現代英語から語例を挙げてみると,forbear (control oneself), forbearance (patience), forbid (prohibit), forbruise (bruise sorely), fordo (do away with), forget (be unable to remember), forgive (pardon), forgo (do without), forlorn (lonely), forpined (pined away), forsake (leave), forsay (prohibit), forspent (worn out), forswear (give up), forweary (weary extremely), forworn (worn out) などが挙がる.Web3 によると,接頭辞 for- は次のように説明されている.
for- prefix [ME, fr. OE; akin to OHG fir-, far-, fur- for-, OS for-, Goth fra-, fair-, for-, faur- for-, fore-, OE for] 1 : so as to involve prohibition, exclusion, omission, failure, or refusal --- almost exclusively in words coined before 1600 <forsay> <forheed> 2 : destructively or detrimentally --- almost exclusively in words coined before 1600 <forhang> <forstorm> 3 : completely : excessively : to exhaustion : to pieces --- almost exclusively in words coined before 1600 <forbruise> <forweary> <forspent>
ドイツ語 ver- を含めゲルマン諸語に広く見られる古い接頭辞であり,古英語でも例は少なくない.Bosworth-Toller Dictionary によると,こちらのページ にこの接頭辞のエントリーがある.その語例を書き出すと,forbeodan (to forbid), fordeman (to condemn), forcuþ (perverse, corrupt), fordon (to destroy, to do for), for-eaðe (very easily), for-oft (very often), forseon (to overlook, despise) などが挙がる.
だが,この接頭辞が活躍したのはとりわけ中英語においてである.MED の for- (pref.(1)) には,多くの語例が挙げられている.アルファベット順に再現すると,forbannen (banish), forberen (bear, endure, refrain, avoid), forbien (redeem, bribe), forbinden (tie up), forbleden (bleed hard or to death), forbod (prohibition), forbreiden (corrupt, pervert), forbreken (break up, shatter), forcold (very cold), forcouth (infamous, wicked, vile, miserable), fordemen (condemn, convict), forderked (dimmed, obscured), fordon (ruin, destroy, condemn, frustrate, prevent, abrogate, violate), fordreden (fear greatly), fordrenchen (intoxicate, drown), fordrien (dry up, wither), fordronken (given to drunkenness), fordulle(d) (very dull), forfaren (go astray, perish, ruin), forfered (terrified), forhelen (conceal), forhiden (conceal), forhongred (ravenous, starving), forhouen (despise, scorn), forleden (mislead), forleten (forsake, give up, neglect, lose), forlien (fornicate, ravish, commit adultery), forlived (decrepit), forwandred (exhausted from wandering), forwepen (weep hard or long), forwered (worn out), forweri(ed) (very weary), forwerpen (cast out, banish, reject, renounce), forwird (perdition, destruction), forwondred (amazed), forworthen (degenerate, spoil, perish), forwounden (wound, injure), foryeten (forget, neglect, omit), foryeven (forgive, give up, bestow, grant) となる.
これらの多くが現代英語に残っていたら,卑罵語の for- などとして知られていたかもしれない.
今回は現代英語の接辞添加 (affixation) に関する一般的な話題.現代英語の語形成において利用される主たる接頭辞 (prefix) と接尾辞 (suffix) を,Quirk et al. (1539--58) にしたがい,接頭辞,接尾辞の順に列挙する.以下のリストでは,同一接辞の異形態も別々に挙げられているが,接頭辞,接尾辞ともにおよそ50個を数える.
A-, AN-, ANTI-, ARCH-, AUTO-, BE-, BI-, CO-, CONTRA-, COUNTER-, DE-, DEMI-, DI-, DIS-, EM-, EN-, EX-, EXTRA-, FORE-, HYPER-, IN-, INTER-, MAL-, MINI-, MIS-, MONO-, MULTI-, NEO-, NON-, OUT-, OVER-, PALEO-, PAN-, POLY-, POST-, PRE-, PRO-, PROTO-, PSEUDO-, RE-, SEMI-, SUB-, SUPER-, SUR-, TELE-, TRANS-, TRI-, ULTRA-, UN-, UNDER-, UNI-, VICE-
-(I)AN, -ABLE, -AGE, -AL, -ANT, -ATE, -ATION, -DOM, -ED, -EE, -EER, -EN, -ER, -ERY, -ESE, -ESQUE, -ESS, -ETTE, -FUL, -FY, -HOOD, -IAL, -IC, -ICAL, -IFY, -ING, -IOUS, -ISH, -ISM, -IST, -ITE, -ITY, -IVE, -IZE (-ISE), -LESS, -LET, -LIKE, -LING, -LY, -MENT, -NESS, -OCRACY, -OR, -OUS, -RY, -SHIP, -STER, -WARD(S), -WISE, -Y
同じく Quirk et al. にしたがい,意味や機能によるこれらの接辞の大雑把な分類を別ページに示したので,そちらも参照.
Crystal (150) によれば,OED による見出し語サンプル調査の結果,これらの100を少し超えるほどの接頭辞,接尾辞のいずれかが,英語語彙全体の40--50%に現われるという.接辞添加が現代英語の新語形成の主たる手段であることは,「#873. 現代英語の新語における複合と派生のバランス」 ([2011-09-17-1]),「#875. Bauer による現代英語の新語のソースのまとめ」 ([2011-09-19-1]),「#878. Algeo と Bauer の新語ソース調査の比較」([2011-09-22-1]),「#879. Algeo の新語ソース調査から示唆される通時的傾向」([2011-09-23-1]) などで再三触れてきたが,歴史的に蓄積されてきた英語語彙全体をみても,やはり接辞添加の役割は非常に大きいということがわかる.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
同綴りで品詞によって強勢位置の交替する語 (diatone) の典型例である「名前動後」については,[2009-11-01-1], [2009-11-02-1], [2011-07-07-1], [2011-07-08-1], [2011-07-10-1], [2011-07-11-1]の一連の記事で論及してきた.主に名詞と動詞の差異を強調してきたが,形容詞もこの議論に関わってくる([2011-07-07-1]の記事では関連する話題に言及した).強勢位置について,形容詞は原則として名詞と同じ振る舞いを示し,動詞と対置される.いわば「形前動後」である.
形前動後の事実は,まず統計的に支持される.Bolinger (156--57) によれば,3万語の教育用語彙集からのサンプル調査によると,多音節語について,形容詞の91%が non-oxytonic (最終音節以外に強勢がある)だが,動詞の63%が oxytonic (最終音節に強勢がある)であるという.単音節語については,強勢の位置が前か後ろかを論じることはできないしその意味もないが,単純に動詞と形容詞の個数の比率を取ると動詞が60.7%を占める.単音節語の強勢は通常 oxytonic と解釈されるので,この比率は形容詞に比して動詞の oxytonic な傾向を支持する数値といえよう.
形前動後という強勢位置の分布に関連して,Bolinger は両品詞の語形成上の差異に言及している.形容詞は接尾辞によって派生されるものが多いが (ex. -ant, -ent, -ean, -ial, -al, -ate, -ary, -ory, -ous, -ive, -able, -ible, -ic, -ical, -ish, -ful) ,動詞は接頭辞による派生が多い (ex. re-, un-, de-, dis-, mis-, pre-) .例外的にそれ自身に強勢の落ちる -ose のような形容詞接尾辞もあるが,例外的であることによってかえって際立ち,音感覚性 (phonaesthesia) に訴えかける 増大辞 ( augmentative ) としての機能を合わせもつことになっている(増大辞については[2009-08-30-1]の記事「投票と風船」も参照).bellicose, grandiose, jocose, otiose, verbose などの如くである.
当然のことながら,強勢のない接尾辞により派生された多くの形容詞は必ず non-oxytonic となるし,強勢のない接頭辞により派生された多くの動詞は強勢が2音節目以降に置かれることになり oxytonic となる可能性も高い.この議論を発展させるには,各接辞の生産性や派生語の実例数を考慮する必要があるが,接辞による派生パターンの相違が形前動後の出現に貢献したということであれば大いに興味深い.また,名詞の派生も,形容詞の派生と同様に,接頭辞ではなく接尾辞を多用することを考えれば,名前動後の説明にも同じ議論が成り立つのではないだろうか.
・ Bolinger, Dwight L. "Pitch Accent and Sentence Rhythm." Forms of English: Accent, Morpheme, Order. Ed. Isamu Abe and Tetsuya Kanekiyo. Tokyo: Hakuou, 1965. 139--80.
「名前動後」あるいは diatone について diatone の各記事で話題にしてきたが,[2009-11-01-1]の記事「名前動後の起源」で示した名前動後の語の一覧(30語)よりも包括的な一覧があると便利である.そこで,Sherman (57--67) に掲載されている SOED から取り出された 150の disyllabic diatones の一覧を,以下に再現したい.
abstract, accent, addict, address, affix, affect, alloy, ally, annex, assay, bombard, cement, collect, combat, commune, compact, compound, compress, concert, concrete, conduct, confect, confine, conflict, conscript, conserve, consort, content, contest, contract, contrast, converse, convert, convict, convoy, costume, decoy, decrease, defect, defile, descant, desert, detail, dictate, digest, discard, discharge, discord, discount, discourse, egress, eject, escort, essay, excerpt, excise, exile, exploit, export, extract, ferment, impact, import, impress, imprint, incense, incline, increase, indent, infix, inflow, inlay, inlet, insert, inset, insult, invert, legate, misprint, object, outcast, outcry, outgo, outlaw, outleap, outlook, outpour, outspread, outstretch, outwork, perfume, permit, pervert, post-date, prefix, prelude, premise, presage, present, produce, progress, project, protest, purport, rampage, rebate, rebel, rebound, recall, recast, recess, recoil, record, recount, redraft, redress, refill, refit, refund, refuse, regress, rehash, reject, relapse, relay, repeat, reprint, research, reset, sojourn, subject, sublease, sub-let, surcharge, survey, suspect, torment, transfer, transplant, transport, transverse, traverse, undress, upcast, upgrade, uplift, upright, uprise, uprush, upset
一覧を眺めるとわかるように,接頭辞ごとの塊で例が挙げられている.多くが「接頭辞+語根」という語形成で成っており,その大部分がラテン・フランス借用語だが,out- や up- という本来語の接頭辞を含む派生語も17語 (11.33%) ある.また,in- や mis- は英語にもフランス語にも共有されている接頭辞である.このように見ると「接頭辞+語根」から成る2音節語は,本来語か借用語かにかかわらず「名前動後」の重要なソースとなりうることがわかる.
・ Sherman, D. "Noun-Verb Stress Alternation: An Example of the Lexical Diffusion of Sound Change in English." Linguistics 159 (1975): 43--71.
国立新美術館のシュルレアリスム展―パリ,ポンピドゥセンター所蔵作品による―を見に行った.surrealism ( Fr. surréalisme ) は1920年代にフランスの詩人 André Breton (1896--1966) を中心に起こった20世紀最大の芸術運動で,思考の原初的な姿へ回帰すべく,夢の世界など意識の底に潜むイメージを重視した.
接頭辞 sur はラテン語 super / suprā ([2010-04-12-1], [2010-04-14-1]) に対応し,「超えて,上に」を意味する(古仏語形 so(u)r から後の sur への発展は,類義の副詞 sus との contamination によるものとされる [ Perret, p. 156 ] ).和訳として「超現実主義」が当てられているが,一般には「シュルレアリスム」で通っている.日本語の「シュールな」はこの語が起源.「シュルレアリスム」という日本語発音・表記はフランス語の原音 /syrrealism/ に基づいたもので,英語の /səˈrɪəlɪzm/ に基づいているものではない.JReK で6種類のカタカナ表記の揺れを調べてみたところ,ヒット数の多い順に「シュルレアリスム」 (49500),「シュールレアリズム」 (7970),「シュールレアリスム」 (7340),「シュルレアリズム」 (3390),「シュールリアリズム」 (2060),「シュルリアリズム」 (18) だった.Breton (1924) の Manifeste de surréalisme 『シュルレアリスム宣言』を邦訳した巖谷國士は「シュールな」という省略表現が現われたときには憤慨したという.また,「レアリズム」と英語風に「ズ」と濁らせるのも素人ぽいようで,やはり「シュルレアリスム」が日本語としての模範的な発音と考えてよさそうだ.(フランス語と英語をごたまぜにして「シュールレアリズム」と発音していた私などは,素人もいいところだ.)
さて,「超」を意味するフランス語の接頭辞 sur- は,前述のようにラテン語 super / suprā の中間子音 /p/ が弱化して消失した形である.ある意味でそのまま日本語にまで入ってきた接頭辞として珍しいが,英語ではこれを接頭辞にもつフランス語彙の借用は珍しくない.列挙しよう.
surcharge, surface, surfeit, surge, surmaster, surmise, surmount, surname, surpass, surplice, surplus, surprise, surrender, surround, surtax, surtout, surveillance, survey, survive
surge (ラテン語 sur- + regere "to rule" に由来)を基体とすれば,insurgency, insurgent, insurrection, resource, resurge, resurgence, resurgent, resurrect, resurrection, source, surgy など,さらに word family が広がる ( see スペースアルクの語源辞典 ) .注意すべきは,surreptitious 「秘密の」である.これは接頭辞 sub- の /b/ が直後の音に同化して /r/ となったもので,むしろ「下に」を意味するので要注意だ.surrogate も同様に sub- に由来する.
現代英語の語形成では,[2010-06-21-1]で見たとおり,先祖返りしたというべき super- の生産性のほうが高いが,sur- の遺産はなかなか大きい.
英語の surrealism の初出は1927年.世界中に旋風を巻き起こした芸術運動は,21世紀の感性と創作にも大きく影響を与え続けている.
・ Perret, Michèle. Introduction à l'histoire de la langue française. 3rd ed. Paris: Colin, 2008.
昨日の記事[2010-11-08-1]で取り上げた接頭辞 post- について,生産性の高まった時期についての補足を.Marchand (183-84) によると,post- の生産性の爆発は19世紀以降だという.
3.43. 2 The only type that has really become productive in English word-formation is the type postmeridianus (which in Classical Latin is still weak, but grows in subsequent periods). Though we have coinages from the 17th century on, as postmeridian 1626, post-diluvian 1680 (after antediluvian 1646), post-connubial 1780, the vast majority date from the 19th century, as post-baptismal, -biblical, -classical, -graduate, -natal, -nuptial, -pagan, -prandial, -resurrectional, -Roman / -cretacean, -diluvial, -glacial, -tertiary / -Adamic, -Cartesian, -Darwinian, -Elizabethan, -Homeric, -Kantian, and other derivatives from proper names.
3.43.3 Developing at about the same time as the corresponding types pre- and ante-war years (second half of the 19th century), formed after the prototype anti-court party, we have the type post-war years with combination such as post-Pliocene period 1847, post-Easter time, post-election period, post-Reformation period, post-Restoration period, etc. The idea is always that of 'time following --'.
この接頭辞が,時間的な前後関係を表現する機会の多い○○史という諸分野でとりわけ活躍していることがよく分かる.また,19世紀に単独で爆発したわけではなく,対義の pre- や ante- とともに生産力を高めてきたこともよく分かる.
現在生産的に用いられる post- あるいは日本語「ポスト」の語感として,基体が表現している一時代に区切りがつき,その後に新時代が続くという含みがある.ある時代から次の時代への移り変わり,あるいは少なくとも人々が移り変わりを意識するときに post- の表現が現われるとすると,時代の変化を読み取るキーワードとしておもしろい接頭辞かもしれない.post- が表現の需要に答える形態として19世紀に顕著に現われてきたときに一気に爆発したというのも分かるような気がする.
・ Marchand, Hans. The Categories and Types of Present-Day English Word-Formation: A Synchronic-Diachronic Approach. 2nd. ed. München: Beck, 1969.
国立新美術館のゴッホ展に行ってきた.Vincent Van Gogh ( 1853--90 ) は画家としても作品としても世界で高い人気を誇るが,とりわけ日本人には受けるという.19世紀末,印象主義 ( Impressionism ) の時代を受けて,Paul Cézanne, Georges Seurat, Paul Gauguin とともに後期印象主義 ( Post-Impressionism ) の旗手となったオランダの誇る大画家である.
さて,「後期印象派」は英語の Post-Impressionist の訳語として大正期からみられたが,この訳語は適切ではない.訳語としてすでに定着してしまっているが,正確には「印象派以降」と訳すべきだったろう.
接頭辞 post- は "after, behind" を意味するラテン語 post に由来し,本来は動詞に付加されたが,早くから動詞より派生した分詞,形容詞,名詞にも付加されるようになった( 反意 before を表わす接頭辞としては pre-, ante- がある).現在ではこの接頭辞の生産性は非常に高く,意のままに合成語を作ることができる.OED の post- (prefix) のエントリーには多数の合成語が例示されており,ざっと数えたところ700語を超える.引用例は19世紀後半から20世紀のものが圧倒しており,この接頭辞の爆発的増加が現代英語期にかけての現象であることがうかがえる.
今年出版の OALD8 に見出し語として挙げられていた13の合成語を示そう.
post-coital, post-industrial, post-mortem, post-natal, post-natal depression, post-operative, post-paid, post-partum, post-partum depression, post-production, post-sync, post-traumatic stress disorder, post-war
「ポスト」は日本語でもすでに接頭辞として市民権を得ている.「ポスト小泉」「ポスト構造主義」「ポスト・サンデーサイレンス」「ポスト冷戦期」「ポスト山口百恵」(=聖子ちゃん)など.
20世紀後半の語形成や接辞の流行については[2010-06-21-1]を参照.
昨日の記事[2010-10-16-1]で bikini の語源について調べたが,語形成上おもしろい関連語がある.monokini と trikini だ.
詳しい解説は野暮だが,一応,簡単に説明を.まず,bikini の bi をラテン語で「2」を意味する接頭辞と分析し「2ピースの水着」と解釈する.これに引っかけて「1ピースの水着」を表現するのにギリシア語の「1」を意味する接頭辞 mono- を用いたということである.同様に「3ピースの水着」にはラテン語・ギリシア語の「3」を意味する接頭辞 tri- を当てた.
それぞれの水着のサンプル画像(モデル付き)をぜひ見たいという方は以下を参照.
・ monokini
・ bikini
・ trikini
昨日の記事でみたように,bikini は本来はマーシャル諸島の現地語の固有名詞に由来するので,語源的にラテン語やギリシア語接頭辞とは関係ない.したがって,monokini も trikini も一種の遊びによる造語である.おもしろいのは,この語形成に対する各辞書の説明・解釈の相違だ.例えば monokini について,研究社『新英和辞典第6版』は「戯言的造語」と説明しているが,老舗の OALD8 は "the first syllable misinterpreted as bi- 'two'" としている.後者のお堅さが伝わってくる.これはお遊びでしょう,と言いたい.
詳しい解説は野暮とはいったものの,OALD8 の路線でお堅く語形成を解説するとどうなるだろうか.改めて順を追って解説する.
(1) bikini を bi + kini へ異分析 ( metanalysis ) する
(2) bi- を「2」を意味するラテン語接頭辞として,kini を "piece(s)" くらいの意味に解釈し,ここに民間語源 ( folk etymology ) が誕生する
(3) bi-, mono-, tri- という古典語に基づく数接頭辞の体系を類推 ( analogy ) 的に応用し,新派生語 monokini と trikini が生まれる
この語形成がお遊びであれ勘違いであれ,結果として3語に含まれることになった kini は英語において一人前の形態素として独立したといってもいいかもしれない.
[2010-10-03-1], [2010-10-04-1]に引き続き,フランス借用語の使用で注目されがちな Chaucer が,英語本来語をいかに用いていたかを考えてみたい.今回注目したいのは,接頭辞 for- を含む派生語である ( Horobin 75--76 ) .この接頭辞は語根の意味を強めたり,悪い意味を添えたりする機能がある.現代英語の例(古めかしいものもあるが)では forbear 「自粛する」, fordo 「滅ぼす」, forfend 「予防する」, forget 「忘れる」, forbid 「禁じる」, forsake 「見捨てる」, forswear 「誓って否認する」などがある.
以下の3語は,OED でも MED でも Chaucer が初例として挙げられている(以下,引用は The Riverside Chaucer より).
・ forbrused "severely bruised" (MkT: 2613--14)
But in a chayer men aboute hym bar,
Al forbrused, bothe bak and syde.
・ forcracchen "scratched severely" (RRose: 322--23)
Nor she hadde nothyng slowe be
For to forcracchen al hir face,
・ forsongen "exhausted with singing" (RRose: 663--64)
Chalaundres fele sawe I there,
That wery, nygh forsongen were;
・ forwelked "withered, shriveled up" (RRose: 361-62)
A foul, forwelked thyng was she,
That whylom round and softe had be.
・ forwrapped "wrapped up, covered" (PardT: 718; ParsT: 320)
Why artow al forwrapped save thy face?
Al moot be seyd, and no thyng excused ne hyd ne forwrapped,
他に fordronke "completely drunk", forlost "disgraced", forpampred "spoiled by indulgence", forpassing "surpassing", fortroden "trampled upon", forwaked "tired by lack of sleep", forweped "worn out by weeping" なども,Chaucer が(初例ではなくとも)利用した for- 派生語である.
昨日の記事[2010-10-04-1]で触れた drasty の「下品さ」とも関連するかもしれないが,感情のこもりやすい「強調」という機能は本来語要素を用いる方がふさわしいとも考えられる.「感情に訴えかけるための本来語の開拓」という視点でとらえると,Chaucer の語彙の違った側面が見えてくるのではないか.
本来語意の感情に訴えかける性質については,[2010-03-27-1]を参照.
・Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007.
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