古英語の語彙には,ge- という接頭辞がやたらと付加している.様々な品詞にまたがって ge- で始まる単語があまりに多いので,典型的な古英語辞書ではそのような語は g の項目には配置されず,ge- に続く語幹部分の頭文字の文字によって配置されるほどだ.現代ドイツ語の ge- /ɡe/ に相当するゲルマン系の古い接頭辞だが,古英語では /ɡe/ ではなく軟音化した /je/ として発音された.現代の初級古英語校訂本では,軟音の <g> を明示するために点を打って ġe- と表記されることも多い.
この接頭辞は,古英語期までにすでに軟音化していたくらいだから,その後も弱化の一途を辿る運命であり,中英語には /je/ から /i/ 程度に弱化し,その後期ともなると広範囲で消失した.近代英語期には,接頭辞がそれとわかる形で残っている例は事実上皆無だったといってよいだろう.
しかし,かつての ge- の痕跡が化石的に生き残っている単語も,実はちらほらと残っている.たとえば enough の語頭の <e> がそれである.古英語の genoh が,音形上ずいぶん薄められながらも,現代まで生き延びてきた例である.
ほかに afford, alike, aware などの語頭の a- も,古英語の接頭辞 ge- に遡る.各々の古英語形は geforþian, gelīc, gewær である.
また,古語といってよいが yclept (?と呼ばれる,?という名前の)という語の語頭の <y> もある.これは,古英語で「呼ぶ」を意味する clipian/cleopian という動詞の過去分詞形に由来する(ex. a giant yclept Barbarossa (赤ひげと呼ばれる巨人)).同じ過去分詞形の例としては,やはり古語だが yclad (= clothed) もある.これらは古英語の動詞の過去分詞に一般的に付加された接頭辞 ge- が生き残った,限りなく稀な例といってよい.
この古英語接頭辞については,「#150. アメリカ英語へのドイツ語の貢献」 ([2009-09-24-1]),「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1]),「#1710. of yore」 ([2014-01-01-1]),「#3432. イギリス議会の起源ともいうべきアングロ・サクソンの witenagemot」 ([2018-09-19-1]) の各記事でも触れているので一読を.
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