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最終更新時間: 2024-12-22 08:43

2015-09-01 Tue

#2318. 英語史における他動詞の増加 [verb][syntax][case][reanalysis][impersonal_verb][passive][reflexive_pronoun]

 英語史には,大規模な他動詞化 (transitivization) の潮流が確認される.古英語では相対的に他動詞(として用いられる動詞)は自動詞よりも少なかったが,中英語にかけて,そしてとりわけ初期近代英語にかけて,その数が増加した.他動詞化という過程は,動詞の意味・用法にかかわることだが,むしろ形式的な要因が大きく関与している.中尾・児馬 (100) によれば,3種類の要因が想定される.
 1つは,中英語期に屈折語尾の衰退が進行し,名詞や代名詞において格の形態的な区別がつかなくなったことがある.これにより,古英語では与格目的語や属格目的語をとっていた自動詞が,それらの格と形態上融合した歴史的な対格をとることになった.つまり,目的語はすべて対格であると分析され,動詞そのものも他動詞であると認識されるようになったのである.1200年頃から与格を主語とする受動態構文が現われるようになることも,この再分析と密接な関係にあると考えられる.
 2点目として,古英語の動詞にしばしば付加された ġe- などの接頭辞が,中英語までに消失したことがある.古英語では,例えば自動詞 restan (休む),grōwan (生じる)に対して,接頭辞を付加した ġerestan (休ませる),ġegrōwan (生み出す)が他動詞として機能するなど,接辞によって自他を切り替える場合があった.接頭辞が消失し両語の形態的区別が失われると,元来の自動詞の形態に他動詞の機能が付け加わることになった.
 3点目に,古英語の動詞には語幹の母音変異によって自他用法を区別するものがあった.brinnan / bærnan (burn), springan / sprengan (spring), stincan / stencan (stink) などがその例である.しかし,その後の変化により両語が形態的に一致するに及んで,後に伝わった唯一の語形が自他の両用法を担うようになった.
 上記は,いずれも形式的な変化が原因で,2次的に動詞の意味・用法が変化したというシナリオだが,もちろん動詞自体が内的に意味・用法を変化させたという直接的なシナリオがあった可能性も否定できない.むしろ,形式と機能の両側からの圧力によって,動詞の他動性が強化してきたと考えるほうが無理はないように思われる.līcian のような非人称動詞 (impersonal_verb) の人称化なども,動詞の他動詞化という潮流のなかに位置づけることができそうだが,これは音韻,形態,統語,意味,語用のすべてに関わる現象であり,いずれの要因が変化の引き金となり,推進力となったのかを区別することは容易ではない.また,「#995. The rose smells sweet.The rose smells sweetly.」 ([2012-01-17-1]) で触れた英語史における linking verb の拡大という問題も,動詞をとりまく統語変化と意味変化とが融合したような様相を呈する.
 いずれにせよ,他動詞化の潮流は中英語期に諸要因が集中していたことは言えそうだ.
 動詞の自他の転換については,受動態 (passive) の発達や再帰動詞 (reflexive_pronoun) の振る舞いも関連してくるだろう.後者については,「#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退」 ([2015-04-21-1]),「#2206. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (2)」 ([2015-05-12-1]),「#2207. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (3)」 ([2015-05-13-1]) も参照.また,他動詞という用語については,「#1258. なぜ「他動詞」が "transitive verb" なのか」 ([2012-10-06-1]) を参照されたい.

 ・ 中尾 俊夫・児馬 修(編著) 『歴史的にさぐる現代の英文法』 大修館,1990年.

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2015-07-14 Tue

#2269. 受動態の動作主に用いられた byof の競合 [preposition][passive][grammaticalisation][hc]

 標記の問題について直接,間接に「#1333. 中英語で受動態の動作主に用いられた前置詞」 ([2012-12-20-1]),「#1350. 受動態の動作主に用いられる of」 ([2013-01-06-1]),「#1351. 受動態の動作主に用いられた throughat」 ([2013-01-07-1]) で取り上げてきた.後期中英語から初期近代英語にかけての時期の byof の競合について,Peitsara の論文を読んだので,その結論部 (398) を引用しておきたい.

   I hope to have shown, firstly, that the by-agent prevailed in English in the 15th century, i.e. two centuries earlier than suggested so far. . . . The necessary consequence of the first conclusion is that agentive by can hardly have been rare before 1400.
   Secondly, it appears that there has not been a development from a general agentive of into a general agentive by in Middle English, but the two variants have existed side by side (possibly together with some others excluded from this study) fro some time. They were, however, not in free variation in the 15th and 16th centuries but had become specialized, partly according to the type of text and partly according to the semantic fields of the participles in the passive clause. This specialization was more complicated than, and partly different from, that described by some scholars, and it apparently involved foreign influence.
   Thirdly, the Middle English period was particularly favourable for the gradual grammaticalization of by in agentive function because of the heavier functional load of the preposition of and the lack of special grammaticalization for by.


 この論文は1992年のものであり,2015年の現在からすると最新というわけではないのだが,当時のハイテクツールといってよい Helsinki Corpus を利用した事例研究として,注目すべきものではある.先行研究を批判的に評価し,新しいツールに依拠しながら,by が15世紀までに受動態の動作主を表わす前置詞として一般化しつつあった(そして含意としては後に文法化した)こと,一方で of は同じ頃,同様の用法を有しながらも複数の要因によって使い分けられるマイナーな代替物として機能していたことを明らかにした.
 引用の第2段落の最後の文にあるように,Peitsara は英語での前置詞の選択がラテン語やフランス語の語法に影響を受けた可能性にも言い及んでいる.ラテン語 deof に,フランス語 parby に相当し,それぞれの関与が考えられそうだが,実際には Peitsara はこの方向での突っ込んだ調査はしていないし,特別な意見を述べているわけではない.今後の研究が期待されるところだ.同様に,前置詞の選択が,動詞(過去分詞)の意味にも依存しているらしいと述べているが,これについても今後の調査が待たれる.

 ・ Peitsara, Kirsti. "On the Development of the by-Agent in English." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 379--99.

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2015-05-13 Wed

#2207. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (3) [reflexive_pronoun][verb][personal_pronoun][passive][voice]

 「#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退」 ([2015-04-21-1]) と「#2206. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (2)」 ([2015-05-12-1]) に引き続いての話題.近代英語期以降,再帰代名詞を伴う動詞の表現が衰退してきている.この現象を関連表現との競合という観点から調査した研究に,秋元 (118--48) がある.秋元は,content oneself with などの「動詞+再帰代名詞+前置詞」というパターンとその関連表現に的を絞って,OED から1700年以降の用例を収集し,それぞれの分布を取った.
 content oneself with でいえば,このパターンは現代英語では減少してきており,代わって各種の競合形,とりわけ be content to V や be content with NP が増えてきているという.be contented with NP や be contented to V という競合形も低頻度ながら用いられており,全体として再帰代名詞を用いた表現は各種の競合形に抑えこまれる形で目立たなくなってきているという.content oneself with のほかにもいくつかの表現が扱われており,例えば apply oneself to もやはり着実に減少してきており,代わって自動詞用法の apply to NP や受動態の be applied to NP が増えてきているようだ.8種類の動詞について用例数を数え挙げた結果は,以下の通りである(秋元,p. 134) .時代別ではなくひっくるめた数値だが,再帰表現ではない競合形が相対的に優勢であることがよくわかる.

  reflexivepassiveintransitiveother rival forms
(1)content oneself with10830 136
(2)avail oneself of144  
(3)devote oneself to70191  
(4)apply oneself to42653548 
(5)attach oneself to93100171 
(6)address oneself to6220711 
(7)confine oneself to69592  
(8)concern oneself with/about/in69822  


 概して再帰代名詞を用いた表現は確かに頻度が低くなってきているが,その背後には受動態その他の競合形の躍進というもう一つの言語変化が関与しているということだろう.

 ・ 秋元 実治 『増補 文法化とイディオム化』 ひつじ書房,2014年.

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2013-11-05 Tue

#1653. be 完了の歴史 [syntax][be][auxiliary_verb][grammaticalisation][tense][aspect][passive][perfect][participle]

 現代英語で「be + 動詞の過去分詞」は典型的に受動態を作る構造だが,一部の変移動詞 (mutative verb) では完了を表わす.

 ・ The cookies are all gone.
 ・ All my lectures are finished.
 ・ The sun is set.
 ・ How he is grown up!
 ・ Babylon is fallen.
 ・ Everything is changed.


 共時的にはこれらの例文の gonefinished などは形容詞と考えられており,完了を表わす統語構造の一部とはとらえられていない.be の代わりに have を用いることができることからもわかるとおり,be 完了は絶滅したとはいわずとも,相当に周辺的な構造といわざるを得ない.だが,behave が対立する場合には,be 完了は状態を表わし,have 完了は行為を表わすといわれる.be 完了はこのように瀕死の状態ではあるが,「#752. 他動詞と自動詞の特殊な過去分詞形容詞」 ([2011-05-19-1]),「#1347. a lawyer turned teacher」 ([2013-01-03-1]) で見たように,過去分詞形容詞の用法のなかにも一定の命脈を保っている.以下,be 完了の歴史を,『英語史IIIA』 (432--33) に拠って概説しよう.
 英語における be 完了の例は古英語期から広く見られる.古英語では,自動詞,とりわけ変移動詞について wē sindon ȝecumene のような構造は一般的だった.後期古英語になると,よくいわれるように「have + 目的語 + 過去分詞」→「have + 過去分詞 + 目的語」の語順変化を経て have 完了が文法化 (grammaticalisation) し,他動詞一般に広がった.すでに早いこの時期に have 完了はまれに自動詞にも拡張していたので,be 完了が圧迫されてゆく歴史はすでに始まっていたともいえる.しかし,変移動詞の be 完了は,その後も18世紀後半に至るまで優勢を保っていた.18世紀末になってようやく,behave に優位を明け渡すこととなった.現代における be 完了が状態を表わしているように,歴史的にも状態を表わす用法が主だったが,一方で行為を表わす用法も少なくなかった.現代的な状態の用法は,初期近代英語にかけて確立したものである.
 中英語から近代英語にかけての時期のスナップショットを見てみよう.以下は,Fridén による,Spenser の全作品,Marlowe の5作品,Shakespeare の全戯曲を対象にし,7個の主要自動詞 (come, go, arrive, fall, flee; become, grow) について,be 完了と have 完了の分布を調査したものである.なお,表下段の 's は,has あるいは is のいずれかの操作詞の前接形 (enclitic) を指す.(表は,G. Fridén. Studies on the tenses of the English Verb from Chaucer to Shakespeare: With Special Reference to the Late Sixteenth Century. Uppsala: Almqvist & Wiksells Boktryckeri Ab., 1948. Rpr. Nendeln/Liechtenstein: Kraus, 1973. に基づいた『英語史IIIA』,p. 432 より.)

動詞comegoarrivefallfleebecomegrow
作家SpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShak
be9288789195799289836767656567828650901008990
have86139098111133332735077030113
's0690512006008033117507007


 この段階では,まだ be 完了は完全に健在であり,have 完了は fall を例外とすれば,10%ほどのシェアを占めるにすぎない.とりわけ「生成」を意味する become, grow では have 完了の割合が少ない.
 18世紀末に have 完了が be 完了を凌駕していった歴史については,Visser (2043) や Rissanen (215) を参照.

 ・ 荒木 一雄,宇賀治 正朋 『英語史IIIA』 英語学大系第10巻,大修館書店,1984年.
 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.
 ・ Rissanen, Matti. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 187--331.

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2013-06-25 Tue

#1520. なぜ受動態の「態」が voice なのか [terminology][verb][passive][category][sobokunagimon]

 英語で受動態を "passive voice",能動態を "active voice" と呼ぶが,なぜ「態」が "voice" と対応するのだろうか.この文法範疇は主語や目的語などの文の要素が動詞の表わす動作とどのように関わるかを表わすものであり,いわば動作の姿や有様(=態)を標示する機能をもっている.このように日本語の「態」という用語はかろうじて理解されるかもしれないが,なぜ英語では "voice" と表現されるのかは謎である.そこで,調べてみることにした.
 まずは,OED から.voice, n. の語義13によると,文法用語としての "voice" の初例は15世紀前半である(大陸の文献では初出が16世紀なので,英語での使用のほうが早いことになる).最初期の用例を2つ挙げよう.

c1425 in C. R. Bland Teaching Gram. in Late Medieval Eng. (1991) 160 (MED), Þo secund coniugaciun..of passyf wowus, þat as -e- long befor þo -ris indecatyf, as doceris.

a1450 (a1397) Prol. Old Test. in Bible (Wycliffite, L.V.) (Cambr. Mm. II. 15) (1850) xv. 57 A participle of a present tens, either preterit, of actif vois, eithir passif.


 次に MED voice (n.) 6(a) によれば,15世紀の文法用語として,用例が続々と挙がる.興味深いことに,名詞の「格」 (case) を表わすのに voice が用いられている例がある.また,先の OED の voice, n. の語義14には,廃用ではあるが「人称」 (person) との定義もある.つまるところ,voice は,中世後期から近代初期にかけて,しばしば動詞の「態」を表わすほか,ときには名詞や動詞の屈折範疇をも広く表わすことができたらしい.
 関連して,ラテン文法で「態」は "genus" と呼ばれるが,これは名詞の範疇である "gender" とも同根である.ある用語が,品詞にかかわらず,ある種の分類に貼り付けられるラベルとして共用されることがある,もう1つの例として解釈できる.これらの文法用語の使い方は文法家の属する流派にも依存するため,近代期の一般的な用語と語義を同定するには文法史の知識が必要となるだろうが,私にはその知識はないので,詳細に立ち入ることができない.
 この問題について,ほかに手がかりはないかと言語学辞典その他に当たってみた.そして行き当たったのが,意外なところで Lyons (371--72) だ.

8.3.1 The term 'voice'
The term 'voice' (Latin vox) was originally used by Roman grammarians in two distinguishable, but related, senses: (i) In the sense of 'sound' (as used in the 'pronunciation' of human language: translating the Greek term phōnē, especially of the 'sounds' produced by the vibration of the 'vocal cords': hence the term 'vowel' (from Latin sonus vocalis, 'a sound produced with voice', via Old French vowel). (ii) Of the 'form' of a word (that is, what it 'sounded' like) as opposed to its 'meaning' . . . . the first of these two senses is still current in linguistics in the distinction between voiced and voiceless 'sounds' (whether as phonetic or phonological units . . .). In the second sense, 'voice' has disappeared from modern linguistic theory. Instead, the term has developed a third sense, derived ultimately from (ii) above, in which it refers to the active and passive 'forms' of the verb. (the traditional Latin term for this third sense was species or genus. In the course of time, genus was restricted to the nominal category of 'gender'; and the somewhat artificial classification of the 'forms' of the different parts of speech in terms of genera and species was abandoned.) The traditional Greek term for 'voice' as a category of the verb was diathesis, 'state', 'disposition', 'function', etc.; and some linguists prefer to use 'diathesis', rather than 'voice', in this sense of the term. However, the risk of confusion between the phonetic or phonological sense of 'voice' and its grammatical sense is very small.


 voice にせよ,case にせよ,gender にせよ,文法範疇の用語の語源や意味を探ってもあまり納得がゆかないのは,結局のところ,それぞれの文法範疇の機能が一言では記述できない代物であり,それならば「種類」や「形」を表わす類義語で代えてしまえ,という名付けに対する緩い態度があるからかもしれない.
 なお,上の引用にもある通り,「態」という文法範疇を表わすのに,voice のほかにギリシア語由来の diathesis という用語が使われることもある.これは dia- (between) + thesis (position) という語形成で「配置」ほどの原義である.

 ・ Lyons, John. Introduction to Theoretical Linguistics. Cambridge: CUP, 1968.

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2013-01-07 Mon

#1351. 受動態の動作主に用いられた throughat [preposition][passive]

 昨日の記事「#1350. 受動態の動作主に用いられる of」 ([2013-01-06-1]) や「#1333. 中英語で受動態の動作主に用いられた前置詞」 ([2012-12-20-1]) で触れなかったが,もう2つばかり取り上げるべき前置詞があった.throughat である.
 through については,OED の through, prep. and adv. 7b に,すでに廃用としてであるが,受動態の動作主としての語義が与えられている.初例は c900 の Bede の Historia Ecclesiastica Gentis Anglorum の翻訳から,最終例は1598年のもので,全部で8例しか挙げられていない.また,MED は,受動態の動作主の用法としては語義を立てていない.中英語での用法について,いくぶんか詳しいのは Mustanoja (408) である.

Indicating the agent of a passive verb through is not particularly common in OE, and in ME it loses ground steadily: --- þuruh me ne schulde hit never more beon iupped (Ancr. 38); --- in Rome throu an þat hight Neron . . . Naild on þe rod he [Peter] was (Cursor 20909, Cotton MS); --- alle cristen folk been fled fro that contree Thurgh payens (Ch. CT B ML 542; it is impossible to say for certain whether been fled is an active or passive form).


 一方,at については,中尾 (355) によれば,中英語で「きわめてまれだが受動構造の動作主 (passive agent) をあらわす Prp として起こることがある」.MED では,語義9に "Of means or agency: by means of, through; by (sb.)." とあるが,例を眺めてみると,いずれも受動態の動作主として解釈できるかどうかは必ずしも明確ではない.OED では語義は立てられておらず,Mustanoja にも記述がない.at が受動態の動作主の用法をもっていたかどうか,疑わしくなってきた.
 なお,15世紀における ofby の競合について,中尾 (358) より興味深い記述を付け加えておく.「15世紀になるととくに口語では by が of を圧倒して行くようになる (Cely/PL/Shillingford/Stonor では of:by≒1:14).」

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
 ・ 中尾 俊夫 『英語史 II』 英語学大系第9巻,大修館書店,1972年.38頁.

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2013-01-06 Sun

#1350. 受動態の動作主に用いられる of [preposition][passive][french_influence_on_grammar]

 「#1333. 中英語で受動態の動作主に用いられた前置詞」 ([2012-12-20-1]) で紹介した前置詞のうち,of に注目したい.of は,古英語の終わりから1600年頃まで,動作主の前置詞として広く使われた.その後 ofby に置換されていったが,近現代英語のいくつかの表現にかつての用法の痕跡をとどめている.細江 (277) に挙げられている例を引こう.

 ・ Then was Jesus led up of the spirit into the wilderness to be tempted of the devil. --- Matthew, iv. 1.
 ・ The poor sinner is forsaken of all. --- Eliot.
 ・ . . . while bream, beloved of our ancestors, cannot be recommended highly. --- Clifford Cordley. (in Chambers's Journal, Feb., 1916)
 ・ The observed of all observers --- Shakespeare Hamlet, III. i. 162
 ・ Thus she drew quite near to Clare, still unobserved of him --- Hardy Tess, XIX


 OED の of, prep. の該当箇所を引用しよう.

14. Introducing the agent after a passive verb.

The usual word for this is now by (BY prep. 33), which was prevalent by the 15th cent.; of was used alongside by until c1600. Of is subsequently found as a stylistic archaism in biblical, poetic, and literary use, and in certain constructions, e.g. 'on the part of'. In Old English of was less used than from (both of which, however, retain connotations of separation or origin): cf. German von from, of.

The use of of is most frequent after past participles expressing a continued non-physical action (as in admired, loved, hated, ordained of), or a condition resulting from a definite action (as in abandoned, deserted, forgotten, forsaken of, which approach branch II.). It is also occasional with participial adjectives in un-, as unseen of, unowned of. Of often shows an approach to the subjective genitive: cf. 'he was chosen of God to this work' with 'he was the chosen of the electors'. In other senses the agent has passed into the cause, as in afeard, afraid, frightened, terrified of; or the source or origin, as in born of. English of and by correspond somewhat to French de and par.


 be afraid of は,現代でこそ熟語として捉えられているが,中英語期にフランス語から入った「おびえさせる」を意味する動詞 affray を用いた典型的な受け身表現の名残にすぎない.また,引用の終わりのほうに触れられている born(e) of については,「#966. borne of」 ([2011-12-19-1]) を参照.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2013-01-03 Thu

#1347. a lawyer turned teacher [passive][adjective][perfect]

 標題は「教師に転身した法律家」あるいは「法律家から転身した教師」の意味の句である.一般に,A turned B で「Bに転身したA」あるいは「Aから転身したB」となる.この句の turned は不完全自動詞 turn の過去分詞形で,直前の名詞を修飾しているが,一方で補語を後続させているのが特徴である.自動詞が過去分詞として名詞を修飾する用法は,「#752. 他動詞と自動詞の特殊な過去分詞形容詞」 ([2011-05-19-1]) で触れたように,いくつかある.状態の変化を表わす動詞の自動詞は古くは be により完了形を作ったので,a lawyer turned teacher は,"a lawyer who is turned teacher" (現代英語としては "a lawyer who has turned teacher")に対応することになる.B に相当する名詞は,通常,無冠詞で用いられる.an activist-turned-leader, an actor-turned-President, an engineer-turned-psychologist, a failed Kentucky lawyer turned smuggler, a lawyer-turned-legislator, a peeler-turned-pol, a writer-turned-governor などハイフンを伴う用例も多い.

 OED の turn, v. の関連する語義の記述と例文のいくつかをのぞいてみよう.

39. intr. with compl. To change so as to be, to become.
. . . .
b. with n. compl. (most commonly without article). Freq. as pa. pple. modifying a n.
. . . .
1945 Times 4 Aug. 5/2 Mr. Aneurin Bevan at the Ministry of Health..is conspicuously the poacher turned gamekeeper.
1964 Eng. Studies 45 382 Their Scandinavian conquerors-turned-neighbors.
1973 E. F. Schumacher Small is Beautiful i. iii. 44 The economist-turned-econometrician is unwilling..to face the question.
1982 Times Lit. Suppl. 10 Sept. 968/3 Jerome's father was a Nonconformist preacher, turned architect, turned mine-owner.


 「#752. 他動詞と自動詞の特殊な過去分詞形容詞」 ([2011-05-19-1]) では,自動詞の過去分詞が名詞に前置される例を挙げたが,今回の A turned B のように,自動詞の過去分詞が名詞に後置される例はそれほどお目にかからない.だが,ないわけではない.細江 (92--93) の挙げている例を掲載しよう.

 ・ A Daniel come to judgement! --- Shakespeare.
 ・ Everybody knows the treasure of the sailor arrived in port. --- Sir Walter Besant.
 ・ "My dear, you must ask Priscilla," he said in the once firm voice, now become rather broken. --- Eliot.
 ・ But Lottie staggered on the lowest verandah step like a bird fallen out of the nest. --- Mansfield.
 ・ The gallant old squire, lately gone to his rest. --- Thomas Hughes.
 ・ He looked at the little sister returned to him in her full womanly beauty. --- Eliot.
 ・ He looked as a man just risen from a long illness. --- William Morris.
 ・ The brave that are no more! / All sunk beneath the wave / Fast by their native shore. --- Cowper.
 ・ He led me to a place where I found a kind Englishman lived right in the midst of the natives. --- Mrs. Gaskell.
 ・ Here is a gentlemen come to see you. --- Bennett.
 ・ Ah, you are the young woman come to look after my birds? --- Hardy.


 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

Referrer (Inside): [2019-05-08-1] [2013-11-05-1]

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2012-12-20 Thu

#1333. 中英語で受動態の動作主に用いられた前置詞 [preposition][passive][timeline]

 中英語で動作主を示すのに用いられた前置詞には,by, from, mid, of, with があった.すべてが同じような頻度で用いられていたわけではなく,時代により盛衰が見られた.
 古英語では,主として from が,またしばしば of が動作主を表わすのに用いられていた.このうち from は14世紀まで使用されたが,後に廃れていった.一方,of は古英語の終わりから中英語にかけて著しく伸張し,1600年辺りまでは最も広く用いられた.次に現代英語に連なる by をみてみると,動作主を示す用法は,古英語でもそれらしき例があったと指摘されてはいるが,はっきりしない(下の Mustanoja からの3番目の引用を参照).動作主の by が中英語で例証されるようになるのは14世紀終わりからであり,15--16世紀にかけて拡大し,of と肩を並べるほどになる.そのほか,動作主の前置詞としてはそれほど目立たないが,13世紀より文証される with や初期中英語で散見される mid の例もある.
 それぞれが廃用になった時期や各時代の相対頻度などの詳細は未調査だが,大雑把に時系列に並べてみると次のようになるだろう.

       1000      1100      1200      1300      1400      1500      1600      1700
from :************************************** - - -
of   :*************************************************************** - - -
bi   : - - -                                    *******************************
with :                        - - *** - -
mid  :                   - - *** - -

 Mustanoja より,各前置詞の関連する記述箇所を引用しておこう.

From its function to indicate a person as a source of an action, first as a giver or sender, from develops into a preposition of agency in OE. In this function it occurs down to the 14th century: --- he wæs gehalgod to biscop fram þone ærcebiscop Willelm of Cantwarabyri (OE Chron. an. 1129); --- I . . . am sett king from hym upon Sion (Wyclif Ps. ii 6; am maad of hym a kyng, Purvey). (385--86)


To express agency of is used less frequently than from in OE, but it begins to gain ground towards the end of this period and becomes the most popular preposition expressing agency in connection with a passive verb down to c 1600. It is possible that this use of of has been promoted by the influence of OF de. Examples: --- ich wolde þet heo weren of alle alse heo beoþ of ou iholden (Ancr. 21); --- is alle biset of helle muchares (Ancr. 67); --- if he wolde be slayn of Symkyn (Ch. CT A Rv. 3959); --- enformed whan the kyng was of that knyght (Ch. CT F Sq. 335). (397)  


Wülfing II, p. 338, quotes a doubtful OE instance of be denoting agency with a passive verb, and R. Gottweiss (Anglia XXVIII, 1905, 353--4) calls attention to what he calls 'signs of the use of be with the passive' in Ælfric's homilies. BTS, be 20, quotes an example from the OE Gospel of St Luke (þa þing þe be him wærun gewordene 'quae febant ab eo,' ix 7). Cf. active cases like þat was agan þære bi þan kaisere (Lawman A 27982). Unambiguous ME instances where by indicates the agent of a passive verb occur from the end of the 14th century on (I praye Jhesu shorte hir lyves That wol nat be governed by hir wyves, Ch. CT D WB 1262; --- ne hadde he ben holpen by the steede of brass, Ch. CT F Sq. 666). This use becomes increasingly common in the 15th and 16th centuries. In the Cloud (MSS of the early 15th---early 16th century) of is a little more frequently used to denote agency than by. It may be assumed that the use of by to indicate the agent of a passive expression is promoted by the influence of French par. (374--75)


With begins to occur as a preposition of agency in the 13th century: --- heder was þat mayde brouȝt With marchaundes þat hur had bouȝt (Flor. & Bl. 408); --- he was with þe prestes shrive (Havelok 2489); --- and with twenty knyghtes take, O persone allone, withouten mo (Ch. CT A Kn. 2724). (420)


. . . instrumental mid is occasionally used to express agency in early ME: --- a lefdi was þet was mid hire voan biset at abuten (Ancr. 177). (394)


 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2011-12-19 Mon

#966. borne of [spelling][verb][conjugation][passive]

 先日 Graddol を読んでいて,英語の未来予測に関連する章で,次のような英文に出くわした.

Futurologists inhabit a frontierland between historical facts and guesses about the future. Most of the practical techniques of strategic planning used by large corporations employ some kind of mix of empirical evidence together with the insight and judgement borne of practical experience. (16)


 問題は,赤字で示した borne の語義・用法である.現代英語の規範文法では,動詞 bear の過去分詞形は,語義・用法によって bornborne の2形が区別される.Fowler (113) によると,使い分けは以下の通りである.

born(e). The pa.pple of bear in all senses except that of birth is borne (I have borne with this too long; he was borne along by the wind); borne is also used, when the reference is to birth, (a) in the active (has borne no children), and (b) in the passive when by follows (of all the children borne by her only one survived). The pa.pple in the sense of birth, when used passively without by, or adjectivally, is born (he was born blind; a born fool; of all the children born to them; melancholy born of solitude; she was born in 1950).


 この動詞の過去分詞形の歴史的 variation を探ると,born, borne のほか過去形と同形の bore もありえた.OED "bear, v.1" 44 によると,17世紀前半には,3者のうち borne が語義にかかわらず優勢だったが,同世紀後半には torn, worn などとの類推のためか born が語義にかかわらず優勢となり,一方で bore も異形として頻度が増してきた.しかし,18世紀後半には,bore が廃され,borne が復活するという動きがあり,現在にまで続く語義・用法の使い分けが確立した.
 近代英語中期における激しい異形間の攻防戦の背景と,最終的に Fowler の示すような規範が確立した背景については未調査だが,borneborn の両形のあいだに発音上の区別はなく,あくまで綴字上のみの問題であることこそが,規範文法として生きながらえてきた理由なのかもしれない.
 さて,問題の borne of だが,文脈上の意味は「実際の経験から生まれた洞察力と判断力」と取れるが,「生まれた,生じた」という語義で用いられているのであれば born のほうが適切なはずではないかという疑問が浮かぶ.Fowler や OED の記述にもある通り,「生む」という物理的行為に焦点が当てられる場合には borne が適切となることはわかったが,その場合には,後続する典型的な前置詞は行為者を表わす by であり,起源を表わす of の例はどこにも触れられていない.of で修飾されている以上,「生む」行為が具体的にイメージされていることは確かで,それゆえに born ではなく borne が選ばれていると考えられそうだが,いろいろと辞書を参照しても明示的な説明が得られなかったので少々納得がいかなかった.
 それならばと BNCWebborne of を検索してみたら,10件がヒット.適宜省略した形でコンコーダンスラインを示そう.

(1) . . . with a set of expectations borne of years of reading about the Masters . . .
(2) . . . a legacy of bigotry borne of his wish to improve his family's social standing.
(3) . . . with an indifference borne of familiarity.
(4) . . . through instinct borne of experience.
(5) It was a confidence borne of a quarter-of-a century of growing medical ascendancy . . .
(6) With skill borne of long practice . . .
(7) by fears borne of self-selected memories and infused by a false jingoism . . .
(8) It was partially borne of English desperation . . .
(9) . . . ignorance through lack of education, and idleness borne of enforced unemployment . . .
(10) I have also come away with lasting friendships, borne of total trust, respect and deep affection.


 borne of に修飾される直前の名詞には傾向があることがわかる.期待,信念,直感,恐怖,怠惰など,主に心理作用を表わす名詞と共起しているようだ.コンコーダンスラインから湧き出てくる borne of の意味は,「?から生じる」からもう一歩踏み込んで「?によって生み育てられた」,さらには「?に裏付けられた」とまで読み込んで然るべきではないか.用例は少ないわけだが,学習者辞書にぜひとも1行を付け加えたい語義・用法である.

 ・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm

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2011-05-19 Thu

#752. 他動詞と自動詞の特殊な過去分詞形容詞 [passive][adjective][perfect][participle]

 他動詞の過去分詞形容詞が受け身の意味になることは,英文法の基本事項である.a satisfied customer, a surprised look, written language など.しかし,例外が存在する.他動詞の過去分詞形容詞であるにもかかわらず,能動的な意味となる少数の例がある.

a drunken fellow ( = a fellow who has drunk much )
a well-read man ( = a man who has read much )
an out-spoken gentleman ( = a gentleman who speaks out his opinions )


 ここから「他動詞の過去分詞形容詞は受け身の意味になる」という原則は絶対ではないことが分かる.上の例では「受け身」ではなく「完了」の用法である.
 関連して,自動詞の過去分詞形容詞について考えてみる.自動詞は定義上受け身になることができないので,自動詞の過去分詞形容詞があるということは一見不可解かもしれない.種類も頻度も少ないので学校文法で明示的に取り上げられることはないが,以下の通り,確かにある.

a gone case ( = a case which has gone too far )
a departed guest ( = a guest who has departed )
a faded flower ( = a flower which has faded )
a fallen city ( = a city which has fallen )
a grown man ( = a man who has grown up )
a learned scholar ( = a scholar who has learned much )
a retired officer ( = an officer who has retired )
a returned soldier ( = a soldier who has returned )
a risen sun ( = a sun which has risen )
a well-behaved child ( = a child who behaves well )
a withered flower ( = a flower which has withered )


 関係代名詞を用いて言い換えた表現をみて明らかなとおり,ここでの過去分詞形容詞は「完了」の用法として機能していることがわかる.これらの自動詞の多くは往来発着や状態の変化を表わす動詞であり,古くは have ではなく be により完了形を作った.したがって,a fallen city とは a city which is fallen の統語的圧縮と考えることができる.
 これらの過去分詞形容詞については,細江 (46--48) を参照.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2011-03-04 Fri

#676. コーパス研究の知見はどこまで解釈に役立つか? [semantics][corpus][semantic_prosody][passive]

 [2011-03-02-1], [2011-03-03-1]の記事で semantic prosody を取りあげた.ある共起表現が(主に否定的な)評価を帯びる現象である.semantic prosody は単なる語句のレベルにとどまらず,統語的なレベルにも見られる.例えば,Stubbs (163--68) では be-passive に対する get-passive の意味特性に関するコーパス利用研究が紹介されており,get を用いた受動態は主語が不利益を被るという文脈(さらに場合によっては主語がその不利益に自ら責任があるという文脈)で頻繁に見られるという結果が報告されている.
 get-passive が否定的な semantic prosody を帯びやすいということは,従来から文法書等で指摘されてきたことだが,コーパス研究の長所は具体的な数字を提供してくれる点にある.Stubbs の調査では,be-passive の約25%が "unpleasant" な結果を含意し,"pleasant" を含意するものも多いという.一方,get-passive では60%以上が "unpleasant" な結果を含意し,"pleasant" を含意するものはほんのわずかである.別のコーパスを用いた別の研究者による調査では,get-passage の "unpleasant" 含意率が話し言葉コーパスで約9割に達したという報告もあり,get-passive が否定的な semantic prosody をもっていることは明らかである.このような客観的な数値による裏付けが,corpus semantics の重要な特長であり役割である.
 しかし,コーパス研究によって得られた get-passive に関するこの知見は,get-passive を含む具体的な文の解釈にどのくらい役立つのだろうか.コーパスから得られたという次の文を考えよう.

I got praised for having a clean plate.


 一見したところ特に "unpleasant" を含意する語句は含まれていない.しかし,get-passive が用いられているということは,ここでは "unpleasant" を含意する解釈,おそらくは皮肉的な読みが要求されているということなのだろうか.コーパスによる知見から言えることは,「否定的な semantic prosody を伴っている get-passive が用いられている以上,高い確率で "unpleasant" の読みがふさわしいだろうが,"pleasant or neutral" な例も皆無ではなかったのだからここでは例外的に "pleasant or neutral" な読みかもしれない」ほどだろうか.しかし,これでは常識的に知っていることと差がない.コーパスの知見がほとんど活かされていない.コーパス研究のジレンマは,大量の用例から傾向を探り出すことは得意だが,個々の用例の解釈を保証してはくれないということである.英文解釈のためにコーパスで注目表現の有無や頻度を調べるということは日常的に行なっているが,そこでいつも思うのが,その表現があったから,高頻度だったからといって,それが必ずしも正しい英文解釈へ導いてくれるとは限らないということである.「参考までに」で止まってしまうことが多く,じれったい.「参考までに」では参考にならないことが多いのだ.
 この問題を semantic prosody の観点からとらえなおすと,ある共起表現において semantic prosody の含意する否定性がどの程度の強度,安定感,感染力をもっていれば,一見したところ中立的,肯定的な文脈が皮肉などの否定的な音色を帯びると考えられるのだろうか.それは probability の値として算出できるものなのだろうか.
 個々の文脈で判断すべしと言ってしまえばそれまでだが,コーパス研究の成果が英文解釈という現実的な問題に貢献し得ないとなると,その価値は大幅に制限されてしまうのではないか.Stubbs の論文は,コーパス研究と解釈の関係について上記の問題を提起しているが,解決策については無言である.

 ・ Stubbs, M. "Texts, Corpora, and Problems of Interpretation: A Response to Widdowson." Applied Linguistics 22.2 (2001): 149--72.

Referrer (Inside): [2011-03-20-1] [2011-03-11-1]

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