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2016-11-23 Wed

#2767. 自動翻訳機の英語史的意義 [machine_translation][elt][future_of_english][sociolinguistics]

 自動翻訳機の開発が英語やその他の言語に与える衝撃については,いまだ本格的に議論されていないように思われる.ドラえもんの秘密道具の1つ「ほんやくコンニャク」,あるいは英語圏で知られる Babel fish のような夢の翻訳ツールは,数十年前にはSF小説の世界の話しにすぎないと思われていたが,21世紀に入った現在,日進月歩の技術発展により実用化が進みつつある.
 11月17日付の朝日新聞夕刊1面に「ほんやくコンニャク実用化?」と題する,音声自動翻訳機の使用実験に関する記事が掲載されていた.東京オリンピックにむけて,しゃべった日本語がそのまま英語などの他言語に翻訳されて音声として出力される,パナソニックの開発したメガホン「メガホンヤク」が,空港をはじめとする交通機関で実験的に使用され始めているという.技術的には,例えば日英語翻訳の場合には,日本語音声認識→単語ごとに英語へ変換→統計を用いた語順の並び替え→音声合成,という手続きを踏むようで,この全体が1秒ほどで済むという.ほかに,東京メトロでは音声自動翻訳アプリをインストールしたタブレットも試用されるなど,すでに実用化への動きは進んでいる.これらの施策が官民一体となって進められている.
 今世紀初頭には,自動翻訳機の翻訳の精度はまだまだであり,少なくとも数十年はかかるだろうと言われてきたが,その後の技術の進歩は飛躍的である.この問題に詳しい専門家は,「大半の日本人の英語力が機械に負ける日も遠くないだろう」と述べている.立教大学名誉教授の鳥飼玖美子氏も「簡単な内容は機械任せでよくなり,今の英会話中心の授業は不要だろう.小学校からやる必要があるのかも再検討することになるのでは.」「全員が英語を習得する必要はなく,異文化理解のための学習に軸足が移るだろう」とコメントしている.私は,この予測はおよそ当たるだろうと考えている.
 英語教育を始めとする語学教育のあり方も根本的に変わる可能性がある.多くの学習者の動機づけが変化するとともに教員の意識改革が必要となってくるだろうし,語学とはそもそも何のためにあるのかという本質的な議論もなされなければならない.私自身も一英語教員として首がかかっているのでまったく他人事ではないのだが,この問題には,英語史研究者としてワクワクするものを感じている.自動翻訳機の完成と普及は,社会における英語の位置づけを大きく変化させる可能性があり,英語史上,画期的な出来事として刻まれるはずだからである.技術革新は,いつの時代も,言語を言語学的側面においても社会言語学的側面においても変えてきたのである.

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2016-01-20 Wed

#2459. 森有礼とホイットニー [japanese][language_planning][history][elt]

 明治時代の英語公用語化論の急先鋒といえば,初代文部大臣を務めた森有礼 (1847--89) の名前が上がる.1870年代,森は日本を欧米列強のように近代化するためには英語で国づくりしなければならないと信じていた.今から思えば極端な思想に思えるが,森は日本語に欧米の先進的な概念を表わす語彙が著しく欠けていたことを真剣に憂いていたのである.
 森は,日本の英語公用語化論のための後ろ盾を得ようと,欧米の知識人に手紙を送り,英語の簡易化の要請とともに持論を説いて回った.照会した欧米知識人の一人に,当時のアメリカ言語学会の重鎮でイェール大学の教授である William Dwight Whitney (1827--94) がいた.ところが,おもしろいことに,Whitney は森の勇み足を諫めるような回答を返している.施 (71--72) より,要旨を引用する.

 ホイットニーからの返答は,おおよそ次のようなものだった.
 母語を棄て,外国語による近代化を図った国で成功したものなど,ほとんどない.しかも,簡易化された英語を用いるというのでは,英語国の政治や社会,あるいは文学などの文明の成果を獲得する手段として覚束ない.そもそも,英語を日本の「国語」として採用すれば,まず新しい言葉を覚え,それから学問をすることになってしまい,時間に余裕のない大多数の人々が,実質的に学問をすることが難しくなってしまう.その結果,英語学習に割く時間のふんだんにある少数の特権階級だけがすべての文化を独占することになり,一般大衆との間に大きな格差と断絶が生じてしまうだろう.
 まさに,ホイットニーが懸念したのは,前章で見たラテン語から「土着語」への知識の「翻訳」の努力を通じてヨーロッパの庶民が享受した知的な進歩への道を,日本人が自ら閉ざしてしまうのではないかということだったのだ.
 さらに,ホイットニーは次のように述べ,森有礼に日本語による近代化を勧めている.

「たとえ完全に整った国民教育体系をもってしても,多数の国民に新奇な言語を教え,彼らを相当高い知的レベルにまで引き上げるには大変長い時間を要するでしょう.もし大衆を啓蒙しようというのであれば,主として母国語を通じて行われなければなりません」

 そしてホイットニーは,日本文化の「進歩」のなかには,「母国語を豊かにする」ことが含まれなければならないと説いた.豊かになった「国語」こそ,日本の文化を増進する手段であり,それが一般大衆を文化的に高めることにつながるというのである.


 言語学史上著しい地位を占める Whitney が,このような形で明治日本の英語公用語化論に関わっていたとは知らなかった.
 なお,森は極端な欧化主義者とみなされ,後に国粋主義者により暗殺されてしまった.

 ・ 施 光恒 『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』 集英社〈集英社新書〉,2015年.

Referrer (Inside): [2016-01-24-1] [2016-01-21-1]

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2016-01-19 Tue

#2458. 施光恒(著)『英語化は愚民化』と土着語化のすゝめ [review][linguistic_imperialism][hel][japanese][language_planning][language_myth][hel_education][elt][bible]

 「#2306. 永井忠孝(著)『英語の害毒』と英語帝国主義批判」 ([2015-08-20-1]) で紹介した書籍の出版とおよそ同時期に,施光恒(著)『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』という,もう1つの英語帝国主義批判の書が公刊されていた.ただし,力点は,英語帝国主義批判そのものというよりも日本の英語化への警鐘に置かれている.この分野の書籍の例に漏れず挑発的なタイトルだが,著者が言語学や教育学の畑ではなく政治学者であるという点で,私にとって,得られた知見と洞察が多かった.
 現代日本のグローバル化と英語化の時勢は,近代史がたどってきた流れに逆行しており,むしろ中世化というに等しい,と著者は主張する.西洋近代は,それまで域内の世界語であったラテン語が占有していた宗教的・学問的な特権を突き崩し,英語,イタリア語,スペイン語,フランス語,ドイツ語など土着語の地位を高めることによって,人々の間に分け隔てなく知識を行き渡らせることを可能にした.人々は母語を通じて豊かな情報に接することができるようになり,結果として階級間の格差が小さくなった.これが,近代化の原動力だという.具体的には,聖書の各土着語への翻訳の効果が大きかった.
 もし現代世界で進行している英語化がやがて完了し,かつてのラテン語のような特権を享受するようになれば,英語を理解しない非英語母語話者は情報へのアクセスの機会を奪われ,社会のあらゆる側面で不利益を被るだろう.つまり,多くの人々が中世の下級民のような地位,つまり「愚民」の地位へと落ちていくだろう,という.確かに,日本人にとって,日本語という母語・土着語を通じて情報にアクセスするのが,物事の理解・吸収のためには最も効率がよいはずであり,その媒体が英語に取って代わられてしまえば,能率は格段に落ちるはずだ.
 著者は,今目指すべきは英語化ではなく,むしろ土着語化であるという逆転の発想を押し出している.では,世界中で英語やその他の言語により発信される価値ある情報は,どのように消化することができるだろうか.その最良の方法は,土着語への翻訳であるという.明治日本の知識人が,驚くべき語学力を駆使して,多くの価値ある西洋語彙を漢語へ翻訳し,日本語に浸透させることに成功したように,現代日本人も,絶え間ない努力によって,英語を始めとする外国語と母語たる日本語とのすりあわせに腐心すべきである,と (see 「#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語」 ([2013-10-13-1])) .
 英語が無条件に善いものであるという神話や英語化を前提とする政策の数々が,日本中に蔓延している.この盲目的で一方的な英語観の是正には,英語史を学ぶのが早いだろうと考えている.施 (215) の次の主張も傾聴に値する.

英語の隆盛の一因は,さかのぼれば,イギリス,そしてアメリカの植民地支配の歴史にある.また,第二次世界大戦後,イギリスやアメリカが,植民地を手放す際,旧植民地における実質的な政治力やビジネス上の有利さを残すため,国家戦略の一端として英語の覇権的地位を保ち,推進するよう努めてきた「成果」でもある.


 『英語化は愚民化』よりキーワードを拾ったので,次に示しておこう.英語教育改革,英語公用語化論,オール・イングリッシュ,グローバル化史観,啓蒙主義,新自由主義(開放経済,規制緩和,小さな政府),TPP,ボーダレス化,リベラル・ナショナリズム,歴史法則主義.

 ・ 施 光恒 『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』 集英社〈集英社新書〉,2015年.

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2013-12-27 Fri

#1705. Basic English で書かれたお話し [artificial_language][basic_english][elt][bible]

 Gramley (354--55) を参照しながら,「#960. Basic English」 ([2011-12-13-1]) について補足し,英語教育用に Basic English で書かれたお話しを1つ挙げたい.
 Basic English は,1930年に C. K. Ogden によって策定され,戦後に I. A. Richards によって改訂され,さらに1990年代に Bill Templer によって再改訂された.本来,EFL のため,あるいは国際補助言語として計画されたものだが,その影響力は小さかった.850の基本語彙からなり,動詞は be, do, have, may, will, come, get, give, go, keep, let, make, put, say, see, seem, send, take の18個のみに限定されている.実際には,学習者は一般的な100語と,各自にとって中心的な分野の専門的な50語を追加して学ぶよう期待されており,計1000語の語彙が習得の目標となる.ただし,この1000語は見出し語として数えた場合の数であり,例えば be は1語とカウントされるが,当然ながら活用形been, being, was, were, am, are, is は区別して覚えなければならない.また,Ogden は標準的なレベルに達するには,国際的に使用される語彙 (ex. geography, gram, hotel) を含めて,計2000語は習得する必要があると考えており,Basic English の「850語」という売り文句は,あくまで最小限のものととらえておく必要がある.
 文法については,習得すべき項目は限られており,当面は以下の10項目を押さえておけばよい.第10項目の British English へのこだわりなどは,21世紀の現在では奇異に感じるが,発案当時の世界におけるイギリス英語の位置づけをよく伝えている.

1. Use an "S" to make a noun plural.
2. Adjectives can be extended using "-ER" and "-EST."
3. Verb can end in "-ING" and "-ED."
4. Adjectives become adverbs by adding "-LY."
5. "MORE" and "MOST" are used to talk about amounts.
6. "Opposite" adjectival meaning is expressed using "UN-."
7. To make questions use opposite word order and "DO."
8. Operators and pronouns conjugate as in normal English.
9. Two nouns (e.g. milkman) or a noun and a directive (sundown) make combined words (compounds).
10. Measures, numbers, money, days, months, years, clock time, and international words are in the British form, for example Date/Time: 20 May 1972 at 21:00.


 では,お話しを1つ.

One day last May there was a rat in a hole. It was a good rat which took care of its little ones and kept them out of the way of men, dogs, and poison. About sundown a farmer who was walking that way put his foot into the hole and had a bad fall. "Oh," was his thought, when he got on his legs again, "a rat for my dog, Caesar!" Naturally the rat had the same idea and kept very quiet. After an hour or two, Caesar got tired of waiting, and the farmer put his spade over the top of the hole, so that the rat was shut up till the morning when there might be some sport. But the farmer's daughter, May, had seen him from her window. "What a shame," said May, "Poor rat! there is no sport in letting cruel dogs loose on good mothers! I will take the spade away. There --- the rat may go." Then she took the spade to her father: "See! your spade was out there in the field, and I went to get it for you. Here it is." "You foolish girl," was his answer, "I put that spade over a rat-hole till the morning and now --- the rat may go."


 語彙は確かに basic かもしれないが,語法や文法は必ずしも basic ではないという印象を受ける.いかがだろうか.
 他にもサンプルテキストは,Readings in Basic English より豊富に入手できる.Bible in Basic English も参照.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-09-20 Fri

#1607. 英語教育の政治的側面 [linguistic_imperialism][elt][hel_education]

 標題は,昨日の記事「#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権」 ([2013-09-19-1]),及びかつての記事としては「#1073. 英語が他言語を侵略してきたパターン」 ([2012-04-04-1]) や「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1]) で触れてきた問題である.Phillipson は,著書の随所で,一般に ELT 関係者が英語教育のもつ政治的な含みに対してあまりにナイーブであることを主張している.そして,この無知こそが英語言語帝国主義の拡張を促しているのだとも批判している.この趣旨の引用を5点ほど示そう.

. . . the majority of those working in the ELT field tend to confine themselves, by choice and training, to linguistic, literary, or pedagogical matters. ELT is however an international activity with political, economic, military, and cultural implications and ramifications. (8)


I would argue that ELT professionalism excludes broader societal issues, the prerequisites and consequences of ELT activity, from its professional purview. (48)


The belief that ELT is non-political serves to disconnect culture from structure. It assumes that educational concerns can be divorced from social, political, and economic realities. It exonerates the experts who hold the belief from concerning themselves with these dimensions. It encourages a technical approach to ELT, divorced even from wider educational issues. It permits the English language to be exported as a standard product without the requirements of the local market being considered except in a superficial way. (67)


There is explicit recognition of the commercial relevance of English, though their view of the spread of English is remarkably ahistorical. 'The interest of the British and American peoples in spreading their language abroad has never been narrowly political or chauvinistic. A great deal of the expansion that has already occurred has been almost accidental; but many natural forces and inducements have been at work' ([The Drogheda Report: 4). One hopes that this is self-deception rather than more sinister imperialist rhetoric. (148)


These declarations [from Center for Applied Linguistics 1959] are clear examples of the myth of non-political ELT. They show little awareness of the contribution of professionalism to the constitution and affirmation of hegemonic ideas. The experts are probably intuitively aware that central professional practices, procedures, and norms represent a paradigm that is being exported, directly or indirectly, to periphery-English countries, yet this is not regarded as educational or cultural imperialism, let alone political in any sense. Their narrow interpretation of this implicitly identifies the 'political' as the discourse of professional politicians or diplomats. They are also inconsistent, since they can immediately identify the political motivations of communist textbooks, yet want their own to project Western values. Their protestations ring somewhat hollow, when their work is explicitly intended to benefit the State they represent. (165)


 英語言語帝国主義批判の文献では,「精神の奴隷化」とか "servitude of the mind" などの強い表現がしばしば現われるが,これらの表現は上のような態度をも指しているのだろう.
 この Phillipson の議論に,私も基本的に同意する.英語教育に携わっているばかりでなく英語史教育・研究に携わっている者としても,この議論には親近感を覚える.というのは,(とりわけ社会言語学的な側面に注目して)英語の発達してきた歴史的背景に光を当てるのが,英語史のなすべき基本的な仕事だからだ.特に近代以降の英語の著しい成長が,もっぱら種々の言語外的な要因,すなわち政治的なものをも含めた社会的な要因によるものであることは,英語史を批判的に学ぶ者にとっては明らかなのだが,それが一般に広く知られているわけではない.もし上記のナイーブさがあるのだとしたら,それを減じてゆくためには,英語史教育が有効だと考える.「#24. なぜ英語史を学ぶか」 ([2009-05-22-1]) の記事で,英語史を学べば「歴史に基づいた英語観を形成することができる(特に英語を教える立場にある者には必要)」と記したとおりである.

 ・ Phillipson, Robert. Linguistic Imperialism. Oxford: OUP, 1992.

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2013-09-19 Thu

#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権 [linguistic_imperialism][elt]

 Phillipson の言語帝国主義論を読んだ.対象の言語はもっぱら英語である.英語帝国主義論に関しては,linguistic_imperialism の各記事で何度か話題にしたことがあったが,読んだり参照したりした文献はそれほど多いわけではなかった.本格的な議論を読んでみようと思い,この夏のあいだに何度かあった長時間のフライトを利用して通読した.
 まずは,"English linguistic imperialism" というキーワードの定義を,Phillipson より見てみよう.

A working definition of English linguistic imperialism is that the dominance of English is asserted and maintained by the establishment and continuous reconstitution of structural and cultural inequalities between English and other languages. Here structural refers broadly to material properties (for example, institutions, financial allocations) and cultural to immaterial or ideological properties (for example, attitudes, pedagogic principles). (47)


 すぐ後に続けて,もう1つの鍵となる概念 "linguicism" についても定義が与えられている.

English linguistic imperialism is one example of linguicism, which is defined as 'ideologies, structures, and practices which are used to legitimate, effectuate, and reproduce an unequal division of power and resources (both material and immaterial) between groups which are defined on the basis of language' . . . . (47)


 関連する表現に "English linguistic hegemony" というものもある.

English linguistic hegemony can be understood as referring to the explicit and implicit values, beliefs, purposes, and activities which characterize the ELT profession and which contribute to the maintenance of English as a dominant language. . . . The hegemonic ideas associated with ELT are not simply a crude 'deliberate manipulation' but a much more complex and diverse set of personal and institutional norms and experienced 'meanings and values' . . . . (73)


 以上の関係をまとめると,「英語言語帝国主義」は「言語差別」の1種であり,具体的には世界における「英語覇権」という形で現われている,と表現できる.
 Phillipson の議論に通底する主張は,以下の2点だろうと読んだ.(1) 上の最後の引用にも示唆されるように,英語言語帝国主義や英語覇権は,英米を中心とする英語母語話者勢力による政治的操作のみならず,そこに端を発して,強固に築き上げられ,広く受け入れられてきた種々の要素の絡み合う思考体系によって支えられていること,(2) 世界中の英語教師など ELT にかかわる職業人は,英語教育の政治的な側面にあまりに無知であること.
 (1) の種々の要素については,「#1073. 英語が他言語を侵略してきたパターン」 ([2012-04-04-1]) で中村より引用した諸要因が参考になるだろう.(2) については,「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1]) の記事における第3の引用,「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1]) の記事における第5の引用が,同趣旨である.
 Phillipson や中村を含む英語帝国主義論を展開する論者は,英語に肩入れする人々の思考様式の未熟さを一様に痛烈に批判する.これは英語関係者にとって傾聴すべき意見だろうと,私は考えている.

 ・ Phillipson, Robert. Linguistic Imperialism. Oxford: OUP, 1992.
 ・ 中村 敬 『英語はどんな言語か 英語の社会的特性』 三省堂,1989年.

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2013-04-07 Sun

#1441. JACET 8000 等のベース辞書による語彙レベル分析ツール [lexicology][web_service][link][elt]

 日本の英語教育の世界では,「JACET 8000」という語彙集がよく用いられる.各語に1--8の語彙レベルが付されており,英文テキストの難易度判定や教材研究・開発などに使われる.ほかにも,類似した目的で SVL12000 や WLC などの語彙集が存在するが,それぞれの特徴については,染谷泰正氏のベース辞書についてに,次のようにある.

JACET8000 は大学英語教育学会基本語改訂委員会が編纂した学習語彙リストで,「British National Corpus と日本人英語学習者の環境を踏まえて独自に作成されたサブコーパスに準拠し,かつ中高の教育現場の状況にも配慮」して作成されたもので,「日本人英語学習者のための科学的教育語彙表」として評価を得ています.詳しくは『大学英語教育学会基本語リストJACET List of 8000 Basic Words』(大学英語教育学会基本語改訂委員会/2003年)を参照してください.

SVL12000(「標準語彙水準12000」)は株式会社アルクが独自に開発した語彙リストで,「ネイティブスピーカーの「使用頻度」をベースにしながら,日本人学習者にとっての「有用性」「重要性」を考慮して編集」したもので,既存の学習語彙表ではカバーされていない上級?最上級レベルの語彙(Level 8 ? Level 12)が含まれているのが特徴です.

WLC ベース辞書 は「AWK による語彙レベル分布計測プログラム」(染谷 1998) において作成されたもので,ビジネス英語の分析用に特化した約35,000語の見出し語からなる語彙リストです.詳しくは ここを参照してください.なお,WLC ベース辞書で使用されている品詞タグの種類についてはここを参照してください.


 染谷氏の提供するオンライン版 Word Level Checker(英文語彙難易度解析プログラム)では,テキストボックスに英文を投げ込むと,語彙レベルごとのテキストカバー率を返してくれる.ベース辞書としては,JACET8000, SVL12000, WLC (Ver.02) のいずれかを選択することができる.
 特に JACEL 8000 をベースとした類似ツールとしては,JACET 8000 TOOLS からいくつかのものにアクセスできる.

 ・ JACET 8000 LEVEL ANALYZER: 英文を投げ込むと,単語を見出し語化したうえで語彙レベルごとのテキストカバー率を返してくれる.プログラムの仕様や使用例については,清水伸一氏による JACET 8000 付属CD-ROM のプログラムデータ使用法が参考になる.
 ・ JACET 8000 LEVEL MARKER: 英文を投げ込むと,各単語にレベルを表わすタグ (1--8) をつけてカラー表示してくれる.
 ・ JACET 8000 Measuring Vocabulary: 語彙力診断テスト.「#833. 語彙力診断テスト」 ([2011-08-08-1]) で紹介した Test Your Vocab も参照.

 関連して,その他の英語語彙頻度表については「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1]) を参照.

Referrer (Inside): [2013-08-11-1]

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2012-02-01 Wed

#1010. 英語の英米差について Martinet からの一言 [elf][elt][ame_bre][wsse][americanisation]

 言語学の基本的な項目に関連して本ブログでも何度も取り上げてきたフランスの構造主義言語学者 André Martinet (1908--99) が,英語の英米差について論考した1995年の論文を発見したので読んでみた (see André Martinet) .
 ヨーロッパでは伝統的に英語の学習といえばイギリス変種が主でありアメリカ英語は副とされてきた.地理的,歴史的,文化的により緊密であるイギリスへ指向するのは自然といえば自然である.英語に限らず,ヨーロッパに起源をもちアメリカ大陸へも拡大したヨーロッパの主要言語についても同じ傾向が認められる.ヨーロッパ人にとって,スペイン語といえば南米変種ではなくスペイン変種だし,ポルトガル語といえばブラジル変種ではなくポルトガル変種だし,フランス語といえばケベック変種ではなくフランス変種だ.
 しかし,英語ほど lingua franca としての役割が大きくなってくると,英米変種の差がもたらす問題点も大きくなってくる.書きことばについては,事実上,差がないといってよいが,話しことばについては発音の相違は時に理解の妨げになる.Martinet は,自身の経験として,アメリカで出身地を聞かれたときに France [frɑːns] とイギリス発音で答えたところ,Florence と聞き間違えられたので,以降は [fræns] と発音するよう心がけたというエピソードを述べている (124) .
 しかし,Martinet は,彼らしく,この問題について楽観的である.言語使用に関して作用している調整機能が自然と解決してくれるだろうという考えだ.相互のコミュニケーションが日増しに密になってきている現在,異なる語法に対する寛容とその収束 (convergence) が確実に進行しており,遠からず適切な解決をみるだろう,と.

Comme toutes les langues évoluent à chaque instant pour satisfaire aux besoins changeants de ceux qui les emploient, nous sommes tous, sans nous en douter, dressés à comprendre et à accepter des formes et des valeurs que nous ne pratiquons plus ou que nous n'avons jamais pratiquées, mais que nous avons entendues et identifiées depuis notre enfance. (126)

すべての言語は,その使用者の変わりゆく要求に応じるべく常に進化してゆくのだから,私たちはみな,それに気付かずとも,もはや実践しなかったり,一度も実践したことのない形態や価値ではなく,子供の頃から聞いてそれと認めてきた形態や価値を理解し,受け入れる準備ができている.


 Crystal の予見する WSSE (World Standard Spoken English) は,アメリカ英語の話しことばが下敷きとなって,世界中の英語話者がそれに調整を加えてゆくことで発展してゆくのではないかと考えられているが,上の Martinet の引用はその理論的な支柱を与えているといえるかもしれない (see wsse ) .
 言語変種の convergence あるいは conversion については,[2010-10-09-1]の記事「#530. アメリカ英語と conversion / diversion」を参照.

 ・ Martinet, André. "Quelle sorte d'anglais pour les plurilingues à venir?" International Journal of the Sociology of Language 109 (1994): 121--27.

Referrer (Inside): [2016-12-26-1] [2015-04-22-1]

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2011-12-13 Tue

#960. Basic English [artificial_language][basic_english][elf][lexicography][elt]

 昨日の記事「#958. 理想的な国際人工言語が備えるべき条件」 ([2011-12-12-1]) の最後に触れた,Charles Kay Ogden (1889--1857) による Basic English について取り上げる.
 19世紀後半から始まった国際人工言語への熱 ([2011-12-11-1]) は,様々な現実によるその理想の頓挫とともに,20世紀が進むにつれて冷めてきた.一方,国際コミュニケーションの需要は激増しており,国際共通語の必要も爆発的に高まってきた.人工言語の創案に取って代わるべきアイディアは,広く行なわれている既存の自然言語を単純化するというものだった.主要な西欧の言語はすべて,このように簡略化された "modified natural language" の提案を試みた.そのなかで最も有名な試みが,"British American Scientific International Commercial" の acronym (頭字語)をとった Basic English である.
 英国の作家・言語学者 Ogden によって1926--30年にかけて考案されたこの簡略版の英語は,850の語彙(600の名詞,150の形容詞,100の操作詞)から成っている.動詞は18個しかないが,他の語との結びつきにより,標準英語の約4,000の動詞の代わりとなることができる.assemble に代えて put together, invent に代えて make up, photograph に代えて take pictures の如くである.
 1940年代には,Churchill や Roosevelt などという著名人によっても支持されたが,語彙が少ない分,複雑な統語構造で補われなければならなかったこと,イディオムが増えざるを得なかったことなどの理由もあり,やがて衰退した.たとえ語彙を極度に単純化したとしても,そのためにかえって統語や意味の点で不便が生じ,言語体系全体としてはむしろ不経済となり得ることが,現実に感じられたのだろう(関連して,[2010-02-14-1]の記事「#293. 言語の難易度は測れるか」を参照).
 Basic English は現在では歴史的な意義をもつのみとなっているが,その精神は世界の英語教育のなかに反映されている.限られた数の知っている語の組み合わせにより複雑な概念を表現する能力や,基本語で平易に表現する技量を身につけることは,外国語教育においては重要な課題である.近年の学習者用英英辞典学習において採用されている "defining vocabulary" の考え方も,Basic English の思想の延長線上にあるといえる.ELF (English as a Lingua Franca) や世界標準英語という呼称が聞かれるようになってきた昨今,Basic English という試みそのものではないにせよ,その考え方は,改めて有効となってくるのではないだろうか.
 以上の記事は,Crystal (358) および Basic-English Institute の記述を参考にして執筆した.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997. 199--205.

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2010-12-30 Thu

#612. Academic Word List [lexicology][lexicography][academic_word_list][web_service][text_tool][elt]

 英語教育や辞書学の分野で Academic Word List (AWL) という語彙集が知られている.1998年に Avril Coxhead が The Academic Corpus という350万語からなる独自コーパスをもとに英語教育用に開発した570語とその派生語(合わせて word family と呼ばれる)からなる語彙集で,高等教育で用いられる頻度の高い語からなっている.
 もう少し詳しく AWL の語彙選定基準を記せば次のようになる.(1) 各 word family がコーパスの Arts, Commerce, Law, Science 部門のサブセットすべてにおいて生起し,かつ細分化された28分野のサブセットの過半数に生起する.(2) 各 word family の出現頻度がコーパス全体で100回を超える.(3) 各 word family がコーパスの各部門で最低10回は生起する.(4) GSL ( General Service List ) (1953) の最頻2000語は除く ( see [2010-03-02-1] ) . (5) 固有名詞は除く.(6) et al, etc, ibid などの最頻ラテン語表現は除く.
 こうして厳選された語彙集が AWL で,AWL Headwords から閲覧およびダウンロードできる.word family の頻度の高い順に1から10の Sublists としてグループ分けされており,すべて合わせるとコーパス全体に生起する語の9.8%を覆うという.
 最近の上級者用英英辞書は軒並み AWL の重要性を認識しているようだ.2006年出版の Longman Exams Dictionary を皮切りに,2007年の Longman Advanced American Dictionary, 2nd ed.,2009年 Longman Dictionary of Contemporary English, 5th ed. など売れ筋辞書でも AWL が考慮されている ( Dohi et al., p. 174 ) .Macmillan, Collins COBUILD 系でも同様である.目下の AWL の評価は Dohi et al. によると以下の通りである.

It remains to be seen whether Coxhead's AWL will continue to be used, will be revised or replaced in future advanced learners' dictionaries, because not all scholars concur with her AWL. . . . The AWL could be regarded for the time being as "a quick reference" for academic vocabulary until more research bears fruit . . . . (100)


 関連して The AWL Highlighter なるツールがあり,ここに英文テキストを入れると,AWL 語彙をハイライトしてくれる.私が最近書いた英語論文のイントロ部の1235語で試してみたら,Sublist 10 までのレベルで128語がハイライトされた.これは全体の10.36%であり,academic 度は合格か!?

  ・ Dohi, Kazuo, Tetsuo Osada, Atsuko Shimizu, Yukiyoshi Asada, Rumi Takahashi, and Takashi Kanazashi. "An Analysis of Longman Dictionary of Contemporary English, Fifth Edition." Lexicon 40 (2010): 85--187.

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