hellog〜英語史ブログ

#728. 世界語が世界に与える影響[global_language][elf]

2011-04-25

 いうまでもなく,英語は世界語 (a global language or world language) あるいはリンガ・フランカ (a lingua franca) と称される一級の言語の1つである.人類史上,これほど多くの場所でこれほど多くの人に話されている言語はなかった.現代世界でもっとも通用度の高い言語であり,事実上 "the global language" と定冠詞をつけて呼ばれたとしても,多くの日本人にとって違和感がないだろう.しかし,世界語としての現代英語を論じる際には,不定冠詞で "a global language" あるいは複数形の環境で "one of the global languages" として用いるのが適切である.
 多くの言語学者が英語を「世界語の1つ」と控えめに表現しているが,1つには勝利主義的な英語観の含意を避けるという目的がある.もっと具体的にいえば,反英語論者を意識して中立的な言葉遣いを選んでいるとも考えられる.言語(特に世界語としての英語)を語る際には必然的になにがしかの政治的スタンスを伴わざるを得ないが,その政治的含意をなるべく少なくするための(それ自体がある意味で政治的な)レトリックの1つとみなすことができる.
 しかし,それ以上に「世界語の1つ」という表現には学問的な謙虚さが感じられる.過去にも現在にも,程度の差はあれ「世界語」と呼びうる言語は複数あった.将来も,同じように複数の世界語の存在する可能性がある.世界語としての英語の性質を理解するためには,他の世界語の性質と比較対照し,異同を取ることが必要である.世界語としての英語の研究は,是非とも "global languages" という pluralist な文脈でなされなければならない.
 英語ならずとも世界語の立場にある言語は,およそ似たような影響を世界に及ぼすだろうと仮定できる.Crystal, The English Language 10--11 を参考に,現在,世界語としての英語が世界に及ぼしている影響のいくつかを指摘したい.

 (1) 世界語は未曾有の詳細さをもって学習され,研究される.その結果として,規範的な文法書や辞書が書かれ,語学教育や語学施設が充実し,言語研究が発展する.
 (2) 世界語(やその他の言語)に対する人々の意識が高まり,言語に関する書籍や雑誌,ラジオ番組やテレビ番組を通じて,世界が言語的に啓発される.
 (3) 世界語(やその他の言語)に対する意識が高まり,言語的に啓発される一方で,人々は逆に言語の問題について批判的で心配性になる.言語変化を言語の堕落とみなして不安を覚えたり,他の言語や変種に対して排他的で不寛容な態度が生じることもある.

 世界語の潜在的な影響は,他にもいくつか指摘できる.

 ・ 当然のことながら,世界語は世界のコミュニケーションを容易にし,活発にする
 ・ 世界語の学習に取り残された者が "linguistic divide" の社会的不利や差別に苦しむということも生じるかもしれない
 ・ 世界語の圧力により,少数言語の消滅する傾向が加速される(ただし,これには異論もある.例えば Crystal, English as a Global Language 20--25 を参照.)
 ・ 世界語の変種(ピジン語やクレオール語も含む)が各地に生まれ,次第に互いに理解不能の言語へと分かれてゆく

 上記の項目の多くが,かつての世界語の1つであるラテン語にも当てはまるだろう.「世界」の規模は,現代の世界語である英語と異なるが,世界語の立場にある言語がもつ影響力には,共通の特徴があることが分かる.しかし,現代における重要な問題は,英語に特有の特徴が何か,である.その答えを知るためには,過去そして現在の他の世界語(の候補)との比較対照が欠かせない.
 ELF (English as a Lingua Franca) については,elf の各記事で取り上げてきたが,特に以下の記事を参照.

 ・ #177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト: [2009-10-21-1]
 ・ #272. 国際語としての英語の話者を区分する新しいモデル: [2010-01-24-1]
 ・ #372. 国際語としての英語の趨勢についての気になる事実(2005年版): [2010-05-04-1]
 ・ #376. 世界における英語の広がりを地図でみる: [2010-05-08-1]

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
 ・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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#375. 主要 ENL,ESL 国の人口増加率[statistics][demography][elf][future_of_english]

2010-05-07

 ELF ( English as a Lingua Franca ) あるいは EIL ( English as an International Language ) としての英語の現状と未来を考えるうえで,人口統計は重要な示唆を与えてくれる.Crystal (71) では,2001年における人口統計により主要な ENL 国と ESL 国の人口および直近5年間の人口増加率が示され,前者が減少し後者が増加するという構図が鮮明に浮かび上がった.単純化していえば,英語母語話者の人口が減る一方で英語非母語話者の人口が増えているということであり,今後もこの傾向が続いてゆくとなると,[2009-10-17-1]で示した英語話者の分布において ENL 比率(円グラフの黄色部分)がますます圧迫されてゆくということになる.従来より規範的な変種として認められてきた British English や American English のブランドが,はたしてこの数的な圧迫のもとで今後も維持されてゆくのかどうか.英語の未来にかかわるエキサイティングな問題である.
 Crystal の示した統計はすでに古くなったので,今回は最新版の統計を用いて Crystal と同様の表を作成してみた.ENS 国,ESL 国の詳しいリストは[2009-10-21-1]に掲げたとおりだが,今回は主要国に限った.ENS 国については7カ国(参考までに日本も加えた),ESL 国については原則として2010年年央時において人口2000万人を超える国を対象とした.統計値の典拠は UN, World Population Prospects: The 2008 Revision Population Database だが,これに基づいて作成された便利な表が国立社会保障・人口問題研究所のページから入手できたので,主にこれを利用した.人口の単位は1000人.人口増加率の読み方は,一年間に人口が1%ずつ増加する国は70年後には人口がほぼ2倍になる.

ENL countriespopulation (2010)population growth rate (2005-2010) (%)
USA317,6410.96
UK61,8990.54
South Africa50,4920.98
Canada33,8900.96
Australia21,5121.07
Ireland4,5891.83
New Zealand4,3030.92
Japan (for reference)126,995-0.07

ESL countriespopulation (2010)population growth rate (2005-2010) (%)
India1,214,4641.43
Pakistan184,7532.16
Bangladesh164,4251.42
Nigeria158,2592.33
the Philippines93,6171.82
Egypt84,4741.81
Tanzania45,0402.88
Kenya40,8632.64
Uganda33,7963.27
Nepal29,8531.85
Malaysia27,9141.71
Ghana24,3332.09
Sri Lanka20,4100.88


 ENL 国はいわゆる先進国なので,今後,人口は伸び悩む.一方,ESL 国には開発途上国が多いので,2%を超える増加率も珍しくない.とりわけインド亜大陸の爆発力がものすごいことは,今後の英語の行方に影響を与える可能性が高い ( see [2009-10-07-1] ).

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#759. 21世紀の世界人口の国連予測[demography][statistics][elf]

2011-05-26

 2011年5月3日付けで国連の World Population Prospects: The 2010 Revision が公表された.プレスリリースのPDFはこちら
 これによると,世界人口は今年10月末までに70億人に達し,2050年には93億人,2100年には101億人に達するとされる.人口を押し上げる主因は高い出生率を示す国々で,これにはアフリカの39カ国,アジアの9カ国,オセアニアの6カ国,ラテンアメリカの4カ国が含まれるという.
 主な国の数値を示すと,日本の人口は2010年の1億2600万人から2100年には約9130万人へ減少.中国の人口は1925年の約13億9500万人をピークに,2100年には約9億4100万人へ減少.インドの人口は,1925年に中国を追い抜き,1960年には17億1796万人に達し,2100年には約15億5000万人へ減少.
 大規模な人口統計予測には多くの前提が含まれている.例えば,プレスリリースの標題にもあるように "if Fertility in all Countries Converges to Replacement Level" という前提がある.したがって解釈には注意を要するが,英語話者人口を推計する上でも,このような統計値は最重要である.[2010-05-07-1]の記事「主要 ENL,ESL 国の人口増加率」で取り上げた主要ENL国(7カ国;参考として日本を追加)とESL国(13カ国)について,2100年までの人口推移( medium variant に基づく)をグラフ化してみた.

Population Shift in ENL Countries and Japan
Population Shift in ESL Countries


 ENL国はアメリカを除いて今世紀は低迷の予測だ.一方,ESL国は今世紀半ばにかけて伸長著しく,後半も衰えにくい.インドは突き抜けており,ナイジェリア,パキスタン,タンザニアの勢いも目を見張るものがある.
 国別の人口予測をもとに未来の英語話者の人口予測をすることは単純な作業ではないが,少なくともESL国の人口爆発力が具体的な予測に基づいて視覚的に確認されたとはいえるだろう.
 英語話者人口については,[2010-06-28-1], [2010-06-15-1], [2010-05-29-1]の記事も参照.

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#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト[elf][esl][enl]

2009-10-21

 [2009-10-17-1]で,英語話者人口の内訳を ENL, ESL, EFL の三区分で見た.今日は,各区分の話者人口ではなく,各区分を体現する世界の地域の数に注目してみたい.
 以下の地域名リストは,主に ENL 人口を擁する地域を (1),主に ESL 人口を擁する地域を (2),主に EFL 人口を擁する地域を (3) として分類したものである.(1) については,事実上ライバル言語のない地域を (1a),主要なライバル言語が一つあるいは二つ以上存在する地域を (2a) としてある.また,(3) については,英語を教育のなかで外国語として習得されているものの,社会における英語の使われ方が広まってきており,事実上 ESL 地域とみなしてもよい地域を (3a) として,それ以外の通常の EFL 地域を (3b) としてある.いずれも1998年出版の McArthur のリストに拠っているため,必ずしも最新の情報ではないことを断っておく.リストをこうして電子化しておけば再利用が可能かと思っての掲載.

(1a) The ENL territories without major competition (30 territories)

Anguilla, Antigua and Barbuda, Ascension (Island), Australia, Bahamas, Barbados, Bermuda, British Indian Ocean Territory (BIOT), the Cayman Islands, Dominica, England (UK), the Falkland Islands, Grenada, Guyana, Hawaii, Liberia, Jamaica, the Irish Republic, the Isle of Man, Montserrat, New Zealand, Northern Ireland (UK), Saint Christopher and Nevis, Saint Helena, Saint Lucia, Saint Vincent and the Grenadines, Scotland (UK), the Turks and Caicos Islands, Trinidad and Tobago, Tristan da Cunha, the United States, the Virgin Islands (US), the Virgin Islands (British)


(1b) The ENL territories with one or more other major languages (6 territories)

Belize (also Spanish), Canada (also French), the Channel Islands (also French), Gibraltar (also Spanish), South Africa (also Afrikaans, Xhosa, Zulu, and other major local languages), Wales (UK: also Welsh)


(2) The ESL territories (57 territories)

Bahrain, Bangladesh, Belau, Bhutan, Botswana, Brunei, Cameroon, the Cook Islands, Costa Rica, Egypt, the Federated States of Micronesia (FSM), Fiji, Gambia, Ghana, Hong Kong, India, Israel, Jordan, Kenya, Kiribati, Lebanon, Lesotho, Malaysia, Malawi, the Maldives, Malta, the Marshall Islands, Mauritius, Namibia, Nauru, Nepal, Nigeria, the Northern Marianas, Oman, Panama, Puerto Rico, Pakistan, Papua New Guinea, the Philippines, Qatar, Rwanda, Seychelles, Sierra Leone, Singapore, the Solomon Islands, Sri Lanka, Surinam, Swaziland, Tanzania, Tonga, Tuvalu, Uganda, Vanuatu, American Samoa, Western Samoa, Zambia, Zimbabwe


(3a) The EFL territories with English a virtual second language (17 territories)

Argentina, Belgium, Burma/Myanmar, Denmark, Ethiopia, the Faeroe Islands, Honduras, Kuwait, the Netherlands, the Netherlands Antilles, Nicaragua, Norway, Somalia, Sudan, Sweden, Switzerland, the United Arab Emirates


(3b) The EFL territories with English learned as the global lingua franca (the rest of the world) (122 territories)

Afghanistan, Albania, Algeria, Andorra, Angola, Armenia, Aruba, Austria, Azerbaijan, the Azores, the Balearic Islands, Belarus, Benin, Bolivia, Bosnia-Herzegovina, Brazil, Bulgaria, Burkina Faso, Burundi, Cambodia, the Canary Islands, Cape Verde, Central African Republic, Chad, Chile, China, Colombia, the Comoros Islands, Congo, Croatia, Cuba, Cyprus, the Czech Republic, Djibouti, the Dominican Republic, Ecuador, El Salvador, Equatorial Guinea, Estonia, Finland, France, French Guiana, French Polynesia, Gabon, Georgia, Germany, Goa, Greece, Greenland, Guadeloupe, Guatemala, Guinea, Guinea-Bissau, Haiti, Hungary, Iceland, Indonesia, Iran, Iraq, Italy, the Ivory Coast, Japan, Kazakhstan, Kirghizia, Korea (North), Korea (South), Laos, Latvia, Libya, Liechtenstein, Lithuania, Luxembourg, Macau, Macedonia, Madagascar, Madeira, Mali, Martinique, Mauritania, Mexico, Moldavia, Monaco, Mongolia, Morocco, Mozambique, New Caledonia, Niger, Paraguay, Peru, Poland, Pondicherry, Portugal, Réunion, Romania, Russia, Saint Pierre et Miquelon, San Marino, Sao Tomé and Principé, Saudi Arabia, Senegal, Slovakia, Slovenia, Spain, Syria, Taiwan, Tajikistan, Thailand, Timor, Togo, Tunisia, Turkey, Turkmenistan, Ukraine, Uruguay, Uzbekistan, the Vatican City, Venezuela, Vietnam, the Wallis and Futuna Islands, Yemen, Yugoslavia, Zaire


 以上,合計232地域.

 ・ McArthur, Tom. The English Languages. Cambridge: CUP, 1998. 53--54.

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#270. 世界の言語の数はなぜ正確に把握できないか[statistics][world_languages][language_or_dialect]

2010-01-22

 世界に言語はいくつあるか? 論者によって3,000という数から10,000という数まで様々で,一定しない.だが,複数の論者の平均値としてもっともよく耳にする数が,6,000前後である.
 だが,なぜ論者によって数値が違うのだろうか.言語は客観的に数えられないものなのだろうか.Crystal は世界の言語の数を正確に把握できない理由を5点挙げている (3--5).

 (1) そもそも世界規模の調査が少ない.確かに20世紀後半からは Ethnologue などいくつかの機関が世界的な調査をおこなっているが,こうした試み自体が比較的新しいものであり,世界言語統計は始まったばかりというべきである.
 (2) 多くの論者は上記の調査が不完全であることを知っているために,言語数を任意に切り上げたり切り下げたりしがちである.
 (3) 消滅する言語の数とそれらが消滅する速度を正確に把握できない.
 (4) 新たに発見される言語の数と発見の頻度を正確に把握できない.(もっとも,発見される「新言語」によって世界の言語数が劇的に増えるとは考えにくいので,影響は僅少だろうが.)
 (5) ある変種を「言語」 ( language ) とみるか,ある言語の「方言」 ( dialect ) とみるかについて,明確な基準がない.

 昨今,世界規模の調査も進められてきており,(1) から (4) の問題点については改善されてゆくだろう.だが,(5) は社会言語学上の古典的な問題であり,解決の糸口がない.
 例えば,1990年には Serbo-Croatian という一言語だったものが現在では Serbian, Croatian, Bosnian と三言語に分裂している.言語が変わったわけではなく,旧ユーゴスラビアが政治的に分裂したがゆえの事態である.
 同じように,英語が今後ますます多様化してゆくことを考えると,Indian English, Singapore English, Caribbean English などはすべて English から独立した別の言語として数えられるようになるかもしれない.
 数えるって難しい.

 ・Crystal, David. Language Death. Cambridge: CUP, 2000.

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#274. 言語数と話者数[statistics][world_languages][language_death][demography]

2010-01-26

 [2010-01-22-1]で世界の言語の数を話題にした.今回は,言語数と各言語の母語話者数との関係を考えてみる.
 以下の表は,世界に約6000言語が存在すると仮定し,その母語話者数との関係を一覧にしたものである.これは,1999年版の Ethnologue を参考に,Crystal がまとめたものである (14--15).

Population of Native SpeakersNumber of Languages%Cumulative downwards %Cumulative upwards %
more than 100 million80.13 99.9
10--99.9 million721.21.399.8
1--9.9 million2393.95.298.6
100,000--999,99979513.118.394.7
10,000--99,9991,60526.544.881.6
1,000--9,9991,78229.474.255.1
100--9991,07517.791.925.7
10--993025.096.98.0
1--91813.099.9 


 この表あるいはこの表の背後にある事実から明らかなことは,第一言語に関する限り,ごく少数の言語が世界の人口の大部分をまかなっているということである.母語話者が1億人を超える言語は Mandarin (Chinese), Spanish, English, Bengali, Hindi, Portuguese, Russian, Japanese のわずか8言語に過ぎず,これだけで実に世界人口の4割ほど(24億人)がまかなわれているという.トップ20までの言語を考えると,それだけで世界人口の半分以上を占めるというから驚きである.
 さらに象徴的な数字を示せば,世界の言語の4%が世界人口の96%を覆っているという.逆にいうと,世界の言語の96%が世界人口の4%に相当する数の話者にしか母語として使用されていないことになる.より具体的にいうと,一番右の列の数値をみれば,世界の言語の約25%が千人未満しか母語話者をもたず,世界の言語の半数以上が一万人未満しか母語話者をもたないことがわかる.世界の言語と母語話者の数は,まさにピラミッド状の分布を示すのである.
 ピラミッドの中部以下に属する大多数の言語が消滅の危機にあることは明らかである.消滅の速度については様々な予想がなされているが,今後100年で世界の言語の半数が失われるだろうという推計がよく聞かれる (Crystal 19).この推計に基づいて簡単な算数をおこなうと,およそ12日に1言語の割合で消失が進んでいることになる.

 ・Crystal, David. Language Death. Cambridge: CUP, 2000.

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#277. なぜ言語の消滅を気にするのか[language_death]

2010-01-29

 [2010-01-26-1], [2010-01-28-1]で,Crystal の著書を参照しつつ絶滅に瀕した言語について話題にした.Crystal は英語学や言語学の researcher かつ populariser として,言語に関する数々の著書を世に送り出している.Language Death はとりわけ啓蒙的かつ社会的なインパクトを図って書かれた本で,他書にも見受けられるように,著者の言語にかける熱さが随所に表れている.
 "Why should we care if a language dies?" という質問に対して,Crystal は第2章で五つの解答を用意している.

 (1) Because we need diversity
 (2) Because languages express identity
 (3) Because languages are repositories of history
 (4) Because languages contribute to the sum of human knowledge
 (5) Because languages are interesting in themselves

 Crystal の「解答」を読む前に私が特に考えていたのは,(3) と (4) だった.しかし,その他の3点についても全面的に同意する.詳しくは Crystal の個々の解説を参照されたい.
 ほかに私ならこんな理由も加えるだろうかと思いついた点を挙げてみる.言語研究にたずさわる者として,というよりはかなり個人的な意見だが.

 ・異なった言語で交流すること自体が楽しいと思える者にとって,その可能性が一つでも多いほうがよいから.学生時代に50カ国以上をバックパッキングして歩いた経験からして,挨拶や値段交渉だけでも現地語で交わせると楽しいし,互いに気持ちがよい.
 ・自分の肩入れしている言語(母語や学習中の言語など)を相対的に眺めるには,(実際に比較するかどうかは別として)比較対象が多いほうがよいから.
 ・「虹」の比較語源学 ([2009-05-10-1]) で触れたように,言語間比較は手軽で効果的な発想の源泉となりうるから.

 ・Crystal, David. Language Death. Cambridge: CUP, 2000.

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#280. 危機に瀕した言語に関連するサイト[language_death][link][linguistic_right]

2010-02-01

 ここ数日の記事で取り上げてきた "endangered languages" の話題に関連して,Web上では複数の機関が情報を提供している.以下は,主だったサイトへのリンク集.

Committee on Endangered Languages and Their Preservation (CELP)
Endangered Language Fund
Ethnologue
European Bureau for Lesser-Used Languages (EBLUL)
Foundation For Endangered Languages
Gesellschaft für bedrohte Sprachen (GBS)
The Society for the Study of the Indigenous Languages of the Americas
Terralingua: Unity in Biocultural Diversity
The International Clearing House for Endangered Languages (←東京大学内の機関.日本語版はこちら)(2010/09/10(Fri)現在,両ページともリンク切れ)
UNESCO Culture Sector - Intangible Heritage - 2003 Convention: Safeguarding endangered languages
Universal Declaration of linguistic rights

 危機に瀕した言語を復興させるための知識と知恵を蓄積するこの分野はいまだ定着した名称は与えられていないが,この20年足らずのあいだに世界中で少しずつ関心が高まってきたことは事実のようである.ちなみに,Crystal は "preventive linguistics",Matisoff は "perilinguistics" と呼んでいる (Crystal 93).
 上記,東京大学の The International Clearing House for Endangered Languages は,世界のなかでも比較的早い1995年に立ち上がった危機言語に関連する機関である.(2010/09/10(Fri)現在,リンク切れ)

 ・ Crystal, David. Language Death. Cambridge: CUP, 2000.

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#397. 母語話者数による世界トップ25言語[statistics][world_languages][demography]

2010-05-29

 このブログでも何度も参照している Ethnologue の16版が2009年に出版された.オンライン版の Ethnologue で世界の言語にまつわる様々な数値を眺めていたら,英語の母語話者人口について新事実に出くわした.Table 3. Languages with at least 3 million first-language speakers によると,英語はスペイン語に僅差で追い越され,2位から3位に転落していたのである.すっかり見逃していた.
 以下は上記のページから取った上位25位までの言語のデータを見やすくまとめたもの.右隅の列には,1996年出版の Ethnologue 13版に基づく数値を比較のために添えた( Graddol, p. 8 から埋められた部分のみ).Hindi については,Hindi と Urdu を一つとして扱った場合の数値をかっこ内に示した.

RankLanguagePrimary CountryCountriesSpeakers (16th ed, 2009)(13th ed, 1996)
1ChineseChina311,213 million1,123
2SpanishSpain44329266
3EnglishUnited Kingdom112328322
4ArabicSaudi Arabia57221202
5HindiIndia20182 (242.6 with Urdu)(236 with Urdu)
6BengaliBangladesh10181189
7PortuguesePortugal37178170
8RussianRussian Federation33144288
9JapaneseJapan25122125
10GermanGermany4390.398
11JavaneseIndonesia584.6 
12LahndaPakistan878.3 
13TeluguIndia1069.8 
14VietnameseViet Nam2368.6 
15MarathiIndia568.1 
16FrenchFrance6067.872
17KoreanSouth Korea3366.3 
18TamilIndia1765.7 
19ItalianItaly3461.763
20UrduPakistan2360.6 
21TurkishTurkey3650.8 
22GujaratiIndia2046.5 
23PolishPoland2340.0 
24MalayMalaysia1439.147
25BhojpuriIndia338.5 


 この十数年の間で,トップを走っていた中国語と英語の母語話者数の伸び率は少ないが,4位につけていたスペイン語の伸び率は24%近くになる.一方,十数年前には3位につけていたロシア語が激減した.(ただし,これについては数え方の問題があるようで,別の独立した統計によれば当時のロシア語の母語話者数は 155 million ということだった.Ethnologue の 288 million とは著しい差である.)日本語はなんとかトップ10以内の座を守っているが,ヨーロッパの主要語とされるドイツ語やフランス語は低迷気味だ.
 爆発的な影響力を誇るのはインドの言語である.Hindi を筆頭に,Telugu, Marathi, Tamil, Gujarati, Bhojpuri がトップ25位に入っている.トップ50位までに,主としてインドで行われている言語が14も入っているのだから驚きだ.Bengali や Lahnda などを合わせるとインド亜大陸の猛威を感じざるを得ない.
 使用されている国の数でいうと,英語が群を抜いている.母語話者の数値だけでは表現されない実力があるということだろう.同様に,非母語話者の数を加えて評価すれば,相当に見栄えの異なるランキング表になるだろう.
 英語使用国の人口増加率については[2010-05-07-1]を参照.

 ・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm

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#398. 印欧語族は世界人口の半分近くを占める[indo-european][world_languages][statistics][demography]

2010-05-30

 印欧語族 ([2009-06-17-1]) は世界最大の語族であり,世界最大の母語話者人口を誇っている.他書(何だったか失念)では印欧語族は世界の 1/4 を占めると記されており,私もその概数をそのまま信じて本ブログでも [2009-08-05-1] で言及したことがあった.ところが EthnologueTable 4. Major language families of the world によると相当に異なる数値が提示されている.印欧語族に属する諸言語は,世界人口の 45.67% に相当する27億余りの人々によって話されているという.1/4 どころかほぼ半数であり,大きな違いだ.人口統計は様々な前提・仮定の上ではじき出されるものなのでなかなか評価が難しいが,Ethnologue に基づく限り,2位のシナ・チベット語族 ( Sino-Tibetan ) の人口 12.5 億人を大きく引き離してのトップである.昨日の記事[2010-05-29-1]でまとめた母語話者数による言語のランキング表でも,トップ10言語のなかで7言語までが印欧語族に属するので,世界における影響力が知れよう.
 Ethnologue の Summary by language family によると,世界の言語は116の語族 ( language family ) に分かれ,そのなかの主要6語族のみで世界の言語の 2/3 を占め,世界の人口の 5/6 を占めるという.
 また,Ethnologue の Indo-European の区分 では,印欧語族を Albanian, Armenian, Baltic, Celtic, Germanic, Greek, Indo-Iranian, Italic, Slavic の9語派に下位分類していることがわかる.

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