hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 / page 2 (2)

euphemism - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-12 07:24

2013-06-02 Sun

#1497. taboo が言語学的な話題となる理由 (2) [taboo][sociolinguistics][euphemism][map][glottochronology]

 「#1483. taboo が言語学的な話題となる理由」 ([2013-05-19-1]) に引き続いての話題.北米の西海岸,California から Alaska にかけての地域では,先住民による Salish 諸語が話されている(Ethnologueによる言語地図を参照 *).そのなかに,ワシントン州西部の the Hood Canal 地域で話されている Twana 語という言語がある.この言語(および少ない証拠が示すところによれば近隣の海岸部の他の Salish 系言語)では,世界の諸文化にしばしば見られるように,死者の名前に関しての taboo がある.Twana の人名には,幼名・あだ名と成人名が区別されるが,taboo が適用されるのは成人名のみである.成人名は持ち主が死ぬと taboo となり,親族の別の一員がその成人名を採用するまで効力が持続する.
 ところが,Twana には死者の成人名の taboo と関連して,もう1つの2次的な taboo が生じうる.とりわけ死者が身分の高い家系の者であるとき,遺族は,その成人名と音声的に類似する別の語の使用を禁忌することを公言する機会をもつのだ.それは,葬式の後しばらくたった後に,村人たちを招いての宴会儀式の形を取る.その儀式では,贈り物を渡すなどしたあと,taboo となるべき語が発表され,その代替語が提案されるのである.
 この2次的な taboo は,儀式に招かれた客の全員に適用されるほか,死者や遺族の社会的な地位に応じて,さらに広い共同体へ広がる可能性がある.海岸部の Salish 諸語は言語的に互いに不均質であり,細切れした様相を帯びているといわれるが,これは taboo に基づく語彙交替が毎回異なる範囲で適用されるからではないかとも考えられている.
 具体例を1つ挙げると,1860年代に生まれた Twana 話者によれば,xa'twas という名の男性が死んだ後,儀式が開かれて xa'txat (mallard duck) が taboo となり,代替語として hɔ'hɔbšəd (red foot) が用いられるようになったという.この語彙交替はほぼ完全であり,1940年にはもともとの xa'txat はほとんどの話者に忘れ去られていたという(この点で,[2012-12-25-1]の記事「#1338. タブーの逆説」で例示した頑迷な taboo とは異なる).代替語は上述の "red foot" のように派生や複合による記述的な表現となることが多く,Twana には一般名詞で複数の要素に分析できるものが少なくないことから,これらの名詞も taboo とそれに伴う言い換えにより定着したものである可能性が高い.
 この Twana の taboo のもつ言語学的な意義は,[2013-05-19-1]でも述べたように,語彙交替を伴うという点だ.新しい語が導入され,古い語は忘れ去られる.このことは,Swadesh の提案した「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1]) の手法の正当性に大きな疑問を投げかける.Swadesh は,長い期間で見ると語彙交替は一定の速度で起こるということを計算の前提としているが,Twana のように語彙交替が文化の装置として機能している場合には,その前提は成り立たないはずである.実際,Swadesh は細切れな Salish 諸語の語彙を言語年代学の手法で分析したが,そこで出された諸言語間の分岐年代は不当に時間を遡りすぎている可能性が高い.Twana のような独特な taboo 文化は確かに稀だろうが,言語における一定速度の語彙交替という前提を真剣に疑うべき理由にはなる.
 以上,Elmendorf を参照して執筆した.

 ・ Elmendorf, W. W. "Word Taboo and Lexical Change in Coast Salish." International Journal of American Linguistics 17 (1951): 205--08.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-05-19 Sun

#1483. taboo が言語学的な話題となる理由 [taboo][sociolinguistics][sign][euphemism]

 taboo (禁忌)は,ある社会において規定された「べからず集」であり,慣習,振る舞い,言葉遣いにかかわるものである.言葉としてのタブーは,慣習や振る舞いとしてのタブーと同列あるいは延長と考えられ,言語学の話題としてはあくまで周辺的なものと捉えられるかもしれない.しかし,言葉としてのタブーは,一般に思われている以上に言語学的な現象である.
 まず,言葉としてのタブーは,言語記号 (signe) の形をとっている.忌避されるのは,signifiant と signifié の結束した記号そのものであるということだ.例えば,タブー視されやすい意味領域として性(交)があるが,英語では,それについて話題にすることはタブーではないし,intercourse などの語を口にすることもタブーではない.ところが,通常 f---ck は強く忌避される.タブーは signifié のみが問題なのではなく,それと signifiant が分かちがたく結びついた signe という単位にかかわる問題,すなわちすぐれて言語的な現象であることがわかる.
 次に,ある語がタブーになると,婉曲的な代替語が用いられることが多いという事実がある.語彙的な drag chain とでも呼べる現象だ.タブーは,新たな語の出現に貢献するという点で,確かに言語的なインパクトを有する言語的な現象ということになる.例えば,Papua New Guinea の Kabana 語では,義理の父など姻戚関係にある者の名前を口にすることはタブーとされている.一方,この言語文化において人名は典型的に通常の名詞である.すると,例えば姻戚関係にある者がある種の魚を表わす urae という語にちなんで Urae というという名をもつ場合,一般名詞としての urae をも口にすることができなくなってしまう.それでは不便なので,代わりにその魚を指示する語としてタロイモを意味する moi が用いられる,といった具合だ (Wardhaugh 249) .
 別の例としては,「#1362. なぜ言語には男女差があるのか --- タブー説」 ([2013-01-18-1]) で触れたズールー語 (Zulu) の例がある.ズールー語では,妻が義父とその兄弟の名前を呼ぶことは厳格なタブーであり,その名前に似た語や,その名前に含まれる特定の音をも忌避しなければならない.例えば,/z/ が忌避される音となると,amanzi (水)という語も忌避されねばならず,水を表わす代替語として amandabi などが用いられる (Trudgill 67) .
 これらの例は,その文化に属さない者にとっては実に具合の悪い不合理な慣習に思えるが,そもそもタブーという現象は,それぞれの文化に独自の思考に基づいた慣習であり,非科学的であることも多い.頭では非科学的とわかっていても,それを意図的に取り除くことは難しいのがタブーである.
 最後に,タブーの効果は言語をまたいで伝染することが知られている.北米先住民の Nootka 語を母語とする女性は,英語を話すときに such を使いたがらないという.理由は,Nootka 語ではそれが "vagina" を表わす語だからである (Trudgill 20) .同様に,Oklahoma 州の先住民によって行なわれている Creek 語の話者は,fákki (soil), apíswa (meat),apíssi (fat) などの発音が英語におけるタブー語を想起させるという理由で,避けたがるという (Wardhaugh 250) .
 タブーは,文化と言語の関係を考える上で,重要な話題である.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.
 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-04-12 Fri

#1446. 下品な語ではなかった fart [taboo][euphemism]

 「#1438. Sumer is icumen in」 ([2013-04-04-1]) で,中英語の有名な歌詞を紹介した.その8行目に uerteþ という動詞が現われる.

Bulluc sterteþ· bucke uerteþ


 ここでは「雄牛が跳びはね,雄鹿が屁をひる」という動物たちの春の喜びが表わされているのだが,対応する現代英語の fart は,今では下品で俗な語であり,通常は避けられる four-letter word である.例えば,手元にある OALD8 によれば,"[intransitive] (taboo, slang) to let air from the bowels come out through the anus, especially when it happens loudly" とあり,婉曲表現として "to break wind" を挙げている.他のどの学習者用英英辞書にも "impolite", "informal", "not polite", "rude", "very informal" などのレーベルが貼られており,OED でも "Not now in decent use" とある.
 しかし,"Not now" ということは,古くは必ずしもそうではなかったことを示唆する.確かに Sumer is icumen in のこの箇所で下品な歌詞を意図したとは読みにくく,むしろ対句として sterteþ に匹敵する健全な(?)威勢のよさを表わすものと読みたい(南部あるいは中部方言を示唆する語頭の有声音 /v/ も感じが出ていてよい).MED では ferten (v.) の初例がこの箇所となっており,名詞 fert (n.) の初出は1世紀半遅い14世紀末のことなので,本例は英語史上初の,輝かしい,かつ下品な含意をもたない fart の例ということになる.
 13世紀に初出した fart が,どの段階で下品な含意をもち始めたのかを知るためには,各時代における用例や分布を調査する必要があるだろう.Crystal (108) によれば,お上品な19世紀のヴィクトリア朝ではタブー視されていたということであるし,OED の用例では少なくとも17世紀に f---'t という伏せ字が1例見られる.
 HTOED (Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary) によれば,類義語の初出は以下の通り.fart (c1250), let (†let flee) a fart (14..), fist (c1440), †to let a scape (1549), to break wind (1552), †crepitate (1623), †crack (1653), poop (1689), roar (1897) .現在,最も普通の婉曲表現 to break wind は近代英語期になってからである.現代英語における類義語は,hyperdictionary 辺りをどうぞ.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2012-01-14 Sat

#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」 [intensifier][adverb][semantic_change][bleaching][euphemism][flat_adverb][thesaurus][synonym][swearword]

 [2012-01-12-1], [2012-01-13-1]の記事で,副詞としての very の起源と発達について見てきた.強意の副詞には,very の場合と同様に,本来は実質的な語義をもっていたが,それが徐々に失われ,単に程度の激しさを示すだけとなったものが少なくない.awfully, hugely, terribly などがそれである.意味変化の領域では,意味の漂白化 (bleaching) が起こっていると言われる.
 おもしろいのは,このような強意の副詞がいったん強意の意味を得ると,今度は使い続けれられるうちに,意味の弱化をきたすことが多いことである.ちょうど修辞的な慣用句が使い古されて陳腐になると,本来の修辞的効果が弱まるのと同じように,強意語もあまりに頻繁に用いられると本来の強意の効果が目減りしてしまうのである.
 効果の目減りということになれば,経済用語でいう「限界効用逓減の法則」 (the law of diminishing marginal utility) が関与してきそうだ.限界効用逓減の法則とは「ある財の消費量の増加につれて,その財を一単位追加することによる各個人の欲望満足(限界効用)の程度は徐々に減る」という法則である.卑近な例で言えば,ビールは1杯目はおいしいが,2杯目以降はおいしさが減るというのと原理は同じである(ただし,私個人としては2杯目だろうが3杯目だろうがビールは旨いと思う).強意語は,意味における限界効用逓減の法則を体現したものといえるだろう.
 さて,強意語から強意が失われると,意図する強意が確実に伝わるように,新たな強意語が必要となる.こうして,薄められた古い表現は死語となったり,場合によっては使用範囲を限定して,語彙に累々と積み重ねられてゆく一方で,強意のための語句が次から次へと新しく生まれることになる.この意味変化の永遠のサイクルは,婉曲表現 (euphemism) においても同様に見られるものである.
 では,新しい強意語はどこから湧いてくるのだろうか.婉曲表現の場合には,[2010-08-09-1]の記事「#469. euphemism の作り方」で見たように,そのソースは様々だが,強意語のソースとしては特に口語・俗語において flat adverb (##982,983,984) や swearword が目立つ.新しい強意語には誇張,奇抜,語勢が要求されるため,きびきびした flat adverb やショッキングな swearword が選ばれやすいのだろう.前者では awful, dead, exceeding, jolly, mighty, real, terrible, uncommon,後者では damn(ed), darn(ed), devilish, fucking, goddam, hellish などがある.
 HTOED (Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary) で強意副詞を調べてみると,この語群の移り変わりの激しさがよくわかる."the external world > relative properties > quantity or amount > greatness of quantity, amount, or degree > high or intense degree > greatly or very much [adverb]" とたどると,536語が登録されているというからものすごい.その下位区分で,very の synonym として分類されているものに限っても以下の47語がある.壮観.

full (c888), too (c888), well (c888), swith (971), right (?c1200), much (c1225), wella (c1275), wol(e (a1325), gainly (a1375), endly (c1410), very (1448), jolly (1549), veryvery (1649), good (a1655), strange (1667), bloody (1676), ever so (1690-2), real (1771), precious (1775), quarely (1805), trés (1819), freely (1820), powerful (a1822), heap (1832), almighty (1834), all-fired (1837), gradely (1850), hard (1850), heavens (1858), veddy (1859), some (1867), spanking (1886), socking (1896), hefty (1898), velly (1898), dirty (1920), oh-so (1922), snorting (1924), hellishing (1931), thumpingly (1948), mega (1968), mondo (1968), mucho (1978), seriously (1981), well (1986), way (1987), stonking (1990)

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2011-10-22 Sat

#908. bra, panties, nightie [shortening][euphemism][iconicity]

 残念ながら出典は失念したのだが,それを知って以来ずっと気になっていた現象がある.ファッション業界の性癖なのか陰謀なのか,衣服を表わす語には形態的な shortening を経ていたり,指小辞 (diminutive) を付加しているものが多いというものである.標題に挙げた bra (< brassiere), panties (< underpants), nightie (< nightdress) はその一部に過ぎないが,特に女性ものに多いように思われる.衣服を表わす語彙が全体的に女性ものに偏っているということはありそうであり,そのために衣服語の短縮傾向も女性ものに偏っているということなのかもしれない.Web3 の -ie 1b にも次のような記述がある.

--- in names of articles of feminine apparel <nightie> <pantie>


 ファッション業界は金の動く産業である.業界による商売戦略だろうかと勘ぐったが,それが成功するのであれば,他の業界も同じ技を利用するはずである.この謎に対して,最近読んでいた Foster (143) がなかなか説得力のある説明を与えてくれており,感心した.

A curious linguistic --- or psychological --- feature is that so many names of women's garments exist in a diminutive form (philologically, that is) ending in -ie, or -ies in the plural. Thus 'nightie', 'cammie' (a spoken form current up to the nineteen-twenties for 'camisole', enshrined in the compound 'cami-knickers'), and the unlovely 'combies', in addition to those incidentally mentioned above. The underlying and unconscious motive is possibly to lend an air of childish artlessness to words which are felt to have some element of taboo attached to them. Smallness in itself is of course supposed to be highly desirable by women in anything concerning their figures . . . .


 ここで提案されているのは,euphemism の作用と,物理的な小ささを望む欲求と言語的な小ささを望む欲求との iconicity の作用が働いているのではないかということである.前者については,[2010-08-09-1]の記事「#469. euphemism の作り方」の (7) を参照されたい.後者については,[2009-08-18-1]の記事「言語は世界を写し出す --- iconicity」を参照されたい.
 いずれにしても,「かわいらしさ」を追求していることは確かだろう.指小辞として -y ではなく -ie の綴字が用いられていることも,ことさらに「かわいらしさ」を演出しているように思える.ここでは,フランス語ゆずりの -e のもつ女性らしさが効いているのではないか.

 ・ Foster, Brian. The Changing English Language. London: Macmillan, 1968. Harmondsworth: Penguin, 1970.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-12-15 Wed

#597. starvestarvation [euphemism][semantic_change][hybrid][suffix][etymology]

 昨日の記事[2010-12-14-1]で古英語で「死ぬ」は steorfan ( > PDE starve ) だったことを話題にした.語源を探ると,案の定,この動詞自体が婉曲表現ともいえそうである.印欧祖語の語根 ( root ) としては *ster- "stiff" にさかのぼり,動詞としては「硬くなる」ほどの意味だったろうと想定される.
 したがって,starve の意味変化は当初から比喩的,婉曲的な方向を指し示していたということになる.一方,古英語から中英語にかけての意味変化は,昨日述べた通り特殊化 ( specialisation ) として言及される.餓死という特殊な死に方へと意味が限定されてゆくからだ.意味の特殊化の萌芽は,12世紀の starve of [with] hunger といった表現の出現に見いだすことができる.さらに,現代までに餓死とは関係なく単に「腹が減る」「飢えている,渇望している」といった意味へと弱化してきた.
 もう1つおもしろいのは,名詞形 starvation である.初出は1778年と新しいが,派生法がきわめて稀である.starve という本来語に,ロマンス語系の名詞接尾辞 -ation が付加している混種語 ( hybrid ) の例であり,実に珍しい.-ation では他に類例はあるだろうか? 基体の語源が不詳の(したがってもしかすると本来語かもしれない)例としては flirtation (1718年),botheration (1797年)がある.

Referrer (Inside): [2011-06-16-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-12-14 Tue

#596. die の謎 [euphemism][loan_word][old_norse][semantic_change][taboo]

 昨日の記事[2010-12-13-1]deathdead について話題にしたので,今日は動詞の die について.英語史ではよく知られているが,die という動詞は古英語には例証されていない.厳密にいえば古英語の最末期,12世紀前半に deȝen として初めて現われるが,事実上,中英語から現われ出した動詞といっていい.明らかに dēaþdēad と語源的,形態的な結びつきがあり,いやそれ以上にこれら派生語の語根ですらある動詞が,古英語期に知られていないというのは不自然に思われるのではないだろうか.
 古英語で「死ぬ」という意味はどんな動詞によって表わされていたかというと,steorfan である.形態的には後に starve へと発展する語である.古英語から中英語にかけては,この語が広く「死ぬ」一般の意味を表わしていた(現代ドイツ語の sterben 「死ぬ」と比較).
 広く受け入れられている説に従うと,英語は古英語後期から中英語初期にかけて,古ノルド語の動詞 deyja "die" を借用したとされている.英語で die が一般化してくると,古英語以来活躍してきた starve は徐々に「死ぬ」の意味では使われなくなり,「飢え死にする」へと意味を特殊化 ( specialisation; see [2009-09-01-1], [2010-08-13-1] ) することによって生きながらえることになった.
 英語における die の出現は,一般的には上記のように語られる.しかし,このストーリーには謎が多い.上でも触れたように,古英語期から形容詞と名詞では明らかに die の派生語を使っていながら,動詞の die そのものが現われないのは妙ではないか.「死ぬ」は多くの言語で婉曲表現 ( euphemism ) の主題となる典型例であることは確かだが,もし言語的タブー ( linguistic taboo ) であるのならば,なぜ形容詞と名詞は許されたのか.また,古英語でタブーであったとしても,中英語ではなぜ「解禁」されたのか.古英語のみならず他の西ゲルマン諸語や Gothic でも動詞形は早くから(弱変化化しながら)失われていったようだが,古ノルド語ではなぜ保存されていたのか(しかも強変化動詞のままで).
 話題が「死」だけに,謎めいたこと,変則的なことが多いということだろうか.古代日本語の「死ぬ」も「往ぬ」とともになにやら怪しげなナ行変格活用を示していた・・・.
 「英語話者は北欧語の助けなしでは die することができない」ことについては,[2010-04-02-1]の Jespersen の引用を参照.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-08-10 Tue

#470. toilet の豊富な婉曲表現 [euphemism][thesaurus][japanese][synonym]

 昨日の記事[2010-08-09-1]euphemism を紹介した.euphemism の典型例の1つに「トイレ」を表す1群の語句がある.英語に限らずおそらく多くの言語で「トイレ」は直接的に指すのがはばかられる語であり,間接的に指す表現が豊富に発達していると思われる.「トイレ」などの婉曲表現が豊富に発達するのは,直接性を和らげるために様々な方法で作り出された間接的な表現が,しばらく使用されていると再び直接性を帯びるようになってしまい,次なる間接的な表現が必要とされるからである.こうして,かつては間接的だった表現が半死半生のままに累々と語彙のなかに積み残されることになる.一般に,タブー語に対応する婉曲表現が豊富なのはこのような理由による.
 では,具体的に英語の toilet に相当する表現を見てみよう.複数の辞書や類義語辞典 ( thesaurus ) で調べて和集合を取ったところ,実に86の語句を収集することができた.壮観.

backhouse, basement, bathroom, bedpan, biffy, bog, can, carzey, chamber, chamber pot, chemical closet, chemical toilet, cloakroom, cloaks, closet, cludgie, comfort station, commode, convenience, conveniences, crapper, donagher, don(n)icker, dunny, earth closet, facilities, facility, gents, gutbucket, head, hopper, jakes, jerry, john, johnny, johnny house, jordan, kahsi, karzy, khaziv, ladies , ladies' room, latrine, lav, lavatory, lavvy, little boy's room, little girl's room, loo, lounge, men's room, middy, Mrs. Chan, necessary, outhouse, piss pot, piss-house, pisser, pot, potty, potty-chair, powder room, privy, public conveniences, relief station, restroom, shitter, shouse, stool, the smallest room, throne, throne room, throttle pit, thunder mug, thunder-bowl, thunderbox, toilet, toilet room, toilette, toot, urinal, washroom, Washroom, water closet, WC, women's room


 ただ,ここでは地域変種,使用域 ( register ),含蓄的意味 ( denotation ),トイレの種類の別などは考慮に入れず,フラットに並べただけなので使用上は要注意.(← 後記:denotation ではなく connotation の誤りでした.)
 日本語も同様に調べてみた.英語等からの借用語も含めて実に48の表現があり,同じく壮観.

浅草,隠所(いんじょ),ウオーター・クロゼット,ウオッシュルーム,お下(しも),お下屋敷,御手水(おちょうず),お手洗い,おトイレ,厠(かわや),勘考場(かんこうば),潅所(かんじょ),化粧室,後架(こうか),高野(こうや),御不浄,尿殿(しどの),ジョーン,西浄(せいちん),雪隠,洗面所,WC,手水所(ちょうずどころ),手水場,手洗い,手洗所,手洗場(てあらいば),トイレ,トイレット,トイレットルーム,東司(とうす),東浄(とうじょう,とうちん),トワレット,パウダールーム,憚(はばか)り,ひが場,尾閭(びりょ),不浄,不浄場(ば),屁厠(へがわ),便室(べんしつ) ,便所,メンズルーム,用場(ようば) ,ラバトリー,ルー,レストルーム,レディーズルーム

 いずれの言語の表現も,昨日の記事[2010-08-09-1]で示した様々な euphemism の作り方が適用されているようだ.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-08-09 Mon

#469. euphemism の作り方 [euphemism]

 言語使用において直接話題にしにくい内容がある.例えば,ある種の職業,体の部位,性,妊娠,出産,身体機能,病気,老齢,死は,直接口にするのがはばかられる状況が多い.人々がこれらの内容を直接的に指す表現を口にするのを避ける現象は,言語的な禁忌 ( linguistic taboo ) と呼ばれ,あらゆる言語に存在する.しかし,話題にすること自体は必ずしもタブーではなく,直接的でなく間接的に指す表現であれば,それを使用することが社会的に許容されるという状況も多い.このように間接的にやんわりと対象を指示する表現のことを婉曲語法 ( euphemism ) という.
 では,euphemism に備わっているという「間接性」はどのように作り出されるのだろうか.おそらく他言語とも比較されるだろうが,英語の場合の euphemism の作り方を列挙してみよう.以下は,Brinton and Arnovick, pp. 80--81 に基づいた分類.

(1) 一般化 ( generalization )
 より一般的な意味の表現で代用する.そのものを直接指すのではなく,そのものを含んだ全体を指すことになるので,きつさが消える.ex. growth for cancer, voiding for defecation or urination.

(2) 素性分解 ( splitting features )
 1語に詰められている2つ以上の意味素性を分解し,それらを組み合わせて新たな語句を作る方法.意味の因数分解.カプセル化された意味を分解して示すので,そのぶん直接性が薄れる.ex. ethnic cleansing for pogrom, genocide; pre-owned for used.

(3) 借用 ( borrowing words )
 特にラテン語やギリシャ語の形態素を用いた難解な語を利用する.受け取り側は「翻訳」の過程を経るので,それだけ間接的になる.ex. expire for die, perspire for sweat.

(4) 比喩的表現 ( figure of speech )
 隠喩 ( metaphor) や換喩 ( metonymy ) で暗に示す.ex. belly button for navel, in his cups for drunk.

(5) 意味転換 ( semantic shift )
 ある過程を指して関連する別の過程を指す.ex. sleep with for have sex with, go to the bathroom for defecate or urinate.

(6) 音声のゆがめ ( phonetic distortion )
 音声形態を変えて,直接性を薄める.ex. gosh for god, darn for damn.

(7) 指小表現 ( diminutives )
 指小辞 -y や重複 ( reduplication; see [2009-07-02-1] and [2010-01-21-1] ) を用いて「かわいく」する.ex. tummy for stomach, wee-wee for urination.

(8) 頭字語や頭文字略語 ( acronyms or initialisms )
 もとの表現が何だったか忘れられる例もあるくらい間接的になる.ex. TB for tuberculosis, SOB for son of a bitch.

 他に何かないかなと考えてみたが,"meta-euphemism" とでも呼べそうな例を思いついた.euphemism という語はそれ自体がイギリス俗語で「トイレ」を指す婉曲表現として使われる.この場合,"euphemism" という言語現象の一般的な名称でもって euphemism の代表例である「トイレ」という語に代えるということなので,euphemism の euphemism である."double euphemism" とか "super-euphemism" と呼んでもよさそうだ.

 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow