Beowulf は,古英語で書かれた最も長い叙事詩(3182行)であり,アングロサクソン時代から現存する最も重要な文学作品である.スカンディナヴィアの英雄 Beowulf はデンマークで怪物 Grendel を殺し,続けてその母をも殺した.Beowulf は後にスウェーデン南部で Geat 族の王となるが,年老いてから竜と戦い,戦死する.
この叙事詩は,古英語で scop と呼ばれた宮廷吟遊詩人により,ハープの演奏とともに吟じられたとされる.現存する唯一の写本(1731年の火事で損傷している)は1000年頃のものであり,2人の写字生の手になる.作者は不詳であり,いつ制作されたかについても確かなことは分かっていない.8世紀に成立したという説もあれば,11世紀という説もある.
冒頭の11行を Crystal (18) より,現代英語の対訳付きで以下に再現しよう.
1 HǷÆT ǷE GARDEna in ȝeardaȝum . Lo! we spear-Danes in days of old 2 þeodcyninȝa þrym ȝefrunon heard the glory of the tribal kings, 3 hu ða æþelinȝas ellen fremedon . how the princes did courageous deeds. 4 oft scyld scefing sceaþena þreatum Often Scyld Scefing from bands of enemies 5 monegū mæȝþum meodo setla ofteah from many tribes took away mead-benches, 6 eȝsode eorl[as] syððan ærest ƿearð terrified earl[s], since first he was 7 feasceaft funden he þæs frofre ȝebad found destitute. He met with comfort for that, 8 ƿeox under ƿolcum, ƿeorðmyndum þah, grew under the heavens, throve in honours 9 oðþ[æt] him æȝhƿylc þara ymbsittendra until each of the neighbours to him 10 ofer hronrade hyran scolde over the whale-road had to obey him, 11 ȝomban ȝyldan þ[æt] ƿæs ȝod cyninȝ. pay him tribute. That was a good king!
冒頭部分を含む写本画像 (Cotton MS Vitellius A XV, fol. 132r) は,こちらから閲覧できる.その他,以下のサイトも参照.
・ Cotton MS Vitellius A XV, Augustine of Hippo, Soliloquia; Marvels of the East; Beowulf; Judith, etc.: 写本画像を閲覧可能.
・ Beowulf: BL による物語と写本の解説.
・ Beowulf Readings: 古英語原文と「読み上げ」へのアクセスあり.
・ Beowulf Translation: 現代英語訳.
・ Diacritically-Marked Text of Beowulf facing a New Translation (with explanatory notes): 古英語原文と現代英語の対訳のパラレルテキスト.
・ Crystal, David. Evolving English: One Language, Many Voices. London: The British Library, 2010.
3月21日付で,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第3回の記事「なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」が公開されました.今回は,拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』の第2章「発音と綴字に関する素朴な疑問」で取り上げた話題と関連して,特に「母音の表記の仕方」に注目し,掘り下げて考えています.現代英語の母音(音声)と母音字(綴字)の関係が複雑であることに関して,音韻論や文字史の観点から論じています.この問題の背景には,実に3千年を優に超える歴史物語があるという驚愕の事実を味わってもらえればと思います.
以下に,第3回の記事と関連する本ブログ内の話題へのリンクを張っておきます.合わせてご参照ください.
・ 「#503. 現代英語の綴字は規則的か不規則的か」 ([2010-09-12-1])
・ 「#1024. 現代英語の綴字の不規則性あれこれ」 ([2012-02-15-1])
・ 「#2405. 綴字と発音の乖離 --- 英語綴字の不規則性の種類と歴史的要因の整理」 ([2015-11-27-1])
・ 「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1])
・ 「#2515. 母音音素と母音文字素の対応表」 ([2016-03-16-1])
・ 「#1826. ローマ字は母音の長短を直接示すことができない」 ([2014-04-27-1])
・ 「#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」 ([2015-01-18-1])
・ 「#1837. ローマ字とギリシア文字の字形の差異」 ([2014-05-08-1])
・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1])
・ 「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1])
昨日2月20日に,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第2回となる「なぜ3単現に -s を付けるのか? ――変種という視点から」が研究社のサイトにアップロードされました.3単現の -s に関しては,本ブログでも 3sp の各記事で書きためてきましたが,今回のものは「素朴な疑問」に答えるという趣旨でまとめたダイジェストとなっています.どうぞご覧ください.
連載記事のなかでは触れませんでしたが,3単現の -s の問題に歴史的に迫るには,(3人称)複数現在に付く語尾,つまり「複現」の屈折の問題も平行的に考える必要があります.その趣旨から,本ブログでは「複現」についても 3pp というカテゴリーのもとで様々に論じてきました.合わせてご参照ください.
また,今回の連載記事でも,拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』でも,詳しく取り上げませんでしたが,本来 -th をもっていた3単現語尾が初期近代英語期にかけて -s に置き換えられた経緯に関する問題があります.この問題も,英語史上,議論百出の興味深い問題です.議論を覗いてみたい方は,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]),「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 ([2014-05-28-1]),「#2141. 3単現の -th → -s の変化の概要」 ([2015-03-08-1]),「#2156. C16b--C17a の3単現の -th → -s の変化」 ([2015-03-23-1]) などをご覧ください.
昨日1月20日付けで,「現代英語を英語史の視点から考える」と題する連載記事を開始しました.昨年,研究社より出版された拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』の関連企画としての連載寄稿です.拙著との連係を図りつつ,内容についての補足や応用的な話題を提供してゆく予定です.月に一度のペースとなりますが,そちらも本ブログとともによろしくお願いします.
さて,初回の話題は,「ことばを通時的にみる 」とは?」 です.拙著の2.1.3 「共時的な説明と通時的な説明」で取り上げた問題を,詳しく,分かりやすく掘り下げました.具体例として,3.2節で扱った「なぜ *foots, *childs ではなく feet, children なのか?」という「不規則複数形」の事例を挙げています.共時的ではなく通時的な視点から言語を眺めてみると,これだけ見方が変わるのだ,ということを改めて主張しています.
通時態 (diachrony) と共時態 (synchrony) については,本ブログでもいろいろと考えてきましたが,今回の記事にとりわけ関連する点についてはこちらの記事群をご一読ください.
関連して,「#2764. 拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』が出版されました」 ([2016-11-20-1]) や「#2806. 『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』の関連企画」 ([2017-01-01-1]) の記事もご参照を.
明けましておめでとうございます.2017年も hellog を続けていきます.どうぞよろしくお願いします.
昨年後半に,本ブログの内容もおおいに取り込んだ拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』が出版されました.英語に関連する分野としては,一般にマイナーな領域とみられている「英語史」ですが,その存在意義を少しでも多くの方に知ってもらい,さらに欲をいえば,英語史を本格的に勉強してみたいという気持ちになってもらえればと思い,執筆しました.この執筆動機は本ブログの日々の執筆動機と完全に一致していますので,両者を合わせて読んでいただければと思います.
『はじめての英語史』の出版にともないコンパニオン・サイト を研究社のサイト内に設けており,少しずつコンテンツを増やしている最中です.補足資料のページでは,本書の各章節の話題に対応した本ブログ記事へのリンクを多く張っていますので,本ブログ読者にも関心をもってもらえるかと思います.こちらも今後リンクをどんどん加えていく予定です.
本書と同じ趣旨,似たテイストの「連載」記事も,今年から同コンパニオン・サイトで公開していく予定です.この連載企画は本書の延長という位置づけで,本書の補足や関連する話題を定期的に提供していくものです.早ければ数週間後には第1回が掲載されることになりますが,そちらもよろしくお願いいたします.関連して,「#2764. 拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』が出版されました」 ([2016-11-20-1]) もご参照ください.
では,酉年が良い年になりますように!
Merry Christmas! ということで,軽めの話題を.数年前のことだが,英語の語源や故事成語に関する豆知識をカード化した Orijinz という教材(?)を買ったことがある.商品サイトにメールアドレスを登録していたらしく,先日 Orijinz Quiz という HP へのリンクが送られてきた.クイズが数問あり,こちらに解答が書かれていた.
そのなかの2問はすでに本ブログでも扱っている話題である.1つは「#2771. by and large」 ([2016-11-27-1]) で扱ったばかりの話題であり,別の1つは「#1767. 固有名詞→普通名詞→人称代名詞の一部と変化してきた guy」 ([2014-02-27-1]) の話である.
拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』が,研究社より出版されました.主として本ブログの記事を元にして執筆しているので,普段ブログを読んでいただいている方には関心をもってもらえるのではないかと思っています.英語学習者が一度は抱くはずの「素朴な疑問」に徹底的にこだわって書きました.
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・ 堀田隆一(ほったりゅういち) 『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』 研究社,2016年.206頁.ISBN: 978-4327401689.定価2200円(税別). ・ 本書のコンパニオン・サイトもご覧ください. ・ 本書は,Amazon.co.jp 等のオンライン書店でも購入可能です. |
表題の2つの書は,英語史上大きな影響力をもった,初期近代英語で書かれた文献である.いつぞやか大英図書館で購入した絵はがきを見つけたので,各々より1葉のイメージを与えておきたい(画像をクリックすると文字も読める拡大版).
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Book of Common Prayer (Of Matrimonie) | King James Bible (Title-page) |
The British Library が "English Timeline" という英語史学習用コンテンツを提供している.「#1456. John Walker の A Critical Pronouncing Dictionary (1791)」 ([2013-04-22-1]) で関連するリンクを張った程度だが,眺めていくとなかなかおもしろい.写本画像などのイメージや各種メディアのコンテンツが豊富で,教材として役に立ちそうだ.
同様に,関連するコンテンツとして Words for time travellers もある.画像,テキスト,演習問題のついているものもあり,教材として使えそうだ.例えば,Chaucer について4ページのコンテンツがあり,以下のような構成になっている.
(1) Chaucer's English - page 1: Caxton 版の The Canterbury Tales よりテキストと写本画像を掲載
(2) Chaucer - page 2: テキストを簡単な注解により解説
(3) Chaucer - page 3: 単語に関する演習問題
(4) Chaucer - page 4: その解答
「#18. 英語史をオンラインで学習できるサイト」 ([2009-05-16-1]) で紹介した BBC の Ages of English Timeline とともに,英語史の学習・教育にどうぞ.
英語語彙は世界的 (cosmopolitan) である.350以上の言語から語彙を借用してきた歴史をもち,現在もなお借用し続けている.英語語彙の世界性とその歴史について,以下に本ブログ (http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/) 上の関連する記事にリンクを張った.英語語彙史に関連するリンク集としてどうぞ.
1 数でみる英語語彙
1.1 語彙の規模の大きさ (#45)
1.2 語彙の種類の豊富さ (##756,309,202,429,845,1202,110,201,384)
2 語彙借用とは?
2.1 なぜ語彙を借用するのか? (##46,1794)
2.2 借用の5W1H:いつ,どこで,何を,誰から,どのように,なぜ借りたのか? (#37)
3 英語の語彙借用の歴史 (#1526)
3.1 大陸時代 (--449)
3.1.1 ラテン語 (#1437)
3.2 古英語期 (449--1100)
3.2.1 ケルト語 (##1216,2443)
3.2.2 ラテン語 (#32)
3.2.3 古ノルド語 (##340,818)
3.3 中英語期 (1100--1500)
3.3.1 フランス語 (##117,1210)
3.3.2 ラテン語 (#120)
3.4 初期近代英語期 (1500--1700)
3.4.1 ラテン語 (##114,478)
3.4.2 ギリシア語 (#516)
3.4.3 ロマンス諸語 (#2385)
3.5 後期近代英語期 (1700--1900) と現代英語期 (1900--)
3.5.1 世界の諸言語 (##874,2165)
4 現代の英語語彙にみられる歴史の遺産
4.1 フランス語とラテン語からの借用語 (#2162)
4.2 動物と肉を表わす単語 (##331,754)
4.3 語彙の3層構造 (##334,1296,335)
4.4 日英語の語彙の共通点 (##1526,296,1630,1067)
5 現在そして未来の英語語彙
5.1 借用以外の新語の源泉 (##873,875)
5.2 語彙は時代を映し出す (##625,631,876,889)
[ 参考文献 ]
・ Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
英語史上最初に英語で印刷された本は,William Caxton による印刷で,Recuyell of the Historyes of Troye (1475) である.印刷された場所はイングランドではなく,Caxton の修行していた Bruges だった.この本は,当時の北ヨーロッパの文化と流行の中心だったブルゴーニュの宮廷においてよく知られていたフランス語の本であり,ヨーク家のイングランド王 Edward IV の妹でブルゴーニュ公 Charles に嫁いでいた Margaret が気に入っていた本でもあったため,Caxton はこれを英訳して出版することを商機と見ていた.
題名の Historyes は,当時は「歴史(物語)」に限定されず「伝説(物語)」をも意味した.Recuyell という英単語は「寄せ集める」を意味する(したがって「編纂文学」ほどを指す)フランス単語を借用したものであり,まさにこの本の題名における使用が初例である.
以下に,英語史上燦然と輝くこの本の序文を,Crystal (32) の版により再現しよう.
hEre begynneth the volume intituled and named the recuyell of the historyes of Troye / composed and drawen out of dyuerce bookes of latyn in to frensshe by the ryght venerable persone and wor-shipfull man . Raoul le ffeure . preest and chapelayn vnto the ryght noble gloryous and myghty prince in his tyme Phelip duc of Bourgoyne of Braband etc In the yere of the Incarnacion of our lord god a thou-sand foure honderd sixty and foure / And translated and drawen out of frenshe in to englisshe by Willyam Caxton mercer of ye cyte of London / at the comaūdemēt of the right hye myghty and vertuouse Pryncesse hys redoubtyd lady. Margarete by the grace of god . Du-chesse of Bourgoyne of Lotryk of Braband etc / Whiche sayd translacion and werke was begonne in Brugis in the Countee of Flaundres the fyrst day of marche the yere of the Incarnacion of our said lord god a thousand foure honderd sixty and eyghte / And ended and fynysshid in the holy cyte of Colen the . xix . day of Septembre the yere of our sayd lord god a thousand foure honderd sixty and enleuen etc.
And on that other side of this leef foloweth the prologe.
なお,Rylands Medieval Collection より The Recuyell of the Historyes of Troye の写本画像 を閲覧できる.
・ Crystal, David. Evolving English: One Language, Many Voices. London: The British Library, 2010.
この新年度には,初期中英語の討論詩 The Owl and the Nightingale を読み始める予定である.それに当たって,簡単な書誌を載せておきたい.研究書や論文を細かく含めるとおびただしい量になるので,ここでは主立ったものに限る.今後,必要に応じて追加していきたい.
[ Editions ]
・ Atkins, J. W. H., ed. The Owl and the Nightingale. New York: Russel & Russel, 1971. 1922.
・ Cartlidge, Neil, ed. The Owl and the Nightingale. Exeter: U of Exeter P, 2001.
・ Grattan, J. H. G. and G. F. H. Sykes, eds. The Owl and the Nightingale. Vol. 119 of EETS es. London: OUP, 1935.
・ Stanley, Eric Gerald, ed. The Owl and the Nightingale. Manchester: Manchester UP, 1972.
・ Treharne, Elaine, ed. Old and Middle English c. 890--c. 1450: An Anthology. 3rd ed. Malden, Mass.: Wiley-Blackwell, 2010.
[ Editions for Part of the Text ]
・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.
・ Burrow, J. A. and Thorlac Turville-Petre, eds. A Book of Middle English. 3rd ed. Malden, MA: Blackwell, 2005.
・ Dickins, Bruce and R. M. Wilson, eds. Early Middle English Texts. London: Bowes, 1951.
[ Facsimile ]
・ Ker, N. R. The Owl and the Nightingale: Facsimile of the Jesus and Cotton Manuscripts. EETS os 251. London: 1963.
[ Studies ]
・ Cartlidge, Neil. "The Date of The Owl and the Nightingale." Medium Ævum 65 (1996): 230--47.
・ Fletcher, A. "Debate Poetry." Readings in Medieval Literature. Ed. D. Johnson and E. Treharne. Oxford: 2005. 241--56.
・ Hume, Kathryn. The Owl and the Nightingale: The Poem and Its Critics. Toronto, 1975.
・ Palmer, R. Barton. "The Narrator in The Owl and the Nightingale: A reader in the Text." Chaucer Review 22 (1988): 305--21.
・ Pearsal, Derek. Old English and Middle English Poetry. London: 1977. 91--4.
・ Reed, Thomas L. Middle English Debate Poetry and the Aesthetics of Irresolution. Columbia: 1990.
・ Salter, Elizabeth. English and International: Studies in the Literature, Art and patronage of Medieval England. Cambridge: 1988. Chapter 2.
・ Wilson, R. M. Early Middle English Literature. London: 1951. Chapter VII.
[ Online Resources ]
・ CMEPV: The Owl and the Nightingale (MS Cotton):
・ CMEPV: The Owl and the Nightingale (MS Jes. Col. 29)
・ CMEPV: MED Descriptions of CMEPV
・ LAEME: London, British Library, Cotton Caligula A ix, The Owl and the Nightingale, language 1
・ LAEME: London, British Library, Cotton Caligula A ix, The Owl and the Nightingale, language 2
・ LAEME: Oxford, Jesus College 29, part II, English on fols. 144r-195r; 198r-200v
2月23日付けで,オックスフォード大学の英語史学者 Simon Horobin による A history of English . . . in five words と題する記事がウェブ上にアップされた.英語に現われた年代順に English, beef, dictionary, tea, emoji という5単語を取り上げ,英語史的な観点からエッセー風にコメントしている.ハイパーリンクされた語句や引用のいずれも,英語にまつわる歴史や文化の知識を増やしてくれる良質の教材である.こういう記事を書きたいものだ.
以下,5単語の各々について,本ブログ内の関連する記事にもリンクを張っておきたい.
1. English or Anglo-Saxon
・ 「#33. ジュート人の名誉のために」 ([2009-05-31-1])
・ 「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」 ([2010-05-21-1])
・ 「#1013. アングロサクソン人はどこからブリテン島へ渡ったか」 ([2012-02-04-1])
・ 「#1145. English と England の名称」 ([2012-06-15-1])
・ 「#1436. English と England の名称 (2)」 ([2013-04-02-1])
・ 「#2353. なぜアングロサクソン人はイングランドをかくも素早く征服し得たのか」 ([2015-10-06-1])
・ 「#2493. アングル人は押し入って,サクソン人は引き寄せられた?」 ([2016-02-23-1])
2. beef
・ 「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1])
・ 「#332. 「動物とその肉を表す英単語」の神話」 ([2010-03-25-1])
・ 「#1583. swine vs pork の社会言語学的意義」 ([2013-08-27-1])
・ 「#1603. 「動物とその肉を表す英単語」を最初に指摘した人」 ([2013-09-16-1])
・ 「#1604. 「動物とその肉を表す英単語」を次に指摘した人たち」 ([2013-09-17-1])
・ 「#1966. 段々おいしくなってきた英語の飲食物メニュー」 ([2014-09-14-1])
・ 「#1967. 料理に関するフランス借用語」 ([2014-09-15-1])
・ 「#2352. 「動物とその肉を表す英単語」の神話 (2)」 ([2015-10-05-1])
3. dictionary
・ 「#603. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (1)」 ([2010-12-21-1])
・ 「#604. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (2)」 ([2010-12-22-1])
・ 「#609. 難語辞書の17世紀」 ([2010-12-27-1])
・ 「#610. 脱難語辞書の18世紀」 ([2010-12-28-1])
・ 「#726. 現代でも使えるかもしれない教育的な Cawdrey の辞書」 ([2011-04-23-1])
・ 「#1420. Johnson's Dictionary の特徴と概要」 ([2013-03-17-1])
・ 「#1421. Johnson の言語観」 ([2013-03-18-1])
・ 「#1609. Cawdrey の辞書をデータベース化」 ([2013-09-22-1])
4. tea
・ 「#756. 世界からの借用語」 ([2011-05-23-1])
・ 「#1966. 段々おいしくなってきた英語の飲食物メニュー」 ([2014-09-14-1])
5. emoji
・ 「#808. smileys or emoticons」 ([2011-07-14-1])
・ 「#1664. CMC (computer-mediated communication)」 ([2013-11-16-1])
英語語彙全般については,「#756. 世界からの借用語」 ([2011-05-23-1]), 「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]) をはじめとして,lexicology や loan_word などの記事を参照.
今年もこの時期がやってきた.American Dialect Society による 2015年の The Word of the Year が1月8日に発表された.今年の受賞は,singular "they" である.
They was recognized by the society for its emerging use as a pronoun to refer to a known person, often as a conscious choice by a person rejecting the traditional gender binary of he and she.
. . . .
The use of singular they builds on centuries of usage, appearing in the work of writers such as Chaucer, Shakespeare, and Jane Austen. In 2015, singular they was embraced by the Washington Post style guide. Bill Walsh, copy editor for the Post, described it as "the only sensible solution to English's lack of a gender-neutral third-person singular personal pronoun."
While editors have increasingly moved to accepting singular they when used in a generic fashion, voters in the Word of the Year proceedings singled out its newer usage as an identifier for someone who may identify as "non-binary" in gender terms.
"In the past year, new expressions of gender identity have generated a deal of discussion, and singular they has become a particularly significant element of that conversation," Zimmer said. "While many novel gender-neutral pronouns have been proposed, they has the advantage of already being part of the language."
なぜ今さら singular they がという気がしないでもなかったが,上の記事と合わせて Wordorigins.org: ADS Word of the Year for 2015 の記事を読んでみて合点がいった.単に性別を問わない単数の一般人称代名詞としての they の用法はここ数十年間で確かに認知されてきており,とりわけ2015年を特徴づける語法というわけではないが,男女という性別の二分法そのものに疑問を呈するシンボル (nonbinary identifier) として,昨年,焦点が当てられたという.テレビ番組などで transgender の話題が多く取り上げられ,"nonbinary identifier" としての they の使用が目立ったということだ.なお,singular they は,MOST USEFUL カテゴリーでも受賞している.時代のキーワードであることが,特によくわかる受賞だった.
singular_they については,本ブログでも何度か扱ってきたので,以下にリンクを張っておきたい.
・ 「#275. 現代英語の三人称単数共性代名詞」 ([2010-01-27-1])
・ 「#1054. singular they」 ([2012-03-16-1])
・ 「#1887. 言語における性を考える際の4つの視点」 ([2014-06-27-1])
・ 「#1920. singular they を取り締まる規範文法 (1)」 ([2014-07-30-1])
・ 「#1921. singular they を取り締まる規範文法 (2)」 ([2014-07-31-1])
・ 「#1922. singular they を取り締まる規範文法 (3)」 ([2014-08-01-1])
過去の WOY の受賞については,woy を参照.
本日,大学のゼミの授業で「OED Online に触れてみる」と題して講習会を行うにあたって,補助的な資料を作って配布する予定なので,以下にHTML版を掲載しておきたい.配布用のPDF版はこちらからどうぞ.OED を利用した調査(結果)の実例へのリンクを多く張ったので,参考になれば.
現代英語における綴字と発音の乖離の問題については,spelling_pronunciation_gap の多くの記事で取り上げてきた.とりわけその歴史的要因については,「#62. なぜ綴りと発音は乖離してゆくのか」 ([2009-06-28-2]) でまとめた.今回は英語綴字について言われる不規則性の種類と,それが生じた歴史的要因に注目し,改めて関連する事情を箇条書きで整理したい.各項の説明は,関連する記事のリンクにて代える.
[ 不規則性の不満の背後にある前提 ]
(1) アルファベットは表音文字体系を標榜している以上「1文字=1音」を守るべし (see #1024)
(2) 綴字規則に例外あるべからず (see #503)
(3) 1つの単語に対して1つの決まった綴字があるべし,という正書法 (orthography)の発想 (see ##53,54,194)
[ 不規則性の種類 ]
(1) 1つの文字(列)に対して複数の音: <o> で表わされる音は? <gh> で表わされる音は? (see ##210,1195)
(2) 1つの音に対して複数の文字(列): /iː/ を表わす文字(列)は? /k/ を表わす文字(列)は? (see #2205)
(3) 黙字 (silent_letter): climb, indict, doubt, imbroglio, high, hour, marijuana, know, half, autumn, receipt, island, listen, isthmus, liquor, answer, plateaux, randezvous
(4) 形態音韻上の交替: city/cities, swim/swimming, die/dying (see #1284)
(5) 綴字のヴァリエーション: color/colour, center/centre, realize/realise, jail/gaol (see #94)
[ 不規則性の歴史的要因 ]
(1) 英語は,音素体系の異なるラテン語を表記するのに最適化されたローマン・アルファベットという文字体系を借りた (see ##423,1329,2092)
(2) 英語は,諸言語から語彙とともに綴字体系まで借用した (see #2162)
(3) 綴字の標準を欠く中英語期の綴字習慣の余波 (see ##562,1341,1812)
(4) 各時代の書写の習慣,美意識,文字配列法 (graphotactics) (see ##91,223,446,1094,2227,2235)
(5) 語源的綴字 (see etymological_respelling)
(6) 表音主義から表語主義への流れ (see ##1332,1386,1760,2043,2058,2059,2097,2312,2344)
(7) 音はひたすら変化するが,文字は保守的 (see ##15,2292)
(8) 綴字標準化の間の悪さ (see ##1902,297,871,312)
(9) 変種間,位相間の綴字ヴァリエーション (see #ame_bre spelling)
(10) 綴字改革の難しさ (see spelling_reform)
[ 前提を疑う必要 ]
(1) アルファベットは表音文字体系だが,単語を表記するためにそれを組み合わせた単位である綴字は表語的である
(2) 1つの単語に対して1つの決まった綴字があるべしという正書法の発想は,多くの言語において近代以降に特徴的な考え方である (see #2392)
(3) 綴字規則には例外が多いが,個々の例外の多くは歴史的に説明される
・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
象形文字 (hieroglyph) は,前段階の絵文字 (pictogram) から発達したと考えられる,真の文字の名に値する原初の文字である.絵文字は特定の言語単位に対応しておらず,厳密にいえば真の文字とはいえない.したがって,「絵文字」という呼称そのものがある種の自己矛盾を含んでいる.一方,象形文字は特定の言語単位(最初期の文字においては典型的に語)に対応している,換言すれば特定の音声上の「読み」をもっている,とみられるものである.象形文字も,(多少なりとも簡略化されているとはいえ)事物をかたどった絵であるという点で,見栄えこそ絵文字と共通するが,その記号論上の機能は絵文字と決定的に異なることに注意したい.
典型的な象形文字として,ヒエログリフ (hieroglyph) と称されるエジプト聖刻文字がよく知られている.その詳細で繊細な字形はまさに絵というにふさわしく,その形態も3000年の長きにわたってほとんど変化していないことから,一般に「絵文字」と称されるが,上記の定義からすると絵文字ではなく正真正銘の文字,象形文字と称するべきである.聖刻文字はこのように典型的な象形文字であることから,英語で hieroglyph はエジプト聖刻文字に限らず,シュメール楔形文字や甲骨文字なども含めて,広義に象形文字を意味する語ともなっている.
以下,加藤 (250--51) の年表をもとに,象形文字 (hieroglyph) の盛衰を示そう.
エジプト・エーゲ海 | 西アジア | インド・東アジア | 新大陸 | |
---|---|---|---|---|
都市国家の成立(前3300頃) | ||||
エジプト統一王朝の始まり,ヒエログリフの始まり(前3100頃) | シュメール象形文字の始まり(前3100頃) | |||
前3000 | ||||
エジプト古王国(前2700頃--前2200頃) | ||||
楔形文字の始まり(前2600頃) | ||||
インダス文明,インダス文字の使用(前2500頃--前1500頃) | ||||
アッカド王国(前2350頃--前2150頃) | ||||
前2000 | エジプト中王国(前2000頃--前1800頃),クレタ文字(前2000頃--前1450頃) | |||
殷王朝(前18世紀頃--前1050頃) | ||||
エーゲ線状文字A型(前1700頃--前1450頃),ファイストス円盤(前17世紀) | バビロニア王国(前1830頃--前1530頃) | |||
エジプト新王国(前1570頃--前1090頃) | 原シナイ文字(前16世紀頃) | |||
ヒッタイト象形文字(前1500頃--前700頃),ヒッタイト帝国(前1460頃--前1200頃) | ||||
アクエンアテンの宗教改革(前1370頃),エーゲ線状文字B型(前14世紀頃--前12世紀) | 甲骨文字(前14世紀--前11世紀) | |||
アヒラム王碑文(前13世紀頃) | ||||
周王朝(西周・東周時代,前1120頃--前256)のもとに金文の使用 | ||||
前1000 | アッシリア帝国(前1000頃--前612) | |||
デモティックの始まり(前700頃),エジプト・サイス王朝時代(前663--前525) | ||||
ペルシア帝国(前6世紀中頃--前330) | ||||
エジプト・プトレマイオス王朝時代(前323--前30) | ||||
秦時代(前221--前206)に小篆(ふつうにいう篆書)と隷書の始まり | ||||
前1 | 楔形文字の終わり(前1世紀末) | |||
紀元後 | ||||
コプト文字の始まり(200頃) | 楷書(今日の漢字)の始まり(後漢末,200頃),中国文字が日本につたわる(200頃) | |||
ヒエログリフの最後の例(394) | ||||
デモティックの最後の例(452) | ||||
マヤ文化,マヤ文字の使用(6世紀頃--10世紀頃) | ||||
1000 | ||||
アステカ文化,アステカ文字の使用(1220頃--1521) | ||||
インカ帝国の盛時(1400頃--1533) | ||||
シャンポリオンがヒエログリフを解読(1822) | グローテフェントが楔形文字を解読(1802),ローリンソンが楔形文字を解読(1835) | 甲骨文字の発見(1899) | ||
原シナイ文字の発見(1904--05),ヴェントリスがエーゲ線状文字B型を解読 | ||||
2000 |
情報理論や自然言語処理の分野で用いられる n-gram という分析手法がある.コーパス言語学でもすでにお馴染みの概念であり,共起表現 (collocation) の研究などでは当たり前のように用いられるようになった.種々のコーパスのインターフェースにおいても採用されており,「#607. Google Books Ngram Viewer」 ([2010-12-25-1]) では名前に含まれているほどだし,本ブログでも COCA (Corpus of Contemporary American English) の N-gram データベースを用いて「#956. COCA N-Gram Search」 ([2011-12-09-1]) を実装してきた(その応用は,「#953. 頭韻を踏む2項イディオム」 ([2011-12-06-1]),「#954. 脚韻を踏む2項イディオム」 ([2011-12-07-1]),「#955. 完璧な語呂合わせの2項イディオム」 ([2011-12-08-1]) を参照).BNC では,Explore Words and Phrases from the BNC が利用できる.
コンピュータを用いた分析手法というと難しそうに聞こえるが,n-gram の考え方は至って単純である.文字レベルの 2-gram (bigram) を考えてみよう.最長の英単語といわれる pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis (「#63. 塵肺症は英語で最も重い病気?」 ([2009-06-30-1])) を例にとる.まず,先頭の2文字1組の pn を取り出す.次に,2文字目に進んで同じように ne を取り出す.3文字目に進んで eu を,4文字目に進んで um を得る.同じように,1文字ずつ右にずらしながら,最後の is まで2文字1組を次々と拾っていく.これで44組の2文字を得たことになる.この組のなかで,ic と co という組み合わせは各々3回起こり,os, si, no, on の組み合わせは各々2回現われ,それ以外の組み合わせはいずれも1度きりである.したがって,この単語において最高頻度の2文字1組は ic と co となる.
n-gram の単位は,このように文字である必要はなく,音素でもよいし,より大きな単位である形態素や語でもよく,さらに大きな句などのより大きな単位でもよい.英語コーパス言語学では,語という単位で考えるのが普通だろう.Martin Luther King, Jr. の I Have a Dream の演説のテキストで語単位の 4-gram を取ると,最も多い4語の組み合わせは,予想通り "I have a dream" の8回だが,"will be able to" も同じく8回現われる."Let freedom ring from" も7回とよく現われる,等々の分析が可能となる.ここでは4語という「窓」を設定したので 4-gram と呼ばれるが,隣接するいくつの文字を考慮するかにより 1-gram (unigram), 2-gram (bigram), 3-gram (trigram),そして 5-gram 以上ももちろん考えることができる(1-gram の場合,得られるリストは,事実上各語の生起頻度表である).
巨大コーパスから得られた 2-gram や 3-gram の一覧は,それ自体が共起表現の研究などでは基本データとなるため,ウェブ上でもいろいろと公開されている.日本語では「N-gram コーパス - 日本語ウェブコーパス 2010」があるし,現代英語では COCA の n-gram データベース がある.また,Bigram Plus では,歴史英語コーパスを含めた各種英語コーパスから N-Gram Search を行なえる機能を提供している.ほかにも任意のテキストやコーパスを対象に n-gram を取る各種のツールやソフトも,ウェブ上で入手可能だ.
n-gram 分析の言語分野への応用範囲は広い.次に来る語(音,文字)は何か,という予測可能性とも関係が深いため,機械による音声認識,統語分析,言語判定,自動翻訳,スペルチェック,剽窃探知,全文検索用インデックスの作成などに活用される.もちろん,共起表現の研究では,基本にして不可欠の手段となっている.一方,n-gram はもっぱら言語として表面化されたテキストを対象とし,深層にある構造にまったく触れることがないため,生成文法のような言語理論の方面からは批判があるようだ.詳しくは,n-gram in Wikipedia を参照.
n-gram は工夫次第で,まだまだ使い道がありそうだ.歴史英語テキストにも,応用していきたい.
(後記 2015/09/12(Sat): Sketch Engine より N-grams も参照.)
昨年11月のことになるが,Joe Gilbert による20分のドキュメンタリー番組 "English 3.0 on Vimeo" が公開された.オンラインで鑑賞できる.Tom Chatfield, David Crystal, Robert McCrum, Fiona McPherson, Simon Horobin といった名立たる出演陣により,インターネット時代の英語の現状が解説される.
netspeak に代表される,インターネット上で用いられる種類の英語を巡って,世間には様々なとらえ方がある.英語の堕落だ,規範の崩壊だという否定的な見解が目立つが,上記の出演者たちは口を揃えて,そうではない,言語の歴史においていつの時代にも繰り返されてきた言語変化にすぎないと言い切る.インターネットの登場により言語変化が加速したということや,「#1664. CMC (computer-mediated communication)」 ([2013-11-16-1]) のような新たな媒体 (medium) が生じたことは確かだが,そのようなことは歴史上の他の技術革新の際にもおよそ生じてきたことであり,言語史という広い視点から見れば特別ではない,と.
議論の主張点は,およそ次の4点だろう.
(1) インターネットの登場により言語変化が加速している
(2) インターネット英語に顕著な略式表現による英語の堕落が取りざたされているが,実際には英語の堕落を示す証拠はない
(3) 大きな技術革新の時代には言語堕落論が生じやすいが,実際に生じていることは,言語に新たな次元が付け加わるということであり,積極的に評価すべきだ
(4) 今後,伝統的な規範主義と,新しく生まれつつあるより自由な言語観とのあいだで戦いが生じるだろう
私もこれらの主張点にはほぼ賛成する.ただ1つ気になるのは,(1) の言語変化の加速という点についてである.同時代の観察者として,歴史的にみても英語の変化の速度 (speed_of_change) が著しいという直感はあるが,変化の速度とはそもそもどのように客観的に計測できるものなのだろうか.速度とは単位時間辺りの変化量のことであるから,まず変化量を計測することができなければならない.では,変化量を計測するといったときに,計測する対象は何になるのか.英語の言語変化と一口にいっても,英語という言語単位がどこからどこまでなのか,標準変種に限るのか,ピジン語まで含むのか等々,社会言語学的に頭の痛い問題があるし,また変化の土俵が語彙なのか,音声なのか,文法なのかという部門の問題もある.さらに,現代は変化速度が早まっているなどと結論するためには,比較のために過去のいくつかの時点における変化速度も先に割り出しておかなければならない.
同時代であるからこそ直感に頼ってはいけないという慎重論を取るのであれば,現代における言語変化の加速という命題は,たやすく前提として受け入れてはならないのかもしれない.同じドキュメンタリーに対する Wordorigins.org のレビューでも,別の角度から言語変化の速度について批判的に考察しているので,参照されたい.
英語史を学ぶ上で有用な地図25枚を解説つきで掲載しているウェブページをみつけたので紹介したい.25 maps that explain the English language では,地図や図式で表わすことのできる英語史上の重要な話題が取り上げられており,それがおよそ時代順に並べられている.25項目の題名を抜き出してみよう.
1. Where English comes from
2. Where Indo-European languages are spoken in Europe today
3. The Anglo-Saxon migration
4. The Danelaw
5. The Norman Conquest
6. The Great Vowel Shift
7. The colonization of America
8. Early exploration of Australia
9. Canada
10. English in India
11. Tristan da Cunha
12. Countries with English as the official language
13. Which countries in Europe can speak English
14. Where people read English Wikipedia
15. Where new English words come from
16. How vocabulary changes based on what you're writing
17. Vocabulary of Shakespeare vs. rappers
18. Where English learners speak the language proficiently
19. Scores on the Test of English as a Foreign Language
20. Immigrants to the US are learning English more quickly than previous generations
21. Where Cockneys come from
22. Dialects and accents in Britain
23. North American vowel shift
24. American dialects
25. You guys vs. y'all
本ブログでもこれらの多くの話題を取り上げてきたので,関連する記事をキーワードで検索されたい.地図や図表のような視覚資料についても,本ブログでは積極的に掲載してきた.map の各記事,およびイメージ集もご覧ください.
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