hellog〜英語史ブログ

#715. Britannica Online で参照できる言語地図[indo-european][germanic][slavic][me_dialect][oe_dialect][comparative_linguistics][map][link]

2011-04-12

 Encyclopedia - Britannica Online Encyclopedia より,英語史に関連する有益な言語地図がいくつか参照できる.ズームできるのでプレゼンに便利.以下にリンクを張っておく.

 ・ Approximate locations of Indo-European languages in contemporary Eurasia (関連して印欧語族の系統図は,[2009-06-17-1], [2010-07-26-1]を参照.)  *  
 ・ Distribution of the Germanic languages in Europe (関連してゲルマン語派の系統図は,[2009-10-26-1]を参照.)  *
 ・ Distribution of Romance languages in Europe  *
 ・ Distribution of the Slavic languages in Europe  *
 ・ The distribution of Old English dialects  *
 ・ The distribution of Middle English dialects (中英語方言区分については,[2009-09-04-1]を参照.)  *
 ・ English Language Imperialism: The English Language Across the World (世界における英語の広がりについては,[2010-05-08-1]を参照.)  *

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#182. ゲルマン語派の特徴[germanic][indo-european][family_tree]

2009-10-26

 今日は,印欧語族のなかで,ゲルマン語派を他の語派と区別する特徴について教科書的な説明を施す.印欧語族の系統図については[2009-06-17-1]で示したが,ゲルマン語派の部分を拡大したものを下図に示そう.

Family Tree of the Germanic Languages (Large)

 ゲルマン語派の特徴として5点を挙げる.

(1) 形容詞に強変化 ( strong declension ) と弱変化 ( weak declension ) の二種類の屈折がある

 強変化型の屈折は印欧祖語から継承したものだが,ゲルマン語派では新たに弱変化型の屈折を独自に発達させた.弱変化型の屈折は /n/ 音を示すのが特徴で,主に決定詞([2009-09-30-1], [2009-09-28-1])に先行される統語環境で用いられた.

 ・強変化: gōde menn "good men"
 ・弱変化: þā gōdan menn "the good men"

(2) 動詞に現在と過去の二種類の時制がある

 ゲルマン語派は,印欧祖語の複雑な時制体系から現在時制と過去時制の二種類だけを継承した.現代英語における「未来」は,形態上は時制とはいえず,後に will などの助動詞を用いて作られる迂言的な疑似時制である.また,現在時制で未来のことを現すことができるため,過去時制と非過去時制の二種類が存在すると想定するほうが適切かもしれない.

(3) 動詞に強変化 ( strong conjugation ) と弱変化 ( weak conjugation ) の二種類の活用がある (see [2009-10-22-1])

 強変化型の活用は印欧祖語から継承したものだが,ゲルマン語派では新たに弱変化型の活用を独自に発達させた.強変化型では,過去形・過去分詞形が母音交替 ( Ablaut or gradation ) によって形成され,過去分詞形には -en 語尾が付加されるが,弱変化型では,過去形・過去分詞形に歯音接尾辞 ( dental suffix ) である /d/ や /t/ が付加されるのが特徴である.

(4) 語幹の第1音節に強勢がおかれる

 印欧祖語では語には高低アクセント ( pitch accent ) がおかれたが,ゲルマン語派では強勢アクセント ( stress accent ) がおかれるようになった.その際,印欧祖語ではアクセントの位置は語の内部で移動し得たが,ゲルマン語派ではアクセントは接辞を除いた語幹の第1音節に固定化した.この固定アクセントは活用や派生によっても揺るがされることはない.

 ・ゲルマン語由来の語群: lóve, lóves, lóved, lóving, lóver, lóvely, lóveliness, lóvable, lóvelessness, unlóveliness
 ・ロマンス語由来の語群: compáre, cómparable, comparabílity

(5) 第一次ゲルマン子音推移を経た (see [2009-08-08-1], [2009-08-09-1])

 ゲルマン語派は,印欧祖語から First Germanic Consonant Shift と呼ばれる規則的な子音推移を経た.そのなかでグリムの法則 ( Grimm's Law ) が特に有名だが,この一連の子音推移は,紀元前4世紀以降に起こったと推定されている.

 ・宇賀治 正朋著 『英語史』 開拓社,2000年. 7--16頁.

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#9. ゴート語(Gothic)と英語史[germanic][gothic][bible][map][family_tree]

2009-05-08

 授業で英語を含むゲルマン語派の系統図を学んだ.下の地図は,ヨーロッパにおける現在のゲルマン諸語の分布である.

Family Tree of the Germanic Languages

Distribution of the Germanic Languages in Europe

 ゲルマン語派の3区分のなかで東ゲルマン語派はいずれも死語となっており影が薄いように思われるが,そのなかのゴート語は英語史的には次の二つの観点から非常に重要な言語である.
 (1) ゲルマン諸語のなかで最も古い文献が現存する.具体的には,4世紀に Wulfila によって西ゴート族のために翻訳された聖書の写本が現在に伝わっている.古英語やその他のゲルマン諸語の文献が現れるのが700年頃からなので,ゴート語はそれに先立つこと実に4世紀ほどという早い段階のゲルマン語の姿を見せてくれる.実際に言語的にはウムラウトを示さないなど非常に古く,最もゲルマン祖語 (Proto-Germanic) に近いとされるので,古英語や古英語以前の歴史を知るのに重要なヒントを与えてくれる.
 (2) ゴート語の担い手であったゴート族は,フン族などの異民族とともに,4世紀にローマ帝国を崩壊させた.ローマ帝国の弱体化により,ローマのブリテン支配も410年に終焉した.そして,このブリテン島の無政府状態につけ込む形で侵入したのが,後に英語と呼ばれる言語を話していたAngles,Saxons,Jutesといった西ゲルマンの部族だったのである.つまり,大陸ヨーロッパにおけるゴート族の活躍がなければ,ブリテン島に英語は根付かなかった(かも?)
 ちなみに,「ゴシック様式」「ゴシック建築」などと用いられる形容詞としての「ゴシック」は,ゴート人が用いた様式のことを直接的に指すわけではない.ローマ帝国を滅ぼしたゴート族を「野蛮で洗練されていない」部族と評価したルネサンス期のヒューマニストたちが,中世に流行った様式を同様に「野蛮で洗練されていない」と蔑視したことに由来する.

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#358. アイスランド語と英語の関係[icelandic][old_norse]

2010-04-20

 今月14日に噴火したアイスランド南部の Eyjafjallajoekull 火山がヨーロッパ中に灰を降らせ,大きな被害をもたらした.アイスランドは日本の国土面積の4分の1ほどの国だが,周辺に30以上の活火山をもつ,日本に負けず劣らずの火山国である.国際的に注目されることの少なかった最果ての島国だが,近年は,地球温暖化により北極海の新航路開発の可能性が開けてきたことで,その地勢上の重要性が注目されつつある.ヨーロッパにとっては苦々しいことだろうが,今回の噴火もアイスランドの知名度を上げることとなった.
 アイスランドでは,25万人ほどの国民(末尾の後記を参照)がアイスランド語 ( Icelandic ) を話している( Ethnologue の記述を参照).話者人口としてはさして大きくない言語だが,英語史においてアイスランド語がもつ意義は深い.アイスランド語と英語の関係について,授業で使う英語史5分ネタとして Icelandic and English と題するPDFスライドを作成したので,アップしておく.スライドの目次と,関連する本ブログ内の記事へのポインタは以下の通り.

 ・ アイスランド語と英語の関係
 ・ ヨーロッパ地図
 ・ ゲルマン語派
 ・ ゲルマン語派の系統樹 [2009-10-26-1]
 ・ 古アイスランド文学
 ・ 北欧語の英語に与えた影響 [2010-04-02-1]
 ・ すべて北欧語単語で構成された英文

(後記 2010/04/22(Thu):本文内の25万人というアイスランド(語話者)の人口は1980年代の古いものを使っていました.[ご指摘ありがとうございます.] CIA の The World Factbook によると,2009年7月時点の推計で30万7千人ほどとのことです.)

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#421. デンマークと英語の接点は?[denmark][germanic]

2010-06-22

 FIFA World Cup の次なる相手はデンマーク.ということで,今回はタイムリーに「デンマークと英語の関係」について.古代から現代にかけてデンマーク(語)と英語(学)とは,何かにつけて関わりが深い.以下は要点のみで詳しい解説は載せていないが,主に hellog 内の記事へのジャンプを豊富に含めているので参照を.以下と同じ内容をPDFスライドにしたもののほうが見やすいかもしれないので,そちらもどうぞ.

1. デンマーク語と英語はともにゲルマン系
2. ジュート人はデンマークに分布
3. 古代ゲルマン文化・文学を共有
4. 古代デンマーク語は英語に多大な影響を与えた
5. 著名な英語・ゲルマン語学者が輩出
6. 現在のデンマークは ESL 国へ


1. デンマーク語と英語はともにゲルマン系

 ・ See [2009-10-26-1] for Germanic languages
 ・ Danish = a mod. lang. of North Germanic
 ・ English = a mod. lang. of West Germanic
 ・ Old Norse = a common ancestor of modern Danish, Swedish, Norwegian, Icelandic, etc.

2. ジュート人はデンマークに分布

 ・ The Angles, Saxons, Jutes の故地 ([2010-05-21-1])
 ・ Hengist and Horsa がブリテン島へ第一歩を ([2009-05-31-1])
 ・ Kent や the Isle of Wight へ比較的小規模な定住

3. 古代ゲルマン文化・文学を共有

 ・ ルーン文字 ( the Runic Alphabet ) ( see http://www.omniglot.com/writing/runic.htm )
 ・ ゲルマン神話
 ・ 古英語で書かれた最高の英雄詩 Beowulf の舞台はデンマーク

4. 古代デンマーク語は英語に多大な影響を与えた

 ・ 8世紀後半?11世紀前半,ヴァイキングによるイングランド侵略
 ・ 基本語や機能語の高頻度語を中心に約900語が英語に入った
 ・ 英語の人名 ・地名に大きく貢献 ex. Derby; Johnson
 ・ 言語接触により英語の屈折の衰退が加速した ([2009-06-26-1])
 ・ その他,多くの計り知れない影響を与えた (old_norse)

5. 著名な英語 ・ゲルマン語学者が輩出

 ・ Rasmus Rask (1787--1832) cf. Grimm's Law ([2009-08-07-1])
 ・ Karl Verner (1846--96) cf. Verner's Law ([2009-08-09-1])
 ・ Otto Jespersen (1860--1943) ([2010-04-02-1])

6. 現在のデンマークは ESL 国へ

 ・ デンマーク人は英語が得意
 ・ 国内コミュニケーションのための英語
 ・ EFL → ESL への language shift ([2009-06-23-1])

 似たような記事としては「アイスランド語と英語の関係」と題する記事を[2010-04-20-1]で書いたので,そちらも参照.

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#148. フラマン語とオランダ語[flemish][dutch][germanic][map]

2009-09-22

 [2009-08-31-1], [2009-09-02-1], [2009-09-14-1]などでフラマン語 ( Flemish ) について触れたが,そもそもフラマン語とは何かについて触れていなかった.英語史でもちらほらと顔を出してくる言語なので,簡単に紹介する.
 言語的にいえば,「フラマン語=オランダ語」とイコールでつなげて差し支えない.英語でも Flemish と Dutch と呼称を分けるが,事実上は同じ言語と考えてよい.なぜ呼称を分けるかといえば,それぞれの背後に控えている国家が異なるからである.オランダ ( The Netherlands ) という国で使用されるオランダ語のことを「オランダ語」 ( Dutch ) と呼び,ベルギー ( Belgium ) という国で使用されるオランダ語のことを「フラマン語」 ( Flemish ) と呼び分けているだけの話しである.
 ただ,ベルギーで話されている地方変種に Vlaams と呼ばれる言語があり,これに Flemish という英単語を当てる場合があるので注意を要する.この場合には,Flemish はいわゆるオランダ語の一方言という意味になる.Flemish という語にこのように二つの用法があることが混乱のもとのわけだが,いずれにせよ,同じ言語のわずかばかり異なる変種ととらえておけばよい.詳細な情報は,Ethnologue のベルギーの項Ethnologue のベネルクス言語地図を参照.
 さて,Dutch とか Flemish とか,異なる呼称を用いることは混乱を招くので,分けずに Netherlandic language と呼ばれることがある.確かにこのほうがすっきりする.名前を改め Netherlandic language は,現在,以下のような国・地域で使用されている.

 ・オランダ(公用語として)
 ・ベルギー北部のフランドル地方(英語名 Flanders 「フランダース」)(フランス語とともに国の公用語として)
 ・フランス北西部のベルギー国境地域(8万人ほどの話者がいる)
 ・スリナム(行政の言語として.地図を参照.)
 ・オランダ領アンティル諸島 ( the Netherlands Antilles )(行政の言語として.地図を参照.)

Suriname
Netherlands Antilles

 これとは別に17世紀に南アフリカの植民地に Netherlandic language が持ち込まれ,そこから独自に発展した言語がある.これは現在 Afrikaans と呼ばれている言語で,南アフリカ共和国で広く話されている同国の公用語の一つである.
 さて,この Netherlandic language (とそこから派生した Afrikaans )は,印欧比較言語学によると,英語と同じ西ゲルマン語派に属しており,そもそも英語との関係はかなり近い(印欧語の系統図[2009-06-17-1]を参照).西フランク族の話していた Old Low Franconian なる言語が,紀元700年頃に周辺のゲルマン諸語との言語接触を経て「生まれ変わった」のが Netherlandic language と考えられている.この新生言語で書かれた現存する最も古い文献は,12世紀末のものとされる.ちなみに英語の最古の文献は700年頃とされるので,文献学的には Netherlandic language は「新しい言語」に見える.

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#149. フラマン語と英語史[flemish][dutch][loan_word]

2009-09-23

 昨日の記事[2009-09-22-1]でフラマン語(あるいは Netherlandic language )の沿革を概観したが,今回は特に英語史との関連について考えてみたい.言語文化的には,二つのポイントがあると考えられる.
 一つ目は,昨日も述べたが,そもそも比較言語学的にフラマン語と英語の関係は相当に近いということである.当然そこから予想されるように,両言語の言語類型は相当に近い.
 二つ目は,[2009-08-31-1], [2009-09-02-1], [2009-09-14-1]で話題にしたように,中英語期以降,フラマン語から英語に入った借用語が意外と多く存在する点である.中世を通じて,フランドル,オランダ,ドイツ北部のいわゆる the Low Countries とイギリスとの交流は非常に盛んだった.活気ある交流をもたらしたのは,羊毛産業の発展である.イギリスに産する羊毛が毛織物産業の盛んなフランドルへ輸出されると同時に,毛織物の織元も大量にイギリスへ移住してきた.13世紀末には,Edward I の政策として,イギリスが直々に毛織物産業の管理に乗りだし,国内では London など,オランダやフランドルでは Dordrecht, Louvain, Antwerp, Bruges などにステープルと呼ばれる羊毛取引指定市場が設けられ,国際的な交易が繁栄した.こうした物的・人的交流を背景に,中世以降,多くの語がオランダ語・フラマン語から英語へと流れ込んだのである.
 一説によると,現在までにオランダ語・フラマン語から借用された語の数は2500語にのぼるという.ここではその一握りを挙げるにとどめよう.同地方の歴史を反映し,航海,商業,芸術関係の用語が多い.

bluff, bowsprit, cruise, deck, dock, easel, freight, groat, guilder, knapsack, landscape, lighter, mart, nap, poppycock, roster, rover


 ・Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 4th ed. London: Routledge, 1993. 183--84.
 ・Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003. 126.

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#407. 南アフリカ共和国と Afrikaans[south_africa][afrikaans][map]

2010-06-08

 今月は FIFA World Cup の開催で South Africa が熱い.South Africa の英語使用については[2010-04-05-1]の記事で触れたが,今日は英語とも親戚関係にある Afrikaans を話題にする.

Map of South Africa

 南アの言語構成は複雑である.1993年の憲法によると,実に11の言語が公用語として認定されている.Afrikaans, English, Ndebele, North Sotho, South Sotho, Swazi (Swati), Tsonga, Tswana, Venda, Xhosa, Zulu.このなかでも Afrikaans は英語と並んで,第一言語としても第二言語としても国内で広く影響力を保っている言語である.Afrikaans はゲルマン語派の系統図 ( [2009-10-26-1] ) にも組み込まれているとおり,英語とは広い意味で親戚関係にある.アフリカの南端でなぜヨーロッパに端を発する二つの西ゲルマン語が話されているかというと,オランダとイギリスによる植民地の歴史が背景にあるからである.1652年,オランダ東インド会社は南西端の喜望峰 ( the Cape of Good Hope ) に交易所を設けた.このときに当時のオランダ語 ( Dutch ) が持ちこまれ,現在おこなわれている Afrikaans ( 別名 Cape Dutch ) の種が蒔かれた.オランダ語の一変種として種が蒔かれた後は,ドイツやフランスからの移民,原住民の Khoisan,アフリカやアジアからの奴隷による使用により言語変化を経て,言語体系は非常に簡略化してきた.Afrikaans は文法カテゴリーとして格 ( case ) や性 ( gender ) を失なっており,この点で英語ともよく似ている.両言語とも,諸民族に揉まれるなかで簡略化を経てきたと言えるだろう.
 Afrikaans についてはオランダ語との関係で,[2009-09-22-1]の記事でも少し触れているのでそちらも要参照.Ethnologue の Afrikaans の記述も参照.

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#787. Frisian[frisian][germanic][map][phonetics][palatalisation]

2011-06-23

 [2009-06-17-1]の記事「インドヨーロッパ語族の系統図をお遊びで」に掲げた印欧語系統図や,[2009-05-08-1]の記事「ゴート語(Gothic)と英語史」に掲げたゲルマン語派の系統図から分かるように,系統的に英語に最も近い言語はフリジア語 (Frisian) である.一般にはほとんど認知されていないこの言語が世界的な言語たる英語に最も近いと言われてもピンと来ないと思われる.今回はこの Frisian という言語について概説する.
 Frisian は,Proto-Indo European -> Germanic -> West Germanic -> Low Germanic -> Anglo-Frisian という発達経路を英語と共有している.最後の Anglo-Frisian という分類は,後述するいくつかの音声特徴が両言語で共有されていることに基づく仮説だが,この分類を否定する見解もある.その場合には,Old Frisian と Old English が,Low Germanic 直下にフラットに位置づけられることになる.
 現在の Frisian の分布を地図上で確認したい.およそ青で囲った部分が,現在 Frisian の行なわれている地域である.(オランダ部分の詳細については,Ethnologue より オランダの言語分布地図も参照.)

Distribution of Frisian Languages

 Ethnologue: Frisian in Family Tree にあるとおり,Frisian は伝統的に3つの方言群へと区分される.方言間あるいは方言内の差異はまちまちで,相互理解が可能でないことも多い.この3種類のなかで主要な方言は Western Frisian である.Ethnologue: Western Frisian が公開している2001年の調査によると,オランダ北部の北海に臨む Friesland 州(島嶼部を含む)を中心として約47万人の話者が存在する.同州の人口の70%が Western Frisian を話すが,ほとんどがオランダ語との二言語使用者である.20世紀の "Frisian movement" により West Frisian の公的な地位は上昇してきており,オランダの公用語の1つとしてその振興運動は進んできている.
 Friesland の東に広がるドイツの沿岸地域からデンマーク南部の島嶼部にかけて行なわれているのが,Frisian の東や北の諸方言である.ドイツの Saterland で5000人程度に話される Saterfriesisch (東の方言)や,ドイツの Schleswig-Holstein の沿岸部や向かい合う島嶼部で1万人程度の話者によって使用されている Northern Frisian (北の方言)がある(ただし内部での方言差は著しい).同じくドイツの Ostfriesland, Lower Saxony などに2000人程度の話者を有する Eastern Frisian と呼ばれる言語があるが,名称からは紛らわしいことに,厳密には Frisian の1変種というよりは Low German の1変種というほうが適切とされる.
 Frisian の最古の文献は,部分的に11世紀に遡る法律文書で,13世紀の写本で現存している.ここに表わされている Old Frisian の段階は16世紀後半まで続いたが,1573年のものとされる文献を最後に,以降3世紀の間 Frisian で残された文書はほとんどみつかっていない.19世紀になると,Romanticism により民族言語としての Frisian が注目され,1938年に Frisian Academy が設立され,1943年には聖書の翻訳が出版された.ただし,これらの Frisian 復興運動は上にも述べたとおり,主にオランダという国家によって支持されている Western Frisian における話しであり,それ以外の諸方言には標準形式がないために今後の存続の可能性は薄いと考えられている.
 Frisian と英語に共通する音声特徴としては,(1) Germanic *f, *þ, *s に先行する鼻音の消失 ( ex. OFr fīf "five" ( < Germanic *fimf ), OFr mūth "mouth" ( < Germanic *munþ- ), OFr ūs "us" ( < Germanic *uns ) ) や,(2) 前舌母音に先行する Germanic *g の口蓋化 ( ex. OFr tzin "chin" ( < Germanic *kinn ), OFr lētza "leech, physician" ( < Germanic *lēkj- ) ) などがある.

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#370. 英語はラテン語の婿養子[latin][french][family_tree]

2010-05-02

 昨日の記事[2010-05-01-1]で「系統」と「影響」の峻別について説明した.「英語はラテン語から生まれた」という広く行き渡っている誤解を解くために解説したのだが,両言語の関係をより的確に表した秀逸な比喩が,学生のリアクションペーパーから飛び出した.これはいい,今後の説明で採用したい.

英語とドイツ語の違いがあまりに遠く、かつ、ラテン語とはもっともっと遠いことがよく分かりました。にもかかわらず、ラテン語の影響が大きいところを見ると、英語はラテン語の婿養子、といったところなのでしょうか。


 婿養子とは実によくいったものである.ラテン語(母)はフランス語(娘)を生んだ.フランス語には,スペイン語,イタリア語,ポルトガル語などの姉妹がいる.そのフランス語は縁あって海峡の向こうにいる英語という男性と結ばれることになったが,ラテン家のほうが社会的地位が高かったために,英語は婿養子としてラテン家に迎え入れられた.英語は根っこにこそゲルマン家の血が流れているものの,ラテン家での長年の生活により,必然的に立ち居振る舞いが妻や養母に似てきたのだった.
 と,こんなストーリーはどうでしょうか.

Referrer (Inside): [2010-05-03-1]

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