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runic - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-12-09 13:04

2012-01-27 Fri

#1005. 平仮名による最古の「いろは歌」が発見された [japanese][hiragana][runic][writing][methodology][inscription][buddhism]

 1月18日の新聞記事で知ったのだが,三重県明和町にある斎宮跡から,平仮名で「いろは歌」の墨書された土師器が出土した.11世紀末から12世紀前半のものとされ,いろは歌で平仮名書きされたものとしては最古である.平安時代からは,万葉仮名や片仮名で記されたものは出土していたが,平仮名のものはいまだ発見されていなかった.これまでの平仮名いろはの最古は,岩手県平泉町の志羅山遺跡から出土した12世紀後半の木簡に記されたものだった.
 筆跡が繊細で,平凡な土器の両面に書かれており,女官の生活場所と目されるところから出土したことから,斎王(天皇の代わりに伊勢神宮に仕えた皇女)の女官が習書したものと考えられる.いろは歌が都から斎宮へいち早く伝えられ,比較的身分の低い地元出身の女官までがいろは歌を学んでいたとすれば,当時のいろは歌の普及の程度が推し量れることになり,貴重な史料となる.なお,12世紀半ばには都の子供は教養の一部としていろは歌で手習いをしていたとされている.
 この土器の出土について,詳しくは,斎宮歴史博物館による記事「斎宮跡から日本最古の「いろは歌」平仮名墨書土器が出土しました!」,あるいはGoogle News による記事リストを参照.
 「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせす」の47文字からなるいろは歌は,手習い歌のほか,辞書などで順序を表わすのにも長く用いられ(平安末期,橘忠兼の「色葉字類抄」はいろは順で編まれた最初の辞書),昭和の初めまで習字の手本ともされていた.文献上の初出は,1079年の仏教経典「金光明最勝王経音義」の巻頭部分で,万葉仮名と片仮名で書かれている.成立年代は,今回の土器より約1世紀早く,10世紀末から11世紀中頃と考えられている.
 いろは歌のもつ日本語史上の意義は大きい.いろは歌の成立年代は日本語史でも重要な論点となっているが,それは日本語文化史上の問題であるばかりか,中古に生じていた音韻変化の問題に大いにかかわってくるからだ.いろは歌は,当時の異なる音節(ただし清濁の別は問わない)に相当する仮名をすべて用い,意味のある文章を作ったもので,一種のことば遊びだ.手習い歌としては,やはり47の仮名になる「太為仁歌」(たゐに歌)なるものがあったが,源為憲が970年頃の著で,さらに先行する平安初期の48字からなる「あめつちの詞」よりも「太為仁歌」のほうがすぐれていると言及している.この言及は,2つのことを示唆する.1つは,この段階ではいろは歌はまだなかったらしいこと.もう1つは,手習い歌としては,48字版から47字版がふさわしいと感じられるようになっていたこと,である.後者は,素直に考えれば,仮名の数だけでなく,仮名で表わされていた音節の数も1つ減っていたことを示す.問題の音節の消失は,950年頃より後に [e] と [je] の区別が失われたことに対応し,ここから,いろは歌の成立も早くてもこの年代以降であることが確実視される.したがって,平安末から広く聞かれた弘法大師(空海)(774--835) の作とする説は,現在では俗説として退けられている.ただし,いろは歌の原形が48字だったとする説もある.
 上記のように,音標文字一覧が時代とともに変わるということは,音韻体系の変化を示唆する.英語史あるいはゲルマン語史でこれに対応する例の1つに,ルーン・アルファベット (the runic alphabet) の文字数の変化と変異がある.これについては,明日の記事で.
 古音の推定については,[2010-07-08-1], [2011-05-25-1]の記事を参照.また,「#572. 現存する最古の英文」については[2010-11-20-1]を参照.

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2010-11-20 Sat

#572. 現存する最古の英文 [history][runic][writing][archaeology][inscription][bl][direction_of_writing]

 英語で記された現存する最古の文は,金のメダルに Anglo-Frisian 系のルーン文字 ( the runic alphabet ) で刻まれた短文である.1982年に Suffolk の Undley で発見された直径2.3cmの金のメダル ( the Undley bracteate ) に刻まれており,年代は紀元450--80年のものとされる.西ゲルマンの Angles, Saxons, Jutes らが大陸からブリテン島へ移住してきた時期に,かれらと一緒に海峡を渡ってきたものと考えられる.メダルの画像と説明は,The British Museum のサイトで見ることができる.
 兜をかぶった頭の下で雌狼が二人の人間に乳を与えている.明らかに伝説のローマ建国者 Romulus と Remus の神話を想起させる図像だ.メダルの周囲,弧の半分ほどにかけてルーン文字が右から左に刻まれている.全体が3語からなる短い文で,語と語の区切りは小さな二重丸で示されている.ローマ字で転写すると以下のように読める.

The Runic Letters on the Undley Bracteate
( u d e m ・ æ g æ m ・ æg og æg )

= gægogæ mægæ medu
= ?she-wolf reward to kinsman
= This she-wolf is a reward to my kinsman


 上のような試訳はあるが,詳細は分かっていない.特に最初の語 gægogæ は意味不明であり,怪しげな音の響きからして何らかの呪術的な定型句とも想像され得る.
 これが,約1500年後に世界で最も重要となる言語の,現存する最古の記録である.
 David Crystal も初めて見たときに涙を流して感動したというこのメダルについては,Crystal による解説(動画)と関連記事もお薦め.The British Library で11月12日から来年4月3日まで開かれている英語史展覧会 Evolving English: One Language, Many Voices の呼び物の1つです.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002. 181.

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2010-06-24 Thu

#423. アルファベットの歴史 [grammatology][alphabet][runic][etruscan][history]

 昨日の記事[2010-06-23-1]で文字の種類に触れた.文字数という観点からもっとも経済的なのは音素文字体系 ( alphabet ) であり,それが発明されたことは人類の文字史にとって画期的な出来事だった.さらに,古今東西のアルファベットの各変種が North Semitic と呼ばれる原初アルファベットに遡るという点,すなわち単一起源であるという点も,その発明の偉大さを物語っているように思われる.
 North Semitic と呼ばれる原初のアルファベットは,紀元前1700年頃にパレスチナやシリアで行われていた北部セム諸語 ( North Semitic languages ) の話し手によって発明されたとされる.かれらが何者だったかは分かっていないが,有力な説によるとフェニキア人 ( the Phoenicians ) だったのではないかといわれる.North Semitic のアルファベットは22個の子音字からなり,母音字は含まれていなかった.この文字を読む人は,子音字の連続のなかに文法的に適宜ふさわしい母音を挿入しながら読んでいたはずである.紀元前1000年頃,ここから発展したアルファベットの変種がギリシャに伝わり,そこで初めて母音字が加えられた.この画期的な母音字込みの新生アルファベットは,ローマ人の前身としてイタリア半島に分布して繁栄していた非印欧語族系のエトルリア人 ( the Etruscans ) によって改良を加えられ,紀元前7世紀くらいまでにエトルリア文字 ( the Etruscan alphabet ) へと発展していた.
 このエトルリア文字は,英語の文字史にとって二重の意味で重要である.一つは,エトルリア文字が紀元前7世紀中にローマに継承され,ローマ字 ( the Roman alphabet or the Latin alphabet ) が派生したからである.このローマ字が,ずっと後の6世紀にキリスト教の伝道の媒介としてブリテン島に持ち込まれたのである ( see [2010-02-17-1] ) .以降,現在に至るまで英語はローマ字文化圏のなかで高度な文字文化を享受し,育んできた.
 もう一つ英語史上で重要なのは,紀元前1世紀くらいに同じエトルリア文字からもう一つのアルファベット,ルーン文字 ( the runic alphabet ) が派生されたことである(ただし,起源については諸説ある).一説によるとゴート人 ( the Goths ) によって発展されたルーン文字は北西ゲルマン語派にもたらされ,後の5世紀に the Angles, Saxons, and Jutes とともにイングランドへ持ち込まれた.アングロサクソン人にとって,ローマ字が導入されるまではルーン文字が唯一の文字体系であったが,ローマ字導入後は <æ> と <ƿ> の二文字がローマ字に取り込まれたほかは衰退していった.
 英語の文字史における主要な二つのアルファベット ( the runic alphabet and the Roman alphabet ) がいずれもエトルリア文字に起源をもつとすると,エトルリア人の果たした文化史的な役割の大きさが感じられよう.ルーン文字については,the Runic alphabet in Omniglot を参照.

 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006. 50--52.

(後記 2010/06/28(Mon):専門家より指摘していただいたところによると,ルーン文字の生成は紀元前1世紀でなく紀元1世紀という説が多くの論者のあいだで有力とのことです.Tineke Looijenga というオランダ人学者の説によると,ルーン文字はローマン・アルファベットの影響化で生まれたとのことです.要勉強.)

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