hellog〜英語史ブログ

#191. 古英語,中英語,近代英語は互いにどれくらい異なるか[typology][germanic][inflection][morphology]

2009-11-04

 授業で古英語,中英語の順にテキストを読み進めていくと,ほとんどの学生が,古英語から中英語に移ったときに現代英語にぐんと近づいたと感じる,と口にする.古英語を初めて読むとまるで英語とは思えないが,中英語は初めて読んでも現代英語とのつながりが感覚として感じられる,ということもよく聞かれる.では,主観的な感覚ではなく客観的な基準で,古英語,中英語,近代英語の異なり具合を評価できないだろうか.いいかえれば,言語類型論的に,英語の各段階はどのくらい似ていてどのくらい異なっているのだろうか.
 誰しもが認める「客観的な基準」を設けるのは不可能であり,どこまでも主観がついて回るという限界を前提としつつ,Lass の評価を紹介する.Lass (30) は,10の言語特徴を選び出し,それを基準にして,主要なゲルマン語の「古さ」 ( archaism ) を数値化した.その結果,以下のようなランキング表が得られた( Nevalainen に要約されている図表より).

RankLanguage(s)
1.00Gothic, Old Icelandic
0.95Old English
0.90Old High German, Modern Icelandic
0.85
0.80
0.75
0.70
0.65
0.60Middle High German, Modern German, Middle Dutch
0.55
0.50
0.45
0.40
0.35Middle English, Modern Swedish, Modern Dutch
0.30
0.25
0.20
0.15Afrikaans
0.10
0.05
0.00Modern English


 これによると,近代英語と中英語の差は 0.35 で,中英語と古英語の差は 0.6 であるから,多くの学生の感覚が客観的に裏付けられたことになる.

 ・Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006. 2, 9--10.
 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#151. 現代英語の5特徴[pde_characteristic]

2009-09-25

 英語史的な観点からすると,現代英語には次のような特徴があると言われている.

 (1) Cosmopolitan Vocabulary
 (2) Inflectional Simplicity
 (3) Natural Gender
 (4) Idiomatic Expressions
 (5) Spelling-Pronunciation Gap

 これは,英語史概説の名著を著した Baugh and Cable によって広められたポイントであり,確かに要点はついている.

 (1) 1500年にわたる歴史のなかで,英語は350もの言語と接触し,たえず語を借用してきた.英語に対して影響を及ぼしていない言語を挙げるほうが難しいとも言える.
 (2) 古英語の複雑な屈折と比較すると,現代英語の屈折は,名詞であれば複数形や所有格,動詞であれば三単現の s や過去形・過去分詞形などに限られており,実に貧弱である.
 (3) 性については,古英語期の文法性 ( Grammatical Gender ) は久しく失われており,現在では指示対象の生物学的な性 ( Natural Gender ) だけを考慮すればよい単純な性体系になっている.
 (4) 慣用表現 ( idiomatic expression ) が多いという特徴については,give up, take part in, instead of など,外国語として英語を学習する者にはおなじみの熟語の数々が,その動かぬ証拠である.
 (5) 現代英語では,綴字と発音の関係は,一対一とはほど遠い.psychology の <p> はなぜ読まないのか,A はなぜ /a/ ではなく /eɪ/ と読むのか,women の <o> はなぜ /ɪ/ と発音するのか,等々.このように綴字と発音の関係が不規則な例を挙げていけば,きりがない.

 現代英語の特徴として,以上の5点はよく選ばれていると思う.他に顕著な特徴はないだろうかと考えてみて大体思いつくことは,究極敵には上の5点のいずれかに行き着いてしまう.なので,私も英語史の授業などでは,素直にこの5点を取りあげている.

 ・Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#152. 現代英語の5特徴に対する異論[pde_characteristic][japanese]

2009-09-26

 昨日の記事[2009-09-25-1]では,広く受け入れられている現代英語の5特徴を挙げた.

 (1) Cosmopolitan Vocabulary
 (2) Inflectional Simplicity
 (3) Natural Gender
 (4) Idiomatic Expressions
 (5) Spelling-Pronunciation Gap

 見事にえり抜かれた五つの特徴だと評価したばかりだが,あえて異論を唱えてみたい.この現代英語の5特徴は,いったい何と比較して浮かび上がってくる特徴なのだろうか.特徴とは,比較によってしか得られない.とすると,比較対象があるはずである.
 その比較対象は昔の英語か大陸のヨーロッパ諸語ではないかと推測される.例として,古英語と現代標準ドイツ語を想定してみよう.
 (1) いずれの言語も,現代英語に比較すれば,その語彙は借用語にそれほど依存していない.(2) いずれの言語も,現代英語より屈折がずっと発達している.(3) いずれの言語も,文法性 ( Grammatical Gender ) を有している.(4) いずれの言語も,程度の問題ではあるが,現代英語に比較して慣用表現が少ないように思われる.(ただ,この点は何らかの方法で比較計測する必要はあるだろう.)(5) いずれの言語も,現代英語に比べれば,ずっと綴字と発音の関係は密接であり,安定している.
 このように,仮に比較対象を古英語やドイツ語にとると,確かに現代英語の5特徴が浮き彫りになる.
 だが,現代英語や英語史を日本語母語話者という立場で学んでいる者にとっては,この現代英語の5特徴はあまりに印欧語中心の発想に基づいてはいまいか,という疑念が生じる.この5特徴は,現代日本語を比較対象にとると,たちどころに無特徴になってしまう.
 (1) 日本語は英語に負けず劣らず借用語によって成り立っている.中国語に由来する漢字や漢熟語がその最たる例だが,現代日本語では,350もの言語から語彙を借用している英語から多くの語彙を借用しているので,結果的に現代英語と同じくらい Cosmopolitan Vocabulary を有しているということもできる.
 (2) 日本語にはそもそも印欧語でいう「屈折」に相当するものはない.動詞や形容詞などの活用を「屈折」とみなすのであれば確かにそれは存在するが,例えば古英語の屈折と比べてみると,その複雑さはしれている.
 (3) 日本語には過去にも現在にも文法性 ( Grammatical Gender ) は存在しない.なので,Natural Gender が現代英語の特徴だといったところで,それは日本語にも当てはまるので,強い主張とはなりえない.
 (4) 日本語母語話者の印象としては,現代英語に比べて日本語の慣用表現が貧弱だとは,とうてい思えない.もっとも,この点については,ある言語の慣用表現の豊富さを計るにはどうすればよいのかを考える必要はある.
 (5) 綴字と発音の乖離については,日本語の漢字を思い浮かべれば,英語の不規則性などかわいいものである.例えば,「日本」「初日」「他日」「朝日」「旗日」「春日」において「日」はすべて異なる音に対応する.これを考えれば,psychology の <p> をなぜ読まないかなどという問題は,かわいすぎて問題にならない.
 以上,Baugh and Cable などで喧伝されている現代英語の5特徴は,あくまで印欧語の視点から述べたものであって,日本語など世界の諸言語の視点から述べれば「特徴」でも何でもないということになる可能性があることを示した.

Referrer (Inside): [2010-01-20-1] [2009-09-27-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#153. Cosmopolitan Vocabulary は Asset か?[pde_characteristic][romancisation]

2009-09-27

 [2009-09-25-1], [2009-09-26-1]と現代英語の5特徴について述べてきた.実は,Baugh and Cable は例の5特徴を長所と短所 ( Assets and Liabilities ) に分けて提示している.

 Asset 1: Cosmopolitan Vocabulary
 Asset 2: Inflectional Simplicity
 Asset 3: Natural Gender
 Liability 1: Idiomatic Expressions
 Liability 2: Spelling-Pronunciation Gap

 これについて,昨日の記事[2009-09-26-1]のコメントに鋭い疑問が寄せられた.

Cosmopolitan Vocabulary が Assets の一つということが不思議です.学習者にとっては語彙が少ないほうが学びやすいだろうから,むしろ Liabilities の一つであるべきだと前期から思っていました.


 Baugh and Cable のいう Cosmpolitan Vocabulary は,語彙の数が多いということだけでなく,語彙の種類が豊富だということを特に強調していることに注意したい.それでもこの疑問が鋭いと思うのは,私もこの点について実はあまり納得していなかったからだ.現代英語の「特徴」であることは間違いないが「長所」であるかどうかは疑問に思っていた.今日はこの問題について考えてみたい.
 そもそも言語の長所と短所というのは,どのように決められうるのだろうか.ある言語の長所と短所を言語学的に同定することは意外と難しい.判断する言語学者の母語や理論的立場によって多分にバイアスがかかると思われるからだ.Baugh and Cable の判断基準は「非母語話者にとっての学びやすさ」である.

How readily can English be learned by the non-native speaker? Does it possess characteristics of vocabulary and grammar that render it easy or difficult to acquire? (10)


 Baugh and Cable 自身も,学びやすさという基準で Assets か Liabilities かを客観的に判断することの難しさは認めているし,学習者の母語との相対的な問題であることも承知している.しかし,そうした前置きにもかかわらず,Cosmopolitan Vocabulary については "an undoubted asset" であると断言しているのである.その根拠はというと:

Studies of vocabulary acquisition in second language learning support the impression that many students have had in studying a foreign language: Despite problems with faux amis---those words that have different meanings in two different languages---cognates generally are learned more rapidly and retained longer than words that are unrelated to words in the native language lexion. The cosmopolitan vocabulary of English with its cognates in many languages is an undoubted asset. (12)


 Baugh and Cable の理屈を単純化して言えば,英語の語彙には主にロマンス系諸語からの借用語が多く含まれており,こうした言語の母語話者にとって,英語は学習しやすいということである.この理屈でいくと,ロマンス系諸語の母語話者でなくとも,例えば日本語の母語話者にもメリットがあることになる.なぜならば,英語にはすでに日本語からそれなりの量の借用語が入っており ( see [2009-09-16-1] ),日本語母語話者にとって英単語としての fujiyamatsunami は覚えやすいからである.だが,この論法はばかげていないだろうか.日本語の借用語の数は近年多くなってきているとはいえ,ロマンス系諸語からの借用語の数とは比べるべくもない.
 もっと具体的にいえば,フランス語母語話者にとっては一般的に英語語彙が学習しやすいということは恐らくあるだろうが,日本語話者にとってはそのような一般論は通用しないはずである.もちろん,すでに日本語のなかにも英語からの借用語が豊富にあり,英単語は一般的になじみ深いという印象は,日本語母語話者のあいだにも多かれ少なかれあることは確かだろう.しかし,Baugh and Cable は,フランス語や北欧語など,英語に大きな語彙的影響を与えてきたヨーロッパ諸語とのコネクションを主に念頭に置いているのであり,そこから導き出された結論「Cosmpolitan Vocabulary = an undoubted asset」は,昨日の記事[2009-09-26-1]でも論じたとおり,やはり印欧語(主にヨーロッパ諸語)の視点に偏りすぎた解釈ではないだろうか.
 結論として,日本語を母語話者とする英語学習者の視点からは,Cosmopolitan Vocabulary は現代英語の「特徴」ではあるとしても,必ずしも「長所」ではないと考えておきたい.

 ・Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002. 10--15.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#268. 現代英語の Liabilities 再訪[pde_characteristic][phonetics][auxiliary_verb][tense][aspect]

2010-01-20

 [2009-09-25-1], [2009-09-26-1], [2009-09-27-1]の記事で現代英語の特徴を話題にした.そこでは,Baugh and Cable を参照して,負の特徴 ( Liabilities ) として Idiomatic Expressions の多いことと Spelling-Pronunciation Gap の大きいことの二点を挙げた.Jenkins (45) は,これとは別に発音と文法の点においても "difficulties" が存在すると主張する.
 発音については以下の通り.

 ・単母音が多い(例えば RP では20種類ある.標準日本語は5母音.)
 ・二重母音が多い(例えば RP では8種類ある.)
 ・/ə/ で表される中間母音が多用される(複数の字母に対応するという意味では Spelling-Pronunciation Gap の問題として考えるべきかもしれない.)
 ・音の脱落 ( elision ),同化 ( assimilation ),連結 ( liaison ) が多用される

 文法については以下の通り.

 ・動詞の時制 ( tense ) と相 ( aspect ) が多種多様で,時間参照 ( time reference ) との関係がストレートでない.
 ・may, will, can, should, ought to などの法動詞 ( modal verb ) は形態上も機能上も非常に複雑な体系をなしている. (see [2009-06-24-1], [2009-06-25-1], [2009-07-01-1])

 上記のいずれの点も「よく知られている他の言語と比べて相対的に」という条件付きではあるが,ある程度は的を射ている.

 ・Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. Abingdon: Routledge, 2003.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#756. 世界からの借用語[loan_word][lexicology][pde_characteristic][world_languages]

2011-05-23

 現代英語の最大の特徴の1つである cosmopolitan vocabulary については pde_characteristic を始めとする記事で,また時にそれを "asset" とみなす見方については批判的に[2009-09-27-1], [2010-05-22-1]の記事などで扱ってきた.関連して,現代英語語彙が借用語に満たされていることについては,[2010-05-16-1]にリンクを張った諸記事や loan_word の各記事で話題にしてきた.
 英語の語彙がいかに世界的かをざっと知るには,[2009-11-14-1]の記事「現代英語の借用語の起源と割合 (2)」のグラフをみるのが手っ取り早いが,単語とその借用元言語を具体的にリスト化しておけば,なお手っ取り早い.そこで,主として Crystal ( The English Language, p. 40 and Encyclopedia, pp. 126--27 ) に基づき,他の例も多少付け加えながら,借用元言語で世界一周ツアーしてみたい.

LanguageWords
Afrikaansapartheid, gnu, impala, indri, kraal, mamba, trek, tse-tse
Aleutianparka
American Indianchipmunk, moccasin, pow wow, skunk, squaw, totem, wigwam
Anglo-SaxonGod, Sunday, beer, crafty, gospel, house, rain, rainbow, sea, sheep, understand, wisdom
Arabicalgebra, assassin, azimuth, emir, ghoul, harem, hashish, intifada, mohair, sheikh, sherbet, sultan, zero
Araucaniancoypu, poncho
Australianboomerang, budgerigar, dingo, kangaroo, koala, wallaroo, wombat
Brazilianabouti, ai, birimbao, bossa nova, favela, jaguar, manioc, piranha
Canadian Indianpecan, toboggan
Chinesechopsuey, chow mein, cumquat, kaolin, ketchup, kung fu, litchi, sampan, tea, tycoon, typhoon, yen (=desire)
Czechhowitzer, pistol, robot
Dutchbluff, cruise, easel, frolic, knapsack, landscape, poppycock, roster, slim
Eskimoanorak, igloo, kayak
Finnishsauna
Frenchanatomy, aunt, brochure, castle, cellar, challenge, chocolate, crocodile, cushion, debt, dinner, entrance, fruit, garage, grotesque, increase, jewel, justice, languish, medicine, montage, moustache, passport, police, precious, prince, sacrifice, sculpture, sergeant, table, trespass, unique, venison, victory, vogue, voyeur
Gaelicbanshee, brogue, galore, leprechaun
Germanangst, dachshund, gimmick, hamburger, hamster, kindergarten, lager, nix, paraffin, plunder, poodle, sauerkraut, snorkel, strafe, waltz, yodel, zinc
Greekanonymous, catastrophe, climax, coma, crisis, dogma, euphoria, lexicon, moussaka, neurosis, ouzo, pylon, schizophrenia, stigma, therm, thermometer, tonic, topic
Haitianbarbecue, cannibal, canoe, peccary, potato, yucca
Hawaiianaloha, hula, lei, nene, ukulele
Hebrewbar mitzvah, kibbutz, kosher, menorah, shalom, shibboleth, targum, yom kippur, ziggurat
Hindibungalow, chutney, dekko, dungaree, guru, gymkhana, jungle, pundit, pyjamas, sari, shampoo, thug
Hungariancimbalom, goulash, hussar, paprika
Icelandicgeyser, mumps, saga
Irishblarney, brat, garda, taoiseach, whiskey
Italianarcade, balcony, ballot, bandit, ciao, concerto, falsetto, fiasco, giraffe, lava, mafia, opera, scampi, sonnet, soprano, studio, timpani, traffic, violin
Japanesebonsai, geisha, haiku, hara-kiri, judo, kamikaze, karate, kimono, shogun, tycoon, zaitech
Javanesebatik, gamelan, lahar
Koreanhangul, kimchi, makkoli, ondol, won
Latinalibi, altar circus, aquarium, circus, compact, diocese, discuss, equator, focus, frustrate, genius, include, index, interim, legal, monk, nervous, onus, orbit, quiet, ulcer, ultimatum, vertigo
Malagasyraffia
Malayamok, caddy, gong, kapok, orang-outang, sago, sarong
Maorihaka, hongi, kakapo, kiwi, pakeha, whare
Nahuatlaxolotl, coyote, mescal, tomato, tortilla
Norwegiancosy, fjord, krill, lemming, ski, slalom
Old Norseboth, egg, knife, low, sky, take, they, want
Persianbazaar, caravan, divan, shah, shawl, sofa
Peruviancondor, inca, llama, maté, puma, quinine
Polishhorde, mazurka, zloty
Polynesiankava, poe, taboo, tapa, taro, tattoo
Portuguesebuffalo, flamingo, marmalade, pagoda, veranda
Quechuanllama
Russianagitprop, borsch, czar, glasnost, intelligentsia, perestroika, rouble, samovar, sputnik, steppe, troika
Sanskritswastika, yoga
Scottishcaber, cairn, clan, lock, slogan
Serbo-Croatcravat, silvovitz
Spanishalbatross, banana, bonanza, cafeteria, cannibal, canyon, cigar, cobra, cork, dodo, guitar, hacienda, hammock, junta, marijuana, marmalade, molasses, mosquito, potato, rodeo, sherry, sombrero, stampede, supremo
Swahilibongo, bwana, harmattan, marimba, safari, voodoo
Swedishombudsman, tungsten, verve
Tagalogboondock, buntal, ylang-ylang
Tamilbandicoot, catamaran, curry, mulligatawny, pariah
TibetanKoumiss, argali, lama, polo, shaman, sherpa, yak, yeti
Tongantaboo
Turkishaga, bosh, caftan, caviare, coffee, fez, jackal, kiosk, shish kebab, yoghurt
Vietnameseao dai, nuoc mam
Welshcoracle, corgi, crag, eisteddfod, hwyl, penguin
Yiddishchutzpah, gelt, kosher, nosh, oy vay, schemozzle, schmaltz, schmuk


 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#22. イディオムと英語史[idiom][pde_characteristic][lexeme]

2009-05-20

 現代英語の特徴の一つとして,慣用表現 (idiomatic expression,イディオム) の多さが挙げられることがある.英語史概説の老舗である Baugh, Albert C. and Thomas Cable. ( A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.) で言及されているので,広く知られている.
 イディオムのない言語は存在しないので程度の問題だと思うのだが,果たして本当に英語は他言語に比べてイディオムが多いのだろうか.このテーマでの比較研究についてはよく知らないので,何とも言えない.直感的には他のヨーロッパ語に比べれば多いのかなという印象はあるが,実際のところはどうなのだろうか.また「イディオム」をどのように定義するかによっても,数え方は変わってくるように思える.今回はイディオムの性質について考え,英語史に結びつけてみたい.

 典型的なイディオムの例として,現代英語の put up with を挙げよう.このイディオムを構成する3単語 put, up, with についてそれぞれの意味は分かるが,それが組み合わさってできる put up with ( = endure ) の意味は,3語の意味の和ではない.このゲシュタルト的な性質こそが,イディオムの最大の特徴である.
 このことを,語 ( word ),形態素 ( morpheme ),語彙素 ( lexeme ) という異なる三つの観点から考えてみる.put up with を例に取ると,このイディオムは3語から成っている.各単語はそれぞれ1形態素から成っているので全体として形態素の数も3である.また,put up with は全体で一つの意味をなすので語彙素としては1と数える.したがって,このイディオムは三つの観点から記述すると,「3単語,3形態素,1語彙素」となる.
 語彙素 ( lexeme ) という単位はあまり聞き慣れないかもしれないが,辞書に載っていないと困る単位と考えればよい.put up with の意味を知りたいときに,辞書で putupwith を辞書でひいたとしても望む意味にはたどりつかない.是非とも,辞書には put up with 全体として見出しを立てて意味を記してもらいたいわけである.
 この語彙素という視点からイディオムを定義すれば,「複数のが集まって,全体として一つの語彙素に対応する形態」ということになる.
 ここで注意したいのは,語と形態素は別物だということだ.putupwithの場合,語がそのまま形態素に一対一で対応しているが,語が複数の形態素から成るケースもある.例えば,understand は明らかに一語だが,under + stand という二つの形態素から成っている.そして,語としての意味は,二つの形態素の意味の和ではない.語全体として「理解する」という意味に対応する.ここで,understand を三つの観点から記述すると,「1単語,2形態素,1語彙素」ということになる.
 上に述べたイディオムの定義を拡張して,「複数の形態素が集まって,全体として一つの語彙素に対応する形態」とすれば,understand もイディオム,いわば「小さなイディオム」ということができる.一般的な理解では understand はイディオムと言わないだろうが,ここで指摘したいことは,put up withunderstand も,その意味が,分解される複数の部分の意味の和とはなっていない点で共通する.前者は,複数のから成り,後者は複数の形態素から成るという違いがあるだけである.

 以上の考察を英語史の話題へと結びつけてみよう.古英語では,understand 型の派生語が活躍した.いわば「小さなイディオム」全盛の時代である.中英語になり,put up with 型の表現が多く生み出された.いわば「大きなイディオム」全盛の時代である.現代英語では,その境目こそ曖昧になっているが,両タイプのイディオムが隆盛である.英語の歴史(に限らないが)をイディオムを生み出してきた歴史と捉えるのであれば,全体的な方向は一貫していたといえよう.ただ,イディオムを生み出してきたパターンは,古英語,中英語,現代英語を通じて発展してきたことがわかる.

 ・Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#210. 綴字と発音の乖離をだしにした詩[spelling_pronunciation_gap][youtube][gh]

2009-11-23

 現代英語の綴字と発音の乖離は,英語史上の主要な問題であり,本ブログでも定番の話題となってきた(関連記事を参照→spelling_pronunciation_gap).
 今日はこの乖離をだしにした詩を紹介する.Gelderen (14) が掲載しているもので,"unknown source" とされている.couplet で脚韻を踏んでいるが,ほぼすべての組で綴字が異なっているのがミソ.綴字と発音の乖離を逆手に取ったことば遊びとして実によくできている.

I take it you already know
Of tough and bough and cough and dough?
Some may stumble but not you,
On hiccough, thorough, slough, and through?
So now you are ready perhaps
to learn of less familiar traps?
Beware of heard, a dreadful word
that looks like beard and sounds like bird,
and dead is said like bed, not bead or deed.
Watch out for meat, great, and threat that
rhyme with suite, straight, and debt.


 より長い完全なバージョンがあるようで,Web で探したらこんな動画(スクリプト付き)があった(YouTube版もあり).発音記号つきのスクリプトを参照したい方は,こちらのPDFもどうぞ.
 特に前半の <ough> の発音の多様性が印象的である.through の綴字については,[2009-06-20-1]他参照.

 ・Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006. 163.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#503. 現代英語の綴字は規則的か不規則的か[spelling_pronunciation_gap][statistics]

2010-09-12

 現代英語の綴字と発音の関係は,母語話者にとっても非母語話者にとってもしばしば非難の対象になるが,[2010-02-05-1]の記事で少し触れたとおり,世間で酷評されるほどひどくないという主張がある.Crystal (72) によれば綴字が完全に不規則な日常英単語はわずか400語程度にすぎないという.また,以下のように綴字の規則性は75%?84%にも達するという推計もある.

English is much more regular in spelling than the traditional criticisms would have us believe. A major American study, published in the early 1970s, carried out a computer analysis of 17,000 words and showed that no less than 84 per cent of the words were spelled according to a regular pattern, and that only 3 per cent were so unpredictable that they would have to be learned by heart. Several other projects have reported comparable results of 75 per cent regularity or more. (Crystal, pp. 72--73)



 この数値をみると,確かに巷で騒がれるほど英語の綴字はめちゃくちゃではないのだなと感じるかもしれない.しかし,こうした推計値は,解釈に際して2つの点で注意すべきである.1つは,推計値は調査対象とする語彙の範囲(例えば明らかに不規則性が多く観察される地名や人名などの固有名詞を含むかどうか)や規則性の計測の仕方(例えば meat, meet, mete の綴字はいずれもある意味で規則的と判断できるが,/mi:t/ を綴る可能性が3種類もあると考えれば予測不可能性は増し,その分不規則的ともいえる)などに大きく依存するという点である.何をどのように数えるかということが肝心である.
 それでも,複数の推計で法外に大きく異なる値が出たわけではないので,ひとまず上の値を受け入れると仮定しよう.その場合でも,次の点を考慮する必要がある.数値が客観的であるとしても,その数値をどのように解釈すればよいかという基準が主観的あるいは相対的になることがありうるという点である.具体的に言えば,綴字の規則性を示す84%という上述の値は,本当に高いと評してよいのだろうか.綴字と発音の関係が例外なしの完璧な場合を100%と考えているのだろうが,その正反対である0%というのはローマ字のような表音文字 ( see [2010-06-23-1] ) を話題にしている限り,定義上ありえない.表語文字である漢字ですら,形声文字では,音読みに関する限り,読み方の予測可能性はかなり高いのである.つまり,100%の対極として0%を想定することは現実的にはありえない.取り得る値の範囲は,0--100% ではなく,例えば 50--100% くらいに落ち着くはずである.その中で84%という数値を評価する必要がある.
 また,英語と同じローマ字を用いる他のヨーロッパ語を考えてみると,フランス語やドイツ語などで同じような推計をとると限りなく100%に近くなるのではないかと想像される.それと比較すると,英語の84%という値は相当に低いとも考えられる.「表音文字で綴られる言語」を標榜している限り,完璧な100%までは求めずともせめて95%くらいは欲しい,譲っても90%だなどと考えれば,84%では心許ないともいえる.「表音文字」であるから100%を建前としているし,取り得る値のボトムが0%でありえないという上記の前提を考慮すると,英語の84%という値の解釈は難しい.
 出てきた数値はそれなりに客観的だとしても,その解釈は相対的にならざるを得ないと考える所以である.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]