hellog〜英語史ブログ

#1526. 英語と日本語の語彙史対照表[word_formation][japanese][timeline][lexicology][loan_word][borrowing][compounding][affix][buddhism]

2013-07-01

 以下に,英語と日本語の語彙史,語形成の歴史を比較対照できるような表を作成した.それぞれの時代における語彙や語形成の特徴を箇条書きにしたものである.「#1524. 英語史の時代区分」 ([2013-06-29-1]) と「#1525. 日本語史の時代区分」 ([2013-06-30-1]) でそれぞれの言語の時代区分を示したが,両者がきれいに重なるわけではないので,表ではおよその区分で横並びにした.英語の側では特定の典拠を参照したわけではないが,その多くは本ブログ内でも様々な形で触れてきたので,キーワード検索やカテゴリー検索を利用して関連する記事にたどりつくことができるはずである.とりわけ現代英語の語形成については,「#883. Algeo の新語ソースの分類 (1)」 ([2011-09-27-1]) を中心として記事で細かく扱っているので,要参照.日本語の側は,『シリーズ日本語史2 語彙史』 (p. 7) の語彙史年表に拠った.

Old English* Germanic vocabulary上代○和語(やまとことば)が大部分を占めた.
* monosyllabic bases○2音節語が基本.
* derivation and compounding○中国との交流の中で漢語が借用された.例:茶 胡麻 銭 (なお,仏教とともに伝えられたことばの中には「卒塔婆」「曼荼羅」のような梵語(古代インド語=サンスクリット語)も含まれている.)
* Christianity-related vocabulary from Latin (some via Celtic)中古○漢語が普及した.例:案内(あない) 消息(せうそこ) 念ず 切(せち)に 頓(とみ)に
* few Celtic words○和文語と漢文訓読語との文体上の対立が見られる.例:カタミニ〈互に〉←→タガヒニ(訓読語) ク〈来〉←→キタル(訓読語)
Middle English* Old Norse loanwords including basic words○派生・複合によって,形容詞が大幅に造成された.
* a great influx of French words中世○漢語が一般化した.
* an influx of Latin technical words○古語・歌語・方言・女房詞など,位相差についての認識が広く存在した.
Modern English* a great influx of Latin loanwords○禅宗の留学僧たちが,唐宋音で読むことばを伝えた.例:行燈(あんどん) 椅子(いす) 蒲団(ふとん) 饅頭(まんぢゅう)
* Greek loanwords directly○キリスト教の宣教師の伝来,また通商関係などにより,ポルトガル語が借用された.例:パン カルタ ボタン カッパ〈合羽〉
* loanwords from various languages近世○漢語がより一般化し,日常生活に深く浸透した.
* Shakespeare's vocabulary○階層の分化に応じて語彙の位相差が深まった.
* scientific vocabulary○蘭学との関係でオランダ語が借用された.例:アルコール メス コップ ゴム
Present-Day English* shortening近代○西欧語の訳語として,新造漢語が急激に増加する.例:哲学 会社 鉄道 市民
* many Japanese loanwords○英米語を筆頭として,フランス語,ドイツ語,イタリア語などからの外来語が増加する.
* compounding revived○長い複合語を省略した略語が多用される.
* loanwords decreased 


 両言語ともに借用という手段で語彙を豊かにしてきたことがわかるだろう.文化史と語の借用の歴史は常に密接な関係にあるが,英語と日本語の語彙史以上にこのことを如実に示すものはあまりない.言語類型的にも地理的にも著しくかけ離れた両言語が,語彙史において多くの共通点をもっていることは銘記しておきたい.

 ・ 安部 清哉,斎藤 倫明,岡島 昭浩,半沢 幹一,伊藤 雅光,前田 富祺 『シリーズ日本語史2 語彙史』 岩波書店,2009年.

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#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響[japanese][hybrid][loan_word][latin][christianity][alphabet][religion][buddhism][hebrew]

2010-02-17

 [2009-05-30-1]の記事で,6世紀にブリテン島にもたらされたキリスト教が,アングロサクソン人と英語に多大な影響を与えたことを見た.キリスト教は,布教の媒体であったラテン語とともに英語の語彙に深く入り込んだだけでなく,英語に alphabet という文字体系をもたらしもした.6世紀のキリスト教の伝来は,英語文化史的にも最重要の事件だったとみてよい.
 興味深いことに,同じ頃,ユーラシア大陸の反対側でも似たような出来事が起こっていた.6世紀半ば,大陸から日本へ仏教という外来宗教がもたらされた.仏教文化を伝える媒体は漢語(漢字)だった.日本語は,漢字という文字体系を受け入れ,仏教関連語彙として「法師(ほふし)」「香(かう)」「餓鬼(がき)」「布施(ふせ)」「檀越(だにをち)」などを受容した.『万葉集』には漢語は上記のものなど少数しか見られないが,和歌が主に大和言葉を使って歌われるものであることを考えれば,実際にはより多くの漢語が奈良時代までに日本語に入っていたと考えられる.和語接辞と漢語基体を混在させた「を(男)餓鬼」「め(女)餓鬼」などの混種語 ( hybrid ) がみられることからも,相当程度に漢語が日本語語彙に組み込まれていたことが想像される.
 丁寧に比較検討すれば,英語と日本語とでは文字や語彙の受容の仕方の詳細は異なっているだろう.しかし,大陸の宗教とそれに付随する文字文化を受け入れ,純度の高いネイティブな語彙体系に外来要素を持ち込み始めたのが,両言語においてほぼ同時期であることは注目に値する.その後,両言語の歴史で外来語が次々と受け入れられてゆくという共通点を考え合わせると,ますます比較する価値がありそうだ.
 また,上に挙げた「餓鬼(がき)」「布施(ふせ)」「檀越(だにをち)」などの仏教用語が究極的には梵語 ( Sanskrit ) という印欧語族の言語にさかのぼるのもおもしろい.英語に借用されたキリスト教用語もラテン語 ( Latin ) やギリシャ語 ( Greek ) という印欧語族の言語の語彙であるから,根っことしては互いに近いことになる.(もっとも,究極的にはキリスト教用語の多くは非印欧語であるヘブライ語 ( Hebrew ) にさかのぼる).偶然の符合ではあるが,英語と日本語における外来宗教の言語的影響を比べてみるといろいろと発見がありそうだ.

 ・山口 仲美 『日本語の歴史』 岩波書店〈岩波新書〉,2006年. 40--42頁.

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#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語[japanese][kanji][katakana][waseieigo][lexicology][emode]

2013-10-13

 初期近代英語期,主としてラテン語に由来するインク壺語 (inkhorn_term) と呼ばれる学者語が大量に借用されたとき,外来語の氾濫に対する大議論が巻き起こったことは,「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1]) や「#1410. インク壺語批判と本来語回帰」 ([2013-03-07-1]) などの記事で触れた.Bragg (116) の評価によれば,"This controversy was the first and probably the greatest formal dispute about the English language." ということだった.
 現代日本語において似たような問題が,カタカナ語の氾濫という形で生じている.インク壺語とカタカナ語の問題の類似点については,「#1615. インク壺語を統合する試み,2種」 ([2013-09-28-1]) と「#1616. カタカナ語を統合する試み,2種」 ([2013-09-29-1]) で取り上げたが,借用語彙の受容を巡る議論は,およそ似たような性質を帯びるものらしい.そこへもう1つ新語彙の受容を巡る問題を加えるとすれば,近代期の日本の新漢語問題が思い浮かぶ.昨日の記事「#1629. 和製漢語」 ([2013-10-12-1]) でも話題にした,和製漢語を種とする新漢語の大量生産である.
 幕末以降,特に明治初期以来,英語をはじめとする大量の西洋語を受け入れるのに,それを漢訳して受容した.当時の知識人に漢学の素養があったからである.漢訳に当たっては,古来の漢語を利用したり,W. Lobscheid の『英華字典』を参照したり(例えば,文学,教育,内閣,国会,階級,伝記など)して対処したものもあったが,和製漢語を作り出す場合が多かった.この大量の新漢語は「漢語の氾濫」問題を惹起し,一般庶民にまで影響を及ぼすことになった.
 例えば,『日本語百科大事典』 (453--54) によれば,『都鄙新聞』第1号(慶應4・明治1)に「此は頃鴨東ノの芸妓,少女ニ至ルマデ,専ラ漢語ヲツカフコトヲ好ミ,霖雨ニ盆地ノ金魚ガ脱走シ,火鉢ガ因循シテヰルナド,何ノワキマヘモナクイヒ合フコトコレナリ」という皮肉が聞かれたし,『漢語字類』(明治2)には「方今奎運盛ニ開ケ,文化日ニ新タナリ。上ミハ朝廷ノ政令,方伯ノ啓奏ヨリ,下モ市井閭閻ノ言談論議ニ至ルマデ,皆多ク雑ユルニ漢語ヲ以テス」とある.『我楽多珍報』(明治14. 9. 30)では「生意気な猫ハ漢語で無心いひ」とまである.このように新漢語が流行していたようだが,庶民がどの程度理解していたかは疑問で,「チンプン漢語」とまで呼ばれていたほどである."inkhorn terms" や「カタカナ語」という呼称と比較されよう.そして,漢語を統合する試みの1つとして,漢語字引が次々と出版されたことも,他の2例と驚くほどよく似ている.
 現代日本語のカタカナ語問題を議論するのに,16世紀後半のイングランドや19世紀後半の日本の言語事情を参照することは,意味のあることだろう.

 ・ Bragg, Melvyn. The Adventure of English. New York: Arcade, 2003.
 ・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.

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#1067. 初期近代英語と現代日本語の語彙借用[lexicology][loan_word][borrowing][emode][renaissance][latin][japanese][linguistic_imperialism][lexical_stratification]

2012-03-29

 英語と日本語の語彙史は,特に借用語の種類,規模,受容された時代という点でしばしば比較される.語彙借用の歴史に似ている点が多く,その顕著な現われとして両言語に共通する三層構造があることは [2010-03-27-1], [2010-03-28-1] の両記事で触れた.
 英語語彙の最上層にあたるラテン語,ギリシア語がおびただしく英語に流入したのは,語初期近代英語の時代,英国ルネッサンス (Renaissance) 期のことである(「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]) , 「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]) を参照).思想や科学など文化の多くの側面において新しい知識が爆発的に増えるとともに,それを表現する新しい語彙が必要とされたことが,大量借用の直接の理由である.そこへ,ラテン語,ギリシア語の旺盛な造語力という言語的な特徴と,踏み固められた古典語への憧れという心理的な要素とが相俟って,かつての中英語期のフランス語借用を規模の点でしのぐほどの借用熱が生じた.
 ひるがえって日本語における洋語の借用史を振り返ってみると,大きな波が3つあった.1つ目は16--17世紀のポルトガル語,スペイン語,オランダ語からの借用,2つ目は幕末から明治期の英独仏伊露の各言語からの借用,3つ目は戦後の主として英語からの借用である.いずれの借用も,当時の日本にとって刺激的だった文化接触の直接の結果である.
 英国のルネッサンスと日本の文明開化とは,文化の革新と新知識の増大という点でよく似ており,文化史という観点からは,初期近代英語のラテン語,ギリシア語借用と明治日本の英語借用とを結びつけて考えることができそうだ.しかし,語彙借用の実際を比べてみると,初期近代英語の状況は,明治日本とではなく,むしろ戦後日本の状況に近い.明治期の英語語彙借用は,英語の語形を日本語風にして取り入れる通常の意味での借用もありはしたが,多くは漢熟語による翻訳語という形で受容したのが特徴的である.「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) で示した借用のタイプでいえば,importation ではなく substitution が主であったといえるだろう(関連して,##902,903 も参照).また,翻訳語も含めた英語借用の規模はそれほど大きくもなかった.一方,戦後日本の英語借用の方法は,そのままカタカナ語として受容する importation が主であった.また,借用の規模も前時代に比べて著大である.したがって,借用の方法と規模という観点からは,英国ルネッサンスの状況は戦後日本の状況に近いといえる.
 中村 (60--61) は,「文芸復興期に英語が社会的に優勢なロマンス語諸語と接触して,一時的にヌエ的な人間を生み出しながら,結局は,ロマンス語を英語の中に取り込んで英語の一部にし得た」と,初期近代英語の借用事情を価値観を込めて解釈しているが,これを戦後日本の借用事情へ読み替えると「戦後に日本語が社会的に優勢な英語と接触して,一時的にヌエ的な人間を生み出しながら,結局は,英語を日本語の中に取り込んで日本語の一部にし得た」ということになる.仮に文頭の「戦後」を「明治期」に書き換えると主張が弱まるように感じるが,そのように感じられるのは,両時代の借用の方法と規模が異なるからではないだろうか.あるいは,「ヌエ的」という価値のこもった表現に引きずられて,私がそのように感じているだけかもしれないが.
 価値観ということでいえば,中村氏の著は,英語帝国主義に抗する立場から書かれた,価値観の強くこもった英語史である.主として近代の外面史を扱っており,言語記述重視の英語史とは一線を画している.反英語帝国主義の強い口調で語られており,上述の「ヌエ的」という表現も著者のお気に入りらしく,おもしろい.展開されている主張には賛否あるだろうが,非英語母語話者が英語史を綴ることの意味について深く考えさせられる一冊である.

 ・ 中村 敬 『英語はどんな言語か 英語の社会的特性』 三省堂,1989年.

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