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me_dialect - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-23 11:02

2009-07-25 Sat

#89. one の発音は訛った発音 [numeral][etymology][me_dialect][pronunciation][vowel]

 [2009-07-22-1]で,one の音声変化について教科書的な説明を施した.母音の変化というのは,有名な大母音推移 ( Great Vowel Shift ) を含め,英語史において非常に頻繁に起こるし,現代英語でも母音の方言差は非常に大きい.したがって,one に起こった一連の母音変化もむべなるかなと受け入れるよりほかない気がする.しかし,[w] という子音の語頭挿入という部分については,そうやすやすとは受け入れられない.
 「後舌母音に伴う円唇化」は調音音声学的には合理的である[2009-05-17-1].だが,なぜこの特定の単語でのみそれが見られるのか.なぜ他の単語群では [w] 音が挿入されなかったのか.まったく関係のない単語ならいざしらず,語源的関連の強い only がなぜ [wʌnli] と発音されないか.
 その答えは方言の違いにある.[w] 音が挿入されたのは中英語期のイングランド南西部・西部方言の発音であり,その方言形がたまたま後に標準語へ取り込まれたということに過ぎない.一方,only にみられる [w] 音のない発音は中英語期のイングランド南部・中部方言の発音に由来する.
 つまり,one の発音はこっちの方言からとって来られて標準発音となったが,only の発音はあっちの方言から来たというわけだ.ある語について,その発音がどこの方言からとられて標準化したか,そしてそれを決めるファクターは何だったのかという問いに対しては,明確な基準はなくランダムだった,としか答えようがない.
 だが,このように,中英語期のどの方言に由来するかで,もともとは同根の語どうしが,現代標準語では異なる発音をもつようになった例はたくさんある.一例を挙げれば,will の母音は中英語の多くの方言で用いられておりそのまま標準化したが,否定形 won't の母音は主に中部・南部の方言に由来する.後者は,中部訛りの wol(e) + not が縮約された形に他ならない.肯定形と否定形がセットで同じ方言から標準語に入ってきていたならば母音も同じになったろうが,ランダムともいうべき方言選択の結果,現在の標準英語の will --- won't という分布になってしまった.
 嘆かわしいと思うなかれ,言葉の歴史は興味深いと思うべし.

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2009-06-21 Sun

#54. through 異綴りベスト10(ワースト10?) [spelling][lalme][laeme][oed][me_dialect][through]

 昨日[2009-06-20-1]の記事で through の綴りが後期中英語期だけでも515通りあったことを紹介した.そこで書き忘れたのだが,どこからこのような情報が得られるかということである.まさか,丹念に中英語のテキストをしらみつぶしに読んで,一つ一つ through とおぼしき形態をせっせと収集したというわけではない.また,電子コーパスとして全テキストが検索可能になっていたとしても,lemmatise(見出し語化)されていなければ,そもそも検索欄にどの綴り字を入力すればいいのかが不明である.
 方法の一つとして Oxford English Dictionary ( OED ) の利用がある.この究極の英英辞書は,古英語から現代英語までの各単語の異綴りを数多く掲載している.確かに汎用的に使える方法だが,OEDthrough を引いてみると,せいぜい数十の異綴りしか得られない.
 もう一つの方法は,A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English ( LALME ) の利用である.これは,選ばれた基本語の異綴りがブリテン島の地図の上にプロットされている「方言地図」である.時代は後期中英語に限られているものの,異綴り研究にとっては究極のツールである.今回の through の異綴りも LALME ですでにまとめられているリストを打ち込んだだけである.LALME の初期中英語期の姉妹編として LAEME なるものもあり,こちらはオンラインで利用可能なので,ぜひ試されたい(URLは末尾).
 さて,515通りの列挙を眺めていると目がチカチカしてくるが,その中で私の独断と偏見で選ぶベスト10(ワースト10ともいえる)を,突っ込みを入れながら挙げてみよう.

 1. yhurght (←ほぼ yoghurt
 2. trghug (←ほぼ発音不可能)
 3. thrwght (←母音字なし,その一)
 4. thwrw (←母音字なし,その二)
 5. thrvoo (←vって・・・)
 6. throw (←違う単語になってる)
 7. threw (←その過去形まである)
 8. yora (←どうしてこうなるの?)
 9. ȝour (←なぜ?)
 10. through (←ちゃんとあるじゃない!)

 ・McIntosh, Angus, Michael Louis Samuels, Michael Benskin, eds. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.
 ・Laing, Margaret and Roger Lass, eds. A Linguistic Atlas of Early Middle English, 1150--1325. http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/laeme1.html . Online. Edinburgh: U of Edinburgh, 2007.

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2009-06-20 Sat

#53. 後期中英語期の through の綴りは515通り [spelling][lme][scribe][me_dialect][through]

 現代英語の学習者が,初めて中英語で書かれたテキストを読もうとするときに驚くのは,スペリングの多様さである.例えば,後期中英語期には through という単語はなんと515通りもの異なるスペリングがあり得た.

doruȝ-, dorw, dorwe, dorwgh, dourȝh, drowgȝ, durghe, durwe, -thogh, thorch, thorew, thorewe, thorffe, thorg, Thorgh, thorgh, -thorgh, thorgh, thorghe, thorght, thorghw, thorghwe, thorgth, thorh, thoro, thorogh, thoroghe, thoroght, -thoroght, thorohe, thoroo, thorou, Thorough, thorough, thorough-, thoroughe, thorought, Thorouh, thorouȝ, thorouȝh, Thorow, thorow, thorow-, Thorowe, thorowe, thorowg, thorowgh, thorowghe, thorowght, thorowh, thorowth, thorowut, thorowȝ, thorowȝt, thorrou, thorrow, thorth, thorthe, thoru, thoru-, thorue, thorugh, -thorugh, thorughe, thorught, -thorught, Thoruh, thoruh, thoruh-, thorur, thoruth, Thoruȝ, thoruȝ, thoruȝh, thorv, Thorw, thorw, -thorw, thorw, Thorwe, thorwe, thorwgh, thorwh, thorwȝ, -thorwȝ, thorwȝ, thorwȝe, Thorȝ, thorȝ, Thorȝe, thorȝe, thorȝh, thorȝoh, thorȝt, thorȝw, thorȝwe, thour, thour, thoure, thourgh, -thourgh, thourghe, thourght-, thourh, thourhe, thourow, thourr, thourth, thourw, thourw, thourwg, thourȝ, thourȝ, thourȝe, thow, thowe, thowffe, thowr, thowrgh, thowrow, thowur, thrawth, threw, thro, thro-, -thro, throch, throcht, throgh, throghe, throghet, throght, throght, throghte, throighe, throu, throuche, throue, throug, through, through-, throughe, throught, throuh, throuȝ, throuȝe, throuȝht, throve, throw, throw-, throw, throwe, throwe, throwe, throwg, throwgh, throwght, throwh, throwr, throwth, throwȝ, throwȝe, throȝ, -throȝe, throȝe, throȝgh, throȝghe, throȝh, throȝhe, throȝt, thruch, thrue-, thrug-, Thrugh, thrugh, thrughe, thrught, thrughte, thruh, thruth, thruȝ, thruȝe, thruȝhe, thrvoo, thrw, thrwe, thrwgh, thrwght, thrygh, thuht, thur, thurch, thurew, thurg, thurge, thurge-, thurgeh, Thurgh, thurgh, thurgh-, -thurgh, thurgh, thurghe, thurght, thurghte, thurgth, thurgwe, Thurh, thurh, thurhe, thurhge, thurhgh, thuro, thurow, thurowe, thurth, thurthe, thuru, thurv, thurw, -thurw, thurwe, Thurȝ, thurȝ, thurȝe, Thurȝh, thurȝh, Thurȝhg, thurȝt, thurȝth, thwrgh, thwrw, torgh, torghe, torw, -torwe, trghug, trogh, troght, trough, trow, trowe, trowffe, trowgh, trowght, trugh, trughe, trught, twrw, yerowe, yhorh, yhoru, yhrow, yhurgh, yhurght, yora, yorch, yorgh, yorghe, yorh, yoro, yorou, yoroue, yorough, yorour, yorow, yorow-, yorowe, yorowe, yoru, yorugh, yoruh, yoruȝ, yorw, yorwe, yorȝ, your, yourch, yourgh, yourghe, yourh, yourw-, yourȝ, yowr, yowrw, yoȝou, yrogh, yrou-, yrow, yrugh, yruȝ, yurch, yurg-, yurgh, yurghe, yurght, yurh, yurhg, yurht, yurowe, yurth, yurthe, yuru, yurw, yurwh, yurȝ, yurȝe, ðoru, þarȝ, þerew, þerew, þerow, þerue-, þhorow, þhurȝ, þor, þorch, þore, þoreu, þorew, þorewe, þorewȝ, þoreȝ, þorg, -þorgh, þorgh, þorghe, þorght, þorghȝ, þorguh, þorgȝ, þorh, þoro, þorogh, þoroghe, þorou, þorou, þoroue, þorough, þorought, þorouh, þorour, -þorouȝ, þorouȝ, þorouȝe, þorouȝh, þorouȝt, þorow, -þorow, þorow, þorow, þorowe, þorowgh, þorowghe, þorowh, þorowth, þorowþ, þorouwȝ, þoroȝ, þorrow, þorrughe, þorth, þoru, -þoru, þorue, þorug, þorugh, þorught, þorugȝ, þoruh, þoruhg, þoruth, þoruþ, þoruȝ, -þoruȝ, þoruȝe, þoruȝh, þoruȝt, þorv, þorw, þorw-, -þorw, þorwe, þorwgh, þorwgȝ, þorwh, -þorwh, þorwhe, þorwth, þorwtȝ, þorwȝ, þorwȝe, þorþ, þorȝ, þorȝe, þorȝh, þorȝhȝ, þorȝt, þough, þour, þour, þour, þourg, þourgh, þourght, þourgȝ, þourh, þourh, þourow, þourt, þourth, þouruȝ, þourw, þourw-, -þourw, þourwe, þourþ, þourȝ, t-þourȝ, þourȝ, þourȝe, þourȝh, þourȝt, þourȝw, þouȝ, þouȝt, þowr, þowre, þro, þrogh, þroghe, þrorow, þrorowe, þroth, þrou, þrough, þrought, þroughte-, þrouh, þrouhe, þrouht, þrouȝ, þrouȝe, þrouȝh, þrouȝt, þrouȝte, þrouȝth, þrow, þrow, þrowe, þrowgh, þrowghe, þrowh, -þrowþ, þrowȝ, þrowȝe, þroȝ, þroȝe, þroȝgh, þroȝh, þroȝt, þroȝth, þrugh, -þruh, þruȝ, þruȝe, þur, þurch, þureh, þureȝ, þurf, þurg, þurgh, -þurgh, þurghe, þurght, þurghȝ, þurgȝh, þurh, þurh, þurhg, þurht, þuro, þurow, þurru, þurth, þurthe, þuru, þuruch, þurugh, þurughe, þurut, þuruȝ, þurw, þurw-, þurwe, þurwȝ, þurwȝ, þurþ, þurȝ, þurȝe, þurȝg, þurȝh, þurȝhg, þurȝt, þurȝth, þwrgh, ȝorgh, ȝoru, ȝoruȝ, ȝoruȝt, ȝorw, ȝour, ȝowr, ȝurch


 壮観である.だが,なぜこんな状況になっていたのだろうか.
 一言でいえば,標準スペリングというものがなかったということである.当時は規範となる辞書もなければ,スペリング・マスターのような人物もいない.写字生 ( scribe ) と呼ばれる書き手の各々が,およそ自分の発音に即して綴り字をあてたのである.例えば,イングランド北部・南部の出身の写字生では,方言がまるで違うわけであり,発音も相当異なったろう.そこで,同じ単語でもかなり異なった綴り字が用いられたはずである.さらには,同じ写字生でも,一つの単語が,数行後に異なるスペリングで書かれるということも珍しいことではない.スペリングがきちんと定まっている現代英語から見ると,信じがたい状況である.
 英語のスペリングがおよそ現在のような形に落ち着いたのは,近代英語以降である.それも比較的ゆっくりと固まっていった.英語の試験で一字でも間違えたらバツということを我々は当たり前のように受け入れているが,中世の写字生がこの厳しい英語教育の現状を見たらなんというだろうか?
 中英語のほうが余裕と遊びがあるようにも思えるが,さすがに515通りは行き過ぎか・・・.そもそも <trghug> なんてどう発音されたのだろうか?

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