この20年ほどの間,特に21世紀に入ってから,英語史の分野では後期近代英語 (Late Modern English; 18--19世紀の英語) への関心が高まってきている.逆にいえば,現代英語に接続する最も「近い」時代の英語が,これまで正当に評価されてこなかったという見方もできるだろう.この見方は,18--19世紀の英語研究を表現する Charles Jones の有名な句 "the Cinderellas of English historical linguistic study" に端的に表わされている (Jones, Charles. A History of English Phonology. London: Longman, 1989. p. 279) .
後期近代英語に関する本格的な研究書は1990年代から現れ始め,2001年にはエディンバラ大学でこの時代に焦点を当てた初めての国際学会が開かれるなど,にわかに活況を呈してきた.この近年の英語史研究の潮流は,いったい何に起因するのだろうか.
Beal (xi--xii) によれば,2つの理由があるという.1つはミレニアム,もう1つは歴史社会言語学とコーパス言語学の発達と熟成である.前者について,次のように述べられている.
Perhaps the most obvious clue is in the millennium itself: the nineteenth century is no longer 'the last century', so that there is the perception that a 'safe' distance now exists between the 'Later Modern' period the the present day.
要するに,研究者が19世紀を「歴史」として捉えられるだけの時間差と心の余裕を得たということになろう.完全かつ安全に過去のものとなった,という認識である.2点目の言語学史的な潮流に関しては,Beal (xii) は次のように指摘している.
A second explanation for the recent upsurge in interest in this period lies in the change of emphasis within historical linguistics from the purely theoretical to socio-historical and corpus-based approaches to the study of language.
"socio-historical" や "historical sociolinguistic" と表わされる「歴史社会言語学」という表現自体が比較的新しいものであり,いまだ定着しつつ過程にあるにすぎないが,1つの有望な領域であるとは私も確信している (cf. 「#2883. HiSoPra* に参加して (1)」 ([2017-03-19-1]),「#2884. HiSoPra* に参加して (2)」 ([2017-03-20-1])) .また,コーパス言語学の手法の発達とあらゆるテキストの電子可は,英語史研究者が時代を自由にまたいで越えていくことを可能にし,結果として比較的手薄だった近代英語研究の間口を広げることに貢献したといえる(「#368. コーパスは研究の可能性を広げた」 ([2010-04-30-1]) を参照).近代英語には,中世と現代の双方から歩み寄ることのできる「出会いの場」としての役割も期待されている.
英語史研究で盛り上がりをみせている後期近代英語期に,今後も要注目である.
・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.
英語史上,18世紀は "doctrine of correctness" に特徴づけられた規範主義の時代であると評価されてきた.確かにこの世紀には,前半だけで50ほどの,後半には200を超える英文法書が出版され,規範英文法書の世紀といっても過言ではない.
しかし,Beal は,著書の第5章 "Grammars and Grammarians" において,18世紀に与えられたこの伝統的な評価について再考を促す.Beal (90) は,18世紀には規範主義の風潮自体は間違いなくあったものの,諸家の立場は,その政治的信条やイデオロギーに応じて様々かつ複雑であり,単に規範的といった評価では不十分であると論じている.
[E]ighteenth-century grammarians had a range of motives for writing their grammars, and . . . these and later grammars, far from being uniformly 'prescriptive', would be better described as occupying different points on a prescriptive-descriptive continuum.
英語に関する著作をものした諸家は,各々の政治的スタンスから英語について発言していた.例えば,Swift は Ann 女王と君主制を守ろうとする保守主義から物を申し,行動もしていた.また,1707年の大ブリテン連合王国の成立を受けて,南部の標準的な英語を正しい英語と定め,スコットランド人などにそれを教育する必要性も感じられていた.規範主義の背景には,政治的思惑があったのである (Beal 97) .
Whilst it is perfectly valid to see eighteenth- and nineteenth-century grammars both as the necessary agents of codification and as self-help guides for the aspiring middle classes, it cannot be denied that many of the authors of these works were politically and/or ideologically motivated.
Beal (111) は,しばしば対立させられる Lowth と Priestley にも言及し,両者の違いは力点の違い(含意として政治的スタンスの違い)であるとしている.
These two grammarians [= Lowth and Priestley] were writing within a year of each other, so any norms of usage to which they refer must have been the same. Although both used a classical system of parts of speech, neither is influenced by Latin here: they both describe preposition-stranding as a naturally occurring feature of English, more suited to informal usage. The difference between Lowth and Priestley is one of emphasis only, far from the prescriptive-descriptive polarization which we have been led to expect.
18世紀(及びそれ以降)の言語的規範主義を巡る問題について,常に政治性が宿っていたという事実に目を開くべきだという議論には納得させられた.しかし,Beal の再評価を読んで,従来の評価と大きく異なっているわけではないように思われた.そこでは,18世紀は規範主義の時代であるという事実に対して,大きな修正は加えられていない.Beal では "prescriptive-descriptive continuum" という表現がなされているが,これは「基本は prescriptive であり,その prescription の定め方として reason-usage continuum があった」と考えることは,引き続きできそうである.この時代を論じるに当たって "descriptive" という形容詞を用いることは,まだ早すぎるのではないか.
関連して,「#141. 18世紀の規範は理性か慣用か」 ([2009-09-15-1]),「#2583. Robert Lowth, Short Introduction to English Grammar」 ([2016-05-23-1]),「#2778. Joseph Priestley --- 慣用重視を貫いた文法家」 ([2016-12-04-1]),「#2796. Joseph Priestley --- 慣用重視を貫いた文法家 (2)」 ([2016-12-22-1]) を参照.
・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.
「#868. EDD Online」 ([2011-09-12-1]) で紹介したように,Joseph Wright による The English Dialect Dictionary の電子化プロジェクトが Innsbruck 大学で進められていたが,つい最近完成したとの知らせを受けた.これまでウェブ上のサービスではアカウント取得が必要だったが,これで直接自由にアクセスできるようになった.こちらの EDD Online からどうぞ.
機能も充実しており,例えば上のスクリーンショットのように,検索語と関連して辞書内に言及されている方言地域を地図上で確認できる機能がある.ちょうど語源的綴字 (etymological_respelling) に関する調査の関係で,言及されている方言地域が地図上で確認できれば便利だろうと思っていた矢先だったので,嬉しい.
また,紙媒体の元祖 The English Dialect Dictionary のページをイメージとして確認することもできる.検索については,dialect area, part of speech, phonetic, etymology, usage label, source, morphemic, time span など各種カテゴリーによるサーチが可能.
利用マニュアルも閲覧できるので,参照しながらあれこれといじってみることをお薦めする.
・ Wright, Joseph, ed. The English Dialect Dictionary. 6 vols. Henry Frowde, 1898--1905.
「#2333. a lot of」 ([2015-09-16-1]) で,現代英語で極めて頻度の高いこの句限定詞 (phrasal determiner) の歴史が,たかだか200年余であることをみた.19世紀に入るまでは,この句における lot は「一山,一組;集団,一群」ほどの語義で用いられており,その後,ようやく「多数;多量」の語義が生じたということだった.そこで,後期近代英語期における a lot of と lots of の例を確認すべく,CLMET3.0 で例文を拾ってみた.(検索結果のテキストファイルはこちら.)
第1期 (1710--1780) のサブコーパス(10,480,431語)からは4例がヒットしたが,いずれも「多数の?」を意味する句としては用いられていない.a lot of my own drawing では「多数」ではなく「一山」の語義として用いられており,"Annuities for lives have occasionally been granted in two different ways; either upon separate lives, or upon lots of lives" では明らかに「集団」の語義だろう.しかし,最初の例などでは,語義が「多数」へと発展していきそうな雰囲気は感じられる.
第2期 (1780--1850) のサブコーパス(11,285,587語)からは22例が得られた.予想通り,問題の用法で使われているものがちらほらと現われ出す.いくつかの例文を挙げよう.
・ You know when a lot of servants gets together they like to talk about their betters; and some, for a bit of swagger, likes to make it appear as though they knew more than they do, and to throw out hints and things just to astonish the others. (Anne Brontë, The Tenant of Wildfell Hall (1848))
・ There’ll be lots to speak for her! (ibid.)
・ . . . there's a high fender, and an iron safe, and some cards about ships that are going to sail, and an almanack, and some desks and stools, and an inkbottle, and some books, and some boxes, and a lot of cobwebs, . . . (Charles Dickens, Dombey and Son (1844))
・ . . . I ran on through a lot of alleys and back-slums, until I got somewhere in St. Giles's, and here I took a cab. (Punch, Vol. 1 (1841))
a lot of の数の一致が判断できる例文は少なかったが,上の第1の例文が興味深い.主語の a lot of servants に対して gets と受けているが,この動詞の -s 語尾は,後続する some . . . likes から判断しても,複数主語に一致する複数現在の -s と考えるのが妥当だろう(複現の -s については 3pp の各記事を参照).
第3期 (1850--1920) のサブコーパス(12,620,207語)からは,表現の頻度自体が大幅に増え,384例がヒットした.lot(s) が旧来の語義で用いられている例も少々みられるが,基本的には現代英語並と疑われるほど普通に「多数の?」の意味で用いられている.1800年前後に初出し,その後数十年で一気に広まった流行語法であることがわかる.
英語史上の3単現の -s や3複現の -s について,3sp と 3pp の多くの記事でそれぞれ論じてきた.一方で,あまり目立たないが3単現のゼロという問題がある.よく知られているのは「#1885. AAVE の文法的特徴と起源を巡る問題」 ([2014-06-25-1]),「#1889. AAVE における動詞現在形の -s (2)」 ([2014-06-29-1]) で取り上げたように AAVE での -s の脱落という現象があるし,イングランドでは East Anglia 方言が現在時制のパラダイムにおいて人称・数にかかわらず軒並みゼロ語尾をとるという事例がある.
Wright (119) による3単現のゼロに関する歴史の概略によれば,East Anglia における3単現のゼロの起源は15世紀にさかのぼり,伝統的な解釈によれば,他の人称語尾のゼロを3単現へ類推的に拡張したものだろうとされるが,一方で方言接触の影響ではないかという説もある.16世紀後半までには,Norfolk の家族が41--77%という比率で -th に代わりにゼロを用いていたという報告があり,East Midland はその後も3単現のゼロを示す中心地であり続けている.しかし,Helsinki Corpus の調査によれば,歴史的にみれば3単現のゼロは2%という低い率ながらも East Anglia に限らず分布してきたのも事実であり,古い英語文献においてまれに出会うことはある.
Wright の最新の論文は,19世紀前半の West Oxfordshire 出身のある従僕による日記をコーパスとして調査し,21%という予想以上の高い率で3単現のゼロが用いられていることを突き止めた.Wright は,East Anglia とは地理的にも離れたこの地域で,おそらくこの時期に限定して,3単現のゼロがある程度分布していたのではないかと推測した.また,この一時的な分布は,直前の世代に do 迂言法 (do-periphrasis) が衰退し,直後の世代に標準的な -s が拡大していった,まさに移行期の最中にみられた,つなぎ的な分布だろうと結論づけた.
Wright の議論は込み入っているが,少なくとも英語史全体を見渡す限り,時代と方言に応じて様々なパラダイムが現われては消えていったことは確かであり,19世紀前半の West Oxfordshire に限定的に上記のような状況があったとしても,驚くにはあたらない.
・ Wright, Laura. "Some More on the History of Present-Tense -s, do and Zero: West Oxfordshire, 1837." Journal of Historical Sociolinguistics 1.1 (2015): 111--30.
ヨーロッパの主要な言語のなかで,ドイツ語は英語の借用語ソースとして意外と目立たない.歴史的にある程度の規模でドイツ借用語が現われるのは後期近代英語からであり,それ以前は僅少である.英語もドイツ語もゲルマン語派 (Germanic) に属し共通の起源をもつということが広く知られている割には,両言語間で借用という横の関係は希薄である.
英語にドイツ語の語彙的影響が著しくないことは Jespersen (143) や荒木ほか (258) などの英語史概説書でも触れられている通りだが,ドイツ語借用が少ないとはいってもフランス語やラテン語と比べての話しであって,実際にはある程度の数は主として専門用語として入ってきている.近年においても然りのようだ (Algeo 80; 「#874. 現代英語の新語におけるソース言語の分布」 ([2011-09-18-1])) .「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1]) で紹介した Wordorigins.org の "Where Do English Words Come From?" でも,次のように述べられている.
Other European languages remain steady, contributing 3--4% of new words throughout the centuries. The exception is German, which starting in the eighteenth century begins to increase its contribution to English vocabulary, reaching 3% of new words all by itself, and nosing ahead of French by the twentieth century.
上の同じ記事より入手した OED に基づく語種別統計でドイツ借用語の歴史的推移をグラフ化すると,以下のようになる.
宇賀治 (115--17) によれば,ドイツは16世紀に鉱山術や冶金術に長けていたので,その影響が17--18世紀における英語語彙に反映されている(グラフでの若干の高まりも16世紀からである).17世紀以降は食品名の借用も多い.また,ドイツは19世紀に哲学や医学を含む諸学問で飛躍的な発展を遂げたため,専門的な用語や概念が英語へも流れ込んだ(グラフ上も19世紀にピークを迎える).通常の借用のほか,翻訳借用 (loan_translation) が多いのもドイツ語からの借用の特徴といえるかもしれない.以下,分野別にドイツ借用語(翻訳借用も含む)を列挙しよう.
[鉱山・冶金]
cobalt, gneiss, meerschaum, quartz, zinc
[哲学・文芸批評]
folksong, gestalt, leitmotif, nihilism, objective, subjective, superman, transcendental, zeitgeist
[比較言語学]
ablaut, schwa, strong [weak] (declension), Umlaut
[教育制度]
kindergarten, semester, seminar
[物理学・化学]
aniline, dynamo, ohm, protein, relativity, saccharine, sarin, uranium
[医学・薬学]
aspirin, heroin, pepsin, Roentgen-ray [X-ray]
[食品]
delicatessen, frankfurter, hamburger, lager, noodle, pumpernickel, sauerkraut, schnitzel
ドイツ借用語について紙幅を割いている英語史概説書は多くないが,Carr, Charles T. The German Influence on the English Vocabulary. London: Clarendon, 1934. という研究書があるようである.
関連して,「#150. アメリカ英語へのドイツ語の貢献」 ([2009-09-24-1]),「#756. 世界からの借用語」 ([2011-05-23-1]) も参照されたい.
(後記 2015/09/06(Sun):Begoña Crespo ("Historical Background of Multilingualism and Its Impact." Multilingualism in Later Medieval Britan. Ed. D. A. Trotter. Cambridge: D. S. Brewer, 2000. p. 29.) によれば,すでに中英語期の15世紀にも,高地ドイツ語からの鉱物学に関する用語がある程度入っていたという.)
・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.
・ 荒木 一雄,宇賀治 正朋 『英語史IIIA』 英語学大系第10巻,大修館書店,1984年.
・ Algeo, John. "Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Cambridge: CUP, 1998. 57--91.
初期近代英語の語源的綴字に関する話題は,通常,ルネサンス期のラテン語熱の所産であるとして語られる.仰ぎ見るべきお手本は,優に千年以上踏み固められてきたラテン語の綴字であり,英語もフランス語から譲り受けた「崩れた」形ではなく,少しでもラテン語本家の形に近づくべきだ,と.そうしてみると,近代英語は,直前数世紀のあいだ一目おいていたフランス語に追いつき,さらに追い越さんという勢いのなかで,さらなる高みにあるラテン語の威光を目指していたということになる.では,フランス語はもはや英語の綴字に模範を与えるような存在ではなくなっていたということだろうか.例えば,フランス借用語などにおいてフランス語の綴字に基づいた綴りなおしという現象はなかったのだろうか.
ラテン語に基づいた語源的綴字の影で目立たないが,そのような例は後期近代英語期に見られる.「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1]) 及び「#678. 汎ヨーロッパ的な18世紀のフランス借用語」 ([2011-03-06-1]) の記事でみたように,17世紀後半から18世紀にかけては,フランス様式やフランス文化が大流行した時期である.この頃英語へ借用されたフランス単語は,フランス語の綴字と発音のままで受け入れられ現在に至っているものが多いという特徴をもつが,より早い段階に英語へ借用されていたフランス単語が,改めて近代フランス語風に綴りなおされるという例もあった.
例えば,Horobin (134) は,bisket が biscuit へ,blew が blue へ綴りなおされたのは,当時のフランス語綴字が参照されたためとしている.実際には,biscuit は19世紀の綴りなおし,blue は18世紀からの綴じなおしである.ここで起こったことは同時代のフランス語の綴字を参照して綴りなおしたにすぎず,ラテン語の事例にならって「語源的綴字」と呼ぶのは必ずしも正確ではなく,むしろフランス語からの再借用と称しておくべきものかもしれないが,表面的には「語源的綴字」と似た側面があり興味深い.最終的にフランス語式の綴字が採られて定着した例として「#299. explain になぜ <i> があるのか」 ([2010-02-20-1]),「#300. explain になぜ <i> があるのか (2)」 ([2010-02-21-1]) で取り上げた <explain> もあるので,参照されたい.
だが,いかんせん例は少ないように思われる.ほかの手段で調べれば類例がもっと出てくるかもしれないが,そのために調査すべき期間は17世紀後半から19世紀前半くらいまでの間というところか.というのは,近代英語期のフランス語借用の流行期は18世紀がピークであり,世紀末のフランス革命以後は,貴族の威信が下落し,中流階級が台頭してくるにしたがってフランス様式の流行は下火になったからだ.
語源的綴字という実践の背後にある原動力の1つは,流行と威信の言語に,せめて綴定上だけでもあやかりたいと思う憧れの気持ちである.その点においては,初期近代英語のラテン語ベースの語源的綴字も後期近代英語のフランス語ベースの「語源的綴字」も共通している.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
「#2088. gauge の綴字と発音」 ([2015-01-14-1]) を受けて,<gauge> vs <gage> の異綴字の分布について歴史的に調べてみる.まずは,初期近代英語の揺れの状況を,EEBO (Early English Books Online) に基づいたテキスト・データベースにより見てみよう
Period (subcorpus size) | <gage> etc. | <gauge> etc. |
---|---|---|
1451--1500 (244,602 words) | 0 wpm (0 times) | 0 wpm (0 times) |
1501--1550 (328,7691 words) | 3.35 (11) | 0.00 (0) |
1551--1600 (13,166,673 words) | 6.84 (90) | 0.076 (1) |
1601--1650 (48,784,537 words) | 3.01 (147) | 0.35 (17) |
1651--1700 (83,777,910 words) | 0.060 (5) | 0.19 (5) |
1701--1750 (90,945 words) | 0.00 (0) | 0.00 (0) |
Period (subcorpus size) | <gage> etc. | <gauge> etc. |
---|---|---|
1710--1780 (10,480,431 words) | 5 | 1 |
1780--1850 (11,285,587) | 19 | 20 |
1850--1920 (12,620,207) | 2 | 49 |
ID | WORD | 1961 | 1991--92 | ca 2006 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
Brown (AmE) | LOB (BrE) | Frown (AmE) | FLOB (BrE) | AmE06 (AmE) | BE06 (BrE) | ||
1 | gage | 4 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 |
2 | gages | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 |
3 | gaging | 1 | 0 | 10 | 0 | 0 | 0 |
4 | gauge | 16 | 15 | 10 | 6 | 16 | 21 |
5 | gauged | 2 | 5 | 2 | 1 | 1 | 0 |
6 | gauges | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 | 2 |
7 | gauging | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 |
「#2088. gauge の綴字と発音」 ([2015-01-14-1]) で触れたアメリカ英語での <gage> 綴字の歴史的連続性の問題については,まだ明らかにするところまで行っていないが,<gage> が少々使用されている背景は気になるところだ.アメリカ英語に多いとされる綴字発音 (spelling_pronunciation) の効果なのだろうか.
「#2043. 英語綴字の表「形態素」性」 ([2014-11-30-1]) の記事の後半で,動詞 <pronounce> に対して名詞 <pronunciation> と綴られる理由に触れた.近現代英語の綴字はより表語的(より正確には表「形態素」的)な体系へと発展してきたが,前時代的な表音性も多分に残っており,この例のように <ou> = /aʊ/, <u> = /ʌ/ の関係が守られているケースがある.
しかし,派生関係にある動詞と名詞の語幹部分に異なる母音,異なる母音字があるというのは厄介なことには違いない.そこで,この不一致を是正しようという欲求,あるいは一種の類推作用が生じることは自然の成り行きである.名詞を <pronouciation> と綴ったり,/prəˌnaʊnsiˈeɪʃən/ と発音する試みが行われてきた.この試みはしばしば規範主義者から誤用とレッテルを貼られてきたが,逆にいえば,それほどよく用いられることがあるということだ.Horobin (247) にも,"commonly misspelled pronounciation" として言及がある.OED は次のように述べている.
The forms pronouncyacyon, pronounciacion, pronountiation, pronounciation show the influence of PRONOUNCE v. This influence is also seen in the pronunciation Brit. /prəˌnaʊnsɪˈeɪʃn/, U.S. /prəˌnaʊnsiˈeɪʃ(ə)n/, which has frequently been criticized in usage guides.
名詞における /aʊ/ の発音は,Web3 では "substandard" とレーベルが貼られており,Longman Pronunciation Dictionary では注意が喚起されている.
名詞形の問題の母音を表わす綴字については,この語がフランス語から借用された後期中英語より <u> が普通だったが,OED によれば <ou> をもつ異綴りが15世紀以来行われてきたという.そこで,EEBO (Early English Books Online) に基づいたテキスト・データベースで調べてみると,16--17世紀には確かにパラパラと <ou> の例が挙がる.多少の異形も含めて検索した結果は以下の通り.
Period (subcorpus size) | <pronunciation> etc. | <pronounciation> etc. |
---|---|---|
1451--1500 (244,602 words) | 0 wpm (0 times) | 0 wpm (0 times) |
1501--1550 (328,7691 words) | 9.73 (32) | 0.30 (1) |
1551--1600 (13,166,673 words) | 1.14 (15) | 0.30 (4) |
1601--1650 (48,784,537 words) | 1.35 (66) | 0.12 (6) |
1651--1700 (83,777,910 words) | 1.38 (116) | 0.19 (16) |
1701--1750 (90,945 words) | 0 (0) | 0 (0) |
Period (subcorpus size) | <pronunciation> etc. | <pronounciation> etc. |
---|---|---|
1710--1780 (10,480,431 words) | 31 | 2 |
1780--1850 (11,285,587) | 43 | 0 |
1850--1920 (12,620,207) | 64 | 0 |
昨日の記事「#2044. なぜ mayn't が使われないのか? (1)」 ([2014-12-01-1]) に引き続き,標記の問題.今回は歴史的な事実を提示する.OED によると,短縮形 mayn't は16世紀から例がみられるというが,引用例として最も早いものは17世紀の Milton からのものだ.
1631 Milton On Univ. Carrier ii. 18 If I mayn't carry, sure I'll ne'er be fetched.
OED に基づくと,注目すべき時代は初期近代英語以後ということになる.そこで EEBO (Early English Books Online) ベースで個人的に作っている巨大テキスト・データベースにて然るべき検索を行ったところ,次のような結果が出た(mai や nat などの異形も含めて検索した).各時期のサブコーパスの規模が異なるので,100万語当たりの頻度 (wpm) で比較されたい.
Period (subcorpus size) | mayn't | may not |
---|---|---|
1451--1500 (244,602 words) | 0 wpm (0 times) | 474.24 wpm (116 times) |
1501--1550 (328,7691 words) | 0 (0) | 133.22 (438) |
1551--1600 (13,166,673 words) | 0 (0) | 107.01 (1,409) |
1601--1650 (48,784,537 words) | 0.020 (1) | 131.85 (6,432) |
1651--1700 (83,777,910 words) | 1.03 (86) | 131.54 (11,020) |
1701--1750 (90,945 words) | 0 (0) | 109.96 (10) |
Period (subcorpus size) | mayn't | may not |
---|---|---|
1710--1780 (10,480,431 words) | 33 | 859 |
1780--1850 (11,285,587) | 21 | 703 |
1850--1920 (12,620,207) | 68 | 601 |
「#872. -ick or -ic」 ([2011-09-16-1]) の記事で,<public> と <publick> の綴字の分布の通時的変化について,Google Books Ngram Viewer と Google Books: American English を用いて簡易調査した.-ic と -ick の歴史上の変異については,Johnson の A Dictionary of the English Language (1755) では前者が好まれていたが,Webster の The American Dictionary of the English Language (1828) では後者へと舵を切っていたと一般論を述べた.しかし,この一般論は少々訂正が必要のようだ.
「#1637. CLMET3.0 で between と betwixt の分布を調査」 ([2013-10-20-1]) で紹介した CLMET3.0 を用いて,後期近代英語の主たる -ic(k) 語の綴字を調査してみた.1710--1920年の期間を3期に分けて,それぞれの綴字で頻度をとっただけだが,結果を以下に掲げよう.
Spelling pair | Period 1 (1710--1780) | Period 2 (1780--1850) | Period 3 (1850--1920) |
---|---|---|---|
angelick / angelic | 6 / 50 | 0 / 68 | 0 / 50 |
antick / antic | 4 / 10 | 1 / 6 | 0 / 3 |
apoplectick / apoplectic | 0 / 10 | 1 / 19 | 0 / 14 |
aquatick / aquatic | 1 / 2 | 0 / 35 | 0 / 56 |
arabick / arabic | 2 / 101 | 0 / 45 | 0 / 115 |
archbishoprick / archbishopric | 4 / 7 | 2 / 2 | 0 / 8 |
arctick / arctic | 1 / 5 | 0 / 20 | 0 / 93 |
arithmetick / arithmetic | 9 / 32 | 0 / 77 | 0 / 98 |
aromatick / aromatic | 4 / 14 | 0 / 29 | 0 / 36 |
asiatick / asiatic | 1 / 101 | 0 / 48 | 0 / 76 |
attick / attic | 1 / 32 | 0 / 34 | 0 / 71 |
authentick / authentic | 4 / 160 | 0 / 79 | 0 / 68 |
balsamick / balsamic | 1 / 1 | 0 / 5 | 0 / 1 |
baltick / baltic | 4 / 50 | 0 / 33 | 0 / 43 |
bishoprick / bishopric | 3 / 28 | 2 / 9 | 0 / 19 |
bombastick / bombastic | 1 / 2 | 0 / 3 | 0 / 4 |
cathartick / cathartic | 0 / 1 | 1 / 0 | 0 / 0 |
catholick / catholic | 7 / 291 | 0 / 342 | 0 / 296 |
caustick / caustic | 1 / 2 | 0 / 11 | 0 / 20 |
characteristick / characteristic | 8 / 92 | 0 / 354 | 0 / 687 |
cholick / cholic | 1 / 13 | 0 / 2 | 0 / 1 |
comick / comic | 1 / 68 | 0 / 67 | 0 / 165 |
coptick / coptic | 1 / 11 | 0 / 3 | 0 / 35 |
critick / critic | 12 / 153 | 0 / 168 | 0 / 155 |
despotick / despotic | 9 / 66 | 0 / 51 | 0 / 65 |
dialectick / dialectic | 1 / 0 | 0 / 0 | 0 / 6 |
didactick / didactic | 0 / 10 | 1 / 20 | 0 / 23 |
domestick / domestic | 46 / 733 | 0 / 736 | 0 / 488 |
dominick / dominic | 4 / 11 | 0 / 14 | 1 / 3 |
dramatick / dramatic | 8 / 214 | 0 / 206 | 0 / 216 |
elliptick / elliptic | 1 / 1 | 0 / 8 | 0 / 2 |
emetick / emetic | 4 / 5 | 0 / 7 | 0 / 5 |
epick / epic | 1 / 68 | 0 / 83 | 1 / 38 |
ethick / ethic | 1 / 6 | 0 / 0 | 0 / 3 |
exotick / exotic | 2 / 7 | 0 / 20 | 0 / 38 |
fabrick / fabric | 15 / 116 | 1 / 84 | 0 / 111 |
fantastick / fantastic | 9 / 45 | 0 / 157 | 0 / 198 |
frantick / frantic | 5 / 88 | 2 / 163 | 0 / 124 |
frolick / frolic | 19 / 44 | 0 / 46 | 0 / 32 |
gaelick / gaelic | 1 / 1 | 0 / 30 | 0 / 64 |
gallick / gallic | 1 / 75 | 0 / 11 | 0 / 10 |
gothick / gothic | 2 / 498 | 0 / 131 | 0 / 66 |
heretick / heretic | 2 / 31 | 0 / 37 | 0 / 24 |
heroick / heroic | 17 / 201 | 2 / 224 | 0 / 211 |
hieroglyphick / hieroglyphic | 2 / 4 | 0 / 7 | 0 / 8 |
hysterick / hysteric | 1 / 9 | 0 / 10 | 0 / 6 |
laconick / laconic | 2 / 13 | 0 / 14 | 0 / 7 |
lethargick / lethargic | 1 / 12 | 0 / 8 | 0 / 14 |
logick / logic | 4 / 62 | 0 / 361 | 0 / 367 |
lunatick / lunatic | 2 / 32 | 0 / 34 | 0 / 77 |
lyrick / lyric | 3 / 15 | 0 / 26 | 0 / 37 |
magick / magic | 9 / 110 | 0 / 296 | 0 / 292 |
majestick / majestic | 4 / 73 | 0 / 149 | 1 / 115 |
mechanick / mechanic | 6 / 79 | 0 / 47 | 0 / 58 |
metallick / metallic | 1 / 9 | 0 / 79 | 0 / 137 |
metaphysick / metaphysic | 1 / 2 | 0 / 11 | 0 / 9 |
mimick / mimic | 2 / 25 | 1 / 46 | 0 / 23 |
musick / music | 87 / 549 | 3 / 1220 | 3 / 1684 |
mystick / mystic | 1 / 39 | 0 / 92 | 0 / 167 |
obstetrick / obstetric | 1 / 2 | 0 / 1 | 0 / 0 |
panegyrick / panegyric | 19 / 121 | 0 / 43 | 0 / 16 |
panick / panic | 14 / 58 | 1 / 90 | 0 / 314 |
paralytick / paralytic | 1 / 15 | 0 / 41 | 0 / 14 |
pedantick / pedantic | 3 / 31 | 0 / 28 | 0 / 29 |
philippick / philippic | 2 / 2 | 0 / 3 | 0 / 2 |
philosophick / philosophic | 1 / 140 | 0 / 80 | 0 / 155 |
physick / physic | 35 / 157 | 4 / 51 | 3 / 38 |
plastick / plastic | 1 / 4 | 0 / 19 | 0 / 32 |
platonick / platonic | 5 / 48 | 0 / 30 | 0 / 22 |
politick / politic | 8 / 40 | 2 / 37 | 0 / 51 |
prognostick / prognostic | 2 / 18 | 0 / 5 | 0 / 1 |
publick / public | 767 / 3350 | 1 / 3171 | 2 / 2606 |
relick / relic | 1 / 26 | 4 / 56 | 0 / 65 |
republick / republic | 12 / 515 | 0 / 185 | 0 / 171 |
rhetorick / rhetoric | 26 / 109 | 2 / 40 | 0 / 65 |
rheumatick / rheumatic | 1 / 7 | 0 / 33 | 0 / 30 |
romantick / romantic | 32 / 191 | 0 / 346 | 0 / 322 |
rustick / rustic | 3 / 102 | 0 / 157 | 0 / 80 |
sarcastick / sarcastic | 1 / 37 | 0 / 66 | 0 / 60 |
sceptick / sceptic | 3 / 26 | 0 / 19 | 0 / 26 |
scholastick / scholastic | 2 / 24 | 0 / 42 | 0 / 46 |
sciatick / sciatic | 1 / 1 | 0 / 1 | 0 / 3 |
scientifick / scientific | 2 / 16 | 0 / 451 | 0 / 814 |
stoick / stoic | 5 / 34 | 1 / 15 | 0 / 26 |
sympathetick / sympathetic | 3 / 26 | 0 / 70 | 0 / 248 |
systematick / systematic | 1 / 13 | 0 / 64 | 0 / 104 |
topick / topic | 12 / 128 | 0 / 177 | 0 / 176 |
traffick / traffic | 80 / 67 | 1 / 164 | 0 / 203 |
tragick / tragic | 4 / 65 | 0 / 65 | 0 / 209 |
tropick / tropic | 12 / 37 | 0 / 7 | 0 / 23 |
「#1653. be 完了の歴史」 ([2013-11-05-1]) で,変移動詞 (mutative verb) は,18世紀末まで,通常 be + 過去分詞というかたちで完了形を作っていたことを見た.英語史では,この be 完了が18世紀末辺りを境に衰退の一途をたどることになったとされている.「#1637. CLMET3.0 で between と betwixt の分布を調査」 ([2013-10-20-1]) で紹介した CLMET3.0 は,1710--1920年をカバーする約3,400万語からなる大型バランスコーパスであり,この種の言語変化を追うには最適なリソースと思われるので,これを用いて be 完了の衰退を確認してみた.
今回は,先の記事でも取り上げた7つの変移動詞 (arrive, become, come, fall, flee, grow; go) に限定し,CLMET3.0 の3つの時代区分 (1710--1780, 1780--1850, 1850--1920) と6つのジャンル分け (Narrative fiction, Narrative non-fiction, Drama, Letters, Treatise, Other) にしたがって,コーパスから用例を拾った.3つの時期のサブコーパスの規模はおよそ同程度だが,ジャンル別のサブコーパスは,[2013-10-20-1]の表で示したように,Narrative fiction に大きく偏っているので,その解釈には注意を要する.以下,(1)--(7) に各動詞に関する推移の積み上げ棒グラフ,(8), (9) に7動詞をひっくるめたジャンル別,動詞別のシェアを示す積み上げ棒グラフを示す.(1)--(6) については,比較のためにY軸の最大値を揃えてある.データファイルと頻度表はソースHTMLを参照されたい.
動詞によって衰退のスピードに若干の違いがみられるが,全体として急激に衰退したというよりは,比較的穏やかに,着実に衰退していったという印象を受ける.ただし,(7) の go は(現代英語でも be gone がイディオム化して残っていることから分かるように)後期近代英語期中にはそれほど落ち込んでおらず,しかも用例数が他の動詞よりも大きく上回っているために,(8) や (9) に示されるような be 完了の衰退の全体像を多少なりとも歪めていることには注意する必要がある.
今年3月に Leuven 大学の Hendrik De Smet により The Corpus of Late Modern English Texts, version 3.0 (CLMET3.0) が公開された.編者にメールで使用許可をもらえば無償でダウンロードし利用できる.1710--1920年のイギリス英語コーパスで,約3,400万語からなるジャンルを整理したバランスコーパスである(先行版 CLMETEV の1500万語から大幅に拡大).プレーンテキストとタグ付きテキストで配布されており,70年間で分けた3つの時代区分ごとにヒット数を数える Perl スクリプトが付属しており,とりあえず使うのに便利である.コーパスの構成は以下の通り.
Sub-period | Number of authors | Number of texts | Number of words |
---|---|---|---|
1710--1780 | 51 | 88 | 10,480,431 |
1780--1850 | 70 | 99 | 11,285,587 |
1850--1920 | 91 | 146 | 12,620,207 |
TOTAL | 212 | 333 | 34,386,225 |
Genre | 1710--1780 | 1780--1850 | 1850--1920 |
---|---|---|---|
Narrative fiction | 4,642,670 words | 4,830,718 | 6,311,301 |
Narrative non-fiction | 1,863,855 | 1,940,245 | 958,410 |
Drama | 407,885 | 347,493 | 607,401 |
Letters | 1,016,745 | 714,343 | 479,724 |
Treatise | 1,114,521 | 1,692,992 | 1,782,124 |
Other | 1,434,755 | 1,759,796 | 2,481,247 |
Sub-period | between | betwixt |
---|---|---|
1710--1780 | 4,869 words (464.58 wpm) | 657 (62.69 wpm) |
1780--1850 | 5,457 (483.54 wpm) | 109 (9.66 wpm) |
1850--1920 | 7,672 (607.91 wpm) | 51 (4.04 wpm) |
受験英文法などで必ず覚えさせられる構文の代表選手に仮定法過去完了の構文がある.助動詞が3つも出てくる癖の強い構文である.
If I had missed the train, I would have had no chance to see the woman of destiny.
条件節では had + 過去分詞が要求され,帰結節では would have + 過去分詞が要求されるのが規則である.両方の節で異なる助動詞(の組み合わせ)が要求されるので学習者にとって混乱しやすい.
学習者ならずとも英語母語話者にとっても厄介な構文だからか,Leech et al. (63) によると,AmE で次のような構文が口語で聞かれると言われる.
If I would have missed the train, I would have had no chance to see the woman of destiny.
この構文では主節と従属節の両方で would have という同じ助動詞の組み合わせが繰り返されており,より単純である.同じ構文は,Denison (300) によると非標準の後期近代英語でも観察されるという.
Certainly, non-standard examples like the following are not uncommon, especially where there is some trace of a volitional meaning in would, (595a), or a non-English substratum, though Fillmore regards . . . it as common in current American usage:
(595) a. I think if he would have let me just look at things quietly . . . it would have been all right (1877 Sewell, Black Beauty xxxix. 123)
b. If I would have known that, I would have acted differently.
あくまで非標準的な響きをもった口語上の異形なのだろうが,それ自体が少なくとも100年以上の歴史をもった構文であることには注意しておきたい.条件説と帰結説で would have done を共有する上記の例のほか,had done を共有する例も後期近代英語には見られた.parallel structure への志向は,弱いながらも常に作用している力と考えられるのではないか.
・ Leech, Geoffrey, Marianne Hundt, Christian Mair, and Nicholas Smith. Change in Contemporary English: A Grammatical Study. Cambridge: CUP, 2009.
・ Denison, David. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Ed. Suzanne Romaine. Cambridge: CUP, 1998. 92--329.
昨日の記事「#906. the の異なる発音」 ([2011-10-20-1]) の続きとして,特に母音の前の規範的な発音 [ði] について付け加えたい.昨日の記事を書いているときにたまたま読んでいた Foster の著書に,母語話者の直感に基づく参考になる言及があった.
When the ensuing word begins with a vowel, as 'the apple'. (This seems to be something which has deliberately to be instilled into schoolchildren, who left to themselves will happily pronounce 'th' apple' in Shakespearean fashion.) . . . An odd belief of many naïve speakers is that 'thee' is somehow more easily understood than 'the', so that it is especially favoured when carefully enunciating a name or address, thus producing 'Thee Pines' or 'Thee Mount', to the bewilderment of at least one listener [the author himself]. (259)
中英語期から近代英語期までに母音の前の the が自身の母音を落として後接辞 (proclitic) として用いられていたことについては昨日も話題にしたが,これは自然な音発達のように思える.ところが,具体的にいつ頃からかは定かではないが,およそ近代英語後期から,自然に反するような [ði] が認められるようになってくる.自然に反するような流れといえば,綴られている通りに発音するという spelling pronunciation の潮流が真っ先に思い浮かぶ.「みなさん,綴字通りに音節を省略せずに発音しましょう.いいですか,<the apple> の発音は [ðæpl] ではなく [ði ˈæpl] ですよ」という(アメリカの?)小学校の教室風景が想像されるのだが,いわれなき偏見だろうか.もしこの空想にいわれがあるとすれば,現在の母音の前の the の発音も,多くの文法項目と同様に,近代英語後期における規範的な英語観の所産ということになるのかもしれない.
・ Foster, Brian. The Changing English Language. London: Macmillan, 1968. Harmondsworth: Penguin, 1970.
昨日の記事「EDD Online」 ([2011-09-12-1]) で EDD Online を紹介したが,まずは English Dialect Dictionary そのものについて知っておかなければ使いこなせないという当たり前のことに気づいた.そこで,にわか調べした.
Joseph Wright (1855--1930) は,Oxford 大学で Max Müller の後任として比較言語学を教えた碩学である.ドイツの Heidelberg 大学にてギリシア語音韻の研究で博士号を取得し,英国に戻った後はゲルマン語比較言語学や古英語,中英語の文典を多く執筆した.ドイツ比較言語学の神髄をいち早く英国に伝えた功績は大きいと評価されている.
だが,Wright の英語学における最大の貢献は,Skeat と Furnivall に編集を要請され,相当の私財を投じて完成させた EDD であるといって間違いない.全6巻5400頁には約10万の見出し語と約50万の例文が含まれ,OED を補完する英語辞書とみなすことができる.Wright 自身が Preface (v) で述べている "the largest and most comprehensive Dialect Dictionary ever published in any country" は,現在でも通用する謂いだろう.EDD が収録しているのは,前付の記述によると "COMPLETE VOCABULARY OF ALL DIALECT WORDS STILL IN USE, OR KNOWN TO HAVE BEEN IN USE DURING THE LAST TWO HUNDRED YEARS" である.時代としては近代英語後期をすっぽり覆っている.
Markus 氏の Wright's English Dialect Dictionary computerised: towards a new source of information によると,EDD の価値,そしてデジタル化された EDD Online の意義は,3つの分野へ貢献できる可能性を秘めている点にあるという.その3分野とは,historical dialectology, historical spoken English, historical linguistics (esp. lexicology) である.いずれも英語史では周辺的とされてきた分野だが,その理由は研究者の関心の欠如というよりは,研究するための道具立てが用意されていなかったことが影響していると思われる.道具が入手可能になったからといって必ずしもその分野が盛り上がるということではないが,少なくともこれまで以上の速度でこの分野の研究が前進してゆくことにはなるだろう.引き続き,私個人としても利用できるシーンを考えてゆきたい.
ちなみに,EDD 巻末の文法概要は別途 English Dialect Grammar (1905) として刊行されており,Wright の得意分野である音韻と形態の変化が論じられており,価値が高い.
・ 佐々木 達,木原 研三 編 『英語学人名辞典』 研究社,1995年.
・ Wright, Joseph. The English Dialect Grammar. Oxford: OUP, 1905. Repr. 1968.
図書館の reference corner に,古めかしい浩瀚の辞書があるのを日々見ていた.自分ではあまり使うことはないかなと思っていたが,数年前,博士論文研究に関連して eyes (「目」の複数形)に対応する中英語の諸方言形が近代英語や現代英語でどのように発達し,方言分布を変化させてきたかを調べる必要があり,そのときにこの辞書を開いたのが初めてだったように思う(その成果は Hotta (2005) にあり.[2009-12-02-1]の記事「eyes を表す172通りの綴字」も参照).Joseph Wright による6巻ものの辞書 The English Dialect Dictionary (EDD) である.
それ以降もたまに開く機会はあったが,先日参加した学会で,この辞書がオンライン化されたと知った.久しぶりに EDD に触れる良い機会だと思い,早速アクセスしてみることにした.Innsbruck 大学の Prof. Manfred Markus が責任者を務める SPEED (Spoken English in Early Dialects) プロジェクトの成果たる EDD Online の beta-version が公開中である.現時点では完成版ではないとしつつも,すでに検索等の機能は豊富に実装されており(豊富すぎて活用仕切れないほど),学術研究用に使用許可を取得すれば無償でアクセスできる.(使用マニュアルも参照.)
早速,使用許可を得てアクセスしてみた.ただし,調べる題材がない私にとっては,豚に真珠,猫に小判.悲しいかな,見出し語検索に eye を入れてみたりして・・・(←紙で引け!懐かしむな!)(ただし,"structured view" で表示すると,紙版よりずっと見やすいのでそれだけでも有用).Markus 氏が学会でじきじきに宣伝していた通り,様々な検索が可能のようである.見出し語検索や全文検索はもちろんのこと,dialect area 検索では語によっては county レベルで地域を指定できる.usage label 検索では頻度ラベル,意味ラベル(denotation, simile, synonym など),語用ラベル(derogatory, slang など)の条件指定が可能である.etymology 検索の機能も備わっている.これらを組み合わせれば,特定地域と特定の言語からの借用語彙の関係などが見えてくるかもしれない.活用法を考えるに当たっては,まずは EDD がどのような辞書か,EDD Online がどのような機能を実装しているのかを学ばなければ・・・.
EDD そのものについては,VARIENG (Research Unit for Variation, Contacts and Change in English) に掲載されている,Markus 氏による Wright's English Dialect Dictionary computerised: towards a new source of information がよくまとまっている.
(後記 2022/10/21(Fri):EDD や SPEED へのリンクが切れていたのを発見した.EDD は新たにこちらよりどうぞ.)
・ Hotta, Ryuichi. "A Historical Study on 'eyes' in English from a Panchronic Point of View." Studies in Medieval English Language and Literature 20 (2005): 75--100.
・ Wright, Joseph, ed. The English Dialect Dictionary. 6 vols. Henry Frowde, 1898--1905.
本ブログでも何度か取り上げている2つの歴史英語コーパス PPCMBE ( Penn Parsed Corpus of Modern British English; see [2010-03-03-1]. ) と COHA ( Corpus of Historical American English; see [2010-09-19-1]. ) について,塚本氏が『英語コーパス研究』の最新号に研究ノートを発表している.両者とも2010年に公開された近代英語後期のコーパスだが,それぞれ英米変種であること,また編纂目的が異なることから細かな比較の対象には適さない.しかし,代表性をはじめとするコーパスの一般的な特徴を比べることは意味があるだろう.
PPCMBE は1700--1914年のイギリス英語テキスト約949,000語で構成されており,Parsed Corpora of Historical English の1部をなす.同様に構文解析されたより古い時代の対応するコーパスとの接続を意識した作りである.有料でデータを入手する必要がある.一方,COHA は1810--2009年のアメリカ英語テキスト4億語を収録した巨大コーパスである.こちらは,構文解析はされていない.COHA は無料でオンラインアクセスできるため使いやすいが,インターフェースが固定されているので柔軟なデータ検索ができないという難点がある.
コーパスの規模とも関係するが,PPCMBE は代表性 (representativeness) の点で難がある.PPCMBE のコーパステキストを18ジャンルへ細かく分類し,テキスト年代を10年刻みでとると,サイズがゼロとなるマス目が多く現われる.これは,区分を細かくしすぎると有意義な分析結果が出ないということであり,使用に際して注意を要する.
一方,COHA のコーパステキストは Fiction, Popular Magazines, Newspapers, Non-Fiction Books の4ジャンルへ大雑把に区分されている.細かいジャンル分けの研究には利用できないが,10年刻みでも各マス目に適切なサイズのテキストが配されており,代表性はよく確保されている.ただし,Fiction の構成比率がどの時代も約50%を占めており,Fiction の言語の特徴(特に語彙)がコーパス全体の言語の特徴に影響を与えていると考えられ,分析の際にはこの点に注意を要する.
塚本氏は,両コーパスの以上の特徴を,後期近代英語における形容詞の比較級・最上級の問題によって示している.CONCE (Corpus of Nineteenth-Century English) を用いた Kytö and Romaine の先行研究によれば,19世紀の間,比較級の迂言形に対する屈折形の割合は,30年刻みで世紀初頭の57.1%から世紀末の67.8%へと増加しているという.同様の調査を COHA と PPCMBE で10年刻みに施したところ,前者では1810年の64.7%から1910年の74.3%へ着実に増加していることが確かめられたが,後者では1810年の79.4%から1910年の78.0%まで増減の揺れが激しかったという(塚本,p. 56).しかし,CONCEと同様の30年刻みで分析し直すと,PPCMBE でも有意な変化をほぼ観察できるほどの結果がでるという.
コーパスはそれぞれ独自の特徴をもっている.よく把握して利用する必要があることを確認した.関連して,[2010-06-04-1]の記事「流れに逆らっている比較級形成の歴史」を参照.
・ 塚本 聡 「2つの指摘コーパス---その代表性と類似性」『英語コーパス研究』第18号,英語コーパス学会,2011年,49--59頁.
・ Kytö, M. and S. Romaine. "Adjective Comparison in Nineteenth-Century English." Nineteenth-Century English: Stability and Change. Ed. M. Kytö, M. Rydén, and E. Smitterberg. Cambridge: CUP, 2006. 194--214.
昨日の記事[2010-09-17-1]の続編.Dracula に現れる同時性・対立を表す接続詞の3異形態 while, whilst, whiles の頻度を,20世紀後半以降の英米変種における頻度と比べることによって,この60?110年くらいの間に起こった言語変化の一端を垣間見たい.用いたコーパスは以下の通り.
(1) Dracula ( Gutenberg 版テキスト ): 1897年,イギリス英語.
(2) LOB Corpus ( see also [2010-06-29-1] ): 1961年,イギリス英語.
(3) BNC ( The British National Corpus ): late twentieth century,イギリス英語.
(4) Brown Corpus ( see also [2010-06-29-1] ): 1961年,アメリカ英語.
(5) OANC (Open American National Corpus): 1990年以降,アメリカ英語.
(6) Corpus of Contemporary American English (BYU-COCA): 1990--2010年,アメリカ英語.
各コーパスにおける接続詞としての while, whilst, whiles の度数と3者間の相対比率は以下の通り.
while | whilst | whiles | |
(1) Dracula | 14 (12.61%) | 95 (85.59%) | 2 (1.80%) |
(2) LOB | 517 (88.68%) | 66 (11.32%) | 0 (0.00%) |
(3) BNC | 48,761 (89.41%) | 5,773 (10.59%) | 0 (0.00%) |
(4) Brown | 592 (100.00%) | 0 (0.00%) | 0 (0.00%) |
(5) OANC | 7,893 (100.00%) | 0 (0.00%) | 0 (0.00%) |
(6) COCA | 246,207 (99.82%) | 447 (0.18%) | 0 (0.00%) |
先日,ハンガリー旅行中に時間をもてあますことがあり,持参した本もすべて読み潰していたので困ったことがあった.飛び込んだ書店には英語の本があまりなかったのだが(ハンガリー語は読めないので),かろうじて Penguin Popular Classics の一部が置いてあった.物色した結果,アイルランド作家 Bram Stoker (1847-1912) による怪奇小説の名作 Dracula 『吸血鬼ドラキュラ』 (1897) を手に取った.主人公のドラキュラ伯爵はルーマニアの Transylvania 地方(ハンガリー東部から広がる地域)の城主という設定であり,この旅にそこそこふさわしいと思われたからだ.450ページ近くあるので時間潰しの目的にもかなう.帰りの飛行機で本格的に読み始め,帰国後も寝る前に少しずつ読み続けているが,いまだに読み終わらない.
物語はおもしろいので引き込まれるが,趣味の読書とはいえ,気になる英語表現には目が留まる.気になることの1つに,接続詞 whilst が高頻度で現れることがある.接続詞 whilst は現在ではイギリス英語の文語に特徴的な形式張った語で,while に比べれば頻度の低い語である( Longman の辞書によれば while は最頻1000語レベル以内,whilst は最頻2000語レベル以内).もちろん作品には while も出るが whilst の頻度のほうが圧倒的に高く,この点で現在のイギリス文語の状況とは異なる.さらに whiles なる代替表現も稀ではあるが現れ,これは調べなければと思い立った.ほぼ1世紀の間に,接続詞としての while, whiles, whilst のそれぞれの頻度はどのように変化してきたのだろうか.
頻度の問題を考察し始める前に,同時性や対立を表す従属接続詞として機能する3種類の形態の起源を見ておこう.現在もっとも一般的に用いられる while は,[2010-06-18-1]で話題にしたように古英語では「時間」を意味する名詞にすぎなかった.それが文法化 ( grammaticalisation ) を経て副詞や接続詞としての機能を発展させてきた.機能的発展という点では whiles や whilst も while と同様であり,名詞 while が起源と考えてよい.ただし前者2語は形態的には説明が必要である.
whiles の語尾の -s は[2009-07-18-1]で話題にした副詞的属格 ( adverbial genitive ) である.whiles は13世紀に初めて現れ,単独であるいは複合的に「?のときに」を表す副詞や接続詞として普通に見られるようになった.現在ではスコットランド方言で「時々」の意味を表し,また古語としては while と同義に用いられるが,一般的には廃語となったと考えてよい.関連語としては,いずれもやはり古語としてだが otherwhile(s) や somewhile(s) がある.
whilst [waɪlst] は上記の whiles に -t 語尾がついたもので,副詞としては14世紀から,接続詞としては16世紀からおこなわれている.-t 語尾の付加については一種の音便とも考えられるが,意味や機能の点で関連づけられ得る against, amidst, amongst, betwixt などの語類の語尾が互いに影響しあった結果の挿入ではないかといわれる.これらの語類はいずれも副詞的属格の -s を取り,かつ最上級の -st との連想が働いたために,-st をもつようになったと考えられている(日本語でも「?の最中に」などという).上述したように,whilst は現在ではイギリス英語の文語に限られ,形式張った語である.while と比較すると頻度は高くないが,文章でお目にかかる機会は結構ある.
接続詞 while の variants として whiles と whilst の形態の歴史をみたところで,次回は Dracula の英語と数世代下った英米変種での各形態の頻度を見てみることにしよう.
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