「#1730. AmE-BrE 2006 Frequency Comparer」 ([2014-01-21-1]), 「#1739. AmE-BrE Diachronic Frequency Comparer」 ([2014-01-30-1]) で,the Brown family of corpora ([2010-06-29-1]の記事「#428. The Brown family of corpora の利用上の注意」を参照)を利用した,変種間あるいは通時的な頻度比較ツールを作った.Brown family といえば,似たような設計で編まれた ICE (International Corpus of English) も想起される([2010-09-26-1]の記事「#517. ICE 提供の7種類の地域変種コーパス」を参照).1990年以降の書き言葉と話し言葉が納められた100万語規模のコーパス群で,互いに比較可能となるように作られている.
そこで,手元にある ICE シリーズのうち,Canada, Jamaica, India, Singapore, the Philippines, Hong Kong の英語変種コーパス計6種を対象に,前と同じように頻度表を作り,データベース化し,頻度比較が可能となるツールを作成した.使い方については,「#1730. AmE-BrE 2006 Frequency Comparer」 ([2014-01-21-1]) を参照されたい.
[2013-09-02-1]の記事に引き続き,Philippine English の歴史と現状について.鈴木 (162--63) によると,支配的な言語がスペイン語から英語へとシフトしたのは,1910--20年代のことだという.
米国は,一八九八年のフィリピン占領以来,すべての教育を英語で行なってきた.それが二〇年ほどの間に,徐々に効いていたのである./あらゆる公共の場での演説は,これまでスペイン語で行なわれてきた.しかし,ついに一九一九年一二月五日,英語による最初の演説が下院で行なわれた.フィリピン大学法学部出身の二人の議員が,演説を英語でやってのけたのだ.二二年になると,マニラ市議会も「すべての議員が英語を読み書きする」という理由で,議会用語に英語を採用した.裁判でも英語が使われるようになり,すべての官公庁が二五年までには英語の採用試験に切り替えたという.
スペイン支配とアメリカ支配を単純化して特徴づけるとすれば,前者はキリスト教の普及,後者は教育の普及といってよいだろう.そして,アメリカの文化帝国主義は見事に功を奏したのである.現在でも,フィリピンの教育では「英語第一主義」が根強く守られている.アキノ前大統領(1986--92在職)は,現地の言語がないがしろにされているという国語問題に大きな関心を払っていたが,解決に向けて大きな進展があったわけではない.鈴木によると,フィリピンの国民の帰属意識や社会矛盾の根源は「英語第一主義」にある.
現在フィリピンでは,フィリピン語と英語の「二言語教育」が小学校から行なわれている.フィリピン語を教育用言語として,国語,社会,図工,体育などが教えられている.英語で教えられているのは,英語,算数,理科などである.このため公立小学校では英語による教育についていけない生徒が続出し,教育現場は控え目に表現しても大混乱している.「英語が嫌いだ」とか「英語で教えるから算数が分からない」といった理由で,登校拒否が目立っているとおいう.子供たちの生活環境は「二言語」化されていはいない.したがって,英語はタガログ語地域では二重の負担になり,他の地方語地域では三重の負担になっているのが実状だ./ところがフィリピンは,「英語国」の立場を守っている.議会では英語で討論が行なわれ,大統領の演説も英語である.官公庁文書もすべて英語でだされ,選挙のときにだけ,タガログ語をはじめとする地方語で書かれた印刷物が配られるのである.官公庁では当然英語が使われ,会社紹介や業績発表もすべて英語である.国語の普及に責任を負っているはずの教育・文化・スポーツ省ですら,とうてい「フィリピン語使用」に本気で取り組んでいるとはいえない.〔中略〕フィリピンの政治的,社会的混乱の原因は,フィリピン人が国際理解を重視し,国際的に高い地位を占めたいと思うあまり,英語使用の公式路線を捨てきれないこととかかわりがある.とくに,二言語政策による小学校教育の混乱は,本来なら溌剌としているべき国家の活力を奪っている.フィリピン人がよく使う "tao" (庶民,小さな人々)こそ,国家の生産力と富の源泉であることを忘れるべきではない.(286--88)
さらに,鈴木 (294) は,「歴史的に見ると,英語教育はフィリピン人に劣等意識を植えつけ,アメリカ文化に憧れさせる「えさ」として提供されてきた.フィリピン政府が,「世界言語としての英語の知識は,フィリピン国民の誇りである」と言えばいうほど,国民意識をあいまいにさせている」と手厳しい.
アメリカが英語の力をもって20世紀のフィリピンを牽引してきたことは間違いない.アメリカの教育政策により,1930年代には識字率が倍増しているし,その結果として現在でもアジアの中でも教育がよく進んでいる.一方,英語を公用語とする国々のなかで4番目に多くの人口を擁していることから,世界の英語人口に大きく貢献してもいる.しかし,華やかに見える英語第一主義の正の側面の裏側には,負の側面のあることを忘れてはならない.
この7月下旬に,12年振りにフィリピンに出かける機会があった.そこでフィリピン人と,言語の問題を語る機会があった.英語一辺倒の教育は小学校レベルで見直され始めていること,とはいえ英語の社会的な権威はまったく衰えておらず,国民語たるタガログ語を差しおいて,まず英語を子供に教えようとする親が普通であることなどを聞いた.滞在中,タガログ語と英語が互いに自由に乗り入れる "Taglish" の code-mixing も,ごく普通に耳にした.
だが,フィリピンは ESL 国の1つの例にすぎない.英語が世界化する過程には他にも様々なパターンがありうるだろう.未来の英語史は,これらのパターンの1つ1つを記述してゆく必要があるのだろう.
・ 鈴木 静夫 『物語フィリピンの歴史』 中央公論新社〈中公新書〉,1997年.
昨日の記事で扱った「#1590. アジア英語の諸変種」 ([2013-09-03-1]) から世界の英語変種へ目を広げると,それこそおびただしい English varieties が,今現在,発展していることがわかる.英語変種の数ばかりでなく英語変種の話者の数もおびただしく,「#397. 母語話者数による世界トップ25言語」 ([2010-05-29-1]) の記事の終わりで触れたように,母語話者数と非母語話者を足し合わせると,英語は世界1の大言語となる.英語話者人口の過去,現在,未来については,以下の記事で扱ってきた.
・ 「#319. 英語話者人口の銀杏の葉モデル」 ([2010-03-12-1])
・ 「#427. 英語話者の泡ぶくモデル」 ([2010-06-28-1])
・ 「#933. 近代英語期の英語話者人口の増加」 ([2011-11-16-1])
・ 「#173. ENL, ESL, EFL の話者人口」 ([2009-10-17-1])
・ 「#375. 主要 ENL,ESL 国の人口増加率」 ([2010-05-07-1])
・ 「#759. 21世紀の世界人口の国連予測」 ([2011-05-26-1])
・ 「#414. language shift を考慮に入れた英語話者モデル」 ([2010-06-15-1])
現在の世界における英語話者人口を正確に把握することは難しい.Crystal (61, 65--67) で述べられているように,この種の人口統計には様々な現実的・理論的な制約が課されるからだ.Crystal (62--65) は,その制約のなかで2001年現在の英語人口を推計した.近年,最もよく引き合いに出される英語話者の人口統計である.
Territory | L1 | L2 | Population (2001) |
---|---|---|---|
American Samoa | 2,000 | 65,000 | 67,000 |
Antigua & Barbuda* | 66,000 | 2,000 | 68,000 |
Aruba | 9,000 | 35,000 | 70,000 |
Australia | 14,987,000 | 3,500,000 | 18,972,000 |
Bahamas* | 260,000 | 28,000 | 298,000 |
Bangladesh | 3,500,000 | 131,270,000 | |
Barbados* | 262,000 | 13,000 | 275,000 |
Belize* | 190,000 | 56,000 | 256,000 |
Bermuda | 63,000 | 63,000 | |
Botswana | 630,000 | 1,586,000 | |
British Virgin Islands* | 20,000 | 20,800 | |
Brunei | 10,000 | 134,000 | 344,000 |
Cameroon* | 7,700,000 | 15,900,000 | |
Canada | 20,000,000 | 7,000,000 | 31,600,000 |
Cayman Islands* | 36,000 | 36,000 | |
Cook Islands | 1,000 | 3,000 | 21,000 |
Dominica* | 3,000 | 60,000 | 70,000 |
Fiji | 6,000 | 170,000 | 850,000 |
Gambia* | 40,000 | 1,411,000 | |
Ghana* | 1,400,000 | 19,894,000 | |
Gibraltar | 28,000 | 2,000 | 31,000 |
Grenada* | 100,000 | 100,000 | |
Guam | 58,000 | 100,000 | 160,000 |
Guyana* | 650,000 | 30,000 | 700,000 |
Hong Kong | 150,000 | 2,200,000 | 7,210,000 |
India | 350,000 | 200,000,000 | 1,029,991,000 |
Ireland | 3,750,000 | 100,000 | 3,850,000 |
Jamaica* | 2,600,000 | 50,000 | 2,665,000 |
Kenya | 2,700,000 | 30,766,000 | |
Kiribati | 23,000 | 94,000 | |
Lesotho | 500,000 | 2,177,000 | |
Liberia* | 600,000 | 2,500,000 | 3,226,000 |
Malawi | 540,000 | 10,548,000 | |
Malaysia | 380,000 | 7,000,000 | 22,230,000 |
Malta | 13,000 | 95,000 | 395,000 |
Marshall Islands | 60,000 | 70,000 | |
Mauritius | 2,000 | 200,000 | 1,190,000 |
Micronesia | 4,000 | 60,000 | 135,000 |
Montserrat* | 4,000 | 4,000 | |
Namibia | 14,000 | 300,000 | 1,800,000 |
Nauru | 900 | 10,700 | 12,000 |
Nepal | 7,000,000 | 25,300,000 | |
New Zealand | 3,700,000 | 150,000 | 3,864,000 |
Nigeria* | 60,000,000 | 126,636,000 | |
Northern Marianas* | 5,000 | 65,000 | 75,000 |
Pakistan | 17,000,000 | 145,000,000 | |
Palau | 500 | 18,000 | 19,000 |
Papua New Guinea* | 150,000 | 3,000,000 | 5,000,000 |
Philippine$ | 20,000 | 40,000,000 | 83,000,000 |
Puerto Rico | 100,000 | 1,840,000 | 3,937,000 |
Rwanda | 20,000 | 7,313,000 | |
St Kitts & Nevis* | 43,000 | 43,000 | |
St Lucia* | 31,000 | 40,000 | 158,000 |
St Vincent & Grenadines* | 114,000 | 116,000 | |
Samoa | 1,000 | 93,000 | 180,000 |
Seychelles | 3,000 | 30,000 | 80,000 |
Sierra Leone* | 500,000 | 4,400,000 | 5,427,000 |
Singapore | 350,000 | 2,000,000 | 4,300,000 |
Solomon Islands* | 10,000 | 165,000 | 480,000 |
South Africa | 3,700,000 | 11,000,000 | 43,586,000 |
Sri Lanka | 10,000 | 1,900,000 | 19,400,000 |
Suriname* | 260,000 | 150,000 | 434,000 |
Swaziland | 50,000 | 1,104,000 | |
Tanzania | 4,000,000 | 36,232,000 | |
Tonga | 30,000 | 104,000 | |
Trinidad & Tobago* | 1,145,000 | 1,170,000 | |
Tuvalu | 800 | 11,000 | |
Uganda | 2,500,000 | 23,986,000 | |
United Kingdom | 58,190,000 | 1,500,000 | 59,648,000 |
UK Islands (Channel, Man) | 227,000 | 228,000 | |
United States | 215,424,000 | 25,600,000 | 278,059,000 |
US Virgin Islands* | 98,000 | 15,000 | 122,000 |
Vanuatu* | 60,000 | 120,000 | 193,000 |
Zambia | 110,000 | 1,800,000 | 9,770,000 |
Zimbabwe | 250,000 | 5,300,000 | 11,365,000 |
Other dependencies | 20,000 | 15,000 | 35,000 |
Total | 329,140,800 | 430,614,500 | 2,236,730,800 |
昨日の記事「#1589. フィリピンの英語事情」 ([2013-09-02-1]) と関連して,アジアにおける英語変種について一般的な話題を取り上げる.アジアの諸地域は,交易や植民地時代を含む4世紀にわたる英語との接触の歴史を通じて,独自の英語変種を発達させてきた.これら Asian English(es) と呼ばれる ESL あるいは EFL としての英語変種は,地域および使用(制度化されているか否か)の観点から分類される (Jenkins 45) .
South Asian varieties | South-East Asian and Pacific varieties | East Asian varieties |
---|---|---|
Bangladesh | Brunei | China |
Bhutan | Cambodia | Hong Kong |
India | Fiji | Japan |
Maldives | Indonesia | Korea |
Nepal | Laos | Taiwan |
Pakistan | Malaysia | |
Sri Lanka | Myanmar | |
Philippines | ||
Singapore | ||
Thailand | ||
Vietnam |
Institutionalised varieties (Outer Circle) | Non-institutionalised varieties (Expanding Circle) |
---|---|
Bangladesh | Cambodia |
Bhutan | China |
Brunei | Indonesia |
Fiji | Japan |
Hong Kong | Korea |
India | Laos |
Malaysia | Maldives |
Nepal | Myanmar |
Pakistan | Taiwan |
Philippines | Thailand |
Singapore | Vietnam |
Sri Lanka |
フィリピン (The Philippines) は,言語多様性の高い国である.日本の4/5ほどの面積に約8,800万人が住んでおり,Ethnologue の Philippines の項によれば,181の言語が行なわれているという(フィリピンの現況を報告する一般の概説書によれば80程度ともされ,数え方により大きく異なる).「#401. 言語多様性の最も高い地域」 ([2010-06-02-1]) で取り上げた多様性指数 (diversity index) のランキングでいえば,0.855の値を示し,世界25位である.土着語のほとんどがオーストロネシア語族に属する言語であり,VSOの語順を示すなど,言語的には比較的類似している.母語話者人口の最も多いのは Cebuano (約1,200万人)だが,公用語としてはルソン島南部を中心に母語人口1,000万人を誇る Tagalog をもとにした Filipino が国語とされているほか,英語がもう1つの公用語として広く学ばれ,行われている(政府は1972年より Filipino と英語の2言語教育の方針を打ち出している).Crystal (64) の統計によれば,国民の半数近くが英語を話すとされ,東南アジアにおいて最も英語話者の多い国といえるだろう.(フィリピンの言語地図はこちらを参照). *
フィリピンは,16世紀後半から続いた300年のスペインによる支配の後,1898年の米西戦争 (the Spanish-American War) を経て,アメリカの支配下に入った(「#255. 米西戦争と英語史」[2010-01-07-1]を参照).1942--45年の日本による占領時代を経て1946年に独立したが,独立後もアメリカとの関係は密であり,アメリカ英語の影響が色濃い.全般的にイギリス英語の色彩が圧倒的である東南アジアにあって,異色である(「#376. 世界における英語の広がりを地図でみる」[2010-05-08-1]を参照).
上記のような経緯で Philippine English ("Taglish" とも呼ばれる)は,Singapore English と並んで東南アジアの数ある英語変種のなかでも目立った存在となっている.Jenkins (47) によると,東南アジア英語変種のなかでもとりわけ研究が進んでおり,例えば Tay, M. ("Southeast Asia and Hongkong." English around the World. Ed. J. Cheshire. Cambridge: CUP, 1991.) や World Englishes の2004年の Bautista et al. によるフィリピン英語特集などが挙げられている.フィリピン英語は1960年代後半から記録されており,独特な発音や文法が発達してきていることが知られている.また,新旧の世代差や formality による差など,フィリピン英語内での変種も多様化してきているようだ.
英語が非母語として用いられている他の地域の英語事情については,「#273. 香港の英語事情」 ([2010-01-25-1]),「#404. Suriname の歴史と言語事情」 ([2010-06-05-1]),「#412. カメルーンの英語事情」 ([2010-06-13-1]),「#514. Nigeria における英語の位置づけ」 ([2010-09-23-1]),「#1536. 国語でありながら学校での使用が禁止されている Bislama」 ([2013-07-11-1]) などの記事を参照.
・ バーナード・コムリー,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.
・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.
「#339. 英語史が近代英語期で止まってしまったかのように見える理由」 ([2010-04-01-1]) や 「#386. 現代英語に起こっている変化は大きいか小さいか」 ([2010-05-18-1]) に引き続いての話題.この問題について,Knowles にも関連する言及を見つけた.
The fixing of the language can give the superficial impression that the history of English came to an end some time towards the end of the eighteenth century. It is true that there has been little subsequent change in the forms of the standard language, at least in the written standard language. There have been substantial changes in non-standard spoken English. In any case what were actually fixed were the forms of Standard English. The way these forms have been used in different social situations has continued to change. (136)
(特に書き言葉の)現代標準英語を到達点としてとらえる伝統的な主流派英語史の観点からは,確かに近代英語期に突入して以来,言語的にみて劇的な変化はないとも言いうるかもしれない.しかし,これは現代標準英語という1変種のみに焦点を当てた,偏った見方だろう.なるほど,この変種は現代世界においてきわめて重要で,最も注目度の高い変種であることは疑い得ない.しかし,英語が過去にも,現在にも,そして未来にわたっても決して一枚岩ではなく,多変種の緩やかな連合体であることを考えれば,理想的な英語史もまた,それら諸変種の歴史の総合であるはずである.後者の variationist な英語史の観点からは,歴史が近代英語期で止まったと言うことは決してできない.地域方言にせよその他の社会方言にせよ,標準英語がここ数世紀の間に経験していない種類や規模の変化を経ている変種はあるし,"New Englishes" や種々のピジン英語のように,近代英語期に新たに生じた変種もある.
標題で「止まってしまったかのように見える理由」と述べているのは,Standard English 偏重の英語観に立てばそのように見えてしまうということを強調するためである.そこから脇道にそれてみれば,必ずしも「英語史が近代英語期で止まってしまったかのように見え」ないかもしれないのである.
実際には,非主流派の観点から英語史を眺めるという機会は研究者にもなかなかないことではある.しかし,標準英語の歴史を読んだり書いたりする際には,単なる1変種へのバイアスの事実を自覚しておく必要はあるだろう.この観点からの英語史としては,Crystal がお薦めである.
・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.
・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
Indian English や Nigerian English など,ESL地域で行なわれている英語の変種は "New Englishes" と呼ばれることがあるが,その発展は歴史的に見ると以下の過程を経ている.地域によって過程を経る速度は異なるが,およそ共通していることから,"New Englishes" のライフサイクルと呼んでよいだろう.Mazzon (78--79) を要約する.
(1) indigenisation: 英語が国際的な用途ではなく国内的な用途のために受け入れられる段階.
(2) expansion: 新変種がより多くの,より幅広い用途に用いられるようになる段階.
(3) a change from an exonormative model to an endonormative one: [2009-12-05-1]の記事「#222. 英語話者の同心円モデル (2)」の Kachru の用語でいうところの "norm-dependent" から "norm-developing" へと,話者の態度の変化がみられる段階.新変種に特有の語法はもはや標準英語からの逸脱とはみなされなくなる.その地域の要求に応えるべく,語彙や会話規則が発達し,文学なども現われるようになる."Indian" English などの形容詞から軽蔑的な含蓄が消え,純粋に記述的な意味を獲得する.
(4) institutionalisation: 学校,メディア,政府,知識人などによって広く使用され,使用が推奨される段階.新変種が重要な社会言語学的機能を獲得する.話者に同変種への愛着が生じる段階でもある.
その次に,もう1つの段階があると想定してもよいかもしれない.どの "New Englishes" も達しておらず,達することのない段階かもしれないが,それは restriction という段階である.新変種の英語の使用が制限され,地元の言語の地位が復活して,英語の社会的機能を置きかえるという段階である.ライフサイクルの終着点だ.
各段階において,国際的に用いられる標準英語への態度も変化するだろう.(4) に至るまで,威信のある変種としての標準英語の立場は,特に教育の場などでは変わらないだろうが,(4) へ進むにつれて,地域の代表として発達した新変種がその威信に接近することになる.しかし,接近するにつれて,標準変種と新変種に対するアンビバレントな態度が社会のなかに生じてくるのが常である.一方では,イギリス英語などの標準変種が優秀さの象徴と捉えられ,良い英語の使用が近代性やあらゆる良きものへのパスポートと認識される.他方で,新変種には国家主義的な愛着が感じられ,過程を追うごとにかつて付随していた劣等変種としてのイメージも払拭されるために,自信をもって使用する機会も増える.このアンビバレントな心理状況を,ある学者は統合失調症 (schizophrenia) になぞらえて schizoglossia (Mazzon 83) と呼んだが,ESL地域のたどった歴史の重さを思わずにはいられない悲痛な用語ではある.
・ Mazzon, Gabriella. "The Development of Extraterritorial Englishes." The Development of Standard English, 1300--1800. Ed. Laura Wright. Cambridge: CUP, 2000. 73--92.
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