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standard_english - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2026-04-24 20:32

2026-04-23 Thu

#6205. Scots の歴史に注目すべき理由 [scots_english][scots][standard_english][sociolinguistics][variety][dialect][language_shift][contact][gvs][oe][literature][aureate_diction][old_norse][french][latin][celtic]

 私たちが日頃英語と呼んでいるものは,たいていイングランド南部の方言に基づいて発展してきた標準英語 (Standard English) にほかなりません.しかし,一歩視点を北へ転じ,スコットランドで話されてきた/いる英語変種 (Scots or Scottish English) に目を向けると,そこには標準英語のパラレルワールドというべき世界と歴史が広がっています.
 本記事では,スコットランドに暮らした/暮らしている経験のある私の贔屓目が効いていることを認めつつ,なぜ Scots とその歴史について知っておくとよいのか,ポイントを整理してみたいと思います.
 Scots とその歴史に注目すべき第1の理由は,Scots が標準英語を相対化するための鏡になり得るという点です.Scots は,イングランドの英語変種を除けば,古英語に直接由来する唯一の英語変種です.ある角度から評すれば,Scots は比較言語学的に English と最も近い言語といえるのです.私たちが学習の目標としている英語が現在の姿になったのは,歴史の必然ではなく,偶然の結果にすぎません.例えば,Scots では大母音推移 (gvs) が部分的にしか起こっておらず,house を古英語以来の音に近い [huːs] と発音したり,長音を表すのに <i> の母音字を添える独自の綴字習慣を持っていたりします.また,現在形の動詞には,主語の人称に限らず軒並み -is が現われるなど,Scots は文法面でも独自の変化を遂げてきています.歴史が異なっていれば,標準英語もあるいはこうなっていたかもしれない,という仮の姿を Scots に見ることで,私たちは標準英語を絶対視せず,斜めから眺める視点を手に入れることができるのです.
 第2に,Scots の歴史は English の歴史に負けず劣らず,言語接触の効果を評価する格好の材料である,という点です.Scots の語彙や表現には,8世紀後半から11世紀のヴァイキング侵攻と関連する古ノルド語の影響,13--14世紀のスコットランド独立運動と関係の深いフランスとの「古来の同盟」(Auld Alliance)がもたらした独自のフランス借用語,そして15世紀に花咲いたラテン語を駆使した華麗な文体 (aureate diction) が刻み込まれています.さらに古くは,ケルト語の基盤もあるわけで,Scots はこの土地における英語史の複雑さを体現する存在となっているのです.
 第3に,Scots には豊かな文学的伝統があります.Robert the Bruce や William Wallace といった中世の英雄に関する物語から,近代の夜明けである15--16世紀の Robert Henryson や William Dunbar などのスコットランドにおけるチョーサーを信奉する詩人たち,そして後期近代の国民的詩人 Burns や作家 Scott に至るまで,Older/Modern Scots で書かれた珠玉の作品が残っています.Scots を学ぶことで,このような言葉の宝ものを直接味わうことができる喜びは格別です.Scots 特有の音楽的な響きは,単なる情報伝達の道具を超えた言語の魅力を,私たちに教えてくれます.
 さらにいえば,Scots の歴史はスコットランドという枠を超えて世界史ともつながっています.Scots-Irish がアメリカ移民史に果たした役割は,いうまでもなく重要です.また,近代日本に計り知れない政治的・経済的影響を与えた,Thomas Blake Glover をはじめとするスコットランドの起業家たちの足跡を考えるとき,彼らの背景にあった言語的アイデンティティを無視することはできません.Scots という英語変種には,国家アイデンティティと言語の関係,あるいは書き言葉と話し言葉が異なるメディアとしていかに機能するかという社会言語学的諸問題が凝縮されてといってよいでしょう.
 Scots とその歴史を学ぶことは,単に1つの非標準英語変種に詳しくなることではありません.それは,英語という言語が示し得た別の可能性,パラレルワールドに思いを馳せ,言語接触,言語交替,規範化の過程を批判的に捉え直す機会でもあるのです.
 以上,スコットランド贔屓の目線から書きました.お目こぼしを.関連して「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) も参照.

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