世界には英語ベースのピジン語やクレオール語が30以上存在するといわれている.[2010-07-15-1], [2010-07-16-1]で見たように,ピジン語やクレオール語の定義や起源に曖昧な点があるので正確に数えることは難しいが,名前がついているものを挙げると30以上になるという.McArthur (177) よりその一覧を再現しよう.
(1) Africa
Gambian Creole or Aku; Krio and pidginized Krio in Sierra Leone; Liberian Creole; Ghanaian Pidgin; Togolese Pidgin; Nigerian Pidgin (creolized in urban areas); Kamtok in Cameroon (creolized in urban areas; see [2010-06-13-1], [2010-06-14-1]); Bioku Pidgin on Fernando Po.
(2) North America (All in the United States)
Afro-Seminole Creole; Amerindian Pidgin (most varieties now extinct); Black English Vernacular (status controversial); Sea Island Creole, or Gullah; Hawaii Pidgin and Creole.
(3) Central America, the Caribbean, and the neighbouring South America
Bahamian Creole; Barbadian Creole; Belizean Creole; Costa Rican Creole; Guyanese Creolese (sic) (see [2010-05-17-1]); Jamaican Creole or Nation Language or Patwa; Leeward Island Creole(s); Nicaraguan Creole; Surinamese Djuka or Aukan, Saramaccan, and Sranan (see [2010-06-05-1]); Trinidad and Tobago Creole(s) or Trinibagianese or Trinbagonian; Virgin Islands Creole; Windward Island Creole(s).
(4) Australasia-Pacific Ocean
Bislama (Vanuatu), Hawaii Pidgin and Creole, Pijin (the Solomon Islands), Kriol or Roper River Pidgin/Creole (northern Australia), Pitcairnese and Norfolkese (Pitcairn Island and Norfolk Island), Tok Pisin/Neo-Melanesian (Papua-New Guinea), Torres Straits Broken/Creole.
世界中にむらなく分布しているというよりは,英米の植民地史を反映して局地的に分布していることがよくわかる.これらの遠心性をもつ「英語」が,求心性をもつ世界標準英語 (World Standard English)や標準英米変種などの主要な標準変種に対して今後どのように位置づけられてゆくかが注目される.というのは,これらの「英語話者」は今後続々と教育の普及などによって post-creole continuum の階段を上り,標準変種を獲得し,かっこ付きでない英語話者となることが見込まれるからだ.しかも,束になれば相当な人口である.
これらのピジン語やクレオール語が話される地域のみを選んで旅したら,英語観が変わってくるかもしれないな・・・.
ピジン語やクレオール語に関するリンクをいくつか張っておく.
・ Society for Pidgin and Creole Linguistics: 学会のサイト
・ Pidgin and Creole Languages: ピジン語・クレオール語入門
・ Tok Pisin Translation, Resources, and Discussion: Tok Pisin/English 辞書あり
・ Jamaican Creole Texts: クレオール語とピジン語関係のリンクもあり
・ McArthur, Tom. The English Languages. Cambridge: CUP, 1998.
現代世界に広く展開する pidgin や creole がそもそもどのように生じたかについては,定説はない.世界各地のピジン語やクレオール語がなぜ言語的に共通点が多いのかという問題とあわせて諸説が提案されているが,Jenkins が Todd に基づいて主だった説をまとめているので,それをさらに端的にまとめてみたい.大きく分けて,単一起源説 ( monogenesis ) ,多起源説 ( polygenesis ) ,普遍・統合説 ( universal/synthetic theory ) の三種類がある.各説のカッコ内の名称は,私が勝手にわかりやすくつけたもの.
・ The independent parallel development theory (化学実験説)
ピジン語やクレオール語のような混成言語はそれぞれ独立して発生した.ただ,混成する素材は,およそ共通してヨーロッパの諸言語と西アフリカの諸言語などであり,混成した社会条件や物理条件も似通っているので,できあがった混成言語どうしが似てくるのは自然の理である.つまり,化学実験において,混ぜ合わせる物質が似たようなものであり,実験環境も似ているのであれば,たとえ別々の場所で実験しても,できあがった化合物はおよそ似ているだろうという発想.多起源説.
・ The nautical jargon theory (混成の混成説)
ヨーロッパの異なる国籍の船員たちが航海中にコミュニケーションを取るときに発達した混成語がもとになったという説.この説によれば,西アフリカなどの人々と接する以前に,言ってみれば船の中でヨーロッパ語を基盤とする混成語ができあがっていたことになる.当然ながら航海用語を中心とした語彙が豊富で,この語彙が核となって西アフリカなどへ持ち込まれ,さらに現地の言語と混成した.一度ヨーロッパの言語どうしが混成したものが,再びヨーロッパ以外の言語と混成してできたと考えるので,混成の混成説と呼びたい.共通する航海語彙が多くのピジン語,クレオール語に見られることが,この説を支持する根拠となっている.語彙以外は独立的に発展したと考えるので,多起源説といってよい.
・ The theory of monogenesis and relexification (原ピジン語説)
ちょうど印欧諸語が一つの仮説的な原印欧語 ( Proto-Indo-European ) に遡ると仮定しているように,世界各地のピジン語,クレオール語は Proto-Pidgin とでも呼ぶべき原初のピジン語に遡るという説.原ピジン語の最有力候補は,中世の地中海世界で十字軍兵士や交易者の共通語となった Sabir と呼ばれる言語ではないかといわれる.これが15世紀くらいにポルトガル語から語彙を提供されて,ポルトガル語版の Sabir となり,西アフリカに運ばれた.後にポルトガルの勢力が衰えるにしたがって,ポルトガル語版 Sabir は他の言語によって語彙を置き換えられ,英語版 Sabir,スペイン語版 Sabir,フランス語版 Sabir,オランダ語版 Sabir などの変種が生まれた.ポルトガル版 Sabir が基底にあっただろうということは,非ポルトガル語版の変種にも,saber "know" や pequeno "little; offspring" などポルトガル語に由来する語が見られることから推測される.すべてのピジン語,クレオール語は,語彙こそ置換されてきたが,原ピジン語の方言と考えられるという単一起源説である.
・ The baby-talk theory (赤ちゃん言葉説)
共通語をもたない話者どうしがコミュニケーションを図るとき,互いにあえて単純な発音,文法,語彙を用いる傾向がある.これは言葉を理解しない幼児に話しかけるときの戦略に似ている.元の言語が同一であるとき,赤ん坊に話しかけるかのように極度に単純化した言語が互いに似てくるのは当然である.普遍説.
・ A synthesis (単純化普遍説)
言語接触の現場では,普遍的な言語戦略,特に単純化の機能が作動し,元の言語が何であれ似たような単純化の過程と結果が見られるという.言語には,そして言語能力をもつヒトには,普遍的な言語行動の設計図が内在している ( innate behavioral blueprint ) という考え方が前提にある.世界各地のピジン語とクレオール語について input となった言語は異なっているかもしれないが(=多起源説),それを process する機構は bioprogram としてヒトに普遍的(すなわち共通)なので(=単一起源説),結果として output がおよそ似てくると考える.多起源説と単一起源説を統合 ( synthesis ) した普遍・統合説である.
・ Todd, L. Pidgins and Creoles. 2nd ed. London: Routledge, 1990.
・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.
英語の世界化について語るときに忘れてはならない話題に,pidgin と creole がある.本ブログでも何度か取りあげてきたが,この二つは一緒に扱われることが多い.それもそのはず,一般的には pidgin の発展形が creole であると理解されており,両者は系統図の比喩でいうと親子関係にあるからだ.pidgin と creole の定義については,大雑把にいって研究者のあいだで合意がある.例として,Wardhaugh の解説を引用しよう.
A pidgin is a language with no native speakers: it is no one's first language but is a contact language. That is, it is the product of a multilingual situation in which those who wish to communicate must find or improvise a simple language system that will enable them to do so. . . In contrast to a pidgin, a creole, is often defined as a pidgin that has become the first language of a new generation of speakers. . . A creole, therefore, is a 'normal' language in almost every sense. (Wardhaugh 2006: 61-3 quoted in Jenkins 11)
混成言語として出発したピジン語が,子供によって母語として獲得されるとクレオール語と呼ばれることになる.母語として獲得された当初は両者の間に言語的な違いはほとんどないが,母語話者どうしの使用に付されてゆくとクレオール語は次第に言語的にも成熟してくる.やがては,混成言語でない他の通常の言語と比較されるほどに複雑な言語体系をもつ言語へと発展する.したがって,クレオール語とピジン語は,第一に母語話者の有無によって,第二に後に現れる言語体系の複雑化の有無によって区別されると考えてよい.
概論としては上記のような理解でよいが,現実的にはこの定義にうまく当てはまらない例がある.[2010-06-13-1], [2010-06-14-1] で触れた Cameroon Pidgin English や,その他 Tok Pisin のいくつかの変種では,母語話者たる子供の介在なしに,言語体系が複雑化してきているという事実がある.子供の母語話者が関与しないのだから定義上はクレオール語ではないことになるが,通常のクレオール語と同様に言語体系が複雑化してきているわけであり,理論上の扱いが難しい.もし事実上のクレオール語とみなすのであれば,名前に Pidgin や Pisin とあるのは混乱を招くだろう.
現実には,ピジン語が生じてまもなくクレオール語化することもあれば,ある程度ピジン語として安定してからクレオール語化することもある.また,ピジン語として安定し,さらに発展してからようやくクレオール語化することもある.このように creolisation のタイミングはまちまちのようで,そもそも何をもって「安定」「発展」「クレオール語化」とみなすのかも難しい問題だ.[2010-05-17-1]で見たとおり,Guyanese Creole が上層語 ( acrolect ) の英語と明確な切れ目なく言語的連続体をなしているのと同様に,ピジン語とクレオール語の境目もまた,言語的には連続体をなしていると考えるのが妥当だろう.
・ Wardhaugh, R. An Introduction to Sociolinguistics. 5th ed. Oxford: Blackwell, 2006.
・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.
昨日の記事[2010-06-13-1]に続き,カメルーンの英語の話題.昨日も触れたが,現在のカメルーンでは標準的なイギリス英語 Educated English ( EdE ) はエリートと結びついており,対照的に Cameroon Pidgin English ( PE ) は社会的地位が相対的に低くなっている.PE は国内で広く長く使われてきた歴史があり,本来は社会言語学的にも無色透明に近いはずだが,公用語として採用された EdE との対比により「色」がついてきた.
他言語社会カメルーンの人々は多くが multilingual だが,どの言語を母語とするか,どの順序で複数の言語を習得するかについては都市部と地方部でかなりの揺れがある.特に近年は,都市部で現地の言語や PE ではなく EdE を母語として(第二言語としてではなく)教える親が増えているという.日本でも,将来性を見込んで我が子に英語の早期教育を,という状況は普通に見られるようになってきているが,まさか日本語をさしおいて英語を母語として教えるというケースはないだろう.以下は,カメルーンの諸都市で EdE と PE を第一言語としている子供の比率の通時的変化を示した表である ( Jenkins 176-77 ).20年ほどの間に,EdE を母語とする子供の比率が伸び出してきたのが分かる.
City | EdE (%) | PE (%) | ||
1977-78 | 1998? | 1977-78 | 1998? | |
Bamenda | 1 | 3.5 | 22 | 24 |
Mamfe | 0 | 1 | 25 | 25 |
Kumba | 1 | 3 | 19 | 22 |
Buea | 7 | 13 | 26 | 28 |
Limbe | 4 | 9 | 31 | 30 |
明日は FIFA World Cup の日本対カメルーン戦の試合日ということで,カメルーンの英語事情について.カメルーン共和国 ( Republic of Cameroon ) はアフリカ大陸の様々な特質を一つの国の中にもち,ミニ・アフリカと呼ばれる.[2010-06-02-1]の記事で掲載したが,民族や言語の多様性も著しく,言語の多様性指数 ( diversity index ) で世界第7位,実に279もの言語が国内に行われている.植民地の歴史により英語とフランス語が公用語だが,国民の70%以上が英語ベースのピジン語である Cameroon Pidgin English (PE) を話すとされ,潜在的には多民族を一つにまとめる役割を果たしうる.
カメルーンにおけるピジン英語 PE の歴史は,1400年にまで遡りうる.ポルトガルの商船がイングランドの使用人を引き連れてカメルーン海岸を訪れた際に,英語ベースのピジン語の種が蒔かれたという.ちなみに,国名のカメルーンは土地の川に産するエビを指すポルトガル語 Camarões にちなんだものという.15世紀以降にヨーロッパ人がやってくるようになると,交易やキリスト教の布教において初期にはポルトガルやオランダの影響が強かったが,後にイギリスやドイツが取って代わった.1844年にバプテスト宣教師が英語学校を設立してイギリス標準英語が入ってくることになるが,それまでは PE が支配的であった.PE はピジン英語とはいっても,長い年月の間に周辺のアフリカの言語の影響を大いに受けて独自の発展を遂げており,宣教師は PE を外国語として学ぶ必要があったほどである.
1884年,イギリスの影響力が圧倒的だったにもかかわらず,ドイツがカメルーンの領土権を主張した.ドイツによる併合と搾取の時代を経て,カメルーンは第一次世界大戦後にイギリスとフランスの統治時代に移る.イギリスが西側 1/5 の地域を,フランスが東側 4/5 の地域を支配し,後の国内分裂の原因を作った.第二次世界大戦後,東西統合の大きな問題を部分的に残しつつ1960年にカメルーン共和国として独立を達成した.
植民地の歴史は複雑だが,それ以前から数世紀ものあいだ非公式に用いられていた交易の言語たる PE が現在でも国民に広く通用するという事実が興味深い.しかし,Jenkins が論じているところによると,英語が公用語として採用されるようになるに及び,その反動として PE の社会的地位が相対的に低くなってきているという.広く通用するにもかかわらず社会的な stigmatisation が増してきているというのは,カメルーンのような多言語国での国内コミュニケーションの効率を考えれば損失以外の何ものでもない.しかし,そこには「エリートの英語,下層民の PE 」という社会言語学的な二分化があらがいがたく反映されているのだという.「あなたにとって英語とは?」という問いは,カメルーン国民と日本国民にとって,相当に異なる問いとして受け止められることだろう.[2010-01-19-1] の記事で触れた問題点を改めて考えさせられる.
カメルーンの諸言語については,Ethnologue の Language of Cameroon も参照.
・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009. 176--83.
[2009-07-02-1]の記事で reduplication 「重複」について話題にした.現代英語では,reduplication はもっぱら造語や強調に用いられるとしていくつか例を挙げたが,pidgin English の語彙を考慮に入れるのであれば,例の数は一気に増加する.pidgin English では,意味の強調のほか,同音語の衝突を避ける手段としても reduplication が利用されているという (Jenkins 56).
tok "talk" --- toktok "chatter"
look "look" --- looklook "stare"
sip "ship" --- sipsip "sheep" (in some Pacific pidgins)
pis "peace" --- pispis "urinate" (in some Pacific pidgins)
was "watch" --- waswas "wash" (in some Atlantic pidgins)
pidgin はたいてい音素の種類が少なく,英語など語彙を提供する側の言語 ( lexifier language ) から語彙を受け取ると,とかく homophones 「同音異義語」が生じてしまう.したがって,このような therapeutic な装置が発動するということなのだろう.pidgin English では,reduplication は非常に生産的な造語機能を担っているようである.
・Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. Abingdon: Routledge, 2003.
[2009-12-14-1]で,近年,言語起源論が復活してきていることに触れた.その背景には (1) 宗教観の衰退,(2) ヒトの研究の進展,があると述べた.(2) はもちろん言語学そのものの発展も含むと考えてよい.認知言語学,心理言語学,言語獲得論のめざましい発展は,言語起源論の再興と無縁のはずはない.さらに見逃してはならないのは,生成文法の影響である.この点について,中島氏 (78) より引用する.
ことばの誕生や進化の問題は,言語学の分野では,一八六六年のパリ言語学会で封印されて以来,正面から学術的に取り上げられることがほとんどなかった.だが生成文法を始めとする新言語学の発展は,言語機能の個体発生(言語習得)の解明に挑んできたのであるから,その延長として言語機能の系統発生(言語起源や進化)に関心を向けたとしても不思議はない.
他には,近年の pidgin 語研究の発展も,言語の生まれた最初期の形態を推定するのに大きく貢献している.
20世紀最後の四半世紀は,新ダーウィン主義の名のもとに「進化」が諸分野でキーワードとされた.言語変化論に関心をもつ者として,大いに示唆を与えてくれるこの学問的潮流が今後も発展してゆくことを期待したい.
・中島 平三 「言語の時代を見つけた『言語』と言語研究のこれから」 『月刊言語』38巻12号,2009年,74--79頁.
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