hellog〜英語史ブログ

#415. All linguistic varieties are fictions[variety][idiolect]

2010-06-16

 本ブログでは英語の変種 ( varieties ) を取り上げる機会が多いが,変種とはそもそも捉えがたい存在である.Algeo によると,言語における変種はすべて虚構であり抽象化である.

ALL LINGUISTIC varieties are fictions. Because language is constantly changing, adapting to the circumstances of its use and the moods of its users, every instance of use is unique and different from every other. (3)


 英語一つをとっても,国際的に広く用いられている英語 ( international English ) の変種を言語的に明確に定義することはできない.国際英語を特徴づけるおよその核があるということは誰しもがわかっている.しかし,国際英語全体にしろその核にしろ言語として刻一刻と揺れ動いているのであり,正確なスナップショットを捉えることは不可能である.同じことは,British English や London English といった地域変種,Old English や Middle English といった通時変種,学生英語や女性英語といった社会変種など,あらゆるレベルの変種についてもいえる.究極的には個人変種 ( idiolect ) ですら刻一刻と揺れ動いているのであり,正確なスナップショットを捉えることはできない ( see also [2009-12-11-1] ).
 これが言語の現実であるから,言語を変種へ区切ろうとする営みはすべて抽象化の作業であり,結果として区切られた変種はすべて虚構である.だが,Algeo も言っているように,それは便利な ( useful ) な虚構である.変種に特定の名前をあてがい,それが言語的実在に対応するのだという仮定を立てない限り,もとより言語学は成り立たない.「言語」や「変種」といった用語を曖昧に用いることが許されるがゆえに,言語研究が可能になるのだから不思議である.言語学においても「変種」などの用語の定義はもちろん重要だが,定義というスナップショットでは捉えきれないものを相手にしているということは覚えておく必要がある.一つの視点として定義というスナップショットを利用すべき場面もあれば,定義にこだわらずにある用語を自由でルースに用いるべき場面もあるのだろう.
 449年より前の段階の言語を English と呼ぶのは適切かどうか,Tok Pisin を English と呼ぶのは適切かどうか.このような問題は用語の問題に過ぎず,現実的には問われている文脈に応じて臨機応変に Yes か No と答えておけばいいのではないか.もっとも,一貫した態度を決めなければならない状況というのもあるのかもしれないが.
 本記事は Algeo の "meditative" な論文を読んだ感想だが,つられて "meditative" な話になってしまった.

 ・ Algeo, John. "A Meditation of the Varieties of English." English Today 27 (July 1991): 3--6.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#1373. variety とは何か[variety][sociolinguistics][terminology]

2013-01-29

 社会言語学の最重要のキーワードの1つに variety変種) がある.variety については,variety の各記事,とりわけ「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]) で議論したが,今回は社会言語学者による定義をいくつかみてみよう.
 Wardhaugh (23) からの孫引きだが,Hudson (22) による "a variety of language" の定義は,"a set of linguistic items with similar distribution" である.次に,Ferguson (30) は,"any body of human speech patterns which is sufficiently homogeneous to be analyzed by available techniques of synchronic description and which has a sufficiently large repertory of elements and their arrangements or processes with broad enough semantic scope to function in all formal contexts of communication" と定義する.いずれの定義でも,"similar" や "sufficiently homogeneous" という表現を用いていることからわかるとおり,あらゆる言語項目にわたる完全な同一性を要求しているわけではない.あくまで緩やかに似通っていれば "variety" と呼ばれる資格があり,その中にある程度の variation (変異)が含まれていることはむしろ前提とされているのだ.この観点からすれば,ある多言語使用社会の成員が用いる言語項目の総体も,複数言語から成っているにもかかわらず "a variety" であるし,方言よりも小さい単位,例えばある村の言語やある家族の言語も "a variety" である.
 (社会)言語学で常用されている "variety" とは,かくも緩い概念である.あまりに緩すぎて,話題となっている "a variety" がそもそも存在するのかということすら,問題になりうるほどだ.それでも,Algeo が「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]) と述べる通り,そして Wardhaugh (23) も次の引用のなかで認める通り,"variety" という術語の有用さは疑い得ない.

[I]f we can identify such a unique set of items or patterns for each group in question, it might be possible to say there are such varieties as Standard English, Cockney, lower-class New York City speech, Oxford English, legalese, cocktail party talk, and so on. One important task, then, in sociolinguistics is to determine if such unique sets of items or patterns actually do exist. As we proceed we will encounter certain difficulties, but it is unlikely that we will easily abandon the concept of 'variety,' no matter how serious these difficulties prove to be.


 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.
 ・ Hudson, R. A. Sociolinguistics. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1996.
 ・ Ferguson, C. A. Language Structure and Language Use. Stanford, CA: Stanford UP, 1972.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#2116. 「英語」の虚構性と曖昧性[variety][model_of_englishes][sociolinguistics][lingua_franca][terminology][elf]

2015-02-11

 昨日の記事「#2115. 言語維持と言語変化への抵抗」 ([2015-02-10-1]) のなかで,「個々の言語や変種は社会言語学的にしか定義できない」と述べた.これは英語も日本語も,あるいは○○英語も日本語の△△方言も,言語学的には範囲を定めることはできず,あくまで明確な範囲があるかのように社会的に受け入れられている虚構ということである.言語や変種の虚構たること,曖昧たることは,「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]) 及び「#1373. variety とは何か」 ([2013-01-29-1]) で論じた通りである.
 ということは,英語とは何であるかも不明瞭ということである.虚構であるから,実体をつかまえることもできない.英語の1変種としての「標準英語」も同じであり,「#1396. "Standard English" とは何か」 ([2013-02-21-1]) でみたように,正体をつかめない.私たちが通常「英語」と呼んでいるものも得体の知れない虚構だが,虚構なりにいくつかの種類に分かれているという点で曖昧なものでもある.Milroy (5) によれば,「英語」は3つの指示対象のあいだで多義的である.

English is multiply ambiguous, since it may refer to (1) international English wherever it is spoken, (2) to the main language of the British Isles, as England may also refer to the UK as a whole (a usage that Scots, Welsh, and Irish are apt to resent), or (3) to the language of England proper---the southern half of Great Britain, the largest of the British Isles.


 第1の指示対象は ELF (English as a Lingua Franca),第2は英国英語,第3はイングランド英語という区別だ.それぞれ "global", "national", "ethnic" におよそ相当する区分でもあるし,「#1521. 媒介言語と群生言語」 ([2013-06-26-1]) で紹介したカルヴェの用語でいえば,媒介的 (vehiculaire) から群生的 (grégaire) への段階的等級にも相当する.
 実際には,この3つ以外にも「英語」の指示対象の候補はあるのではないか.例えば,日本人に典型的な英語観として,「英語」は英米の標準変種をひっくるめたもの (Anglo-American) という認識がありそうだ.あるいは,大学生などの若者のあいだでは「英語」=アメリカ英語という意識も一般的になってきている.もしくは,英国と米国のほかにカナダ,オーストラリア,ニュージーランドを含めたいわゆるアングロサクソン系の英語変種を念頭において「英語」という呼称を用いる人もあるかもしれない.
 「英語」という用語の指示対象は,使用者によって変わるし,同じ使用者でも時と場合によって変異する.実に曖昧な用語なのだが,それが指示している実体が曖昧なのだからどうしようもないし,むしろ私たちはその曖昧さを便利に利用している.ただし,言語学の議論においては,「英語」の虚構性と曖昧性を理解したうえで,意図的にその呼称を用いるということが肝要である.

 ・ Milroy, James. Linguistic Variation and Change: On the Historical Sociolinguistics of English. Oxford: Blackwell, 1992.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#2265. 言語変種とは言語変化の経路をも決定しうるフィクションである[canadian_english][language_myth][variety][sociolinguistics]

2015-07-10

 昨日の記事「#2264. カナダ英語における non-prevocalic /r/ の社会的な価値」 ([2015-07-09-1]) で参照した Bailey のカナダ英語に関する1章には,言語における変種 (variety) がいかにして作られ,いかにして育てられ,いかにして社会的影響力をもつに至るかという問いへのヒントが隠されている.カナダ英語とアメリカ英語という2つの変種を例に挙げながら,Bailey (142) は以下のように述べる.

The history of Canadian settlement is immensely significant in determining the origins of English in Canada. Only by romanticizing history are present-day Canadians able to trace their linguistic ancestry to the "United Empire Loyalists," but they are not alone in creating a history to support national sensibilities. In the United States, for instance, some anglophones like to imagine a direct connection with Plymouth Colony (if they are Yankees) or with the First Families of Virginia (if they admire the antebellum South). But a history that is partly fictional may nonetheless be socially significant, and national myths can bolster notions of linguistic prestige and thus influence the course of language change in progress. Hence accounts of settlement history must combine the facts of migration with the beliefs that combine with them to create present-day norms of language behavior.


 Bailey によれば,例えばカナダ英語という変種は,それを話す話者集団が,自分たちの歴史と言語とを結びつけることによって生み出すフィクションである.しかし,そのフィクションはやがて自らが威信や規範を生み出し,それ自身が話者集団に働きかけ,その変種の言語変化の進路に影響を与える.これは,神話や宗教の形成にも類する過程のように思われる.「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]) で論じたように,変種とはフィクションにすぎない.しかし,フィクションだからこそ,話者集団にとって強力な神話ともなりうるし,その言語変化の経路をも決定する重要な要因になりうるのだろう.
 言語に関するフィクションや神話が生み出される過程については,「#626. 「フランス語は論理的な言語である」という神話」」 ([2011-01-13-1]),「#1244. なぜ規範主義が18世紀に急成長したか」 ([2012-09-22-1]),「#1738. 「アメリカ南部山中で話されるエリザベス朝の英語」の神話」 ([2014-01-29-1]) などの記事を参照されたい.また,言語変種のフィクション性を巡る議論については,「#1373. variety とは何か」 ([2013-01-29-1]),「#2116. 「英語」の虚構性と曖昧性」 ([2015-02-11-1]),「#2241. Dictionary of Canadianisms on Historical Principles」 ([2015-06-16-1]),「#2243. カナダ英語とは何か?」 ([2015-06-18-1]) も参照.

 ・ Bailey, Richard W. "The English Language in Canada." English as a World Language. Ed. Richard W. Bailey and Manfred Görlach. Ann Arbor: U of Michigan P, 1983. 134--76.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

#2564. varietylect[variety][terminology][style][register][dialect][sociolinguistics][lexical_diffusion][speed_of_change][schedule_of_language_change]

2016-05-04

 社会言語学では variety (変種)という用語をよく用いるが,ときに似たような使い方で lect という用語も聞かれる.これは dialect や sociolectlect を取り出したものだが,用語上の使い分けがあるのか疑問に思い,Trudgill の用語集を繰ってみた.それぞれの項目を引用する.

variety A neutral term used to refer to any kind of language --- a dialect, accent, sociolect, style or register --- that a linguist happens to want to discuss as a separate entity for some particular purpose. Such a variety can be very general, such as 'American English', or very specific, such as 'the lower working-class dialect of the Lower East Side of New York City'. See also lect

lect Another term for variety or 'kind of language' which is neutral with respect to whether the variety is a sociolect or a (geographical) dialect. The term was coined by the American linguist Charles-James Bailey who, as part of his work in variation theory, has been particularly interested in the arrangement of lects in implicational tables, and the diffusion of linguistic changes from one linguistic environment to another and one lect to another. He has also been particularly concerned to define lects in terms of their linguistic characteristics rather than their geographical or social origins.


 案の定,両語とも "a kind of language" ほどでほぼ同義のようだが,variety のほうが一般的に用いられるとはいってよいだろう.ただし,lect は言語変化においてある言語項が lect A から lect B へと分布を広げていく過程などを論じる際に使われることが多いようだ.つまり,lect は語彙拡散 (lexical_diffusion) の理論と相性がよいということになる.
 なお,上の lect の項で参照されている Charles-James Bailey は,「#1906. 言語変化のスケジュールは言語学的環境ごとに異なるか」 ([2014-07-16-1]) で引用したように,確かに語彙拡散や言語変化のスケジュール (schedule_of_language_change) の問題について理論的に扱っている社会言語学者である.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]