言語変化の進行する速度や経路については,古典的な neogrammarian hypothesis や lexical_diffusion などの仮説が唱えられてきた.これらと関連はするが,異なる角度から言語変化のスケジュールに光を当てている仮説として,Kroch による "Constant Rate Hypothesis" がある.この仮説は Kroch のいくつかの論文で言及されているが,1989年の論文より,同仮説を説明した部分を2カ所抜粋しよう.
. . . change seems to proceed at the same rate in all contexts. Contexts change together because they are merely surface manifestations of a single underlying change in grammar. Differences in frequency of use of a new form across contexts reflect functional and stylistic factors, which are constant across time and independent of grammar. (Kroch 199)
. . . when one grammatical option replaces another with which it is in competition across a set of linguistic contexts, the rate of replacement, properly measured, is the same in all of them. The contexts generally differ from one another at each period in the degree to which they favor the spreading form, but they do not differ in the rate at which the form spreads. (Kroch 200)
Kroch は,この論文で主として迂言的 do (do-periphrasis) を扱った.この問題は本ブログでも何度か取り上げてきたが,とりわけ「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]) で紹介した Ellegård の研究が影響力を持ち続けている.そこでグラフに示したように,迂言的 do は異なる統語環境を縫うように分布を拡げてきた.ここで注目すべきは,いずれの統語環境に対応する曲線も,概ね似通ったパターンを示すことだ.細かい違いを無視するならば,迂言的 do の革新は,すべての統語環境において "constant rate" で進行したとも言えるのではないか.これが,Kroch の主張である.
さらに Kroch は,ある時点において言語的革新が各々の統語環境に浸透した度合いは異なっているのは,環境ごとに個別に関与する機能的,文体的要因ゆえであり,当該の言語変化そのもののスケジュールは,同じタイミングで一定のパターンを示すという仮説を唱えている.生成文法の枠組みで論じる Kroch にとって,統語的な変化とは基底にある規則の変化であり(「#1406. 束となって急速に生じる文法変化」 ([2013-03-03-1]) を参照),その変化が関連する統語環境の全体へ同時に浸透するというのは自然だと考えている.同論文では,迂言的 do の発展ほか,have got が have を置換する過程,ポルトガル語の所有名詞句における定冠詞の使用の増加,フランス語における動詞第2の位置の規則の消失といった史的変化が,同じ Constant Rate Hypothesis のもとで論じられている.
なお,Constant Rate Hypothesis という名称は,やや誤解を招く気味がある."constant" とは各々の統語環境を表わす曲線が互いに同じパターンを描くという意味での "constant" であり,S字曲線に対して右肩上がりの直線を描く(傾きが常に一定)という意味での "constant" ではない.したがって,Constant Rate Hypothesis とS字曲線は矛盾するものではない.むしろ,Kroch は概ね言語変化のスケジュールとしてのS字曲線を認めているようである.
・ Kroch, Anthony S. "Reflexes of Grammar in Patterns of Language Change." Language Variation and Change 1 (1989): 199--244.
・ Ellegård, A. The Auxiliary Do. Stockholm: Almqvist and Wiksell, 1953.
動詞の3複現語尾について「#1413. 初期近代英語の3複現の -s」 ([2013-03-10-1]),「#1423. 初期近代英語の3複現の -s (2)」 ([2013-03-20-1]),「#1576. 初期近代英語の3複現の -s (3)」 ([2013-08-20-1]),「#1687. 初期近代英語の3複現の -s (4)」 ([2013-12-09-1]),「#1850. AAVE における動詞現在形の -s」 ([2014-05-21-1]) で扱ってきたが,3単現語尾の歴史についてはあまり取り上げてこなかった.予想されるように,3単現語尾のほうが研究も進んでおり,とりわけイングランドの北部を除く方言で古英語以来 -th を示したものが,初期近代英語期に -s を取るようになった経緯については,数多くの論著が出されている.
初期近代英語の状況を説明するのにしばしば引き合いに出されるのは,1611年の The Authorised Version (The King James Version [KJV])では伝統的な -th が完璧に保たれているが,同時代の Shakespeare では -th と -s が混在しているということだ.このことは,17世紀までに口語ではすでに -th → -s への変化が相当程度進んでいたが,保守的な聖書の書き言葉にはそれが一切反映されなかったものと解釈されている.
さて,ちょうど同じ時代に英語が新大陸へ移植され始めていた.では,その時すでに始まっていた -th → -s の変化のその後のスケジュールは,イギリス英語とアメリカ英語とで異なった点はあったのだろうか.Kytö は,16--17世紀のイギリス英語コーパスと,17世紀のアメリカ英語コーパスを用いて,この問いへの答えを求めた.様々な言語学的・社会言語学的なパラメータを設定して比較しているが,全体的には1つの傾向が確認された.17世紀中の状況をみる限り,-s への変化はアメリカ英語のほうがイギリス英語よりも迅速に進んでいたのである.Kytö (120) による頻度表を示そう.
British English | American English | ||||||
-S | -TH | Total | -S | -TH | Total | ||
1500--1570 | 15 (3%) | 446 | 461 | - | |||
1570--1640 | 101 (18%) | 459 | 560 | 1620--1670 | 339 (51%) | 322 | 661 |
1640--1710 | 445 (76%) | 140 | 585 | 1670--1720 | 642 (82%) | 138 | 780 |
Contrary to what has usually been attributed to the phenomenon of colonial lag, the subsequent rate of change was more rapid in the colonies. By and large, the colonists' writings seem to reflect the spoken language of the period more faithfully than do the writings of their contemporaries in Britain. In this respect, speaker innovation, rather than conservative tendencies, guided the development.
過去に書いた colonial_lag の各記事でも論じたように,言語項目によってアメリカ英語がイギリス英語よりも進んでいることもあれば遅れていることもある.いずれの変種もある意味では保守的であり,ある意味では革新的である.その点で Kytö の結論は驚くべきものではないが,イギリス本国において口語上すでに始まっていた言語変化が,アメリカへ渡った後にどのように進行したかを示唆する1つの事例として意義がある.
・ Kytö, Merja. "Third-Person Present Singular Verb Inflection in Early British and American English." Language Variation and Change 5 (1993): 113--39.
昨日の記事「#1810. 変異のエントロピー」 ([2014-04-11-1]) の最後で,「遅く始まった変化は急速に進行するという,言語変化にしばしば見られるパターン」に言及した.これは必ずしも一般的に知られていることではないので,補足説明しておきたい.実はこのパターンが言語変化にどの程度よく見られることなのかは詳しくわかっておらず,この問題は私の数年来の研究テーマともなっている.
言語変化のなかには,進行速度が slow-quick-quick-slow と変化する語彙拡散 (lexical_diffusion) と呼ばれるタイプのものがある.語彙拡散の研究によると,変化を開始するタイミングは語によって異なり,比較的早期に変化に呑み込まれるものから,比較的遅くまで変化に抵抗するものまで様々である.Ogura や Ogura and Wang の指摘で興味深いのは,このタイミングの早い遅いによって,開始後の変化の進行速度も異なる可能性があるということだ.早期に開始したもの (leaders) はゆっくりと進む傾向があるのに対して,遅れて開始したもの (laggers) は急ピッチで進む傾向があるという.譬えは悪いが,早起きしたけれども歩くのが遅いので遅刻するタイプと,寝坊したけれども慌てて走るので間に合うタイプといったところか.標記に挙げた "the later a change begins, the sharper its slope becomes" は,Ogura (78) からの引用である.
私自身,初期中英語諸方言における複数形の -s の拡大に関する2010年の論文で,この傾向を明らかにした.その論文から,Ogura と Ogura and Wang へ言及している部分など2箇所を引用する.
In their series of studies on Lexical Diffusion, Ogura and Wang discussed whether leaders and laggers of a change are any different from one another in terms of the speed of diffusion. In case studies such as the development of periphrastic do and the development of -s in the third person singular present indicative, they proposed that the later the change, the more items change and the faster they change . . . . (12)
. . . the laggers catching up with the leaders in SWM C13b and in SEM C13b concurs with the recent proposition of Lexical Diffusion that "the later a change begins, the sharper its slope becomes." (14)
変化に参与する各語をそれぞれS字曲線として表わすと,例えば以下のような非平行的なS字曲線の集合となる.
ここで昨日の相対エントロピーの話に戻ろう.上のようなグラフを,Y軸を相対エントロピーの値として描き直せば,スタートは早いが進みは遅い語は,長い裾を引く富士山型の線を,スタートは遅いが進みは速い語は,尖ったマッターホルン型の線を描くことになるだろう.
語彙拡散のS字曲線,エントロピー,[2013-09-09-1]の記事で触れた「#1596. 分極の仮説」などは互いに何らかの関係があると見られ,言語変化のスピードやスケジュールという一般的な問題に迫るヒントを与えてくれるだろう.
・ Ogura, Mieko. "The Development of Periphrastic Do in English: A Case of Lexical Diffusion in Syntax." Diachronica 10 (1993): 51--85.
・ Ogura, Mieko and William S-Y. Wang. "Snowball Effect in Lexical Diffusion: The Development of -s in the Third Person Singular Present Indicative in English." English Historical Linguistics 1994. Papers from the 8th International Conference on English Historical Linguistics. Ed. Derek Britton. Amsterdam: John Benjamins, 1994. 119--41.
・ Hotta, Ryuichi. "Leaders and Laggers of Language Change: Nominal Plural Forms in -s in Early Middle English." Journal of the Institute of Cultural Science (The 30th Anniversary Issue II) 68 (2010): 1--17.
昨今,エントロピー (entropy) というキーワードをよく聞くようになったが,言語との関連で,この概念が話題にされることはあまりない.本ブログでは,「#838. 言語体系とエントロピー」 ([2011-08-13-1]) をはじめとして,##838,1089,1090,1587,1693 の各記事でこの用語に触れてきたが,まだ具体的な問題に適用したことはなかった.
エントロピーとは,体系としての乱雑さの度合いを示す指標である.データがいかに一様に散らばっているかを表わす尺度と言い換えてもよい.言語への応用は,Gries (112) が少し触れている.
A simple measure for categorical data is relative entropy Hrel. Hrel is 1 when the levels of the relevant categorical variable are all equally frequent, and it is 0 when all data points have the same variable level. For categorical variables with n levels, Hrel is computed as shown in formula (16), in which pi corresponds to the frequency in percent of the i-th level of the variable:
Gries は,300個の名詞句における冠詞の分布という例を挙げている.無冠詞164例,不定冠詞33例,定冠詞103例という内訳だった場合,Hrel = 0.8556091 となり,かなり不均質な分布を示すことになる.
ほかに散らばり具合が問題になるケースはいろいろと考えることができる.例えば,注目語句の出現頻度が,テキスト(のジャンル)に応じて一様か否かを測るということもできるだろう.
また,ある語に異形態や異綴字が認められる場合に,それぞれの変異形 (variants) の分布が均一か不均一かを計測することなどもできる.そのような変異の相対エントロピーが同時代の異なるテキスト(ジャンル)の間でどのくらい異なるのか,あるいは歴史的な関心からは,異なる時代のテキスト(ジャンル)の間でどのくらい異なるのかを,客観的に確かめることができるだろう.標準化その他の過程により,その変異が1つの形へ収斂してゆく場合,エントロピーが減少することになる.
具体的に考えるために,「#1773. ich, everich, -lich から語尾の ch が消えた時期」 ([2014-03-05-1]) で取り上げた,語尾の ch の脱落のデータを参照しよう.先の記事で Schlüter による集計結果の表を掲げたが,今回は,音声環境 (before V, before <h>, before C) の区別はせず,単純に ME II--ME IV の各時代に現れた変異形のトークン数のみを考慮に入れることにする.各変異形の各時代の Hrel を計算した結果の表を下に示す.
I | 1150--1250 (ME I) | 1250--1350 (ME II) | 1350--1420 (ME III) | 1420--1500 (ME IV) |
---|---|---|---|---|
ich | 853 | 589 | 7 | 0 |
I | 33 | 503 | 1397 | 2612 |
Hrel | 0.2295 | 0.9955 | 0.04531 | 0.0000 |
EVERY | 1150--1250 (ME I) | 1250--1350 (ME II) | 1350--1420 (ME III) | 1420--1500 (ME IV) |
everich | - | 12 | 10 | 9 |
everiche | - | 12 | 3 | 0 |
every | - | 5 | 112 | 152 |
Hrel | - | 0.9406 | 0.3550 | 0.1962 |
-LY | 1150--1250 (ME I) | 1250--1350 (ME II) | 1350--1420 (ME III) | 1420--1500 (ME IV) |
-lich | 106 | 33 | 31 | 3 |
-''liche' | 689 | 168 | 70 | 44 |
-ly | 12 | 19 | 1088 | 1444 |
Hrel | 0.4225 | 0.6390 | 0.3123 | 0.1342 |
「#1550. 波状理論,語彙拡散,含意尺度 (3)」 ([2013-07-25-1]) と「#1569. 語彙拡散のS字曲線への批判 (2)」 ([2013-08-13-1]) でも話題にしたが,言語変化の拡大に関する語彙拡散モデル (lexical_diffusion) の問題として,語彙拡散のS字曲線のグラフにおいてY軸は何を指すのかという疑問がある.X軸は時間を表わすということで異論ないだろうが,Y軸を表わす変数には様々なものが考えられる.
いま,ある言語項目について旧形が新形を置き換えるという過程を考えよう.この揺れを示す言語項目を変項と呼び,(ITEM) と表記する.また,旧形を /O/, 新形を /N/ で表わすとしよう.この言語変化は,歴史的に "(ITEM): /O/ → /N/" と表現できることになる.
さて,この言語変化が描くと想定されるS字曲線のグラフにおいて,Y軸の可能性を考えてみよう.語彙拡散という名前からまず思い浮かぶのは,このグラフは,ある1人の話者について当該の変化が語彙を縫うように進行してゆくことを表現している,ということである.この場合,Y軸は変化が及びうる語彙の全体を100%とする軸であり,時間とともに多くの語において /N/ が /O/ を置き換えてゆくにつれ,Y値が増えてゆくというグラフの読みとなる.S字曲線は,当該の変化の "lexical gradualness" を表わしている.
別のY軸も考えられる.ある話者のある語を取り上げ,その語において /N/ が /O/ を置き換えていくというとき,実際にはその語のすべての生起例について,昨日まで /O/ だったものが今日になって突然 /N/ へと変化するわけではない.むしろ,/O/ と /N/ の比率が以下のように段階的に変化してゆき,結果として振り返ってみると /O/ → /N/ が起こっていた,というのが現実だろう.
Time | t1 | t2 | t3 | t4 | t5 |
---|---|---|---|---|---|
/O/ | 0% | 15% | 50% | 85% | 100% |
/N/ | 100% | 85% | 50% | 15% | 0% |
[T]he overall smooth S-curve for a change is an abstraction from (a) individual lexical curves, and (b) variable and phonetically gradual phonetic implementation along these curves. But the final historical effect is a levelling-out, so that the single-curve abstraction in fact BECOMES TRUE of the change as a whole. Thus we distinguish, in the broader historical perspective, between the change-as-a-whole and the piecemeal mechanism of its implementation.
/O/ → /N/ という言語変化の表記は,変化の始まりと終わりのみを示した略記である.実際には,矢印のなかに,様々なレベルにおける無数の途中経過が含まれている.矢印のなかをじっくり観察して言語変化を理解しようとする立場が diffusionist,事後に結果としてその変化をとらえようとする立場が Neogrammarian .両者は立場の違いにすぎず,言語変化として起こっていることは1つなのである.このように考えれば,昨日の記事「#1641. Neogrammarian hypothesis と lexical diffusion の融和」 ([2013-10-24-1]) という課題にも対処できるだろう.
・ Lass, Roger. Phonology. Cambridge: CUP, 1983.
標題は英語で "polarization hypothesis" と呼ばれる.児馬先生の著書で初めて知ったものである.昨日の記事「#1572. なぜ言語変化はS字曲線を描くと考えられるのか」 ([2013-08-16-1]) および「#1569. 語彙拡散のS字曲線への批判 (2)」 ([2013-08-13-1]) などで言語変化の進行パターンについて議論してきたが,S字曲線と分極の仮説は親和性が高い.
分極の仮説は,生成文法やそれに基づく言語習得の枠組みからみた言語変化の進行に関する仮説である.それによると,文法規則には大規則 (major rule) と小規則 (minor rule) が区別されるという.大規則は,ある範疇の大部分の項目について適用される規則であり,少数の例外的な項目(典型的には語彙項目)には例外であるという印がつけられており,個別に処理される.一方,小規則は,少数の印をつけられた項目にのみ適用される規則であり,それ以外の大多数の項目には適用されない.両者の差異を際立たせて言い換えれば,大規則には原則として適用されるが少数の適用されない例外があり,小規則には原則として適用されないが少数の適用される例外がある,ということになる.共通点は,例外項目の数が少ないことである.分極の仮説が予想するのは,言語の規則は例外項目の少ない大規則か小規則のいずれかであり,例外項目の多い「中規則」はありえないということだ.習得の観点からも,例外のあまりに多い中規則(もはや規則と呼べないかもしれない)が非効率的であることは明らかであり,分極の仮説に合理性はある.
分極の仮説と言語変化との関係を示すのに,迂言的 do ( do-periphrasis ) による否定構造の発達を挙げよう.「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]) ほかの記事で触れた話題だが,古英語や中英語では否定構文を作るには定動詞の後に not などの否定辞を置くだけで済んだ(否定辞配置,neg-placement)が,初期近代英語で do による否定構造が発達してきた.do 否定への移行の過程についてよく知られているのは,know, doubt, care など少数の動詞はこの移行に対して最後まで抵抗し,I know not などの構造を続けていたことである.
さて,古英語や中英語では否定辞配置が大規則だったが,近代英語では do 否定に置き換えられ,一部の動詞を例外としてもつ小規則へと変わった.do 否定の観点からみれば,発達し始めた16世紀には,少数の動詞が関与するにすぎない小規則だったが,17世紀後半には少数の例外をもつ大規則へと変わった.否定辞配置の衰退と do 否定の発達をグラフに描くと,中間段階に著しく急速な変化を示す(逆)S字曲線となる.
語彙拡散と分極の仮説は,理論の出所がまるで異なるにもかかわらず,S字曲線という点で一致を見るというのがおもしろい.
合わせて,分極の仮説の関連論文として園田の「分極の仮説と助動詞doの発達の一側面」を読んだ.園田は,分極の仮説を,生成理論の応用として通時的な問題を扱う際の補助理論と位置づけている.
・ 児馬 修 『ファンダメンタル英語史』 ひつじ書房,1996年.111--12頁.
・ 園田 勝英 「分極の仮説と助動詞doの発達の一側面」『The Northern Review (北海道大学)』,第12巻,1984年,47--57頁.
語彙拡散に典型的なS字曲線については,最近では「#1569. 語彙拡散のS字曲線への批判 (2)」 ([2013-08-13-1]) で,過去にも「#855. lexical diffusion と critical mass」 ([2011-08-30-1]) や「#5. 豚インフルエンザの二次感染と語彙拡散の"take-off"」 ([2009-05-04-1]) を含む lexical_diffusion の諸記事で扱ってきた.自然界や人間社会における拡散や伝播の事例の多くが時間軸に沿ってS字曲線を描きながら進行することが経験的に知られている.噂の広がり,流行の伝播,新商品のトレンドなど,社会学ではお馴染みのパターンである.
だが,言語変化においてこのパターンが生じるのは(事実だとすれば)なぜなのか.合理的な説明は可能なのだろうか.ロジスティック曲線のような数学的なモデルを参照することは,合理的な説明のためには参考になるかもしれないが,そもそも前提となるモデルがロジスティック曲線であるかどうかは,[2013-08-13-1]の (2) でも触れたように,自明ではない.
Denison (58) は,変異形の選択にかかる圧力こそが,slow-quick-quick-slow のパターンを示すS字曲線の原動力であるとしている.
Now, speakers reproduce approximately what they hear, including variation, and even apparently including the rough proportions of variant usage they hear around them. However, if there is some slight advantage in the new form over the old, the proportions may adjust slightly in favour of the new. Thus the status quo is not reproduced with perfect fidelity. The speaker has (unconsciously) made a slightly different choice between variants --- albeit a statistical choice, reflected in frequencies of occurrence. And this effect of choice is greatest when the two variants are both there to choose from. In the very early stages of a change, so the argument runs, the new form is rare, so the pressures of choice are relatively weak and the rate of change is slow. In the late stages of a change, the old form is rare, so that the selective effect of having two forms to compare and choose between is again weak, and once again the rate of change is slow. Only in the middle period, when there are substantial numbers of each form in competition, does the rate of change speed up. Hence the S-curve.
変化の過程の最初と最後は,古形と新形の2つの variants のうちいずれかが圧倒的に優勢であるために,どちらを選択するかの迷い(すなわち圧力)は低い.だが,変化の過程の中盤で多くの選択がフィフティ・フィフティに近くなると,毎回選択の圧力が働くために,選択の効果が顕在化しやすく,変化のスピードが増すことになる.
Denison (60) はまた,他の論者の議論に拠りながら,次のようにも述べている.
Suppose that the small impetus towards change has to do with some structural disadvantage in the old form . . ., then after the change had taken place in a majority of contexts, reduction in numbers of the old form would perhaps reduce the pressure for change, allowing the rate of transfer to the new form to slow down again. Or words that are particularly salient, or maybe especially frequent or infrequent, or of a particular form, might resist the change for reasons which had not applied --- or at least did not apply so strongly --- to those words which had succumbed early on. Even if the impetus towards change is not structural but to do with social convention . . . there would still be the same slow-down towards the end.
同じ選択の圧力の議論だが,それは構造的であれ社会的であれ同様に見られるのではないかと示唆している.変化の最初と最後に関わるのが言語的 salience であり,フィフティ・フィフティ付近に関わるのが non-salience であるという対比も鋭い指摘だと思う.ただし,Denison の議論は,言語変化のS字曲線を説明するのに上記のような理屈を持ち出すことはできるものの,実際にはそううまくは進まないという結論なので,単純な議論ではないことに注意する必要がある.
・ Danison, David. "Log(ist)ic and Simplistic S-Curves." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 54--70.
・ Rogers, Everett M. Diffusion of Innovations. 5th ed. New York: Free Press, 1995.
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