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hellog〜英語史ブログ / 2017-05-05

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2017-05-05 Fri

#2930. 以呂波引きの元祖『色葉字類抄』 [lexicography][japanese][dictionary]

 英語の辞書であれば abc 順に引くのが当然,現代日本語の辞書であれば,あいうえお順で引くのが当然である,と私たちは思っている.同じように,一昔前の日本語であれば,いろは順で引くのが当然だったはず,と思っている.辞書の引き方に関するあまりに自然な発想なので,それ以外に方法があったのかと疑ってしまうほどだが,これもかつて誰かが編み出した画期的な方法だったのであり,歴史の産物である.
 日本語の辞書引きに関する以呂波引きの元祖といえば『色葉字類抄』である.平安時代末期(1144--80年頃)に橘忠兼が補訂を重ねながら編んだ字書とされ,日本語の語形をもとに漢字を引き出すための辞書だった.これが語頭音の以呂波順に編纂されているというのが,日本語史として画期的なのである.それ以前の発想としては,漢字書である以上,中国語の音韻によって引くべきである,あるいは少なくともそれに準じた方法で引くべきである,と考えるのが普通だったろう.それを思い切って日本語の音韻体系にべったりの以呂波でもって引くというのだから,発想の大転換といえる.
 小松 (208--09) は,編者が中国語の音韻の原理ではなく以呂波の原理を採用したことの重要性を次のように論じている.

 現在の常識からするならば,語頭音節を目安にするのが当然であるし,『色葉字類抄』では現にその方法がとられているので,右のようなくどくどとした吟味は,まったく無用の回り道でしかないようにみえるが,そのように考えたのでは,非常に重要な事柄を見すごすことになる.
 日本語の語彙を,発音の区別に従って類別したのは,この字書が最初の試みであり,当時の学問のありかたから考えるなら,意識的にも,また無意識にも,中国にその範を求めるのが自然だったから,発音引きの字書を作ろうということであれば,韻書の分類原理を適用できるかどうかという可能性が,まず検討されたはずと考えられる.われわれとしては,この場合,やはりそのことがいちおう検討されたうえで,断念されたのであろうと推測しておきたい.ということは「詞条の初言」,すなわち語頭音節による類別という着想の独創性を,過小評価してはならないという意味でもある.それは,おそらく,模索の末のひらめきなのであろう.発音引きの字書を作ろうとするかぎり,これ以外の方法はありえなかったはずだとか,あるいは,考えるまでもなく,それが常識だったとかいうことなら,序文にこういう表現をしているはずがない.


 さて,この画期的な以呂波引きだが,ポイントは『色葉字類抄』において厳密に以呂波順となっているのは語頭音節のみだったことだ.というのは,当時の日本語は,語頭でこそ音節と仮名と関係が1対1できれいに対応していたが,第2音節以下では「ひ」「ゐ」や「へ」「ゑ」など音節と仮名の1対多の関係が見られたからである.このような問題に対処する「仮名遣い」がまだ制定されていない当時にあっては,むしろ第2音節以下で何らかの基準を定めて以呂波順を徹底させることは必ずしも得策ではないと判断されたのだろう.編者は以呂波順の徹底をしようと思えばできただろうし,実際に思いつきもしたかもしれないが,結果として実践するには至らなかった.しかし,この判断を含めて,橘忠兼は間違いなく日本語史上に新しい風を吹き込んだのである.
 ここで,上といくらか似たようなケースが英語史にもあったことを思い出さざるを得ない.語頭文字に関してはアルファベット順の配列を厳密に守るが,第2文字以下はその限りではない,という辞書類の編纂方式は中世では当たり前だったし,近代に入ってからも見られた.この辺の話題は,「#1451. 英語史上初のコンコーダンスと完全アルファベット主義」 ([2013-04-17-1]) や,「#604. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (2)」 ([2010-12-22-1]) の (6) を参照されたい.

 ・ 小松 英雄 『いろはうた』 講談社,2009年.

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最終更新時間: 2024-11-26 08:10

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