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昨日の記事 ([2026-06-06-1]) に続き,標記の話題を取り上げる.というのも,ヘルメイトの ykagata さんが,ご自身の note で昨日の記事に反応くださっているのだ.「[古英語]名詞屈折表が stān で始まる本,始まらない本」を公開され,古英語の文法書や解説書の類いを複数冊調査して,名詞屈折の項目が男性強変化 a-stem 名詞 stān "stone" で始まらないものも散見されることを指摘されている.それらでは何で始めるかといえば,男性弱変化 n-stem 名詞 nama "name" とのことだ.
nama から入門する利点は確かにある.nama - naman - naman - naman; naman - naman - namena - namum と並ぶ屈折表は,stān - stān - stānes - stāne - stānas - stānas - stāna - stānum と同じくらいに,暗唱に際して語呂がよい.また,「弱変化」といわれるだけあって語尾変化の幅が小さいので,入り口としての負担が軽い.stān でつまずく初学者がいたとしても,nama くらいなら踏みとどまるかもしれない.また,nama に代表される男性弱変化屈折表は,女性・中性の弱変化屈折表ともほぼ同じなので,その点で応用が利くし,学習効率も良い.
ただし,(現代英語に比べれば,という但し書き付きで)「屈折的な言語」を標榜する古英語の代表選手として,屈折変化が実は貧弱な弱変化名詞を持ってくるというチグハグ感はある.また,現代英語に残っている弱変化の痕跡もまた,名前の皮肉で,貧弱である.oxen, children, brethren の -en を参照してください,といえるのが関の山である.一方,昨日の記事の論点に付け足せる点だと思われるが,stān 型の屈折は,現代の複数形の -s や所有格の -'s の由来を教えてくれるという利点がある.
いずれの名詞で始めるとよいかに絶対的な答えはない.その古英語文法書の狙い,読者対象,伝統の系列など,様々なパラメータと各々の重み付けの問題だからだ.従来,古英語文法書は入門書の類いであったとしても,印欧語比較言語学や英語文献学というすぐれて学術的な分野の伝統を引き継いで書かれることが多かった.stān でつまずくような初学者を最初から想定していなかった,という言い方をしてもよい.しかし,英語史や古英語への関心が我が国でもジワジワと広がっている(そして私としては広げていきたい)今,むしろ「狙い」や「読者対象」を再考してみるのも大事だと思う.どの名詞で入門書を始めるのかという問いは,図らずも現代的な問いだった!
議論の種と糧をくださった倉林秀男先生と ykagata さんに感謝します.
なお,6月10日に発売予定の『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』では,第1章第1節では「伝統」の stān 屈折表を掲載しています.
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最終更新時間: 2026-06-08 19:37
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