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2026-06-11 Thu
■ #6254. NHK出版デジタルマガジンで『なぜさんたんげん』の「序章」が公開 [notice][nazesantangen][nhkpb][helkatsu]

昨日2026年6月10日に刊行された新著『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版新書)ですが,たいへんありがたいことに,発売初日から大きな反響をいただいております.手に取ってくださった皆様に,この場を借りて心より御礼申し上げます.
さて,本日はまだ本書を購入しようか迷っている方,あるいは「英語史という分野に興味はあるけれど,新書1冊を読み通せるか不安だ」という方にお届けしたいニュースがあります.昨日付けで,NHK出版公式のデジタルマガジンにて,本書の「序章」の全文が無料公開されました.記事のタイトルは「英語はどのようにして現在の姿になったのか──英語の歴史を遡る旅【英語史で解く英文法の謎】」です.
今回のデジタルマガジンで公開された「序章」は,本書に沿った「英語史概説」であり,本書全体の「地図」でもあります.壮大なる英語史のタイムラインを一望できる構成となっています.英語が独自の歩みを始める前の「印欧祖語」の時代から,5世紀の西ゲルマン諸民族のブリテン島渡来による「古英語」の誕生,1066年のノルマン征服がもたらした「中英語」の激変期,そして大母音推移や規範主義の台頭をくぐり抜けた「近代英語」を経て,21世紀の「現代英語」にいたるまでの1500年以上の旅路が,コンパクトに凝縮されています.
この序章を読んでいただくと,本書の狙いがよく分かると思います.本書を通読すれば,私たちが日頃学校文法で悩まされている「スペリングと発音の乖離」の謎や,なぜ feet や went のような不規則変化が残っているのかという素朴な疑問に対して,歴史的な視点から「なるほど,そういうことだったのか!」と腑に落ちる感覚を味わっていただけるはずです.英語という言語は,ゲルマン語の頑丈な骨格の上に,フランス語やラテン語の要素を幾重にも積み上げ,社会の荒波に揉まれながら増改築を繰り返してきた「巨大な建築物」なのです.
本書の目的は,単に過去の歴史的事実を羅列することではありません.一見すると不合理に思える英文法の「例外」や「謎」を歴史の流れの中に正しく位置づけることで,単語や文法の解解像度を上げ,納得しながら英語を学んでいただくことにあります.
まずはこの無料公開された「序章」をお読みいただければと思います.序章に続く本書の本体の部分,第1章から第4章で取り上げられる「謎解き」については,ぜひ全国の書店やオンライン書店にて,新書の実物を手にお楽しみいただければ幸いです.
1人でも多くの英語学習者、そして英語教育に携わる先生方のもとに本書が届き,英語を学ぶ楽しさがさらに広がっていくことを願ってやみません.SNS などでも、ぜひハッシュタグ「#なぜさんたんげん」をつけて応援していただけますと大変励みになります.どうぞよろしくお願いいたします.
NHK出版デジタルマガジンからは,他にも本書からの2つの部分がすでに公開されています.以下より訪れていただければ.
・ 5月11日公開,「紀元前からのこだわり?なぜ3単現の s をつけるのか【英語史で解く英文法の謎】」(本書の第1章第5節に相当)
・ 5月28日公開,「英語の「なぜ」には,驚くべき歴史と物語が潜んでいる【英語史で解く英文法の謎】」(本書の「はじめに」に相当)
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-06-10 Wed
■ #6253. 本日『なぜさんたんげん』が発売 --- そして昨日の発売前増刷決定のお知らせ [notice][nazesantangen][nhkpb][helkatsu]

ついに,この日を迎えることができました.長年本ブログを読み,応援してくださっている読者の皆さんに,まずは何よりも先にこの言葉をお届けしたいと思います.
本日2026年6月10日,拙著『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版新書),通称・略称『なぜさんたんげん』が,公式に全国の書店で発売日を迎えました.月刊誌での2年間にわたる連載期間から数えれば実に長い道のりでした.担当編集者の方とは実に500通を超えるメールのラリーを重ね,時にはニュージーランド,オーストラリア,そしてスコットランドへの移動を跨ぎながら,原稿を書き直し,校正を続けてきました.それらがついに1冊の書籍として結実し,日本の皆さんの手元に届く瞬間を迎えたことになります.著者として実に深い感慨を抱いています.
そして本日,発売当日に当たり,もう1つ爆弾級のご報告を差し上げます.発売日の前日となる昨日6月9日の夕方,NHK出版より公式のアナウンスがありました.なんと「発売前増刷」が決定したというのです.
まだ全国の書店のレジを通っていない段階、つまり発売日前に増刷がかかるというのは,著者にとって名誉です.それはひとえに,SNS や note 等を通じて「hel活」 (helkatsu) を応援してくださっている皆さんが自発的に作り出した圧倒的な熱量と大波ゆえにほかなりません.著者として,これほど嬉しく心強い応援はありません.深く御礼申し上げます.
今日の発売に向けて,1ヶ月前から毎日のように hellog, heldio, SNS, YouTube 等で展開してきた発売前の広報は昨晩をもって無事に全日程を完走いたしました.これは,「著者が自分でできる最大限の広報をやってみたら,一体どこまで行けるか」を確かめる1つの挑戦でもありました.これほどまでにエネルギーを費やし,読者の皆さんと一緒になって駆け抜けた1ヶ月間は,どのような結果になろうとも「完全にやりきった」と言い切れるものです.この爽快なやりきった感があること自体で,私としては大成功だったと考えています.お祭りに付き合ってくださった皆さん,本当にありがとうございました.
さて,本日無事に発売日を迎えたわけですが,もちろん今後も hellog では『なぜさんたんげん』に注目していきます.本書で取り上げた24の英文法の謎について,さらに一歩深掘りした解説や考察を増やしていくつもりです.ここからは本を開きながら,じっくりと英語史の沼を一緒に歩んでいただければと思います.
本日以降,全国のリアル書店の店頭に,本書が並び始めているかと思います.もし書店の棚や新刊コーナーで本書を見かけましたら,写真付きでもテキストのみでも構いませんので,SNS 等で「#なぜさんたんげん」 のハッシュタグを付けつつ,教えてください.皆様からのリアルなご報告を,ドキドキしながらお待ちしております.
『なぜさんたんげん』著者公式HPも,最速レビューのコンテンツを含め,たいへん盛り上がっています.ぜひ訪れていただければ.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-06-09 Tue
■ #6252. 『なぜさんたんげん』の Amazon 予約特典は「なぜ doubt のスペリングに b があるのか」 [notice][nazesantangen][etymological_respelling]
いよいよ明日6月10日,私の最新刊「#なぜさんたんげん」こと『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』が発売となります.これまで本ブログ,Voicy heldio などで大々的に広報活動を展開してまいりましたが,すでに皆さんから温かいご声援やご期待の声を多くいただき,著者としてこれほど嬉しいことはありません.心より御礼申し上げます.
本日の hellog 記事では,発売が明日に迫った発売前最後のタイミングで,あらためて Amazon 予約特典についてご紹介したいと思います.今回の予約購入者に PDF で配布される書き下ろし特別編のタイトルは,「なぜ doubt のスペリングに b があるのか」です.この特典節は一般には出回らない限定コンテンツとなりますので,ぜひこの最後のタイミングで Amazon 予約を検討していただければ幸いです.
今回の書き下ろし特典節は,単なるおまけのコラムではありません.本書の本体とみごとに溶け込むスタイルで書かれており,とりわけ第3章第4節や第3章第5節との連携にご注目いただければと思います.実際に,入手されたら本書を印刷してページの間に折り込んでいただきたいくらいなのです.そのために,なんと配布される PDF は最初から「トンボ」付きの仕様になっているという,編集の田中菜乃香さんの芸の細かさにも要注目です.この仕掛けには私も深く唸らされました.
ここで,特典節 PDF の最初のページの冒頭部分を画像でチラ見せいたします.

いかがでしょうか.ここを入り口として,中身ではルネサンス期の知識人たちの「ラテン語かぶれ」の暴走が描き出されていきます.フランス語から入ってきた doute というシンプルなスペリングに対し,彼らが「由緒正しき語源形」であるラテン語 dubitare の存在とその知識をひけらかしたいがために,わざわざ発音もしない b をねじ込んだという,歴史の人間味あふれるドラマが展開します.
これはいわゆる語源的綴字 (etymological_respelling) の典型例ですが,特典節ではさらに暴走の極めつきである island の勘違いスペリングの謎や,なぜ発音がスペリングについていかなかったのかという深い議論へとつながっていきます.
本書をより深く,立体的に楽しむための強力な橋渡しとなる1節です.発売後にはこの PDF 特典は入手できなくなってしまいますので,まだ迷われている方は,ぜひ今すぐ Amazon の『なぜさんたんげん』のページ よりご予約ください.
それでは,明日の『なぜさんたんげん』の正式な船出を,皆さんと一緒にお祭りとして楽しんでいきましょう!
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-06-08 Mon
■ #6251. 『なぜさんたんげん』の担当編集者・田中さんとの対談シリーズの続編 [notice][nazesantangen][nhkpb][voicy][heldio][ranking][sobokunagimon]
先日の記事「#6244. 『なぜさんたんげん』の担当編集者・田中さんと対談しています」 ([2026-06-01-1]) の続編です.
いよいよ発売日まであと2日と迫りました,NHK出版新書『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(通称『なぜさんたんげん』)に関する heldio 対談の続編をお届けします.今回は直近に配信された2回の対談回(Part 3 および Part 4)のエッセンスをぎゅっとまとめてご紹介したいと思います.
・ 第3回対談(6月4日配信),「#1831. 『なぜさんたんげん』総選挙の結果を編集者・田中菜乃香さんとともにレビュー」
・ 第4回対談(6月7日配信),「#1834. 新書『なぜさんたんげん』はベースとなった連載記事からいかに成長したか --- 編集者・田中菜乃香さんとの対談 Part 4」
まず,6月4日に配信した Part 3 では,5月下旬に実施した「24の疑問総選挙」の確定結果を,著者の私から編集の田中さんへ初めてサプライズシェアする,という企画を行ないました.96名もの方にご投票いただきまして,その節は皆さん本当にありがとうございました.
注目の第1位は,我々の期待と狙い通り,やはり「なぜ3単現の s をつけるのか」が38%の得票率でダントツのトップでした.もしこれが1位でなかったら本書のタイトルはどうなっていたんだという恐怖もありましたが,一安心です.驚いたのは2位以下のランキングで,第2位に「なぜ現在分詞と動名詞は同じ -ing で表されるのか」(21%),第3位に同率で「なぜ時・条件を表す副詞節では未来のことも現在形で表すのか」と「アルファベット最後の文字 z のミステリー」(19%)がランクインしたことです.
田中さんも指摘されていましたが,学校文法の定番である go/went のような理不尽度の高い具体的な疑問よりも,むしろ抽象度や玄人好みの高い問いが上位へ食い込んできたのは意外な結果でした.対談では,お互いの「推し疑問」についても初めて語り合っており,田中さんは自明すぎて普通は疑問にすら思わない数詞の「one, two の綴字と発音の謎」や「eleven, twelve の形」を挙げられ,さすがプロの編集者というべき鋭い視点に唸らされました.私は「I の大文字問題」や,「there is/are 構文」に一票を投じています.
続いて,6月7日に配信した Part 4 では,数年にわたる雑誌連載から新書へと編み直すプロセスにおいて,編集者と著者がどのような共同作業をしてきたのか,その舞台裏を赤裸々にトークしました.
元の雑誌連載は中学生向けに相当優しく書かれていたため,二字熟語を制限するなど日本語の言い回しを徹底的にチューニングしていましたが,新書化にあたっては大人向けの文体へと仕立て直す大がかりな文体調整を行ないました.そのなかで,単行本ならではの魅力として加わったのが,いくつかの「書き下ろし」コンテンツです.
とりわけ大きな柱となったのが,今回の新書で新たに追加された「there is/are 構文」に関する節です.これは田中さんからの「教科書における学習順序を意識したときに,中学2年生で習うテーマが穴になっているので,存在を表す構文について書いてほしい」という具体的なリクエストから生まれた,文字通りの書き下ろしです.後から付け足したピースであるにもかかわらず,英語における SVO の語順や主語の必須性といった収載済みの統語論的テーマとみごとに融合し,味わい深い節として仕上がりました.
さらに,Amazon 事前予約特典として用意した1節分の書き下ろし「なぜ doubt のスペリングに b があるのか」についても言及しています.実は,田中さんが私に最初にくださった連載の打診メールで,私が過去に書いた doubt に関するウェブ記事「圧倒的腹落ち感!英語の発音と綴りが一致しない理由を専門家に聞きに行ったら,犯人は中世から近代にかけての「見栄」と「惰性」だった.」を読まれていたことが触れられており,この思い出深いテーマが巡り巡って発売直前の特典として結実したという,言語史ならぬ「本の歴史」の美しい結末には深い感慨を覚えます.
この2回の対談を通じて改めて強く実感したのは,同じ1冊の本を対象にしていても,著者・研究者の目線と,プロのエディターとしての目線では,見ている角度やポイントが全く異なるということです.お互いの視点が火花を散らし,アドバイスを潤滑剤としながら融合したからこそ,2日後に世に出る新書が,このような形に成長してきたのだと確信しています.
音声配信では,文字通り2人の息づかいやプロフェッショナルとしての裏話が満載ですので,ぜひ heldio の音声を直接お聴きいただき,本を手に取る前のワクワク感を高めていただければ幸いです.どうぞお楽しみに.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-06-07 Sun
■ #6250. なぜ古英語文法で名詞屈折の定番が stan なのか? (2) [oe][inflection][gender][case][paradigm][comparative_linguistics][nazesantangen]
昨日の記事 ([2026-06-06-1]) に続き,標記の話題を取り上げる.というのも,ヘルメイトの ykagata さんが,ご自身の note で昨日の記事に反応くださっているのだ.「[古英語]名詞屈折表が stān で始まる本,始まらない本」を公開され,古英語の文法書や解説書の類いを複数冊調査して,名詞屈折の項目が男性強変化 a-stem 名詞 stān "stone" で始まらないものも散見されることを指摘されている.それらでは何で始めるかといえば,男性弱変化 n-stem 名詞 nama "name" とのことだ.
nama から入門する利点は確かにある.nama - naman - naman - naman; naman - naman - namena - namum と並ぶ屈折表は,stān - stān - stānes - stāne - stānas - stānas - stāna - stānum と同じくらいに,暗唱に際して語呂がよい.また,「弱変化」といわれるだけあって語尾変化の幅が小さいので,入り口としての負担が軽い.stān でつまずく初学者がいたとしても,nama くらいなら踏みとどまるかもしれない.また,nama に代表される男性弱変化屈折表は,女性・中性の弱変化屈折表ともほぼ同じなので,その点で応用が利くし,学習効率も良い.
ただし,(現代英語に比べれば,という但し書き付きで)「屈折的な言語」を標榜する古英語の代表選手として,屈折変化が実は貧弱な弱変化名詞を持ってくるというチグハグ感はある.また,現代英語に残っている弱変化の痕跡もまた,名前の皮肉で,貧弱である.oxen, children, brethren の -en を参照してください,といえるのが関の山である.一方,昨日の記事の論点に付け足せる点だと思われるが,stān 型の屈折は,現代の複数形の -s や所有格の -'s の由来を教えてくれるという利点がある.
いずれの名詞で始めるとよいかに絶対的な答えはない.その古英語文法書の狙い,読者対象,伝統の系列など,様々なパラメータと各々の重み付けの問題だからだ.従来,古英語文法書は入門書の類いであったとしても,印欧語比較言語学や英語文献学というすぐれて学術的な分野の伝統を引き継いで書かれることが多かった.stān でつまずくような初学者を最初から想定していなかった,という言い方をしてもよい.しかし,英語史や古英語への関心が我が国でもジワジワと広がっている(そして私としては広げていきたい)今,むしろ「狙い」や「読者対象」を再考してみるのも大事だと思う.どの名詞で入門書を始めるのかという問いは,図らずも現代的な問いだった!
議論の種と糧をくださった倉林秀男先生と ykagata さんに感謝します.
なお,6月10日に発売予定の『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』では,第1章第1節では「伝統」の stān 屈折表を掲載しています.
2026-06-06 Sat
■ #6249. なぜ古英語文法で名詞屈折の定番が stan なのか? [oe][inflection][gender][case][paradigm][comparative_linguistics]
昨日,倉林秀男先生(杏林大学)より X 上で「OE の名詞屈折の例ってかなりの割合で男性強変化名詞 stān が出てきますよね」との投稿があった.
確かにそのとおりだ.古英語の教科書の名詞屈折のセクションでは,ほぼ必ず stān "stone" が最初の屈折表として鎮座していることが多い.なぜ取り立てて stān なのか.なぜ「石」というきわめて地味な単語がトップバッターに選ばれているのか.ここには英語史教育・学習の伝統,そしてとりわけ学習者への教育的配慮に満ちた理由がいくつも隠されているように思われる.以下で議論してみたいが,「なぜ」に対する答えや理由そのものというよりも,私なりの解釈といったほうが適切かもしれない.
第1の背景として,文法書という記述形式そのものがもつ歴史的伝統が挙げられる.これは語学の一般的な傾向だが,古英語文法に限らず,およそ〇〇語文法という世界には,最初に作られた定番の型がそのまま後世の教科書へ受け継がれやすいという性質がある.
これに加えて,印欧語比較言語学の強固なセオリーも関係している.比較言語学の伝統において,ゲルマン諸語の名詞屈折を記述する際には,もっとも勢力の強い男性強変化 a-stem 名詞の屈折から始めるのが鉄則となっている.古英語の stān は,まさにこの a-stem 名詞の1つである.
しかし,a-stem 名詞のなかには,ほかにも多くの単語が存在する.そのなかで,なぜよりによって stān が選ばれるのかといえば,この単語が当該の屈折のなかでもっともクセがないからだろうと考えられる.「クセがない」の意味を,5つの観点から考えてみたい.
(1) 屈折表のなかで語幹の音形の交替がない.古英語の名詞には,単数と複数,あるいは格の違いによって語幹に含まれる母音や子音が交替するものが少なくない.たとえば dæg "day" は単数主格形だが,複数主格形では dagas となり,æ が a へと交替する.また,mūþ "mouth" や þēof "thief" などの語幹末無声摩擦音が,単数主格以外では(綴字には現われないものの)有声化する.これらに対して,stān は,単数主格から複数与格に至るまで,語幹の綴字も発音も stān- と一切揺るがない.
(2) 語幹が1音節である.cyning "king" なども a-stem 名詞の重要語だが,2音節名詞であるため,後ろに屈折語尾がついて3音節となると,暗唱するにも口がもたつく.その点,語幹が単音節の stān は,屈折語尾の付き方がもっともクリアに見えるし,暗唱するにもリズムがよい.
(3) 現代までに意味・指示対象の変化がほとんどない.古英語の stān は現代英語の stone に対応し,千年前も今も基本義は変わらず「石」である.同じようにクセのなさそうな単語として hund も挙げられるが,確かに屈折表としては綺麗で,良い線を行っているようにも思われるが,現代では意味が「(一般的な)犬」 (dog) から「猟犬」 (hound) へと狭まっている.stān にはそのような意味変化のノイズがない.もう1つ思いつく bāt "boat" はなかなかの有力候補であり,実際に stān に代わって採用している教科書があったように思う(具体的な書名は失念した).
(4) 綴字が現代の学習者の目にとって異常ではない.たとえば fisc "fish" という単語も非常に基本的だが,現代の学習者がこれを見ると,語末の <sc> で /ʃ/ の発音を表わす点など,古英語特有の綴字規則の解説を別途挟まなければならなくなる.stān であれば,現代の stone との対応が(母音の長音記号除けば)一目瞭然である.
(5) 意味・指示対象が無生物で当たり障りがない.文法規則を純粋に学ぶ段階においては,単語そのものがもつ意味的な生々しさ(性別や生物としての性質など)は,ときに文法上の性 (gender) と混同されて学習の邪魔となることもあるかもしれない.無生物の「石」であれば,これ以上ないほど当たり障りがない.過去も現在も,特に社会性を帯びている単語でもない.
こうして条件を絞り込んでいくと,stān という単語は,古英語文法に入門する学習者にとって,もっとも安全で,視界がクリアな足場として機能していることがわかる.味も素っ気もない「石」がトップバッターを務めている背後には,上記の点での教育的知恵が凝縮されているように思われる.
ちなみに,今年2月に新装復刊された90年以上の歴史を有する伝説的教科書『古英語・中英語初歩』でも,もちろん stān がトップバッターとして君臨していることを付け加えておく.
・ 市河 三喜,松浪 有 『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』 研究社,2026年.
2026-06-05 Fri
■ #6248. 『なぜさんたんげん』の感想・応援コメントが続々と届いています [notice][nazesantangen][nhkpb]:[notice][nazesantangen][nhkpb]

来週の6月10日(水),いよいよ私の新刊『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版新書)が発売となります.これまでブログや Voicy heldio,各種 SNS 等を通じて広報活動を続けてきましたが,多くの皆様から温かいご声援や期待の声をいただき,著者としてこれほど励みになることはありません.心より御礼申し上げます.
現在,本書の魅力を多角的に伝えるために『なぜさんたんげん』著者公式HPを開設しているのですが,そこへ一足先に本書を手に取ってくださった研究者の方々や各界のインフルエンサーの皆様から,熱烈な応援コメントが続々と寄せられています.今回の記事では,その素晴らしいコメントをいくつかご紹介したいと思います.
まず,研究者の目線から「発売前最速ロングレビュー」を投げてくださったのが,『英文解釈のテオリア』などのご著書で知られる杏林大学の倉林秀男先生(@Kurab_H)です.先生は X のスレッドにて,「専門家が書くからこそ内容にも信頼の持てる1冊」と評してくださいました.英語史を「英語が現在の姿にたどり着いた数々のドラマを垣間見る」分野としてご紹介され,本書で描かれるそのダイナミズムに注目していただきました.ありがとうございます.
また,言語学界隈や各種メディアで絶大な影響力をもつ方々からの推薦も,本書の船出にとって大変に大きな力となっています.人気 YouTube チャンネル「ゆる言語学ラジオ」のスピーカーである水野太貴さん(@yuru_mizuno) からは,「とりあえず there 構文の箇所を読んだのだが、英語史的な話以外に情報構造に関する解説もあった。ありがたい。」という,情報構造に着目したコメントをいただきました.さらに,『ある言語学者の事件簿』の著者である静岡理工科大学の谷口ジョイ先生 (@JoyTaniguchi) からは,「おもしろすぎて一気読み!社会言語学者としては、特に後半の話題を夢中で読んでしまいました」「ゼミでも読みます!」との過分なエールをいただきました.
このようなコメントによって,英語史に馴染みのない多くの「お茶の間」の読者にも,英文法の謎解きのおもしろさが届くことを期待しています.
そして,著者として何よりも嬉しいのは,日頃から英語史を広める活動(hel活)を共に行なっている英語史・中世英語英文学の研究者仲間からの温かいコメントです.上智大学の小河舜さん (@scunogawa) からは,「刊行まで残り1週間。心から楽しみです。」という心強い応援をいただきました.また,立命館大学の岡本広毅さん(@gouernourofgyng) は,「〈3単現のS〉サンタンゲン これはもはや共通言語」とのキラーフレーズで本書の核心を突いてくださいました.さらに,『英文解体新書』などの著者である北村一真先生 (@Kazuma_Kitamura) からも,「非常に明快で、講義を聞いているような感覚で読める」という嬉しい評価をいただいています.
また,応援第1号コメントをくださった翻訳・字幕の専門家である天野優未さん (@unt_yumi) には,「言語学を全然知らなかったり、英語に苦手意識がある方にもお勧めできる一般書」とおっしゃっていただきました.本書の最大の挑戦は,英語史の専門的な知見を活かしつつも,一般の読者や英語に苦手意識のある方々に向けていかにアクセシブルに書くか,という点でしたので,その狙いを多くの方々に汲み取っていただけたことは,無上の喜びです.
本日この場で紹介できたキラーフレーズは,ここ数日の間にSNS上で寄せられたメッセージの一部にすぎません.上記公式HPでは,このような応援者からのコメントをはじめ,NHK 出版デジタルマガジンで読める第1章第5節や「はじめに」の先行公開リンク,さらには投票総数96件を集めた「『なぜさんたんげん』24の疑問・総選挙」の最終結果にいたるまで,本書に関するあらゆる情報をワンストップで取りまとめて公開しています.本書発売前でも楽しんでいただけるHPに仕上がっていますので,ぜひ『なぜさんたんげん』著者公式HPをご訪問いただき,発売日に向けたお祭りの熱気をリアルタイムで体感していただければ幸いです.引き続き,特典付き(書き下ろし1節分)の Amazon からの予約注文のほど,どうぞよろしくお願いいたします.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
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