
上掲書については,hellog でも「#6209. 4月23日,研究社から英語語源本が2冊 --- 『コンパスローズ英単語〈新装版〉』と『医学英単語ハンドブック』」 ([2026-04-27-1]) で紹介しました.そこで少し触れていたように,その後,この本をめぐって,医学専門家で heldio/helwa のコアリスナーの「無職さん」こと,佐久間泰司さんと対談する機会を得ました.そちらの音源を heldio 対談として公開していますので,「#1800. 『医学英単語ハンドブック』(研究社,2026年)を片手に「無職さん」と対談」をお聴きください(53分ほどの対談です).
対談では,専門家である無職さんの視点から,本書の画期的な特徴について多角的に語っていただきました.まず驚かされたのは,従来の医学ラテン語の教本は,格変化などの文法事項から入るものが多く,専門外の学生にはきわめてハードルが高かったという実態です.それに対して本書は,語源 (etymology) と連結形 (combining_form) に特化しており,理系人間にとって非常に馴染みやすく,とっつきやすい構成になっているとのことです.
医学用語の世界では,解剖学用語はラテン語,疾患名はギリシア語が主流であるという興味深い住み分けについても議論が及びました.無職さんによれば,解剖学用語は国際的にラテン語で統一されている一方,ルネサンス期以降に発達した疾患名などにはギリシア語由来の語彙が流入したという背景があるようです.私のような英語史研究者の視点からは,これらが近代英語期以降の科学語彙の爆発的な増加とどのように関わっているのかという点が最大の関心事となりますが,従来の医学の現場では,これらを単なる記号として「丸暗記」してきたという実情も浮き彫りになりました.
本書の魅力の一つとして,ギリシア神話に絡めたコラムの充実が挙げられます .例えば眠りの神 Hypnos と hypnosis(催眠)の関係など,神話という人間臭い物語から説き起こされる語源解説は,私のような文系人間にとっても読み物としておもしろいものです.無職さんも,こうしたコラムがあることで本を開く心理的障壁が下がり,学習の継続につながると太鼓判を押してくれました.
一方で,専門家の立場からの要望として,発音記号やアクセント表示の有無,あるいは dent- と tooth のような一般語と専門語の結びつきを説明してくれる「グリムの法則」 (grimms_law) の解説があればさらに有意義だったのではないか,といった贅沢なツッコミも飛び出しました.しかし,全体としては,無数の医学用語を要素の足し算で効率よく学べる,これまでにない体系的なハンドブックに仕上がっているという評価で一致しました.
医学英語はもちろん,科学英語 (scientific_english) や語形成 (word_formation) に興味のある方はもちろん,英語史の観点から語彙の国際性を考えてみたい方にとっても,本書は示唆に富む一冊です.医学関係者ならずとも,ぜひ手に取って,その重厚な語源の世界に触れてみてください.
また,佐久間さんご自身による関連する note 記事「『語源で学ぶ医学英単語ハンドブック』に見る,医学英語教育の新たな地平」も公開されています.そちらもぜひお読みください.
・ 野中 泉(編著)・森田 勝之(編著)・木下 晃吉(監修) 『語源で学ぶ 医学英単語ハンドブック』 研究社,2026年.
4月23日に,研究社より英単語の語源に関する書籍が同時に2冊発売されました.研究社からは,昨年6月に,いまもご好評いただいている『英語語源ハンドブック』が出ていますので,この1年の間に3冊も「英語語源本」が上梓されたことになります.英語語源が活況を呈しているといってよいでしょう.
新しく刊行されたのは次の2冊です.いずれも公式ページから「試し読み」できます.
・ 『語根で覚える コンパスローズ英単語〈新装版〉』(試し読みあり)
・ 『語源で学ぶ 医学英単語ハンドブック』(試し読みあり)
以下,各々について簡単にご紹介します.

まずは池田和夫氏による『語根で覚えるコンパスローズ英単語〈新装版〉』です.本書は2019年に刊行され好評を博した旧版の装いを新たにしたもので,その名の通り「語根」にフォーカスした単語集です.ベースとなっているのは同社の『コンパスローズ英和辞典』の語源コラムですが,本書ではそこに200以上の項目が大幅に加筆されており,計300の「(最)重要語根」が網羅されています.
特筆すべきは,語彙学習における語源の実用性を数値で示している点です.1001語レベル以上の単語の7割以上は語源知識が役立つとされており,とりわけ中上級者にとってのボキャビルには語根学習が極めて有効であることが強調されています.音声ダウンロードサービスや,お馴染みの「赤シート」も完備されており,受験対策から一般の学び直しまで幅広く対応する,まさに語源学習の完成版といえる一冊です.

続いて,木下晃吉氏(監修),野中泉氏・森田勝之氏(編著)による『語源で学ぶ 医学英単語ハンドブック』です.一見すると専門的な医学徒向けの書に見えますが,英語史の観点からも興味深い一冊です.医学英単語は,ルネサンス期以降に大量に流入してきたラテン語・ギリシア語の要素の宝庫であり,いわば「連結形」 (combining_form) の見本市のような世界だからです.
本書の構成は言語学の観点からも医学の観点からも論理的です.「接頭辞+語根+接尾辞」というパーツ分解の解説に始まり,後半では「Body System 別」(脳神経,呼吸器など)」に語彙が整理されています.専門用語が多用される実用的で長めの例文も付されており,音声ダウンロードを活用することで,難解な合成語のアクセントも効率的に習得できるよう工夫されています.付録の「処方箋用語」などは,医学の門外漢の私にとっては,新鮮な切り口でした.また,編著者の目線に立ち,医学語彙を導入する複数の切り口を,本のなかにいかに配置していくかという問題について考えてみたのも,おもしろい体験となりました.医学については何も分からない私ですが,情報量の多い,密度の高い医学英単語ハンドブックであることは確認できました.
以上,2冊を簡単にご紹介しました.4月24日には,heldio でも「#1790. 研究社より2冊の英語語源本が出ました --- 『コンパスローズ英単語〈新装版〉』と『語源で学ぶ医学英単語ハンドブック』」と題する配信回でお話ししていますので,そちらも合わせてお聴きいただければ幸いです.また,とりわけ『医学英単語ハンドブック』については,近々に本書をめぐる対談も heldio 配信を予定していますので,ぜひご期待ください.
そして,『英語語源ハンドブック』もお忘れなく!
・ 池田 和夫 『語根で覚える コンパスローズ英単語〈新装版〉』 研究社,2026年.
・ 野中 泉(編著)・森田 勝之(編著)・木下 晃吉(監修) 『語源で学ぶ 医学英単語ハンドブック』 研究社,2026年.
・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.
英語には Doric という,ギリシア語の Doris (ドーリス地方)に基づく形容詞がある.「ドーリス地方の,ドーリス語の;ドーリス方言」などを原義とする.しかし,Doric には,派生義として「方言の,田舎訛りの;(とりわけ)スコットランド訛りの」もある.スコットランド訛りの英語が Doric と形容されることがあるのだ.さらに細かくいえば,特にスコットランド北東部の方言,Aberdeen の方言などが,典型的に Doric だとされる.この背景には,どんな事情があるのだろうか.
「#1454. ギリシャ語派(印欧語族)」 ([2013-04-20-1]) で触れたように,古代ギリシアの言語の歴史を振り返ると,様々なギリシア語の方言が各地で,そして各ジャンルで用いられていたが,アテネを中心に行なわれ,学術・文学の担い手の言葉となった Attic 方言こそが,後にギリシアのみならずヘレニズム世界へ koiné として広がっていった経緯がある.ここから Doric を含むその他の方言は,社会言語学的に,下位にみなされるようになった.
こうして Doric に宿ることになった「田舎訛り」の語義が,ギリシア語方言に限らず,より一般的に用いられるようになった.そこから今度は英語方言の文脈に特化して,とりわけ「スコットランド訛り」の語義を帯びるようになったのは興味深い.
OED の Doric (ADJECTIVE & NOUN) によると,ギリシア語のドーリス方言を指す名詞用法の派生義として,今では廃義となっているが,近代に使われていものがある.
1.b. † Speech or writing likened to the Doric dialect of ancient Greek for its apparent simplistic, unrefined, antiquated, or rustic character. Obsolete. 1657-1888
このように,ある方言を軽蔑的にみなす名詞・形容詞としての用法が17世紀前半から見られるが,これが英語方言の文脈で「スコットランド訛り」を指すようになったのは,19世紀に入ってからである.まず,「スコットランド訛りの」を意味する形容詞としての用法を覗いてみよう.
1.c. Of or relating to Scots, a variety of English used in (esp. lowland) Scotland (see Scots n. B.1), esp. when regarded as rural or working-class; (now usually) spec. of or relating to the variety of Scots spoken in the north-east of Scotland, esp. Aberdeenshire. 1809-
1809 Were she to stay much in the country, she would acquire some knowledge of our Doric dialect which (I mean in books) is too much neglected by a fastidious generation. (J. Ramsay, Letter 28 September (1966) 263)
1840 The Scottish dialect of low life as first employed in novels by Sir Walter Scott:..it furnished the benefit of a Doric dialect. (T. De Quincey, Style: No. II in Blackwood's Edinburgh Magazine September 398/1)
1933 She has no difficulty in carrying on a conversation, frequently utilising Doric words and phrases. (Scotsman 14 September 10/6)
1993 The North East Scotland Heritage Trust, formed last year to promote the Doric language and culture, is facing an uncertain financial future. (Scotsman 6 April 5)
2023 Flora Garry, one of the most important Doric writers of the 20th Century. (Press & Journal (Aberdeen) (Nexis) 13 September 7)
次に「スコットランド訛り」を意味する名詞としての用法についても,解説と例文を挙げよう.
1.c. Scots (see Scots n. B.1), esp. when regarded as rural or working-class; (now usually) spec. the variety of Scots spoken in the north-east of Scotland, esp. Aberdeenshire. 1832-
1832 He returned thanks in the Doric of his native hills. (Gentleman's Magazine February 159/1)
1870 'My Lord,' commenced John, in his purest Doric..'I wad hae thocht naething o't.' (E. B. Ramsay, Reminiscences of Scottish Life v. 127)
1872 The good doctor dropped into the broadest Doric. (C. Gibbon, For the King vol. I. iii. 22)
1933 He fell readily into the Doric,..using it pithily and with humour. (N. Shepherd, Pass in Grampians iii. 15 in Grampian Quartet (2001))
1966 As one, who has for years fought for the proper recognition of our North-east dialect, the Doric, I welcomed the gesture of the latest report on the problem. (Aberdeen Evening Express 7 September)
2023 A book written and published in Doric by pupils from an Aberdeenshire school has been nominated for this year's Scots Language Awards. (Aberdeen Evening Express (Nexis) 5 September 3)
目下 Aberdeen に滞在しているが,Doric という語を目にしたり耳にしたりする機会がたまにある.
関連して「#5505. 古代ギリシアの方言観」 ([2024-05-23-1]),「#2752. dialect という用語について」 ([2016-11-08-1]) の記事も参照.


隔週土曜日は,heldio/helwa コアリスナーの sorami さんによる『英語語源ハンドブック』クイズ・シリーズの新作が note 上で公開される日です.昨日は第6弾が公開されました.相変わらず楽しく学べる良質の教材です.2週間前に公開された第5弾とともに,ご紹介したいと思います.
まず3月21日に公開された第5弾ですが,相変わらずの良問揃いで,私自身も感激しつつ解いていました.取り上げられているトピックは多岐にわたります.偽装複合語 holiday の話題から始まり,続けて listen と hear の使い分けなど,学習者がつまずきやすいポイントが鮮やかにクイズ化されています.また,nice の意味変化の話題は英語史の鉄板のネタですが,これを「すごい」や「やばい」といった日本語の語義変化と対比させて解説する手際の良さには感心しました.
また,第5弾からはユーザーインターフェースが改善され,さらに pdf での配布まで始まっています.出血大サービスと言わざるを得ません.学校の授業の余興や,ちょっとした頭の体操に利用しない手はないですね.
続いて,昨日公開されたばかりの第6弾です.こちらは冒頭からギリシア語由来の単語に焦点を当てるという,なんとも心憎い構成になっています.現代の私たちにとって極めて身近な単語が,いかにして古代ギリシアの文化を背景に成立したのかが分かります.ギリシア語特有の高尚な響きも相まって,クイズとしての難易度も少し上がっているかもしれませんが,西洋文明の源流に触れる歴史学習としても非常に教育的です.
後半では right の多義性や,trip と travel の語源的な対比など,深く掘り下げた問題が続きます.travel がなんと「拷問器具」に由来するというエピソードには,答えを見て「え~,まさか!」と声を上げる挑戦者が続出すること間違いなしですね.
sorami さんのクイズは,単語の背後にある歴史や文化という人間の営みを感じさせてくれます.そして,「英語史をお茶の間に」をハイレベルで体現している素晴らしいコンテンツとなっていると思います..
両記事の冒頭には「このシリーズでは,研究社『英語語源ハンドブック』の中に詰まった「へぇーッ」をクイズにしてお届けしています.授業のネタに,親子の雑学タイムに,脳トレに,お役立てください.昔中学生だったあなたもぜひ!」という,ほっこりするメッセージが付されていますね.最後にはいつものように「授業の小ネタ,ウォームアップ,グループ活動などに自由に使っていただければ幸いです」ともあります.とても嬉しい心遣いですね.
今回の新作紹介と合わせて,sorami さんのクイズ・シリーズの過去回をご紹介した,以下の hellog 記事もお読みいただければと思います.
・ 「#6125. heldio/helwa リスナー sorami さんによる『英語語源ハンドブック』のクイズ・シリーズが開始 --- 中高生のための英語史」 ([2026-02-02-1])
・ 「#6132. sorami さんの『英語語源ハンドブック』クイズ第2弾 --- 中高生のための英語史」 ([2026-02-09-1])
・ 「#6166. sorami さんの『英語語源ハンドブック』クイズが第3弾,第4弾と快進撃 --- 中高生のための英語史」 ([2026-03-15-1])
ぜひこちらのクイズ・シリーズを解いてみてください.そして,さらに広めていただければと思います.
・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.

一昨日,Dunedin の郊外の Port Chalmers という港の村へ遠足に出かけてきました.かつては Dunedin の外港としておおいに栄えたようですが,今ではこぢんまりとした可愛らしい小村です.高台には元 Port Chalmers 市長夫人の Lady Thorn が作ったツヅジ庭園があり,村の憩いの場となっています.Lady Thorn Rhododendron Dell という舌を噛みそうな名前の庭園です.上掲は入り口の門の前の写真です.門に掲げられた記念碑の文章を掲載します.
THIS RHODODENDRON DELL
WAS ESTABLISHED IN 1990 IN RECOGNITION OF
LADY THORN'S COMMITMENT AND SERVICE
TO THE PORT CHALMERS DISTRICT.
LADY THORN, WIFE OF SIR JOHN SAMUEL THORN,
THE MAYOR OF PORT CHALMERS FROM
1956 TO 1989, GAVE OF HER TIME AND TALENTS
IN MANY COMMUNITY ORGANISATIONS
IN THE PORT CHALMERS DISTRICT.
"A LADY WHO GAVE SO MUCH TO SO MANY"
THIS PLAQUE WAS ERECTED BY
THE PORT CHALMERS AND DISTRICTS LIONS CLUB.
美しい庭園の呼び物は「ツツジ,シャクナゲ」.英語では rhododendron とギリシア語系のおどろおどろしい4音節語です.azalea も「ツツジ」と訳されますが,これは「オランダツヅジ」のことで,Rhododendron 属の下位区分に入ります.
ギリシア語で rhodó- は「バラ」を意味し,英語の連結形 (combining_form) としては「バラ色;赤」を意味します.dendron は「樹木」を意味します.それぞれ日常英単語の rose, tree ともおそらく語源的関係があり,要するに rose tree を学名らしくギリシア語で表現したものが rhododendron ということです.
この庭園は高台にあり,Port Chalmers の村が一望できるロケーションということで,12分ほどの Port Chalmers の紹介動画を作ってみました.Voicy のプレミアムリスナー限定配信の helwa で公開しています.一昨日の helwa 配信回「【英語史の輪 #0373】マルチ配信,大阪トークイベント,電子書籍化」よりご覧ください.

crocodile の語形や綴字を巡る問題 --- ワニワニパニック --- は,heldio/helwa コアリスナーの lacolaco さんが火をつけた難問である.関連する一連の話題は,以下から追うことができる.
・ lacolaco さんの「英語語源辞典通読ノート C (crew-crocodile)(2025年7月27日)
・ lacolaco さんの「【helwaコンテンツ2025】 crocodileの語形・音変化についての調査~ワニワニパニック~」(2025年8月21日)
・ hellog 「#5948. crocodile の英語史 --- lacolaco さんからのインスピレーション」 ([2025-08-09-1])
・ hellog 「#5951. crocodile の英語史 --- OED で語源と綴字を確認する」 ([2025-08-12-1])
・ hellog 「#5952. crocodile の英語史 --- MED で綴字を確認する」 ([2025-08-13-1])
・ heldio 「#1527. crocodile の怪 --- lacolaco さんと語源学を語る(プチ英語史ライヴ from 横浜)(2025年8月4日)
・ heldio 「#1583. alligator でワニワニパニック --- khelf 寺澤志帆さんと語る」(2025年9月29日)
とりわけ crocodile の異形として cocodril という語形・綴字があったことが気になっていた.そんなときに,先日『シップリー英語語源辞典』でふと crocodile を引いてみたところ,cocodril の謎に対するヒントとなる記述を見つけた.今回は,それを引用して,示唆だけ与えておきたい.
crocodile [krάkədàil] クロコダイル,ワニ,ワニ皮
この語はギリシア語 krokodeilos (ワニ:〔原義〕砂礫の虫,トカゲ)が語源である.このギリシア語は,ヘロドトス (Herodotus, 484?--425?B.C.) 以来,ナイル川に棲む巨大な爬虫類に使われるようになった.彼の Historiae:『歴史』 (II, 69) には,自国の石垣の間にいるトカゲに似ているところからイオニア人がそう名づけた,とある.crocodile にはいろいろな綴りがあり,その一つ cockadrill は,ワニの点滴とされたコカトリス (cockatrice) と混同されたこともある.
ところで,ワニは生き残ったが,コカトリスは中世の博物誌が衰退するととtもに死に絶えた.cockatrice は,ギリシア語 ikhnos (歩み,足跡)から動詞 ikhneuein (追跡する,足跡を追う)を経て成立した ikhneumon (エジプトマングース --- ichneumon 〔エジプトマングース〕として英語に借入 ---)の訳語としてのラテン語 calcatrix が語源であり,原義は「狩猟者」「追跡者」であった.この動物は砂の中のワニの卵を探し出して食べるとエジプト人に信じられていた.ラテン語 calcatrix は calx, calc- (踵)から派生した動詞 calcare (追跡する)からの造語である〔中略〕.《プリニウス (Gaius Pliny, 23--79) の『博物誌』 (VIII, 37) では,ワニが気持ち良く口を開けて寝ている間にコカトリスはのどから腹に飛び込み,内臓をかみ裂くとある.》
また,コカトリスはナイルチドリ (trochilus) と混同された.こちらの語源は trekhein (走る)から派生したギリシア語 trokhilos (小型シギ類)がラテン語化した言葉で,原義は「素早く走り回るもの」である〔中略〕.crocodile bird (ワニチドリ)とも呼ばれるこの鳥には,ワニの歯の間の肉片や食べ物のかすを突くという言い伝えがある.コカトリス (cockatrice) は想像上では鳥,獣,そして最後には爬虫類とされ,ミズヘビとして描かれる際には,英語の cock (ニワトリ)との類推からニワトリの卵から生まれた怪物バシリスク (basilisk) 〔中略〕と同じと見なされた.これはニワトリのとさかと体に,ヘビの尾を持ち,吐く息やひとにらみで人を殺すとされた.
ひとにらみで殺すというバシリスク (basilisk) は,比喩表現では,女性,特に浮気な女性に使われ,このことから cockatrice にも同じく比喩表現が生まれた.例えば,イギリスの劇作家デッカー (Thomas Dekker, 1572?--1632) の The Guls Hornebooke:『しゃれ者の入門書』(1609年)における一章「劇場における当世風紳士の振る舞い方」に,「(負債を取り立てる)執行吏を避けるためにも,朝早く妖婦 (cockatrice) を船で返すためにも」いっそう便利な水辺の家がお勧め,とある.かくして,この生き物を水に返したことになるが,等の女性はそら涙 (crocodile tears:ワニの涙)を流すだろう.女の「そら涙」にほだされると,「餌食」になってしまうこともある.
見せかけの悲しみを表す crocodile tears は,ワニが餌食を誘き寄せるために悲しげに呻くとか,餌食を飲み込みながら涙を流すと考えられたところから生まれた表現である.
今回登場したのは伝説の動物 cockatrice (コカトリス)だ.ヘビとニワトリが合体した動物とも,にらんだり息を吐きかけて人を殺すヘビとも言われる.これが cocodril の語形・綴字に関係しているというのは,ありそうな話しだ.
・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.
連日 crocodile の語形・綴字について調べているが,その過程で表記の問題に関心をもった.ギリシア語の κροκόδειλος の第3音節にみえる ει の2重字 (digraph) が,ラテン語に取り込まれる際には crocodīlus のように1つの母音字で翻字されている.現代英語の綴字でも,確かに crocodile と i の1文字のみの表記だ.
調べてみると,ギリシア単語が間接的あるいは直接的に英語に取り込まれる際には,いくつかのパターンがあるという.小さな問題ではあるが,Upward and Davidson (220--21) によれば,英語の綴字に関して緩い傾向(および恣意的な振る舞い)がみられる.
Gr EI transliterated as E or I
Although a digraph, Gr EI perhaps represented a simple vowel sound rather than a diphthong, and was liable to misspelling in classical Gr as just iota or eta.
Latin transliterated Gr EI as either E or I, not as EI. Direct transliteration from Gr to Eng giving EI, as in eirenic, kaleidoscope, pleistocene, seismic, protein, Pleiades typically date from the 19th or 20th centuries, and have therefore not come via Lat. The contrast between such modern transliterations and the older Lat-derived ones is seen in pairs such as apodeictic/apodictic 'demonstrably true' (< Latin apodicticus < Gr apodeiktikos), cheiropractic/chiropractic, Eirene/Irene.
Lat gave Eng an arbitrary spelling variation by tending to transliterate Gr EI as E before a vowel and as I before a consonant: thus panacea, truchea (< Gr panakeia, tracheia) but icon, idol, lichen (< Gr eikōn, eidōlon, leichēn), and similarly with crocodile, dinosaur, empirical, idyll, pirate. Note, however, angiosperm (< Gr aggeion) with I before O, and hygiene (< Gr hugieinē) with E before N preventing a repetition of I in *hygiine.
Underlying the Y of therapy, idolatry is Gr -EIA (Gr latreia 'worship', therapeia) whereas Gr -IA underlies the Y of theory, history (< Gr theōria, historia).
さほど単純な傾向でもないと分かるが,時と場合によって,ギリシア語からの直接借用なのかラテン語を経由しての間接借用なのかが示唆されることがあるというのは興味深い.「#3373. 「示準語彙」」 ([2018-07-22-1]) の話題を想起させる.
・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
「#5948. crocodile の英語史 --- lacolaco さんからのインスピレーション」 ([2025-08-09-1]) に続き,crocodile の語形と綴字の問題に注目する.まず OED を引いて crocodile (n.)の語源欄をのぞいてみる.
Middle English cocodrille, cokadrill, etc. < Old French cocodrille (13--17th cent.) = Provençal cocodrilh, Spanish cocodrilo, Italian coccodrillo, medieval Latin cocodrillus, corruption of Latin crocodīlus (also corcodilus), < Greek κροκόδειλος, found from Herodotus downward. The original form after Greek and Latin was restored in most of the modern languages in the 16--17th cent.: French crocodile (in Paré), Italian crocodillo (in Florio), Spanish crocodilo (in Percival).
古典期のギリシア語やラテン語においては crocodīlus 系の語形だったが,中世ラテン語において語形が崩れて cocodrillus 系となり,これがロマンス諸語においても定着し,中英語へもフランス語を経由してこの系列の語形で入ってきた.ところが,これらの近代諸言語の大半において,16--17世紀の語源的綴字 (etymological_respelling) の慣習により,crocodile 系へ回帰した.というのがおおまかな流れである.
英単語としての crocodile の出現は,直接にはフランス語 cocodrille を中英語期に借用したときに遡る.OED の初例は1300年頃となっている.中英語期からの4例を示そう.
c1300 What best is the cokadrille. (Kyng Alisaunder 6597)
1382 A cokedril..that is a beest of foure feete, hauynge the nether cheke lap vnmeuable, and meuynge the ouere. (Bible (Wycliffite, early version) Leviticus xi. 29)
c1400 In that contre..ben gret plentee of Cokadrilles..Theise Serpentes slen men, and thei eten hem wepynge. (Mandeville's Travels (1839) xxviii. 288)
1483 The cockadrylle is so stronge and so grete a serpent. (W. Caxton, translation of Caton E viii b)
その後,16世紀後半以降からの例では,すべて crocodile 系列の綴字が用いられている
一昨日,昨日と,日本語の接続詞 (subjunctive) について『日本語文法大辞典』を参照してきた.今回は,同文献より日本語の接続詞の語形成について概観する (387--88) .
接続詞を語構成的に見ると,他の品詞から転成したもの(動詞=及び,副詞=また・なお,助詞=が・けれども),動詞や名詞や指示語に助詞が下接して慣用的に固定したもの(すると・しかるに・しかし・さて・ゆえに・ところで)などである.古代語でも,本来的な接続詞といえる語はほとんどない.つまり,もともと日本語では接続詞が発達しなかったけれども,時代がさがるにつれて,事柄相互を情緒的に続ける表現を避けて,分析的に対象化した素材を論理的に関連づけようとす傾向が生まれ,この過程で,種々の後の転成や連語化によって接続詞をつくり出したと考えられる.
日本語の接続詞には,もともとの純然たる接続詞はなく,あくまで他品詞語から派生したものが多いということだ.この事情は,英語の接続詞においても同じである.最も基本的な接続詞といってよい and ですら,印欧祖語で "in" を意味する *en に由来するというのだから,示唆に富む.
西洋の伝統において,接続詞は古典ギリシア語文法において独立した品詞として認められており,歴史を通じて最も盤石な品詞の1つといってよい.しかし,その起源となると,意外と他の品詞の語などから派生的に生じてきたものにすぎないことも分かってくる.改めて接続詞は不思議でおもしろい.
日本語文法の話題に戻るが,接続詞を認めずに,それを副詞の一種としてとらえる文法論もあったことは銘記しておきたい.例えば,山田孝雄や松下大三郎は,接続詞という品詞を認めていない.しかし,学校文法では,接続詞は「それ自体の意味内容が稀薄で,先行する表現の意味を受けて後行する表現に関係づけるという,副詞に無い機能が認められる」等の理由から,独立した品詞として認めている(同著,p. 387).
・ 山口 明穂・秋本 守英(編) 『日本語文法大辞典』 明治書院,2001年.
5月28日に,khelf(慶應英語史フォーラム)の協賛のもと,heldio にて小河舜さん(上智大学;X アカウント @scunogawa)とともに「英語に関する素朴な疑問 千本ノック」をライヴでお届けしました.その様子をアーカイヴとしてすでに YouTube 版で公開していることは,先日の記事「#5851. 「英語に関する素朴な疑問 千本ノック --- GW回 with 小河舜さん」のアーカイヴを YouTube で配信しました」 ([2025-05-04-1]) でお伝えした通りですが,数日遅れで heldio のアーカイヴとしても配信しました.音声だけで十分という方,ながら聴きしたいという方は,「#1439. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック --- GW回 with 小河舜さん」よりご聴取ください.本編は65分ほどの長さです.
今回の千本ノックで取り上げた素朴な疑問は15件ありましたが,その5件目(本編の26分18秒辺りから)に注目します.質問の趣旨としては「不定冠詞 an/a の使い分け(an apple vs. a pen)の現象は,ギリシア語由来の否定の接頭辞 an-/a- の現象と同じですか?」というものでした.質問者からのこの高度な指摘にむしろ勉強になった旨,小河さんとライヴでも触れた通りです.
調べてみると,確かに両者において,an- が歴史的には本来の形態素ですが,後ろに母音(あるいは h)で始まる要素が後続する場合には,音便により当該形態素より n が脱落し,a- という異形態が用いられています.きれいに平行的といえます.
Webster の辞書の第3版に所収の A Dictionary of Prefixes, Suffixes, and Combining Forms によると,ギリシア語由来の否定の接頭辞 a-, an- について次のように記述があります.
2a- or an- prefix [L & Gk; L a-, an-, fr. Gk --- more at UN-]: not: without <achromatic> <asexual> --- used chiefly with words of Gk or L origin; a- before consonants other than h and sometimes even before h, an- before vowels and usu. before h <ahistorical> <anesthesia> <anhydrous>
このなかで示唆されている通り,このギリシア語由来の否定の接頭辞は,英語本来の否定の接頭辞 un- とも同根である.ついでに同辞典より un- の項目も覗いておこう.
1un- prefix [ME, fr. OE; akin to OHG un- un-, ON ō, ū-, Goth un-, L in-, Gk a-, an-, Skt a-, an- un-, OE ne not]
古英語の否定辞 ne もこれらと同根であるから,つまるところ not, never, no などとも通じることになる.
寄せていただいた素朴な疑問からの展開でした.たいへん勉強になりました!

上掲の雑誌が4月25日に刊行された.この雑誌と,そのなかでの特集企画については,「#5824. 近刊『ことばと文字』18号の特集「語彙と文字の近代化 --- 対照言語史の視点から」」 ([2025-04-07-1]) および「#5845. 『ことばと文字』特集「対照言語史から見た語彙と文字の近代化」の各論考の概要をご紹介」 ([2025-04-28-1]) で紹介した通りである.私も特集へ1編の論考を寄稿しており,そのタイトルは「英語語彙の近代化 --- 英語史におけるギリシア借用語」である.以下に粗々の要約を示す.
1. はじめに
本稿では英語語彙史におけるギリシア語の影響を論じる.英語語彙は長い歴史の中で多くの言語から影響を受けてきたが,なかでもギリシア語からの借用は特異な位置を占めている.特に学術用語や科学技術用語において,ギリシア語の影響は現代に至るまで続いている.
2. 英語のギリシア語との出会い
英語とギリシア語の本格的な出会いは15世紀に遡る.それまでもラテン語を介した間接的な借用はあったが,直接的な借用は極めて限られていた.15世紀になると,ルネサンスの影響で古典への関心が高まり,イングランドでもギリシア語の学習が広まった.
1453年のコンスタンティノープル陥落後,多くのギリシア語学者が西欧に亡命し,ギリシア語との接触機会が増加したことも背景にある.この時期の借用語には,哲学,医学,文法などの分野の専門用語が多く含まれていた.
3. 初期近代英語期のギリシア語からの借用後
16世紀から18世紀にかけての初期近代英語期は,英語の語彙が大きく拡大した時期である.この時期,ギリシア語からの借用も飛躍的に増加した.
特徴的なのは,「インク壺語」(inkhorn_term) と呼ばれる過度に学術的で難解な語彙の出現である.これらは主に学者や文人によって使用され,一般の人々には理解が困難であった.たとえば,adjuvate (援助する), deruncinate (除草する)などの語は現代英語には残っていないが,confidence (信頼), education (教育), encyclopedia (百科事典)などの重要な単語もこの時期に導入された.
また,ギリシア語由来の接頭辞(anti-, hyper-, proto- など)や接尾辞(-ism, -ize など)が英語の語形成のために取り入れられたことも重要である.これらの接辞は,近現代にかけて新しい概念を表現するための強力な道具となった.
4. 学術用語と新古典主義複合語
19世紀に入ると,科学技術の発展に伴い,ギリシア語要素を用いた新語の語形成が活発化した.
学問分野を表す -ic/-ics/-logy 接尾辞(例:rhetoric, economics, philology など)が普及し,多くの新しい学問分野の名称に採用された.また,連結形(combining_form)を活用した造語法も確立された.例えば,tele- (遠い)+ -phone (音)→ telephone, micro- (小さい)+ -scope (見る)→ microscope など,当時の最先端技術を表す用語がこの方法で作られた.
動詞を作る -ize/-ise 接尾辞(例:internationalize, modernize など)や,思想や主義を表す -ism 接尾辞(例:capitalism, socialism など)も広く用いられるようになった.
このギリシア語要素を用いた造語法は,国際的にも受け入れられ,科学の国際化に大きく貢献した.その理由としては,語形成の柔軟さ,国際性,中立性,伝統,精密性,体系性などが挙げられる.
5. 近現代語の共有財産として
現代では,ギリシア語由来の語彙や語形成は英語のみならず多くの言語に共有される国際的な資源となっている.例えば,cardiology (心臓学), neurology (神経学), psychology (心理学)などの用語は世界中で共通して使用されている.
近年のコンピュータ科学や情報技術の分野でも,cyber- (サイバー), tele- (遠隔), crypto- (暗号)などのギリシア語由来の連結形は重要な役割を果たしている.
また,日常語彙にも anti- (反), hyper- (超), mega- (巨大), -phobia (恐怖症), -mania (熱狂)などのギリシア語由来の接頭辞や接尾辞が深く浸透している.
このように,ギリシア語の影響は英語の歴史を通じて継続的に見られるが,特に近代以降,科学技術の発展と国際化の中で重要性を増してきた.今後も,新しい概念や技術の出現に伴い,ギリシア語要素を用いた造語は続くことであろう.
6. おわりに
英語語彙の近代化におけるギリシア語の役割は,言語学的にも文化史的にも重要な研究テーマであり続けるだろう.
論文では,より多くの単語例と図を組み込みながら論じている.脚注では日中独仏語(史)を専門とする他の執筆者からの対照言語史的な「ツッコミ」も計12件入っており,執筆者自身にとっても学べることが多かった.ぜひお読みいただければ.
・ 堀田 隆一「英語語彙の近代化 --- 英語史におけるギリシア借用語」 特集「語彙と文字の近代化 --- 対照言語史の視点から」(田中 牧郎・高田 博行・堀田 隆一(編)) 『ことばと文字18号:地球時代の日本語と文字を考える』(日本のローマ字社(編)) くろしお出版,2024年4月25日.62--73頁.
「#5826. 大学院授業で helito をプレイしました --- お題は「英語史用語」」 ([2025-04-09-1]) で紹介したカードゲーム ito (イト)が,hel活界隈で流行ってきています.
heldio/helwa のコアリスナー lacolaco さんが note 記事「英語史×ボードゲーム "helito" やってみた ー helwa 高崎オフ会」でこのゲームを紹介された後,私が上記の hellog 記事を書き,さらにリスナーの川上さんが note で「高校生の「英語のなぜ」やってます通信【番外編1 ito】を公表しました.裏情報ですが,寺澤志帆さんも英語の授業で使用し,みーさんや umisio さんも ito を購入してスタンバイができている状態であると漏れ聞いています.そして,私ももう1つの別の授業で helito を投入しようと思案中です.
ito は,プレイヤー各自が配られた数字カード (1--100) をお題に沿って表現し合い,価値観を共有する助け合いゲームです.言語学用語でいえば「プロトタイプ」 (prototype) を確認しあうことそのものを楽しむゲームとも表現できるかもしれません.英語史で helito するには,どのようなお題がふさわしいか.AIの力も借りながら,いくつかお題案を考えてみました.
(1) 古英語っぽさ・現代英語っぽさ
単語のもつ雰囲気,発音,綴字などから,古英語寄り(1に近い数)か現代英語寄り(100に近い数)かを判断します.例えば,(ge)wyrd (運命)は古英語らしさ(1点)を,globalization (グローバル化)は現代英語らしさ(100点)を感じさせるかもしれません.古英語や中英語の知識が試されます.
(2) 借用語が借用された時期
英語に入った借用語 (loan_word) について,その借入時期の古さ・新しさを判定します.例えば,ラテン語由来の street や古ノルド語由来の sky は古く(1に近い),日本語由来の sushi や anime は非常に新しい(100に近い)借用といえます.英単語の語源の知識が試されます.
(3) 語種
英語の語彙を,主要な系統(すなわち語種)に基づき分類します.ゲルマン語派 (germanic),フランス語 (french),ラテン語 (latin),ギリシア語 (greek)などをひとまず想定しましょう.man のようなゲルマン系の基本語であれば1点に近く,justice のようなフランス借用語は50点付近,philosophy のような学術語は100点に近づく,などの尺度が考えられます.英語語彙の「3層構造」を理解している必要があります.ただ,必ずしも綺麗な連続体にならないので,ゲームとしては少々苦しいかもしれません.
(4) 「食」に関する語彙
(3) の応用編ともいえますが,語彙のテーマを「食」に絞った応用編です.ゲルマン系の素朴な食材を表わす語(bread など)と,フランス語由来の洗練された食文化を体現する語(cuisine など)を対比させます.著名な cow (動物・ゲルマン系) vs. beef (食肉・フランス系) のような対立もこのお題で扱えそうです.このようなテーマ別の語彙に基づく helito では,語彙と語源の豊富な知識が必要であり,難易度はかなり高いかもしれません.
その他,helito にはどのようなお題が考えられるでしょうか.

4月7日の記事「#5824. 近刊『ことばと文字』18号の特集「語彙と文字の近代化 --- 対照言語史の視点から」」 ([2025-04-07-1]) で紹介した特集へ,私も一編の論考を寄稿しています.テーマは「英語語彙の近代化 --- 英語史におけるギリシア借用語」です.以下に内容をマインドマップ化したものを示します(画像としてはこちらをどうぞ).
B&C の第61節を helwa 伊香保温泉オフ会にてヘルメイト8名で超精読した様子をお伝えするシリーズの第3弾(最終回)です.今朝の Voicy heldio で「#1409. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (61-3) Effects of Christianity on English Civilization」を配信しました.お付き合いいだける方は,ぜひコメントを寄せていただき,一緒によりよい読みを作り上げていきましょう.なお,第1弾と第2弾については,以下を参照ください.
【第1弾】「#5817. B&C の第61節 "Effects of Christianity on English Civilization" (1) --- 超精読会を伊香保温泉よりお届け」 ([2025-03-31-1])
【第2弾】「#5822. B&C の第61節 "Effects of Christianity on English Civilization" (2) --- 超精読会を伊香保温泉よりお届け」 ([2025-04-05-1])
今回第3弾では第61節の後半部分を精読しました.30分かけてたっぷり議論しています.
His most famous pupil was the Venerable Bede, a monk at Jarrow. Bede assimilated all the learning of his time. He wrote on grammar and prosody, science and chronology, and composed numerous commentaries on the books of the Old and New Testament. His most famous work is the Ecclesiastical History of the English People (731), from which we have already had occasion to quote / more than once and from which we derive a large part of our knowledge of the early history of England. Bede's spiritual grandchild was Alcuin, of York, whose fame as a scholar was so great that in 782 Charlemagne called him to be the head of his Palace School. In the eighth century, England held the intellectual leadership of Europe, and it owed this leadership to the church. In like manner, vernacular literature and the arts received a new impetus. Workers in stone and glass were brought from the continent for the improvement of church building. Rich embroidery, the illumination of manuscripts, and church music occupied others. Moreover, the monasteries cultivated their land by improved methods of agriculture and made numerous contributions to domestic economy. In short, the church as the carrier of Roman civilization influenced the course of English life in many directions, and, as is to be expected, numerous traces of this influence are to be seen in the vocabulary of Old English.
B&C読書会の過去回については「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) をご覧ください.今後もゆっくりペースですが,続けていきます.ぜひ本書を入手し,超精読にお付き合いいただければ.

・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
今朝の Voicy heldio の配信回「#1406. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (61-2) Effects of Christianity on English Civilization」との連動記事です.先日,helwa 伊香保温泉オフ会にて,参加者8名で英書の超精読回を開きました.第1弾は3月31日の記事「#5817. B&C の第61節 "Effects of Christianity on English Civilization" (1) --- 超精読会を伊香保温泉よりお届け」 ([2025-03-31-1]) でお伝えした通りですが,今回は第2弾となります.
今回注目したのは,第61節の中程の以下の8文からなるくだりです.それほど長くない箇所ですが,22分ほどかけて精読し議論しています.
A decade or two later, Aldhelm carried on a similar work at Malmesbury. He was a remarkable classical scholar. He had an exceptional knowledge of Latin literature, and he wrote Latin verse with ease. In the north, the school at York became in time almost as famous as that of Canterbury. The two monasteries of Wearmouth and Jarrow were founded by Benedict Biscop, who had been with Theodore and Hadrian at Canterbury and who on five trips to Rome brought back a rich and valuable collection of books. His most famous pupil was the Venerable Bede, a monk at Jarrow. Bede assimilated all the learning of his time. He wrote on grammar and prosody, science and chronology, and composed numerous commentaries on the books of the Old and New Testament.
B&C読書会の過去回については「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) をご覧ください.

・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
<ch>≡/k/ を表わす例は,一般にギリシア語からの借用語にみられるとされる.中英語などに <c> などで取り込まれたものが,初期近代英語期にかけて語源的綴字 (etymological_respelling) の原理によって,ギリシア語風に <ch> と綴り直された例も少なくないものと思われる.Carney (219--20) の説明に耳を傾けよう.
Distribution of <ch>
The <ch> spelling of /k/ is restricted almost entirely to §Greek words: archaeology, archaism, archangel, architect, archive, bronchial, catechism, chaos, character, charisma, chasm, chemist, chiropody, chlorine, choir, cholesterol, chord, chorus, christian, chromium, chronic, cochlea, echo, epoch, eunuch, hierarchy, lichen, malachite, matriarch, mechanic, monarch, ochre, oligarch, orchestra, orchid, pachyderm, patriarch, psyche, schematic, stochastic, stomach, strychnite, technical, trachea, triptych, etc. This is by no means a compete list, but it serves to show the problems of using subsystems in deterministic procedures. Some words with <ch>≡/k/ have been in common use in English for centuries (anchor, school) and came by way of Latin rather than directly from Greek. Lachrymose and sepulchre are strictly Latin in origin, but were mistakenly thought in antiquity to have a Greek connection. Many words with <ch>≡/k/ are highly technical complex words used by scientists for whom the constituent §Greek morphemes, such as {pachy} or {derm}, have a separate semantic identity. In some cases the Greek meanings are irrelevant to the technical use of the words since they involve obscure metaphors. One does not normally need to know that orchids have anything to do with testicles --- it's actually the shape of the roots. There appear to be no explicit phonological markers of §Greek-ness in the words listed above. The morphological criterion of word-formation potential is the best marker, but this works best with the technical end of the range. We can hardly cue the <ch> in school by calling up scholastic.
興味深いのは lachrymose や sepulchre などは本来はラテン語由来なのだが,誤ってギリシア語由来と勘違いされて <ch> と綴られている,というくだりだ.ラテン語においてすら,ギリシア語に基づいた語源的綴字があったらしいということになる.せめて綴字においてくらいは威信言語にあやかりたいという思いは,多くの言語文化や時代において共通しているのだろうか.
・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
今朝の Voicy heldio で「#1401.英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (61-1) Effects of Christianity on English Civilization」を配信しました.週末に開催された helwa の高崎・伊香保温泉オフ会活動の一環として,昨朝,伊香保温泉の宿で収録した超精読会の前半部分をお届けしています.
今回も前回に引き続き Taku さんこと金田拓さん(帝京科学大学)に司会をお願いしています.7名のヘルメイトの方々と温泉宿で超精読会を開くというのは,これ以上なく豊かな時間でした.読書会は90分の長丁場となったので,収録音源も3回ほどに分けてお届けしていこうと思います.今回は第1弾で,45分ほどの配信となりますす.
第61節の内容は,7世紀後半から8世紀のアングロサクソンの学者列伝というべきもので,いかにキリスト教神学を筆頭とする諸学問がこの時期のイングランドに花咲き,大陸の知的活動に影響を与えるまでに至ったかが語られています.英文そのものも読み応えがあり,深い解釈を促してくれますが,何よりも同志とともに議論できるのが喜びでした.
今朝の配信回で対象とした部分のテキスト(Baugh and Cable, p. 80) を以下に掲載しますので,ぜひ超精読にお付き合いください.
61. Effects of Christianity on English Civilization.
The introduction of Christianity meant the building of churches and the establishment of monasteries. Latin, the language of the services and of ecclesiastical learning, was once more heard in England. Schools were established in most of the monasteries and larger churches. Some of these became famous through their great teachers, and from them trained men went out to set up other schools at other centers. The beginning of this movement was in 669, when a Greek bishop, Theodore of Tarsus, was made archbishop of Canterbury. He was accompanied by Hadrian, an African by birth, a man described by Bede as "of the greatest skill in both the Greek and Latin tongues." They devoted considerable time and energy to teaching. "And because," says Bede, "they were abundantly learned in sacred and profane literature, they gathered a crowd of disciples ... and together with the books of Holy Writ, they also taught the arts of poetry, astronomy, and computation of the church calendar; a testimony of which is that there are still living at this day some of their scholars, who are as well versed in the Greek and Latin tongues as in their own, in which they were born."
B&C読書会の過去回については「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) をご覧ください.

・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
昨日の記事「#5783. ギリシア語の連結辞 (connective) -o- とラテン語の連結辞 -i-」 ([2025-02-25-1]) で取り上げた -o- について,Kruisinga (II. 3, p. 7) が何気なさそうに鋭いことを指摘している.
1587. In literary English there is a formal way of distinguishing compounds from groups: the use of the Greek and Latin suffix -o to the first element:
Anglo-Indian, Anglo-Catholic, the Franco-German war, the Russo-Japanese war.
Of course, this use, though quite common, is of a learned character, clearly contrary to the natural structure of English words.
冒頭の "a formal way of distinguishing compounds from groups" がキモである.単語に相当する要素を2つ並べる場合,形態的に組み合わせると複合語 (compound) となり,統語的に組み合わせると句 (phrase) となる.別の言い方をすると,複合語は1語だが,句は2語である.言語学上の存在の仕方が異なるのだが,形態論的に何が異なるのかと問われると,回答するのに少し時間を要する.
発音してみれば,強勢位置が異なるという例はあるだろう.よく引かれる例でいえば bláckbòard (黒板)は複合語だが,black bóard (黒い板)は句である(cf. 「#4855. 複合語の認定基準 --- blackboard は複合語で black board は句」 ([2022-08-12-1])).綴字でもスペースを空けるか否かという区別がある.しかし,これらは韻律や正書法における区別であり,形態論上の区別というわけではない.複合語と句を分ける形態論上の方法は,意外とないのかもしれない.
逆にそのことに気付かせてくれたのが,上の引用だった.なるほど,連結辞 -o- が2要素間に挿入されていれば,その全体は句ではなく複合語であると判断できる.また,統語的な句を作るときに「つなぎ」として -o- を用いる例は存在しないだろう(少なくとも,思い浮かべられない).すると,連結辞 -o- はすぐれて形態論的な要素であり標識である,ということになる.
・ Kruisinga, E A Handbook of Present-Day English. 4 vols. Groningen, Noordhoff, 1909--11.
「#552. combining form」 ([2010-10-31-1]) にて,連結形の形態論上の問題点を挙げた.その (3) で「anthropology は anthrop- と -logy の combining form からなるが,間にはさまっている連結母音 -o- は明確にどちらに属するとはいえず,扱いが難しい」として取り上げた.この -o- というのは何だろうか.
『英語語源辞典』語源を探ると,ギリシア語において合成語(=複合語)の第1要素と第2要素を結ぶ「連結辞」 (connective) とある.さらに正確にいえば,ギリシア語の名詞・形容詞の語幹形成母音にさかのぼる.aristocracy, philosophy, technology にみられる通り,本来はギリシア語要素をつなげるケースに特有だったが,後にラテン語やその他の諸言語の要素を結ぶ場合にも利用されるようになった.
一般の複合語のほか,Anglo-French, Franco-Canadian, Graeco-Latin, Russo-Japanese のように同格関係を表わす複合語 (dvandva) にもよく用いられる.英語の語形成の歴史では,この種の複合語は比較的新しいものであり,小さなギリシア語連結辞 -o- の果たした役割は決して小さくない.これについては「#4449. ギリシア語の英語語形成へのインパクト」 ([2021-07-02-1]) を参照.
同様の連結辞として,ギリシア語ではなくラテン語に由来する -i- もある.英語に入ってきた複合語として omnivorous, pacific, uniform などがある.問題の -i- は最初の2単語については語幹の一部としてあった.しかし,最後の語についてはなかったので,純粋に連結辞として機能していたことになる.
いずれの連結形も古典語に由来し,フランス語を経て,英語にも入ってきた.現代英語における共時的な役割としては「つなぎの母音」ととらえておいてよいだろう.科学用語を中心として広く用いられるようになった偉大なチビ要素である.
・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』新装版 研究社,2024年.
昨日の記事「#5779. 連結形は語に対応する拘束形態素である」 ([2025-02-21-1]) で,連結形 (combining_form) に注目した.今回も引き続き注目していくが,『新英語学辞典』の解説を読んでみよう.
combining form 〔文〕(連結形) 複合語,時に派生語を造るときに用いられる拘束的な異形態をいう.英語の本来語では語基 (BASE) と区別がないが,ギリシア語・ラテン語に由来する形態の場合は連結形が独自に存在するのがふつうである.連結上の特徴から見ると前部連結形(例えば philo-)と後部連結形(例えば -sophy)とに分けることができる.接頭辞,接尾辞のような純粋な拘束形式と異なり,連結形は互いにそれら同士で結合したり,あるいは接辞をとることもできる.
おおよそ昨日の記述と重なるが,「英語の本来語では語基 (BASE) と区別がない」の指摘は比較言語学的にも対照言語学的にも興味深い.英語では,古い段階の古英語ですら,語 (word) の単位がかなり明確で,語とは別に語幹 (stem) や語根 (root) を切り出す共時的な動機づけは比較的弱い.
それに対して,ギリシア語やラテン語などの古典語では,英語に比べて屈折がよく残っており,これを反映して,形態的に独立した語とは異なる非独立的な連結形が存在する.
西洋古典語の連結形と関連して思い出されるのは,古代日本語の非独立形あるいは被覆形と呼ばれる形態だ.「#3390. 日本語の i-mutation というべき母音交替」 ([2018-08-08-1]) で導入した通り,例えば「かぜ」(風)と「かざ」(風見),「ふね」(船)と「ふな」(船乗り),「あめ」(雨)と「あま」(雨ごもり)のように,独立形と,複合語を作る際に用いられる非独立形の2系列があった.歴史的には音韻形態論的な変化の結果,2系列が生じたのだが,西洋古典語の連結形についても同じことがいえるかもしれない.
・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.
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