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5月14日,大修館書店より月刊誌『英語教育』の6月号が発売されました.今年度,同僚の井上逸兵さん(慶應義塾大学教授)とともに配信している YouTube 「いのほた言語学チャンネル」をベースとして,連載企画「いのほた言語学チャンネル PRESENTS 英語を深める社会言語学・英語史の視点」を始めています.
連載第3回となる今回は,私がメイン執筆者として「英語史の3つの扉:ことばの考察に通時的な次元を復活させる」を書いています.前号の井上さんによる「社会言語学の3つの扉:人はことば「で」何をしているのか」への返答のような形になります.井上さんからの温かいコメントも最後に付いた文章です.
今回の記事タイトルは,前号の井上さんの記事タイトルへのオマージュ(いや,パロディというべきでしょうか)として生まれたものです.井上さんがそう来るなら,私としては「英語史の3つの扉」しかない,と直感し,先にタイトルが決まりました.では,その3つとは何か.それは後から考え出すという,いかにも「いのほた」らしいライブ感のある記事執筆です.
記事では,英語史への3つの入口として,「比較言語学」 (),「文献学」 (philology),「歴史言語学」 (historical_linguistics) を取り上げています.第1の扉「比較言語学」では,文献に残らない祖語の姿を「再建」 )という手法によって浮かび上がらせる営みを論じました.第2の扉「文献学」では,1文字・1語に宿る言語的・社会的文脈を丁寧に読み解くことの醍醐味を述べています.そして第3の扉「歴史言語学」では,言語変化 (language_change) のメカニズムを体系的に追う視点を紹介しました.3者はそれぞれ異なる分野でありながらも「社会と言語の接点」という点で通底しています.この締めくくりによって,社会言語学を専門とされる井上さんとのコラボ的なエッセイとして仕上げることができたかな,と感じています.
なお,本連載は月々メイン執筆者を交代するスタイルをとっており,サブの側がコメントを数行添える形式をとっています.今回,井上さんからは「英語史ってロマンですねー」という言葉をいただきました.「いのほた言語学チャンネル」のゆるいライブ感を,誌面でも少しずつ体現できているとすれば,望外の喜びです.
本連載記事と関連して,heldio でも先日「#1812. 英語史の3つの扉 --- 『英語教育』の「いのほた連載」第3弾より」としてお話ししました.あわせてお聴きください.
・ 井上 逸兵・堀田 隆一 「いのほた言語学チャンネル PRESENTS 英語を深める社会言語学・英語史の視点 第3回 英語史の3つの扉:ことばの考察に通時的な次元を復活させる」『英語教育』2026年6月号,大修館書店,2026年5月14日.44--45頁.
ある言語変種が言語なのか方言なのかという問題は,(社会)言語学の古くて新しい問題である.本ブログでも language_or_dialect の各記事で議論してきた.昨日取り上げた「#6215. Scots と Scottish English の区別について」 ([2026-05-03-1]) についていえば,1つめの Scots が,とりわけこの問題と関わってくる.Scots は English とは異なる1つの言語とみなすべきなのか,あるいは English の1方言なのか.
ここには言語学的な考慮以上に,社会的な要素,とりわけ政治的な要素が関わる.昨日引用した McClure (23--24) は,続く段落でこの問題に触れつつ,同時に柔らかく回避している.以下,じっくり読んでいただきたい.
Uniquely among Old English-derived speech forms other than standard literary English, Scots has a claim to be regarded as a distinct language rather than a dialect, or latterly a group of dialects, of English. This claim has been, and continues to be, the subject of serious, reasoned and at times heated debate, at both popular and scholarly level . . . : a debate which embraces historical, political, social and literary as well as linguistic issues and has important implications in the field of education. However, it is beyond the scope of the present chapter, for the purposes of which it is sufficient to note that Scots, being descended from Old English and sharing in the general history of West Germanic speech in the British Isles, is appropriately considered as part of 'English' in the purely linguistic sense of the term. That Scottish English, as opposed to Scots, is a form of English is of course non-controversial. The distinction between Scots and Scottish English, which though not always clear in practice is soundly based on historical facts, should be borne in mind throughout the chapter.
Scots が "purely linguistic" な観点からは English の仲間だというのは適切だ,と述べられている.しかし,裏を返せば,"historical, political, social and literary" な観点からは重要な論点であり続けている,ということだろう.
・ McClure, J. Derrick. "English in Scotland." The Cambridge History of the English Language. Vol. 5. Ed. Burchfield R. Cambridge: CUP, 1994. 23--93.
「#6207. 英語における Scots 「スコッツ語」の初例」 ([2026-04-25-1]) でも少し話題にしたが,標題の Scots と Scottish English の用語・概念上の区別は,ややこしい.この区別を理解するには,まずこれらの変種の歴史を学ばなければならないからだ.
言語学的な特徴に照らして2つの変種が異なるものである,と議論することはある程度可能だが,互いに類似している点や影響を与え合ってきた経緯もあり,必ずしもきれいに区別できるわけではない.むしろ,各変種が置かれてきた社会言語学的文脈を参照して,つまり時代性,標準の有無,話し言葉と書き言葉のメディアの違い,話者のアイデンティティなどの要因を参照して,2つの変種が区別されているものとして捉えるほうが,適切だろう.
MaClure (23) は,スコットランドにおける英語を概説する文章の冒頭で,この2つの区分を次のように導入している.
Insular West Germanic speech was first established in what is now Scotland in the sixth century. Two phases are clearly identifiable in its history: the first includes the emergence of a distinctively Scottish form, developing independently of the Northern dialect of England though like it derived from Northumbrian Old English, and its attainment to the rank of official language in an autonomous nation-state; and the second, the gradual adoption in Scotland of a written, and subsequently also a spoken, form approximating to those of the English metropolis, with consequent loss of status of the previously existing Scottish tongue. In the course of the linguistic history of Scotland, that is, first one and then two speech forms, both descended from Old English, have been used within the national boundaries. For convenience we will choose to designate the first Scots and the second Scottish English. This situation has no exact parallel in the English-speaking world.
最後に指摘されている通り,古英語に由来する2つの変種が,現代まで並び立って使い続けられている歴史をもつ地域は,世界を探してもほかにない.世界諸英語 (world_englishes) を視野に入れた歴史を考えるとき,スコットランドは特殊な事例を提供してくれるのである.
・ McClure, J. Derrick. "English in Scotland." The Cambridge History of the English Language. Vol. 5. Ed. Burchfield R. Cambridge: CUP, 1994. 23--93.
4月25日(土),PIVOT TALK にて「【世界の英語と日本人】英語の始まりは5世紀半ば/20億人超まで広がった理由/英語は語彙が多い/英語が分裂していくシナリオ/標準化の挫折/AI時代にも英語学習は必要か?/10年後の英語と日本人」と題する YouTube 動画が配信されました.英語史研究者の寺澤盾先生(青山学院大学教授,東京大学名誉教授)がゲストとしてお話しされている,50分ほどの貴重な対談です.
お話しの内容は,1ヶ月ほど前に寺澤先生が中公新書として上梓された『世界の英語 --- 5大陸に広がる多様な Englishes』を紹介しつつ,日本の英語学習者の皆が尋ねたくなる質問群に,英語史や世界英語 (world_englishes) の観点から答えられています.
動画の内容は多岐にわたりますが,とりわけ重要なトピックをいくつかご紹介しましょう.
まず,英語がなぜこれほどまでに拡大したのかという問いに対し,寺澤先生は「言語的な特徴によるものではなく,あくまで社会的・歴史的な要因である」と明快に答えられています.5世紀半ばには数十万人規模のマイナー言語に過ぎなかった英語が,1600年頃(シェイクスピアの時代)には600万人,そして現代では20億人を超える話者を抱えるに至った背景には,大英帝国の覇権と,それに続く米国の台頭というパワーの基盤があったという指摘です.
また,現代の英語の状況を Kachru の「同心円モデル」を用いて解説し,非母語話者が母語話者を圧倒的に上回る(約8割が非母語話者!)という現状を浮き彫りにしています.これにより英語はもはや母語話者の独占物ではなくなっている,というパラダイム・シフトに言及されています.
英語をめぐる今後の展望についても刺激的なお話しがありました.英語が各地で独自に進化し分裂していく「遠心力」と,共通語 (lingua_franca) として標準化・簡略化を目指す「求心力」のせめぎ合いについて触れ,さらにはAI同時通訳の発展が英語の地位をどう変えるかという点にも踏み込んでいます.
最後に,日本人が英語とどう向き合うべきかという議論では,話し言葉に関しては特定のネイティブ英語に固執するのではなく,多様な複数形の Englishes を許容する姿勢の大切さを説いています.一方で書き言葉においては依然として標準的な文法や綴字の知識が信頼の指標となるという,現実的でバランスの取れた視点を提供してくれています.
今回の寺澤先生のご出演は,世界英語という現代的な話題も視野に収めた英語史という学問が単なる過去の記録ではなく,現代社会を読み解き,私たちの未来の指針を示すための生きた知恵であることを改めて実感させてくれるものです.50分という動画の時間は一見長く感じられるかもしれませんが,寺澤先生の落ち着いた,かつ情熱的な語り口に引き込まれ,あっという間に過ぎてしまうはずです.
そして,この動画で興味を持たれた方は,ぜひ中公新書より刊行されたばかりの『世界の英語』を手に取ってみてください.寺澤先生による『英語の歴史』,『英単語の歴史』に続く3部作の3番目となる本書は,世界各地で変容し続ける英語のダイナミズムを網羅的に描き出した決定版です.動画と合わせて読むことで,英語という言語がもつ4次元的な広がりが,より鮮明に見えてくることでしょう.hellog 読者の皆さんにも強くお薦めしたい1冊です.
・ 寺澤 盾 『世界の英語 --- 5大陸に広がる多様な Englishes』 中央公論新社〈中公新書〉,2026年.
私たちが日頃英語と呼んでいるものは,たいていイングランド南部の方言に基づいて発展してきた標準英語 (Standard English) にほかなりません.しかし,一歩視点を北へ転じ,スコットランドで話されてきた/いる英語変種 (Scots or Scottish English) に目を向けると,そこには標準英語のパラレルワールドというべき世界と歴史が広がっています.
本記事では,スコットランドに暮らした/暮らしている経験のある私の贔屓目が効いていることを認めつつ,なぜ Scots とその歴史について知っておくとよいのか,ポイントを整理してみたいと思います.
Scots とその歴史に注目すべき第1の理由は,Scots が標準英語を相対化するための鏡になり得るという点です.Scots は,イングランドの英語変種を除けば,古英語に直接由来する唯一の英語変種です.ある角度から評すれば,Scots は比較言語学的に English と最も近い言語といえるのです.私たちが学習の目標としている英語が現在の姿になったのは,歴史の必然ではなく,偶然の結果にすぎません.例えば,Scots では大母音推移 (gvs) が部分的にしか起こっておらず,house を古英語以来の音に近い [huːs] と発音したり,長音を表すのに <i> の母音字を添える独自の綴字習慣を持っていたりします.また,現在形の動詞には,主語の人称に限らず軒並み -is が現われるなど,Scots は文法面でも独自の変化を遂げてきています.歴史が異なっていれば,標準英語もあるいはこうなっていたかもしれない,という仮の姿を Scots に見ることで,私たちは標準英語を絶対視せず,斜めから眺める視点を手に入れることができるのです.
第2に,Scots の歴史は English の歴史に負けず劣らず,言語接触の効果を評価する格好の材料である,という点です.Scots の語彙や表現には,8世紀後半から11世紀のヴァイキング侵攻と関連する古ノルド語の影響,13--14世紀のスコットランド独立運動と関係の深いフランスとの「古来の同盟」(Auld Alliance)がもたらした独自のフランス借用語,そして15世紀に花咲いたラテン語を駆使した華麗な文体 (aureate diction) が刻み込まれています.さらに古くは,ケルト語の基盤もあるわけで,Scots はこの土地における英語史の複雑さを体現する存在となっているのです.
第3に,Scots には豊かな文学的伝統があります.Robert the Bruce や William Wallace といった中世の英雄に関する物語から,近代の夜明けである15--16世紀の Robert Henryson や William Dunbar などのスコットランドにおけるチョーサーを信奉する詩人たち,そして後期近代の国民的詩人 Burns や作家 Scott に至るまで,Older/Modern Scots で書かれた珠玉の作品が残っています.Scots を学ぶことで,このような言葉の宝ものを直接味わうことができる喜びは格別です.Scots 特有の音楽的な響きは,単なる情報伝達の道具を超えた言語の魅力を,私たちに教えてくれます.
さらにいえば,Scots の歴史はスコットランドという枠を超えて世界史ともつながっています.Scots-Irish がアメリカ移民史に果たした役割は,いうまでもなく重要です.また,近代日本に計り知れない政治的・経済的影響を与えた,Thomas Blake Glover をはじめとするスコットランドの起業家たちの足跡を考えるとき,彼らの背景にあった言語的アイデンティティを無視することはできません.Scots という英語変種には,国家アイデンティティと言語の関係,あるいは書き言葉と話し言葉が異なるメディアとしていかに機能するかという社会言語学的諸問題が凝縮されてといってよいでしょう.
Scots とその歴史を学ぶことは,単に1つの非標準英語変種に詳しくなることではありません.それは,英語という言語が示し得た別の可能性,パラレルワールドに思いを馳せ,言語接触,言語交替,規範化の過程を批判的に捉え直す機会でもあるのです.
以上,スコットランド贔屓の目線から書きました.お目こぼしを.関連して「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) も参照.

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4月14日,大修館書店より月刊誌『英語教育』の5月号が発売されました.今年度,同雑誌において,同僚の井上逸兵さん(慶應義塾大学教授)とともに,新しい連載企画「いのほた言語学チャンネル PRESENTS 英語を深める社会言語学・英語史の視点」を始めています.今回は連載第2回となり,井上さんがメインとなり「社会言語学の3つの扉:人はことば「で」何をしているのか」と題して,社会学の入門となる文章を書かれています.最後に,私も少しコメントしています.
前回の4月号(第1回)は,イントロとして「いのほた」対談形式でお届けしましたが,今月号からは交互にメインライターを務める趣向です.今月は井上さんが「社会言語学」 (sociolinguistics) のエッセンスを鮮やかに切り出しており,来月は私が「英語史」の観点から主筆を担当し,お互いに数行のコメントを寄せ合うという,まさに YouTube チャンネルの空気感を紙面に再現するような構成になっています.
今回の井上さんの記事の白眉は,「3つの扉」という切り口です.社会言語学という広大な領域を,(私流の解釈によれば) (1) 変異,(2) 人間関係,(3) 空気という3点で整理されています.人はことば「を」どう使うかという受動的な記述にとどまらず,副題にある通り,人はことば「で」何をしているのかという能動的・積極的な側面を強調されているのが,実に井上さんらしい視点だなと感じます.
とりわけ第1の扉である「変異」 (variation) は,言語変化を扱う歴史言語学や英語史と極めて親和性が高い領域です.歴史的に見れば,ある時代の「変異」が積み重なり,やがて「変化」へと結びついていくからです.この点については語りだすと止まらなくなるのですが,ぜひ本誌をお手に取っていただければと思います.
実をいえば,この連載は YouTube の「いのほた言語学チャンネル」と同様,あえてガチガチに12回分の計画を固めすぎないようにしています.もちろん大まかな構想はありますが,読者の皆さんの反応や,相方の出方を伺いながら,その都度フレキシブルにテーマを選んでいくという,ライブ感を大切にするスタイルをとっています.井上さんがこう来たならば,次は私はこう返そう……というインタラクションこそが,この連載の醍醐味と言えると思います.次回の6月号では私が主役を務める番ですが,今回の井上さんの「3つの扉」に触発されて,その英語史版をパロディとして書いてみようと思っています.社会言語学と英語史がどのように交差し,響き合うのか.まずは発売中の5月号にて,井上さんによる社会言語学の切り方を堪能してください.
本連載に関連して,heldio でも「#1783. 『英語教育』の「いのほた連載」第2弾」としてお話ししています.あわせてお聴きいただければ.
・ 井上 逸兵・堀田 隆一 「いのほた言語学チャンネル PRESENTS 英語を深める社会言語学・英語史の視点 第2回 社会言語学の3つの扉:人はことば「で」何をしているのか」『英語教育』2026年5月号,大修館書店,2019年4月14日.44--45頁.

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昨日3月13日,大修館書店より月刊誌『英語教育』の4月号が発売されました.今月号より,同僚の井上逸兵さん(慶應義塾大学教授)とともに,新しい連載企画「いのほた言語学チャンネル PRESENTS 英語を深める社会言語学・英語史の視点」が始まっています.
本連載は,2人で配信している YouTube 「いのほた言語学チャンネル」から派生した連載企画です.早いもので YouTube での活動も4年を超えましたが,動画でお届けしてきた言葉のダイナミズムや楽しさを,今度は誌面を通じてもお届けしたいと考えています.
連載の趣旨としては,英語教員の方々はもちろん,英語を学ぶすべての読者の皆さんに,社会言語学と英語史という2つのレンズを通して,英語という言語の奥深い魅力を再発見していただくことにあります.見開き2ページというコンパクトな形式ですが,2人の対談回もあれば,片方がトピックを提供してもう片方がコメントを寄せる回もあるなど,バラエティに富んだコンテンツとなっていく予定です.
第1回は「言語学・英語学の世界にようこそ」と題し,2人の自己紹介とともに本シリーズの狙いについてお話ししています.社会言語学がどのように私たちのコミュニケーションに関わるのか,あるいは英語史がいかにして現代英語の「なぜ?」に光を当てるのか,そのエッセンスを詰め込みました.
また,「いのほた」コンビによる出版物としては,昨年10月に『言語学でスッキリ解決! 英語の「なぜ?」』(ナツメ社)も刊行されています.こちらも連載と合わせてお読みいただけますと幸いです.
英語という言語を,単なる暗記の対象としてではなく,人間が作り上げてきた生き生きとした文化装置として捉え直す.そんな知的な冒険を,毎月の連載を通じて読者の皆様と共有できればと願っています.
新年度にむけて,英語(史)の世界を深めていきたいという方は,ぜひ毎月13日前後の『英語教育』の連載をお見逃しなく!
・ 井上 逸兵・堀田 隆一 「いのほた言語学チャンネル PRESENTS 英語を深める社会言語学・英語史の視点 第1回 言語学・英語学の世界にようこそ」『英語教育』2026年4月号,大修館書店,2019年3月13日.42--43頁.
・ 井上 逸兵・堀田 隆一 『言語学でスッキリ解決!英語の「なぜ?」』 ナツメ社,2025年.
昨日の記事「#6146. いのほたで register を紹介しました」 ([2026-02-23-1]) に引き続き,register という用語について.言語学用語としての register の初例を調べるべく,OED に当たってみた.語義 II.9.c がそれに当たり,初出年は1956年とある.この語義の定義と例文をすべて OED から引用する.
II.9.c. Linguistics. In language: a variety or level of usage, esp. as determined by social context and characterized by the range of vocabulary, pronunciation, syntax, etc., used by a speaker or writer in particular circumstances.
1956 He will on different occasions speak (or write) differently according to what may roughly be described as different social situations: he will use a number of distinct 'registers'. (T. B. W. Reid in Archivum Linguisticum vol. 8 32)
1962 Interference may..vary according to the social role of the speaker in any given case. This is what the Edinburgh School has called register. (Canadian Journal of Linguistics vol. 7 69)
1966 Varieties of English distinguished by use in relation to social context are called registers. (G. N. Leech, English in Advertising vii. 68)
1971 A novel, then, can be seen as an amalgam of registers within a wider register of literary endeavour. (P. Young in J. Spencer, English Language in West Africa 173)
1972 Chaucer must therefore have used what was, for the London of his time, a more formal, possibly more archaic, register. (Notes & Queries December 446/2)
1977 They are aware..of the idea of 'varieties' of English, and they probably know the term 'register'---a variety related to a particular use of the language, a particular subject or occupation. (P. Strevens, New Orientations in Teaching of English x. 119)
1991 An unexpected bonus is a bilingual section on letter-writing in both formal and informal registers. (Times Educational Supplement 15 March 49/2)
2004 This marker is very often used by Catalan speakers in colloquial register when the speech formality is low. (M. González, Pragmatic Markers in Oral Narr. vi. 224)
初例の典拠となっている Reid の論文に当たってみると,次のようにあった (32) .
Even if we possessed a separate repertory of utterances for each of the groups of speakers into which the French speech community must be divided, we should still be unable to establish a single linguistic system for any one group. For the linguistic behaviour of a given individual is by no means uniform; placed in what appear to be linguistically identical conditions, he will on different occasions speak (or write) differently according to what may roughly be described as different social situations: he will use a number of distinct "registers"[note 2]
note 2: cf. the levels of diction, indicated in the Report of the Commission set up by the International Council for Philosophy and Humanistic Studies quoted by Professor J. R. Firth in Transactions of the Philological Society. 1951, p.81.
Reid (1901--81) はオックスフォード大学の教授で,ロマンス語学を専攻していた.引用注にもあるとおり,アイディア自体は Firth の "levels of diction" に遡るが,それを Reid が "register" と名付けなおしたということのようだ.その70年後に「いのほた」でも主題として取り上げられるほどに重要な用語に成長したことになる(cf. 「#404. エンレジスタメント(enregisterment・レジスター化)とレジスターーコンビニ敬語,ファミレス敬語を社会言語学から見ると?」).
・ Reid, T. B. W. "Linguistics, Structuralism and Philology." Archivum Linguisticum 8.1 (1956): 28--37.
昨日の記事「#6146. いのほたで register を紹介しました」 ([2026-02-23-1]) に引き続き,register という用語について.言語学用語としての register の初例を調べるべく,OED に当たってみた.語義 II.9.c がそれに当たり,初出年は1956年とある.この語義の定義と例文をすべて OED から引用する.
II.9.c. Linguistics. In language: a variety or level of usage, esp. as determined by social context and characterized by the range of vocabulary, pronunciation, syntax, etc., used by a speaker or writer in particular circumstances.
1956 He will on different occasions speak (or write) differently according to what may roughly be described as different social situations: he will use a number of distinct 'registers'. (T. B. W. Reid in Archivum Linguisticum vol. 8 32)
1962 Interference may..vary according to the social role of the speaker in any given case. This is what the Edinburgh School has called register. (Canadian Journal of Linguistics vol. 7 69)
1966 Varieties of English distinguished by use in relation to social context are called registers. (G. N. Leech, English in Advertising vii. 68)
1971 A novel, then, can be seen as an amalgam of registers within a wider register of literary endeavour. (P. Young in J. Spencer, English Language in West Africa 173)
1972 Chaucer must therefore have used what was, for the London of his time, a more formal, possibly more archaic, register. (Notes & Queries December 446/2)
1977 They are aware..of the idea of 'varieties' of English, and they probably know the term 'register'---a variety related to a particular use of the language, a particular subject or occupation. (P. Strevens, New Orientations in Teaching of English x. 119)
1991 An unexpected bonus is a bilingual section on letter-writing in both formal and informal registers. (Times Educational Supplement 15 March 49/2)
2004 This marker is very often used by Catalan speakers in colloquial register when the speech formality is low. (M. González, Pragmatic Markers in Oral Narr. vi. 224)
初例の典拠となっている Reid の論文に当たってみると,次のようにあった (32) .
Even if we possessed a separate repertory of utterances for each of the groups of speakers into which the French speech community must be divided, we should still be unable to establish a single linguistic system for any one group. For the linguistic behaviour of a given individual is by no means uniform; placed in what appear to be linguistically identical conditions, he will on different occasions speak (or write) differently according to what may roughly be described as different social situations: he will use a number of distinct "registers"[note 2]
note 2: cf. the levels of diction, indicated in the Report of the Commission set up by the International Council for Philosophy and Humanistic Studies quoted by Professor J. R. Firth in Transactions of the Philological Society. 1951, p.81.
Reid (1901--81) はオックスフォード大学の教授で,ロマンス語学を専攻していた.引用注にもあるとおり,アイディア自体は Firth の "levels of diction" に遡るが,それを Reid が "register" と名付けなおしたということのようだ.その70年後に「いのほた」でも主題として取り上げられるほどに重要な用語に成長したことになる(cf. 「#404. エンレジスタメント(enregisterment・レジスター化)とレジスターーコンビニ敬語,ファミレス敬語を社会言語学から見ると?」).
・ Reid, T. B. W. "Linguistics, Structuralism and Philology." Archivum Linguisticum 8.1 (1956): 28--37.
2月17日に配信された「いのほた言語学チャンネル」の回は,「#404. エンレジスタメント(enregisterment・レジスター化)とレジスターーコンビニ敬語,ファミレス敬語を社会言語学から見ると?」と題して,enregisterment という用語・概念を導入しました.
その基本にあるのが register なのですが,動画でも議論している通り,広く便利な用語・概念である一方,論者によってニュアンスが異なるという点も見逃せません.本ブログでは,Halliday 的な観点からの「#839. register」 ([2011-08-14-1]) を紹介したことがありますが,今回は McArthur の用語辞典からこの用語の定義・解説を改めて読んでみましょう (859) .
REGISTER [1950s in this sense; 14c in origin, through French from Medieval Latin registrum a list or catalogue]. In sociolinguistics and stylistics, a variety of language defined according to social use, such as scientific, formal, religious, and journalistic. The term has, however, been used variously in different theoretical approaches, some giving it a broad definition (moving in the direction of variety in its most general sense), others narrowing it to certain aspects of language in social use (such as occupational varieties only). The term was first given broad currency by the British linguist Michael Halliday, who drew a contrast between varieties of language defined according to the characteristics f the user (dialects) and those defined according to the characteristics of the situation (registers). Registers were then subclassified into three domains: field of discourse, referring to the subject matter of the variety, such as science or advertising; mode of discourse, referring to the choice between speech and writing, and the choice of format; and manner of discourse, referring to the social relations between the participants, as shown by variations in formality. . . .
基本的には Halliday の流れを汲んだ register の定義となっていますね.以前の記事では「1970年代以降に広まった用語と概念」と紹介しましたが,register のこの語義自体が1950年代からあったというのは初耳でした.
・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

本日2月11日の朝日新聞紙上にて,来たる2月21日(土)に開催される朝日カルチャーセンター新宿教室での特別対談講座「AI 時代にこそ必要な「言語学的思考」とは」が紹介されました.先日の記事 「#6113. 朝カルで井上逸兵さんと「AI時代にこそ必要な「言語学的思考」とは」 --- 「いのほたなぜ」出版記念」 ([2026-01-21-1]) でも告知しましたが,新聞という媒体を通じて改めて多くの方にこの特別対談講座のお知らせが届くことを嬉しく思います.
新聞では,次のように紹介されています.
「AI時代」こそ言語学必要
生成AIで言葉の壁が薄れる今,なぜ言語学や語学を学び続ける必要があるのでしょうか?井上逸兵・堀田隆一著「言語学でスッキリ解決! 英語の『なぜ?』」(ナツメ社)=写真=の出版記念講座です.慶應義塾大教授・井上逸兵さん,堀田隆一さんが語り合う「AI時代にこそ必要な『言語学的思考』とは」は21日(土)後6時30分.会員は4235円.教室・オンライン自由講座.(新宿教室)
今回の講座は,昨年10月に刊行した井上逸兵さんとの共著 『言語学でスッキリ解決!英語の「なぜ?」』の出版記念という位置づけです.しかし,単なる本の解説にとどまるつもりはありません.むしろ,本書の根底にある著者2人の言葉への視点を,現代の喫緊の課題である生成AIとの関わりにおいてアップデートする試みとなります.
現在,私たちは生成AIの驚異的な進化を目の当たりにしています.翻訳の精度は上がり,もっともらしい文章が瞬時に生成されるようになりました.一見すると,言語の壁は技術によって克服されつつあるかのように思えます.しかし,ここで私たちは立ち止まって考える必要があります.AIがもっともらしい文字列を出力するとき,そこには人間が言葉を紡ぐときに不可欠な意味や文脈,あるいは相手への配慮といった社会的な営みが存在しているのでしょうか.
井上さんの専門である社会言語学は,言語が社会の中でどのように機能し,人間関係を構築するかを明らかにします.一方,私の専門である英語史や歴史言語学は,言語が時間の流れの中でどのように変容し,現代の姿に至ったのかという通時的な視点を提供します.この2つの視点を交差させながら,AI時代における人間の言葉とは何なのか,という本質的な問いへのヒントが見えてくるはずです.
今回の対談では,AI が生成するテキストが世界を埋め尽くすなかで,私たちの言語感覚がどのように変容し得るのか,そして言語学を学ぶことがいかにして人間らしさを再発見する手助けとなるのかについて,熱く,かつ楽しく議論を展開したいと思います.
言語学的思考は,単なる知識の蓄積ではありません.当たり前だと思っている言葉の裏側にある仕組みや歴史を意識し,批判的に,かつ深く理解するための眼差しのことです.この眼差しもつことで,AI に振り回されるのではなく,AI を使いこなしつつ,より豊かなコミュニケーションを営むことが可能になると考えています.
講座は2月21日(土)の18:30からです.井上さんは新宿の教室で,私はオンラインで登壇いたします.遠方の方も Zoom でご参加いただけますし,2週間の見逃し配信サービスもあります..詳細はこちらの申し込みページをご覧ください.
AI時代の言葉の未来について,皆さんと一緒に考えていきたいと思っています.

・ 井上 逸兵・堀田 隆一 『言語学でスッキリ解決!英語の「なぜ?」』 ナツメ社,2025年.
ニュージーランドはオーストラリアとともに歴史的にイギリスとの結びつきが強く,話されている英語変種についても,明らかにイギリス系変種からの派生であり,アメリカ変種と比べると差がある.しかし,世界における米国(の英語)の圧倒的な影響力のもと,ニュージーランド英語もご多分に漏れず,主に語彙などで americanisation の気味がみられる.
ニュージーランド人にとって,英語のアメリカ化は現実としては受け入れざるを得ないところがあるだろうが,心情としてはあまり好ましく思っていない向きもありそうだ.アメリカ英語への嫌悪感や,あるいは逆に憧れは,世代によっても異なるだろう.Bauer は,ニュージーランド人の対アメリカ英語感情について,次のように述べている.
. . . there exists in New Zealand (as in Britain) an anti-American linguistic chauvinism which is entirely surprising in the light of the general use in the community of a number of forms which are American in origin. It is not clear how widespread these attitudes are in the community, but the fact that they exist is shown by the following extracts from Letters to the Editor of New Zealand periodicals:
Most of our worst grammatical or pronunciatory [sic] errors stem from America. (The Listener, 10 November 1973)
Why don't we improve our English instead of adopting a worse speech from a culture which branched off from England several centuries ago? (The Listener, 25 November 1978)
We are not Americans, and I know I for one do not like the way this country is trying to carbon copy itself with American influence. (The Otago Daily Times, 12 September 1984)
Bauer がニュージーランド英語を概説的に記述したのは30年以上も前のことでもあり,現状がどうなっているのか詳しくは分からない.ただし,とりわけ年配の人々が若者のアメリカンな言葉遣いを嘆かわしく思っている,という事情は今でも変わらずあるようである.関連して,heldio 配信回「#1631. アメリカ英語は嫌われ者?」もどうぞ.
・ Bauer L. "English in New Zealand." The Cambridge History of the English Language. Vol. 5. Ed. Burchfield R. Cambridge: CUP, 1994. 382--429.
オタゴ大学の図書館に,新入生のための案内のパンフレットがあり,ふと手に取ってみた.そのなかに,UNIVERSITY JARGON と題するコラムがあった.大学での修学の仕方を手短かに教える内容だ.
UNIVERSITY JARGON
Starting to research your study options and already feeling lost in the jargon? Here are some common terms you're likely to come across.
A DEGREE is the qualification you complete at university. This is your overall PROGRAMME. Your degree will have an abbreviation such as BA, BSc or BCom. That's code for Bachelor of Arts, Bachelor of Science, or Bachelor of Commerce, and so on.
Some PROGRAMMES, such as Health Sciences First Year (HSFY), will lead on to many other degrees.
The SUBJECT you specialise in within your degree is called your Major. When you start your first year at university, choose three or four subjects you'd like to try. One will become your major.
In many degrees you can choose to have a MINOR as well. This is a subject you have stuided at each level, but not in as much depth as your major.
Each subject has LEVELS (100, 200, 300). The first courses youtake are called 100-level papers or beginner papers.
Each subject is divided into PAPERS. They are like topics within each subject --- the building blocks of your degree. They have codes like HIST 104, PSYC 201 and MART 304. The papers you choose each year are your course of study.
When you pass each paper, you get POINTS towards your degree. Papers are generally worth 18 points and a three-year degree needs 360 points. This usually consists of 20 papers, an average of 7 papers per year.
A DOUBLE DEGREE is when you study two degrees at the same time. There are also options to combine two majors from different degrees in a single four-year degree. These COMBINED DEGREES include Arts and Business, Arts and Science, and Business Science.
かなり複雑な履修システムをコンパクトに解説している文章だと思うが,新入生にとって初見で理解するのは容易ではないだろう.読み手の私は大学のシステムを理解しているので,これだけで分かるのだが,実際には凝縮しすぎているように思われる.たとえば major と specialise という jargons の意味は,相互に規定されるものであるから,同じ文に共起することによって,一方でともに理解しやすくなるという事情もあるかもしれないが,他方でいずれもチンプンカンプンとなってしまう恐れがある.
この文章は,個々の jargon を新入生のために解説している文章として読むのが普通だろうが,実は新入生に jargon とは何かを教える文章となっているのではないかとも解釈でき,おもしろい.つまり,ここで新入生を意味不明な jargon の羅列にさらすことによって,大学という特有の世界に誘い,仲間意識を醸成しようとしているのだ,と.
jargon の役割は,その意味が一見して自明ではないところに存する.jargons の羅列やその語彙体系は,独特で魅惑的な世界をちらつかせ,そこに引き寄せられる者のみに入会を許可する社会言語学的な機能をもっている.
関連して「#2410. slang, cant, argot, jargon, antilanguage」 ([2015-12-02-1]) を参照.
一昨日の heldio 配信「#1628. ニュージーランド最古のオタゴ大学の時計台の前より」は,NZの南島のダニーデンに位置するオタゴ大学(University of Otago)のキャンパスからお届けしました.大学のシンボルである時計台の前に広がる芝生より,この地の植民史と英語史に思いを馳せました.
Captain Cook (1728--79) が1769年にニュージーランドに訪れ,先住民のマオリ人と初めて接触した後,この地はヨーロッパ人たちにとって鯨やアザラシの漁場となりました.その後,1840年に正式にイギリスの植民地となり,主にイギリス人による植民が一気に進みました.その後間もない1869年には,ダニーデンにニュージーランド最古の大学としてオタゴ大学が創立されました.このスピーディな展開には驚くばかりです.背後には初期移民たちの宗教上の情熱,啓蒙思想,勤勉さがあったのですが,その程度がいかに凄まじかったかが想像されます.
オタゴ大学の創立,より広くはダニーデンという町の建設に関わった初期移民の顔ぶれを見ると,スコットランド一色であることがわかります.初代学長を務めたのは,熱心な聖職者であった Thomas Burns (1796--1871) です.彼は,スコットランドを代表する詩人 Robert Burns (1759--96) の甥にあたります.
また,私が愛着を感じてやまないのは,このオタゴ大学の時計台が,私の母校でもあるスコットランドのグラスゴー大学の建築様式にインスピレーションを受けているという事実です.ダニーデンの町並み全体が,スコットランドの首都エディンバラを思わせる一方で,この大学の時計台はグラスゴーの雰囲気を纏っているのです!
この大学の歴史を語る上でもう1つ見逃せないのが,女性の入学を許可したことです.1871年の新体制において,オタゴ大学は,イギリス帝国内で初めてすべての階層の女性に学びの扉を開いた大学となりました.
もう1点,同時代の大きな出来事として,この町の急速な経済発展を支えた1861年のゴールドラッシュがあります.これにより,オーストラリア人をはじめとして,遠く中国からも多くの人々が金に惹かれて流入しました.これは,スコットランド英語の影響が強かった,この土地の初期の英語に,オーストラリア英語や,さらに異言語との接触の機会を与えることになりました.ニュージーランド英語史上の重要な契機だったといってよいでしょう.
ダニーデンという都市とオタゴ大学は,英語史のメインストリームからは外れたニュージーランドという場所にありながらも,英語の拡散,変種の移植,方言・言語接触といった,英語史における社会言語学的な話題を凝縮して見せてくれています.

昨日11月8日(土),朝日新聞デジタル版にインタビュー記事「世界で活躍,英語できないとダメ? 苦手意識を克服する「秘策」とは」が公開されました.この記事は,同紙の連載企画「今さら聞けない世界」の一環として,各分野の専門家へのインタビューを基にして,編集されたものです.
先日,連載の担当者の方より,「英語帝国主義」を念頭に,世界における英語の位置づけと,その英語に対して私たちはどのように臨めばよいかについて伺いたいとのご連絡をいただき,このインタビューを実施した次第です.貴重な機会をいただき,朝日新聞の関係者の方々に感謝申し上げます.
昨日公開されたデジタル版は有料記事となっておりますが,フルバージョンでお読みいただけます.また,紙面では本日11月9日(日)の朝刊に,同記事の短縮版が掲載される予定です.
さて,インタビュー(記事)の内容ですが,英語史研究者の立場から,英語が歴史を通じて築き上げてきた世界的な地位,日本語母語話者が英語学習で難しさを感じる構造的な要因,そして,苦手意識を乗り越えて自信をもって英語を使うための「秘策」についてお話ししました.
まず,国際的な舞台で英語が共通語 (lingua_franca) として機能しているという客観的事実をを確認しました.その上で,英語が世界的な地位を得た背景には,過去のギリシア語やラテン語など,かつての有力言語がたどった道筋と質的には同じ構造があることを指摘しています.特定の国家の政治的・経済的な力が,その言語の拡散を支えてきたという歴史的事実は,言語の力学を理解する上で重要です.この議論は,英語史における大きな論点の1つである「英語帝国主義批判」とも関わってきます.
次に,日本人にとって英語習得が難しいとされる構造的な理由についても触れました.日本語と英語は,発音や文法体系,語彙などの点で共通点が非常に少なく,言語の距離が遠いという事実があります.(数千年レベルで見れば)互いに方言といってよい関係にあるヨーロッパ諸語の母語話者と比べると,日本人が英語の習得に長い時間を要するのは,むしろ自然なことです.
さらに,単なる言語知識の問題を超えて,英米人と日本人の間には,コミュニケーションの土台となる宗教,歴史,文化,習慣の面での共通項も少なく,英語での会話における「作法」を知らないことが,習得のもう1つの大きな壁になっていることも指摘しました.欧州諸国の人々が英語での会話にあまり抵抗感がないのと比べると,日本人はいざ話そうとしたときに「そもそもどのように会話を始めたらよいのか」という戸惑いを感じやすいようです.
そして,記事のなかで最も注目していただきたいのが,苦手意識を克服し自信をもって話すための「秘策」です.具体的な内容はここでは伏せておきますが,英語史や社会言語学の知見に基づき,現在の世界の英語使用の実態に鑑みた,実践的なアドバイスとなっていると思います.鍵となるのは,世界の英語話者20億人のうち,英米人などの母語話者はマイノリティであるという事実です.
「英語帝国主義」については,本ブログでも linguistic_imperialism のタグの着いた記事をはじめとして,様々に議論してきました.ここでは Voicy heldio の関連回をご案内しておきたいと思います.ぜひお聴きいただければ.
・ 「#1607. 英語帝国主義から世界英語へ」
・ 「#145. 3段階で拡張してきた英語帝国」
改めて,紙面では本日11月9日(日)の朝刊に短縮版が掲載される予定ですので,そちらからもご一読いただければ幸いです.
NZE には,マオリ語からの借用語が多く入っている.地名や人名などの固有名詞はもちろん,一般語も多く流入している.英語の文脈でマオリ借用語をどのように発音するか,という問題について,Bauer (398--99) が興味深い論点を示している.
The proper pronunciation of Maori is currently a controversial issue in New Zealand, and it is a subject on which feelings run high. The issue is at heart a political rather than a linguistic one, since it is clear linguistically that there is no good reason to expect native-like Maori pronunciation in words which are being used in English. None the less, it has the linguistic consequence that there is a good deal of variation in the way in which Maori loanwords are pronounced in English, with variants close to native Maori norms at the formal end of the spectrum, and much more Anglicised versions --- sometimes irregularly Anglicised versions --- at the other. To give some idea of the variation this can lead to, I present below a few place-names with a Maori pronunciation and one extreme English pronunciation. Variants are heard anywhere on the continuum between these two extremes.
この文章の後に具体例がいくつか挙げられているが,たとえばマオリ語でニュージーランドを表わす Aotearoa (長く白い雲の土地)は,マオリ語母語発音では /aːɔtɛːaɾɔa/ となり,これで発音する英語話者もいれば,そこから完全に英語化した /eɪətiəˈɹəʊə/ として発音する者もいる.また,この2つを両極として,中間的な発音も多数あり得るというのだから,揺れの激しさが想像される.
この揺れの背景には,英語とマオリ語の音韻体系の差異,マオリ語のリテラシー,オーディエンスへの配慮,マオリ語への立ち位置や思い入れ,言語計画・政策上の立場など,様々な言語学的,そしてなかんずく社会言語学的な要因が作用しているのだろう.国号の発音を1つとっても,そこに話者の態度や立場が色濃く反映している可能性があるということだ.
なお,マオリ語をローマ字で表記する際の綴字は,1830年代後半から1840年代までには標準化されていたという (Bauer 398) .意外と早かったのだな,という印象だ.
・ Bauer L. "English in New Zealand." The Cambridge History of the English Language. Vol. 5. Ed. Burchfield R. Cambridge: CUP, 1994. 382--429.
本ブログでも何度か取り上げてきた「3文字規則」 (three-letter_rule) についてポイントをまとめます.もっとも基本となる記事は「#2235. 3文字規則」 ([2015-06-10-1])です.
英単語を眺めていると,ごく短い2文字からなるものがいくつかあることに気づきます.an, is, of などです.このような短い語は,いずれも文法的機を帯びた「機能語」 (function word) であり,具体的な意味をもつ名詞や動詞に代表される「内容語」 (content word) ではありません.英語には,機能語は2文字以下の短さが許されるけれども,内容語については必ず3文字以上で綴られなければならないという「3文字規則」 (three-letter_rule) なる珍妙なルールがあります.
繰り返しますが,「3文字規則」が適用されるのは,内容語についてのみです.機能語,すなわち代名詞,助動詞,前置詞,接続詞などに代表される文法機能を担う語で,典型的に頻度がきわめて高い語類については,この規則は適用されません.たとえば,電子メールなどで頻繁に使われる2文字の単語 re (= about) は,頻度が高いものの,機能語であるため「3文字規則」の例外とはみなされません.
では,なぜ内容語は3文字を下限とするのでしょうか.この規則は,単語機能の効率性という実用的な尺度が関わっていると考えられます.一般的に,よく読み書きする単語の綴字は短いほうが効率的です.日常的によく使うわけですから,出番が多く,語形としては短い方に越したことはありません.これは統計的に考えても合理的な方策と言えます.
もちろん「規則」には例外が付きものです.ax (斧), ox (雄牛)のような一般的な例外がすぐに挙がってきますが,ほかにも専門的な例外として Od (ドイツの科学者 K. von Reichenbach が1845年に創成した仮説上の物理学的力)もあります.その他のエキゾチックな語として aa, ai, ba, bo, bu など,ほとんど知られていない例外も挙げられますが,これらの見慣れない例外こそが,むしろ当該規則の一般性を裏付けているとも言えます.
「3文字規則」のパロディと言えるものに,人名に見られる「4文字規則」なるものがあります.人名の綴字には,通常の英単語の正書法に照らせば余分と見なされる文字が含まれることが,しばあります.Anne, Kidd, Locke, Smythe, Webb のような事例です.これは,人名がアイデンティティや存在感を示すための手段であり,視覚的に「盛る」傾向があるためと考えられます.
上記のように,英語の「3文字規則」は,内容語の綴字の下限を定める,実用的な正書法のルールと言えます,一方,人名においては,アイデンティティを強調し,視覚的な存在感を示すために,あえて綴字を長くする「4文字規則」のような副次的な慣習が存在します.
これら2つの規則は,英語の綴字が単なる音の記録ではなく,頻度,効率,視覚性,そして社会的アイデンティティといった多様な要因を組み込んだ記号であることを示唆しているのです.
一昨日 YouTube 「いのほた言語学チャンネル」の最新動画が配信されました.題して「#373. これからの英語はどうなる?AIと世界の英語・英語の未来を読む:多様化・AI・世界化」です.今回は,まさに今,私たちが目の当たりにしている言語とテクノロジーの劇的な交錯について,井上さんと議論を深めました.
この話題を選んだきっかけは,私が以前出演させていただいた「文藝春秋PLUS 公式チャンネル」で,関連する英語史トークを展開したことにあります.そのトークの最後のほうで,英語の多様性やその未来について触れたのですが,同じテーマを「いのほた言語学チャンネル」でもさらに掘り下げてみようと考えた次第です.今や生成AIによるリアルタイム通訳も実用的になりつつあり,英語の未来を考える上で,これは避けて通れない話題となっています.
いのほた動画では,英語(ひいては言語一般)のもつ「2つの相反する力」について議論しました.1つは,英語が世界の共通語,つまりコミュニケーションの道具としての役割を果たす「求心力」 (centripetal force) です.世界には約7000もの言語があると言われますが,その中で英語は最も広く通用する言語として,私たちの学習目標となってきました.異なる言語を話す人々を結びつける強力なツールとしての英語,という側面です.
しかし,同時に英語(ひいては言語一般)にはもう1つの側面があります.それは「遠心力」 (centrifugal force) です.20世紀後半以降,世界英語 (world_englishes) という現象が顕著になり,世界各地で標準英語から逸脱した多様な英語が生まれ,話されています.これは,各々の地域の話者が,独自の英語変種を通じて自身のアイデンティティを表現しようとする動きにほかなりません.言語が単なるコミュニケーションの道具にとどまらず,所属する集団や個人のアイデンティティを示す手段となるわけです.結果として,同じ英語を話していても,お互いにとって理解しにくい方向に枝分かれしていくという,一見矛盾した状況が生じています.
私は,この求心力と遠心力こそが,言語のダイナミズムを支える両輪であると考えています.結びつけようとする力と,分かち隔てようとする力.これらは常に拮抗し,揺れ動くことで言語変化の原動力となっているのです.社会がグローバル化すれば求心力が強まり,個々が多様性を志向すれば遠心力が強まる.まるで振り子のように揺れ動きながら,言語は機能し続けていると言えます.この2つの相反する力については,「#1360. 21世紀,多様性の許容は英語をバラバラにするか?」 ([2013-01-16-1]) や「#2073. 現代の言語変種に作用する求心力と遠心力」 ([2014-12-30-1]) もご参照ください.
そして,人類史上長らく続いてきたこの言語のダイナミズムに,今,生成AIという前代未聞の技術が投入されてきています.これまでのコンピューター技術は標準的な英語のみを扱ってきたと言ってよいですが,AIは多様な英語をも処理できるようになりつつあります.これは,英語がインフラとしての基盤的役割を今後も担い続けるのかどうかという根本的な問いを突きつけているとも言えます.言語の求心力と遠心力のバランスは,AIの発展によってどのように変容していくのか,今後注視していくべき現象です.
2020年代は,人類言語史における大きな転換点として記憶されることになるかもしれません.私たちは今,その歴史の瞬間に立ち会っていると言えます.英語の未来,そして言語そのものの未来がどうなっていくのか,引き続き注目していきたいと考えています.ぜひ,今回の「いのほた言語学チャンネル」の配信をご覧いただき,皆さんも一緒に考えてみていただければ.
「いのほた言語学チャンネル」と言えば,10月15日に「いのほた本」が出ます! 詳細は,ぜひ「#5973. 「いのほた本」が出ます! --- 井上 逸兵・堀田 隆一 『言語学でスッキリ解決!英語の「なぜ?」』(ナツメ社)」 ([2025-09-03-1]) の記事をどうぞ.
ニュージーランド英語については「#1799. New Zealand における英語の歴史」 ([2014-03-31-1]),「#402. Southern Hemisphere Shift」 ([2010-06-03-1]),「#278. ニュージーランドにおけるマオリ語の活性化」 ([2010-01-30-1]) を含む new_zealand_english の記事群で取り上げてきた.今回は最近お気に入りの A History of the English Language in 100 Places の第52節 "WAITANGI --- the English Language in New Zealand (1840)" より,New Zealand English のメイキングについての解説を読みたい (129--31) .
On 6 February 1840, at Waitangi, Aoteoroa, Maori chiefs signed a treaty with the representatives of the British government. The Maori were agreeing to permanent white settlement in their islands. The treaty of Waitangi signalled the moment when the British, not the French, asserted possession of what was renamed New Zealand; it was also the moment when English was destined to become the dominant European language of Aotearoa.
After 1840, European migration to New Zealand came almost exclusively from the British Isles. A census in 1871 showed that of these various migrants, 51 per cent came from England, 27 per cent from Scotland, 22 per cent from Ireland. The majority spoke regional dialects unlike the upper-class English of the colony's administrators. That division shaped linguistic attitudes and accents until the 1960s at least. At the same time, the Maori language provided many terms for local animals, plants and landscape features.
The proportions of the 1871 census suggest the founding elements of New Zealand English, but they do not take account of the fact that there was a continuous movement back and forth between New Zealand and Australia. Some 6 per cent of the 1871 white population was born in Australia, and very large numbers of those who came from the British Isles first landed in Australia before deciding to move to New Zealand. Australian English had then --- and continues to have --- a strong influence. . . .
As in Australia, school inspectors, administrators and leaders of opinion complained from the beginning about the kind of English that they found widespread in New Zealand. A major complaint was that many New Zealanders said 'in', not 'ing', a the ends of words; they added and dropped 'h's improperly; and generally sounded Cockney.
New Zealand linguists challenged the idea that there were large numbers of Londoners among the immigrants to New Zealand. Moreover, within England and the Empire, Cockney was the accent most disliked by upper-class English speakers, and there was a tendency to label any disliked accent as Cockney. Arguing for a levelling of the nineteenth-century English, Irish and Scottish immigrant dialects, New Zealand linguists claim that a distinctive voice appeared about 1900 and spread rapidly through the country. It was initially noted in derogatory terms as a colonial drawl or twang. However, modern-day New Zealanders have homogenized their speech, eroding the once unacceptable drawl as well as the once superior vowels.
ニュージーランド英語は,英語母語話者が入植した当初のイギリス諸島由来の諸方言をベースとしつつも,対蹠地の兄弟としてのオーストラリア英語の影響を被り,さらに土着のマオリ語の語彙も多く借用しながら混交してきた.オーストラリア英語と同様に,一般に Cockney の影響の強い変種とみられることが多いが,それは「Cockney =非標準的な諸変種」という大雑把すぎる前提に基づいた誤解である可能性が高い.ニュージーランドでは,20世紀にかけて前世紀までに行なわれていた様々な変種が水平化し,現代につらなるニュージーランドらしい英語変種が生まれてきた,と考えられる.

・ Lucas, Bill and Christopher Mulvey. A History of the English Language in 100 Places. London: Robert Hale, 2013.
昨日の記事に引き続き,5月30日(金)に YouTube 「文藝春秋PLUS 公式チャンネル」で公開された英語史トークの後編(26分ほど)をご紹介します.タイトルは「【ややこしい英語が世界的言語になるまで】文法が確立したのはたった250年前|an appleのanは「発音しやすくするため」ではない|なぜ複数形はsばかりなのか|言語の"伝播"=権力」です.以下,動画を観る時間がない方のために,文章としても掲載します.
後編では,さらに踏み込んで,文法の変化や,英語が今日の「世界語」としての地位を築くに至った背景など,より大きなテーマについてお話ししています.
まず,文法の変化についてです.現代英語の大きな特徴の一つに,語順が厳格に定まっている点が挙げられます.「主語+動詞+目的語」 (SVO) という型が基本であり,これを崩すと文の意味が通じなくなったり,非文法的になったりします.しかし,1000年前の古英語の時代に遡ると,語順はもっと自由でした.名詞の格変化が豊かだったため,語順を入れ替えても文の骨格が崩れにくかったのです.この点では,現代日本語と比較できるタイプだったのです.
現代英語のような固定語順の文法が確立したのは,歴史的にみれば比較的最近のことです.18世紀半ば,いわゆる規範文法の時代に,ロバート・ラウス (Robert Lowth) などの文法学者が「正しい」英語のルールを定め,それが教育を通じて社会に広まっていきました.それ以前は,互いに意味が通じればそれでよい,というような,より自然発生的で流動的な文法が主流だったのです.
次に,名詞の複数形の歴史も興味深いテーマです.現代英語では,名詞の複数形は99%近くが語尾に -s をつけることで作られます.これは非常に規則的で,学習者にとってはありがたい点かもしれません.しかし,これもまた歴史の産物です.古英語では,複数形の作り方は一様ではなく,現代ドイツ語のように,名詞の性や格変化の種類によって様々なパターンがありました.
その名残が,現代英語に不規則複数形として生き残っている単語群です.例えば,ox/oxen のように -n で複数形を作るタイプ,foot/feet や man/men のように語幹の母音を変化させるタイプ,そして child/children のように古英語の名詞複数語尾 -ru に由来する -r- を含むタイプなどです.これらの単語がなぜ現代まで不規則なまま残っているのかというと,きわめて基本的な日常語彙であり,使用頻度が高かったために,-s をつけるという新しい規則の波に飲み込まれずに抵抗し得たからです.
トークでは,不定冠詞 a/an の使い分けについても,学校文法で習う説明とは逆の歴史を明らかにしました.私たちは「次にくる単語が母音で始まるときには,発音の便宜上 an を使う」と学びます.しかし,歴史の真実はその逆です.もともと不定冠詞は,数字の one が弱まった an という形しかありませんでした.つまり,an apple こそがデフォルトの形だったのです.そして,an book のように次に子音が続く場合に,/n/ と /b/ という子音が連続して発音しにくいために,n のほうが脱落して a book という形が生まれたのです.まさに目から鱗が落ちるような事実ではありませんか.
そして最後に,最も大きな問い「なぜ英語は世界語になったのか?」についてお話ししました.この問いに対する答えは,言語そのものの性質 --- たとえば文法が単純だからとか,語彙が豊富だからとか --- とは,ほとんど無関係です.ある言語が国際的な地位を得るかどうかは,ひとえに,その言語を話す人々の社会がもつつ「力」,すなわち政治力,軍事力,経済力,技術力といったパワーに依存します.
英語の場合,18世紀以降のイギリス帝国の世界展開と,20世紀以降のアメリカ合衆国の圧倒的な国力が,その言語を世界中へ押し広げる原動力となりました.これは歴史上,漢文を国際語たらしめた古代中国の力や,ラテン語をヨーロッパの公用語としたローマ帝国の力と,まったく同じ原理です.言語の影響力は,常に社会的な力の勾配に沿って,上から下へと流れるのです.
このように,英語の歴史を学ぶことは,単なる暗記ではなく,現代英語の姿の背後にあるダイナミックな変化の過程と,その背景にある人々の社会や文化を理解する営みです.「言葉の乱れ」を嘆く声も,長い歴史のスケールで見れば,言語が生きている証としての自然な変化の1コマに過ぎないことが見えてきます.
トーク前編と合わせてご覧いただくことで,英語という言語の立体的な姿を感じていただけることと思います.
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