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grimms_law - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-05-23 09:10

2009-08-09 Sun

#104. hundredヴェルネルの法則 [grimms_law][verners_law]

 一作日の記事[2009-08-07-1]で,hundred ( OE hund ) の語頭子音 /h/ は印欧祖語 の */k/ がグリムの法則により発達した音であることを示した.一方,印欧祖語の *kmtom はラテン語へは centum として伝わっており,/k/ 音は保たれている.
 昨日の記事で解説したように,グリムの法則は一連の子音変化を定式化したものであり,Indo-European */k/ > Germanic */h/ の変化はそのうちの一つに過ぎない.昨日は,グリムの法則では全部で9音の変化が起こったと説明したが,マイナー・ヴァリエーションである kw, gw, gwh の3音を含め,12音の変化としてまとめると次のようになる.

 ・IE */p/ > Gmc */f/
 ・IE */t/ > Gmc */θ/
 ・IE */k/ > Gmc */x/ or */h/ (in initial position)
 ・IE */kw/ > Gmc */xw/ or */hw/
 ・IE */b/ > Gmc */p/
 ・IE */d/ > Gmc */t/
 ・IE */g/ > Gmc */k/
 ・IE */gw/ > Gmc */kw/
 ・IE */bh/ > Gmc */b/
 ・IE */dh/ > Gmc */d/
 ・IE */gh/ > Gmc */g/
 ・IE */gwh/ > Gmc */g/ or */w/

 グリムの法則は例外なき完璧な適用性を売りにしているわけだが,そのわりには早速 hund に例外が生じているのに気づく.hund の語頭の /h/ が印欧祖語の */k/ に対応するのはグリムの法則の通りだが,語尾の /d/ はどうか.ゲルマン語で /d/ になるには,もとの印欧祖語では */dh/ でなければならないが,再建された印欧祖語の形は,上で見たとおり */t/ である.逆から見れば,印欧祖語の */t/ ならば,グリムの法則によりゲルマン語 */θ/ になるはずだが,実際 にhund に現れる子音は /d/ である.つまり,印欧祖語の */t/ と(古)英語の /d/ はグリムの法則では対応し得ないはずだ.この法則の例外にはグリム自身も気づいていたようだが,説明できなかったからか,ノーコメントだった.
 ところが,1875年にデンマーク人学者の Karl Verner が,この例外を説明する別の法則の存在に気づいた.それが,ヴェルネルの法則 ( Verner's Law ) と呼ばれているものである.hund のケースに当てはめてヴェルネルの法則を解釈すると,「アクセントが先行しない,有声音にはさまれた環境における /t/ は,グリムの法則の予想する /θ/ にはならず,それが有声化した音である /ð/,さらにはそれが脱摩擦音化した */d/ となる」.
 印欧語の *kmtom では,アクセントは最終音節にあったとされ,t から見れば,アクセントは直前でなく直後にあることになる.また,t は有声音に挟まれてもいる.ということは,グリムの法則は適用されず,むしろヴェルネルの法則が適用される環境である.ヴェルネルの法則に従えば,印欧祖語の /t/ はゲルマン語では最終的に /d/ となるが,実際に hund の語尾には /d/ が現れている.
 ざっと以上のような理屈で,グリムの法則の「例外」が,ヴェルネルにとっては別の法則の適用例に他ならないと宣言されたのである.hund(red) の語源を探る営みは,グリムやヴェルネルの発展させてきた印欧語比較言語学の研究史を振り返ることに他ならない.たかが hundred の語源と思うなかれ,そこには長く深い研究史がある.

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2009-08-08 Sat

#103. グリムの法則とは何か [consonant][grimms_law]

 昨日の記事[2009-08-07-1]で,hundred を例としてグリムの法則 ( Grimm's Law ) を簡単に説明した.今後もいろいろと話題にすることがあると思うので,今回はもう少し丁寧に解説を.
 グリムの法則ヴェルネルの法則 ( Verner's Law ) とあわせて,第一次ゲルマン子音推移 ( First Germanic Consonant Shift ) と呼ばれ,紀元前1000?400年あたりにゲルマン語派が経た一連の音声変化を定式化したものである.「法則」というくらいだから,例外なき完璧な適用性を売りにしており,確かにその信頼性は高い.一見するとグリムの法則の例外に思えるものも,ヴェルネルの法則によって改めて説明することができるなど,二つの法則を合わせると,まさに「音韻法則に例外なし」と謳いたくなるような芸術的完璧さである.昨日[2009-08-07-1]hund(red) -- centum の例では,Indo-European */k/ > Germanic */h/ の子音変化が起こったことを確認したが,これはグリムの法則を構成する一連の変化の一例に過ぎない.
 グリムの法則の示す子音変化は,印欧祖語の「閉鎖音」の系列に生じた.閉鎖音は破裂音とも呼ばれ,口の中のどこかで呼気を一度せきとめ,それを勢いよく開け放つ(破裂させる)ときに発せられる子音である([2009-05-29-1]の子音表を参照).印欧祖語では,閉鎖音系列は次のような体系をなしていた.

Indo-European Stops

 印欧祖語では,最右列の3音を除き,全部で9音の閉鎖音があった.隣り合う列どうしは,調音様式が互いに少しだけ異なっているだけで,調音音声学的には非常に近い関係にある.例えば左上の bh は,「帯気」を「無気」に変化させる(呼気を弱める)ことによって簡単に b になる.そして,その b は,「有声」を「無声」にすれば(清音にすれば)すぐに p になる.さらに,その p は「破裂」(「閉鎖」に同じ)を弱めて「摩擦」化すれば f となる,等々.
 子音組織はこのように体系的であるから,それが変化するときにも体系的な変化の仕方を示す.次の図は,グリムの法則を経た後のゲルマン祖語の閉鎖音系列である.

Germanic Stops

 印欧祖語の閉鎖音の表とほぼ同じだが,ゲルマン祖語の閉鎖音系列は,最左列の3音を除いた9音で構成されていた.二つの表を見比べればわかるとおり,グリムの法則とは,各列の音がすぐ右の列の音へ規則正しく変化した過程に他ならない.
 「変化の仕方が体系的だった」ことはこれで分かったと思うが,変化の順序はどうだったろうか.3列すべてがイッセーノーセッで右列に移行したわけではなく,右端から順番に起こったことが分かっている.すなわち,まず印欧祖語の右列 p t k が f θ h へ変化し,その次に中列の b d g が今や空席となった p t k のスロットを埋めた.そして最後に,左列の bh dh gh が今や空席となった b d g のスロットを埋めた.これを図示すると以下のようになる.

Grimm's Law: Cyclic Model

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2009-08-07 Fri

#102. hundredグリムの法則 [etymology][grimms_law][verners_law]

 [2009-08-05-1]で,hundred という語(の祖先)が英語史および印欧語比較言語学において二つの意味で重要であると述べた.一つは印欧語を satem -- centum の二グループに大別する際のキーワードとして,もう一つは グリムの法則 ( Grimm's Law ) と ヴェルネルの法則 ( Verner's Law ) の代表例としてである.今回はグリムの法則に触れる.
 グリムの法則とは,紀元前1000?400年あたりに起こったとされる一連の体系的な子音変化である.印欧祖語がゲルマン祖語へ発達してゆく過程で生じた子音変化であり,その効果はゲルマン語派においてのみ見られ,イタリック語派など他の語派には見られない.英語史上,大母音推移 ( Great Vowel Shift ) と並んで音声変化の双璧をなすが,実は英語が英語になるはるか前の出来事である.それでも,現代英語に見られる father -- paternal などの類義語ペアの関係を見事に説明することができ,ある意味で現代にまで息づいている音声変化である.単なる音声変化でありながら「法則」の名が付いているのは,無条件にかつ例外なく作用したためで,その完璧さは芸術的なまでである(だが,実は「ほぼ」完璧であり,但し書きの条件はある).
 この法則はデンマーク人学者 Rasmus Rask が1818年に発見したが,ドイツ人学者 Jacob Grimm が1828年に詳細に論じたことで知られるようになり,Grimm's Law と呼ばれるようになった.この Jacob Grimm は『グリム童話』で有名なグリム兄弟の兄と同一人物である.
 さて,グリムの法則として知られる一連の子音変化の一つに,「印欧祖語の語頭の */k/ はゲルマン諸語では /h/ となる」というものがある(以下,慣例に従って,再建形には * をつける).「百」は印欧祖語では *kmtom という形態だったが,語頭の */k/ は英語を含むゲルマン語では /h/ になった.一方,ゲルマン語派の言語ではないラテン語ではこの子音変化は起こらなかったため,/k/ が保たれている.その結果,古英語では hund /hʊnd/,ラテン語では centum /kentum/ へと発展した.英語では「数」を示す接尾辞 -red が付加されて hundred が生じ,一方,ラテン語からは centum から派生した cent, centigrade, centimeter, centiped, centurion, century などの単語が,フランス語経由で英語に借用された.ラテン語の /k/ はフランス語では前舌母音の前で /s/ となったので,英語でもこれらの単語はすべて /s/ で始まる.
 以上の経緯により,現代英語では,グリムの法則を経た hundred と,グリムの法則を経ていないラテン語からの(フランス語経由の)借用語である cent などが並び立つ状況が生じている.
 以上の経緯を図示してみた.

centum and hund(red)

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2009-08-05 Wed

#100. hundred と印欧語比較言語学 [indo-european][family_tree][comparative_linguistics][reconstruction][grimms_law][verners_law]

 本ブログの記事も100本目となった(お知らせ記事noticeも含めてだが).そこで,今日は hundred にまつわる話題をとりあげたい.この語(の祖先)は,英語史において,また印欧語比較言語学において,かなり有名にして重要な語である.重要性は二つある.一つは印欧語族の二大区分のキーワードとして,もう一つは グリムの法則 ( Grimm's Law ) と ヴェルネルの法則 ( Verner's Law ) の代表例としてである.今回は,印欧語族の二大区分について話をする.
 印欧語族の系統図については,[2009-06-17-1]Flashで遊べる図を見ていただきたい.印欧語族に属する言語の話者は世界総人口の4分の1を占めるとされるが,それだけに,属する言語や方言の数も多い.上で紹介した系統図では印欧祖語を8語派に分けているが,もっと大雑把には二つのグループに大別される.大別された二つの言語群は,satem グループと centum グループと呼ばれている.
 目下のところ有力な説によれば,印欧祖語は南ロシアのステップ地方に起源がある.そこから東西南北,インドからアイスランドに及ぶ広大な範囲へ拡散し,各地で次々と方言化し,現在の諸言語の祖先が生まれたとされる.この広大な範囲において大雑把に東側に分布する言語群が satem グループ,西側に分布する言語群が centum グループである.語派の名前で整理すると以下のようになる.

 ・Satem languages: Albanian, Armenian, Balto-Slavic, Indo-Iranian
 ・Centum languages: Tocharian, Anatolian, Hellenic, Italic, Celtic, Germanic

我々になじみの深いヨーロッパの諸言語は,英語を含めて大部分が centum グループに属する.
 さて,グループ名になっている satem と centum という語は何かというと,Indo-Iranian 語派に属するアヴェスター語 ( Avestan ) と Italic 語派に属するラテン語 ( Latin ) でそれぞれ「百」を表す語である.この語をもって,それぞれのグループを代表させるのが印欧語比較言語学の慣習である.
 Avestan はゾロアスター教 ( Zoroastrianism ) の聖典の言語で,紀元前6世紀くらいにさかのぼるが,現在にまで直接につながる子孫の言語は残っていない.Avestan を含む satem グループの言語では,印欧祖語の /k/ は音声環境に応じて,/k/ と摩擦音化した /s/ などへ分化した.しかし,Latin を含む centum グループの言語では,印欧祖語の /k/ は分化せずに保たれた.印欧祖語の /k/ が摩擦音化による分化を経たか経ないかによって,印欧語族が大きく東か西へ二分されるという考え方である.
 もちろん,その後の各言語での音声変化の結果,centum グループの言語であっても /k/ が /h/ へ変化した英語 ( ex. hundred ) や,/s/ へ変化したフランス語 ( ex. cent ) などの例はあるが,それはあくまで印欧語族が二分された時代よりもずっと後の出来事である.比較言語学の理論的な再建 ( reconstruction ) に従えば,satem と centum の対立は信頼できる区分法である.

 ・Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006. 96--104.

(後記 2010/05/30(Sun):本記事で「印欧語族に属する言語の話者は世界総人口の4分の1を占める」と述べたが,[2010-05-30-1]の記事で書いたように,Ethnologue によればほぼ 1/2 を占めるという.)

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2009-06-02 Tue

#35. finger の語源 [etymology][grimms_law]

 finger という語は,語源を遡ると five と同根である.[2009-05-27-1]で考察したとおり,発想としてはやはり「5本指」なのである.同根の語に fist 「握りこぶし」があることからも分かるとおり,「手,指」と「5」は関連が深いようである.
 さて,five はインドヨーロッパ語の再建形 *penkwe に遡る.一般にインドヨーロッパ語の /p/ はゲルマン語では /f/ へ変化した(グリムの法則).関連語としては,pentagon 「五角形」( the Pentagon 「(五角形の)米国国防総省」)がギリシャ語から英語に入った.punch 「パンチ」(もともと5種類の成分を混ぜ合わせた飲料)は,日本では,小学校の給食のデザートの定番(?)「フルーツポンチ」で知られる.

Referrer (Inside): [2022-01-12-1]

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