世界の “English” から “Englishes” の世界へ

立命館大学国際言語文化研究所
「国際英語文化の多様性に関する学際研究」

慶應義塾大学 堀田隆一

2021年11月20日(土) 13:00~14:30

世界の “English” から “Englishes” の世界へ

現代世界のリングア・フランカとして人類史上最多の話者人口を擁する “English” は,近年,複数形で “Englishes” として語られることも増えてきました.

しかし,英語の歴史を振り返ってみると,英語は現代のみならず歴史を通じて常に多様な形で存在してきたのです.イングランドからブリテン諸島へ,そして世界へと拡大し続けてきた英語は,一方で標準語へと収束していく求心力を示しながらも,他方で様々な変種へと多様化していく遠心力を示しています.

本講演では,英語がいかに多様であり続けてきたか,いかにして世界に拡大してきたのか,その歴史を概観します.

その上で,私たちは “English(es)” に対してどのような態度で向き合っていくのか,皆さんと議論できればと思います.

* 本スライドは https://bit.ly/3Cln5U7 からもアクセスできます.

* 本スライドの随所に堀田の運営する「hellog~英語史ブログ」の記事へのリンクを張っています.

目次

  1. はじめに — 英語の世界性と多様性
  2. 英語の世界的拡大 — ドイツ北部から世界へ
  3. 英語の歴史的多様性 — 減少しないエントロピー
  4. 英語に作用する相反する2つの力 — 求心力と遠心力
  5. おわりに — 英語は常に多様だった

1. はじめに — 英語の世界性と多様性

  1. 世界の様々な英語の文を読んでみよう (#4590)
  2. 世界の様々な英語の3単現語尾を比べてみよう(堀田による連載の第2回「なぜ3単現に -s を付けるのか? ――変種という視点から」
  3. 世界英語を手軽に検索できるコーパス2種
    • GloWbE (= Corpus of Global Web-Based English)
    • NOW (= News on the Web)

英語の話者人口

  1. 現代の英語の2大特徴:「世界性」と「多様性」 (#4574)
  2. 世界地図でみる英語の広がり (#376)
  3. 英語は「母語話者数」で世界一の言語か? (#3009)
  4. 英語は「話者数」で世界一の言語か? (#1591)
  5. 近代の英語話者人口の爆発 (#933)
    • 銀杏の葉モデル (#319)
    • 泡ぶくモデル (#427)

3種類の英語

  1. 3種類の英語 (#173, #217, #222)
    • ENL (English as a Native Language): アメリカ,イギリス,オーストラリア等
    • ESL (English as a Second Language): シンガポール,インド,ナイジェリア等
    • EFL (English as a Foreign Language): 日本,ロシア,ブラジル等
  2. ENL 国・地域は世界にいくつある? (#177)
  3. 英語話者は今なお増加し続ける
    • 主要 ENL,ESL 地域の人口増加率 (#375)
    • 21世紀の世界人口の国連予測 (#759)
    • 言語交替 — 英語への乗り換え (#414)
  4. 世界の諸地域が英語化したのはいつ? (#215)
  5. その他,世界英語の各種モデルについては補遺1を参照

複数形の “Englishes”

  1. American English, British English, Singapore English, Indian English, Jamaican English, Nigerian English, Bonin English, etc.
  2. “varieties of English” = “Englishes”
    • “(the/an) American (variety of) English” = “American English”
    • “American and British (varieties of) English” = “American and British Englishes”
  3. 英語は実態としても複数として存在してきたし,そのための(やや長い)表現も用いられてきた
  4. そこに新しい複数形 “Englishes” が! (#4588)
    • 1910 H. L. Mencken in Evening Sun (Baltimore) 10 Oct. 6/8 (heading) The two Englishes.
    • 1941 W. Barkley (title) Two Englishes; being some account of the differences between the spoken and the written English languages.
    • 1964 Eng. Stud. 45 21 Many people side-step the recognition of a plurality of Englishes by such judgments as: ‘Oh, that’s not English, that’s American.’

2. 英語の世界的拡大 — ドイツ北部から世界へ

  1. 「島国であって島国でないイギリス」 (#159)
  2. イングランドの帝国主義は中世から
  3. 16世紀後半から20世紀にかけてのイギリスの植民地支配と帝国支配
  4. 「英語の帝国」のたどった3段階の「帝国」 (#3302)
  5. その過程で世界中に様々な英語変種 (Englishes) が出現

関連年表 (#1700, #2562, #777, #1377)

“World Englishes”

* GloWbE (= Corpus of Global Web-Based English) に含まれる20変種は赤字で示す.

  1. イギリス諸島
    • イングランド
    • スコットランド
    • ウェールズ
    • アイルランド
  2. 北アメリカ
    • アメリカ
    • カナダ
  3. オセアニア
    • オーストラリア
    • ニュージーランド
  4. 南アジア (#1590)
    • インド
    • スリランカ
    • パキスタン
    • バングラデシュ
  5. 東南アジア
    • シンガポール
    • マレーシア
    • フィリピン
    • 香港
  6. 南アフリカ (#343, #1703)
  7. 西アフリカ
    • ナイジェリア (#514)
    • ガーナ
    • カメルーン (#412, #413)
  8. 東アフリカ
    • ケニア
    • タンザニア
  9. カリブ海地域 (#1679, #1702)
    • ジャマイカ
    • Bay Islands; Bluefields, Puerto Limon (#1713, #1714)
  10. その他

3. 英語の歴史的多様性 — 減少しないエントロピー

  1. 古英語期(449年~1100年)の諸方言 (#1433)
  2. 中英語期(1100年~1500年)の諸方言 (#1812)
    • busy /ˈbɪzi/ と bury /ˈbɛri/ (#562, #570)
    • through の515通りの綴字 (#53, #54)
  3. 近代英語期(1500年~1900年)には標準英語が芽生えるも
    • 25種類の Shakespeare (#1720)
    • 最初の英英辞書 Robert Cawdrey の A Table Alphabeticall (1604年)の表紙 (#586)
    • Dr. Johnson の辞書(1755年)における flower/flour (#183, #2440)
    • アメリカ綴字とイギリス綴字 (#244)
  4. 現代イギリス英語の諸方言 (#1029, #793)
  5. 現代アメリカ英語の諸方言 (#457)
  6. World Englishes は世界を舞台にした英語諸方言といえる.その多様性は推して知るべし.改めて4枚目スライドを参照.
  7. 標準化と脱標準化のサイクル (#3494)

4. 英語に作用する相反する2つの力 — 求心力と遠心力

  1. 「世界に1つの共通言語を」という求心力 (cf. WSSE = World Standard Spoken English)
  2. 「自分たちの独自の言語(方言)を」という遠心力 (World Englishes への分裂)
  3. 世界における英語使用のジレンマ (#2986)
  4. 多様性の許容は英語をバラバラにするか? (#1360)
  5. “mutual intelligibility” vs “identity marking”
  6. 英語が一枚岩ではないのは過去も現在も未来も同じ (#2989)
  7. なぜ近年,新しい表現・概念としての “Englishes” が注目されているのか?
    • 歴史のなかで英語そのものが English から Englishes に多様化してきたわけではない
    • 相対的にあまり注目されてこなかった言語の “identity marking” の機能(遠心力)への関心
    • 英米(変種)の影響力の低下

5. おわりに — 英語は常に多様だった

  1. 英語は歴史の最初から常に拡大し続け,各地で方言化した様々な英語が現われてきた
  2. 21世紀の現在,英語には求心力と遠心力が強く作用している
  3. 新表現 “Englishes” の出現は,遠心力が意識化されてきたことを意味する?
  4. 私たちは “English(es)” に対してどのような態度で向き合っていくのか?

World Englishes に関するお勧め文献(お勧め順に)

参考文献

補遺1:世界英語のモデル

  1. 多くのモデルが提案されてきた
  2. McArthur の “Hub-and-Spokes” モデル (#4501)
  3. Görlach の “Hub-and-Spokes” モデル (#4502)
  4. ピラミッドモデル (#426)
  5. Modiano の同心円モデル (#1106)
  6. Jenkins の3区分モデル (#272)

補遺2:ピジン語とクレオール語

  1. ピジン語とクレオール語,事始め (#4365)
  2. 起源に関する諸説 (#445)
  3. 世界地図で分布をみる (#1531)
  4. 英語ベースのピジン語とクレオール語の一覧 (#463)
  5. English as a Basal Language (EBL)? (#1731, #4488)