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grapheme - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-23 11:02

2014-04-25 Fri

#1824. <C> と <G> の分化 [grammatology][grapheme][latin][greek][alphabet][etruscan][rhotacism][consonant][c][g][q]

 現代英語で典型的に <c> は /k/, /s/ に,<g> は /g/, /ʤ/ に対応する.それぞれ前者の発音は,古英語期に英語が Roman alphabet を受け入れたときのラテン語の音価に相当し,後者の発音は,その後の英語の歴史における発展を示す(<g> については,「#1651. jg」 ([2013-11-03-1]) を参照).ラテン語から派生したロマンス諸語でも,種々の音変化の結果として,<c> や <g> が表わす音は,古典ラテン語のものとは異なっていることが多い.しかし,上で規範であるかのように参照したラテン語の <c> = /k/, <g> = /g/ という対応関係そのものも,ラテン語の歴史や前史における発展の結果,確立してきたものである.
 ラテン語は,後にローマ字と呼ばれることになるアルファベットを,ギリシア語の西方方言からエトルリア語 (Etruscan) を介して受け取った.ギリシアとローマの両文明の仲介者であるエトルリア人とその言語は,「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1]) や「#1006. ルーン文字の変種」 ([2012-01-28-1]) でみたように,アルファベット史上に大きな役割を果たしたが,非印欧語であるエトルリア語について多くが知られているわけではない.しかし,エトルリア語の破裂音系列に有声・無声の音韻的対立がなかったことはわかっている.それにより,エトルリア語では,有声破裂音を表わすギリシア語のβとδは不要とされ廃用となった.しかし,γについては生き残り,これが軟口蓋破裂音 [k], [g] を表わす文字として用いられることとなった.
 さて,エトルリア語から文字を受け取ったラテン語は,当初,γ = [k], [g] の関係を継続した.したがって,人名の省略形では,GAIUS に対して C. が,GNAEUS に対して CN. が当てられていた.しかし,紀元前300年頃に,この文字はとりわけ [k] に対応するようになり,純正に音素 /k/ を表わす文字として認識されるようになった.字体も rounded Γ と呼ばれる現代的な <C> へと近づいてゆき,<C> = /k/ の関係が確立すると,対応する有声音素 /g/ を表わすのに <C> に補助記号を伏した字形,後に <G> へ発展することになる字形が用いられるようになった.こうして紀元前300年頃に <C> と <G> が分化すると,後者はギリシア・アルファベットにおいてζが収っていた位置にはめ込まれた.ζは,ラテン語では後に <Z> として再採用されアルファベットの末尾に加えられることになったものの,[z] -> [r] の rhotacism を経て初期の段階で不要とされ廃用とされていたのである.
 なお,ローマン・アルファベットでは無声軟口蓋破裂音を表わすのに <c>, <k>, <q> など複数の文字が対応しており,この点について英語を含めた諸言語は複雑な歴史を経験してきた.これは,英語の各文字の名称 /siː/, /keɪ/, /kjuː/ が暗示しているように,後続母音に応じた使い分けがあったことに起因する.エトルリア語では,前7世紀あるいはその後まで,CE, KA, QO という連鎖で用いられていた (cf. Greek kappa (Ka) vs koppa (Qo)) .現在にまで続く [k] を表わす文字の過剰は,ギリシア語やエトルリア語からの遺産を受け継いでいるがゆえである.
 以上,田中 (pp. 76--79, 119) を参照して執筆した.

 ・ 田中 美輝夫 『英語アルファベット発達史 ―文字と音価―』 開文社,1970年.

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2013-11-03 Sun

#1651. jg [alphabet][grapheme][grammatology][spelling][pronunciation][g][j][caxton][flemish]

 昨日の記事「#1650. 文字素としての j の独立」 ([2013-11-02-1]) のために <j> の歴史を調べていたときに,Scragg (66--67fn) に記されていた <j> と <g> の相補的関係についての洞察に目がとまった.

In Old French orthography, the sound /dʒ/ (Mod. Fr. /ʒ/) was represented <i> (<j>) before <a o u> and <g> before <e i>. The convention was carried into Middle English in French loanwords, and survives, for example, in jacket, join, July, germ, giant. The resulting confusion with <g> for /g/ has sometimes been avoided by extending <j> to positions before <e> and <i>, e.g. jet (cf. get), jig (cf. gig), or alternatively the French convention of using <gu> for /g/ was adopted (guess, guide). In the sixteenth century, <gu> for /g/ was more widespread than it is today (e.g. guift, guirl 'gift, girl'), and some printers followed Caxton, whose long association with the Netherlands led him to use <gh> for /g/ very frequently (e.g. gherle, ghoos, ghes, ghoot 'girl, goose, geese, goat'). Sixteenth-century books often have <gh> where modern spelling has <gu> (e.g., ghess, ghest), and the Oxford English Dictionary even records ghuest. Sixteenth-century familiarity with Italian literature may have contributed here, as Italian has <gh> for /g/. In English it survives only in ghost, ghastly and gherkin.


 この説明を私なりに整理すると次のようになる.フランス借用語を大量に入れた中英語では,フランス語の綴字習慣をまねて,/ʤ/ に対する綴字を,後続母音の前舌性・後舌性によって <g> か <j> かに割り当てた.一方,<g> は従来 /g/ を表わしていたので,<g> と <j> の音の対応は原則として以下のようになっていた.


<i><e><a><o><u>
<g>/ʤi/, /gi//ʤe/, /ge//ga//go//gu/
<j>

/ʤa//ʤo//ʤu/


 前舌母音の前で <g> が機能過多になっていたことがわかるだろう.これを解消するのに2つの方法があった.1つは,<j> = /ʤ/ の対応を後続母音の種類にかかわらず一般に押し広げることによって,<g> = /ʤ/ の連想を弱めてやろうとする方法である.もう1つは,<g> が前舌母音の前位置で確実に /g/ を表せるように,再びフランス語の綴字習慣を参照して,<gu> を採用しようとする方法である.この結果,本来語的な綴字習慣とフランス語的な綴字習慣が混ざり合って,以下のような分布を示すようになった.


<i><e><a><o><u>
<g>(/ʤi/, /gi/)(/ʤe/, /ge/)/ga//go//gu/
<gu>/gi//ge/


<j>/ʤi//ʤe//ʤa//ʤo//ʤu/


 16世紀になると,/g/ の音価のために,フランス語から借用した <gu> のみならず,Flemish の綴字習慣の影響を受けた Caxton とその後続印刷家により <gh> も用いられるようになった.この <gh> の綴字習慣は後に一般的にはならなかったが,ghost, ghastly など少数の語に痕跡をとどめている.Caxton と Flemish との関わりについては,「#128. deer の「動物」の意味はいつまで残っていたか」 ([2009-09-02-1]) および「#435. <oa> の綴りの起源」 ([2010-07-06-1]) も参照されたい.
 なお,<j> で始まる英単語は原則として英語本来語ではないということを付け加えておこう.

 ・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.

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2013-11-02 Sat

#1650. 文字素としての j の独立 [alphabet][grapheme][grammatology][spelling][pronunciation][punctuation][johnson][j]

 現代英語でアルファベットの第10番目の文字 <j> は,生起頻度としては「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1]) でみたとおり,<z>, <q> に続いて最低である.それほどまでに目立たない文字だが,それもそのはず,独り立ちししてから長めに数えても400年と経っていないのだ.
 <j> は <i> を下にのばし鉤をつけてできた文字である.歴史的には <j> はローマ時代から存在したが,機能としては <i> と重複しており,文字素 <i> の変異形にすぎなかった.つまり,<j> は独立した文字素としてはみなされていなかったのである.中世英語を通じて,<j> は典型的にはローマ数字におけるように,<i> が連続する際の最後の <i> の代わりに用いられた (ex. iiij) .
 ところが,1630--40年に,<i> を母音字として,<j> を /ʤ/ に対応する子音字として用いる現代風の慣習が始まりだす.だが,慣習が始まりだしただけで,すぐに <j> が <i> と区別される独立した地位を獲得したわけではない.それにはさらに時間がかかった.例えば,1755年の Johnson の辞書でも,"I is in English considered both as a vowel and consonant; though, since the vowel and consonant differ in their form as well as sound, they may be more properly accounted two letters" と区別が示唆されてはいるが,実際には <i> で始まる語と <j> で始まる語が同じ見出しのもとに配列されている.つまり,jar, jaw, jay, ice, idol, jealous, jerk, ill などがこの順序で見出しとして現われるのである (Upward and Davidson 184--85) .大文字 <J> と <I> の区別はさらに遅れ,混用は19世初期まで続いた (Crystal 260) .なお,1828年の Webster の辞書では,両文字は完全に区別されている.
 <j> が /ʤ/ に対応する子音字として用いられるようになったのは,古フランス語においてその対応があったからである.ラテン語 iacere, iunctus iuvenis などの語頭の <i> は半子音 /j/ を表わしたが,古フランスに至る過程でこの /j/ は音韻過程を経て,最終的に破擦音 /ʤ/ となった.こうして成立した <i/j> = /ʤ/ の対応関係が中英語にも移植され,17世紀前半に,ある程度安定的に現代風の分布で用いられるようになった (Upward and Davidson 133--34) .また,15世紀のスペイン語における母音字 <i> と子音字 <j> の使い分けの慣習も,英語における両文字の分化に関わっている.これについては,<i>, <j> の上の点 (dot) とも関連して,「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1]) を参照.さらに詳しくは,OED の "J, n. の項を参照されたい.

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2013-06-15 Sat

#1510. scale (鱗)の語源と sc- [etymology][auchinleck][phonetics][consonant][grapheme][palatalisation]

 魚や蛇の鱗を意味する英単語 scale の語源について.OED や語源辞典によると,OF escale(殻) (cf. F écale) を借用したもので,語頭音消失 (aphetic) を経て1300年頃に ME scale として初出する(MED より scāle (n.(1)) を参照).この古仏語形自体も,Frankish *skala (cf. OHG skala) などの借用とされ,遡れば Gmc *skalō,さらに IE *(s)kel- (to cut) へたどり着く.意味の拡がりとしては,切片→殻→鱗というような筋道だろう.OE scealu (shell) や sc(i)ell (shell) に起源をもつ PDE shale (頁岩,泥板岩)や shell (殻)も究極的には同根である.
 語頭子音についてのみ考えれば,Gmc *sk がフランク語などからフランス語を経て [sk] として英語へ伝わったのが scale であり,古英語期の口蓋化・歯擦化を経て [ʃ] へ発展したのが shell であるということになる.
 さて,MEDOED では,scale の初出は1300年頃の作とされる The Auchinleck Manuscript 所収の Guy of Warwick となっている.ところが,作成年代が1世紀ほど先立つ Layamon's Brut を読んでいて,より早い例ではないかと疑われる例に出会った.

10642: Nu he stant on hulle & Auene bi-haldeð Hu ligeð i þan stræme stelene fisces mid sweorde bi-georede .. heore scalen wleoteð, swulc gold-faȝe sceldes.


 だが,これは残念ながら見せかけの初例だったようだ.この韻文テキストにおいて頭韻は規則ではなく任意であるものの,問題の scalen は後の sceldes と [ʃ] で頭韻を踏んでいるとみなすのが妥当だろう.つまり,この scalenscale 系列ではなく,shell 系列の語頭子音を示しているということになる.MED でも,shāle (n.) (b) に Brut の例が挙げられていた.
 中英語で sc- と綴られる子音が [sk] なのか [ʃ] なのかを見分けるには,音韻変化の知識,借用語か否かなどの語源的知識,方言と時代の同定,頭韻の考慮,当該テキストにおける綴字と発音の関係 (Potestatic Substitution Set; [2011-02-20-1]の記事「#664. littera, figura, potestas」を参照) の理解などが必要である.もちろんこれは中英語のみならず古英語にもある程度は当てはまるし, sc- に限った話しではないのだが.

Referrer (Inside): [2013-06-16-1]

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2012-03-08 Thu

#1046. 子音字の重複による複数形の表語性と表意性 [iconicity][reduplication][plural][grapheme][grammatology]

 [2009-07-02-1]の記事「#65. 英語における reduplication」の最後で,pp. (= pages) のような子音字の重複 (reduplication) による特殊な複数形について触れた.書きことば限定の表現ということで,これを "graphemic reduplication" と呼んだが,他に探してみると,あまり知られていないものも含めて以下の9種が見つかった.

cc. = chapters
ff. = following pages, lines, etc.
ll. = lines
mm. = messieurs
pp. = pages
qq. = quartos or questions
ss. = sections
SS. = Saints
vv. = verbs, verses, violins, volumes


 例えば pp. 100--200 のもとにあるのは,"pages 100 to 200" あるいは "page 100 to page 200" であり,ページという概念を2度想起させるので,<p> の文字を2度重ねるという発想だろう.これは,書きことばに反映された iconicity図像性)の一種と考えられる([2009-08-18-1]の記事「#113. 言語は世界を写し出す --- iconicity」を参照).
 さて,上記の表記を読み下す場合には,chapters, lines, pages などと対応する単語の複数形で発音すればよいのだろうが,ff. などは "and (the) following (pages [lines])" などと発音するのだろうか.手元の辞書では,意味は示されているが,読みは示されていない.
 pp. などのようにもとの語句へ容易に展開できる場合には,その表記は略記 (abbreviation) であるとともに表語的 (logographic) であるとみなせる.しかし,ff. のようにもとの語句が必ずしも一意的に定まらない場合には,その表記は表語的というよりは表意的 (ideographic) と呼ぶほうが適切だろう.表意的な表記の特徴は,意味が最重要であり,音(読み)は付随的であるという点にあるから,対応する音(読み)は,言ってしまえばどうでもよい.文字を見て意味をとれれば,必ずしも音読する必要がないのである.[2012-03-04-1]の記事「#1042. 英語におけるの音読みと訓読み」で列挙した i.e. の類も,書きことば専用であり,読みはどうであれ意味がわかればそれでよいという点ではすぐれて表語的であった.
 アルファベットは表音文字の最たるものだが (see ##422,423) ,上記のように,省略という動機づけを得て,表語的に用いられる場合もあるし,さらに表意的に用いられる場合すらあることを見た.文字史では,表意文字→表語文字→表音文字と文字体系が発展してきたと説かれるが,典型的な表音文字にあっても,表語文字や表意文字のもつ機能や価値は部分的に保たれているのである.
 表語的あるいは表意的な文字体系である漢字に慣れている日本語母語話者にとって,英語の ff. のような用法は驚くに値しないだろう.「窪隆」なる漢熟語を見せられれば,「ワリュウ」とは読めなくとも,くぼんだ所ともりあがった所なのだろうなと意味は推測できるし,「堀室」を「コッシツ」と読めなくとも,地下に掘った部屋かなと想像がつく.

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2010-05-06 Thu

#374. <u> と <v> の分化 (2) [alphabet][phoneme][phonemicisation][grapheme][v]

 昨日の記事[2010-05-05-1]に続き,<u> と <v> の分化の話題.今回は,中英語や古英語にまで遡る.
 まず指摘すべきこととして,古英語では <v> という文字は用いられなかった.というのは,古英語では /v/ は音素 ( phoneme ) として確立していず,あくまで音素 /f/ の有声化した異音 ( allophone ) としてのみ存在したからである.alphabet は原則として音素に対応する文字であるから,/v/ という音素がない以上,それに対応する文字は特に必要ではない.例えば,古英語の ofer "over" という語では,子音 [v] を表すのに <f> が用いられた.有声音に挟まれた子音は自動的に有声化するのが古英語の音韻規則なので,<f> と綴って [f] なのか [v] なのかという迷いは生じない.ここでは自動的に [v] の音となる.このように規則がしっかりしているので,<f> という一文字で用が足りる.余分な文字を設けないという意味で,エコである.(現代英語の ofof course の <f> の発音を比較.)
 ところが,中英語の時代に入り状況が変わってくる.これまでは /f/ という音素の異音として存在していた日陰者の [v] が独立して自分の存在をアピールし始めた.音素 /v/ として独立した地位を獲得しだしたのである.この背景には,中英語期のフランス語の流入があった.フランス語では /f/ と /v/ はそれぞれ独立した音素として対立しており,例えば finevine は二つの異なる語だった.このように音素の独立を例証する単語ペアを minimal pair と呼ぶ.古英語ではこのような /f/ と /v/ の minimal pair は存在しなかったが,中英語ではフランス語の <v> をもつ語を多く借用したことで,新しく /f/ と /v/ を対立させるような minimal pair が生まれた.こうして英語で /v/ が音素化 ( phonemicisation ) すると,それに応じて <v> という文字の独立性も感じられるようになった.だが,音素化であるとか文字の必要性であるとか以前に,大量の <v> を含むフランス借用語が現実的に入ってきたことで,<v> の文字としての存在感は十分に感じられていただろう.
 こうして中英語では古英語から用いられてきた <u> とフランス語に倣って新しく使い始められた <v> が並び立つことになった.だが,当初から事態は単純ではなかった.古英語では <u> は原則としてもっぱら母音字として使われており,これはこれで分布が明快だった.もし新たに取り入れられた <v> が音素 /v/ に対応する子音字として確立していれば,現代のように <u> は母音字,<v> は子音字というような明快な分布を示していただろう.ところが,<v> は英語へ取り入れられた当初から母音字として <u> の代わりとしても使われたのである.これは,もとのフランス語でそうだったからでもあるし,さらに言えばラテン語でもそうだったからである.ラテン語では <v> の音価は母音 [u] または子音 [w] であり(子音としては後に [v] へ変化した),一つの文字として扱われても非難を浴びないほどにその音価は近かったのである.
 かくして,古英語では存在すらしなかった <u> と <v> の分布問題が,中英語期にフランスの綴字習慣をならったことで新たに生じてしまった.これが解決されるのに17世紀以降を待たなければならなかったことは,イギリスが中世以降ながらくフランスの影響から抜けきれなかったことを改めて思わせる.
 <u> と <v> について,また phonemicisation については Smith (79-82) を参照.

 ・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.

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2010-05-05 Wed

#373. <u> と <v> の分化 (1) [alphabet][grapheme][v]

 alphabet の歴史はそれだけで本が一冊書かれてしまうほどの深みがある.紀元前1700年から1500年の時代,フェニキア人 ( the Phoenicians ) によって発明されたとされる alphabet の登場は言語史のみならず文明史をも揺るがしたといってよい.現代に伝わるその一文字一文字には,複雑な歴史が刻まれている.
 新年の記事[2010-01-01-1]で,今年はアルファベットの話題も扱おうと述べたもののまだ一つも取りあげていなかったので,今回は <u> と <v> の分化について考えてみたい.文字について語るときには,文字の名称,字形,語中での分布,対応する音価,他の文字との関係など考慮すべき様々な側面があり,説明も簡単ではない.先に関連する表記規則だけ確認しておきたい.文字そのものを表すときには <v> のように表記し,音価を表すときには /v/ (音素表記)や [v] (音声表記)のように表記することとする.
 <u> と <v> は起源を一にする二つの異なる字形である.<w> や <y> も合わせて,究極的には古代ギリシャ語の母音字 <V> へと遡る.現代英語でこそ <u> は母音字,<v> は子音字という区別がつけられているが,この区別が明確になったのは17世紀以降,規則となったのは18世紀以降のことにすぎない.それまでは <u> と書こうが <v> と書こうが,母音と子音のいずれをも表すことができた.現代の感覚では不便に思われるかもしれないが,慣れてしまえばどちらの音価を表しているかで迷うことはない ( ex. ouer "over", vnkind "unkind" ) .17世紀以降に両文字の区別が広まったといってもそれ以前の伝統は根強く,辞書や単語リストでは実に19世紀まで <t> の次の文字として一つに扱われていた.<u> と <v> のアルファベットでの並び順も現在と逆のケースもあり,現在の順番にほぼ固定化したといえるのは1828年の Noah Webster の辞書 The American Dictionary of the English Language 以降である.
 では,17世紀以前,機能上の区別がないにもかかわらず <u> と <v> という二つの異なる字形が存在したのはそもそもなぜか.この謎を解くには,中英語や古英語にまで遡る必要がある.

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