屈折などのパラダイムにおいて,まったく語源の異なる形態があるスロットに入り込んで定着する現象を補充法 ( suppletion ) ということは,[2009-06-10-1]の記事で触れた.go -- went や good -- better が代表的な例として挙げられるが,現代英語の序数詞の系列にも補充が起こっている.
second の語源について話していたときに,学生が鋭く指摘してくれたことである.序数詞 second は,ラテン語の異態動詞 ( deponent verb ) sequī の過去分詞形 secūtus に由来する借用語である.だが,現代英語の序数詞の系列では second 以外はすべて本来語であり,second だけが浮き立っている.
古英語では,second の意味を表すのに本来語の ōþer ( > PDE other ) を用いていた.その名残は,現代英語の every other day ( = every second day ) という句に見られる.だが,このスロットを後に( OED の初例は1297年)外来語の second が埋めたわけであるから,これは補充法の例ではないかというわけである.
よく考えてみると,そもそも本来語の other 自体が補充形である.そして,これまた本来語の first も然り.「3番目」以上は,すべて基数詞に序数語尾 -th が付加されただけの「規則形」である.確かに,third のように若干の語尾音変化と音位転換[2009-06-27-1]を経たものもあるが,原則として規則的といっていいだろう.
だが,first は one と語源的なつながりはないし,other も two とは無関係である.語尾を見るとわかるが,first は最上級,other は比較級と関係しており,そこからそれぞれ「1番目」「2番目」の意味が生じてきているのであり,対応する基数詞には関係していない.
以上から,序数詞系列について補充法を論じる場合 second のみが借用語であるという点において補充法の例となるのではなく,そもそも first と second ( other ) が接尾辞付加規則とは無縁である点において補充法の例となる,というほうが正しいように思われる.
昨日の記事[2009-07-04-1]で,序数詞 first は最上級語尾をもっていることを指摘した.それでは,何の最上級なのか.
fir の部分はゲルマン祖語の *fur- 「前に」に遡り,その意味と形態の痕跡は before, far, fare, for, for-, fore, forth, from などに残る.first の母音は,ウムラウトによる.
したがって,最上級 first の原義は「(時間的に)最も前」すなわち "earliest" ということになる.一方,古英語には "early, before" の意味を表す別の語として ǣr があった.これは現代英語では古風な ere に残っているし,early はそれに -ly 語尾をつけた形に由来する.ǣr の最上級 ǣr(e)st は,現代英語では erstwhile 「昔の,かつての」という語のなかに生き残っている.
規範文法によれば,副詞・形容詞 far の比較級(および最上級)には標題のとおり2種類があり,用法の区別が説かれる.Usage and Abusage より,その区別をみてみよう.
farther, farthest; further, furthest. 'Thus far and no farther' is a quotation-become-formula; it is invariable. A rough distinction is this: farther, farthest, are applied to distance and nothing else; further, furthest, either to distance or to addition ('a further question').
規範文法ではなく記述文法でいえば,口語や特に BrE では farther, farthest は廃れる傾向にあり,用法の区別も失われてきているという.
用法の区別の前提となっているのが形態の区別だが,そもそもなぜ2つの異なる形態が生じたのだろうか.far の比較級,最上級の形態については,2つの問題がある.1つは,なぜ原級には含まれない th が挿入されているのか,もう1つは,なぜ第1母音(字)の異形として u が現われたのか.
far の古英語の形態は feor(r) だった.さらに語源を遡れば,「#68. first は何の最上級か」 ([2009-07-05-1]) および「#695. 語根 fer」 ([2011-03-23-1]) で見たように,印欧語根 *per にたどりつく.古英語での比較級,最上級はウムラウト (i-mutation) 母音を示す fierr, fi(e)rrest だったが,これは12世紀以後には廃れた.代わって,原級の母音を反映した類推形 ferrer, farrer また ferrest, farrest が勢力を得て,17世紀頃まで用いられた.
さて,古英語には,究極的な語源こそ同じ *per に遡るが,独立して発達してきた forþ "forth" という語があった.この比較級が furþor という形態だった."far" の比較級としての fierr と "forth" の比較級としての furþor は,意味の上では「さらに先(の),さらに遠く(の)」と類似しているので,形態的に混同が生じた.そうして,"far" の系列に非語源的な th が挿入され,"forth" の系列に非語源的な母音 e が侵入した.中英語では ferther などの形態が広く行なわれたが,近代英語の17世紀以後は,母音変化を経て生じた farther の形態が標準化された.これと平行して,混同以前の語形を伝える最も語源的といってよい further も存続した.こうして,farther と further が,ともに far の比較級と解釈されつつ生き残ってきたのである.最上級の形態も,同様に説明される.
近代以後,両者の並立を支えてきたのは規範文法に基づく用法の区別であると推測されるが,用法の区別それ自体にある程度の歴史的な根拠のあることが,上述の語史からわかる.母音に注目すれば,farther は far の比較級であり,further は forth の比較級であるから,前者が物理的距離の意味に,後者が比喩的な順番などの意味に対応するのは理解しやすい.
・ Partridge, Eric. Usage and Abusage. 3rd ed. Rev. Janet Whitcut. London: Penguin Books, 1999.
過去二日の記事との関連で,今日は序数詞 second について.[2009-07-04-1]でも述べたとおり,語源はラテン語の異態動詞 ( deponent verb ) sequī "follow" 「あとに続く」の過去分詞形である.sequī から派生した語はおびただしく,枚挙に暇がないが,second 自体の意味の広がりを見るだけでも十分に興味深い.
「あとに続く」の原義を念頭におけば,「後押しする」→「支持する」ということで動詞用法も理解できる.会議などで使われる Seconded. 「異議なし!」という表現があるが,これは語源的には二重過去分詞とでも呼ぶべきものかもしれない.
他に ボクシングの「セコンド」も支持する者である.そして,あるものに続けば,それが「2番目」となるのは自然である.second の意味の広がりは広い.
今日はもう一つ second に関する話題.昨日[2009-07-06-1]は second の語源にさかのぼって,「2番目の」という意味がいかにして生じたかを見たが,second のもう一つの意味,すなわち名詞としての「秒」,の成り立ちを考えてみよう.これは minute 「分」と合わせて考える必要がある.
ラテン語では,「分」のことを,pars minūta prīma "first divided part" と表現した.「1時間」を分割して得られる各部分が「1分」という発想である.minūta は,minimum, minor, mince と同根で,「切り刻まれて小さくなった」の意である.prīma は「1番目の」の意味で,英語にも借用され,prime minister, primary, primitive などに確認される.
一方,「秒」はラテン語で pars minūta secunda "second divided part" と表現した.最初に分割して得られた「分」をもういちど分割したので,「2番目の分割」ということになる.
それぞれ3語からなる長い表現なので,後に一語を残して刈り取られた ( clipping ) が,刈り取られる部分が異なっていたのがミソである.そして,その縮約形が,後に英語へ借用された.
・minute < (pars) minūta (prīma)
・second < (pars minūta) secunda
英語には,for a split second 「ほんの一瞬の間」という言い方があるが,「秒」がさらに split 「分割」されるわけだから,さしずめ pars minūta tertia "third divided part" といったところか.
[2009-07-06-1]で,second 以外にも「sequī から派生した語はおびただしく,枚挙に暇がない」と書いたが,今日はそれをあえて枚挙してみたい.このような目的には,福島治先生の『英語派生語語源辞典』が大活躍である.英語に入ったラテン語起源の派生語のことならばこの辞典に限る,といえるほどの驚くべき辞典である.読んで楽しい辞典とはこのことだ.この辞典のおかげで,私の仕事は,ここから sequī より派生した単語を拾って打ち込むだけで済む.福島先生に感謝.
subsequent, subsequently, subsequence, second, secondly, secondary, secondarily, sect, sectary, sectarian, sectarianism, sequence, sequent, sequential, sequel, sequacious, sequacity, sequester, sequestered, sequestrate, sequestration, sue, suit, suitable, suitably, suitability, suite, suitor, consecution, consecutive, consecutively, consequence, consequent, consequently, consequential, consequentially, consequentiality, inconsecutive, inconsequence, inconsequent, inconsequently, inconsequential, inconsequentially, inconsequentiality, ensue, execute, execution, executive, extrinsic, extrinsically, intrinsic, intrinsically, obsequies, obsequious, obsequiously, persecute, persecution, prosecute, prosecution, pursue, pursuance, pursuant, pursuantly, pursuit
上記の例は網羅的ではないので,ここに含まれない派生語もあり得る.
もともとの sequī "to follow" と,形態や意味のつながりが不明なものも多いかもしれないが,実はすべてどこかでつながっている.各単語の詳細については『英語派生語語源辞典』や OED などを参照してもらいたいが,少しだけ例を挙げておこう.
sect 「学派,教派」は,ある信条に付き従う ( follow ) 人々の集団である.sue 「訴える」は,付き従い,追いかけ,訴追することである.obsequies 「葬儀」は,追従し,尊崇する者の死に際して敬意を払う儀式である.
まさか「2番目の」と「秒」と「葬儀」と「訴える」が同根とは誰も思わなかっただろう.語源を探ることは,思いもよらない新たな意味の関連を得ること,新たな発想を得ることなのである.([2009-05-10-1]に語源と発想についての関連記事あり.)
・ 福島 治 編 『英語派生語語源辞典』 日本図書ライブ,1992年.