hellog〜英語史ブログ

#457. アメリカ英語の方言区分( Kurath 版)[ame][dialect][map]

2010-07-28

 アメリカ英語の顕著な特徴の一つに,言語的な同質性がある.アメリカの国土面積は世界第3位で,イギリスの40倍,日本の26倍と実に広大だが,その割には方言差が僅少である.その理由は複合的であり,歴史が浅いこと,イギリス諸島の故地から持ち込まれた様々な英語変種の混成であること,多種多様な移民の言語との混成であること,標準を遵守する傾向,合理主義的な言語観などが挙げられるだろうか.
 しかし,イギリス英語などと比べて相対的に同質的ということであり,アメリカ英語にも方言は存在する.最も簡便なアメリカ英語の方言区分は,the New England dialect, the Southern dialect, General American と三分する方法である.General American は,その他二つの方言でない方言として定義される大雑把な方言で,一般的なイメージのアメリカ英語に最も近い.
 だが,この大雑把な区分はアメリカ方言学の発展とともに大幅に修正・置換されてきた.アメリカ方言学の本格的な研究は,ミシガン大学の Hans Kurath の指揮するプロジェクト The Linguistic Atlas of the United States and Canada として1931年に始められた.1939年に New England,1973--76年に the Upper Midwest,1986--92年に the Gulf States の方言地図が出版され,関連する研究は現在も継続中である.
 これらの一連の研究のなかで,1949年に Kurath が出版した A Word Geography of the Eastern United States は現在でも重要な地位を占めている.Kurath は語彙の分布に基づいてアメリカ英語をまず18の小方言区に分け,それを Northern, Midland, Southern の3つの大方言区にまとめた.以下は,Crystal (245) の地図をもとに作成した Kurath の方言区分地図である.

Map of the American Dialects by Kurath

 アメリカ方言の区分法には様々な代替案が提起されており,現在でも議論が絶えないが,この Kurath の区分法は基本として押さえておきたい.アメリカ英語の方言区分については,Baugh and Cable (376ff) がよくまとまっている.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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#458. アメリカ英語の方言区分( Baugh and Cable 版)[ame][dialect][map]

2010-07-29

 昨日の記事[2010-07-28-1]に引き続き,アメリカ英語の方言区分について.昨日の Kurath の区分は広く知られているが,Baugh and Cable がその古典的英語史書のなかで採用している区分も影響力があると思われるのでノートしておきたい.
 Baugh and Cable は,アメリカを南北に大きく4つに分ける区分法を採用している.上から順に Upper North, Lower North, Upper South, Lower South である.これに加えて,Upper North の東端を構成する Eastern New England は別の方言とみなすのに十分独特であり,同じく New York City (NYC) も別扱いとし,合わせて6つの方言が区別されることになる.以下の方言地図は,Baugh and Calbe (377) をもとに作成した.

Map of the American Dialects by Kurath

 6方言それぞれの特徴は Baugh and Cable (379--91) にまとまっているのでここでは省略するが,[2010-07-24-1], [2010-06-07-1]で話題にした postvocalic r の有無,cotcaught の母音対立の有無,fast の母音の音価などが方言区分の鍵となっている.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

Referrer (Inside): [2012-02-21-1]

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#452. イングランド英語の諸方言における r[dialect][rhotic][bre][phonetics][lexical_diffusion][map]

2010-07-23

 [2010-06-07-1]の記事で New York City の r について触れたが,今日はイングランドにおける r を取り上げる.典型的にイギリス英語では,armfar など母音後の r ( postvocalic r ) は発音しない ( non-rhotic ) とされる.しかしこれはイギリス英語全般に当てはまるわけではない.スコットランドやアイルランドでは r が広く聞かれるし,実はイングランドでも rhotic な地域のほうが面積としては広い.以下は,arm という語の伝統的な方言の分布を示したイングランドの地図である ( Trudgill, pp. 25--28 ).

 Rhotic Areas in England

 ロンドンとそこから東部や北部に向かっては non-rhotic な地域が広がっているが,南部,西部の大域やスコットランドに近い北部の周辺では rhotic な発音が聞かれる.地図上に (r) で示されている小区画では,単語毎に rhotic か non-rhotic かが異なる地域である.
 もともとはイングランドでもすべての地域で r は発音されていた.綴字に <r> が残っていることからもそのように考えるのが妥当である.ところが,250年ほど前に,ロンドン付近の東部方言で r が脱落するという音声変化が生じた.このロンドン付近発祥の革新が北部や東部へと波状に広がり,各地の方言の語彙を縫うように拡大していった.この伝播は最北部や西部の保守的な方言の境目にぶつかることで減速・休止し,現在の分布に至っている.周辺地域に r が残っていること,また語によって r の発音の有無が異なる地域があることは,伝播の波が地理的にも語彙的にも一気に展開したわけではなく,徐々に浸透していったことを示唆する.イングランド英語における r の脱落は語彙拡散 ( lexical diffusion ) の一例と言っていいだろう.
 ロンドン方言や標準イギリス英語が non-rhotic であるから「イギリス英語=イングランド英語=non-rhotic」という等式を信じてしまいがちだが,これが不正確であることがわかるだろう.むしろ,面積でみる限り,イギリス英語あるいはイングランド英語はどちらかというと rhotic であるという事実が浮かび上がってくる.

 ・ Trudgill, Peter. The Dialects of England. 2nd ed. Oxford: Blackwell, 2000.

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#453. アメリカ英語の諸方言における r[dialect][rhotic][ame][phonetics]

2010-07-24

 昨日の記事[2010-07-23-1]に引き続き,postvocalic r の話題.[2010-06-07-1]で見たように典型的なアメリカ英語では postvocalic r は発音されるが,イングランドの場合と同様に,アメリカでも典型から逸脱する方言は存在する.若田部 (33) によると,アメリカ英語の rhotic の分布は以下のようになる.

 Rhotic Areas in US

 面積でいうとイングランドの non-rhotic 率が意外と低かったのに対し,アメリカの rhotic 率は著しく高い.若田部が拠っている参考文献はすでに古いということを前提としてだが,アメリカ英語話者の 2/3 から 3/4 ほどが rhotic であるという情報もある.しかし,New England 東部,New York City,南部からメキシコ湾岸部にかけての地域がアメリカではマイナーな non-rhotic な地域であるということを知っておくことは英語史的には重要である.というのは,これらの non-rhotic な地域は,すでに non-rhotic 化していたかあるいは non-rhotic 化しつつあったイングランド南部からの移民が中心となって植民した地域だからである.一方で,広大な rhotic な地域は,従来 General American と呼ばれてきた方言区域とおよそ一致し,歴史的には rhotic であった英国北部諸地域からの移民によって主に開拓されてきた地域である.イギリスでの r の分布と移民の歴史を考え合わせると,アメリカでの r の分布は合点がいく.Krapp ( Vol. 2, 228 ) は,英米の r の分布の符合が偶然ではなく歴史的な継承 ( inheritance ) に基づいていることを確信している ( see [2009-12-21-1], [2009-12-23-1] ) .

. . . one must be assured that the weakening of [r] in America was really an older dialectal phenomenon, a trait of speech which did not develop on American soil in the eighteenth century, but one which went back, as a common inheritance of both British and American speech, to an early colonial custom in America.


 もっとも,[2010-06-07-1]で見た Labov の研究が示唆する通り,現在では伝統的なアメリカの non-rhotic な地域でも r が聞かれるようになってきているようだ.

 ・ 若田部 博哉 『英語史IIIB』 英語学大系第10巻,大修館書店,1985年.
 ・ Krapp, George Philip. English Language in America. 2 vols. New York: Century, 1925.

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#406. Labov の New York City /r/[sociolinguistics][phonetics][language_change][ame_bre][rhotic]

2010-06-07

 car, hear などにみられる語尾の <r> が発音されるか ( rhotic ),発音されないか ( non-rhotic ) は,一般に英語の英米差と結びつけられることが多い.しかし,一般に non-rhotic とみなされるイギリス英語でも,ロンドンを中心とする南東部以外の方言では広く /r/ が聞かれるし,一般に rhotic とみなされるアメリカ英語でも,New England や Southern の方言では /r/ が発音されない.したがって,一般に言われている /r/ の英米差は,あくまでイギリス英語とアメリカ英語の標準的な変種を比べての話である.
 New York City ( NYC ) も,20世紀前半にはアメリカ英語らしからぬ non-rhotic な地域であった.これは当時の諸記録や映画からも明らかである.しかし,以降,現在に至るまで,アメリカ英語の大半に歩調を合わせるかのごとく NYC でも /r/ が発音されるようになってきている.ここ数十年の間に一つの言語変化が起こってきたということになるが,この変化に注目し,社会言語学の先駆的な調査・研究を行ったのが University of Pennsylvania の William Labov だった.彼の研究は後の社会言語学のめざましい発展に貢献し,その独創的な手法は今なお人々の興味を引いてやまない.
 20世紀後半の言語学者は NYC の人々が /r/ を発音したりしなかったりする事実には気づいていたが,その使い分けや分布はランダムであり,個々人の好みの問題にすぎないと考えていた.しかし,Labov はその分布はランダムではなく何らかの根拠があるはずだと考えた.そこで,社会階級によって分布が異なるのではないかという仮説を立て,それを検証すべく次のような調査を計画した.階級レベルの高い人々ほど /r/ を発音する傾向があり,低い人ほど /r/ を発音しない傾向があると仮定し,NYC にある客層の異なる三つの百貨店で販売員の発音を調査することにしたのである.というのは,別の研究で,販売員は主な客層の話し方に合わせて話す傾向があるとされていたので,販売員の発音は対応する客層の発音を代表しているはずだと考えたからである.
 Labov は,高階級の Saks Fifth Avenue,中階級の Macy's,低階級の Klein's という百貨店をターゲットにした.いずれの百貨店も,一階は客で込み合っており商品も多く陳列されている庶民的なフロアだが,最上階は客が少なく商品もまばらで高級感のあるフロアとなっている.Labov はまず一階の販売員に,四階に売られていることがあらかじめわかっている商品を挙げて,○○の売場はどこですかと尋ねた.販売員の fourth floor という返答により,二つの /r/ の有無を確かめることができるというわけだ.さらに,Labov はその返答が聞こえなかったように装い,もう一度,今度はより意識された丁寧な発音をその販売員から引き出した.次に4階に上がり,ここは何階かと販売員に尋ねることで,再び /r/ の有無のデータを引き出した.このようにして多くのデータを集め,様々なパラメータで分析したところ,当初の予想通りの結果となった.
 三つの百貨店を全体的に比べると,高階級の Saks で rhotic の率がもっとも高く,低階級の Klein's でもっとも低かった.また,各百貨店についてデータを見ると,一階よりも上層階での発音ほど /r/ を多く含んでいることがわかった.また Klein's については,聞き返した二度目の発音のほうが一度目よりも多く /r/ を含んでいることがわかった.結果として,NYC の話者は階級が高いほど,また意識して発音するほど rhotic であることが判明した.こうして,社会的な要因で rhotic か non-rhotic かが無意識のうちに使い分けられているということが明らかになったのである.
 この調査の詳細は Labov の著書に詳しいが,上の要約は Aitchison (42--45) に拠った.

 ・ Labov, William. Sociolinguistic Patterns. Philadelphia: U of Pennsylvania P, 1972.
 ・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2001.

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#315. イギリス英語はアメリカ英語に比べて保守的か[ame_bre]

2010-03-08

 英語の英米差については,これまでもいくつかの記事で取り上げてきた ( see ame_bre ).広く信じられている「神話」によれば,アメリカ英語 ( AmE ) が革新的で,イギリス英語 ( BrE ) が保守的ということになっている.国民性についてのステレオタイプに基づく神話といっていいだろう.英語史ではよく取り上げられることであるが,実際には,AmE に古い語法が残っていたり,BrE に革新的な語法が見られることも少なくない.そもそも英語史の舞台の大半はイギリスであり,AmE の誕生につながる近代英語期まで,英語という言語はまさにそのイギリスで数々の言語変化を経てきたのである.歴史的にみて BrE が絶対的に保守的であるということはできない.
 生きた言語である以上,AmE も BrE もある意味では革新的であり,ある意味では保守的である.今回は,AmE と BrE の標準的な変種がそれぞれどのような古い語法を保ち続けているかについて代表的なものを列挙する.以下,典拠は Algeo .

[ AmE のほうが保守的である点 ]

(1) more, mother などの /r/ .BrE では発音しない方向へ変化し,現在にいたっている.
(2) path, calf, class などの /æ/ .BrE では /ɑ:/ へと変化し,現在にいたっている.
(3) secretary /ˈsekrəˌteri/ などで最後から二番目の音節に第2アクセントをもつ.BrE では,通常 /ˈsekrətri/ と母音が消失し,3音節語になる.
(4) Chaucer も愛用した I guessI think の意味で頻用する.BrE では guess はもっぱら「言い当てる」の意.
(5) get の過去分詞としての gotten の使用.BrE では got のみ.ちなみに AmE でも got を使わないわけではないが,gotten とは意味が異なる.例えば,I've got a cold = I have a cold だが,I've gotten a cold = I've caught a cold .( see also [2010-03-05-1] )
(6) They insisted that he leave. などにおける仮定法の使用.BrE では should を用いるのが通例.( see also [2010-03-05-1], [2009-08-17-1] )

[ BrE のほうが保守的である点 ]

(1) atomAdam など母音間の /t/ と /d/ を明確に区別する.AmE では弾音化 ( flap ) して両語が同じ発音になる.
(2) callousAlice などが韻を踏まない(最終音節が異なる発音を保っている).AmE では,最終音節の母音が曖昧母音 /ə/ へ融合するため,韻を踏む.
(3) father /ˈfɑ:ðə/ と fodder /ˈfɒdə/ などで強勢音節の母音が異なる.AmE では /ɑ:/ へ融合.
(4) I reckonI think の意味で使用する.AmE では,reckon は通常「計算する,見積もる」の意.
(5) fortnight 「二週間」, corn 「穀物」などの使用と意味.AmE では通常,前者は使わず,後者は「トウモロコシ」の意に限定.
(6) Have you the time? など一般動詞としての have を助動詞のように前置する文法.AmE では Do you have the time?

 いずれの変種にも革新性と保守性は備わっており,どちらがより革新的なのか保守的なのかは判然としないというのが事実だろう.一方で,Algeo の次の見解にも留意しておきたい.

Perhaps Americans do innovate more; after all, there are four to five times as many English speakers in the United States as in the United Kingdom. So one might expect, on the basis of population size alone, four to five times as much innovation in American English. Moreover, Americans have been disproportionately active in certain technological fields, such as computer systems, that are hotbeds of lexical innovation. (182)


 ・ Algeo, John. "America is Ruining the English Language." Language Myths. Ed. Laurie Bauer and Peter Trudgill. London: Penguin, 1998. 176--82.

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#627. 2変種間の通時比較によって得られる言語的差異の類型論[language_change][speed_of_change][corpus][brown][ame_bre]

2011-01-14

 [2010-06-29-1]の記事でみたように,The Brown family of corpora を構成する4コーパス ( Brown, Frown, LOB, F-LOB ) を用いることによって英語の英米変種間の30年間ほどの通時変化を比べることができる.このように信頼するに足る比較可能性を示す複数のコーパスを用いた通時研究は "diachronic comparative corpus linguistics" (Leech et al. 24) と呼ばれており,相互に30年ほどの間隔をあけた英米変種のコーパス群が過去と未来の両方向へ向かって編纂されてゆくものと思われる.
 地域変種と年代という2つのパラメータによって得られる言語項目の頻度の差について,理論的な解釈は複数ありうる.Brown family の場合にはどのような解釈があり得るか,Mair (109--12) が論じている2変種間の通時比較によって得られる言語的差異(の有無)の類型論 ( "typology of contrasts" ) を改変した形で以下に示そう."=" は変化の出発点を,"+/-" は変化の生起とその方向を示す.

 (1) nothing happening
    BrE: = → =
    AmE: = → =

 (2) stable regional contrast
    BrE: = → =
    AmE: +/- → +/-

 (3) parallel diachronic development
    BrE: = → +/-
    AmE: = → +/-

 (4) convergence: Americanization
    BrE: +/- → =
    AmE: = → =

 (5) convergence: 'Britishization'
    BrE: = → =
    AmE: +/- → =

 (6) incipient divergence: British English innovating
    BrE: = → +/-
    AmE: = → =

 (7) incipient divergence: American English innovating
    BrE: = → =
    AmE: = → +/-

 (8) random fluctuation
    BrE: = → +/-
    AmE: +/- → +/-

 (1), (8) は最も多いが観察者の関心を引かない平凡なタイプの差異(の欠如)である.(2) は確立された不動の英米差,例えば <honour> vs. <honor> の綴字や got vs. gotten の使用が例となる.(3) の例は Mair では挙げられていないが何があるだろうか.(4) は Americanization の事例,例えば help が原型不定詞を取るようになってきている傾向を思い浮かべることができる(ただし BrE でのこの傾向はすべてが Americanization に帰せられるというわけではない).(5) は非常にまれだが 'Britishization' の例である.例えば AmE での準助動詞表現 have got to の広がりは BrE に牽引されている可能性があると疑われている.(6) は,BrE で prevent が "O + from + V-ing" ではなく "O + V-ing" を好んで選択するようになり出している傾向が例に挙げられる.(7) は,AmE で beginto 不定詞でなく V-ing を取る頻度が高まり出している傾向が例となる.
 理論的には,さらに変化の速度を考慮しなければならない.例えば (3) のように両変種で同方向の通時変化が生じている場合でも,変種間で変化の速度に差があれば結果として平行にはならないだろう.上記の類型論に速度という観点を持ち込むと,相当に細かい場合分けが必要になるはずである.このように複雑な課題は残っているが,2変種2時点を比較する "diachronic comparative corpus linguistics" の理論的原型として,上記の "typology of contrasts" は有用だろう.もちろん,このタイポロジーは,BrE と AmE において30年ほどという短期間に生じた通時変化だけでなく,近代以降の両変種の通時的発達を記述するモデルとしても有効である.広くは,[2010-10-09-1]の記事で扱った世界英語の convergence と divergence の問題にも適用できると思われる.

 ・ Leech, Geoffrey, Marianne Hundt, Christian Mair, and Nicholas Smith. Change in Contemporary English: A Grammatical Study. Cambridge: CUP, 2009.
 ・ Mair, Christian. Three Changing Patterns of Verb Complementation in Late Modern English: A Real-Time Study Based on Matching Text Corpora." English Language and Linguistics'' 6 (2002): 105--31.

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#628. 2変種間の通時比較によって得られる言語的差異の類型論 (2)[language_change][speed_of_change][ame_bre][americanisation][wsse]

2011-01-15

 昨日の記事[2011-01-14-1]で,The Brown family of corpora の使用を念頭に,英米2変種2時点のクロス比較によって観察される,言語項目の頻度差に関する類型論を Mair (109--12) に拠って概説した.それをより一般的な形でまとめようとしたのが,Leech et al. (43) の類型論である.ここでも念頭にあるのは The Brown family of corpora の4コーパス ( Brown, Frown, LOB, F-LOB ) だが,昨日の類型論よりも抽象的なレベルでいくつか有用な用語を導入している.

 (a) regionally specific change: 一方の変種には通時変化が見られるが,他方の変種には見られない場合.逆に,(どのような変化の方向であれ)両変種で通時変化が見られる場合は regionally general change と呼ばれる.
 (b) convergent change: 両変種で収束する方向へ通時変化が生じている場合.逆に,分岐する方向へ変化が生じている場合は divergent change と呼ばれる.
 (c) parallel change: 両変種で平行的に通時変化が生じている場合.完全に逆方向に生じている場合は contrary change と呼ばれる.
 (d) different rates of change: 両変種で同方向に通時変化が生じているとしても,変化の速度が異なっている場合がある.速度がおよそ同じであれば,similar rates of change と呼ばれる.
 (e) different starting/ending points: 両変種で通時変化の開始時期あるいは終了時期が異なっている場合.およそ同じタイミングであれば,similar staring/ending points と呼ばれる.
 (f) the follow-my-leader pattern: 両変種で平行的に通時変化が生じているが,一方が他方をリードしていると考えられる場合.(c) の下位区分と考えられる.

 これを昨日の類型論と掛け合わせると相当に複雑な様相を呈するだろう.1変種に固定してその中で通時変化を扱う研究,あるいは2変種を取り上げて共時的な比較する研究ですら十分に複雑な問題が生じるのであるから,2変種2時点のクロス比較の研究がいかに複雑を極めることになるかは想像できそうだ.
 英語諸変種の Americanization が1つの潮流であるとすると,ある変種が AmE を参照点として相対的にどのように通時変化を経ているかを短期的に観察する研究はどんどん増えてくるかもしれない.また,AmE が参照点であるというのも一過性のことかもしれず,今後,WSSE ( World Standard Spoken English ) やインド英語など別の変種が参照点になってゆくという可能性も,少なくとも部分的には否定できない.参照変種の影響力を見極めるために,"diachronic comparative corpus linguistics",2変種2時点クロス比較研究が,今後はもっと注目されてくるのではないだろうか.

 ・ Mair, Christian. "Three Changing Patterns of Verb Complementation in Late Modern English: A Real-Time Study Based on Matching Text Corpora." English Language and Linguistics 6 (2002): 105--31.
 ・ Leech, Geoffrey, Marianne Hundt, Christian Mair, and Nicholas Smith. Change in Contemporary English: A Grammatical Study. Cambridge: CUP, 2009.

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