hellog〜英語史ブログ

#442. 言語変化の原因[language_change][functionalism][contact][causation]

2010-07-13

 言語変化がなぜ生じるか,その原因については様々な研究がなされてきた.言語変化の causation に関する議論は,基本的には後付けの議論である.過去に生じた,あるいは今生じている言語変化を観察し,状況証拠から何が原因だろうかと推測する.多くの場合,そのように推測された原因は当該の言語変化についてのみ有効な説明であり,別の変化に適用したり,今後の変化を予測するのには役立たない.また,ほぼすべての言語変化において原因は一つではなく複数の原因が複合的に組み合わさっていると考えられ,causation の議論では一般論が成立しにくい.
 しかし,概論的にいえば多くの言語変化に当てはまると考えられる傾向はあり,いろいろと分類されている.細分化すればきりがないが,基本的に同意されていると思われるのは,言語内的 ( language-internal ) な原因と言語外的 ( language-external ) な原因とに二分するやり方である.Brinton and Arnovick ( 56--62 ) に従って,代表的な原因を箇条書きしよう.いくつかの項目の末尾に,関連するキーワードと本ブログ内へのリンクを付した.

・ Language-Internal Causes

   [ 話者がおよそ無意識的 ]
  ・ ease of articulation ( assimilation )
  ・ perceptual clarity ( dissimilation )
  ・ phonological symmetry ( [2009-11-27-1] )
  ・ universal tendencies
  ・ efficiency or transparency

   [ 話者がおよそ意識的 ]
  ・ spelling pronunciation ( spelling_pronunciation )
  ・ hypercorrection
  ・ overgeneralization
  ・ analogy ( analogy )
  ・ renewal
  ・ reanalysis ( reanalysis, metanalysis )

・ Language-External Causes

  ・ contact-induced language change ( contact )
  ・ extreme language mixture ( leading to pidgins, creoles, and bilingual mixed languages ) ( pidgin, creole )
  ・ language death ( language_death )

 言語内的な原因については,話者が当該の変化について無意識的なのか意識的なのかで二分されているが,意識の有無は程度の問題なので絶対的な基準にはならないだろう.
 関連する記事として,[2010-07-01-1], [2010-06-01-1]の記事も参照.

 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.

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#430. 言語変化を阻害する要因[language_change][sociolinguistics][icelandic][old_norse][speed_of_change]

2010-07-01

 言語変化はほとんどの場合,人為的な制御がきかない.起こるときには自然に起こってしまうものである.綴字改革や常用漢字制定など,人々が意識的に言語を統制しようとする例もあるが,必ずしもうまくいかないことが多い.しかし,Keller のいうように,個々の人間の制御は効かないとしても社会全体が見えざる手となって言語変化をもたらしていることは確かである.そして,言語変化の起こりやすさや進行速度も,社会条件によって変化すると考えられる.
 英語は相当の変化を経てきた言語だと思うが,それはイギリスを中心とした英語社会が歴史的に変動の多い社会だったからだと言われる.イギリスは幾多の征服を被り,人口構成を組み替え,大陸文化を吸収し,自らも外に飛び出して世界帝国となった.多くの激しい社会変動を経た国であるから,その言語も大きく激しく様変わりするというのは理解しやすい.
 それとは反対に,一般に社会変動が少ないと言語変化も少ないと考えられる.ここでは言語変化を阻害しうる要因を考えてみたい.以下は,Brinton and Arnovick (16) に挙げられている要因である.

 ・ geographic isolation, which protects a language from foreign influence;
 ・ separation from the mother tongue, which leads to conservatism on the part of speakers who are reluctant to depart from tradition;
 ・ political and social stability, which eliminates the need for linguistic change to meet changing social conditions;
 ・ attitudes of ethnic and linguistic purism, which encourage the vigilance of speakers of a language against external influences and internal change; and
 ・ a strong written tradition.


 Brinton and Arnovick はその他に言語的統一を推奨する mass communication も言語変化を阻害する要因であるとしている.さらに,purism や written tradition とも深く関係するが,教育の普及,特に言語教育の普及も規範主義 ( prescriptivism ) を促進するため,言語変化を阻害する要因の一つと考えられるだろう.
 さて,これらの要因の多くを合わせもつ社会の典型に Iceland がある.Iceland で話されている Modern Icelandic は,Old Icelandic の時代から言語的に大きく変化していない ( see [2010-04-20-1] ) .特に書き言葉に関する限り,変化は僅少である.これは,Iceland が (1) 地理的に孤立しており,(2) Scandinavia の故地から遠く隔たっていることにより保守的であり,(3) 政治社会的に安定しており,(4) 借用語使用を忌避する強い言語純粋主義をもっており,(5) 11世紀からの長い書き言葉の伝統を有していることによると考えられる.
 一方で,英語が比較的短期間の間に著しく変化した古英語後期から初期中英語期のイギリス社会を考えてみよう.そこでは,(1)(2) 島国ながらも大陸との関係が深く,孤立していず ( see [2009-10-03-1] ) ,むしろ大陸のヴァイキング(ゲルマン語派の同胞)やノルマン人と激しく接触していた.また,(3) 征服による動乱の政治社会であり,(4) 民族混交によりそもそも純粋主義を掲げている場合ではなく,(5) ノルマン人のフランス語が書き言葉の標準となったために,英語の書き言葉の伝統はほぼ失われた.言語変化を阻害する要因が一切見あたらないのである.
 では,現代英語はどうだろうか.globalisation や社会の可動性という側面を考えれば,現代英語では言語変化が激しく生じるだろうという可能性を予想させる.一方で,マスメディアの隆盛や教育の普及という側面を考えると,言語変化が阻害されるだろうという可能性も予想できる.言語変化の促進剤と抑制剤が今後どのように働いていくか,じっくりと見守っていきたい.

 ・ Keller, Rudi. On Language Change: The Invisible Hand in Language. Trans. Brigitte Nerlich. London and New York: Routledge, 1994.
 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.

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#443. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か?[language_change][causation]

2010-07-14

 昨日の記事[2010-07-13-1]で,言語変化の原因には言語内的なものと言語外的なものがあると述べたが,この二種類の要因の相互関係は複雑である.この問題については私も意識して考え続けてきたが,Brinton and Arnovick の次の一節を読んで少々驚いた.

Scholars generally agree that external causes of change are less important than internal causes; in fact, some argue that the external ones do not 'cause' change at all, but simply speed up changes already underway in the language, exploiting imbalances or weaknesses already present in the internal system of the language, and encouraging the choice of one variant form over another. This view may underplay the extensiveness of the changes brought about by external influences, which operate indirectly over long periods of time and are difficult to assess, but the argument is nevertheless a useful antidote to the popular view, which tends to attribute far too many changes to external causes. (59)


 言語内的,言語外的の両種の要因について,前者のほうが後者よりも "important" であるという同意がおよそ研究者間に広くみられるというのだが,正直いってこのようなことは初めて聞いた.むしろ私の見解は "the popular view" に近く,言語内的要因は言語変化の条件を整え,お膳立てをしているにすぎず,言語外的要因こそが言語変化に息を吹き込み,形を与える役割を果たすのではないかと考えてきた.
 確かに,上の一節にあるとおり,すでに言語内的に始動していた変化が言語接触などの外的要因により加速するという例は,英語史にも数多く見られる.例えば,初期中英語期の語尾の消失とそれに付随する語順の固定化という英語史上の大きな言語変化は,言語内的な要因によって始まり,古ノルド語やフランス語との接触という言語外的な要因によって促進されたというのが一般的に受け入れられている説である.この場合,Brinton and Arnovick の見方では,当該の言語変化の要因としてより重要なのは言語内的な要因であり,言語外的な要因はあくまでそれを促進しただけという解釈になるのだろう.しかし,私の見方では,言語内的な要因は当該の変化が進行してゆくためのお膳立てをしていたにすぎず,実質的に推し進めたのは言語外的な要因であるという解釈になる.同じ現象を見るのに二つの解釈があるということになる.
 この意見の相違は,言語変化の要因について何をもって "important" とみなすかという問題に還元されるのではないか.言語変化が変異形 ( variants ) の存在を前提するのであれば,変異形を提供する要因が重要ということになる.そして,変異形を提供する要因には,言語内的なものもあれば言語外的なものもある.どうすれば両者の相対的な重要度を測ることができるのだろうか.少なくともその点で研究者間に同意があるとは思えず,Briton and Arnovick の意見に疑問を抱いた次第である.

 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.

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