現代英語では, -ly が形容詞から副詞を作る典型的な接尾辞であることはよく知られている.nice - nicely,quick - quickly,terrible - terribly の類である.非常に生産的であり,原則としてどの形容詞にも付きうる.
ところが,-ly は実際には名詞から形容詞を作る接尾辞として機能することもある.例えば,beastly,cowardly,fatherly,friendly,knightly,rascally,scholarly,womanly など.時間を表す,daily,hourly,weekly,yearly も同様である.副詞接辞にも形容詞接辞にもなりうるこの -ly とはいったい何なのだろうか.語源を探ってみよう.
古英語の対応する接尾辞は -līċ である.līċ は単体としては「形,体」を意味する名詞である.これは現代英語の like 「?のような,?に似た」の語源でもある.-līċ が接尾辞として他の名詞に付くと,「(名詞)の形態をした,(名詞)のような」という形容詞的意味が生じた.現代英語では,-like の付く形容詞も存在するが,成り立ちとしては -ly とまったく同じだということがわかるだろう(例:businesslike,childlike,lifelike).実際,形容詞語尾としての -like は -ly 以上に生産的であり,事実上どんな名詞にも付き得て,形容詞を作ることができる(例:doglike,jerry-like,sphinxlike).
以上で,-ly ( < OE -līċ ) がまず最初に形容詞語尾であることが分かっただろう.それでは,副詞語尾としての -ly はどこから来たのか.古英語では,形容詞は与格に屈折させると副詞機能を果たすことができた(see [2009-06-06-1]).-līċ の付く形容詞の与格形は,語尾に <e> を付加するだけの -līċe であった.ところが,中英語期にかけて起こった語尾音の消失により,与格語尾の <e> が落ち,結果的に形容詞語尾の -līċ と同形になってしまった.さらに,恐らく古ノルド語の対応する形態 -lig- の影響により,中英語後期までに -līċ の最後の子音が弱化・消失し,現在のような -ly の形に落ち着いた.
以上みてきたように,現代英語の -ly という接尾辞は,語源的には古英語の形容詞接辞 -līċ と副詞接辞 -līċe の両方に対応する形態である.中英語期にこの形態が確立してからは,形容詞接辞としてよりも副詞接辞としての役割のほうが大きくなり,大量の -ly 副詞が生まれた.そのような事情で 現代英語の -ly は典型的な副詞語尾とみなされることが多いわけだが,順序としては,まず形容詞語尾としての役割が先にあったことを押さえておく必要があるだろう.
副詞と形容詞の機能的な区別はしばしば曖昧であり,それは形態上の不分明にもつながっている.例えば,The sun shines bright. という英文において,bright は動詞 shine を修飾する副詞と取ることもできれば,主格補語として機能する形容詞と取ることもできる.ただし,この bright を brightly としても同義であることを考えれば,副詞としての解釈が理に適っているように思われる.また,歴史的にみれば,この bright は副詞語尾 -e のついた beorhte のような語形が起源であり,そこから -e が音声変化の結果失われたために形容詞と同形になってしまったものと説明され,やはり副詞としての解釈に分がある(副詞を作る歴史的な -e 語尾と関連して,[2009-06-07-1]の記事「接尾辞 -ly は副詞語尾か?」を参照).
しかし,shine [glow, burn] bright は慣用的な表現であり,必ずしも明確な統語分析になじむわけではない.さらに,冒頭に述べたように,元来,副詞と形容詞は機能的にも形態的にも近似していることが多いのだから,峻別すること自体に意味があるのかどうか疑わしいケースもあるはずだ.
事実,印欧語の多くでは,形容詞が(しばしば中性形をとることで)そのまま副詞的機能を果たすことはよく知られている(細江,p. 127).上記の古英語の -e 語尾(与格語尾)による副詞化をはじめとして,ラテン語の nimium felix "exceedingly happy",フランス語の une fille nouveau-née "a new-born girl",イタリア語 Egli lo guardò fisso "He looked at him fixedly",ロシア語 horasho gavareet "to speak well" など,例は多い.以上から,副詞と形容詞の機能的および形態的な差がはなはだ僅少であることがわかるだろう.
英語では,特に中英語以降,屈折が全体的に衰退するにつれて,-e などの屈折語尾による副詞と形容詞の形態的な区別は失われた.そして,その代わりに,-ly などの明示的な副詞語尾が台頭してきた.現代英語でしばしば問題とされる "go slow" に見られるような,-ly 副詞ではない単純形副詞 (flat adverb) の用法も,上記のような類型論的および通時的文脈のなかで論じる必要がある.
・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
flat adverb の起源については,[2009-06-07-1]の記事「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」や[2012-01-03-1]の記事「#981. 副詞と形容詞の近似」で簡単に触れてきた.古英語では,形容詞の基体に語尾 -e が付加されて副詞として機能したが,その -e 語尾自体が音消失にさらされて結果的に無に帰したために,形容詞と同形の副詞が生まれることになった.これが,flat adverb の形態的な起源である.中英語以降,明示的な副詞語尾としての -ly の生産性も高まってきたが,flat adverb も決して廃れることなく,現在にまで存続している.
以上が flat adverb の概略的な歴史だが,ここに興味深い問題がある.flat adverb は現在ではたいてい日常語・口語・俗語の響きを伴うが,このような register 上の特徴は歴史上いかにして生じてきたのだろうか.flat adverb の発達史を詳しく調べれば解決できる問題かもしれない.
この問題と関連するかもしれないが,細江 (127--28) は,-e 語尾の消失により,副詞と形容詞が同形となったことに言及した後で,次のように述べている.
こういうふうに土着の語で,形容詞と副詞とが形態上の別を失った後,〔中略〕外国語の勢力も加わって,ラテン系の形容詞が副詞代用となる例を開いた.次のごときは実にその例である.
Thou didst it excellent.---Shakespeare.
Grow not instant cold.---ibid.
今日でも俗語ではこの例が非常に多い.たとえば,
She talks awful.---Mark Twain.
You must ha' been an uncommon nice boy.---Dickens.
The mountains proved exceeding high.---H. R. Haggard.
ばかりでなく,今日りっぱに文語中に入っているものも少なくはない.たとえば,
Quick as thought I switched on the light.--Kaye-Smith.
And doubtless there was more in him than met the eye, as is the way with great men.---Chesterton.
引用の「ラテン形の形容詞が副詞代用となる例を開いた」とは,比喩的な謂いだろうか,あるいは歴史的事実を表現したものだろうか.特にこの箇所で参考文献が与えられているわけではなく,真偽は定かではないが,気になる言及である.いずれ追究してみたい.
・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
最近書いてきた flat_adverb の記事では,主として現代英語の単純形と -ly 形の副詞に焦点を当ててきたが,中英語での状況を Chaucer を頼りに覗いてみたい.
中英語では,確かに -ly 形は増えてきてはいたものの,単純形が現代英語よりもずっと幅を利かせていた.[2012-01-06-1]の記事「#984. flat adverb はラテン系の形容詞が道を開いたか?」の冒頭で概説したように,単純形副詞は形容詞の語幹に副詞接尾辞 -e を付すことによって形成されていたが,中英語ではこの肝心の -e 語尾がしばしば消失にさらされたために,形容詞と形態的な区別がつきにくくなっていた.しかし,だからといってすぐに -ly 形に取って代わられたわけではなく,loude, cleere, faste, faire, smal など多くの語が,いまだに副詞の役を務めていた.例えば,次の couplet の最後の smal は形容詞 "small" ではなく "finely" ほどを意味する副詞である(以下の Chaucer からの引用は,すべて Horobin, pp. 121--23 で挙げられている例を再現したもの).
Of orpyment, brent bones, iren squames,
That into poudre grounden been ful smal; (G 759--60)
ほかにも一見すると形容詞と読み違えてしまいそうな副詞の使用例を挙げよう.
・ That al his love is clene fro me ago (F 626)
・ The fires breene upon the auter cleere (A 2331)
・ Thanne shaltow hange hem in the roof ful hye (A 3565)
韻律上の要請による場合も多かっただろうが,このように単純形は健在だった.ただし,この時代,-ly の勢いが増してきたことは先述の通りで,両形が併用された副詞も少なくない.-ly の前身である -lich(e) という古形を保っている例すら見られ,1つの形容詞に対して最大3種類の副詞形が共存し得たことになる."newly" に相当する以下の例を参照.
・ This carpenter hadde wedded newe a wyf (A 3221)
・ This knyght was comen all newely (RR 1205)
・ that oother of hem is newliche chaunged into a wolf (Boece IV, met. 3)
現代英語では,単純副詞 new は,new-laid eggs, new-mown hay などに複合語に見られるばかりである.wedded newe の collocation については,現代英語の newly-weds (新婚さん)を参照.関連記事「#528. 次に規則化する動詞は wed !?」 ([2010-10-07-1]) もどうぞ.
・ Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007. (esp. pp. 105--07.)
「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1]) や「#981. 副詞と形容詞の近似」 ([2012-01-03-1]) で述べたように,副詞接尾辞 -ly は,中英語期に生産力を高めた.従来の同機能の -e 語尾が音声的に摩耗しつつあり,副詞を標示するには頼りなくなっていたところで,形態的,音声的に明確な語尾 -ly が,有効な副詞接尾辞として機能するようになってきたものと思われる.-e の摩耗と -ly の発達の因果関係は,OED "-ly" suffix2 でも支持されている.
In ME. the number of these direct formations was greatly increased, and when the final -e, which was the original OE. adverb-making suffix, ceased to be pronounced, it became usual to append -ly to an adj. as the regular mode of forming an adv. of manner.
この一連の過程に,関連する出来事をもう1点付け加える必要がある.それは,副詞接尾辞として活躍するようになった -ly が,従来もっていた形容詞接尾辞としての役割を減じていったことである.-ø と -e の対立が失われると,本来 -e のもっていた副詞標示の役割を -ly が肩代わりするようになった.ところが,-ly が副詞標示の役割を本格的に果たそうとすれば,従来の形容詞語尾としての働きがかえって邪魔になる.そこで,形容詞マーカーとしての役割を捨てていった.これを図示すれば,以下のようになる.
狭い体系ではあるが,-ø, -e, -li(c), -li(c)e からなる1つの形態的な体系を考えるとすれば,ほんの小さな -e 語尾の揺らぎという出来事が,体系をがらっと組み替えたことになる.言語は体系であり,言語変化が体系の変化であることがよくわかるだろう.また,英語史のより大きな潮流を意識した視点から見れば,屈折語尾を利用した synthetic な副詞化から,派生語尾を利用したより analytic な副詞化への方針転換とみることもできる.
もっとも,-e 語尾の摩耗を受けた後も,形容詞と副詞が同形のまま共存する flat_adverb は少なからず残ったし,副詞接尾辞としての -ly が発達したからといって,形容詞接尾辞としての -ly が完全に死に絶えたわけでもないことは付け加えておきたい.
副詞接尾辞 -ly については,「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1]) をはじめとして,最近では「#1032. -e の衰退と -ly の発達」 ([2012-02-23-1]) でも取りあげた.中英語期以来,副詞の大量生産をもたらしてきたこの -ly の起源を遡ると,その原義が「体,様子」であることがおもしろい.[2009-06-07-1]の記事で解説したので詳しくは繰り返さないが,古英語で -līċ(e) は「形,様子」を意味した(同根の -like も参照).つまり,beautifully は,本来,「美しい体(てい)で」「美しい様子で」の意である.
日本語でも,体や様子などの姿形を指す種々の語が,様態の修飾語を大量生産している.上で訳語に用いた「?の体(てい)で」「?の様子で」のほか,「?風(ふう)に」「?のように」「?ざまに」「?のかっこうで」「?の形で」「?げに」など,枚挙にいとまがない.基体に姿形を意味する接辞を付加して,形容詞や副詞などの修飾語を生み出すという語形成は,ごく自然な語形成なのだろう.beautifully を迂言形で表現すれば,in a beautiful way や in a beautiful manner となる.
英語の -ly はこのように「姿形」から始まったが,徐々にこの原義が感じられなくなり,副詞を作るという抽象的な機能へと発展していった.その結果,姿形とは関係のない,いやむしろ対極にある心情の語に付加して confidently, heartfully, inwardly なども普通に作られるようになった.さらに,時間を表す daily,hourly,weekly,yearly や,順序を表わす firstly, secondly, lastly など,より抽象的な語形成にも貢献した.firstly などの順序副詞は,16世紀に現われ出し,フランス語 premièrement などのなぞりの可能性もある.