hellog〜英語史ブログ

#2726. derring-do[ghost_word][chaucer][spenser][lydgate]

2016-10-13

 昨日の記事「#2725. ghost word」 ([2016-10-12-1]) で,derring-do (大胆な行動,必死の勇)という語について触れた.今回は,この幽霊語についてもう少し詳しく解説しよう.
 昨日見たように Chaucer の In durryng don . . . がこの表現の端緒となったが,その後 John Lydgate (1370?--1450?) の Troy Book (a1420) では dorryng do という綴字で使用された.これが,1513年の版本では誤植により derrynge do として現われている.この誤植された綴字は,そのまま Edmund Spenser (1552?--99) が受け継ぎ,これを動詞句としてではなく名詞句と誤解し,Shepheardes Calender (1579) の October において "manhood and chevalrie" と注解を与えた.この語は,後に Sir Walter Scott (1771--1832) により Ivanhoe (1819) で deeds of such derring-do として用いられ,これを19世紀のロマン派の作家たちが頻繁に模倣したことにより,一般化した.
 OED では,"pseudo-archaism" とレーベルが貼られた上で,次のように語源の解説がある.

The words come incidentally in their ordinary sense and construction followed by the object 'that' (= what, that which) in Chaucer's Troylus; whence, in an imitative passage by Lydgate, in an absolute construction more liable to misunderstanding; Lydgate's dorryng do was misprinted in the 16th c. editions (1513 and 1555) derrynge do, in which form it was picked up by Spenser and misconstrued as a subst. phrase, explained in the Glossary to the Sheph. Cal. as 'manhood and chevalrie'. Modern romantic writers, led by Sir W. Scott, have taken it from Spenser, printed it derring-do, and accentuated the erroneous use.


 上記に挙げた作家たちによる用例を,OED より再掲しよう.

c1374 Chaucer Troilus & Criseyde v. 837 Troylus was neuere vn-to no wight..in no degre secounde, In dorryng don [v.rr. duryng do, dorynge to do] þat longeth to a knyght..His herte ay wiþ þe firste and wiþ þe beste Stod paregal, to dorre don [v.rr. durre to do, dore don] that hym leste.

1430 Lydgate tr. Hist. Troy ii.xvi. (MSS. Digby 232 lf. 56 a/2; 230 lf. 81 a/1) And parygal, of manhode and of dede, he [Troylus] was to any þat I can of rede, In dorryng [v.rr. doryng(e] do, this noble worþy wyght, Ffor to fulfille þat longeþ to a knyȝt, The secounde Ector..he called was. [1513, 1555 In derrynge do, this noble worthy wyght.]

1579 Spenser Shepheardes Cal. Oct. 65 For ever who in derring doe were dreade, The loftie verse of hem was loved aye. [Gloss., In derring doe, in manhood and chevalrie.]

. . . .

1819 Scott Ivanhoe II. xv. 300 Singular..if there be two who can do a deed of such derring-do. [Note. Derring-do, desperate courage.]

1843 E. Bulwer-Lytton Last of Barons I. i. vi. 107 Such wonders and dareindo are too solemn for laughter.

1866 G. W. Dasent Gisli 107 Such a deed of derring-do would long be borne in mind.

1885 R. F. Burton tr. Arabian Nights' Entertainm. (1887) III. 433 Who is for duello, who is for derring-do, who is for knightly devoir?


 Lydgate の用例をみると,Spenser より前の段階で,すでに動詞句としてではなく名詞句として解されていた可能性がありそうだ.

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#2725. ghost word[lexicography][word_formation][folk_etymology][ghost_word][terminology]

2016-10-12

 ghost word (幽霊語),あるいは ghost form (幽霊形)と呼ばれるものがある.「#912. の定義がなぜ難しいか (3)」 ([2011-10-26-1]) で簡単に触れた程度の話題だが,今回はもう少し詳しく取り上げたい.
 『英語学要語辞典』によれば,"ghost word" とは「誤記や誤解がもとで生じた本来あるべからざる語」と定義づけられている.転訛 (corruption),民間語源 (folk_etymology),類推 (analogy),非語源的綴字 (unetymological spelling) などとも関連が深い.たいていは単発的で孤立した例にとどまるが,なかには嘘から出た誠のように一般に用いられるようになったものもある.例えば,aghastghost, ghastly からの類推で <h> が挿入されて定着しているし,short-lived は本来は /-laɪvd/ の発音だが,/-lɪvd/ とも発音されるようになっている.
 しかし,幽霊語として知られている有名な語といえば,derring-do (勇敢な行為)だろう.Chaucer の Troilus and Criseyde (l. 837) の In durryng don that longeth to a knyght (= in daring to do what is proper for a knight) の durryng don を,Spenser が名詞句と誤解し,さらにそれを Scott が継承して定着したものといわれる.
 別の例として,Shakespeare は Hamlet 3: 1: 79--81 より,The undiscovered country, from whose bourne No traveller returns という表現において,bourne は本来「境界」の意味だが,Keats が文脈から「王国」と取り違え,fiery realm and airy bourne と言ったとき,bourne は幽霊語(あるいは幽霊語彙素)として用いられたことになる.このように,幽霊語は,特殊なケースではあるが,1種の語形成の産物としてとらえることができる.
 なお,ghost word という用語は Skeat の造語であり (Transactions of the Philological Society, 1885--87, II. 350--51) ,その論文 ("Fourteenth Address of the President to the Philological Society") には多数の幽霊語の例が掲載されている.以下は,Skeat のことば.

1886 Skeat in Trans. Philol. Soc. (1885--7) II. 350--1 Report upon 'Ghost-words', or Words which have no real Existence..We should jealously guard against all chances of giving any undeserved record of words which had never any real existence, being mere coinages due to the blunders of printers or scribes, or to the perfervid imaginations of ignorant or blundering editors.


 ・ 寺澤 芳雄(編)『英語学要語辞典』,研究社,2002年.298--99頁.

Referrer (Inside): [2020-09-14-1] [2016-10-13-1]

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#912. の定義がなぜ難しいか (3)[morphology][terminology][word_formation][word][dictionary][lexicology][hapax_legomenon][ghost_word]

2011-10-26

 [2011-10-24-1], [2011-10-25-1]に引き続き,語の定義の難しさを垣間見る記事の第3弾.語を定義する最も単純な方法,語の範囲を限定する最も直感的な方法は,辞書を参照することだろうと思われるかもしれない.辞書の見出し語はすべて「語」のはずであり,大型辞書を参照すれば当該言語の語の目録 (lexicon) を作成することができる,と.しかし,語の範囲を限定する際に,辞書に頼ってはならないいくつかの理由がある.Lieber (13--15) に拠って,列挙しよう.

 (1) 辞書は,編集者によってある方針に基づいて編まれている.編集者の想定する語の定義によっては収録語彙の範囲に差が生じる可能性があり,実際に,語に対する考え方は辞書間で異なっていることが普通である.差別用語や専門用語を掲載するかどうか,俗語や古語はどうか,新語はどの程度社会に浸透していれば収録可とみなせるか,接辞は語に含まれるか,派生語や複合語はどこまで納めるか,等々の決定において,各辞書編集者は独自の方針をもっている.世界最大の英語辞書 OED であっても,事情は変わらない.また,参照者においてもどの辞書を選ぶかという決定は恣意的である.辞書に語の定義を委ねることは,問題を一段階さかのぼらせたにすぎず,問題の解決になっていない.
 (2) 辞書には,一度しか文証されない語(臨時語,nonce word, hapax legomenon)が収録されている場合がある.例えば,OED では umbershoot という語が見出し語として挙げられており,James Joyce の Ulysses からの唯一の例が引かれているが,定義欄に "a word of obscure meaning" とある.果たして,これを実際的な意味において語とみなしてよいのだろうか.文豪 Joyce だから許されるのか,一般の話者の発する臨時語はどうなのか.
 (3) 誤植,勘違い,民間語源などにより,間違えて辞書に忍び込んでしまった幽霊語 (ghost word) なる語がある.OED には,ambassady なる hapax legomenon が収録されているが,これは ambassade の単純な綴り間違い,あるいは誤植ではないかと考えられている.辞書を盲信すると,実在しないかもしれない語を語としてみなす誤りが生じうる.特殊で意図的な幽霊語として,"mountweazel" 語と呼ばれるものがある.これは,辞書編纂者が他の辞書編纂者による辞書の著作権侵害を見破るために,意図的に密かに挿入した幽霊語であり,実在の語ではない.このような mountweazel 語の存在は,辞書を絶対的な語彙目録として用いることの危険を物語っている.
 辞書やその他の権威は,"Is xyz a word?" という問いに必ずしも正しい答えを与えてくれるとは限らないことが分かるだろう.

 ・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.

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#654. ヨーロッパのライバル辞書と比べた OED の特徴[oed][lexicography][ghost_word]

2011-02-10

 [2011-01-31-1]の記事で参照した Osselton の論文の pp. 72--75 から,歴史的原則に則ったヨーロッパのライバル辞書3点 ( DWB, Littré, WNT ) と比較した OED の特徴について箇条書きする.

 (1) 借用語 ( loanwords ), 臨時語 ( nonce-words ), 幽霊語 ( ghost words ) などを一貫して寛容に採用している.DWBWNT は,初期には借用語について不寛容だった.
 (2) 同義語 ( synonyms ) を援用した定義や,collocation pattern への言及が,他の辞書に比べて弱い.
 (3) 多義語の語義配列は,論理と時系列を折衷したバランスの取れた順番となっている.
 (4) 語法についてのコメントは最も記述的である.他の辞書はいずれも規範的・権威的である.
 (5) OED は編纂時期が長かったにもかかわらず,短期間でほぼ独力で作業した Littré と比べられるほどに,アルファベット全体にわたって記述が一貫している.
 (6) 1150年より前に廃語となった語彙を除くが,古英語から現代英語までにわたる最長の時間幅から語彙と引用例を収集している.DWB は1550年ほどの Luther から19世紀前半の Goethe まで(19世紀の扱いは弱い),Littré は1600年から,WNT は1500年から(当初は1637年の欽定訳聖書から)である.
 (7) 綴字の歴史的異形を一貫して一覧している.(例えば,neighbour に429通りの綴字の可能性があることが示唆される.)
 (8) 引用例が簡潔であり,かつ年代が明記されている.DWBWNT は,引用例への年代付与は後の巻のみである.

 上記の点の多くは OED の特徴というよりは特長というべきかもしれない.Osselton の論文には OED 贔屓の視点が幾分あるだろうし,他の辞書の特長も挙げて比較しなければ不公平だろう.しかし,上記の OED の多くの特徴は言語史研究にとって確かに必要不可欠な要素である.特に (1), (4), (6), (7), (8) などは,他の言語の歴史家にとって喉から手が出るほど欲しい特徴ではないだろうか.

 ・ Osselton, Noel. "Murray and his European Counterparts." Lexicography and the OED : Pioneers in the Untrodden Forest. Ed. Lynda Mugglestone. Oxford: OUP, 2000. 59--76.

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