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silent_letter - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2025-07-18 08:36

2012-11-06 Tue

#1289. magic <e> [spelling][pronunciation][spelling_pronunciation_gap][phonetics][orthography][meosl][gvs][silent_letter][final_e][diacritical_mark]

 英語史の授業などで大母音推移 (Great Vowel Shift) の話題を扱うと,次のような質問が寄せられることがある.namelake などの <a> が大母音推移により /eɪ/ となったことは分かったが,語末の <e> を発音しないのはなぜか.
 これは,いわゆる "magic <e>" と呼ばれる正書法の問題に直結する."magic <e>" については「#979. 現代英語の綴字 <e> の役割」 ([2012-01-01-1]) の (4) で取り上げたが,最も典型的には <母音字+子音字+e> の綴字連続において最初の母音字が「長い母音」で発音され,<e> そのものは無音となるという規則である.例えば,take, mete, side, rose, cube においてそれぞれの第1母音字は,/æ/, /ɛ/, /ɪ/, /ɔ/, /ʌ/ のような「短い母音」ではなく,/eɪ/, /iː/, /aɪ/, /oʊ/, /juː/ のような「長い母音」で発音される.
 上記の "magic <e>" の特徴は,ある母音の音価や長さの違いを標示するのに,次の子音字を越えたところにある <e> の有無(しかも <e> 自体は無音)という一見すると不自然な手段を用いている点にある.通常の発想であれば,当該母音字そのものを変化させたり,そこに発音区別符(号) (diacritical mark) を付したりするのが自然だろう(フランス語のアクサンやドイツ語のウムラウトなどがそれに当たる).なぜ英語では「黙字 <e> による遠隔操作」という間接的な,回りくどい方式で先行母音を示すようになっているのだろうか.
 実は,この綴字規則は,最初からこのように回りくどかったわけではない.もともとはひねりなどなかったのであり,<e> も黙字ではなく,主として曖昧母音 /ə/ ではあったが母音としての音価を保持していたのである.この問いに歴史的に答えるには,少なくとも古英語にまで遡らなければならない.「#1284. 短母音+子音の場合には子音字を重ねた上で -ing を付加するという綴字規則」 ([2012-11-01-1]) と同様に,説明は簡単ではないが,以下で略説を試みよう.
 古英語では語末に現われる種々の母音はそれぞれ完全な音価を保っており,対応する母音字で表記されていた.しかし,初期中英語にかけて,語末母音は次第に曖昧母音 /ə/ へと水平化していった.この水平化した母音に対応する文字としては,概ね <e> が使用されていた.だが,この水平化に引き続き,水平化した語末母音の脱落という音韻変化が生じ,語末の /ə/ が徐々に消えていった.一方,綴字としては語末の <e> は保たれることになった.
 さて,語末の /ə/ の有無は音韻的には些細なことのように思われるが,音節構造の観点からは大問題である.例として,"name" を表わす古英語 nama /nama/ と "take" を表わす動詞 niman の第1過去形 nam /nam/ を考えよう.両者の違いは語尾母音の有無のみではあるが,後の音韻発達を考えると,これが天と地ほどの違いを生み出す.nama は語尾母音を水平化させた段階までは,2音節語に留まっており,語幹を表わす第1音節 na は母音で終わる開音節である.ところが,語末母音が脱落すると,この語は1音節語となり,子音 m で終わる閉音節となる.一方,nam はこの期間中ずっと閉音節の1音節語のままである.このままでは,両語は音韻的に融合してしまうかのようだが,実際にはそうならなかった.というのも,別途,初期中英語には Middle English Open Syllable Lengthening (MEOSL) という音韻変化が生じていたからである.方言によっても進行の具合が異なっていたが,一般的にいって,この音韻変化により開音節の母音が長化した.
 上記の初期中英語以降の一連の音韻変化により,古英語 nama /nama/ は次のような発達を遂げた.まず語尾母音の水平化により /namə/ へと変化した.次に,MEOSL により /naːmə/ へ,そして語尾母音の脱落により /naːm/ へと変化した(相互の関連については諸説ある).そして,これが数世紀の後に開始される大母音推移の入力となり,近代英語の /nɛːm/ ,そして現代英語の /neɪm/ が出力されることとなった.
 以上をまとめれば,現代英語の <e> に相当する語末母音が古英語において存在したからこそ,中英語で MEOSL が作用しえて語幹母音が長化したのであり,長化したからこそ大母音推移へと突入できたのである.別の見方をすれば,現代英語の綴字で語末に <e> があるということは,子音をまたいで戻ったところにある母音が大母音推移を経たという証拠なのである."magic <e>" は,少々の回りくどさはあるが,長い歴史の間に複雑化してきた綴字と発音の関係を共時的な正書法として公式化した便法といえるだろう.

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2011-04-21 Thu

#724. thumb の綴りと発音 (2) [spelling_pronunciation_gap][reverse_spelling][silent_letter][plural]

 [2009-06-01-1]の記事で,現代英語 thumb の綴字に含まれる非語源的な reverse spelling の <b> についてOED の記述を参照して「13世紀末の添加」と記した.OED によると,1290年頃の The South English Legendary からの Strongue is þe þoumbe I-cleoped が初例となっている.他の辞書や語源辞典もこの OED の記述を踏襲しているようだが,MED, "thoume" によると,<b> を含む例は,12世紀半ばの The Peterborough Chronicle の1137年の記録に見いだすことができる.Clark 版から該当箇所を引く(赤字は引用者).

Me henged bi the þumbes other bi the hefed 7 hengen bryniges on ˈherˈ fet. (1137, l. 22)


 Clark の注 (p. 94) によると,PChron よりも早い土地台帳 the Doomsday Book に,Oxfordshire の地名 Thomley を表わす語形として Tvmbeleia が用いられているという.<b> の挿入は,OED の記述よりもずっと早く,中英語の最初期にすでに見られたということである.
 [2009-06-01-1]では,crumb, limb, numb と合わせて thumb の <b> は歴史上 /b/ として発音されたためしがないと述べたが,thumb についてはこの発言は訂正すべきかもしれない.11世紀や12世紀の早い時期にこの種の reverse spelling や黙字 ( silent letter ) が導入されたとは考えにくいし,上記の Tvmbeleia の例のように,/m/ に他の音が後続する環境で,わたり音 ( glide ) として破裂音 /b/ が挿入されるのは調音的に自然である.他の語についても,<b> の挿入は近代英語期にかけてのことだが,綴り字発音 ( spelling pronunciation ) が一切なかったかというと,それは確かめようがない.「歴史上 /b/ として発音されたためしがない」というのは主張としては強すぎたかもしれない.せいぜい主張できるのは,「 /b/ を含む発音が散発的にありえたとしても,主要な変種において /b/ を含まない発音に比して優勢な交替形であったことはなさそうだ」くらいのものだろう.ここに訂正したい.
 なお,thumb の古英語形は þūma (男性弱変化名詞)だったので,初期中英語での予想される複数形(主格および対格)は -n 語尾をもつ形態だが,PChron の例ではすでに -s 複数化した þumbes である.私が調べた範囲では,初期中英語コーパスでこの語が複数形に -s をとる例はこれが唯一のものである.

 ・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. London: OUP, 1958.

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2009-11-05 Thu

#192. etymological respelling (2) [spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling][doublet][emode][spelling_pronunciation][silent_letter]

 [2009-08-21-1]で取りあげた etymological respelling の続編.英国におけるルネッサンス時代はおよそ初期中英語期に相当する.ルネッサンスは古典復興運動であり,その媒体となったのが古典語,とりわけラテン語とギリシャ語だった.したがって,この時期に両古典語からの借用が多かったのはごく自然のことだった([2009-08-19-1]).しかし,ラテン語重視の時代の風潮は,なにも語の借用にとどまっていたわけではない.例えば,英文法書はラテン語文法をお手本に書かれた.そして,もう一つのラテン語重視の現れは,綴字に見られた.
 [2009-08-25-1], [2009-05-30-1]で見たように,近代英語期以前にもラテン語からの借用語はたくさんあった.そのなかでも特に中英語期にフランス語を経由して英語に入ってきたラテン語は,形態が崩れていることが多かった.伝言ゲームではないが,英語に入ってくる過程でフランス語などを経ると,どうしても原形が崩れてしまうのである.
 ルネッサンス期の学者たちはこれを嘆かわしいと思った.かれらは,権威のある古典ラテン語の「原形」を知っているので,英語で根付いていた「崩れた形」に我慢がならなかったのである.そこで,「原形」(=語源)を参照して,すでに英語に定着していた綴りを一方的に直した.この学者たちの営みを etymological respelling と呼ぶ.
 [2009-08-21-1]では debt 「債務」という語を例に etymological respelling のプロセスを解説したので,今回はいろいろと他の例を挙げることにする.以下の現代英単語はすべて etymological respelling の産物だが,各語についてどの文字が学者によって挿入・置換されたかわかるだろうか.

altar, Anthony, assault, author, comptroller, debt, delight, doubt, falcon, fault, indict, island, language, perfect, phantom, psalm, realm, receipt, salmon, salvation, scholar, school, scissors, soldier, subject, subtle, throne, victual


 学者たちは,ラテン借用語の綴字こそ改革したが,庶民の発音までをも改革し得たわけではない.多くの場合,庶民は相変わらず中世以来の「崩れた形」の発音を使い続けたのである.学者がいくら騒ごうが民衆にとって関心がないのは,いつの時代でも同じである.だが,せっかく綴字を改革したのだからそれにあわせて発音も変えようという殊勝な態度も一部にはあったようで,いくつかの単語では,挿入された文字に対応する発音もおこなわれるようになった.綴字にあわせて発音しようというこの考え方は,spelling pronunciation と呼ばれる.
 現代英語において綴字と発音の乖離は大きな問題であり,etymological spelling はこの問題に一役買っている([2009-06-28-2]).また,それを是正しようとする spelling pronunciation の作用も中途半端であり,かえって混乱を招いているともいえる.この問題の根が深いのは,上述のとおり深い歴史があるからである.「ルネッサンス期の学者の知識のひけらかし」といえば確かにそうだろう.しかし,当時の学者に罪を着せるという考え方よりは,当時の時代精神の産物と捉える方が,英語史をポジティブに味わえるように思われる.ときにはラテン語由来の英単語のかもすハイレベルな文体を味わうもよし,ときには island の <s> の不合理を嘆くもよし.人間と同じで,言語も一癖も二癖もあるからこそおもしろいのではないか.
 上記の語群でどの文字が挿入・置換されたか,その答えは以下をクリック.

altar, Anthony, assault, author, comptroller, debt, delight, doubt, falcon, fault, indict, island, language, perfect, phantom, psalm, realm, receipt, salmon, salvation, scholar, school, scissors, soldier, subject, subtle, throne, victual

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2009-08-27 Thu

#122. /kn/ で始まる単語 [phonotactics][phonetics][silent_letter][spelling_pronunciation_gap]

 現代英語では,<kn> の綴り字で始まる単語の最初の /k/ 音は発音されないことになっている.

knack, knag, knap, knave, knead, knee, knell, knife, knight, knit, knob, knock, knoll, knot, know


 発音されないのにわざわざ綴り字に <k> が入っているのは,かつては発音されたからである.英語史のある段階から /kn/ という連鎖における /k/ は発音されなくなったが,綴り字は変化しなかったがゆえにこのような状況になった.(綴り字の保守性については[2009-05-13-1]を参照.)
 いつ /k/ が失われたかというと,17世紀末から18世紀にかけてである./kn/ -> /xn/ -> /hn/ -> /n/ という段階を経て消えていった.ただ,この /k/ の削除は, /kn/ のつながりが語頭に来たときにのみ,もっと正確にいうと形態素の頭に来たときにのみ,起こった.したがって,acknowledge ( ac- + knowledge ) では形態素をまたぐために /kn/ が保持されているし,spokentaken などでは語中であるためにやはり /kn/ が残っている.
 では,それ以外に例外はないのかというと,先日たまたま gastrocnemius 「腓腹筋」という語に出くわした.ここでは /kn/ が発音されるという.関連語を拾い出すと以下のような語があった.

cnemial, eucnemic, eucnemidal, gastrocnemial, gastrocnemian, gastrocnemius, metacneme , metacnemic , platycnemia , platycnemic , procnemial, protocneme


 cneme の部分はギリシャ語で「脛骨」を意味し,上記の語はいずれもその複合語である.例えば cnemial は /ˈkni:mɪəl/ という発音で,しっかりと /kn/ が残っている.これらの語で /k/ の削除がおこらなかったのは,借用されたのが19世紀,すなわち削除の過程が終了したずっと後だったからと考えてよさそうだが,たまたま出くわしたという gastrocnemius の初出を OED で調べてみたら,例外的に早く1676年とあった./k/ の削除が17世紀末からとすると,なんとも微妙なタイミングである.
 高度に専門的な借用語ということで例外的に扱われたという可能性も考えられるが,いったんは /k/ が脱落しかけたものの,後から入ってきた cneme の複合語のすべてにおいて /kn/ が発音されるならば,gastrocnemius でのみ /k/ が脱落するというのも妙なので,類推 ( analogy ) が働いたと考えるのも一案である.
 いずれにしても,形態素の始まりで /kn/ という音素配列 ( phontactics ) の存在が確認されるのは,英語語彙広しといえど,他にないのではないか.

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2009-06-01 Mon

#34. thumb の綴りと発音 [spelling_pronunciation_gap][reverse_spelling][silent_letter][assimilation]

 [2009-05-27-1]thumb の意味について考察したが,今回は同単語のスペリングについて.現代英語には <mb> で終わる単語がいくつかあるが,文字通りの /mb/ ではなく /m/ のみで発音される.つまり,<b> は黙字 ( silent letter ) である.<mb> で終わる単語群はその成立の経緯により三つに分かれる.

 (1) climb, comb, dumb, lamb, tomb, womb: かつては /mb/ と発音されていたもの.語源的.
 (2) crumb, limb, numb, thumb: 主に近代英語期に,おそらく(1)をモデルとして生み出された reverse spelling.非語源的.
 (3) bomb: 借用元の言語での形態を参照して語尾に <b> を付加したもの.借用元参照.

 (1) は古英語に存在した本来語であり,もともと <mb> の綴りと /mb/ の発音をもっていた( tomb のみ中英語期にフランス語より入った借用語).後期中英語より次第に /b/ が先行する /m/ に同化(調音方式に関する逆行同化)され,近代英語には完全に消失した.このように発音は変化したが,綴りは固定されたため,現在の両者の乖離が生じた.
 (2) はもともとは綴りも発音も b をもたなかったが,おそらくは(1)のグループの影響で,16-17世紀に <b> の綴りが語末付加された.これを reverse spelling と呼ぶ.ただし発音は従来の通りに保たれたので,このタイプの単語では歴史上 /b/ が発音されたためしがないことになる.thumb については,<b> は13世紀末の添加.(後記 2011/04/21(Thu):この (2) の記述は訂正を要する.[2011-04-21-1]の記事を参照.)
 (3) bomb は16世紀にスペイン語より <bome> として入ったが,17世紀にフランス語の <bombe> を参照して <b> が語尾付加されたもの.語源を一にする語の異なる言語からの再借用とみなすこともできる.
 上記のリストは網羅的ではない.一度大きな辞書から網羅してみて各語の歴史を探ると面白いかもしれない.

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