英語では手の指は、親指 thumb とそれ以外の指 finger との間に明確な区別が存在するといわれる.例えば,Longman Dictionary of Contemporary English (3rd ed) の finger の定義は以下の通りである.
one of the four long thin parts on your hand, not including your thumb
日本語では、5本の指はすべて同等に「指」であり、親指に特別な語が割り当てられているわけではない.なので、thumb と finger を単語レベルで区別する英語の発想が奇異に思える.
親指が特別に重要な指であることは理解はできる.他の4本に対向する指であり、もっとも強い指でもある.実際、thumb の語源は「強い」に由来し、ラテン語などでも同じように「強い」に由来する語が「親指」を意味する語を生み出している.
英語で thumb と finger が明確に区別されるということを理解した上で、それでは thumb は絶対に finger とは呼び得ないのだろうか.例えば、「手には指が5本ある」を英訳すると以下のどちらになるだろうか.
(1) A hand has a thumb and four fingers.
(2) A hand has five fingers.
今までの説明だと(1)が正しいかと予想されるかもしれないが、普通は(2)でよい.つまり、ここでは thumb も finger に含まれている.
このことは,英語では finger と thumb は明確に区別されるという上記の説明と矛盾するようにも思える.この問題への解決法は、finger には二つの意義が存在するのだと考えることである.一つは「親指を除いた4本指のいずれか」、もう一つは「親指を含む5本指のいずれか」である.この二つの意義が文脈によって使い分けられるという考え方である.この立場を取っているように思われるのは,Oxford Advanced Learner's Dictionary of Current English (6th ed) である.そこでの finger の定義を見てみよう.
one of the four long thin parts that stick out from the hand (or five, if the thumb is included)
この解決法を発展させると lexical blocking という考え方に通じる.この考え方によると、finger は曖昧な二つの意義を有するのではなく,「親指を含む5本指のいずれか」の一つの意義のみを有する.つまり、日本語の「指」と同義であると考える.だが、英語では「親指」をさすのに特別な語 thumb が存在するので、明示的に「親指」を指したい場合には finger よりも thumb を優先的に使いなさいというルールが適用される.なので、通常は親指をさすのに finger は用いられない.finger で親指をさす用法は、thumb の存在によって通常は「語彙的にブロック」されるというわけである.
これによると,finger の本来の意味は「親指を含む5本指のいずれか」なのであるから,特に親指か他の指かという区別にこだわらないような文脈においては、finger は thumb をもさすことができるということになる.そして、(2)の例文が許容されるのはそのためである.
lexical blocking の考え方をまとめよう.英語 finger と日本語「指」は基本的に同義と考えてよい.ただ、英語には thumb という特別の語が存在するために、通常,親指の意味での finger の使用がブロックされるという違いがあるのみである.通常の文脈でなければ,ブロックは解除され,本来通り親指を含む5本のどの指でもさすことができる.lexical blocking はいろいろと応用の利きそうな意味論の理論である.下図参照.
親指 他の指 ┌────┬────┐ │ thumb │ │ 区別が必要な場合 ├────┘ │ │ finger │ 区別が必要でない場合 │ │ └─────────┘
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