英語の正書法を議論する場合には,文字と音素の間の対応規則 (correspondence rules) について考えることが多い.「#3879. アルファベット文字体系の「1対1の原理」」 ([2019-12-10-1]) でみたように,特定の文字が複数種類の発音に対応してしまったり,あるいはその逆の場合があったりする例が,原理からの逸脱として考察の対象となるからだ.
しかし,英語の正書法には,文字と音素の対応関係に関する規則とは別に,文字の共起や位置に関する独特な規則が様々に存在する.「正書法規則」 (orthographic regularities) と呼ばれるものである (Cook 14) .たとえば,<q> の後にはほぼ必ず <u> が来るという特徴がみられるが,これは文字と音素との対応関係に関する規則というよりは,2つの文字の共起に関する規則といったほうがよい(cf. 「#3649. q の後には必ず u が来ますが,これはどういうわけですか?」 ([2019-04-24-1])).
ほかにも,<th>, <rh> のような2重字 (digraph) について,共起や並び順に関する規則を指摘できるだろう.<th>, <rh> は英語の正書法としてあり得るが,文字の並びを逆転させた <ht> や <hr> は許容されない(ただし,中世英語では普通にあり得た).
特定の文字(列)が,単語内のどの位置に現われ得るか,得ないかというレベルの規則もある.たとえば,一般的には <j>, <h>, <v> は語末には現われないことになっている(例外的に Raj, Pooh, spiv などはある).<k> は語頭には立つが,語末には現われにくい(例外的に amok など).逆に,<tch> は語頭に現われることはほとんどない.
発音の世界に音素配列論 (phonotactics) の規則があるのと同様に,綴字の世界にも類似物があることが分かる.すると,上で述べてきた「正書法規則」 (orthographic regularities) は,"graphotactics" あるいは "graphotactic rules" と呼べそうだ.むしろ,そちらのほうが用語として分かりやすい.英語の綴字に関する規則には,大きく分類して correspondence rules と graphotactic rules の2種類がある,とすればすっきり理解できる.
・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.
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