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eebo - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-23 11:02

2014-12-02 Tue

#2045. なぜ mayn't が使われないのか? (2) [auxiliary_verb][negative][clitic][corpus][emode][lmode][eebo][clmet][sobokunagimon]

 昨日の記事「#2044. なぜ mayn't が使われないのか? (1)」 ([2014-12-01-1]) に引き続き,標記の問題.今回は歴史的な事実を提示する.OED によると,短縮形 mayn't は16世紀から例がみられるというが,引用例として最も早いものは17世紀の Milton からのものだ.

1631 Milton On Univ. Carrier ii. 18 If I mayn't carry, sure I'll ne'er be fetched.


 OED に基づくと,注目すべき時代は初期近代英語以後ということになる.そこで EEBO (Early English Books Online) ベースで個人的に作っている巨大テキスト・データベースにて然るべき検索を行ったところ,次のような結果が出た(mainat などの異形も含めて検索した).各時期のサブコーパスの規模が異なるので,100万語当たりの頻度 (wpm) で比較されたい.

Period (subcorpus size)mayn'tmay not
1451--1500 (244,602 words)0 wpm (0 times)474.24 wpm (116 times)
1501--1550 (328,7691 words)0 (0)133.22 (438)
1551--1600 (13,166,673 words)0 (0)107.01 (1,409)
1601--1650 (48,784,537 words)0.020 (1)131.85 (6,432)
1651--1700 (83,777,910 words)1.03 (86)131.54 (11,020)
1701--1750 (90,945 words)0 (0)109.96 (10)


 短縮形 mayn't は非短縮形 may not に比べて,常に圧倒的少数派であったことは疑うべくもない.短縮形の16世紀からの例は見つからなかったが,17世紀に少しずつ現われ出す様子はつかむことができた.18世紀からの例がないのは,サブコーパスの規模が小さいからかもしれない.「#1948. Addison の clipping 批判」 ([2014-08-27-1]) で見たように,Addison が18世紀初頭に mayn't を含む短縮形を非難していたほどだから,口語ではよく行われていたのだろう.
 続いて後期近代英語のコーパス CLMET3.0 で同様に調べてみた.18--19世紀中にも,mayn't は相対的に少ないながらも確かに使用されており,19世紀後半には頻度もやや高まっているようだ.mayn'tmay not の間で揺れを示すテキストも少なくない.

Period (subcorpus size)mayn'tmay not
1710--1780 (10,480,431 words)33859
1780--1850 (11,285,587)21703
1850--1920 (12,620,207)68601


 19世紀後半に mayn't の使用が増えている様子は,近現代アメリカ英語コーパス COHA でも確認できる.



 20世紀に入ってからの状況は未調査だが,「#677. 現代英語における法助動詞の衰退」 ([2011-03-05-1]) から示唆されるように,may 自体が徐々に衰退の運命をたどることになったわけだから,mayn't の運命も推して知るべしだろう.昨日の記事で触れたように特に現代アメリカ英語では shan'tshall とともに衰退したてきたことと考え合わせると,否定短縮形の衰退は助動詞本体(肯定形)の衰退と関連づけて理解する必要があるように思われる.may 自体が古く堅苦しい助動詞となれば,インフォーマルな響きをもつ否定接辞を付加した mayn't のぎこちなさは,それだけ著しく感じられるだろう.この辺りに,mayn't の不使用の1つの理由があるのではないか.もう1つ思いつきだが,mayn't の不使用は,非標準的で社会的に低い価値を与えられている ain't と押韻することと関連するかもしれない.いずれも仮説段階の提案にすぎないが,参考までに.

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2014-11-05 Wed

#2018. <nacio(u)n> → <nation> の綴字変化 [spelling][latin][etymological_respelling][corpus][hc][eebo]

 近現代英語で <nation> と綴られる語は,中英語では主として <nacio(u)n> と綴られていた.<nacio(u)> → <nation> の変化は,具体的にはなぜ,いつ,どのように生じたのだろうか.ここでは母音字 <ou> → <o> の変化と,子音字 <c> → <t> の変化を分けて考える必要がある.
 まず母音字の変化について考えよう.中尾 (331) によると,俗ラテン語において /o/ + 鼻音で終わる閉音節は,対応する Norman French の形態では鼻母音化した短母音 /ʊ/ あるいは長母音 /uː/ を示した.この音をもつ語が中英語へ借用されると,round, troumpe, count, nombre, countrefeten, countour, cuntree, counseil, commissioun, condicioun, nacioun, resoun, sesoun, religioun などと綴られた.-<sioun> や -<tioun> の発音は,対応する現代の -<sion> や -<tion> の発音 /ʃ(ə)n/ とは異なり,いまだ同化も弱化もしておらず,完全な音価 /siuːn/ を保っていたと考えられる.後期中英語から初期近代英語にかけてこの音節に強勢が落ちなくなってくると,同化や弱化が始まり,現在の /ʃ(ə)n/ に近づいていったろう.この過程で長母音を示唆する綴字 -<ioun> はふさわしくないと感じられ,1文字を落として -<ion> とするのが一般化したと想像される.
 しかし,<ou> → <o> の変化が単に発音と綴字を一致させるべく生じたものであるという説明が妥当かどうかは検証の余地がある.そこには多少なりとも語源的綴字 (etymological_respelling) の作用があったのではないか.というのは,ME nacioun が後に nation へ変化したとき,変化したのは問題の母音字だけではなく,先行する子音字の <c> から <t> への変化もろともだったからである.Upward and Davidson (97) によると,

The letter C with the value /s/ before E and I in OFr had two main sources. One was Lat C: Lat certanus > certain. The other was Lat T, which before unstressed E, I acquired the same value, /ts/, as C had in LLat. Medieval Lat commonly alternated T and C in such cases: nacionem or nationem, whence the widespread use of forms such as nacion in OFr and ME. The C adopted in LLat, OFr and ME for classical Lat T has sometimes survived into ModE: Lat spatium > space; platea > place. Elsewhere, a later preference for classical Lat etymology has led to the restoration of T in place of C, as in the -TION endings: ModE nation.


つまり,<nacio(u)n> → <nation> における母音字の変化も子音字の変化も,古典ラテン語の綴字に一致させるべく生じたものではないか.
 この綴字変化がいつ,どのように生じたかについて,歴史コーパスを用いて調査してみた.まずは Helsinki Corpus に当たって,次の結果を得た(以下の検索では,いずれも複数語尾のついた綴字なども一緒に拾ってある).件数は少ないものの,16世紀が変化の時期だったことがうかがわれる.


<nacion> (<nacioon>)<nation>
M2 (1250--1350) 0 (1)0
M3 (1350--1420)7 (1)0
M4 (1420--1500)2 (0)0
E1 (1500--1569)2 (0)2
E2 (1570--1639)0 (0)13
E3 (1640--1710)0 (0)14


 前回と同様,初期近代英語期 (1418--1680) の約45万語からなる書簡コーパスのサンプル CEECS (The Corpus of Early English Correspondence でも検索してみたが,大雑把な年代区分で仕分けした限り,明確な結果の解釈は難しい.


<nacion><nation>
CEECS1 (1418--1638)212
CEECS2 (1580--1680)127


 有用な結果を得ることができたのは,EEBO (Early English Books Online) からのテキストを蓄積して個人的に作っている巨大なデータベースの検索によってである.半世紀ごとに区分した各サブコーパスの規模はそれぞれ異なるので,通時的な数値の単純比較はできないが,それぞれの時代における異綴字の相対的な分布は一目瞭然だろう.


<nacion><nacioun><nation><natioun>
1451--1500 (123,537 words)4000
1501--1550 (1,825,565 words)900820
1551--1600 (6,648,588 words)64094713
1601--1650 (21,296,378 words)1806,4510
1651--1700 (38,545,254 words)11022,3501
1701--1750 (33,741 words)00120


 母音字については,初期近代英語期の入り口までにすでに <-ioun> 形はほぼ廃れていたようである.そして,子音字については,16世紀中に一気に <t> が <c> を置き換えていった様子がわかる.少なくともこの子音字の変化のタイミングについては,一般に語源的綴字の最盛期といわれる16世紀に一致していることは指摘しておいてよいだろう.一方,母音字の変化については,語源的綴字による説明を排除するわけではないが,生じた時期が相対的に早かったことから,先述のとおり発音と綴字を一致させようという動機づけに基づいていた可能性が高いのではないか.

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

Referrer (Inside): [2015-11-26-1] [2014-12-06-1]

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2014-10-01 Wed

#1983. -ick or -ic (3) [suffix][corpus][spelling][emode][eebo][johnson]

 昨日の記事「#1982. -ick or -ic (2)」 ([2014-09-30-1]) に引き続き,初期近代英語での -ic(k) 語の異綴りの分布(推移)を調査する.使用するコーパスは市販のものではなく,個人的に EEBO (Early English Books Online) からダウンロードして蓄積した巨大テキスト集である.まだコーパス風に整備しておらず,代表性も均衡も保たれていない単なるテキストの集合という体なので,調査結果は仮のものとして解釈しておきたい.時代区分は16世紀と17世紀に大雑把に分け,それぞれコーパスサイズは923,115語,9,637,954語である(コーパスサイズに10倍以上の開きがある不均衡な実態に注意).以下では,100万語当たりの頻度 (wpm) で示してある.

Spelling pairPeriod 1 (1501--1600) (in wpm)Period 2 (1601--1700) (in wpm)
angelick / angelic0.00 / 0.001.45 / 0.21
antick / antic0.00 / 0.002.49 / 0.10
apoplectick / apoplectic0.00 / 0.000.21 / 0.00
aquatick / aquatic0.00 / 0.000.10 / 0.00
arabick / arabic0.00 / 0.000.52 / 0.10
archbishoprick / archbishopric0.00 / 0.000.10 / 0.00
arctick / arctic0.00 / 0.000.42 / 0.00
arithmetick / arithmetic0.00 / 0.003.22 / 0.31
aromatick / aromatic0.00 / 0.000.83 / 0.10
asiatick / asiatic0.00 / 0.000.31 / 0.00
attick / attic0.00 / 0.000.31 / 0.21
authentick / authentic0.00 / 0.003.94 / 0.42
balsamick / balsamic0.00 / 0.000.73 / 0.10
baltick / baltic0.00 / 0.000.93 / 0.00
bishoprick / bishopric1.08 / 0.004.25 / 0.00
bombastick / bombastic0.00 / 0.000.10 / 0.00
catholick / catholic5.42 / 0.0038.39 / 1.97
caustick / caustic0.00 / 0.000.21 / 0.00
characteristick / characteristic0.00 / 0.000.21 / 0.10
cholick / cholic0.00 / 0.000.93 / 0.00
comick / comic1.08 / 0.001.45 / 0.10
critick / critic0.00 / 0.001.76 / 1.87
despotick / despotic0.00 / 0.000.62 / 0.21
domestick / domestic0.00 / 0.008.09 / 0.21
dominick / dominic1.08 / 0.000.62 / 0.42
dramatick / dramatic0.00 / 0.000.83 / 0.10
emetick / emetic0.00 / 0.000.31 / 0.00
epick / epic0.00 / 0.000.21 / 0.10
ethick / ethic0.00 / 0.000.00 / 0.10
exotick / exotic0.00 / 0.000.73 / 0.10
fabrick / fabric0.00 / 0.008.72 / 0.31
fantastick / fantastic1.08 / 0.003.42 / 0.10
frantick / frantic1.08 / 0.003.94 / 0.00
frolick / frolic1.08 / 0.003.32 / 0.00
gallick / gallic0.00 / 0.003.32 / 0.52
garlick / garlic0.00 / 0.002.28 / 0.00
heretick / heretic2.17 / 0.006.02 / 0.00
heroick / heroic0.00 / 0.0016.91 / 1.35
hieroglyphick / hieroglyphic0.00 / 0.000.31 / 0.00
lethargick / lethargic0.00 / 0.000.52 / 0.10
logick / logic0.00 / 0.007.06 / 1.04
lunatick / lunatic0.00 / 0.001.66 / 0.00
lyrick / lyric0.00 / 0.000.42 / 0.10
magick / magic2.17 / 0.003.32 / 0.10
majestick / majestic0.00 / 0.004.88 / 0.42
mechanick / mechanic0.00 / 0.004.15 / 0.00
metallick / metallic0.00 / 0.000.21 / 0.00
metaphysick / metaphysic0.00 / 0.000.10 / 0.21
mimick / mimic0.00 / 0.000.42 / 0.00
musick / music7.58 / 627.2240.98 / 251.40
mystick / mystic0.00 / 0.001.45 / 0.10
panegyrick / panegyric0.00 / 0.004.46 / 0.10
panick / panic0.00 / 0.001.35 / 0.10
paralytick / paralytic0.00 / 0.000.10 / 0.00
pedantick / pedantic0.00 / 0.000.93 / 0.00
philosophick / philosophic0.00 / 0.000.00 / 0.21
physick / physic1.08 / 0.0027.39 / 1.56
plastick / plastic0.00 / 0.000.21 / 0.00
platonick / platonic0.00 / 0.000.93 / 0.00
politick / politic0.00 / 0.0015.98 / 1.14
prognostick / prognostic0.00 / 0.000.52 / 0.00
publick / public5.42 / 3.25237.39 / 5.71
relick / relic0.00 / 0.000.52 / 0.00
republick / republic0.00 / 0.003.01 / 0.31
rhetorick / rhetoric0.00 / 0.005.71 / 0.21
rheumatick / rheumatic0.00 / 0.000.21 / 0.00
romantick / romantic0.00 / 0.000.83 / 0.00
rustick / rustic0.00 / 0.001.66 / 0.00
sceptick / sceptic0.00 / 0.000.10 / 0.10
scholastick / scholastic0.00 / 0.000.31 / 0.42
stoick / stoic0.00 / 0.000.93 / 0.00
sympathetick / sympathetic0.00 / 0.000.21 / 0.00
topick / topic0.00 / 0.001.45 / 0.00
traffick / traffic3.25 / 0.008.61 / 0.42
tragick / tragic3.25 / 0.002.91 / 0.00
tropick / tropic0.00 / 0.001.04 / 0.00


 全体として眺めると,初期近代英語では -ick のほうが -ic よりも優勢である.-ic が例外的に優勢なのは,16世紀からの music と,17世紀の critic, scholastic くらいである.昨日の結果と合わせて推測すると,1700年以降,おそらく18世紀前半の間に,-ick から -ic への形勢の逆転が比較的急速に進行していたのではないか.個々の語において逆転のスピードは多少異なるようだが,一般的な傾向はつかむことができた.18世紀半ばに -ick を選んだ Johnson は,やはり保守的だったようだ.

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